《櫻井ジャーナル》

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2013.06.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 バラク・オバマ米大統領はこれまでの「核抑止力」政策を放棄、核兵器の先制使用を辞さないことを明らかにした。ロシアに対して行った核兵器削減の提案は中身のない宣伝にすぎないということだ。(PDF: http://www.defense.gov/pubs/ReporttoCongressonUSNuclearEmploymentStrategy_Section491.pdf)

 歴史を振り返ると、アメリカは先制攻撃を前提として核兵器を開発、保有してきた。広島と長崎で原子爆弾の効果を試した翌年、アメリカのJCS(統合参謀本部)は必要なら先制攻撃を行うという政策を始動させた。1949年に出されたJCSの研究報告では、70個の原爆をソ連の標的に落とすという内容が盛り込まれていたという。

 この頃までは「机上の空論」的なのだが、1954年にビキニ環礁で水爆実験を行った直後には、アメリカが保有する核兵器は2000発以上に膨らんでいたと言われ、現実味を帯びてくる。実際、 1957年になると、軍や情報機関の内部で、ソ連に対する先制核攻撃を準備 しはじめた。

 勿論、核弾頭だけがあっても攻撃はできない。運搬手段、つまり長距離爆撃機やICBMが必要だ。そうした準備は1963年12月までに整うとライマン・レムニッツァーJCS議長やアレン・ダレスCIA長官など好戦派は考え、1961年の半ばにはジョン・F・ケネディ大統領に説明したという。ちなみに、航空自衛隊と関係の深いカーティス・ルメイも核戦争派の中心メンバーだ。

 大統領へ説明する直前、レムニッツァーやダレスはキューバへの軍事侵攻を試みて失敗している。亡命キューバ人による攻撃が成功しないことはアメリカ側も織り込み済みで、その後、アメリカ軍を投入するというシナリオがあったようだが、これをケネディ大統領が拒否していた。

 このキューバ侵攻作戦もドワイト・アイゼンハワー政権の時代に考えられている。つまりソ連に対する先制核攻撃の計画と同時進行している。

 レムニッツァーやダレスが1963年12月を攻撃の期日に想定していた理由は、その時点ならソ連は核兵器の運搬手段を用意できないと見ていたからだ。つまり、戦争で圧勝できると思っていたのである。ただ、問題はキューバ。アメリカの目と鼻の先にあるこの島に中距離ミサイルを持ち込まれると、面倒なことになる。当然、ソ連も同じように考えただろう。そしてミサイル危機が起こった。

 しかし、こうした計画はケネディ大統領に阻止されてしまう。1961年11月にダレスをはじめとするCIA幹部を追放、キューバ危機も外交的に解決してしまった。1962年にレムニッツァーたちが計画した「偽旗作戦」、つまりキューバを装って「テロ活動」をアメリカに対して行うというノースウッズ作戦も潰される。レムニッツァーJCS議長は再任を拒否され、1963年6月に大統領はアメリカン大学でソ連との平和共存を訴える演説を行う。

 1963年といえば、今から50年前。その年の11月にケネディ大統領は暗殺され、「ソ連黒幕説」が流される。これを次のリンドン・ジョンソン大統領が信じれば、報復攻撃ということでソ連に対して核戦争を仕掛けることができたのだが、実現しなかった。

 日本では「核抑止力」などということを今でも口にする脳天気な人間がいるらしいが、アメリカは最初から先制攻撃を前提にして核兵器を保有してきた。そしてバラク・オバマも先制核攻撃を容認する姿勢を見せたわけだ。ただ、ロシアを攻撃する可能性は少ないだろうが、中東で使う可能性はある。

 ちなみに、日本に対しては核攻撃する必要がない。何しろ、自らが「核地雷」を埋め込んでいるので、それを爆破すれば良いからだ。要するに、日本の支配層は自分たちが攻撃されると思っていない。「核抑止力」も口から出任せと言うことだ。





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最終更新日  2013.06.25 17:46:24


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