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せっかく再開したのに、1週間も続かない。ちょっと忙しくなると、もうダメで。今夜は少しだけ余裕。13:40からは、朝まで生テレビを見なきゃ、だし。忙しくても毎月欠かさず見る、好きなんだよね、この番組。しかし、朝4:40分までだから、ここ数ヶ月はもう明るくなってる。でもこの時間は私にとって、とっても寝やすい至福の時間。横になると、そのまますぐに深い深い眠りにつける。しかし明日は子供が朝から部活、7時半には起きないと。この時間に寝る3時間は、超熟睡できるから、不思議と起きられたりする。明日は午前中、打ち合わせマガイがありマガイなのは何故かというと。その客は不動産関係でね、どこからどんな話が行ったのか、実は行っていないのかワカランけど、私が不動産(マンション)購入の予定があり物件を真剣に探している、とその客は思っているらしく(ポーズかなあ)。神楽坂に良い物件があります、って。で、見に行こうと。まったくその気がないわけだから断ればいいんだけどそれはそれ、やっぱ客だし、お茶くらい付き合わないと、かなと。で、一応見るだけ見てお茶飲んで帰ってくる予定。聞いた限りでは今の家より大分狭くて、間取りも全然理想じゃない。だから正直まったく興味はないし。興味があっても、まずローンを組めるような柄じゃない、歳じゃない、仕事じゃない、からと何度も断ったんだけどね。敵は営業だからさ、「えっ?そんなあ、歳は十分大丈夫ですよ」なんて言われてフフ・・・なわけないのに、まんざら悪い気もせずだからって本当の歳は明かさない。ムリですね、って言われたくない。さらには、歳のせいでこんなババアで大丈夫か?って仕事が来なくなるのは、もっと困るし。な訳で、じゃ明日は何しに行くんだ?って事なんだけどこっちも半分営業、仕事と思って、世間話してお茶飲んで来ます。夜は例年通りの「神楽坂の阿波踊り」子供小学校時代の先生・・・実は最近オトモダチで。一緒に躍りを見ながら歓談・・・かな。夜またこんな時間に仕事をしよう。ん?そろそろ13:40テレビテレビ・・・
2009.07.24
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家で仕事をするようになり、一日の大半を家の中で過ごしている。週に1・2度、打ち合わせに外に出る。あとはスポーツジムに行くくらい。スポーツジムは老化防止対策で週3回を目指しつつも、週1~2回。家から徒歩3分。日常の買い物や銀行、郵便局など。銀行はほとんどネットだし。荷物は宅急便やさんを呼んじゃうし、郵便ポストは家から30秒。朝10時~夜11時までやっている大きめのスーパーも家から1分。このスーパーはデパート系のスーパーなので、珍しい調味料やデパ地下で扱っているのと同じようなお弁当やお総菜なんかも置いてあって。もちろん雑貨もあるし、結構便利でココばっかり。なので、家から出たとしても、どこへ行くのもホントすぐそこ。打ち合わせだけは相手があるからすぐそこって訳にはいかないけど昔に比べると原稿などの受け渡しが、ほとんど無い。メールにデータ添付で済んでしまうし大きなものはサーバにアップ。実際もう5・6年も仕事をしている人でも、一度もあったことのない担当者もいたり。最初に顔合わせしてご挨拶するのは役職の方だけだし、その後の担当者は声とメールだけのお付き合い。おかげで、着る物も履く物も「普段着+サンダル」。化粧品の減りも少なく。お昼ご飯なんて、余り物をチョコチョコつまむだけで昼食代もかからない。職場=家だから、まあ光熱費は外で働いていた時よりは、かかるけど。でもこれって主婦の人たちはみんなかかってる費用だもんね。最近って、家電話(定置電話)ってなんであんなに安いの? というか、まったくかかってないみたい。光だかIPだかなので、本当にまったく。いっぱい電話してるのに。携帯もね、無料通話だの家族割りだのって、いっつも基本内で収まってるし。一時期より生活そのものが安くできるようになったのかな。
2009.07.06
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仕事のこと、お金のこと。今思えば、このサイトを立ち上げてよく日記を上げていた頃、あの頃が一番仕事が減っていて大変な時だったような。貧乏合戦なら誰にも負ける気がしなかったし、仕事も生活も大変だった。バブルの頃どんなにリッチだったか、なんて昔話をするしかなかった。明るい未来どころか明日も見えない状況だったし。苦しかった本当に。チビがまだチビだったし、家族が5人もいて必死だったから何でもできたし頑張れたんだと思う。仕事・お金の事で、パパといっぱい喧嘩してでも喧嘩しながらだったから頑張れたんだ、とも思う。ヘルパーの資格取ったり、実践も少しだけして、本気だったからね。当時一緒にやっていた社長(元亭)はwebの会社に引き抜かれて、今じゃそこのナンバー2に。一人で事務所はもったいないし実際維持できなかった。仕方なく、事務所をたたみデザインの仕事をある分だけ自宅でやり、ヘルパーで食って行かなきゃ、と。ところが事務所をたたみ、自宅に引っ込むとなぜかデザインの仕事が次々と来るようになり。というのも、24時間年中無休で対応できるようになったからね。いつ来るかわからない電話を事務所で延々夜中まで待つわけにはいかないけど家ならね、待ってるわけでもなく、電話にはいつでも対応できる。普通に食事したりテレビみたり家事をやったりしながら例えば金曜の夜8時・9時とかに依頼が来て、月曜までの仕事を、なんて言われても、えっ~!土日仕事に行かなきゃなの~!って思うことがないから、笑顔で受けられる。パパが家事をやってくれる人だったから、土日って結構時間があり、仕事ははかどる。こうして無理難題を言われても、いつでも笑顔で受ければ、出してくれる方も喜んでくれて次々と仕事が舞い込む。事務所を引き払い、時間の問題でフルタイムのヘルパーになるんだろうな、なんて思っていたはずだったのに逆にヘルパーを受ける時間がなくなってしまい。昨今、世の中で言われているように、ヘルパーは大変なばっかりで超薄給だから。デザインの仕事の方がゼロが2つくらい多く稼げる。実際、ヘルパーを数時間やるよりも、デザインの仕事で徹夜する方が私にとってはずっと楽だったし何より楽しい、三度の飯より好きな仕事だからね。ヘルパーでスキルアップなんて思ったりしたけど実際、背に腹は代えられないから、きれい事言ってる余裕は無かったし。そんなこんなで経費は減り、収入は増え、やっと少し生活が安定、少しだけ一息つけたかなこれからは老後の蓄えを考えなきゃね、なんて思い始めたそんな頃パパが入院。家が職場だから、病院へも自由な時間に行けるし好きな時間に家で仕事すればいいわけだから、自宅仕事は本当に助かった。・・・但し、あの時は寝る時間がまったくってくらい無くなってしまい疲労困憊だったけど。気が張っているだけで動き回っていたような・・・思い出せないくらい高密度の日々、だから、パパが病気だった半年間はあっという間だったけどものすごく長かった。無駄になったと思ったヘルパーの仕事、車椅子を押したり、入浴介助、等もパパのために役に立ち、それはそれで良かった。虫の知らせ・・・・で、ヘルパーの資格を取ったんじゃあ、って言う人まで出てきたくらい。にしても半年でパパは逝っちゃった。仕事がらみの人たちは、母子家庭で大変でしょう?と次々仕事を回してくれて。今度はもうできないくらいの仕事量が舞い込みって事で、なかなかブログを書く時間がなかったのも確か。だからヘルパーは結局、ペーパーヘルパーになっちゃってもうヘルパーをやる自信はない、一応免許をもっているってだけになっちゃった。なんとなく元の仕事に落ち着いちゃったって感じかな。会社も一人親方で一応立ち上げ直し、ちゃんと法人税も払ってるよ。昨年からの百年に一度とかいわれる大不況。確かに影響はあり、事実こうしてブログを更新する時間もでき。あのバブル後の悲惨な記憶が、多少は学習させてくれたのかもしれない。なので仕事がパンパンだった時期に少しは蓄えた、かな。バブルの頃はまったくできなかった、ぜ~んぶ使っちゃってた。今度はキリギリスにならないために、少しだけ頑張ったかな。これは学習とかじゃなく、ひとりで生活しょってるから、仕方なく身についた防衛だと思うけど。といっても不況は学習したけど労働報酬以外の稼ぎ方、資産に稼がせる方法なんて学習して来なかった。稼ぎ頭の資産がなかった事もありで。株や投資信託や外貨預金や、一応は調べたり。結構勉強熱心なところもあり、そこそこ勉強はしたり。でも、金融のプロが口を揃えて言うのは「実践で学べ!英会話と同じ!」・・・同じじゃないって。でもまあプロが言うことだし。そっかぁ、じゃあ取りあえず実践で・・・株を買い、投資信託・外貨、ドル?ユーロ?豪ドル?とかとか実践で・・・なんてうちに世界的大不況????本当に実践で学んじゃったょ。競馬や賭け事じゃないから、ゼロにはならないにせよ、よ大した額をつぎ込んだ訳でもなく、損が出たってしれたモンだけどね。早い話、損が出てる。しばらく踏ん張って、どうにか戻ってくれる事を待つしかない状況。まっ、ついでにあらゆる保険にも入ったし。将来的な年金保険とかにも入ったし。しかししかし、2年くらい前に比べると確かに仕事は少なくなっている。チビがチビでなくなったとはいえ、まだ中2だからね。あと10年はしっかり稼がなきゃね。このままじゃ、怪しいぞ。まっずいかぁ~。なんて、こともよく思うことのひとつ。ここに来てくれるお友達たちはご主人がガッチリ稼いでくれている言ってみれば、格差社会の上の方の人たちばっかりだからこんなこと、あんまり考えることないよね、きっと。チビのママ友とお茶してて「うち、賃貸だから・・・」って話になったら「なんで?なんで買わないの?」って言われ・・・・・・「テーブルひっくり返すけど・・・いい?」って言っちゃった。以後、お茶に誘われないのは気のせい?苦手なのょ、ママ友。これもね、アカンかな?とか、よく思うことのひとつ、かな。
2009.07.05
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3年間で子供はみんな、ずいぶん成長した。上の二人は、両親ともにいなくなっちゃった訳で。しかも両親ともに癌で、まだ二十代だったし(おネエはもう三十代)運命とはいえ二人は可愛そうで。おネエの結婚式のバージンロードをエスコートできるのはパパしかいなかったなあって。もちろんチビにも当て嵌まる事ではあるけど、まだそこまでは、かな。3年で上のふたりはすっかり大人になってしまった。二人とも割と近くにそれぞれ一人暮らしをしていて、何かとよく来てくれる。それぞれに仕事に就き、頑張ってる。しっかり稼いでいるし。チビ・・・もう全然チビじゃない末娘は中2一般的には反抗期の時期なのかも、だけどうちは二人暮らしだし、ママに苦労かけてるのを解っているらしく今のところは心配をかけられるような事は何もなくかなりのしっかり者で助かってる状態。母似で出来も良くて(フフ・・・自慢入っています)頑張りやだし、家の事も言う前にやってくれる・・・これはまあ育て方だと・・・これも自慢かな。家の事をするのは家族として当然のこと、ってモノゴゴロ付く前から叩き込んだからね。この3年でどうこうなったわけでもなく、自然と何でもやるようになってる。子供は親の背中を見て育つっていうからね、いい背中してんのよ、アタシ。って言っていられるのは今だけかも、って一応覚悟は決めてる。だって、あのパパとアタシの娘だもん。だけどまあ、今のところは問題なしで、3人の子供は全員パパ似ですくすくと大きく大きく成長しました。だからここ3年で母としての私の仕事はほとんど無くなりつつって状態。子育て終了・・かな。なので、なおのこと自分の事、考えてもしょうがない先の事、などを考える時間がたっぷりあります。私はね、実は、まだまだもう一花咲かそうと思ってる。何の花かはわからない。仕事の花も咲かせたいし、今の仕事に限らずね。最近この歳でいいの?ってくらいモテモードだし。といっても正直、男はもういい。人との関わりじゃなくて一人の人間としてもう一花、って思ってるんだ。だから、どんな事にも今まで以上にどん欲に進みたい、って思ってる。今はまあ思っているだけ。でも思ってるって事はすごく大事だと思う。思っていないとチャンスに気づかないから。ってこれは3年どころじゃない、ずっと前から変わらず思ってることだけど。しかししかし現実はね毎日植木にお水あげて、花が咲くと喜んで・・・切ってコップに差して「♪きれいでしょう~♪ひらひらと~♪いいおんなでしょ~♪・・・」って歌いながら仏壇にお供えしてるだけなんだけどね。最近、こんな毎日、3年前と比べたら、のんびり・・・かな。
2009.07.04
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この3年で、その前と変わってきた事を思い起こすと・・・。記憶を引きずり出すわけだから、少しは記憶回路の風通しよくなるかも。2年くらい前、めまいがひどくて、健康状態が気になり。そう、その頃は健康状態ばかりが気になって。で、初めて人間ドックに挑戦。人間ドックどころか、ほとんど健康診断らしき事は何もして来なかったので。しかも若い頃からずっと。フリーの集団くらいの会社組織だったから、会社でも特に何もなく。全身、CTもMRIも、脳ドックまで。隅から隅までチェックを。結果はほぼ◎。中性脂肪・コレステロールが高め血圧低く過ぎ肺に旧結核痕これくらい、いずれも大した事なくて念のため、肺のCTも・・・結果OKまずはひと安心。で、これを維持するためにスポーツジムへ入会。目標:週3回(現状:週1~2回)入会から約1年半、継続中。それから、いつの間にか生活の中に入り込んでいる趣味のようなものも出現。仕事以外無趣味だったはずなのに、知らぬ間に・・・って感じで。それは植物。いつの間にか狭いベランダと室内にも植物が増えていて。何となくお水を上げたり、時には株分けして増やしてみたり・・・植物が元気だとこちらも少し元気が出るような。・・・少し日記らしくなって来たかな。でも思い起こすと3年間って3年だからね、結構いろいろあったはず。思い出しながら書くと気持ちというより何だか冷静で他人事の描写のようになる。本当に記憶回路の掃除してるかんじ。しばらく続ければ記憶回路の煤払いができて、ピカピカになるかもしれない。
2009.07.03
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よくよく見たら前の日記から3年くらい経ってる。子供とふたり暮らしになって、もうすぐ3年が経とうとしているって事か。早かったし、ずっと前のようでもあるし。あれから3年、ともあれ私たちは元気に過ごせた、3年前までと何も変わらない普通の日々がね。久しぶりの人から「どう?元気?」といわれ「相変わらず」って。「相変わらず」って事が、実はどんなに有り難い事なのかを痛感するようになっていてそのたびに「本当に相変わらずで良かった」って応えた自分が一番そう思ってる。年末には「ああ、今年も何事もなくて良かった」と思い年始には「今年も何事もなく、ただただ平穏な日々が過ぎますように」って心から思う。この3年で以前と違ってきたことは、一人の時間に、先の事を考える時間が多くなったことかもしれない。3年前までは、いつもいつも目の前の事に全力疾走で、明日のことさえ考えないそんな毎日だったように思う。10年後・20年後・30年後・・・、そんな事に思いがいくようになったのはひとりって事が思っていた以上に大きな事なのかもしれない。もし病気になったら・・・もし死んじゃったら・・・病気にもならず死にもせず、元気で仕事が無くなったら・・・なんてね。思えばキリがないような、トリトメのない不安に押しつぶされそうになったり。これは、ひとりとかじゃなくて、単に歳のせいか、いやいや、フリーという仕事スタンスのせいかもしれない。って、こうやって、日々諸々考えたりするわけで。こういう事をさらっと言える人がそばに居ないってだけのこと。子供に話して日々の不安を煽ってもしょうがないしましてや年老いた親の不安を煽るのは、もっとしょうがないし。と、こんな感じの以前と比べると弱気で臆病で心配性の・・・実は相当に本音の部分この辺の事を書けば、少しは自分自身を整理することができるのかもしれない。
2009.07.02
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最近のコナンはボケがひどく、昨日の事どころか、ついさっきの事も忘れ・・・まわりから呆れられている毎日。記憶の回路というのは、毎日引っ張り出してやらないとその記憶が通る通路ってのが詰まってしまうらしい。どうやら、相当に詰まっているらしく。文章を書くというのも、ボケ防止としては相当に効果的だとか。なら、とりあえず、何か書くか、って事で。相変わらず、一応は前向き。というか、ひとの言葉にすぐに影響される。最近はよく新聞を読み、ニュースを見いちいち影響されていて。人間から影響される事が極端に減ったためか、と自分なりに分析したり。5人暮らしだったのが、4人になり、3人になり、今ではたったふたり。チビと呼んでいた末の娘は、今では見上げないと目線が合わない身長になってしまい。家の中の会話も人数に比例して少なくなっているし。仕事も自宅で。個人で会社組織を作り直し、毎日ずっとひとりで仕事・家事・仕事・家事・・・の繰り返し。忙しい時には、電話に出る時間も惜しいと思うのに暇になると、パッタッっと電話も途絶え・・・つまりは仕事の電話しか来ないわけで。友達いないなぁ~、なんて思ったり。・・・・この程度の文章を書くだけで集中力が途絶え・・・まっずいなぁ。。。しばらくはここで脳トレをしよう。毎日何かを書こうか。もしもコナンを覚えていてくださる方がいらしたなら、何か刺激をくださいな。出歩く体力があるか?・・・たぶんないと思う。のでここに、ポツポツ独り言を書くだけになりそうな。
2009.07.01
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