いっしょにパンを焼きましょう

2010.05.17
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カテゴリ: 元気になりたい


いつものようにダーリンが付き添ってくれました。

身体の状態、症状は先月からの一ヶ月の間、ほとんど変化は無し。

低い水準ながら安定はしているので、お薬を若干減らしてもらい、様子を見ることにしました。

ただ、今まで以上にしんどい部分もあるので、次回の通院日を様子を見るために半月後に設定してもらいました。

この「病気」とのつきあいは、ホントに長いな~って思います。

時々、これまでの経過やこれからの日々を思うと、とても苦しくなり。。。
生きているのが辛くなることがあります。

「子供」って、本当に大きな力を与えてくれるものですね。

7年前の発症時、実は「死にたかった」私。
この病気になってしまった自己を否定し、存在自体を消し去りたいと、常に思う日々でした。

恐らく今よりも大きなショックを受け、混乱していたはず。

でも、子供達は高一と中2の思春期。
子供達への影響を考えると自分の感情だけで勝手な行動を取ることは出来ませんでした。

何も話すことも出来ず悟られることなく、心配や負担を掛けないようにと過ごした毎日。

だけどそのことが返って。。。

彼らの存在こそが私の心を前へ前へと、日々の生活の中で自然に導いてくれていたのだと思います。

今、彼らは大人になり。。。
今回の私の「病気」のことは「家族」の問題として十分に理解できる年齢になりました。

話せば、それなりの考えも聞かせてくれ、精神的な部分でも、経済的な部分でも支えになってくれようとしています。

でも、私が今度はダメです。

今、同じように「存在したくない。消え去りたい」と思う自分が居て、その思いは日に日に強くなります。

私を骨として支えてくれていたものが、ある意味今ありません。

思うことは色々とあるけれど、自分勝手な思いだけで周りに居てくれる守るべき人たちまでを巻き込んで、苦しませたり悲しませたりはしたくはありません。

苦しく辛い日々ではありますが何とかやって行かなくては。。。と、思う今日この頃です。

夕方のお散歩。
いつもの公園の芝生の上には「シロツメ草」があちこちに咲いています。

「シロツメ草」には、幼い頃の優しい記憶があります。

いつも母や友達と行っていた教会にはこの時期、ピンクの「平戸ツツジ」や「シロツメ草」が咲いていました。

「平戸ツツジ」のお花の蜜を吸い、冠を作りました。
「シロツメ草」はお花の茎を長く摘んで編んで、首飾りや腕輪、冠を作って遊びました。

父の仕事の都合で、そこには小学校2年生の1学期までしか居なかったというのに。。。
幸福だった子供の頃の私の記憶は、今も鮮やかに残っています。

でも、4人の子供を残して。。。
父はその1年半後に亡くなってしまいました。

その時、私は8歳。
兄たちとは歳が離れていたこともあって、それからはずっと母とふたり。

子供達が居たから悲しんでなんか居られなかったの。。。
と、母は私が大人になってから話してくれました。

母の哀しさや苦しみなど、とうてい理解することは出来ない程幼かったあの時の私。
だから。。。私は母とふたり。。。母さえ居てくれれば、いつも幸せでした。
そして、ずっと幸せでした。

お母さん、ごめんね。

母は。。。
母だけは、絶対に悲しませたくない人のひとりであります。

出来ることなら、早く元気になりたいと思います。










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Last updated  2010.05.18 20:25:27
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