ロシア軍は「地下要塞」があったソレダルを陥落させた後、バフムート(アルチョモフスク)の制圧を目指している。ウクライナ軍の何旅団かはウグレダル、クレミナの防衛ラインを強化するためにバフムートから撤退しているようだ。この防衛ラインが突破されるとウクライナ軍は総崩れになると見られている。
そうした中、 イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットがウクライナでの停戦交渉をアメリカ/NATOが壊したことを明らかにした 。すでに知られている話ではあるが、当事者の発言は重い。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツのオラフ・ショルツ首相は現実的な対応をしたものの、イギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンは攻撃的で、ジョー・バイデン米大統領は両方だったという。
2022年3月5日にベネットはモスクワでプーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会っている。ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日だ。
4月に入ると西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。マクサー・テクノロジーズなる会社から提供された写真を持ち出し、3月19日に死体が路上に存在していたと主張しているが、疑問が噴出した。
例えば、比較のために載せられた2月28日の写真に比べ、3月19日に撮影されたとする写真の解像度が悪すぎるのはなぜかということ。影や天候の分析も西側メディアの主張を否定する。19日から約2週間、道路上に死体は放置されていたことになるが、その間、氷点下になったのは28日の早朝だけ。29日には17度まで上昇している。つまり死体は腐敗が進んだはずだ。
キエフの周辺で拷問を受け、殺害された死体が発見されているが、その一部が白い腕章をつけていることも注目されている。ロシア軍を意味するからだ。また、ロシア軍が配った食糧を持っている人もいたとされている。ロシア軍が撤退した後、親衛隊はロシア軍に対して友好的な態度を示していた市民を殺して回ったとも言われている。
4月2日にはネオ・ナチを主体に編成された親衛隊の大隊(アゾフ特殊作戦分遣隊)がブチャに入っているとニューヨーク・タイムズ紙には報じたが、アゾフと同じネオ・ナチでライバル関係にあるというボッツマンのチームも4月2日には現場へウクライナ警察の特殊部隊と入っているという。ボッツマンのチームはウクライナ軍を示す青い腕章をつけいない人物の射殺を許可されていたとされている。
その2日、 ウクライナ国家警察は自分たちが行った掃討作戦の様子をインターネット上に公開 した。そこには大破した自動車の中に死体が映っていたものの、そのほかに死体は見当たらない。そこで、親衛隊の犯行を知っている国家警察は死体を隠したのではないかと疑う人もいる。国家警察はブチャで親衛隊と行動をともにしていたので何が起こったかを知っていたが、その死体を親衛隊が何に使うつもりかを知らなかった可能性がある。
つまり、ブチャでの住民虐殺はロシア軍と友好的に接した住民を親衛隊が殺した可能性が高いのだが、ベネットによると、その事件によってロシア政府とウクライナ政府の停戦交渉は壊れた。
4月9日にはジョンソン英首相がキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令 、4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。
話し合いでの解決が不可能だと腹を括ったウラジミル・プーチン露大統領は昨年9月21日に部分的な動員を実施すると発表、集められた兵士のうち約8万人は早い段階でドンバス入りし、そのうち5万人は戦闘に参加、さらに20万人から50万人が訓練中。今年2月までに約70万人をさらに集めると伝えられている。すでに大規模な軍事作戦を始めた可能性もある。
2020年11月からクリストファー・C・ミラー国防長官代行の上級顧問を務めたダグラス・マクレガー退役大佐はウクライナ軍の戦死者を12万2000人、行方不明者を3万5000人、またロシア側は1万6000人から2万5000人と推計している。
欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は昨年11月30日、ウクライナの「将校(将兵?)」10万人以上が戦死したと語っていた。これはマクレガーやロシア側の推定と合致する。ロシア側の戦死者はウクライナ側の1割以下だとみられている。
ウクライナでは戦場へ45歳以上の男性だけでなく少年兵も前線へ送り込まれていると伝えられている。最近では60歳程度の男性が街角で拘束、兵士にされているという。国外からは傭兵会社が派遣した戦闘員のほか、周辺国や中東からもきていると言われていた。携帯電話のやりとりから傭兵の多くがポーランド人やイスラエル人だということが判明したともいう。
傭兵としてウクライナでロシア軍と戦っていたオーストラリア軍の元兵士 によると、バフムートでウクライア軍は敗北、多くの犠牲者が出ている。彼によると最近、ウクライナ軍の旅団(約5000名)のひとつで兵士の80%が犠牲になったという。それに対し、ロシアの傭兵会社ワグナー・グループの部隊は大きな損害はなかったという。
こうした中、アメリカ/NATOは戦車の供与を発表している。イギリスのチャレンジャー2、アメリカのM1エイブラムズ、ドイツのレオパルト2だ。勿論、こうした戦車で戦況を一変させることはできない。
こうした戦車を操る乗員を育成するためには数年の訓練が必要だと言われ、動かすだけでも数カ月を要する。すぐに実戦で使いたいなら乗員も一緒に送り込むしかない。現代の戦闘で戦車を単独で戦場へ投入することは自殺行為なので、航空兵力などの支援も必要だ。ロシア軍のミサイル攻撃や砲撃はウクライナ軍の数倍と言われ、これは西側とロシアの製造能力の差が出ている。つまりアメリカ/NATOの支援があってもウクライナ軍の敗北、ウクライナの壊滅は不可避だ。
スイスの「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」によると、アメリカのジョー・バイデン大統領は1月中旬、ウィリアム・J・バーンズCIA長官をキエフとモスクワへ派遣、ウクライナ領の約20%をロシアへ渡すという提案をしたが、両国に断られたという。
これまでアメリカやイギリスの政府は話し合いでの解決を妨害してきた。バラク・オバマ政権は2013年11月にクーデターを始動させ、年明け後にはネオ・ナチを前面に出してきた。
ネオ・ナチはチェーン、ナイフ、棍棒を手にしながら石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、スナイパーを使って広場にいた警官や住民を射殺、有力メディアを使い、その責任を政府になすりつけた。
そうした展開の中、EUは混乱を話し合いで解決しようとしたようだが、これに怒ったアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補はウクライナ駐在アメリカ大使のジェオフリー・パイアットに対し、電話で「EUなんかくそくらえ」と口にしている。アメリカは暴力によって2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。
その直後からヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部では住民が反クーデターの抵抗を開始、ドンバスでは内戦になる。ネオ・ナチ体制に反発する軍人や治安機関員が少なくなかったこともあり、当初、反クーデターが優勢だったが、話し合いで解決しようという動きが出てくる。
その仲介役になったのがドイツやフランス。話し合いで「ミンスク合意」が成立するが、キエフ政権は合意を守らない。その間、アメリカ/NATOはキエフ側の戦力を増強するため、兵器の供給や兵士の訓練を進める。それによってキエフのクーデター体制はドンバスの反クーデター軍に対抗できるようになった。
ミンスク合意については早い段階からアメリカ/NATOの「時間稼ぎだ」とする人が少なくなかったが、昨年、それが確認される。ドイツの アンゲラ・メルケル元首相 が12月7日にツァイトのインタビューで、ミンスク合意はウクライナの戦力を増強するための時間稼ぎに過ぎなかったと語ったのだ。その直後、メルケルと同じようにミンスク合意の当事者だった フランソワ・オランド元仏大統領 もその事実を認めている。
クーデターから8年後の2022年2月24日、ロシア軍はウクライナに対するミサイル攻撃を始めた。すでにアメリカ/NATOは戦力の増強を完了させ、大規模な軍事作戦を計画していたとする証言や文書が存在している。
ロシア軍は住民への犠牲を避けるために慎重に攻撃したので手間取ったが、1カ月もするとロシア軍の支援を受けたドンバス軍の勝利は決定的だった。ロシア政府が話し合いに固執しなければ、戦乱が拡大することはなかったかもしれない。