
お見舞いのお便りをたくさんいただきました。
動けない私に代わって、光の写真展の案内をたくさんの方にお知らせしてくれる友。
遠隔で愛のエネルギーを送ってくださるたくさんの友たち。
メールが届くたびに、電話がかかるたびに、みんなの優しさがココロに染みて、
ありがたくって涙ばかり出てくるのです。
この世界は悲しい、みんな傷だらけ、私も傷だらけ、こんな世界もうイヤ!
何かにつけては被害者意識に陥ろうとする私へ、
ほら、ほらね、と
みんなのあふれる愛のギフトを通して、私の傷が幻想にすぎないんだと、
神さまが示してくれているように思えました。
QXで遠隔をしてくれたSさんから今朝電話がありました。
「身体の疲れがたまってるね、それから、憎しみもあるみたいだよ」
「え?憎しみ?」
「覚えがない?」
「うん、、、、思い当たらないけど、、、、」
「いにしえ(過去生)のものかもしれないな・・・」
私の中に憎しみがあるんだろうか。。。。。
電話を切ってからしばし考えてみました。
あぁと思いました。
私は、これまでの人生で、自分の尊厳をないがしろにされたように感じたことが何度かありました。
「なぜ?こんなむごいしうちを神さまはなぜするの?」
その嘆きの底には、悲しみや怒りを超えた深い絶望感がありました。
私は生きているこの世界そのものを憎んでいたかもしれません。
本当は誰も私を傷つけようとしたわけではなかったはずです。
私自身が勝手に傷ついただけなのです。
幼い私は、自分がダメな子だから愛されないんだと思いました。
そして大人になってからの私は教えられていました。
「すべての原因は自分にあるんだよ。自分が変れば、人は変るよ」と。
絶望の中で、泣き叫ぶことすらできないまま、自分に問い、自分を責めていました。
「どうすればいいの?お願い助けて!私が悪かったの。私、どう変れば幸せになれるの?」と。
葬られたこの感情が、いつも、いつまでも、私のココロの扉をノックし続けているのかもしれません。
人は変ることなんて、できないのに。。。。。
・・・・・憎しみなの?
世界はこんなにも愛にあふれているというのに・・・・。
神さまを信じられなかったインナーチャイルドたち、
大丈夫だよ、もう怖くないよ。
思いっきり泣いて、そして、そのあとはにっこり微笑んでごらん☆
みんな、本当は、とっても優しいんだよ。
優しくなれないときはね、みんなもきっと、とっても淋しいんだよ。
パンパン堅くなったおなかの痛みを感じながら、
ごめんね、ごめんね、とおなかをさすりました。
明日は超音波検査です。
美しい秋の空の下、痛いおなかを労わりながら
ゆっくりとでかけてくることにしましょう。
世界が本当は、
愛にあふれていることを感じながら。。。。。
ユコタン 天使になる日☆ 2006.12.03
生命は光 2006.11.09
☆光の写真展初日LIVE 2006.10.31
PR
Keyword Search
Comments