《櫻井ジャーナル》

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2023.06.22
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 82年前の6月22日にドイツはソ連に対する軍事侵攻を始めた。「バルバロッサ作戦」である。

 EUではエリート層がアメリカ支配層に従属し、ウクライナを舞台にしたロシアとの戦争に参加する一方、庶民はその戦争に反対し始めている。フランスではエマニュエル・マクロン政権への批判が高まる一方、マリーヌ・ル・ペンが率いる「国民連合」を支持する人が増え、マクロンからル・ペンへの政権交代を望む人が41%に及ぶという。

ドイツでもロシアとの戦争に反対する人は多い ​のだが、ロシアを敵視しない者は弾圧され、犯罪者として扱われている。今年1月にはハインリヒ・ビュッカーが公然とウクライナにおけるドイツの戦争政策に反対したとして有罪になった。この人物は反ファシスト協会(VVN-BdA)や左翼党のメンバーだ。

 こうした政府による反戦活動取締りの中、多くの人は慎重に発言していたが、今年1月25日にオラフ・ショルツ首相はドイツの「レオパルト2」戦車をウクライナに送ると決定した。その決定を後押しするため、イギリスは自国の主力戦車である「チャレンジャー2」と劣化ウラン弾の提供を決め、アメリカも主力戦車「M1エイブラムズ」を渡すと決めている。

 西側には「無敵の戦車」が投入されると喜んだ人もいるらしいが、現在の戦闘では航空兵力の支援なしに戦車を戦場に投入すれば無惨なことになる。昨年春の段階でウクライナ軍には航空兵力はないに等しく、そうした状態でロシア軍に向かわせれば壊滅的な結果が待つ。日本軍の「海上特攻」と同じだ。

 実際、今月に入って始められた「反転攻勢」ではそうした展開になった。この作戦で戦死したウクライナ兵は15万人から25万人だとも推測されている。航空兵力の支援を受けられない「戦艦大和」で戦況を一変させることはできない。すぐにでも10万人程度を兵士として集めなければならないとする人もいる。

 新たな部隊を前線へ送らなければならない状況のため、ジョー・バイデン政権は6月12日から23日まで実施されているNATOの軍事演習「エア・ディフェンダー23」を利用するのではないかと懸念されていたが、バイデン政権のためにロシアと戦争する覚悟ができているNATO加盟国は多くないようだ。

 ロシアからドイツへ天然ガスを運んでいたノード・ストリーム1やノードストリーム2の破壊、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア橋(ケルチ橋)の爆破、ノヴァ・カホウカ・ダムの破壊などのような破壊工作と同じように何らかの破壊工作を実施、「ロシアがやった」とメディアに宣伝させることも考えられる。原子力発電所を破壊し、アメリカ/NATO軍を前面に出してくるというシナリオもある。バイデン政権が抱えるスキャンダルや来年の大統領選挙を消し去るためには思い切ったことを行うしかない。例えば2001年9月11日の攻撃のような出来事だ。

 NATOの初代事務総長でウィンストン・チャーチルの側近だったヘイスティング・ライオネル・イスメイはNATOを創設した目的について、ソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえ込むことのあると公言していた。ソ連が消滅した現在、締め出す対象はロシアだ。

 米英を支配する私的権力はドイツを押さえ込む仕掛けをドイツ国内にも作った。アメリカは各国の情報機関、治安機関、軍、メディア、労働組合、アカデミーなどへネットワークを広げていく。これは日本でも当てはまる。

 ドイツの場合、ナチスはウォール街やシティ、つまり米英金融資本をスポンサーにしていた。したがってウォール街の弁護士だったアレン・ダレスはナチスの幹部ともつながっている。

 ドイツは1941年6月22日に対ソ連戦を始めた。いわゆる「バルバロッサ作戦」だ。アドルフ・ヒトラーの命令でこの作戦に戦力の4分の3を投入した。西から攻めてこないことを知っていたかのようだ。

 ソ連はドイツとの戦争で2000万人とも3000万人とも言われる国民が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、惨憺たる状態で、西ヨーロッパに攻め込む余力があったとは思えない。

 ドイツ軍は7月にレニングラードを包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点に到達した。10月の段階でドイツだけでなくイギリスもモスクワの陥落は近いと考えていたが、年明け直後にドイツ軍はモスクワで敗北してしまう。ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入するものの、ここでもソ連軍に敗北。そして1943年1月に降伏した。この段階でドイツの敗北は決定的だった。このバルバロッサ作戦にフィンランドはドイツ側について戦っている。

 この段階でSS(ナチ親衛隊)はアメリカとの単独講和への道を探りはじめ、実業家のマックス・エゴン・フォン・ホヘンローヘをスイスにいたOSS(戦略事務局)のアレン・ダレスの下へ派遣。1944になるとOSSのフランク・ウィズナーを介してダレスのグループがドイツ軍の情報将校、ラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長)と接触した。ウィズナーもダレスと同じようにウォール街の弁護士。

 ダレスたちが接触した相手にはSA(突撃隊)を組織、後にヒトラーの第一後継者に指名されたヘルマン・ゲーリングも含まれる。ウォール街人脈はゲーリングを戦犯リストから外そうとしたのだが、ニュルンベルク裁判で検察官を務めたロバート・ジャクソンに拒否された。ゲーリングはニュルンベルクの国際軍事裁判で絞首刑が言い渡されたが、処刑の前夜、何者かに渡された青酸カリウムを飲んで自殺している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 バルバロッサ作戦の1年前、1940年5月下旬から6月上旬にかけてイギリス軍とフランス軍34万人がフランスの港町ダンケルクから撤退しているが、その際、アドルフ・ヒトラーは追撃していたドイツ機甲部隊に進撃を停止するように命じている。そのまま進めばドイツ軍が英仏軍より早くダンケルクへ到達することは明らかだった。この停止命令はゲーリングのアドバイスによるとも言われている。

 ドイツ軍は1940年9月7日から41年5月11日にかけてロンドンを空襲したが、この攻撃は東への侵攻作戦を隠し、ソ連側の警戒を緩和させることにあったとする見方もある。空爆が終わる前日、つまり5月10日、ヒトラーの忠実な部下だったルドルフ・ヘスは単身飛行機でスコットランドへ飛び、パラシュートで降りたとされている。無線通信を避けなければならない重要な情報を伝えるためだったという推測もあるが、真相は不明だ。

 チャーチルの思惑とは違い、ドイツはスターリングラードでソ連に負けた。慌てたイギリスはアメリカと上陸作戦を実行、レジスタンス対策のゲリラ戦部隊ジェドバラも創設する。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルト米大統領はチャーチルにとって邪魔な存在だったが、1945年4月12日に急死、帝国主義者のハリー・トルーマン副大統領が昇格した。

 その翌月にドイツは降伏、それを受けてチャーチルはソ連に対する奇襲攻撃プランの作成を命令。作成された作戦は、1945年7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始めることになっていた。これが実行されなかったのはイギリスの参謀本部は拒否したからだという。

 一方、ゲーレンはドイツが降伏した直後、アメリカ陸軍のCIC(対敵諜報部隊)に投降、携えていたマイクロフィルムには東方外国軍課に保管されていたソ連関連の資料が収められていた。

 尋問したCICのジョン・ボコー大尉はゲーレンたちを保護するが、その後ろ盾はアメリカ第12軍のG2(情報担当)部長だったエドウィン・サイバート准将と連合国軍総司令部で参謀長を務めていたウォルター・ベデル・スミス中将だ。サイバートとスミスはドイツに新たな情報機関創設を1946年7月に決めた。

 ゲーレンの機関は1949年7月からCIAの監督下に入り、資金の提供を受け流ようになる。1954年に作成された秘密メモによると、ゲーレン機関の少なくとも13パーセントは筋金入りのナチスだった。この機関は1956年4月から西ドイツの国家機関、BND(連邦情報局)になる。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 日本の天皇制官僚体制と同じように、ナチスは米英金融資本を後ろ盾にしていた。大戦後にアメリカの支配層がナチスの幹部を助けたのは必然だ。

 ジェドバラの人脈は大戦後、極秘の破壊工作機関OPCや特殊部隊の基盤になった。OPCは1951年にCIAへ入り込み、破壊工作部門の中核になる。

 ヨーロッパでもジェドバラの人脈が秘密部隊を組織、NATOが創設されるとその中へ潜り込んだ。その秘密部隊は全てのNATO加盟国に設置され、1951年からCPC(秘密計画委員会)が指揮するようになる。その下部機関として1957年に創設されたのがACC(連合軍秘密委員会)だ。各国の秘密部隊には固有の名称が付けられているが、中でも有名なものは1960年代から80年代にかけ、イタリアで極左を装った爆弾テロを繰り返し、クーデターも試みたグラディオだ。

 この問題を研究しているダニエレ・ガンサーによると、NATOへ加盟するためには、秘密の反共議定書にも署名する必要があり、NATOの元情報将校によると、「右翼過激派を守る」ことが秘密の議定書によって義務づけられている。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 こうした仕組みでヨーロッパはアメリカやイギリスの情報機関に支配されてきた。ショルツ首相がアメリカ政府に従っているだけにしか見えない理由はそこにあるのだろう。

 ドイツにはシュルツよりアメリカへの従属度が高い閣僚がいる。緑の党のアンナレーナ・バーボック・ドイツ外相。国際会議でEUは「ロシアと戦争をしている」と口にした人物だ。バイデン政権に従属することで自分がドイツの支配者だと勘違いしたのかもしれないが、彼女の発言はドイツ人を刺激した。アメリカや緑の党デモがドイツ全土に広がり、2月25日には約5万人がベルリンの「平和のための蜂起」に集まったという。

 ウクライナの内戦は2013年11月から14年2月にかけてバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用して実行したクーデターから始まる。クーデター政権と反クーデター派住民の戦いだ。当初、反クーデター派が優勢だったため、ドイツとフランスはミンスク合意で時間稼ぎした。

 このクーデターの目的はドイツとロシアを分断することにある。ドイツから安いエネルギー資源の供給源を断ち、ロシアからマーケットを奪うということだ。「経済制裁」のターゲットもドイツを含むEUとロシアだったが、ロシアは準備していたことからダメージは少なかった。それに対し、ドイツなどEUは深刻なダメージを受け、経済的苦境に陥っている。

 すでにウラジミル・プーチン露大統領はアメリカ/NATOが約束を守らないと悟り、話し合いで問題を解決できないと腹を括ったようだ。つまり「脅せば屈する」というネオコンの信仰は崩れた。そこで中国に近づき、「ひとつの中国」を支持するとアントニー・ブリンケン国務長官は中国側に語ったようだ。

 アメリカと中国の関係を悪化させ、東アジアの軍事的な緊張を高める切っ掛けになったナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問が軍事的な挑発をブリンケンはどのように釈明するつもりなのだろうか。アメリカに従属することで台湾独立を実現しようとしてきた蔡英文総統の立つ瀬がない。






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最終更新日  2023.06.22 11:53:35


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