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大阪と奈良をまたぐように竹之内街道がある。この竹之内街道、飛鳥時代に
作られた日本で一番古い官道である。私は時々この竹之内街道を訪れる。
と言ってもこの場所に先祖累代の墓があるから1年に数回は訪れなければならない。
幼少の頃から竹之内街道の移り変わりを見てきた。太古の息吹が感じられるこの
道が大好きでよくスケッチをしたり、写真を写したものである。太子町と言っても
大阪の太子町で兵庫県の方ではない。名前の由来どうり聖徳太子の御廟がある。
なにせ、ここは「王陵の谷」と呼ばれ、父の用明天皇、叔母の推古、孝徳、小野妹子
などの古墳があり、そうそうたる歴史上の人物が登場する。
遣隋使、遣唐使などが難波の津に着岸した後は奈良の飛鳥まで歩かなくてはならない。
その道が竹之内街道である。大阪はもう痕跡もなく大阪と奈良の県境のみに昔の面影を
見ることが出来る。目を閉じて風の音を聴いているとまるで高松塚古墳の壁画美人が
歩いているような錯覚を覚える。若き時代の聖徳太子も愛馬黒駒にまたがり走ったに
違いない。そんなことをいろいろ考えると楽しい。日本史では大化の改新で蘇我本家は
滅びるが、しかし野に下った「蘇我さん」は脈々と今もここで静かに生活している。
真贋は定かでないが私の御先祖様も聖徳太子の命でその年の新米を御廟に供え、
廟所を守るように大役を授かったらしい。その御褒美ではないと思うが累代の御先祖様の
お墓はなぜか太子の廟所の周りを守る様に建てられている。
その伝統は今もつずけられているとか・・・・。