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5月の最後の週末に、山口県長門市の俵山温泉に1泊してきました。日出の友人と下関市菊川町までまたまたTAOの公演に行き、彼女の従姉さんが俵山温泉で旅館をされていて、泊めていただきました。その旅の覚書です。旅行記は1年後になるだろう…。・関門海峡のPAでフグを食べる。・下関市菊川町に早く着いてしまい、観光しようにも何にもなかったりする。・TAOの公演は楽しかった!・菊川町のお好み焼き屋さんで晩ご飯。広島焼きを想像してたけど関西風だった。・俵山温泉へ。情緒ある温泉街。・町の公衆浴場の温泉へ。とてもやわらかいお湯に大満足♪・友人といとこさんたちとスナックでカラオケタイム(笑)・朝ご飯は旅館でいただく。山の幸がおいしい。・俵山温泉を散策。三猿まんじゅうが有名のようだ。・三猿饅頭と最中のセットを従姉さんにお土産にいただく。・そのまま長門市内まで行き、青海島をドライブ。海がきれい。・鯨のお墓参りなんかしてみる。・海の幸の昼食。おいしいけど高かったりする。・九州へ戻る。道の駅ではないけれど、福岡県内の物産館に寄り道。…とまあ、こんな感じの楽しい小旅行でした。あと、最近は温泉には入っていないけど、黒川温泉の散策なんかもしました。久々に行ったらいろんなお店ができてて見て回るのが楽しかったな。わりと近いから、今度は温泉に入ろうと思います。
2010年06月22日
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3ヵ月ぶりの更新となりました。4月に転職し、3月は前の職場の引き継ぎ等でバタバタしており、4月からも新しい職場でバタバタしていました。仕事は…とりあえず、何をしているのかは秘密ですが、前の職場よりもずっと楽しく仕事ができています。でも、新しいことだらけで体の方はやっぱりストレスを感じているようで、ゴールデンウィーク前に体調を壊し、連休に入った途端、ダウンしてしまいました。でも、連休明けにはすっかり元気になりました。でも、持病ができてしまったのよ、たいした症状ではないのだけれど。年を取ると免疫力が低下してしまうのね…と実感中。でも、元気です!3月にアメリカなんて行ったので、ちょっと節約でも…と思いつつもついついショッピングに出かけてしまいます。ただ、激太りしてしまったので、ダイエットしないとかなりヤバいことになりそうです。節約と言いつつ、先月末はお友だちと一緒に山口県長門市に一泊旅行に行きました。俵山温泉に泊り、青島をドライブ。お天気も良くて最高でした。以上、近況でした。職場からの風景に癒される毎日…。
2010年06月16日
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またまたお久しぶりのブログ更新となりました。昨年末あたりから仕事がとても忙しく、1月中旬から2月にかけては恐ろしいほど忙しかったです。今年度は登記の仕事をしていたのですが、仕事の契約もこの3月でやっと終わりを迎えます。昨年度は戸籍と相続調査の仕事、今年度は登記、これから生きていく上でとても役立つ仕事ができたと思います。実は登記が大嫌いだったんだけど…。でも、自分が登記して新しくできた道路を通るたびに、自分の足跡を残せたような気がしてとても嬉しく思っています。4月からの仕事も決まり、有給休暇消化にいそしんでいます。そんな忙しい中、1月は三重県と京都を旅行してきました。熊本から格安高速バスで大阪経由で三重県の伊勢市へ。伊勢神宮を参拝してきました。津に泊り、翌日はバスで京都へ。宇治平等院鳳凰堂と伏見稲荷を参拝してきました。やっぱり京都はいいですね~。2月はとにかく仕事、仕事、仕事。ストレス解消のごとく、ショッピングに燃えました。クリアランスセールから春の新作まで、とにかく買った!それから暖かくなったから延岡までドライブして、須美江海岸と下阿蘇海岸でのんびりしたりしました。そして今月は、アメリカはワシントンDCに行ってきました。1週間ほどなんですけど、一昨日前に帰ってきたばかりです。DC近郊のバージニア州アーリントンに住む友人夫婦宅に泊り、観光、コンサート、食を思う存分楽しんできました。硫黄島の記念碑も見たし、リンカーンの像も見てきたし、オバマくんち(ホワイトハウス)も見てきたし、国会議事堂の見学ツアーにも参加したし、スミソニアン博物館ほかの博物館も見てきたし(博物館が多すぎて全部は見られないの…)、アレクサンドリアの古い町並みを歩いたし、アウトレットモールでショッピングしまくったし、13年ぶりに会う懐かしい友人とその家族にも会えたし、TAOのアメリカ公演も見たし、メリーランド州ボルティモアに足を延ばしてクラブケーキとカニを死ぬほど食べてきて、大満足の旅行でした。旅行から帰ってくると、もうすでに次の旅行のことを考えています。沖縄行きたーい、北海道行きたーい、中国の西安に行きたーい、でもやっぱり京都に行きたーい…。今度の仕事は今の仕事ほど休めないけど、できる限りいろんなところに行こうと思います。とりあえずは報告まで…。
2010年03月26日
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2009年もあと2時間ちょっとで過ぎてしまいます。みなさんにとってどんな年でしたでしょうか。私は、もうこんな年はないんじゃない?ってくらい、いろんなことがあった年でした。たくさん笑って、たくさん泣いた年でした。2010年は平穏でよい1年になればいいなって思っています。今年最後のブログ記事は、今月27日まで1ヶ月間にわたって催されていた「久住高原光ファンタジア」の写真を。天気の良かった日、仕事帰りにちょろっと見てきました。久住の澄んだ空気、三日月、そして星空にぴったりなイベントでした。寒かったけど、しばらくの間、音楽に合わせて変化する光に見とれてしまいました。来年もあるといいな。それでは、また来年!明日からパークプレイス3連チャンです。何でって?TAOよ、TAO。見かけたら声をかけてね~。
2009年12月31日
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約1か月ぶりの更新です。11月中旬から仕事が忙しくなり、慌ただしい毎日を送っています。気がつけば1日が終わってる、そんな感じです。12月が忙しいもう一つのわけは…。TAOでございます。久しぶりの国内公演、それも凱旋公演で、行けるところは追っかけしまくってます。すでに、臼杵、大分、福岡、山口県の長門に行ってきました。長門がいちばんよかったな~。そして、今週の日曜日は竹田公演です。これで今年のTAO公演追っかけの締めです。 ↑竹田公演のチラシです。かっこいいよね~。知り合いにポスターもらって、部屋に貼っています。もう、部屋じゃ着替えられなひ…着替えているけど。今年の締めはこれだけど、実は、来年1月早々、三重県まで追っかけてきます。だって、1列目が取れたんだもの…。アメリカツアーも追っかけ考え中です(笑)
2009年12月21日
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先週末は竹田で竹楽が開催されました。毎年行っていますが、今年は金曜日の仕事帰りと、土曜日には広瀬神社へ竹楽10周年の記念コンサートに行ってきました。まず金曜日。平日のせいか人出もまあまあ。ポイントもそこまで混雑しておらず、写真も楽々撮れました。いちばんの見所の観音寺の石段。武家屋敷通り。屋台村もそこまで混んでいませんでした。今年から登場の地産消の屋台村では、竹田で採れた食材をふんだんに使った食べ物が売られていました。金曜日に食べたサフランライスとトマトシチュー。これ、かなりおいしかったです!もう一杯食べられそうでした。レシピが欲しい~。土曜日に食べた赤米を使った竹田バーガー。薄味ヘルシーでした。ただ、中に入っていた(たぶん)地鶏が固くって…。ドイツのある町との友好都市20周年を記念して、ドイツからたくさん人が来ていてドイツワインを試飲できるブースもありました。運転なので飲めなかったけど。でも、通訳で来ていたかつてのドイツ語の先生と十数年ぶりに再会できて嬉しかったです。そうそう、寺町で『手紙』という曲で話題の歌手の樋口了一さんのライブもちょこっと見ました。『手紙』は聴かなかったけど。あとで、町を歩く樋口さんを見かけたけど、芸能人と気付かれてない様子でした…。で、土曜日は広瀬神社。ここで竹楽10周年の記念コンサートを鑑賞。中国古筝(こそう)とモンゴルの馬頭琴のジョイントコンサートでした。中国人とモンゴル人の演奏家のお2人の女性、日本に住んでおり、映画音楽やテレビ番組の曲を作っているそうです。幻想的で素敵でした。竹楽10周年だけでなく、NHKでドラマ『坂の上の雲』が放映されますが、そのドラマに竹田出身の広瀬武夫中佐が登場するので、それを記念して広瀬中佐を祀った神社でのコンサートでもありました。ちなみに、『坂の上の雲』を読書中ですが(只今4巻目)、広瀬中佐は3巻で亡くなっちゃいます。美しい竹灯籠とおいしい食事、それから素敵なコンサート、今年の竹楽も最高でした!
2009年11月26日
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半月以上の充電期間を経て、とりあえずブログ復活なんてしています。10月下旬にコスモス見に行ったり、11月に入って岡城に紅葉を見に行ったりなんかしてたけど、気分がちょっと乗らなかった今日この頃でした。さて、先週末のことですが、大分県の竹灯りの祭典のひとつ、日田千年あかりに行ってきました。臼杵の竹宵は過去に2回(去年も行きました)、竹田の竹楽は毎年行っていますが、千年あかりは初めて。平成17年に始まったばかりの比較的新しいイベントです。お天気もよく、暖かい土曜日に行ったのですが、意外とそんなに混雑していませんでした。街中の竹灯籠も数か所を除けばそこまで派手ではありませんでした。夕方の風景。どこかのお寺。のんびりしてていいね~なんて思ってたけど、日田市内を流れるメイン会場の川に行って、それはそれはびっくりしました。川岸に3万本の竹灯籠が並べられ、それはそれはため息の出るような美しさでした。写真は美しさが半減。ひときわ光っていた場所。新型インフルエンザの流行で学生ボランティアのキャンセルがあったそうで、人手不足の中でこんなに見事な竹灯籠、感動しました。地元の高校生の作品。うなぎのせいろ蒸しで有名なお店の近く(ここでうなぎ食べた♪)。あとね、日田DOGも食べてきました~。餌にこだわって育てた日田産の豚肉と柚子胡椒でできた、25センチのソーセージのホットドッグです。ガブリとかぶりつくと、柚子胡椒の風味が口の中に広がって、これがおいしいの…。この秋、日田市内で催されるイベントで販売されるそうです。食べる価値ありのおいしさです。今週末はいよいよ竹楽です。明日は仕事帰りに1人で歩いてきます。あさっては広瀬神社での中国楽器のコンサートに行きたいし、最終日の日曜日は友だちを案内する予定。毎日だし…。楽しんできます!
2009年11月19日
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ちょっと忙しいやら、体調不良やらでブログにたどり着けませんでした。どうも腎機能が弱くなっているらしくって、とにかく水分を摂れって医者に言われ、毎日ペットボトルを抱えてトイレを行き来。それとは関係なく昨日は発熱し、ま、ま、ま、ま、まさか~!!!!!…な~んて思ったけど、今朝は熱もすっきり下がって元気です。仕事で頭を使い、悩むせいか、お肌はボロボロ。どうもいけません。そんなときのストレス発散は、やっぱりお出かけ。先々週末は杵築を散策してきました。着物を着て小京都を歩くってイベントがあって、それに参加したかったけど、朝寝坊して間に合わず。でも、杵築サンド食べて、城下町を散策しました。日本初の新幹線の車掌さん第1号のおじさんともお話した!楽しいおじさんだったわ~。翌日は阿蘇のミルクロードをドライブ。ススキを見に行ったけど、ちょっと早かったみたい。でも、草が刈られていてススキの数が減っている感じが…。まあ、牧場のものだから仕方がない。ミルクロードのススキです。先週末は島原へ日帰りの旅。熊本港から30分で島原へ着いちゃいます。島原城で忍者になりました~!とても楽しかった♪あいにくの雨で町を散策できなかったけど、島原名物をいっぱい食べてきました。ちなみに、今週末は福岡にお泊りで遊びに行ってきます。あ、私、9月と10月の2ヶ月で九州全県(沖縄を除く)旅行しています。大分県は住んでいるところ、熊本は生活圏内だから数に入れてもいいものか?宮崎県も県境までなら1時間程度で着いちゃうんだけどね…。ついでにうちの愛娘を…。日向ぼっこ中のナナちゃん。しかも、爆睡しています。かわいいな~。私、最近寝付きが悪いのですが、ナナがいればすぐに眠れるから不思議。でも、暖かい日はベッドに来てくれません…。今夜は高いタンスの上で寝ています。寒くなったら入ってくるでしょう、たぶん。
2009年10月28日
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■長崎ランタンの旅・その7■長崎の出島といえば、江戸時代の鎖国時の外国人居留地として有名ですが、この出島ワーフは長崎市の複合商業施設です。大きなショッピングモールもあれば、海に面する場所にはカフェやレストランが連なります…って、ナンシーにここに連れられてくるまで、こんな場所があるなんて知らなかった私なんですけど。浜町から歩いて数分で出島に着くのですが、途中、裏道を通ったのですが、骨董品店らしき場所でおもしろいものが…。なんじゃ、こりゃ?「晩飯にトンカツを」って、ただのダジャレでは…。もうひとつ。「景色もチャンポン」って…。おもしろすぎる。ちなみに、いちばん左端には「買ったお客様に満足を 買わないお客様にも幸せを」って書かれています。5月も長崎に行ったので、この店の前を歩いてみたのですが、その時のは、残念ながらあまりおもしろくありませんでした。それからこんなのを発見!1923年(大正12年)長崎駅から長崎港駅まで約1キロの鉄道が走っており、ここから上海までの船が出ていました。当時東洋一の国際都市だった上海の文化が出島に上陸して国内に広まったといわれます。しかし、船の沈没があい続き、1943年(昭和18年)に約20年で上海航路は廃止されました。鉄道は貨物輸送が行われ、戦後は母国へ帰る捕虜の米兵が利用しました。そして1982年(昭和27年)に鉄道も歴史の幕を下ろしました。当時の線路かな?そして、出島の港をしばらく散策。寒かったけど、冬の夜の海も素敵でした。出島ワーフには5月に1人で訪れた時も散策しました。昼間の様子はその時のブログにて。ここで、カラオケに行こう♪って話になりました。確か、昼間に長崎駅の近くでカラオケボックスを見た覚えがあるので、そこに行こうってことになりました。さすがに歩き疲れたので路面電車で移動。しかし、カラオケボックスは見つからず。散々探したのに…。残念だけど、ローソンでビールやチューハイを買って旅館に戻り、プチ宴会。2缶飲んで復活した私、これから遊びに行っても大丈夫よ~ってくらい元気だったけど、2人はもう疲れ果てていました。でも、楽しくおしゃべりして夜を過ごしました。つづく…
2009年10月20日
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■長崎ランタンの旅・その6■熊本から来た4人と別れ、夜は更けていくものの旅館に帰るのはまだ早い時間でした。実はかなり疲れていた私。謝さんもずっと頭が痛いと言っていたので、きっと人ごみに酔って疲れていたのだと思います。でも、22歳のナンシーはとても元気!謝さんと私が夕食を食べれられないでいたけど、彼女はしっかりインドカレーを食べ、まだまだ遊び足りない様子でした。そこで、歩いて出島ワーフに行くことに決定!ナンシーは秋に長崎を旅行して、その時出島ワーフに行ってすごくきれいだったと言っていました。カリフォルニアから来たから、海辺がとても好きなんだそうです。中華街を後にして、出島に行く途中に再び浜町アーケードの手前の橋に到着。昼間に見た見立飾りやランタンに灯りがつき、幻想的になっていました。ここでちょっとの間、写真を撮った地のんびりしました。ネズミの嫁入り?中国にも同じようなお話があるのかしら?謝さんに聞いてみればよかったわ。アーケードの中のランタン。このランタンの下は、見るのもおぞましい人の群れ…。疲れ切った体では、さすがにこの中に飛び込んでいく勇気はなかったです。橋の周りにもきれいなランタンが。そして川沿いにも。川面に光が映ってきれいです。3人がそれぞれの思いでランタンを眺めた夜でした。つづく…。
2009年10月19日
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■長崎ランタンの旅・その5■長崎新地中華街は、横浜中華街、神戸南京街とともに日本三大中華街と称されています。姉妹都市の中国福建省福州市の協力で石畳が敷かれていて、通りには大小約40の店が並びます。江戸時代の鎖国当時、約1万人(当時の長崎市の人口約7万人)の中国人が長崎市の唐人屋敷に住んでいました。新地に移ったのは幕末の鎖国終了後で、それがこの長崎新地中華街の始まりとされています。で、中華街に到着。この門の向こうを見て、正直びびってしまいました。それと共に、なんだかエキサイトしてきた私。だって、ものすごい人で、この中に飛び込むのはちょっと勇気がいるわけで…。でも、飛び込んじゃう。でも、いったん飛び込んじゃうと、人の流れに合わせて歩けばいいだけなので、意外と平気だったりします。私だけ?クジラの屋台も出ていました。お腹がいっぱいだったけど、KさんとDと左側のクジラカツを買って食べました。懐かしい味。Pはクジラは食べたくないと嫌がっていました。うーん、アメリカ人ね~。って、Dもアメリカ人なんだけど…。そして会場へ。きれいに飾られたランタン。丑年だったけど、なぜかドラゴンの写真ばかり。生贄の豚さん?トイレやらなんやら行って、あまりの人の多さに友人たちと2グループにはぐれてしまいました。お祭りを見に来たんだか、人を見に来たんだか。きれいだけど、土曜日はあまりお勧めできませんね~。日が暮れると、ランタンもきれいです。私と謝さんはお腹が空いていませんでしたが、夕食に行こうという話になりました。しかし、中華街とその周辺のお店はどこも満席。その上にすごい行列。私たち大分の3人は泊りだったけど、熊本の4人は日帰りバスツアーなので、インド料理のチェーン店へ。私はマンゴーシャーベットしか食べていません。苦しかったんだもん。そして熊本から来た4人と別れ、私たち3人はまた歩き始めたのでした。つづく…。
2009年10月18日
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■長崎ランタンの旅・その4■眼鏡橋でゆっくりしていると、謝さんが、「お友だちが待っているんじゃないの?」と言ったことで、そうだ、熊本から来た友人一行に会いに行っていたことを思い出しました。そのまま、浜町の商店街のアーケードに向かいました。このアーケードでは皇帝パレードが行われるのですが、私たちはすでに間に合わず。私は以前見たことがあったけど、彼女たちは見れずじまいでよかったのかしら…?とちょっと心配。でも、2人とも気にする様子もなくて安心しました。商店街のアーケードに到着。ここの飾りつけも天井から歩道に至るまで、本当に見事でした。人でごった返していたので、うまく友だちを見つけることができるかな…と、携帯電話で連絡を取りながらキョロキョロしていると、向こう側から4人のグループが歩いてきます。先頭は見慣れた友だちのKさんだ~!この人ごみで会えてよかったわ。Kさんのほかにも若い男性のEくん、それから日系アメリカ人のD、韓国系アメリカ人のPもいっしょでした。もちろん、私は3人とも初対面。ナンシーはDとPは知り合いで、再会を喜んでいました。2つのグループでしばらく商店街を散策しました。食べ物やお土産物屋さんの出店がたくさんでていて、町はおお賑わい。ただ、お腹だけはまだまだいっぱいだったので、食べ物には誘惑されずに済みました。商店街の飾りたち。 こんなんもありました。赤い糸がたくさん結ばれているでしょ?この隣にはおじいさんの見立ランタンがあったのですが、謝さんの話によると、そのおじいさん(たぶん仙人かなにかでしょう)は縁結びの神様かなんかだそうです。それでこの場で赤い糸を売っていて、観光客がこれを買って結んでいたのでしょうね。それにしてもすごい数。おじいさんも大変だ!私は結んでおりません。このあとは、この商店街を抜けてランタンフェスティバルのメイン会場の中華街に向かったのでした。つづく…
2009年10月17日
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■長崎ランタンの旅・その3■まずはこの写真の像の2人、だ~れだっ?右側はすぐにわかると思います。坂本龍馬の像です。では、左側の人は誰でしょう?ヒントは像の間にある写真機…な~んて聞かれても、なかなかわからないですよね。私もこの左側の人のことは今回長崎を訪れて初めて知りました。この像の人は、上野彦馬(1838-1904)という、幕末から明治にかけて活躍した写真家です。数多くの幕末の志士の写真を撮った彦馬ですが、あの有名な坂本龍馬の写真も撮ったといわれています。上野彦馬は、長崎町人で技術者の父の四男として生まれました。父の死後、家督を継ぐと文語の日田(現在の大分県日田市)の広瀬淡窓に学び、長崎に戻ってからはオランダ語と化学を学びました。その後、父と同じように写真に魅せられ、写真機や薬品の研究を続けながらフランス人写真師から写真術も学びました。その後、1862年に長崎に日本初の写真館「上野撮影局」を開きました。彦馬は肖像写真だけでなく、日本初といってもよい報道写真家としても活躍しました。彦馬は1877年(明治10年)の西南戦争の従軍カメラマンとして同行しました。従軍カメラマンは西南戦争以前の征台の役や萩の乱でも存在しましたが、彦馬の方が写真の量と報道性に優れていたそうです。彦馬は西南戦争で、民家の土蔵に残った弾痕、焼け落ちた建物、瓦礫の山となった街並みを写真に撮り、その戦闘のすさまじさを伝えているそうです。もしかしたら、今までに見てきた田原坂の土蔵の弾痕や植木の街並み、熊本城で見た西南戦争当時の熊本城の写真などは彼が撮ったものかもしれませんね。彦馬の従軍カメラマンとしての写真は風景写真ばかりで、人の死体は決して撮影しなかったといいます。戦争自体に正義も不正義もないという、彦馬の戦争観なのだそうです。この記事は先週読んだ『幕末維新・あの人の「その後」』(日本博学クラブ・著/PHP文庫)を参照しました。上野彦馬の記事を書こうと思っていた矢先に、この本の3ページほどにわたって上野彦馬について書かれていて、とてもタイムリーでした。ただ、坂本龍馬の写真、実は彦馬の弟子が撮ったという通説の方が正しいという見解もあります。本当のところ、どうなんでしょうね。つづく…
2009年10月16日
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■長崎ランタンの旅・その2■中華料理でお腹がはちきれんばかりになった私たち3人は、歩いてランタンフェスティバルの会場に行くことにしました。駅を出てちょっとして、私の携帯に電話が入りました。この日、偶然にも熊本の友だちが、日帰りバスツアーで彼女の友人らといっしょにランタンフェスティバルに来ているので、現地で会うことにしていました。その友人らのうち2人は、偶然にもナンシーの友だちでした。縁って本当に不思議。彼女らと会う場所は、皇帝パレードのあるアーケードの通りでした。私は4年前にもそこまで歩いて行き、皇帝パレードを見たことがあるので、道はたぶん覚えているはず…。途中まではしっかり覚えていたのだけど、一瞬迷ってしまい、近くのお弁当屋さんの店員さんに聞いてようやく眼鏡橋までたどり着きました。ここまでくればアーケードのある商店街は目と鼻の先です。眼鏡橋のランタン。眼鏡橋については、前に書いた長崎ランタンフェスティバルの旅行記まとめているので、暇だったら参照してください。こちら→長崎3人旅(実は未完成…)周辺の飾り付け。 なぜか魚のランタンがいっぱい。魚のランタンがおおい理由を、謝さんが教えてくれました。中国では旧正月には縁起物として魚を食べるのだそうです。その細かな理由は忘れてしまいましたが、確か、ロシアや東欧諸国ではクリスマスに七面鳥ではなく魚を食べると、東欧出身の友人たちに聞いたことがあります。中国とは歴史も文化も違う国なのに、こんな共通点があるのはとてもおもしろいです。これもおめでたいらしい。赤い文字は「喜」を表しています。謝さんが言うには、この赤い「喜」の文字は、中国では普通結婚式やお祝い事の席で使われるそうです。旧正月ではそんなに用いないと言って笑っていました。中国でも地方によるのかな?念願のチリンチリンアイス~!これは4年前、ここで食べたかったのだけど腹の調子が悪くてあきらめたんです。今回はしっかりいただきました。寒いしお腹いっぱいなのに…。たくさん歩いたからさっぱりしておいしかった~!夏だったら10個食べれるかもしれない。そして、この眼鏡橋でちょこっとおもしろいものを発見!って、たぶん私だけがそう思っているわけで。それはまた次のブログで。つづく…
2009年10月15日
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■長崎ランタンの旅・その1■やっと、今年の旅行記が書けます。今年の旅行記、今年のうちに…とは思うものの、今年は九州中を駆け回ったので年を越すこと間違いなし!まあ、旅行記も自己満足なので、ゆっくりのんびり書いていこう。旅した期間:2009年1月31日(土)~2月1日(日)いっしょに旅した人:ナンシーと謝さん(珍しく人といっしょ!)それは、1月半ばの謝さんちでの餃子パーティーで始まった話でした。長崎のランタンフェスティバルに行こう!って。謝さんは中国人、そしてナンシーは中国系アメリカ人。2人とも日本での旧正月を祝いたい、私は単にランタンフェスティバルに行きたい、そんなことで旅行決定!大分から長崎までは高速バスで移動しました。この時期、長崎市内のホテルなんか取れなくても当然です。でも、私は穴場を知っていたので楽勝で予約が取れました。そこは前にもランタンのときに泊った小さな旅館。3時間ちょっとのバスの旅、旅館に荷物を預けに行ったら、なんと、4年前と同じ部屋でびっくり。4年前はアメリカ人とニュージーランド人の2人とランタンフェスティバル見物に来たけど、2人のヤローと危機感なく雑魚寝(女というより、ペットの扱いだったので…)。でも、今度はかわいい女の子2人で気分もうきうき。駅前の大きなドラゴン。動くんです。昼はとっくに過ぎ、私たちの空腹もピークを迎えていました。旅館の近くに長崎チャンポンのお店があったけど、有名店のようで大混雑。駅に行けば何かあるということで移動。トルコライスが食べたかったけど、そのお店は人でいっぱいだったので、適当に中華料理店に入りました。2人とも中国人&中国系、中華料理でいいのかしら?ってちょっと不安だったけど、ここがなかなかおいしかったの。3品注文して3人でシェアしていただきました。まずはこれ。チンゲンサイの炒め物。ごま油風味でさっぱりしていておいしいかった!これは野菜をしっかり摂りたいという謝さんの希望。ほかのお料理のお野菜が少なかったから、大正解!豚肉とピーマンの炒め物。甘辛い味はご飯にぴったりです。実際、これがメインのおかずとなりました。そしてナンバーワンヒットのこのお料理!エビをホワイトソースとチーズでからめています。エビがプリプリでおいしい!そして、この中に入っている揚げパンがかなりおいしかったです。モチモチとしていて、パンなのにお餅の食感。謝さんがすごく気に入っていました。でも、謝さんの出身地の西安にはこのお料理はないんですって。このお店は、広東・台湾料理の中華料理店でした。中国広し、同じ国でもところ変われば中華も変わるって言っていました。たらふく食べておなかいっぱいの私たち、中華街までは路面電車を使わずに、歩いていくことにしました。ちなみに、私たち3人が何語で話していたかというと…ナンシーと私:英語謝さんと私:日本語謝さんとナンシー:中国語ちょっと楽しいでしょ?道行く人も私たちの会話を聞いて、振り返る人もいました。つづく…
2009年10月13日
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3連休の中日に行った日向と延岡の日帰りドライブの覚書です。1人で行きました。宮崎って遠いイメージあるけど、うちからだと2時間以内で行ける場所なんです。高千穂はもっと近いのよ♪行った日:2009年10月11日(日)・道の駅北川はゆまで日向夏ソフトクリームを食べ、日向かぼちゃを買う。・日向の馬ケ背へ。過去2回訪れたけど、今回はますます観光地化していて驚いた。・願いがかなうクルスの海へ。カップルばっかで…。願い事は「みんな別れてしまえー!」って、冗談ですが…。・日向のお伊勢さま、大御神社へ。神社とパームツリーの組み合わせが…。・そこの海岸にある親子三代の亀岩を見る。・境内にある日本最大級の「さざれ石」群を見る。でかい。・日知屋城址跡を散策。ほとんど人がいなくて快適。・海岸沿いにある鵜戸神社へ。ひたすら美しい。・伊勢ケ浜海岸でしばしぼけーっとする。サーファーに見とれていた(笑)・延岡に戻り、「おぐら」のチキン南蛮を食べる。1人ファミレス…。小倉ケ浜と美々津地区にも行きたかったのですが、のんびりしすぎて日が暮れそうだったので、今回は行きませんでした。次回はこの2ヶ所プラス都農町の矢研の滝に行ってみたいと思います。あー、3連休もおしまい…。でも、今週末も3連休にする予定なの、来週末も♪海っていいなっ!
2009年10月12日
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3連休、いかがお過ごしでしょうか。私はゆっくり過ごしています。今日は延岡と日向までドライブしてきました。でも、そのお話はまたいつかってことで、唐津のプチ旅日記の続きを…。唐津市の沖合約1kmに位置する神集(かしわ)島は、周囲約7kmの離島です。古代、神功皇后は新羅出兵に際して島に神々を集めました。それが島の名前の由来だそうです。唐津市街地から見た島の形が台形であり、その形から軍艦島とも呼ばれています。島の北部には、鬼塚古墳群と呼ばれる古墳時代後期の横穴式古墳群の古代遺跡があり、万葉の歌碑が7か所建てられています。その7つは神集島で詠まれたものです。この島は、古代、新羅への船の国内最後の亭(とまり)であり、身近な人との別れを悲しむ歌なんだそうです。今回は残念ながらその古墳や万葉歌碑は見ていません。この島に来たのは、TAOのライブのためでしたので…いつものことながら。島へは定期便のフェリーで約10分。ライブの日は折り返し何便もフェリーが出ていました。港から見た神集島。こじんまりとしています。ここも過疎化が著しい地域だそうです。大漁旗が出迎えてくれました。唐津市内外からお客さんが訪れるので、島を挙げての歓迎ムードでした。港には大漁旗がたくさんはためいており、会場の小学校の体育館の前では、地元の人の作る料理や海産物の加工品が売られていました。梅が枝餅まで売っていたし…。ちょっとしたお祭りムードでした。フェリーにも大漁旗が。実は、佐賀にも離島があることはここに来ると決めた時まで知りませんでした。地図で見てみると、ほかにもあるようです。大分県内でも離島を訪れる機会は滅多にないので、フェリーでの移動はちょっと新鮮でした。この先、神集島にはなかなか訪れる機会もないはないと思いますが、もしあるのなら、名物の石割豆腐が食べてみたいです。唐津プチ旅日記、おしまい♪
2009年10月11日
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唐津を北上したのは、フェリーに乗って神集島に渡るためでした。その前に昼食をと、フェリー乗り場の駐車場整理のお兄ちゃんに聞いてみたら、その辺りにはあまりいいお店がないと言う…。もっと北上すれば、サーファーが立ち寄る店があって、そこで食事ができると言うので向かいました。食堂とかレストランというよりは、カフェって感じのお店。サーファーが立ち寄るだけあって、サーフボードやサーフィンの道具が置かれていたりして、佐賀県なのになんだかトロピカルな感じのお店でした。食事を注文して外に出てみると、いるいる、サーファーが。いつも思うのだけど、サーファーには季節は関係ないのね。そしてふと左のほうを見ると、これはまた大きな岩がありました。望遠で撮ったのでちょっとぶれてるし。あー、これが立神岩か~!唐津に行くと決めたとき、インターネットで何があるんだろうって観光地を検索したときに写真を見ていたので、すぐにわかりました。見てみたいけど時間が…って感じだったので、半ばあきらめていたけど、偶然にも見ることができてうれしかったです。立神岩とは…。立神岩は、40mの高さをもつ玄武岩の大石柱が2個立っていますが、これは波の侵食作用によってできたものです。その様がまるで男と女が寄り添って立っているように見えることから、夫婦岩とも呼ばれているそうです。なるほど~。食事もおいしかったの♪私のロコモコ。友人のタコライス。ロコモコはハンバーグがジューシーで美味でした。タコライスは見た目が微妙だけど、味はおいしい、でも、これはタコライス?って感じ。海岸線のきれいな場所だったので、またいつか訪れたいです。いつになることやら…。
2009年10月10日
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昨年の11月に行った唐津のプチ旅日記です。これも追っかけついでなんだけど、TAOの…。もう、アホのごとく九州中&たまに本州を追っかけまわしているもんで…。このときは福岡の友人とドライブでした。前日に鳥栖に泊り、廿日市まで電車で行って拾ってもらい唐津に向かいました。唐津といえば、やっぱり見てみたかったのは虹の松原。ライブまでちょこっと時間がありましたから、鏡山まで運転してもらいました。鏡山には神社がありました。お天気のいい祝日だったのに、人はまばら…。ここからの虹の松原、美しかったのですが、それよりも中腹から見たほうがとてもきれいでした。鏡山中腹から。唐津湾沿岸に約5kmにわたって、クロマツの林が弧状に広がります。日本三大松原で国の特別名勝に指定されており、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選にも選ばれています。はじまりは、17世紀のはじめ、唐津藩の藩主・寺沢広高が防風林、防砂林として植樹を行いました。伐採の禁止(伐採は死罪)はもちろん、燃料としての落ち葉の採取でさえ厳しく制限されていました。改易や藩主が替っても、手厚く管理されていたといいます。現在でも保安林とされ伐採は禁じられています。この松林を車で走ってみたかったのですが、時間があまりなかったので上から眺めただけでした。テレビでは松林を見たことがあるけど、どんな感じなのかしら?次に向かった先は、唐津の北部です。それはまた次回。
2009年10月09日
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最近、食べ物の話題ばかりだね。食べることが大好きだから、おいしいお店めぐりも大好きです。まあ、いろんなところに行ったけど、やっぱりいちばん好きなのは丸福!竹田市内と熊本県内に支店があるけど、いちばん好きなのは竹田市内の中心部に古町店です。お店によって味が微妙に違うんです。熊本方面の店舗は行ったことないけど。本社は、チキン南蛮はめっちゃおいしいけど、から揚げがちょっと固め。57号線沿いのは普通においしい。西古町店はとり天がめっちゃおいしい!とり天単品、400円だったかな?安いけど、けっこうな量なので1人で全部食べるとちょっと苦しいです。下味がしっかりついていておいしいの♪ チキン南蛮の単品は450円。とり天よりも若干量が少なくてちょうどいいです。で、とり天もチキン南蛮もWで食べたいという人には…。この「とり天南蛮定食」がおすすめです。最初はとり天を南蛮にしたものかと思ったのだけど、何のことはない、2品の鶏肉料理が添えられたものでした。これはとってもご飯が進む♪ということで、3回連続チキン南蛮のおいしいお店の話題でした。食欲の秋ね~。
2009年10月08日
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今日も竹田のグルメを紹介しまーす!レストランや食堂に入って、たいてい注文する食事はチキン南蛮です。なぜって?それは、大好きだから♪お店によって甘酢の加減とか、タルタルソースかオーロラソースとか違いはあるけど、万人受けするなって思うのは「ひょうたん」のチキン南蛮です。これで840円!安い!これ、けっこうな量なんです。写真には写ってないけど、おみそ汁なんて具だくさんだし、サラダも毎回違う種類。写真のはカボチャサラダかな?この間行ったときはスパゲティサラダでした。それから、小鉢も酢の物のときもあるし、煮物のときもあります。そして何よりも、チキン南蛮がおいしい!たっぷりの甘酢に浸されて、オーロラソースがかかっています。チキンも柔らかくてジューシーでおいしいんです。最近、母に教えてあげたら、母もここのチキン南蛮がお気に入り。先週末もいっしょにお昼を食べに行きました。ほれ、ほれ!おいしそうでしょ~。日曜日でも空いているので、友人、知人をちょっと食事に連れて行く時はここを選びます。地元の人でも居酒屋とか宴会場と思っている人がいるので、え?あそこ、定食が食べられるの?って聞かれることも。穴場っちゃ穴場です。坦々麺もおいしい…。いつも同じものばかり食べているから、次は違うメニューにしてみようと思いつつ、チキン南蛮ばかり頼んでしまうのでした。
2009年10月07日
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変なお天気です。雨もやんで夕方は青空が見えていました。今夜はすごく静かなんだけど、これは嵐の前の静けさなのかしら?台風、心配だな~。今日は、竹田の隠れグルメをひとつ。竹田のお食事処といえば丸福が有名ですが、丸福と並んで大好きなレストランは「カナデアン」です。「カナディアン」ではなくて、「カナデアン」。店は洋風の造りなのだけどやや古く、懐かしのゲーム機がテーブルになってたりする、レトロなんだか新しいんだかわかんない。客層も中年前後のおじさんが多いのですが、とってもおいしいんです!量は男性向きだけど、味付けは女性向きだと思います。いちばんのおすすめ!チキン南蛮定食。このチキン南蛮は、自分の中でベスト3に入るくらいおいしいです。私、つい先日までこのお店ではチキン南蛮以外のものを注文したことがありません。うちの職場でもカナデアンのお弁当が注文できるのですが、その時もチキン南蛮弁当を頼むくらい大好きです。ちょっと浮気して、ハンバーグ定食。前に妹が食べていたのを一口もらったら、おいしくてね~。ハンバーグってそんなに好きじゃないから滅多に食べないんだけど、これはおいしい!今まで食べた中で2番目においしい!一番おいしいお店は南小国にあるんだけど…。でも、かなりおすすめです。おまけに大きいの♪で、いろいろためしたくなって、エビたま丼。エビの量が半端なく多いんです。ご飯の量も多いので、男性向きのメニューかな。でも、味はあっさりと好みの味でした。エビたま丼を前に嬉しそうな私…。チキン南蛮一筋だったけど、他のメニューもいろいろ試したくなりました。特に、チャンポンは食べてみたいです。今、いろんなお店のチャンポンをお試し中なので…。
2009年10月06日
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■山口・長門の旅・その19■金子みすゞ三昧の仙崎の旅、最後もみすゞで締めようと、仙崎駅から下関まで「みすゞ潮彩」という電車に乗って帰るつもりでした。仙崎駅。みすゞ潮彩は、2007年から仙崎駅と下関駅を結ぶ観光列車の名称です。JR山陰本線・山陽本線を経由を快速または普通電車が1日2往復走ります。景色の美しいビューイングポイントでは一時停車もするというのが魅力的♪ 電車の名称は、仙崎で生まれ、下関で生涯を送った金子みすゞにちなんで一般公募でつけられました。外観は長門在住のイラストレーター尾崎眞吾氏のデザインが使用されています。車両は指定席と自由席があり、車内販売の売子さんは、なんとメイドの衣装を着ているとか!美しい景色とメイド喫茶(?)が一度に楽しめる電車です…たぶん。が!しかし、この潮彩号の待ち時間までかなりあったのです。乗りたかったけど、もう2時間も待つにはちょっと疲れていた私。それに、タクシーに乗れば長門市駅から下関駅まで直行のひとつ前の電車に間に合う!翌日は仕事なので、なるべく早く帰ってゆっくり寝たい。そんな想いが私をタクシー乗り場に直行させました。で、その電車に間に合ったわけで…。ビューイングポイントで停車しないのは残念だったけど、それでも鈍行列車から眺める日本海の景色は美しくて、写真にうまく撮れなくても大満足。でも、いつかこの辺を車で走ってみたいとも思ったのだけど。きれいでした~!走る電車の窓から。途中の駅で仙崎に向かう潮彩号とすれ違う…。あ~、待っていればこれに乗れたのね…と、ちょび~っと後悔。でも、これもきっと、旅の神様がまた仙崎にいらっしゃ~い!と言っているのね…と、再び自分に言い聞かせるのでした。中原中也、種田山頭火、金子みすゞなど文学に触れ、温泉にも入り、おいしいものを食べ、でもホテルで散々な目に遭ったけど、いいことも悪いことも充実した山口と長門の旅でした。12月は予算の関係で観光なしの日帰りでのTAO長門ライブになりそうですが、せめておいしいものはしっかり食べてこようと思います。おわり♪
2009年10月05日
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■山口・長門の旅・その18■仙崎最後の話題は、やっぱり金子みすゞです(みすゞのこと以外はほとんど書いていない気がするんだけど、気のせいってことでね~)。みすゞ通りを歩いていて見かけた『祇園社』の詩。この詩の右手にある路地に入ると、その祇園社があります。正式な名前は八坂神社です。仙崎で行われていた古式捕鯨の様子を描いた、江戸時代の『捕鯨図』が保管されているといいます。ちょっと見てみたかったけど、誰もいなかったし、公開されている様子でもなさそうでした。残念!また、夏には仙崎祇園祭が開催され、山車に蛇や須佐之男命などの人形を飾り、祇園囃子が演奏されます。木製ではないけど、きれいな鳥居。きっとみすゞも、子どもの頃はここで遊んだのでしょうね~。次に向かったのはみすゞの墓所がある遍照寺。みすゞ通りの起終点でもあり、海が近くお寺の前の通りからは海も見えます。15世紀末に建てられたという浄土真宗の由緒あるお寺。ぜひともみすゞのお墓参りをして帰ろうと思ったのです。…がっ!なんと、地元の人の葬儀の準備が執り行われておりました…。境内の中は人であふれていて、忙しそう。とても一般の観光客の私が入って行ける雰囲気ではないので退散…。見える部分の写真だけ…。右は『こころ』の詩碑。 お参りできなかったのは残念だけど、これはきっと旅の神様が、もう一度仙崎に来てね♪と言っているに違いないと前向きに思っています。旅行して、見たい場所をすべて周りきれなかった時は、いつも自分にまたそこを訪れようと言い聞かせています。金子みすゞの縁の地を堪能して、仙崎を後にしたのでした。つづく…みすゞ通りで見かけた猫ちゃん。
2009年10月04日
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■山口・長門の旅・その17■金子みすゞ(本名・テル)は、明治36年(1903年)に仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。子どもの頃から読書が好きな少女だったといわれています。20歳の時、4誌に詩が一斉に掲載され、西條八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されました。しかし、それも23歳の時に結婚したことで一変しました。娘を設けますが夫とは不仲、しかも創作活動や詩人たちとの交流も禁じられ離婚します。娘を手元で育てることに夫も最初は同意しますが、考えを翻した夫は親権を要求。夫への抵抗心から、みすゞは母に娘を託す手紙を残し、26歳の若さで服毒自殺をし、この世を去りました。亡くなるまで512篇の詩を綴ったとされています。金子みすゞ記念館は、みすゞの生誕100年を記念して2003年に生家跡に復元されました。金子みすゞ記念館正面。道路沿いの金子文英堂では、1階は文具店が、2階はみすゞの部屋が復元されています。部屋のところどころでいくつかの詩を読むこともできます。2階のみすゞの部屋。奥にある本館は資料館となっています。また、ちょっとした仕掛けのあるギャラリーもあります。ちょっと時間の関係で、本館は駆け足で見てしまったので、ギャラリー以外はあまり覚えていません…。この記念館を見物していた観光客は私以外にもう一人いました。男性の方で、「あなたもみすゞさんのファンですか?」と聞かれました。そうなんです、『みすゞさん』なんです。金子みすゞのファン、記念館の職員さん、そして地元の人はみんな親しみを込めて『みすゞさん』って呼んでいました。なんか温かい感じがしていいな。次回もちょこっと『みすゞさん』の縁の地について書きたいと思います。つづく…
2009年10月02日
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■山口・長門の旅・その16■仙崎は童謡詩人・金子みすゞの生誕の地です。金子みすゞの詩に出会ったのは、もう15年以上前のことです。『大漁』という詩を読んですぐに興味を持ちました。絵本と詩集を買い、繰り返し読んでいるうちに、どんどんみすゞの詩の世界に惹きこまれました。1年間滞在したニュージーランドにも詩集を持って行き、よく本を開いて読んでいました。だから、仙崎は訪れてみたい場所のひとつでした。みすゞ通りは、この場所にみすゞの生家と墓所、そして縁の地が多くあることからその名前が付けられました。写真でしか見たことのないこの通りに胸を躍らせながら向かいました。その通りには、商店街や市民、子どもたちによって書かれたり描かれたりした詩や作品が飾られていました。郵便局の外壁。いちばん有名な詩なのでは?『わたしと小鳥とすずと』初めて出会った詩『大漁』。工夫された作品たちも。 まだまだ、ここでは紹介しきれないくらいの素敵な作品たちに出会いました。しかし、なんだか寂しい。街並みは雰囲気があっていいのに、閑散としているんです。観光客がほとんどいないんです。冬だから?と思ったのだけど、この夏訪れた友人も、何にもないし人もいないって言っていました。もったいない…。ちょっと古い言葉かもしれないけど「町おこし」、なんだか空回りしているような気がします。仙崎に限ったことではなく、日本中(西日本限定だけど…)のたくさんの場所で感じたことです。活気のある町は本当に元気だし、人も集まる。でも、どんなにいいところでも、見どころがたくさんあっても、閑散としている町もある。すごく寂しく感じました。仙崎もみすゞ通りもとてもいいところなので、もっといろんな人に見てほしいなって思いました。本当に素敵な場所でしたから。つづく…
2009年10月01日
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■山口・長門の旅・その15■最悪なホテルで一夜を過ごした朝、ボーっとした頭で眠い目をこすりながらチェックアウト。とりあえずはお金をおろさなくちゃと、駅の近くの銀行に向かいました。ホテル代をカードで払えず、所持金に不安があったからです。しかし、それが間違いの素でした。長門市駅に行くと、先崎行きの電車はもう出ていて、しかも1日に2~3往復しかありません。とりあえず、仙崎まで歩いて行くことにして、駅員さんに道を尋ねたら教えてくれました。でも、最近知ったのだけど、駅前から仙崎までバスが走っているらしいんですね。駅員さん、どうして教えてくれなかったのかしら…。たぶん、ひと駅かふた駅ぶんの距離。片道2キロくらいだからそう遠くはないはず。海沿いの道をエッサホッサと歩いて行きました。最初は電車を逃して歩くことが憂鬱だったけど、12月にしては暖かな気温、そして朝のさわやかな空気と晴れた日本海の海。向こう側には青海島も見える。前夜の雨も止み、晴れ女の本領発揮!写真を撮りながら気持ちよく歩くことができました。こんなとき、歩くのが大好きでよかったわ~…って思います。そして仙崎中心部の入口へ。そう、目的は金子みすずなんですねー。仙崎といえばみすずの故郷。ここに来たくて長門に泊まったわけなのです。その仙崎は、とても…な街でした。それはまた次回!つづく…。
2009年09月30日
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■山口・長門の旅・その14■長門で昼夜2回のTAOライブを楽しんだあと、友人に長門市駅まで送ってもらいました。その晩は長門市駅の近くのホテルに宿泊予定でした。駅裏から歩行者用通路を歩いて行くのですが、人が少ないし、なんかあまりいい雰囲気じゃない駅の周辺。駅前に着いても、ホテルを探してうろうろしたけれどわからず。駅員さんに聞いてたどり着いた場所は、本当に駅の近くでびっくり。とても小さなホテルでした。階段を上がっていくと、2階には食堂、カラオケスナックがあってちょっと場末な感じ。3階のフロント、まるで昭和に戻ったかのような雰囲気。そこにはおばちゃんが1人。ホテル代はクレジットカードで支払うつもりが、今どきカードも使えない。まあ、それはしょうがないか…と思っていたら、部屋にバストイレなしと言う…。これで宿泊料金5000円って、高くない?部屋のある4階に行くと、うるさい。私の泊まる部屋の隣で、オヤジどもが大宴会。部屋に入ってみて愕然。部屋もベッドも広いだけ。とにかく床や壁が汚い。それだけならまだいいけど、便所臭い。たまらなく臭い。トイレは部屋にないのに、異臭が漂っていてね。すごくみじめな気持になってしまいました。これで5000円は高い。前日泊まった小郡のホテルは4000円台だったけど、すごくきれいだった。なんなの、このギャップは?駅前なのに、近くにコンビニすらない。まあ、竹田も似たようなものだけど。国道沿いに出て、どこか店に入って食事でもと思ったけど、なんかすごい人だったので1キロくらい歩いてセブンイレブンへ。ホテルに戻り、コンビニ弁当。宴会のオヤジたちよりも早く風呂に入る。やや潔癖症の私、オヤジの使ったバスタブは嫌なので。で、買ってきた酒飲んで寝る…。しかし、あまりにも臭くて熟睡できず…。5時頃に目が覚め、眠くてボーっとした頭でニュースなんか見たりする。今まででいちばん最悪だって思っていた宿泊先は、ニュージーランドのクイーンズタウンにある某バックパッカーズでした。でも、18ドル(当時の日本円にして1200円くらい)だったし、まあ我慢できたんですね。若い頃はお金がないから、海外でも国内でもユースホステルとかゲストハウスばかり泊まっていたけど、今はこぎれいなホテルで缶ビール飲みながらのんびりしたいわけで。それに、最近のホテル料金って安い!インターネット予約をすれば、5000円いないで泊まれるホテルがあるもんね。なので、この長門のホテルだけはちょっと、いえ、かなり許せませんでした。今年も12月に長門に行くけれど、長門にだけは、というか、このホテルにだけは泊まりません!つづく…
2009年09月29日
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週末は、陽目(ひなため)の里キャンピングパークでキャンプをしました。といっても、コテージに泊まったんですけどね。キャンプといえば夏。もちろん、夏のキャンプも好きだし、何度もしたことがあります。でも、私は季節はずれのキャンプが好きなんです。冬はちょっと嫌だけど、春と秋。暑くないから汗でベタベタにならないから、夜遅くなってそのまま寝ちゃっても気にならない(←気にしろよ…)。暑くて眠れないってこともないし、蚊も少ない。いいとこばっかりね♪泳げないのは残念だけど。さて、キャンプですが私以外の4人はみんな熊本県からやってきました。植木、山鹿、長洲…遠いところまでありがとう。3人はアジア系アメリカ人(日系・韓国系・ベトナム系)という、インターナショナルなキャンプでした。まずは4人を連れて七ツ森古墳の彼岸花を見に行ってきました。見ごろは終わっていて、手前の花はほとんど枯れていたけど、奥の方はまだ咲いている花もありました。遠くから見れば、まあそれなりにきれい。市内のスーパーで炭や食材を買って、陽目の里キャンピングパークへ。泊まったのは8人用のコテージ(15,750円)。トイレ、シャワー、キッチン、布団完備で、炊飯器も食器もそろっています。外にはバーベキューができる場所も。ただし、網と炭は有料なので、用意して行った方が安上がりです。炭は買って行ったけど、網のことは頭になくて630円で借りました。ゴミ袋も3枚100円で購入。ちゃんと分別してキャンプ場のごみステーションに置いていくことができます。晩ご飯はもちろんバーベキューね♪頑張って火をおこしたよ!左側の白いのはトルティーヤ。これに肉や野菜をはさんで食べていました。私は普通に食べたけど…。なんか、めっちゃ料理好きの人(唯一の男性参加者)がいて、右の串に刺さったのもやってくれたし、ワカモレも作ってくれたし、朝はタコスまで作ってくれました。大野川の源流が目の前にあるの。今回は白水の滝には行っていません。チェックインが夕方だったのですぐに夕食の準備だったし、翌朝は朝ご飯の後、みんな温泉に行きたがっていたし、その後は竹田市内でお昼ご飯。雨も降ってきたので解散でした。疲れきっていたので案内する気力なし。本当は白水ダムに連れて行こうって思っていたんだけどね。しばらくキャンプはいいや~。ちょっと疲れちゃった。
2009年09月28日
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■山口・長門の旅・その13■宇部方面から長門に向かう車中で、「近松門左衛門云々…」と書かれた標識を見ました。何か、近松門左衛門に関する施設があるような感じ。近松門左衛門というと、江戸時代前期の元禄文化の立役者の一人です。人形浄瑠璃や歌舞伎の作者として知られ、「曽根崎心中」や「心中天網島」といった作品があるのは有名すぎるお話。山口県出身の友人と広島に住む彼女の友人に、近松門左衛門と長門は何かつながりがあるのか聞いてみました。2人とも???状態。どうも、近松門左衛門のことも知らなかった様子…。いえ、私だっていばれたものではありません。知識としてこの大作家の名前と作品名は知っていても、著書も読んだことがなければ、彼の作品を原作とする人形浄瑠璃も歌舞伎も見たことがないのですから。そしてたどりついたライブ会場のルネッサながと。ここのロビーには、近松文学をモチーフにした和紙で作られた作品が展示されていました。 …ってか、なんか怖くないですか?この作品たち…。とりあえず気になっていたので、うちに帰ってから近松門左衛門をちょっと調べてみると、彼の出生地といわれている場所が日本に3か所あり、長門はそのひとつのようです。あとのふたつは周防国(現在の山口市)と越前国(現在の福井県)だそうですが、山口県が2か所あるので、山口県の可能性が大ですね。これを機に、近松文学を読んでみようとは特に思いませんでした。だって、難しそうなんだもん…。でも、機会があれば人形浄瑠璃や歌舞伎は見てみたいです。つづく…
2009年09月25日
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■山口・長門の旅・その12■山口旅行記に戻りまーす。前回は宇部の方で友人に車で拾ってもらったとこまででした。それから中国山地を突っきって、一路長門に向かいました。その日、長門でのTAOのライブを昼夜2回見る予定にしていたので…。その前に、長門のおいしい魚を食べに連れて行ってくれました。そこは仙崎にある「ショップ青海島」。青海島の手前にある、食堂やお土産物屋さんが並ぶところです。シンボルマークのクジラの親子。仙崎はその昔、捕鯨基地だった場所です。今はどうなのかしらないけれど。青海島には珍しいクジラのお墓もあるんだそうです。行ってみたかったけど、また機会があれば…。そこにあるお店のひとつでお昼ご飯を食べました。お店の名前は覚えていない…。たぶん、たぶん千石寿司だったと思います。アジのたたき丼をいただきましたー!魚の身がしまっていて、とってもおいしい!酢飯の味もちょうどよかったです。イカとアジのお刺身定食を頼んだ友人、こっちの方がおいしそうって言ってました。はい、おいしかったですよ~!友人らのイカとアジのお刺身定食。お刺身の他にも、タコと手巻き寿司もついています。ご飯があるのに手巻き寿司。寿司をおかずにご飯を食べる…。まあ、いいんだけど。食後のデザートは夏みかんソフトクリーム。食べすぎですって?いいの、いいの。旅行中の食事は惜しまないことにしているんです。若い頃、お金がなくて(今もないけど)、海外旅行とか行ってお昼にリンゴやバナナだけで済まし、あー、あの時あれを食べたかった…とかいう思い出があるので、その土地で見かけたおいしそうなものはよほど高くない限りいただいています。おかげで、最近は太りっぱなしなんですけどね。つづく…
2009年09月24日
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今日で楽しかったシルバーウィークもおしまい。最初の3日は鹿児島へ、4日目昨日はバスツアーで下関の唐戸市場と大宰府の九州国立博物館で開催中の「国宝・阿修羅展」に行ってきました。ちなみに、今日は家でゴロゴロしてました。バスツアーは職場の女性2人と参加。雨のおかげか道路の渋滞が行きも帰りもまったくなしで、唐戸市場とカモンワーフでは1時間半のんびりできました。この2か所は6月に行っているので、後ほど詳しくブログに書くつもりでいます。食後に散策した亀山神社も…。ちなみに、お昼ご飯~!海鮮丼(ウニ、イクラ、サーモン)と、フグのから揚げとアンコウのから揚げです。海鮮丼のウニはすごく甘くて口の中でとろけてしまいそうでした。とにかくおいしかった!アンコウのから揚げ(小さい方)は、なんか骨ばっかり。フグのから揚げは激うま!この丸ごと1匹揚げたのが、なんと500円の安さ!身がいっぱいついていていました。その前に3人でサザエの殻つきの焼いたの食べてるし(笑)前に来た時は、フグのお刺身定食とホタテの焼いたのを食べました。あ、夜中なのにお腹すいてきた…。で、阿修羅展へ。まあ、すごい人でしょう?最初は180分待ちって聞いてたけど、1時間ちょっとで入場できました。列は太宰府天満宮まで続いていたけど、意外に速かったわ。蒸し暑かったけど、雨が降ったので涼しい方だったかな。会場も阿修羅像の周りだけ黒山の人だかりで、あとはゆっくり見ることができました。阿修羅像を始め、八部衆の4体が今回展示されていました。全部来ているのかな…って思っていたから、ちょっと残念。一度は奈良の興福寺の秋の特別拝観で8体とも見ているから、まあいいか…。でもね、あっちで見るより今回の展示の方が全然いいです。いつもはガラスケースの中で、正面しか見られない阿修羅像をはじめとする八部衆が、国立博物館ではガラスケースなし、横からも後ろからもしっかり鑑賞できます。暗闇に浮かんだ阿修羅像を見た時は、美しすぎて思わず息をのみ込んでしまいましたもの。日帰りのバスツアーはちょっとしんどかったけど、行ってよかったです。
2009年09月23日
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シルバーウィークの前半、鹿児島県に行ってきました。実は、TAOの追っかけついでなんですけど…。でも、旅行も満喫してきましたよ。旅した期間:2009年9月19日(土)~21日(月)行った場所:指宿、知覧、鹿児島1日目・高速バスで鹿児島へ。そのままJRで指宿に向かう。・指宿のTAOのライブ会場へ。駅のおばちゃんに、「あんなとこ歩いて行く人いない」って言われたけど、とりあえず歩く。45分かかった!・TAOのライブ、1列目のど真ん中の席で見る。チケットを取ってくれたTAO友さん、ありがとー!・隣の席の人吉から来たご夫婦と仲良くなる。帰り、鹿児島まで送ってくれた。・いい気分で寝る。2日目・バスに乗って知覧へ向かう。・英国館で「斉彬公のティータイム」セットでお茶。紅茶とかるかん。・川沿いの知覧城跡を散策。・知覧武家屋敷巡りをする。紫芋ソフトがおいしかった。・「特攻隊員の母」鳥濱トメさん関連が展示されたホタル館に行く。展示を見て号泣している若い男性が印象的だった。・富松旅館別館で薩摩料理を食べる。さつまあげ、豚骨、きびなごの刺身。・歩いて特攻祈念平和会館へ。ここは10年ぶりに訪れた。・ここの前からバスで鹿児島市内に戻る。・駅の隣のアミュで夕食。むじゃきの鉄板焼き&白熊にしようと思ったけど、満席だったので、隣の黒豚料理のお店で黒豚丼をいただく。・でも、やっぱりデザートにむじゃきで元祖白熊を食べる。3日目・朝3時前、気分が悪くて目が覚める。・ほとんど物が食べられない状態だったけど、意外に元気。・市電に乗って鹿児島観光へ。・鶴丸城の石垣のそばを歩く。・西郷さんの銅像に出会う。・鹿児島市美術館に行く。ピカソ、ピサロ、シスレー、ダリ、ローランサン、モネなどなど、有名画家の所蔵品多し!・島津斉彬公を祀る照国神社へ。前日に知覧で見た右翼団体も参拝してた。・歩いて城山展望台へ。眺めがきれい。・城山遊歩道を歩く。・薩摩義士の慰霊碑へ。・私学校跡の石垣の、西南戦争の銃弾痕を見る。・電車で鹿児島中央駅に戻る。・西郷さんの家があった場所を通りすがる。・維新館に行く。篤姫の展示がやたらと多かった。・蒸気屋でかすたどんをお土産に買う。・で、バスで帰ってきた。…と、まあ、今回も盛りだくさんの小旅行となりました。また、数か月以内にブログに残す予定。明日はバスツアーで阿修羅展に出かけてきます。
2009年09月21日
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■山口・長門の旅・その11■新山口駅は旧小郡駅です。新幹線も止まり、九州方面、広島方面、津和野方面、宇部方面への電車が出ている山口県玄関口という感じかな。津和野方面へはSLも走っているらしい。ここの駅は前日に湯田温泉に行くとき、そして2日目に宇部方面に向かうときに利用しました。レトロな感じがとても素敵な駅です。駅前の其中庵のモニュメント。改札付近。時計がレトロな感じでしょ♪ただ、駅員さん(写真の人じゃないよ)は行き先を聞かれたお客さんへの対応がいまひとつで、お客さんに叱られていました。これはちょっと納得しちゃった。私も湯田温泉に行く際にちょっと路線を尋ねたら、無表情で超事務的に対応されて、「あれ?」って思ったので。山口市の玄関口なんだから、もっと素敵な対応をお願いしたいものです。ホームの時刻表も全部漢字だったりする。自動販売機まで!この徹底した感じがとても素敵ですね。記念スタンプも押しましたー!ここから電車で、宇部方面の厚東という駅まで乗車しました。ここで宇部のお友だちが車で拾ってくれて、長門まで向かいました。厚東駅で見た空。つづく…※明日から5連休ですね~。私も明日からお出かけしてきます。みなさまもよい休暇を!
2009年09月18日
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■山口・長門の旅・その10■山口の旅2日目。この日は宇部の近くまで行き、宇部の友人に長門まで連れて行ってもらうことになっていました。待ち合わせに間に合いそうな電車まで時間があったので、種田山頭火が住んでいたという其中庵(ごちゅうあん)を訪ねることにしました。その日は快晴!朝からいいお天気です。宿泊先のホテルの人に聞けば、丘の上の住宅街にあって見つけにくいということ。遠回りになるけど、いちばんわかりやすい道を教えていただきました。実際、ちょこっとだけ迷ったけど無事に到着しました。其中庵の入口発見!日本を放浪した俳人・種田山頭火が最も長く暮らしたのは、小郡(現・山口市)です。昭和7年から13年まで、其中庵に住み、自由律の俳句を作り、俳人と交流しました。山頭火の好んだ法華経の中の言葉、「其中一人作是唱言」という言葉からきています。意味は、災難に遭った時、また苦痛に苛まれたとき、其の中の一人が「南無阿弥陀仏」と唱えると観世音菩薩が手を差し伸べて皆が救われ、悩みから解き放たれるということです。其中庵の語源は、この「其中一人」を自分に置き換えて、その一人が住むということで「其中庵」と名づけられたそうです。其中庵の正面。其中庵は復元されたものです。山頭火と親交のあった下関の近木圭之介氏の作成した見取り図を基に復元されました。中も自由に見学できます。こじんまりとして他には特に何もない場所だけど、休憩所に座って少しのんびりしました。地面に落ちた山茶花もきれいだし、晩秋の山の色と青空も美しかったです。おまけに、誰もいない。ちょっと贅沢な気分でした。小郡の郷土資料館にも行ってみたかったのですが、電車の時間があったのでこのまま小郡を去り、長門へ向かいました。長門の旅行記の前に、次回は新山口駅のお話を書きます。つづく…
2009年09月17日
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■山口・長門の旅・その9■私は「お1人様」が好きなんです。映画や買い物はもちろん、旅行も、食事も、温泉も、コンサートも、お笑い芸人のライブまで…。たいていのことは何でも1人で楽しんでいます。まだやってないのが1人カラオケと1人居酒屋。これ、きっと近々やってみせます。別にやらんでもいいんだけど…。食事は普通にレストランやカフェでいただくのだけど、まだ未経験の居酒屋はもちろん、おじさんのようにカウンター席でラーメンとか、お好み焼とかやってみたかったんです。で、なぜかこの時の山口県の旅行でやっちゃった♪湯田温泉から新山口(小郡)まで帰って来たのはいいのだけど、周りに食事をするお店が見つからないんです。居酒屋はあったけど、まだ勇気がない…。せっかくの旅先でコンビニ弁当もいやだな~と、あてもなくさまよっていたら、そこにはお好み焼き屋さんが!あまりにもお腹が空いていたので、開店時間を迎えたばかりの、お客のいないその店にふらふら~っと入って行きました。そこは自分で鉄板で焼くお好み焼屋さん。楽しそうやーん!と、豚肉、エビ、ネギの入ったのを注文。それと生ビール♪旅先で飲むお酒は格別においしいの。で、焼いてみたりする…。ビールの写真がメインに見えるのはなぜ?まあ、いいんだけど。で、焼きあがったりなんかする。おいしそうやん!マヨネーズ、青のり、一味のトッピング。で、本当においしかったりする。まあ、味つけはお店の人だけど、焼き具合がちょうどいいの。これは私の実力ね~♪ビールも進むわ。お腹いっぱいになりました。お客さんが増える頃に店を出て空を見上げると…きれいな月。ひょっとして満月だったのかしら。月を見てまたいい気分。…ということで、コンビニで酒を買い込んで、ホテルで1人楽しく酒盛して寝たのでした。つづく…
2009年09月16日
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■山口・長門の旅・その8■たった半日の湯田温泉訪問だったのに、8回も引っ張ってしまいました…。本当は中原中也記念館だけを見て、さっさと山口市内の観光名所に行くつもりだったのに、湯田温泉も見どころがいっぱいでついついのんびりしてしまいました。もう山口市内まで行く気力がなかったし、せっかく「温泉」が地名に盛り込まれている場所、しかも開湯約600年の歴史なのだから温泉に入っていくことにしました。温泉は街の中心部にいくつもありました。最初に観光案内所で立ち寄り湯ができる場所の地図をもらっていましたが、たくさんあるので選ぶのも一苦労。ホテルや旅館よりも普通の温泉館か公衆浴場に行くことに決定。値段もわりかし安い「亀之湯」に行くことにしました。亀之湯の入口。最初は温泉に入るつもりもなかったから、有料のタオルを借りました。それにしても、温泉館の従業員さんの愛想のないこと…。まあ、地元の公衆浴場だから、観光客なんてあんまり来ないのかもね。小さい割にはきれいな温泉でした。脱衣所もとても清潔。お湯に浸かると、あ、単純泉だね~ってわかるくらいの柔らかいお湯でした。お肌になじんでとてもいい気持ち。立ち湯もあり、立ったまま肩まで浸かることもできて、それもなかなかよかったです。これもかわいい♪湯田温泉の街並みを、とにかく歩きまわったので冬だったけど汗もかいて、足も棒のようになっていたけど、温泉ですっきり♪そんないい気分で宿泊先の小郡に再び向かったのでした。それでも、長湯温泉がいちばんよね~…なんて思ったりもしたんだけどね。夕暮れの湯田温泉駅のホーム。◆湯田温泉・亀之湯◆泉質:アルカリ性単純温泉 効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、冷え性、病後回復期、疲労回復など
2009年09月15日
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■山口・長門の旅・その7■私が湯田温泉を訪れた12月12日は、「湯田アートプロジェクト」というイベントの開催期間でした。そんなことはまったく知らず、前に紹介した足湯には提灯がかけられていたり、テレビなんか置かれているところもあって、えらくサービスがいいんだな~って思っていたけど、それはイベントの一環でした。湯田アートプロジェクト。この湯田アートプロジェクトは、山口情報芸術センター5周年を記念して開催されたもので、街中をメディアアートで彩ったものです。きっと、2009年のイベントなので、今年は催されるかは知りませんけど、ちょっとおもしろかったので…。たとえば、ある足湯のテレビ画面にはアニメーションが流れているし、足湯の水面に映像が浮かび上がるものもありました。昼までよく見られなかったけど。声をかけてくれたスタッフの方は、ぜひ夜に見てくださいって言ってたけど、その晩は湯田温泉泊ではなかったから残念ながらパス。最初にこのイベントを知った場所。ここは中原中也記念館の外庭です。ここに立っている棒は、LEDによるイルミネーション「Array(アレイ)」です。高さ2.3メートルの棒状のライト43本が設置されており、ライトから発光するLEDの光や色が、人の動きによって変化するんですね。寒いのに、外で待機するスタッフさんが教えてくれました。最初は記念館の見物客しかこれを見なかったけど、ローカルの番組で紹介されて人がどっと押し寄せたこともあったそうです。なかなか近くにはないアート作品ですものね。これら以外の場所にも、いろいろなアートが展示されていると教えていただいたのですが、全部を見て回ることができませんでした。残念!また、こんな楽しいアートイベントがあるのかな。今年も12月に山口へ行くので、チェックしなくっちゃ。足湯の白狐くんたちもイベントをPR?つづく…
2009年09月14日
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■山口・長門の旅・その6■湯田温泉は中原中也の生誕の地です。また、日本中を放浪した俳人・種田山頭火にも縁のある場所です。生まれは現在の防府市ですが、昭和13年、湯田温泉に「風来居」をかまえ、約10ヵ月暮らしたと言います。湯田温泉では中也と山頭火の文学碑をいくつか見ることができます。私は少ししか見つけられなかったのですが、きっともっとあるはず。今回見つけたものを紹介したいと思います。高田公園の中也の碑。『帰郷』から。「これがわたしの故里だ さやかに風も吹いてゐる」「ああ おまへはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云ふ」これを読むと、なんかしんみりしちゃいます。町の中にあった中也の碑。『童謡』から。「しののめの よるのうみにて 汽笛鳴る こころよ 起きよ 目を醒ませ しののめの よるのうみにて 汽笛鳴る 象の目玉の 汽笛鳴る」象の目玉って、機関車のどの部分なのかなって思わず想像してしまいます。高田公園の山頭火の碑。「ほろほろ酔うて この葉ふる」この碑文の文字は、山頭火の自筆を写したものだそうです。町にあった山頭火の碑。「ちんぽこも おそそも 湧いて あふれる湯」…なんていう、ちょっと顔が赤くなってしまうような俳句ですが、一皮むけば人間はみんな同じだって感じがします。中原中也の碑文にお目にかかる機会は少ないと思いますが、種田山頭火は日本全国でみかけますね。大分県では長湯温泉と豊後大野市三重町のお寺で見ました。彼自身が見て感じた俳句をその土地で読むことができるのは、なかなかいいものでね~。つづく…
2009年09月12日
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■山口・長門の旅・その5■湯田温泉に来た目的は、実は温泉ではありません。わざわざここまで入りに来なくとも、私の住んでいるの辺りには全国的に知られた温泉郷がゴロゴロとあるのです。湯田温泉に来た目的、それは、中原中也記念館に行きたかったからです。本当は2年前の生誕100年の時にここを訪れたかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。「東洋のランボー」と呼ばれる中原中也はこの湯田温泉に生まれました。今現在、記念館のある場所は、中也の生家があった場所です。このすぐそばに記念館があります。私は中原中也の詩の世界が好きです。詩集は1冊しか持ってないのですが、わずか30年の人生で、350篇の詩を遺したのだそうです。短い人生の間に書かれた繊細な詩の世界、ここに訪れるまでの中也像は、病弱で傷つきやすい繊細な美青年だと思っていました。確かに、中也の写真を見るとかなりの男前です。しかし、ここで中也に対するイメージはがらりと変わってしまいました。おちゃめ、いたずら好き、人気者、破天荒、変人…。彼が友人に宛てた手紙の内容を見ると、あ、あ、あ、あれ~?ってなってしまいました。しかも、フランス詩を日本に紹介したという人だから優等生かと思えば、落第とかしちゃってるし。イメージダウン?いいえ、その逆です。すごくかわいらしい人だって思いました。しかし、やっぱり繊細な人だったんですね。幼い長男の死にショックを受け、心身ともに衰弱してしまい、30歳になる前に他界してしまいました。故郷への移住も実現しないままに…。向かいの酒屋さんの前にある、中也の詩の一部。小さい博物館ですが、中原中也の魅力が凝縮された記念館です。彼がどんなに友人たちに愛されていたのかがよくわかります。中也の人物像がもっと好きになり、詩もたくさん読みたくなりました。つづく…
2009年09月11日
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■山口・長門の旅・その4■萩藩士で明治維新の立役者のひとりだった井上馨は、1836年に周防国湯田村に生まれました。今の山口市湯田温泉にある高田公園は、その井上馨の邸宅があった場所です。井上馨の像。内閣総理大臣までにはならなかった井上卿ですが、外務大臣、大蔵大臣など数々のポストを歴任し、不平等条約の改正に努力を尽くした近代日本を築いた政治家の1人です。長州征伐で傷を負った際には、別府温泉で療養したこともあるとか。さすが湯田温泉生まれ、根っからの温泉好きの人物とみたっ!明治維新の功績を讃える「七卿の碑」。幕末、公卿たちと尊王攘夷の先鋒となって働いた長州藩。しかし、長州藩の野望を恐れた幕府は、長州藩士とそれに同調する三条実美ら7人に退京を命じました(七卿落)。長州藩主であった毛利敬親公は彼らを迎え、井上邸を増築して三条らを住まわせました。そして、ここが尊王攘夷派の諸藩の志士が集い、王政復古の相談をし、ついには明治維新が樹立したのだそうです。その七卿の功績を讃えたのが、この「七卿の碑」です。いいですね~、山口県。私は日本史の中でも明治維新以後の近代史がとても好きなんですけど、明治維新に縁のある場所がたくさん!萩に行った時は木戸孝允や伊藤博文の家に吉田松陰を祀った神社、下関では高杉晋作の縁の地を見て歩きました。公園内にはこんな池もありました。これは瓢箪池。この庭園は1917年(大正6年)に造られたもので、その形から瓢箪池と呼ばれています。中央の大きな石は、室町時代中期、大内氏の別邸造営のとき、豊後(大分~!)の大友氏から送られたものがここに移されました。遠い豊後を恋しがり、雨の夜には泣くということから「夜泣石」と呼ばれているそうです。私が会いに来たよ~、大分から!でも、大内氏って大友宗麟に討たれたんじゃなかったっけ???前の日記でも紹介しましたが、足湯もあるし、ちょっとした子どもの遊具もあり、ここでも市民のくつろぐ姿を見かけました。歴史も温泉もあって、種田山頭火や中原中也の文化人にも縁のある場所です。山頭火と中也の文学碑はまた別便にて…。白狐と山頭火が迎えてくれるの♪つづく…
2009年09月10日
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■山口・長門の旅・その3■湯田温泉というからには、そこは温泉地です。もちろん、せっかくだから温泉にも入ってきました。でも、まずは最初に町をてくてく歩いて足湯めぐりなんてしてみました。高田公園の足湯。おじいちゃんもいれば、ヤンキー風(死語?)の若い子も数人いて、ちょっと楽しそうでした。観光案内所前の足湯。観光案内所だけあって、観光客っぽい人が多かった気がします。オリジナルタオルなんかも売られていました。飲泉もできます。もちろん、飲んできましたよ。細い路地の足湯と温まる猫ちゃんたち。 お湯のそばに猫ちゃんが2匹。三毛猫ちゃんは曝睡中でした。温かいから気持ちいいんだろうな~。猫の写真を撮りまくる私を、不審者を見るかのようにおじちゃんたちは見ていました(山口の人は、あなりフレンドリーじゃなかったの、旅を通して…)。どっかの施設の敷地内の足湯。ここは、めちゃめちゃ地元民でにぎわっておりました。楽しそうなおばちゃんたちの会話をBGMに退散。商店街の足湯。最初に通りすがった時は、地元の人たちが入っていました。その時、私もちょっと浸かってみました。湯加減はちょうどよかったです。すーっと足の疲れが取れる感じ。やっぱり温泉の力だね~。そうそう、なんか足湯の建物に祭りのような飾りが見えるでしょう?この時期、湯田温泉でアートイベントが開催されていて、足湯にテレビ画面があったり、細い路地の湯面には映像が映し出されたりしていたんです。案内していた人によると、夜の方がきれいに見えるって。このアートイベントのことはまた別の日記にて。湯田温泉の足湯は地元の人の交流の場、井戸端会議の場って感じでした。観光案内所の足湯は観光客がほとんどでしたが、後の場所は近所のおじさんやらおばさんやらが集っていて、地元の人が気軽に利用している足湯って、なんかいいな~って思いました。つづく…
2009年09月09日
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■山口・長門の旅・その2■新山口駅に到着、宿泊予定のホテルに荷物を預けて向かった先は、同じ山口市内にある湯田温泉でした。津和野行きの電車に乗ったのですが、そのまま津和野に行っちゃいたかったかも…。湯田温泉駅。右から読んでね。さて、駅の外に出てみるとこんなものが!下のバイクと比較してみても、大きなキツネの像でしょ?これは湯田温泉のマスコット、白狐の「ゆう太くん」です。約600年前に開湯したといわれる湯田温泉。白狐が毎夜温泉に浸かっていたところ権現山の麓のお寺のお師匠さんが、白狐が毎夜温泉に浸かっているのを発見したといわれています。わたしは、お湯が「こんこん」と湧くからキツネがシンボルなんかな~なんて、ちょっとつまらないギャグのように思っていました…。ちゃんとした伝説があったのね。そんなこんなで、湯田温泉はどこに行ってもゆう太くんだらけなのです。商店街にも、お店の中にも、普通の道路沿いにも、足湯の近くにも…。酒屋さんと魚屋さんの前のゆう太くん。 上の2枚の写真は、キツネというよりも猫に見えるのだけど、私は…。まあ、それはどうでもいいとして、商店街のお店の前のゆう太くんは、そのお店の商品を持っていて、お店の前を歩くだけでも楽しいです。本当、どこへ行ってもゆう太くんだらけ。こんなかわいいマスコットがいろんな場所にいるなんて、楽しいですよね。中にはものすごくリアルな白狐の像もあったのだけど…(ちょっと怖いし)。つづく…
2009年09月08日
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■山口・長門の旅・その1■この間まで福岡散策日記なんて書いていましたが、ちょっと飽きた…。そのあと、唐津にも行ったけど、ちょっと九州の旅日記を離れて、しばらくの間、去年の12月に行った山口と長門の旅行記を書くことにします。・旅した期間…2008年12月12日(金)~14日(日)山口と長門に行ったわけ。毎度おなじみなんですけど、TAOの長門公演を見るためです。最近の私の旅行のほとんどは、TAOの追っかけついでに行った先の観光地を周っている、そんなパターンがほとんどです、はい。TAOも旅行も好きなので、これぞ一石二鳥だねっ!長門に直接行くのもいいけど、せっかくだから湯田温泉の中原中也記念館に行ってみたいと思い、最初の日は新山口(小郡)に泊まることに決定!大分からソニックで小倉まで行き、小倉から新山口までは新幹線に乗らず、ローカル線で行きました。1時間ちょっとだし、鈍行でのんびりも悪くない。以前、広島を行き来するときは、よく小倉から広島までローカル線でのんびり行っていましたから。乗り換えの下関駅。さて、電車が関門海峡を抜け、下関で乗り換え、その次の新下関から旅のお供ができました。私の座席の前におばあちゃんが座りました。そのおばあちゃん、私に電車の行先を確認したと(えーっと、おばあちゃんは地元民で、私はただの旅行者なんだけど…)、どうもお話し好きなようで、おばあちゃんの降りる駅までずーっとお話をされておりました。こんな感じ。(お…おばあちゃん、ち…私)お:「奥さん、どこまで?」ち:「(奥さんじゃないんだけど…)新山口までです。」まあ、普通の会話だったのが、次第に…お:「日本はこのままじゃ滅びるよ。女性が子どもを産まなくなった。子どものいない国は栄えない。女性は子どもを産まなければ…云々」ち:「(あ~、耳が痛い…)はぁ…」お:「今の子どもは遊びを知らない。ゲームばっかりして。子どもは外で遊ばんと、しっかり育たん」ち:「(うん、うん、それは一理あるね)はぁ…」お:「お母さんはええよ~。私の母は94まで生きた。お母さんを想うだけで胸が熱くなる」ち:「いいお母さんだったんですね~」お:「あ、でも、お父さんはどうでもええんよ」ち:「(苦笑)」お:「ところで奥さん、旦那さんおいてきたん?」ち:「(きたっ!)あ、私、独身なんですよ」お:「でも、子どもさんはいるんでしょ?」ち:「(へっ?)いえ、いませんよ」お:「そうね(沈黙)」ち:「はぁ…」お:「(ホームの階段を昇る男の子を見て)まあ、見てごらん。あんな泥のくっついたような服を着て…」ち:「(皮ジャンだよ~、おばあちゃん)はぁ…」お:「私らが若いころはね、外に出る時はきれいな服装で出かけてたんだよ。今の若い子は格好がよくない」ち:「(ジーンズにパーカーの自分を見て)はぁ…」…と、おばあちゃんが降りるまで、延々とこんな会話でございました。私、ほとんど「はぁ…」しか言ってないけど、厳しい時代を生きてきたおばあちゃんだから、今の日本の将来を案じていたんでしょうね。特に、山口県は歴史に残る政治家をたくさん輩出した県でもありますしね。こうして、電車は新山口駅に到着したのでした。つづく…
2009年09月07日
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あれ?ちょっとブログをお休みしたら、日記のとこが模様替えされてる…。まあ、書ければいいんだけど、書ければ。先週は何気に体調を壊していました。とにかく、体がしんどくて、夜はとっとと寝ていました。夏の疲れが一気にきちゃったのかしら?木曜日には見事復活(←週末が近づくと元気になる体質らしい…)、金曜日にはお休みを取り、土曜日にかけて佐賀までドライブしてきました。高速道路未経験なので、国道57号線→ミルクロード→やまなみハイウェイ→国道212号線→国道210号線→国道3号線→鳥栖泊→国道34号線→三田井バイパス→国道264号線(たぶん)→国道210号線…以下、行きと同じコースを逆戻りで運転しました。あー、疲れた。目的は、金曜日の夜のTAOの鳥栖公演です。はい、TAOのためならどこまでも行きます。もちろん、遠出をするのだから旅も楽しみました。今日はその覚書を。また、ボチボチといろいろ更新して行く予定。旅の友。お気に入りのバッグと帽子♪・大山の木の花ガルテンでトイレ休憩。秋の新作くりソフトを食べる。・日田の豆田町に寄り、散策。・お店のおばちゃんと話が弾み、こんにゃくごぼうを買っていく。・広瀬資料館を見学。・他の店で葛湯をごちそうになる。葛湯と甥っ子の日田杉の下駄を買う。・向かいのせんべい屋でぬれおかきを食べる。おいしい!・草野本家を外側から眺める。・千屋で日田まぶしを食べる。名古屋のひつまぶしよりおいしかった!・うちから日田まで1時間半なのに、日田から久留米に抜けるまで遠かった!・鳥栖に到着。友だちと合流し、パフェの有名なお店に行く。・TAOのライブ。めっちゃ楽しかったけど、服を忘れて帰ってしもた。・翌朝、吉野ヶ里遺跡に向かう。・1時間半の見学コースを2時間以上かけて見た。・とにかく暑かった!水がなければ完全に熱中症。・佐賀のおいしいものを食べたかったけど、暑かったのでそうめん定食にする。・デザートに赤米アイスを食べる♪・帰りは道の駅うきはでトイレ休憩。ピオーネソフトを食べる。以上、楽しい1人ドライブでした~。自分で1人記念撮影。帽子とあごしか写ってないし…。
2009年09月06日
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今日で8月も終わり。この夏は変なお天気だったけど、いろんなことをした夏でした。下関行ったり、関西に行ったり、ラフティングしたり、思いっきり夏を楽しみました。8月はTAO三昧。久住のTAOの里ライブには、7回足を運びました。すごく楽しかった!そんな8月最後の日曜日も久住へ行きました。年に一度しか会えないアフリカ在住のお友だち(日本人だよ)といっしょに、久住で残暑を楽しみました。まずは竹田のカフェで朝っぱらからケーキ。ここのカフェはケーキがおいしいのに安い!ケーキセットが500円以内で食べられるの。またいつか、ここで紹介します。そして久住へ向かい、豆腐料理のお店でランチ。ここもおいしいの。ここも近い将来、別便で紹介しますね。食後は納池公園をお散歩。納池はここで紹介しています。春はセリでいっぱいだったのに、夏は水草の小さいのが大量発生して水が若草色になってました。しかし、ここは涼しくて気持ちがよかった!そしてTAOの里での赤兜ライブの千秋楽へ行ってきました。ポスターは夕食を食べた丸福でもらってきたの♪から揚げの香り付き(笑)。TAOを初めて見たお友だち、すごくよかったって言ってくれました。来年も帰国したら行きたいそうです。うれしいね~。ライブ後はメンバーさんたちといっぱい写真が撮れてうれしかったわ。帰りは久住ワイナリーでチーズソフトクリーム。ここもまあ、いつか別便にて紹介します。濃厚なチーズの味がたまらなくおいしいです。次は、私のお気に入りの場所、黄牛(あめうし)の滝へ。これもだいぶ前にこのブログで書きました。こちらを参照してくださいね。昨日はいつにも増して水量が多かったです。お友だちが写っています。最後の締めは丸福でとり天南蛮定食。とり天とチキン南蛮がダブルで食べられる定食です。おいしかった…。大満足です。こうして、今年の夏も終わりました。秋も佐賀、鹿児島、キャンプなど、楽しい計画がたくさんです。今できることを思う存分楽しみたいと思います。
2009年08月31日
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眠いです…。忙しい1日でした。車洗って、選挙に行って、友だちを駅で拾って久住へ。豆腐料理のランチして、納池公園へ行って、TAOのライブに行って、黄牛の滝へ行って、丸福で夕食。今夜はビール飲まずに寝ます。さて、今日は福岡グルメのお話を…。福岡に行ったとき、向こうの友人に何が食べたいか聞かれ、エスニックがいいと言いました。タイかベトナム料理って。そして、ネットでタイ料理レストランを見つけたってメールをもらい、迷いに迷ってたどり着いたのは…カレー料理のお店でした…。そのお店の名前はJANJAN。ネパール、インド、スリランカ、タイの4カ国のカレーが楽しめるレストランです。まあ、タイ料理には間違いないけど。まるで中米のリゾート地のようなトロピカルな店内、とても素敵でした。ハートランドビールが飲めるの。おいしい♪タンドリーチキン&サラダ。私が注文したのはひよこ豆のカレー。このひよこ豆のカレー、量が多くて全部食べきれませんでした。チキンとサラダでけっこうお腹がいっぱいになっていたし、ナンも大きかった!友人の食べていたアボガドのカレーは味がまろやかでおいしかったです。福岡に行った際はまた行きたいお店ですが、あんなに迷いながら行ったのに場所を覚えていない…。どうかすぐに見つけられますように!
2009年08月30日
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今夜は阿蘇市波野の夜神楽「月の宴」を見に行ってきました。臼杵の石仏火祭りとどっちに行こうかってちょっと悩んだけど、近い方にしちゃいました。せっかくなので、母、妹とその旦那と息子もいっしょに行きました。波野の神楽、中江岩戸神楽といえば国の無形重要文化財に指定されていて有名な神楽です。普段は農作業で汗を流す普通のおいちゃんたちが、面をつけるとものすごい舞手になってしまいます。また、この中江神楽の指導を受けている子ども神楽のレベルも高く、海外公演なんかもしちゃっているらしい。中江岩戸神楽も、その子ども神楽も、何回かこのブログで紹介しましたので、以下略。今日の演目は4つでした。2歳半の甥っ子もいっしょだったので最後まではいられないだろうとは思っていたけど、3つめの最初の方に雨が降り始めてね…。子どもが濡れて風邪なんてひいちゃ大変なので、帰っちゃいました。1つ目のスサノオノミコト。弓なんかひいたりしている神楽、初めてみました。スサノオ以外に4人の舞手さんがいるのですが、飛んだり跳ねたり、すごくうまい!2つ目の「柴曳き」。これは面をつけた舞手と観客が木の枝を引きあい、力比べをします。赤ちゃん、幼児が荒神に抱っこされていたけど、どの子も大号泣。新生児だけわけわからずの状態で泣いてなかったです。うちの甥っ子は怖がって大号泣。抱っこされることなく終わっちゃった。3つ目は五穀豊穣のやつで、最後に餅まきをする神楽だ~!この最後の方の舞がすごく好きだから見たかったけど、雨のおかげで残念、退散!「月の宴」どころじゃなかったわ。きっと4つ目は「ヤマタノオロチ」だったんだろうな~。短い時間だったけど、甥っ子は大好きな焼きそばを野外で食べたことがうれしかったのか、口の周りを青のりだらけにしてたくさん食べました。1つ目の演目では太鼓や鐘の音に合わせて本人も踊り狂っていました。出かける前も1人で散々、「きよしのズンドコ節」を歌いながら踊っていたらしい…。「ちゅるちゅる大好き!」明日は久々に会うお友だちと久住でのんびりしてきます。
2009年08月29日
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福岡市博多区にある櫛田神社は、地元では「お櫛田さん」の愛称で親しまれています。7月の博多山笠、10月の博多おくんちの祭事ほか、5月の博多どんたくの松囃子の出発地点にもなっています。櫛田神社の門。櫛田神社の簡単な歴史です。神社の歴史は奈良時代に始まります。757年、三重県松坂にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされています。他には、平安時代末期、平清盛が所領の肥前国神埼の櫛田神社を、日宋貿易の拠点とした博多に勧請したという説もあるそうです。戦国時代に荒廃しましたが、1587年、豊臣秀吉によって博多が復興されるときに現在の社殿が造営されました。本殿。祇園祭の山笠がありました。実物はかなり大きいです。そして、ここには縁結びの銀杏の木があるんですねー。夫婦銀杏(ぎなん)といいます。博多では「銀杏」と書いて「ぎなん」と読むとか。秋になるとたわわに銀杏の実をつけるので、子種を増やすということから縁結びの霊木として崇拝され、願掛けも多いのだそうです。霊泉鶴の井戸。湧水です。霊泉鶴の井戸は不老長寿の命の水と崇拝されています。この鶴の後ろの掲示板にはこう書かれています。「この霊泉をいただくには 一口目には 自分の不老長寿を 二口目には 家族の不老長寿を 三口目には 親類縁者の不老長寿を 心で念じながら三口でお飲みください」なるほど…と思いつつ、飲みませんでした、私。のどが渇いていなかったので…。この櫛田神社には他にも見どころがたくさんありそうでした。力士が力自慢で持ち上げた石や、「オッペケペー」で有名な川上音次郎の寄進碑など。中学生の頃、川上貞奴についての本を読んだことがあるので、音次郎の寄進碑をぜひ見たかったです。こんなとき、人と一緒の旅行はちょっと辛いね。一か所でゆっくりできないから。やっぱり、私には一人旅がいちばん向いている気がします。
2009年08月28日
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最近ではちょこちょこ見られるようになった瓦そば。この瓦そばの元祖って、下関、それも「たかせ」というお店なんだそうです。なんでも、西南の役の時に、熊本城を囲む薩摩軍の兵士たちが野戦の合間に瓦を用いて野草、肉などを焼いて食べたという話にヒントを得て、先代の店主が瓦でそばを調理するってことを思いついたそうです。これがその、瓦そば!おいしそうでしょ~?おいしかったの。茶そばに牛肉、錦糸卵、海苔、もみじおろし、レモンが乗っかっていて、これをそばつゆにつけて食べます。茶そばの風味と熱々の瓦で調理した香ばしい香りがたまりません。また、ビールにも合うんだよね。がっつり食べちゃってます…(笑)本店は下関ですが、九州にも北九州市と福岡市の2か所にお店があります。私がいただいたのは福岡リバレイン店です。「イニミニマニモ」の5階にあります。お昼時を少し過ぎていたけど、お客さんでいっぱいでした。これはぜひとももう一度食べたい味でした。…っていうか、最近食べ物の話題が多くないかしら???
2009年08月27日
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