全33件 (33件中 1-33件目)
1
八月十五日小泉総理大臣は首相就任以来公約していた靖国参拝を実行した。中曽根元首相以来21年振りだ。これで、総理は海外の抗議に屈しない日本独自の文化を継続できる人として歴史に残るでしょう。海外、特に中国・韓国は反日で相変わらず抗議声明を出している。靖国神社は明治2年「東京招魂社」として創建され、「国事に殉じた英霊」全てを対象に合祀されてきた。A級戦犯は昭和53年に合祀された。私は、高校生のときは靖国神社の境内を横切って通学をしていた。その当時境内はいつも静かだった。終戦記念日の参拝を久しぶりにした。参拝する人が引きもきらず、続いていた。昭和天皇御声「国のため 命ささげし 人々の ことを思えば 胸せまりくる」千鳥が淵戦没者墓苑(昭和34年)
2006.08.16
コメント(0)
3月19日の日曜日久しぶりに鶴ヶ島の梨花ゴルフへいった。朝は曇り気味、途中雨が強く降り出し、これはいかんと思っていた。しかし、ゴルフ場に着くころはやんでいた。ところがどっこい、風が強いかった。テイアップしたボールが落ちたり、グリーンに乗ったボールが動いたりした。聞くところによる、プロのトーナメントでは、こういうときは、ゲーム中止だそうだ。我々素人は月一ゴルファー、やめる訳にはいかず、続行した。でも、やはりゴルフにならなかった。たまに来るとこんなもんなんだ。
2006.03.22
コメント(1)
連休を利用して久しぶり2回目の北海道にきました。16日は18:30の羽田出発が混雑のため30分遅れて出た。当日はホテルセンチュリーロイヤルにて宿泊。翌日はゴルフ組と観光組みに分かれて行動した。第一日目は小樽観光だ。小樽が日本海に面しているとは地図を見るまで気がつかなかった。小樽は昔はおおくの船が到着して荷物を降ろした場所だったのだろう。海岸の近くには、倉庫がたくさんあった。今はその倉庫を使い、レストラン、オルゴール売り場、ガラス工芸等の販売をしていた。
2005.09.21
コメント(2)
夏期休暇をとり山陰へ、目的は有名な足立美術館の見学だ。東京から山陰は遠いいので、本来は飛行機でゆくべきだが今回は新幹線に搭乗して二泊三日の旅路だ。新横浜から岡山駅で降車、蒜山高原でおいしい牛乳とヨーグルトを飲み一路玉造温泉で、疲れた体を休めた。二日目は古来からあるいずもまがたまの里を見学、一個購入した。出雲大社は、神武天皇以来の神が祭られている。社には何トンもあるしめ縄がぶら下がっていた。出雲大社から松江城へ。松江城のまわりの堀を船にのりながら見学した。次はいよいよ待望の足立美術館だ。さすがに日本一の庭園に選ばれるだけあって、すばらしい景観だ。これが足立全康の個人の庭園だとは!普通の庭園とは違い美術館の中からしか、見られない、庭園では、庭職人が四~五人働いていた。専門の職人が七人いて常に手入れを怠っていない。残念ながら、庭園内を歩くことは出来なかったが枯山水等すばらしい。もちろん美術館であるから、なかでは横山大観、平山郁夫後藤純男等有名な絵画、および北大路魯山人の陶器が観賞できた。
2005.08.26
コメント(0)
いやー驚きました。銀座のT貴金属店に「金の風呂」がありました。いくらだと思いますか?なんと一億2千万だそうです。このお風呂を木更津の三日月ホテルではいれるそうです。今回のは、女性風呂でもうひとつ男性風呂を作成中だそうです。一回は入ってみたいものです。金はからだに良いといわれていますから。
2005.06.30
コメント(0)
五月二十七日九段会館にて、新現役宣言フォーラムが行われ、経済産業大臣である中川昭一氏が出席され、講演があった。大臣は、興銀を退職し、30歳で衆議院議員に当選し以後7回当選した。農水政務次官、自民党副幹事長、農水大臣等要職を経験し、現在に至っている。お話は、現代の教育論の中で、色々意見はあるが、要は家庭教育が大切といっている。具体的には、親の「しつけ」とのこと。よく言う、子は親の背中を見て育つという如く、親が言って聞かせて、からだごと子どものなかに態度、考えをすりこむことだといっている。次は、学校、教師の質とでも言おうか?同時に慶応大学の教授である島田晴雄しも出席され、その意見に賛同されていました。何回かフォーラムにでかけているが、そのつど、少しは、自分の糧になっていると思う。
2005.06.02
コメント(0)
先日、日本画家小倉遊亀展を日本橋三越にて鑑賞した。平成12年に105歳で逝去した。今回は彼女の生誕110年を記念して開かれた。滋賀県大津市の出身で安田靫彦の門下で修行し、43歳で小倉鉄樹と結婚、日本芸術院賞他数々の賞を受賞した。そして、文化勲章をもらった。25歳から105歳まで、生涯現役を貫きとうした。「明るく、温かく、楽しいもの」を描きたかったと言うとおり、全ての画は人間的なぬくもりに満ちています。人物、花、果物、風景とあらゆる分野にわたっている作品。特に、子供を描いたものは、愛情と慈しみにあふれた作品が多い。観賞していると、また日本画を描きたくなった。それにしても、80年の長い歳月を現役すごしたことは、尊敬の念もさることながら、自分もなにかひとつのことを死ぬまでまっとうしたいと思った。
2005.05.25
コメント(1)
連休の合間に館林のツツジを見に行った。館林といえば、「ぶんぶく茶釜」が有名だが、こんなにも、ツツジがすばらしいとは、知らなかった。樹齢650年のツツジはなんと高さ数メートルもあった。普通ツツジを都会で見ると、目の下数十センチにあるものだが、見上げるほど高かった。それに、赤、ピンク、白、真紅その他数本の色もとりどり、キレイなツツジばかりだった。ついでに、足利のフジを見ようと高速に乗ったが、降りるインターの渋滞が4~5キロつづいていたので、フジは来年とあきらめて帰ってきた。
2005.05.12
コメント(1)
青梅マラソンの記録証が届いた。最近参加したなかで最悪の記録だった。それも仕方ないことだった。昨年から、踵が痛く治っていなかったからだ。それでも、せっかくエントリーしたので、走りたかった。走るために、再度接骨院に行った。そこで、土踏まずのアーチが落ちているといわれた。医師の意見にしたがって、土踏まずのアーチをスポーツ用品店に買いに行った。最近の用品店には、アドバイザーがいて、色々指導してくれた。その店で靴にひくインソールを買い求め、競争用の靴ではなく、ジョギング用の厚い靴をはいて参加した。何とか走りきった。走った後はやはり、踵は痛くなったが、満足した。早く治して、フルでも走りたい気分だ。
2005.03.21
コメント(1)
いやはや、ものすごい地震だ。マグニチュウド9とは!死者は一万人を数える程だと言う。それも、スマトラはもちろんのこと、マレーシア、インド、スリランカインドネシア、タイ、モルヂブにいたるまで被害を受けている。観光の日本人も何人か犠牲になっている。この地震が、日本の東海地方に襲ったらとおもうと恐ろしい。地震対策といっても、一口では難しい、我々個人も心しておく必要がある。最低個人の建物、家財には地震保険をかけておくことだ。未付保のため赤字になった中越地震の新潟三洋のようにならないためにも。
2004.12.27
コメント(1)
4ヶ月ぐらい前から、首から肩にかけてこっていて痛いし、肩は上がらないし身のおきどころがないくらいだった。整形外科に行って、レントゲンを撮って診たら、肩の腱が減っているといわれた。潤滑油として、少し注射を射ちましょう。といわれた。注射はいやなので、少し放つておいたが、一向によくならないので、以前腰痛のときに行った都立家政の鍼灸院を予約し3回通った。完全ではないが、良くなった。しかし、その後も痛いので土曜日に大病院にいって、再度レントゲンを撮って診断するに、五十肩です。といわれた。~肩と言うのは昔から他人事と思っていたがとうとう自分にきた。医者は、絵入のリハビリ法が載っている用紙をくれて、毎日数回やるようにいわれた。これからが大変だ!
2004.12.06
コメント(1)
九月十八日は自由行動だった。オプショナルツアーで蘇州へでかけた。昨日は午前様で、つらかったが、ホテル上海逸和龍柏酒店(hotel yihe longbai shanghai)を八時に出発した。有名な寒山寺を見学、留元にて本物の上海蟹をたべた。その後、虎が寝ている姿に似ているという「虎丘」にてイタリアのピサの斜塔に似た塔を下から眺め写真をとった。ホテルに集合し、本場の夕食のため「虹梅路・小南国」に向かった。さすがにおいしい食事だった。昨日のしつこい食事とは大違いだった。
2004.12.04
コメント(1)
関西邦画展覧会と称して泉屋博古館(せんおくはくこかん)分館にて鑑賞した。特に、良かったのは、かの有名な上村松園の「晩秋」だった。着物を着た婦人が秋の夕方に障子を張っている風景だ。顔の表情といい、しぐさといいすばらしい。また、色彩の淡さがすばらしい。ほかには、小野竹喬、堂本印象、山口華楊、福田平八郎等、有名な画家の作品が出品されていた。
2004.11.05
コメント(3)
先週の金曜日新宿文化センターにて、東大名誉教授の講演を聞いた。テーマは「観光立国への道」だった。日本は1600万人も年間海外渡航をしているのに、日本に観光に来る人は半分の5~6百万人だそうだ。観光立国推進戦略会議メンバー(内閣官房)である木村先生が言うには2010年までに観光受け入れ人数を6百万人から一千万人にしようと考えているとのこと。それだけの人を呼び寄せるにはどうしたらよいか?その方法を考え実行しようというのだ。それには、今までの「ふじやま」「芸者」ではだめだ。基本的には、日本にきたら、日本人と同じような生活を日本人と一緒に味わい、よそ者扱いしないこと。一緒に楽しみ一緒に語り会うことだ。といっていた。日本人も皆外へ出なさい、外でけんぶんを広めなさい。そして、その土地、人に溶け込め。と強調していた。我々も考えさせられるものがある。
2004.10.31
コメント(0)
豫園公園にて、皆カメラで記念撮影。さて、それから、中国人も良く知っている饅頭店にて小龍包を軽食としていただいた。これがさすがに絶品だった。店のまえは、小龍包を買う中国人でいっぱいだった。外にでると、既に暗かった。でも夜景に映る周りの店は輝いていた。さて、息つく暇もなく、上海でいや日本でも有名な「上海雑技団」の鑑賞だ。これまた中国の若者たちの体がやわらかいこと。サーカス以上の演技で我々を慰労してくれた。最後に、スチールで出来た大きな輪の中でバイクが六台も入り、お互いよく衝突しないものと、皆感心して大きな拍手を送った。この迫力は見たものでないとわからない。雑技を見終わったらなんと九時をまわっていた。いよいよ、夜の食事だが、バスにて「金人火鍋店」に到着したのが、九時半を回っていた。この店の食事は中国独特の脂っこく、辛い料理だった。それからまたホテルにもどったのが、十一時半を過ぎていた。
2004.10.28
コメント(0)
リニアを降りてから、日本の東京タワーにあたるテレビ塔に登った。上海東方明珠タワーといって、東京タワーより高いとガイドさんが自慢げに話していた。しかし、観光シーズンで上に行くのに、40分も待たされた。結局今歩いてきたところを上から眺めることに!でもさすがに眺めは良かった。しかし少し曇っていたので、遠いほうはかすんで見えた。豫園公園を散策した。歩く前、横、には中国人が「ロウレックス」「ロウレックス」と叫んで買わせようとしていた。しつこくまとわり着いていた。もちろん誰一人として買う人はいなかった。
2004.10.19
コメント(1)
先月18、19、20日と上海、蘇集州へ2泊3日の忙しい旅行をした。後で忘れないように、記載しておこうと思い日記帳に書いている。 9:50成田空港を出発した。飛行機の座席は満杯だった。お客の年齢層はまちまちだった。飛行機は離陸と着陸がパイロットをわけるといわれているが、全日空の機長は安心だ。機内で朝食をとっていたら、もう、寝る暇もなく、11:55にはや、上海浦東空港に到着した。皆手荷物で搭乗したので、機外にわりと早くでてきた。空港では、既に先にきていた人の出迎えを受けた。そこから、日本ではまだ乗ったことのないリニアに乗った。日本では山梨のリニア速度テストで580キロを出したと聞いているが、乗っていないので、実感はない。しかし、実際にリニアに乗って見るとその速さは尋常ではなかった。最高速度430キロ、外の景色は飛んでいる。やはり新幹線どころではなかった。
2004.10.17
コメント(1)
先週の土、日にかけて浜松の花博(2004.4.8-10.11)に行きました。梅雨あけ前なので、曇天でした。会場に到着すると、突然雨が降ってきた。傘を駐車場の車の中においてきてしまったので、会場で安い傘を買ってさした。花博会場は、「花の街」「水の園」「緑の里」の三つに分かれていた。花の街にある花はさすがに、集めただけあって、普段見られない名前の知らない、珍しい花が、たくさんあった。水の園では、運河が作られ遊覧船が走っていた。また、緑の里では、アメリカ、ドイツ、タイ、パキスタン等各国の特徴ある建物が建てられて目をいやしてくれた。一方クロード・モネの絵画を真似た水連のある池と橋が本物のように上手につくられ、近くでモネの絵の展示がなされていた。会場全体で、デズニーランドの広さがあるので、全て見終わって帰りは、会場に設置されているフローラムーバと言う乗り物に乗って入り口のもどった。充分満喫した。浜松までは遠いので、なかなか来られない。思い切って浜博に来て良かった。
2004.07.13
コメント(1)
最近ジムは行くけれど、走ってはいなかった。と言うのも、ジムのランニングマシーンでは走力がつかないからだ。そこで、いきおい、外を走ることになる。数年前フルを走っているころは一回15キロぐらいはこなしていた。しかし、最近レースからとうざかっているので、走る距離も短くなった。最初、2キロぐらいは早足で、徐々にスピードを上げていく。せいぜい8キロぐらいだ。それでも2週間ぐらい走らないと、ももが痛くなってくる。これから少しレースに出てみようかと考えている。
2004.05.17
コメント(2)
以前GWに出かけて渋滞でひどい思いをしたことがあるので、この週は、絶対出かけないと誓っていた。しかし、子どもが山梨に1年間、仕事の関係で転居しているので是非遊びにこいとのことで妻はでかけた。予想通りといおうか、東京から七時間かかったそうだ。私はといえば、連休の中日でもあるので、渋滞はしないとのもとゴルフに行った。予想に反して、渋滞した。でも芝生のなかで、歩きながらプレイをして、良い空気をすい英気を養った。練習の成果は着々と現れている。もっと精進しよう。
2004.05.04
コメント(1)
4/6同期のゴルフコンペで優勝した。ハンデが甘かったせいもあるが、アンダーでの優勝だった。ハンデが10以上のあがったので、次回の上位入賞は難しい。この3年間のゴルフスクールの成果だった。とわいえまた元に戻らなければと祈っている。今まで、何十年も自己流でやってきたので、すぐ元に戻ってダフリ、トップの連続になってしまう。そうならないように、これからも一生懸命精進して安定したスコアをだせるように努力あるのみだ。宮里藍チャンの父親である優氏の本が出たので早速購入した。本を読めばよくなるものでもないが、何かの示唆になればと思っている。その前にコーチの勧めで杉山通敬の「中部銀次郎 ゴルフの心 技術でもなく、道具でもない」という精神論を読破した。まあなんでもやって肥やしにしようと思う今日この頃である。
2004.04.11
コメント(3)
朝、犬を連れて散歩に出た。近隣の道路の両脇には、桜並木だ。毎年この時期になると、母親の言葉を思い出す「来年もこの桜が見られるかしら」いくら長寿社会とはいえ、高齢になると、そう思うのかもしれない。日本の桜は本当に美しい。大島桜、ソメイヨシノ、八重桜、しだれ桜等。桜がある限り、日本も捨てたものではない。公園の桜並木を一周し、犬もつかれた様子だから引き上げた。これから、駅へ行く桜並木を歩いてゆこう。
2004.04.05
コメント(0)
12月に人間ドックに行ったのに最近胃の具合がおかしかった。食道がつまるかんじ。いよいよ長年の疲れと無理がたたったと思った。これは食道がんかと自己判断、早速病院へ、ファイバースコープで検査した。結果、食道はキレイだとのこと。一安心、人生長年生きていると生身なので、故障が起きるのは当然だ。これからは少し注意して食事等をとって行こう。我々同期の連中の中間たちもそろそろ体が故障している人が多い。痴呆、寝たきりにならないために一日、一日を大切にしようと思う。
2004.03.23
コメント(2)
自衛隊がいよいよサマワに到着した。日本がやるべきことは、イラクの人々毎日の生活の糧をいかにして与えるかだ。それにはイラク人の日常生活を理解する必要がある。イラクを含めたアラブ人たちは今もって従兄弟社会だそうだ。生まれたときから父の兄弟の息子か娘結婚の約束をする習慣が残っている土地は多いそうだ。砂漠の生活は過酷なので、血縁を信用するしかないのである。サマワだけでも、17~22の部族が存在するという。自衛隊の人たちが日本を代表して、イラクの人々の生活を支えるためには、彼等の中に入り込んで彼等に同胞だと思わせ、仲良くやってゆく必要がありそうだ。幸い先陣隊は歓迎されているそうだ。先日もサマワで自爆テロがあったそうだが、イラクを少しでも復興させ、我々日本人たちを安心させて欲しい。大変な事業だとは思うが!かげながら成功を祈っている。
2004.02.14
コメント(1)
今日、参加の葉書きが届いた。6221番だ。年に一回のマラソンが二週間後にせまった。六年前に腰痛を起こしてからリハビリに励み、この三年間青梅に参加している。三年前は高橋尚子が走り、次の年は長嶋さんがスターターをした。無理をしないで走っているが、やはり走る以上は順位を上げたい。とはいっても、所詮練習不足、一週間に1~2回の練習ではとても上位にはいけない。最近は走り方を色々考え、ナンバ走りを研究している。疲れにくくよいようだ。まあ、ぼちぼち行こうか!
2004.02.03
コメント(2)
その名は花形 敬です。花形家は400年続いた世田谷の旧家でした。敬の父正三は海軍士官を目指し猛烈に勉強したが、それが裏目にでて、近眼になりその望みは絶たれた。そしてアメリカ留学を思い立ち、父の反対を押し切りシアトルに行った。いったん日本に帰国し結婚して、再度シアトルで生活をはじめたが肺結核で無念の帰国。日本で六人めの子が誕生した。これが花形 敬である。
2004.01.26
コメント(0)
先日、日本橋高島屋で「力道山」展をやっていたので見に行った。往年の力道山とルーテーズ、かみつきブラッシー等のビデオの上映が合った。なつかしくいてTVに見入った。その当時を懐かしむ人たちが、たくさんきていた。会場には力道山グッズがたくさん置かれてあった。もちろんチャンピオンベルトがガラスのなかに燦然と輝いておいてあった。出口のところに、彼の次男である百田光雄氏の手による、息子だけが知る素顔の「父・力道山」が置いてあった。さっそく購入した。ふと見ると近くに著者が立っていて、買った本にサインをしてくれた。今何をしているのかとの私の問いに、「まだ現役でマットの上で戦っているのですよ」と言って、握手してくれた。昔を懐かしんだ1日でした。
2004.01.15
コメント(2)
正月も実質的に今日で終わりだ。皆それぞれの希望を抱いて、新しい年の幕開けだ。これからの長い人生を生き抜くために今日はGymへ行った。若いときのような体にはもどれないがせめて現状を維持するためだ。Gymで福袋をやっていたので、買った。帰ってきて開けたら、さすがにデパートのとは大違い。買値の半分の金券だけ。後はガラクタ。帰って、買い物の下手を家族になじられた。もう福袋はこりごりだ。
2004.01.04
コメント(0)
いよいよ箱根駅伝がスタートした。往路は駒沢大学が優勝した。伝統校の早稲田、中央、日大は出遅れた。復路も駒沢だった。総合優勝はもちろん駒大。自宅の近くを朝早くから通り過ぎる。特訓をしているから早いのはよくわっかっていたが、まさか連続優勝とは!我も今年は青梅以外に久しぶりに挑戦しようと思っている。
2004.01.03
コメント(1)
あけまして、おめでとうございます。昨日、夕方ジョギングをした。最近、大体一週間に一度約7~8kぐらい走っている。1年に一度の青梅マラソンを走りきるために!今日は、きのう格闘技を見ていたので、目がさめたら、8時だった。正月元旦とは良いもので、朝からおいしいお酒が飲めることだ。さかなは、高島屋で買った飛び切りおいしいマグロ、おせちは成城の石井で買った。黒豆、栗きんとんは自家製、1年一度はこんな料理味合うのも良いでしょう。お昼頃に長男家族のご来場だ。たくさんの人数で食べる食事は最高だ。食こなしに静嘉堂文庫のうらにある神社にお参りに行った。これからの1年の無事を祈って、祈祷した。今年はどう云う年になるのやら?何はともあれ、意義ある1年をおくりたい。
2004.01.01
コメント(2)
今日、健康診断へ行った。場所は人形町だった。普段より早めに家を出た。十一番目の番号札をもらった。胃腸の検査バリュウムではなく、胃カメラを選んだ。二回目なので、少しくるしかった。胃が少し荒れているが、心配はないのことだった。早く終わったので、渡辺と六本木のホテルアイリスのレストランで食事した。店内は静かで、値段は安くて、おいしかった。次回は夜との約束で別れた。<終>----- Original Message -----From: To:
2003.12.03
コメント(2)
11/29イラクにて英国大使館参事官である奥 克彦(45)と井ノ上正盛書記官(30)が車に搭乗中襲撃され、死亡した。ゲリラの仕業と思われる。奥氏は早大のラガーマンで180を超える大型フルバックだった。30日首相補佐官の岡本利夫氏が彼とイラク国内を回る予定だったそうである。彼はラグビー精神でイラクの復興に携わってきたのだった。使命半ばにして逝ったのは、誠に残念に思う。日本国としても大きな損失だ。ここに哀悼の意を表したい。一方国内ではわが愛する又尊敬するY先輩が30日旅立った。学校の先輩でもあり、会社では、一緒にラグビーをしてきた良き先輩、良き指導者であった。Y先輩にはお世話になりっぱなしで、何のお返しもできなかった。できれば葬儀に行きたかったが、何しろ京都なので、後輩のNに代表して、お願いした。私にとっては、これで、1時代が終わったような気がした。しかし、これから、先輩の分も含めて生きていきたい。さようなら!
2003.12.01
コメント(1)
カシオワールドオープンGでダントツで今井が優勝した。中嶋常幸が久しぶりに上位入賞を果たした。彼はホーム改造してから最近よくなってきている。小生はゴルフスクールで思い切りクラブを振ってきた。コーチプロはなかなか教え方が上手で、その人個人の振りを見ながら教えたくれる。今日は体を回して打つ方向に早くむけることを習った。次に打つときはそれを忘れてはいるが!何年やってもゴルフは難しい。精進あるのみはわかるが。何とか続けてゆこうと思っている。
2003.11.30
コメント(1)
全33件 (33件中 1-33件目)
1