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読みました。民香さんの印象は変わりました。
私は、不倫をする人は、問題外と思っているので、そこのところは、この本を読むと、クリアされているようではありましたが。離婚調停中に出会って、でも、数カ月で結婚しているので、そこのところは、ほんとに?離婚の原因の1つの女性関係にかかわってないのか、、、?ってことはありますけど。

って、この本は、小説ではなく、実際の話なので、クリアも何もないんだけど、私は、不倫する人については、ちょっと、なんというか、私の世界の中に入れる必要がないと思っているので、もしそうなら、語りたくない、というだけで。

ーーーーーー
この、供述書を載せる本、っていうのは、この事件に限って、作者がどうしても必要だと思ったのだとわかった。
こういう手段を使ってでも、真実をわかって欲しい、嘘の報道で名誉を傷つけられた人の名誉を回復する意味もある、と思ったということがよくわかります。

形としては厳重注意する必要があるでしょうけど、絶版等にせず、少年のためにも広く読まれるべきです。

供述書を読まないとわからないことが、絶対あるとおもった。言葉のニュアンスは、他の人が言い換えたら、変わってしまう。
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父親と、その他の人の話とは矛盾することがある。だけど、この父親、2面性があることが、供述書を読んだ時わかった、というか感じた。
ーーーーーー
この父親、どんな育ちをしたのかと思って読んでいくと、父親の母親というのも、その父親を殴りながら勉強させた人だった。
そして、少年をはじめ他の人は、(方言のことがあるのでよくわからないけど。方言に日常的に相手に対する敬語がある土地があるし、ないところもある。それを標準語になおした時に敬語や相手を敬う言葉が抜けてしまうことがあるかもしれないので。)”相手の行動を敬う言葉遣い”をしている。たとえば、”なになにをしてくれた””こちらにきてくれた”とかそういうかんじ。だけど、父親の母親野言葉の使い方は、すごく私にはきつく感じ、たとえ、今は敵対関係にあったとしても、相手を敬う言葉を使わない人、という印象をうけ、なるほどなーっておもった。
ーーーーーー
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私はこのニュースを初めて聞いた時(というか、町中の電光掲示板で第一報で読んで、用事を済ませた帰りにたまたままた、そこの掲示板で、”長男行方不明”というのを聞いて、何となく興味をひかれたので(長男、大丈夫かな、生きてたかなとでもおもったのでしょう。)、家に帰りついてすぐにネットで、その医師の名前を検索してみると、病院と顔写真をみつけた。
2~3日して、長男発見、しかも、かなり遠くに逃げていたのニュースを見たので、「あーあ。これは、、、。」って思った。


それから、ネットで、改めて、新聞社の記事等をいくつか見てみると、家族全員の本名が書いてあるものをみつけた。火災の記事としてだったか。
そして、名前の事や、まま母だったことなどを、ライブドアかなんかの、ヤフーかな?ネットニュースに、このニュースについてのトラックバック、ってあるでしょう?あれでいくつかみてまわったブログか何かでよんだ。


そして、数ヶ月してからか本屋さんで、この事件のレポートを月刊誌(分厚い雑誌)でみた。そのとき、目だけを消された少年の写真を見たけど、賢そうで育ちの良さそうな顔つきをしていた。とき、
シャープペンシルが頭に、、という見出しを読んで、心を痛めた。ぱらぱらとみて、買わずに詳しく読まずに帰った。



今年に入って、世間話をしている時に、「兄妹は離れたくなくて、兄が妹を離さなかった。」とい魚涙頂戴物語を聞いた。私はこういう話は、大抵本当かどうか調べて他の人にはなしたりするんだけど、私のイメージにぴったりきすぎていたので、数日前のこのブログに書いてしまった。わざと調べずに。人間の心理ってこわい。こういうふうに、自分に都合が良ければあえてみないようにもするんだから。たかがブログの記事とはいえ。すごい恥ずかしいワ。
ーーーーーーー
話は前後するけど、去年の事件の数日後だったか、少年の父親の面会時の会話を新聞で、読んだ。
私は、前途洋々たる若者の将来を潰した、モラルを求められる職業=医者、の父親を、他人事ながら、激しく恨んでいた。他人事なのにね。
そういう視点で読んだので、びっーーーーくりした。
「この父親、自分が悪いって、認めてない。」って。
ーーーーーー
供述書を読んでもわかる。父親は、よーくよむと、”原因は自分以外のよそにあるんだ”といっているのです。全部。ぜーんぶ。”私が悪かった”とは、ぜーーーんぜん言ってないのです。

   ーーーーーー以下は私の身近な人の話ですーーーーー
私の知っている医者にもこういう人がいる。(少年の父親と同じような環境。少年の父親の家は薬局やさんで、私の知り合いは医者の家で、どちらも長男。医者になるプレッシャーの中育つ。家族関係にに問題あり。内面的な問題。冷たく無関心とか、将来に対する見えない縛りノ中育ったとか。)患者としてあったのではなく、プライベートな付き合いなのだが、こいつの発言もそうなのだ。(ちょっと、私の方が立場と言うか、年上と言うか、そういうのなので、乱暴な言い方をさせていただく。)

「ごめんなさい。」は自分に聞かせて満足しているだけ。「ぼくちん、あやまれたもん。」ってなかんじだ。


だって、なにかやらかしたとき、あやまる言葉を、きいてたら、「ごめんなさい。”なになにしてくれたらよかったのに。”」「ごめんなさい。でも、”なになにが、なになになんだもん”」と、
「オイ!まず、自分のどこが悪かったかをあやまるときは、言え!いわなくても、そういうのを感じつつ、罪悪感を感じつつ誤れや!」って、言ってやるのです。(笑)
   ーーーーーー以上ーーーーーーーーー

少年の父親の話に戻る。
「パパが悪かった。(略)火をつけるなら言ってくれればよかったのに。」
(厳密な文章は本を読んでみて下さい。図書館で借りるか立ち読みでもよいので。)


意味、わかりません。
ーーーーーーーーーー
供述書をそのまま読ませていただけて本当にありがたかったです。


そして、私は、ほんっと他人事ながら余計なお世話なんだけど、この父親を怨んでいたんだよね、、。関係ないのにさあ。
でも、この本を読んで、「ああ、こういう人なんだ。」って思ったのか、読み終わった時、この実も知らない人に対する、私の余計な”正義感”のためになぜだか私の心にあった、怨み(これって、中学受験をさせたからわかる、小学生の時に受験勉強させると言うことがどう言うことかと考えたことがあるから浮かんだのか、、。)が、消えていた。
わからない、ということは、これほど人の気持ちを変な方向にもっていくものなんだな、(ニュースを読んだだけの私の心理の変化のこと。)って思いました。
ーーーーーーー

少年の”障害”について。
こういうふうにもっていくというか、なる、というか、そういうことなんだなって勉強になりました。

ーーーーーー
この本の作者草薙厚子氏による、事件当事者とその周辺の心理の分析、ちょっと違うかなと思わない部分もあったけど、供述書と地の文が、レイアウトではっきり分けてあるので、”誘導される心配はないよい本だと思いました。



この事件、この本に関しては、という前置をお忘れなきようお聞き下さい。(まあ、ききながして。)


勇気をもってこの本を作ってくれた著者と講談社に感謝したいです。
装丁の人も、ありがとうでした。





ラストの供述書には少し、感動したけど、どうして誰も少年にそのことを教えてあげないのだろうと思う。

どうして?
一秒でも早く、少年の気持ちをその事実を伝えて、動かさせて。


作者は、この本を少年に読んで欲しい、そのような方法で伝えたい、と思っているようだけど、、、。
一秒でも早く。


ーーーーー
この事件に出てくる供述書の発言された方々の心理、すごくよくわかりました。
(私は、小説を読むのが好きなので、「小説ならここで、こういう封にもっていくだろう。」と、本の後半以降の部分で思うことがありました。しろうとなので、不謹慎でごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、これが、プロの方々にないとは思い切れません。誘導という、、。そういうのも読んで考えさせられました。父親の発言にとくに。だって、父親の話だけが、パーツに収められない部分があるんですもの。これをはずせば全部つじつまがあう、という違和感、、。違和感じゃないけど。)
たぶん、どの立場にたっても、こういうことになった、そう考えた。というのは。”頭で”理解できると思う。

ただ、それぞれ、普通の、えーーーーと、、、。普通の感覚というか、そういうのなら、絶対別の選択肢を選んだだろうと言う感じです。

でも、”威圧”や”絶対的な暴力”の中では、人は、本能的に色んな部分をシャットアウトしてしまうものなんです。その加減は自分じゃないみたいに。そういう中にあると、自分、じゃなくなるんですよ。とかげが身を切って逃げ切るのと同じだと思う。どうしようもなくなる。

ーーーーーー
元妻が、どうして長男を連れて出なかったか、、。そんなの簡単じゃないですか。
婚家で、「この子はうちの孫。この子だけはうちの孫。」といって、教育方針にいちいち口出しする、別の教育方針を押し付けられる、舅姑がお母さんにプレッシャーをかけつづけると、お母さんの心理としては、「この子は確かに私がお腹の中から育てた子どもなはずだけど、」と頭をひねりつつも、だんだん、”この子は、婚家のお預かりもの”となり、”私”(この場合、”私”の意見も入ったその家の教育方針)はここではだしちゃいけないんだ。となるんです。子どもも、「ママのために、おばあちゃんが好きなふりしよう。」と、いくらどんなに幼くても、そう、本能みたいなところで、思うんです。私はそういう子どもだったからよくわかる。本心とは違っても、私がどう動けば、ママが、ママの血族じゃない集まりの中で、喜ぶのか、を計算するものなんです。
そして、お母さんの方だって、まともな感覚だから、暴力の中では話にならない。改めて話し合うべきだ。って思うはず。
だけど、そういうのが通用しない人がいるんですよ。場を改めては、紳士淑女のモラル。世の中、どんなにお金があろうと、今は一応社会的地位があろうと、そういう紳士淑女のモラルが通用しない人が。
そういう人には相手のペースにあわせないとやるかやられるかなんです。


ハッ。混沌の世界へと踏み込んでいました。漠然とした話をいくら書いてもわかりませんよね。
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最近、いつもにも増して、誤字脱字が多いですが、パソコンのせいもあるので、(明らかな打ち間違いもあるけど)環境が整うまで、放っておきます。何回もアップすることになるから。いや、してますけど。同じ記事を何回もアップ。だってえ、、。すぐ、バグりそうになるんですもの、、。許してえ。





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Last updated  2007年06月08日 11時09分03秒
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