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1978年の春休みは特別だった。 ちょうどこの春の姪のように、中学から高校へ進学した年だった。 生まれてあんなに、 悲しくて、いとしくて、苦しく切なくて、泣きそうで、静かで、あふれそうで、 いつも心の奥の方に消えない線香花火が灯っているような、 そんな気持ちが継続ししたことはなかった。 幸か不幸か14歳でそんな気持ちになり、 ひとしきり泣いて、まもなく15歳になり、 まず滑らないだろうという受験をし、 飛んで走って合格報告をしに行く友達ほどの気持ちにもなれなかったけれど、 楚々と報告に行くと「よかったな」と言われて「はい」とはにかんで答え、 家族みんなで「未知との遭遇」を見に行き、 妹と母が勝手に、入学祝いは自転車と決めた(みんな乗れるから)ので私よりも2人が喜び、 セーラー服を卒業してスーツになった新しい制服に袖を通し、 そのお姉さんみたいな制服が恥ずかしくて恥ずかしくて下を向いて入学式に行き、 そして、新しい学校の入学式で、 『その人』に似たがいないか、とさがした。 いないんだというのが不思議で。 ゆーみんの「卒業写真」みたいに。「最後の春休み」みたいに。 中島みゆきの「時代」が頭の中をぐるぐるぐるぐるぐるぐるしてた。 後楽園の Candies ファイナル・コンサートは、春休みの最後の日にオンエアされた。 最後の半年でハシカみたいに火がついた3人のフィーバーぶりに、 「もういいでしょ、チャンネル変えるよ」と、 ラーメン屋でTVのスイッチを変えた、 という大人のおじさんの話を週刊誌で読んで、 フィーバー側にもいなくて、 チャンネルを変える側にもいない自分は、 何か、空気みたいだった。 今も、1978年4月4日の後楽園ファイナルコンサートは、 特別な扉の中にあって、扉を開くと、あの春の思いがよみがえるようです。 スーちゃん、お疲れさまでした。 永久に。 ************************************************** お仕事中、Pよりメール。 明日の晩、、デートなんて興味ある? ぷ。 Sure!! ということで、良い夫婦の日(大安)から1周年を迎えました。 切り崩しても切り崩しても、高く聳え立つ山を、 ガシガシと、これでもかーーっと前進して行くような一年でした(笑 たまたまですが、昨日領事館へ行って、 50ドルも払って、婚姻届受理証明の英語版に、 シール(立体の刻印つけるやつ)してもらいました。 何かあれば、これが本国でも通る証明になるそうです。 さて。 2年目のはじまりはじまり~ P.S15歳だった少女は、ちょっとだけたくましくなったみたい(笑
2011年04月21日
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すっかり年記になっています。それなのにチビリチビリとアクセス数があるのに驚きです(笑去年行った、御嶽山の五ノ池小屋から、お頼りが届きました。 うれしいものですね ^^ URLの下に電話番号と一緒に書いてあるので、てっきり個人のお名前だと思いましたが、後でよく見ると、 「小屋直通」 でした。でもホントに名前みたいですよね。「なおみち」さんって(笑ピンク色のこうべを垂れた、つつましやかなこまくさの写真が載っていました。 御嶽でこまくさをみたことはありません。 去年は6月末で寒すぎ、3年前は8月で暑すぎました。 こまくさは、2年前に地元民の方に連れていって頂いた、 白馬のイメージです。 お姫様らしく、踏みつぶされないよに、石で囲まれたり、と とても大事に扱われていました。 たった2年前ですが、 あれから随分、状況が変わったなぁ、と思います。 家事とPCをする以外は防音室にこもる日々です。 4月から、予期せずにそうなってしまったノンストップ状態が、 来週水曜のソロライブが終わったら、ひとまず、 一旦ひと区切りつきそうです。 4月:3月末に退職。元の会社の整理。 結婚(両親・Pの学校・領事館・区役所との連絡、書類の翻訳etc..)、 5/2の3人ライブ準備。 5月:新規にソロライブ開始。2週間あけて2回実施。 知り合いに依頼された歌詞の日英翻訳、新規の翻訳トライアルなど。 6月:ソロライブ1回、7/4の3人ライブ準備。 知り合いより急きょ翻訳依頼で、徹夜2回。。 7月:7/4・・3人ライブ、7/14・・ソロライブ 5月の終わりには、久々に山にも行けました。 7月のソロライブの翌週には南アルプスに行けると思います。 防音室のエアコンの水を受けるタンクは、 去年は、夏冬通しで、1度しか捨てなかったのです。 今年はもう、すでに2回捨てています。 それだけ、防音室を活用するのも、 ひとつ、会社を辞めたあとにやりたいことのひとつでした。 いい出会いがあって、せっかく作れた防音室ですが、 こもれる時間がないのは、ものすごくいやでした。 ほとんどこもらないまま、このマンションが建て替えで 取り壊しになったらどうしよう、 といつも思っていました。 なので満足 ^^ タンクの水を捨てて満足してちゃいかんのですが(汗 1曲ずつ練るのが苦しくも楽しい日々です。 3人ライブは、たくさん教えてもらうことがあると同時に、ある程度、2人とも歌える曲、とか 受けのいい曲、とか、制限があるけれど、 ソロライブは、そっくりそのまま私です。よくも悪くも(泣 しかしまぁ、、遅々として進まず、同じ曲ばっかり昼間からやってます(汗 傍らで、Pちんの必要なレターの翻訳や日本語の手紙を書いてあげる、 通訳に病院などにつきそう、などはやはり私の仕事です。 人間関係に関わるので、礼儀を欠かない日本語、 医療関係の誤解を生まない正確な訳など、まだまだ未熟で気をつかいます。 用事をポンポン言いつける時は、腹も立ちますが、 会社にいたころ、、 赤の他人に「女子だから」という理由で、 言いつけられる用事をするのは屈辱でした。 長年つとめて実績もあるのに相変わらず「女子」というくくりは理解不能でした。 そんな位なら、お金がもらえなくても、 Pちんや介護の必要な親の面倒をみる方がいい、 手のきかないお父さんの耳垢をとってあげる方がいい、下着を換えてあげる方がいい、 真剣にそう思ったので、これは自分で選択したことなのです。 もうそういう時期でした。 だからいいのです。 不思議と持ち続けると、「思い」は本当になるものです。 まだまだまとまりのない生活だけれど、 こうやって、ひとつずつ納得してやって、 自然にできる形があるのじゃないか、と思うのです。 「思い」はどこにあるのか、自分に聞きながら ちゃんとひとつずつ行ければいいな、と思います。 大事に自分の生活を作っていくのです ^^
2010年07月11日
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15:20頃、ちょっと遅くなったな、と、 施術室へ直接飛んでいったら、 「もう病棟へお帰りになられましたよ」 と。 前回(1ケ月前2cmの腸ポリープ切除に失敗)と違い、 オペが詰まっていて、あいた時間に入れるとのことだったが。 こんなに早い時間になるとは。 もう今から入る、と予定よりかなり早い時間、 13:40に本人から妹へTELあり。 それではもう急いでも仕方ないか、と、少し仕事を片付けていたら。 急ぎ病棟へ。 早く終わったのがいいのか、悪いのか、見るまでは安心できず。 前日、入院した時と同じ部屋で、母、くーくー寝てる。 ちょん、と、腕をつつくと、目を開いて、 「とれた~」 と細い声で嬉しそうに笑った。 麻酔代わりの鎮静剤でまだ、意識はフワリ。 でも、終わった後、とれたと解った時、 先生と握手した、と言う。 この、1ケ月、ヘタクソだ、あんな所、あんな医者・・ 病院もひとつひとついい加減だ、 とののしり続けた、あの悪態は何もなかったように(笑 相変わらず、どうみえも可愛く上品なお年寄り、 という感じで、ものすごい外面いいです(苦笑 はぁ。 一段落も、妹宅にいる父が「ほな退院は早いな」 と早くも実家へ帰る算段。 ちょっとしたことが不安で、夜中も呼びつけて、 「ワシ」の心配がいつも一番(グググ・・・ さすがに昨日キレテしまった妹に、朝になると 「昨日は申し訳なかったなぁ」「迷惑かけたなぁ」 と言うのを聞くと、またかわいそうになってしまう繰り返し。 そういうこともあり、父の顔を見に、 病院から義姉と三人テクテク歩いて、妹宅へ。 オヤジ、ニコリと笑う。 すると可愛い ^^;) まったく、世の中、「可愛く我まま」が一番の得策ね。 甥が週末にボーイスカウトに昇進して初めての試練、 先輩やみんなの荷物(シャベルやバケツ!)も分担で持たされる、 サバイバル登山に行くらしく、 「あぁ~ボーイなんか絶対あがるんじゃなかった!」 とこれまた悪態(笑 みると新品の60Lのリュックには、大人でも「へ?」という荷物。 その上、買ったままの状態にいい加減に物をつっこんでいて。 これではまず無理です、と荷造り&リュックのポジション調整開始。 最初はだるがってばかりいたが、さすが我が甥! 自分からアイデアを出して、詰め方や調整の仕方を考えだした。 できた~♪下山後は、親が山のふもとに迎えに行くらしい。 ・・・という金曜日のできごと。 みんながんばれ~
2009年10月24日
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ネパール出立まで後11日にして勃発した空港閉鎖(汗昨日確保できたタイ航空の振り替えのキャセイ便(香港経由)は本日中に追加約10万の入金必要とのことで、 結局キャンセル。 現在は火曜まで期限を伸ばせる下記のANAを確保中。 いずれにしても、振り返る場合はもう10万ほど足さないとダメみたい。。 Dec7 10:40 Kansai - 13:55 HongKong ANA Dec7 18:55 HongKong - 22:00 Kathmandu Thai Dec21 22:50 Kathmandu - Dec22 05:30 HongKong Thai Dec22 15:05 HongKong - 19:20 Kansai ANA This requires us \220,000.- until next Tuesday. ちなみに、BANKOK便の現在の無料キャンセル対象は、 30日出発までの便のみ。 今キャンセルするときっちりキャンセル料を取られる、というおまけ付き(泣 そんな出立(予定の)9日前 *** *** *** 10年通った店、最後の登板日。 そんなこんなで、仕事もまだまだあるし、 最終日の感傷なんてどこへやら、と思いきや、 歌っていると色々なできごとが思い出されて、 あわや演奏中に泣きそうに。 目の前に花束なんて置いてくれちゃったからには、さらに・・・ 何とか時間をまわって全部リクエストをこなすまでは泣かずに、 最後から何番目かのリクエスト、今年は無い12月のために 「ラスト・クリスマス」 最後の最後にいただいたのは、私にはこのリクエストが一番多かったと思う 「Honesty」 その後、閉店を知って、久しぶりに連夜来てくれたお客さんと 話してたらついに涙がでてきてしまった。 行ったばかりの頃、声の出し方もわからずに、 ただただ楽しくて歌っていたこと。 そしたら、喉がきんきんに痛んでしまったこと。当たり前だ(笑 何度、ささくれだった気持ちを休めてくれたことか。 このお店のマイクと鍵盤が全部拾って受け止めてくれた。 受け止めてもらったことの、ひとつひとつを思い出す。 どうしても心ゆすぶられる想い。 幸せなこと、苦しいこと、切ないこと。 いいことばかりではなかった。 ワースト2がどちらも今年のことだった。 2月にあった1つ階下の殺人事件、 7月の今もトラウマが残る友の出来事はまさに仕事に入る直前の電話で聞いた。 号泣しながら入って来た私にびっくりしたスタッフの腕を掴んでたたいて、、、 その日は歌ってる時間以外は全部、更衣室で号泣していた。 不思議なくらい、切り替わった。 体がフラフラでどこの筋肉にも力が入らない時でも、 歌い続けていたこと。 花粉に年々弱くなる体は、鼻づまりにも悩まされた。 実は、喉が痛い時より、鼻がつまっている時の方が、声にならない。 喉では歌わず、もっと低い所から。 でも、疲れてどんどん高くなってしまう声を どうしてもコントロールできない時は悲しかった。 全く声が出なくなったことは、一度だけあった。 風邪で無理して声帯が腫れ、ちゃんと閉じなくなっていた。 私のような敬遠されがちな人間(なんだか女の子っぽくないみたい)の 入り口を作ってくれた人がたくさんいた。 厨房のジョーク。 1人で毎日こんなとこへ来て、どうしよーもねぇーお客さん達(笑 みんな、アイシテル ^^*) ありがとね。 また明日ね~ 明日最後に日本語歌うよ~ ノーギャラだけどね~ とスタッフともお客さんとも声かけあって終電で帰ってきた。 全国にチェーンを誇った店の、最後の1店のため、 北海道から来てくれたお客さん(手土産に生キャラメル持参で)。 他の店の最後も「看取った」そうだ。 しっかり「看取って」こよう。 新しく踏み出す一歩のため。
2008年11月29日
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-just like the guy whose feet are too big for his bed ついぞ伸び止まらなかった身長がひたすら恨めしくて、 ベッドから足がはみでてしまうみたいに、 何にも自分にしっくりと来なさそうだった。 -I just did me some talking to the sun, なんでお日様がこっちを向かないのかと、 こら!さぼるなよー、と話しかけてもみたけれど、 そっか、 -the blues they sent to meet me won't defeat me. 雨ニモマケズ、そういうときは宮沢賢治を 文句を言って雨をやませることなど、言語道断。 女がすたる。 だって、 -because I'm free 私は、 私の心は、 自由。 -nothing's worrying me だから心配なんて。 しているくらいなら どんどん動かなくっちゃ。 *** *** *** 実は、10代の頃からの自分そのままの歌だということに、 改めて気づきました。 いつも "Because I'm free" の部分は、ゆっくりしっかり発音するのです。 シングルエィジ、9歳にして「自由になりたい」と言い放って、 周りの大人にコテンパンにされた異端児 Noir ちゃんへ、 これは、ここまでどうにかたどりついた、今の私からのエールのようなものです。 御代 Paul Newman を偲んで、今日は、この歌を、 ひとことずつ噛みしめながら歌ってきました。 奇しくも雨・・・ Raindrops are falling on my head and just like the guy whose feet are too big for his bed, nothing seems to fit those raindrops are falling on my head, they keep falling so I just did me some talking to the sun, and I said I didn't like the way he got things done, sleeping on the job those raindrops are falling on my head they keep falling But there's one thing, I know the blues they sent to meet me won't defeat me. It won't be long 'till happiness steps up to greet me Raindrops keep falling on my head but that doesn't mean my eyes will soon be turning red. Crying's not for me, 'cause I'm never gonna stop the rain by complaining because I'm free nothing's worrying me ※スティング、あさって木曜日の21:02~BS2で放送らしいです。 見たことない人は、ぜっっったいに見ましょう。
2008年09月30日
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京都でも滅多に足を延ばさない場所へ、ガイジンにかこつけて自分も観光に便乗。 Golden Temple 、Golden Temple、と言いつつ、あれ?「閣」は? と、ちょっと気になったので調べてみたら、正しくは、 Golden Pavilion ですって。 ならば、Pavilion って何? とも少し問い詰めると、 「閣」 1.御殿・見晴台など高く構えた建物 2.政治を執る所 3.内閣のこと 「パビリオン」 1.博覧会などの仮設の展示館 2.庭園などのあづまや 3.建物の別棟 ↑以上、大辞泉より ちなみに「スペースアルク」から借用すると、 shrine pavilions :社殿 floating red pavilions :朱色の浮き殿 roof pavilion : 屋上の楼閣 tea-ceremony pavilion : 茶道のためのあずまや うーむ。もとい。 「金閣寺」は何かというと、 1397年に将軍足利義満が建立した別荘北山邸。 なーんとなく解ってきました・・・? 「金閣」は金の舎利殿であって、あの建物自体では寺ではないので、、 ちゃんとイメージを伝えるならば、これはパビリオンだな、と、 そういう理論で、自分を納得させました。 英々辞典、実家から持ってきとこ。。。 朝から歩きに歩いて、最後は練り歩くガイジン軍団をせかすこともできずに、 本日のガイドリーダのM女史が16:30で清水寺は入れないかもしれない、 と言うので、ここは一番!この、にわか似非登山家のワタクシNoirが ひとっ走り、先に全員のチケットを買うために、2年坂・3年坂を大またに駆け上がりましたがな。 うん。まだまだいける(笑 結局18:30までに入ったらよかったみたい。 Mauiからお越しの留学生ママがrickshaw に乗りたいというので、 これまた人生の中で有り得ない選択のひとつ、「人力車に乗る」も体験。 なかなか楽しかった。 ちなみに、世界語 rickshaw の語源は、人力車(jinrikisya)がこう聞こえたため。 日本語からです。素晴らしい ^^ それにしてもよく歩いた。 いっそ山靴にしたらよかった。Geeeeeeeeeeeee... メモ:ママのお気に入り・・・山椒&玄米茶 付記:帰宅後、夜中便で2ケ月の長旅に旅立つPよりTEL。どうだった?京都とMaui Peopleは?と。 See you guys in Maui~~ b^^)
2008年07月07日
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桃子さんの本が届きました。中古ですがとても綺麗です。 雲というか、アラジンみたいにカーペットに乗って空を飛ぶ夢は 本当によ~く見ました。子供の頃。 小4の時「今一番ほしいものや願いを書きなさい」と担任に言われ、 原稿用紙の1行目に「自由になりたい」と書いた。 心に浮かんだままを率直に書いた7文字は物議をかもした。 今もそうなんですが、かなりの風来坊はその当時から同じ。 それを忌み嫌った母でしたが、 やはり頑固に本質は変わることができませんでした(ママ・ゴメン この本のタイトルはそんな心に、 ぐさぐさぐさぐさぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅっ・・・・・と めりこんでいったようです。 しかも「ノンちゃん」て! 著作集にしようかとも思ったのですが、 記憶に鮮明に残っているこの水色の装丁を手にしたくて、選びました。 そんな折、いの一番の姪のなっちゃんは昨日が中学入学式。 昨晩、義姉より送られてきた写真に、思わず、仕事場の更衣室で涙・・・ 晴れやかな笑顔が、いついつまでもピカピカでいられますよう、 心から心から祈ります。 叔母の方は、、、今日も所用でSuperガイジンのPと束の間の逢瀬。 小さなベンチに座って、先日メールで話題になった"I'm Old Fashined"を、 Pが「知らないから歌って」というので歌っていたら、 隣に座っていた酔っ払いのオヤジが嬉しそうに「ねぇちゃん英語できんのぉ~」 と話しかけてきて、3人で何やら楽しい時間を過ごしました ^^ 母があんなに嫌った風来坊の「ノンちゃん」でしたが、 どうやら私は、そんな部分をこそ気にいって何だか面白がってくれる人達と、 深く長く、つきあえるみたい。。 ノンちゃんの雲は30年以上たった今も、ふわふわ浮いています。 少女から思春期に、いよいよ足を踏み入れだしたなっちゃんを、 上から見守っていて、時々どうしようもなくなったら、 一緒に手をつないで、ふわふわと雲に乗ってみたいな、 なんて考えています。 - 桃子さん、本当にありがとう。 安らかに。 -
2008年04月09日
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エアロビ2日目にして、下から3つめのベーシックエアロ2に出る。(一番下が「はじめてエアロ」、次が「ベーシックエアロ1」 ここまでは時間割がグレーに塗ってある初心者向け扱い。それぞれに昨日1回出ただけ・・)一気に若い子が多くなってるよな・・・トレーナ「初めての方いらっしゃいますか~?」黙って手を上げたNoir。トレーナ「エアロビは、、受けたこと、、ありますか?」笑顔でうなづくNoir。序盤・なんだ変わらんじゃん。ダイジョブダイジョブ。中盤・ぬぉ~~ ピボットターン? 体力だけはあるんだけど・・・終盤・ぐぅぅっ~~・・・腐っても音楽家が泣けるほどのリズム感の悪さ。ぐぐぐ。でもおばちゃんらは輝かしい「ディスコ世代」。動き続けること・見よう見まねでもついていくことには、慣れっこよん。あ、八神純子(の「みずいろの雨」かな?英語版だった)やん!と反応していたのは、私だけやったかもしれん。。。結構、なってる音楽がツボにはまると、ステップなんか忘れて飛び跳ねたくなるね(笑そんなわけで、いずれは「アドバンスエアロ」(最高峰)でヒューヒュー~♪言いながら踊ることめざして。ほほほ ^^ *** *** *** = 業務連絡 = うちわのみなさまへ報告。 先週末より、ご近所のジムのホリデイ会員になりました。 鍛えるで~ 踊るで~
2008年03月16日
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1ケ月、またヨーロッパ行きでいなくなるPaulと、へたっぴぃな英語で、なんだかんだ結局3時間。 一滴も飲まずに。 この2ケ月、毎日のようにメールのやりとりをしてきて、 うわべは紳士的な顔しか見せなかった彼だけど、 いろんなやりとりから、一瞬、 とてつもなく冷たいか自分勝手な感じも実は受けてはいた。 それがですね。 氷解したので、とてもすっきりです ^^ あんた、結構、性悪やん(笑 最初はいつも通り、美しい話。家族の話。話題にしやすい話。 そして相変わらず「いい人」とほめる。ちょっと怪訝。ホントに思ってんの?... 出国まで1日置いて、珍しく明日が休みというので、 あえて長居して、もっと腹を引きずり出したくなってきた。 実際、実際、ホントのところ(日本のことを)どう思ってるのさ、と、 最後の方で食い下がった時、ついに彼は氷解しだしたのだ。 実のところ、何でそんな働くのかと思う、信じられん、 僕はescapeしないとやってられん、という彼は、 年に8ケ月しか日本にいないのだ。 ふつふつと日本を小ばかにすんな、という気がその前から湧いてきていた私は、 高度経済成長期の日曜しか休みのない父親に育てられた人間。 あの時代に頑張ってくれる人がいたから、今の日本や世界があるのだ。 西田敏行の「陽はまたのぼる」じゃないけど、いい物ができた過程には それこそ遊んでいては味わえない感動秘話だってあるのだ。 それをこそ気概と呼ぶのだ。 自分の長いサラリーマン生活だって、 何の変化もない、とそれだけで判断されてしまったらたまらん。 キャリアアップ、旅行、したい勉強、歌いたい歌、 口うるさい親や周りに負けずにやってきた自負だってあるのだ。 日本人だって工夫して楽しんでる人はいっぱいいるのだ。 わからなけりゃイマジネーションでも働かせてよ、とばかり、 モーレツなファイトで、ババババーーーーーーーーッとまくしたてたら、、 彼、、とても疲れた顔をしてました(笑 でも、まぁいいわ。いいねん。これで。 10年以上日本にいるのに日本語を覚えようともしないのもおかしいし。 (それはちょっと陰険なので言ってないけど ^^;) 敗戦国は英語苦手やけど、負けてもニコニコして 英会話学校にお金払ってるだけじゃないのよ。 なんだか最後は2人ともクタクタな顔して、 私-OK, I'm glad to hear that. I wanted to ask what you honestly think... はて、どこまで伝わってるのか、と思うけど、 90%は解ったというので、お互い様ね、と言うと、 一番悪い10%を解らなかったことにしようと言われた。 さすが。 次はどこに(旅行に)行くの?と言われて、No plan!と言うと、 No Plan!? Oh, No... Bad plan is better than no plan. と言うので、 Bad English is better than no English. と最後は一本返しておきました。 でもね、ちゃんと腹を見せてくれて嬉しい方がかなり大きかったな。 はぁーすっきり。 *** *** ***敗戦国の敗け女の小ちゃい報告。 '08.01 TOEIC 885点 '08.02 英検 準1級 合格苦手を克服して今一歩頑張りましょう b^^)
2008年03月05日
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●1/31(木) -社の研修センターの愛称応募の賞金が10万円だということと、 いまだ応募数が20数点しかないことを、締め切りのこの日になって知る。 夕方、急いで頭をひねって3点考え本部の女子へ打診。 結局、+その応用形と合わせて8点、女子4名の連名で出した。 来い~~~っ!! -この3月で着任2年になる上司から、わざわざ呼ばれ、薄い冊子を渡される。 「これを読めば僕が何をしてきたかわかるから」 とはこの人らしい恥ずかしげもなく自己顕示欲むき出しのセリフなのだが。 小冊子のタイトルは『i○ードと呼ばれる前』。 読まれていた方もいらっしゃるかもしれないが、某ビジネス誌で 2002~03年にわたり12回連載で掲載されていたi○ード誕生ドキュメンタリー。 彼はその影役者の1人なのだ。 ワクワクした。 自分の手元に、どの時代にどんなポケベル・携帯・PDAがあったか、記憶をたどりながら読んだ。 「どんなに技術が進んでも、その流れを導くのは人のきずなであることに感じ入った。 「人と人のつながりが技術の方向性を決める。技術ってそんなもんです」」 他にも印象に残った言葉がいくつか。 時代の面白さ。もの作りに夢中になるまっすぐな鼻息。素晴らしい。 ちなみにNTTのi○ードは99年2月発売。 私と来たら、2000年5月にやっとメール付きの携帯に変え、 WEBを使いだしたのは、ようやくツーカーを卒業してauに変えた去年07年6月というカメぶり。 ●2/1(金) 前日記の事件。http://plaza.rakuten.co.jp/coooldoown/diary/200802020000/ 時間が逆に戻って、彼のお手洗いが3分ずれていたら。何がどう変わっただろうか。 そんなことより根本的な世のずれを時間をかけて修正すべきなんだろう。 ●2/2(土) -チェロのレッスン。ありえん。でも諸事情によりひとまずそういう理由で シアトルから来たスパニッシュ・アメリカン、Bに会う。 チェロもそこそこに、どうやら様子のおかしいBの好きなラーメンを 食べながら話すうち、これまた諸事情により、「うち来る?」ということになった。 シアトルにいるBのママがOKすれば、3月の頭まで保護者になってしまうかもしれません。。。 でも中華料理屋でもお皿をきちんと片付けて、 「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀をし、 「Noirさーーん」と帰りに2回も忘れ物じゃないかと追いかけてきてくれ、 ママをものすごく尊敬してる、というBは、本当に可愛いTeenager。 礼儀正しくて日本が大好きなこの子は大丈夫、とみた。 -マンションまで帰ってくれば、マンションのまん前でカートを引いた 真っ黒な女性が何やら若い女の子に尋ねてる風。 何を言ってるのかよくわからないという応対だったので声をかけると、 「ホテルをさがしてる」と言う。 エアフラがキャセンルされ、フライトが2日伸び、なぜか京橋まで戻ってきたらしく。 なぜ?と後できくと、天王寺・梅田と選択肢はあったけど、 Why not 京橋?!だそうだ。京橋行かんでどうすんのよって感じ。 結局うちにあがってもらって電話帳で7000円の宿を見つけとってあげたら、 えらい感激してくれて、色々話した。 医療器具のconferenceで奈良に来てたらしく、lazer→opticalに移行している 現在の医療の最先端を日本が走ってるそうだ。 「ナハに行ってた」というので「沖縄?」と2回聞いてしまったが、 そうだ、フラ語発音。「ナガ」のように聞こえたのは「奈良」でした。 いつもその辺にころがしてある紙風船の地球をプッと膨らませて、 「どこ?」と、ニジェールという出身国の場所を聞くと、 教えてくれたのはナイジェリアのすぐ上だった。 12年くらいフランスのボルドーで仕事をしているらしく、 美人なビジネスウーマンだった。 冷たい雨の中、重い荷物を持ち歩く彼女をホテルまで送っていった。 味噌汁が好きらしいので、「フランスって味噌売ってるの?」と聞いたら、 「あるよ、日本食レストランで食べる」と言う答えが返って来た。 味噌がお店で買える、というのが信じられなかったらしい。 すでに彼女の荷物は大変な重さだったので、なら、ドライの味噌汁を買うといいよ、 と、「ジャパン」の場所を教えてあげた。 うまく買えたかしら。 20代前半から、海外に旅するたびに必ず現地の人達に助けてもらった。 窮状であるときは涙がこぼれ、楽しい時間をすごせた時は旅の醍醐味を味わった。 それは、いつか返す時が来るんだろうな、と思っていた。 その時が来たのかもしれないと思う。 できるときには、惜しまず、当たり前に、また楽しんで、やりたいな。 生きているということ いま生きているということ 人は愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ
2008年02月03日
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2/1 22:15 事件の時間に、ちょうど真上の階で、私は何事もなく休憩中でした。 仕事が終わった23:00過ぎに何かただごとでないことが起こったのを知りました。 下までお店の人が護衛して一緒に降りてくれました。 非常線がはられ、誰も入れない状態になっていました。 お店の中でお客さん同士がもめたのかたと思っていました。 状況を知りショックです。 助かってほしかったです。 人の命は明日は知れないものですが、そんなに簡単に・・・ ただただ黙祷です。
2008年02月02日
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PM8:30。 一応はレディの私一人を残して帰る気遣いからか、 最後の一人が、『最近はまってること』について暴露して帰っていった。 今度誘ってくれるらしい。 ダーツに。 どうしても面白いとは思えないんだけど(笑 *** *** *** 一人でイジイジ、英語とにらめっこしてるのもなんだか悲しくなって来た頃、 夕方入れたメールの返信が届く。 送り主は、貿易実務のエキスパート。 本人は謙遜して「一応」オールマイティ。 「一応」とは、レベルはそんなに高くないけれど、 ひと通り全部OKということだ、と言う。 入社時、まだ、決まった国の決まった商品しか、 海外との取引はなかったころから、彼は海外業務に携わっていた。 私は、希望はしたけれど「今年はその部署の採用はありません」ということで、 『OA』という言葉が存在していた頃の、 つまり『オフィスオートメーション』部に配属された。 貿易業務に未練はあったけれど、 なにせ各社、専任のインスト・レディ達のいるOAショールームを持ち、 展示会といえば、一等地を借りてコンパニオンを雇い、お食事付きで、 という華やかなりし時代だったのだ。 コンピュータに注力するうち、英語はミゴトに抜けていった。 ここ数年、やっとうちの会社も半導体を中心に海外との取引が多くなり、 元々、海外駐在員でさえ英語よりは押しの強さ、で売って来た、当社ゆえ、 あまりやる人がいなくて、たまたま4年ほど前に半導体の機密保持契約を 最初に訳してあげたのが、Noirと英語の再会だった。 と、ここで、例のメールの送り主との隔絶していた距離が、 何となく近くなってくる。 同期入社時、地味で、ぶっちゃけ体型はまんまるく、メガネをかけた暗めの人、 と、実に偏見に満ちた印象しか持っていなかった自分は本当に情けない。 長い間、話をする機会もなく、どんな人かも知らなかったけれど、 今年になって、はじめてメールを交わすことがあり、 拍子抜けするほど、肩の力のぬけた、愉快な人であるかが解った次第。 今日は、夕刻に、1時間ほどの貿易実務講座があり、 その時、みんなの前では聞けなかった、少しつっこんだ内容を 7時くらいにメールしておいたんだけど。 1.まずは質問の内容について相手を褒め、 2.それから経験・知識とちゃんと調べたことを混ぜた的確な回答をしてくれ、 3.最後に軽い笑いを混ぜる、 という、実に気持ちのいい応対をしてくれて、ひたすら感激。 最後に、 「ハヨ帰れ」 と一言だけのメールをよこしてきて、 イジイジ一人ぼっちだった事務所で、Noirは声出して笑い転げてたのでした。 もともと若年寄な見かけだった彼は、今になってむしろ可愛らしいおじさんになっていて、 きちんとやってきた自信が、誇示しない分だけ、しっかりと見えて、 とてもNoirをなごませてくれたのでした。 衒わない自信はステキだな。
2007年12月26日
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昼休み、にこにこしながらヤツが、休憩室に入ってくる。 「なに? にこにこして~」 「だって気持ちよかってんもん ^^)ニタニター」 クスクス クスクス クスクスクス・・・ ^^*) 昨夜の、久々のみんな(音楽部)との演奏のひとときは、 この上なく楽しく、 それぞれが それぞれに 今日1日ひきずっていたと 思われる(笑 *** ここ↓から夕べの回想 *** 実は17:30リハに制服めがねのままで行った後、 一旦会社に戻って、19:30位まで仕事してて、 パーティ参加は途中からでいいやー、ご飯食べなくても 演奏に間に合えばいいやって感じだったんだけど。 会社の更衣室で髪を巻いて衣装チェ~ンジ。 ラインストーンのキラリ靴に履き替え、会場に着いて2時間弱、 普段なかなか話せない他部署の顔見知りの人々と、 それはそれはガンガン喋って喋って、 他のバンド演奏にやんやの拍手声援送って、 最後の自分達も番が来る頃にはもう楽しくて楽しくて、 ガシガシ弾いて、ソロで歌まで歌って、 ついでにピンライトと満場の拍手まで貰って、 なんか、たぶん一番楽しんだかも(爆 片付けも、帰りの初体験「すき家」の牛丼も ^Q^) しかしそれにしても、うちの部署はほとんど参加していず、 フロアにいると、昨日なんて何もなかったようなのに対し、 エレベータや、フロア外に出ると、 「あ゛~っ! 昨日のっ」 状態で、まぁいいんやけど、白けてるなぁ、うちの部署・・・ てか、自部署の今の乗りに白けてるのは私の方なんやけど。。 サブイ元気はいらんのやけど。 とりあえず毎朝「スマイルスマイルスマイル!」て声合わせて言うのだけは どうしても参加できんし(泣 *** あれ?↑最後はグチじゃん ^^;) ***
2007年12月20日
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小さなもめごとを、 放置して音楽を楽しくなくしてしまうなんて、 おろかなことだ。 それを気づかせてくれたのも音楽で、 あぁそうだ、と、切り替えると、 もめて停滞させることなんかより、 もっといい案がフツフツフツフツと湧いてくる。 うん、これで行こう、これならOKしてくれる。 そう思ったら、23:30だったけど、 きっと明日の準備でまだ設営してるはず、 とTELしたら、やっぱり。 「今みんな帰ったんで、僕一人ですわ~ もうちょっとです~」 「そう、お疲れさま。あのね、明日のね・・・」 日曜夕方から丸2日ひきずった重みは、 ふわっと羽が生えて、今、明日の晩のための羽づくろいを始めた。 というわけで、日曜の練習の最後にプイッともめて以来、 もよもよとして睡眠不足にまでなって、 もういいや~と捨てかけてましたが、 明日の私にとってはすごく久々の会社のクリパ@会社の近所のホテル、 久々のみんなとの演奏、楽しんでこよう。 日曜の晩、おかげで半ば自暴自棄にカラオケでがなったおかげで、 つぶれてしまった後、吸入器で養生して、 妙にかすれと丸みが出た声は、 今日はなんだか心地よく、 それがお客さんにも伝染したみたい。 「ほっとするわ」と一人客のお客様。 「歌声、ステキでした」とわざわざ背中から呼び止めて下さった女の方。 それに、黙ってにこにこ聴き入ってくださったお客様。 ありがとありがと、私も今日はとてもほっとしたよ。 また音楽に借りがひとつ ^^
2007年12月18日
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脳内が、カシオペア~ になってます。 くぅ~ 80年代エナジー(笑きっかけは、BS2で今週4日に渡って放映されていた、9/20-23に行われた国際フォーラムでの東京JAZZなんだけど。といってもカシオペアは後で調べたら去年8月に活動休止を宣言したらしく、http://www.casiopea.co.jp/oshirase.html東京JAZZで聴いたのは、これも出演が意外でしたがT-Square。あの名曲、OMENS OF LOVE。そんな曲はすっかり忘れていていたのに、聴いた途端、なんかばかみたいに、TVの前でボロボロ泣いてしまって。それでさっそく探すと、出るわ出るわ・・・カシオペアとスクエアは2003年に「世紀の」と言われるジョイントをやってたこともはじめて知った次第↓OMENS OF LOVE♪http://www.youtube.com/watch?v=VqMoIUR_D9Mこのシンセの前奏、この2日で何回聴いたか。ここだけで、最初は涙が止まらなくて。。↓こんなのもあった。伊東たけし若~ぃ(1985年)OMENS OF LOVE♪http://www.youtube.com/watch?v=GDLWFD68jiAみんな私より少し上の世代の人達なんですが、うまく歳を取って、しかもみんな元気で今も演奏していて。うまく歳を取る、というのは、その人をよく知ってるわけじゃないけれど、顔を見ればわかるというか、うまく若い頃のカドが取れて、ひとつスポンと抜けている。決してくたびれているのではなくて。そんな感じがすごくステキだなぁと思う。2003年のと比べると、ジョイントしてること自体もそうだけど、歳取ることもすごくいいなぁと思える。ちなみにカシオペアの80年代はこちら↓looking up♪(みんなお肌ツルツル~ ^^*)http://www.youtube.com/watch?v=Yumfa3-WEXQ神々しい fight man♪http://www.youtube.com/watch?v=A4yxQ1OX_GEそう言えばこの間お客さんに、京阪電車つながりで、「カシオペアのキーボードの人が電車の出発の曲作ってるんだって」と言われて、へ?向谷さん?なんで?と思ってたんですが、謎がとけました。すんごい鉄っちゃんで、プレステの電車ゲームまで作ったんですって。↓向谷実の鉄道と音楽がいっぱいhttp://mukaiya.cocolog-nifty.com/mukaiya/京阪全駅の曲をつなげると1つの曲になるらしいです。ちなみにこの間、京橋で耳をすましましたが、構内放送とか人がうるさくてよく聴こえませんでした(笑 *** *** ***やっと涼しく秋らしくなりましたね。風邪はやってますが、みなさん気をつけてね。昨年のちょうど今頃は、くしくも同じ東京国際フォーラムにジョアンを追って2往復しましたっけ。ポル語はすっかりおやすみモードですが、ボサはほんの少ーしずつでも動かしてますよ ^^音楽と言葉と旅が、私のビタミンみたいです。あ、酒と人と食は、その前に血肉(笑
2007年11月03日
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はじめてやってしまったよ(笑 オフィスのマイデスクのパソコンから。 無事終了~ ^O^)/ はーすっきりした。 終業後、晩の仕事に一旦行ってから帰ってきてやったので、 この時間になるのは、止むえなかったんだけど。 守衛のおじさんが12時半頃、 「泊まりにしときますねー」 と言いに来てくれた。 いつ帰っても防犯が鳴らないように、 セキュリティを外しとくんだって。 私以外にもう一人、今夜は泊まりがいるらしい。 そんなわけですが、ここのところものすごくハイテンションで、 今夜も歌ってる間も元気元気で、 帰ってきて仕事も、何の苦もなかったのですわ。 この「躁」が実は怖かったりするのですが(笑 さて。 ともあれ。 こんな時間に民家外れたオフィス街で、外に出るのも怖いので ちょっと更衣室で仮眠してから、始発近くで帰ろう。。。 みなさん、良い連休をね。
2007年09月14日
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水曜晩、週末の結婚式で着る着物の小物を取りに実家へ。 クーラーのない2階の部屋で、 押入れにしまった桐の着物入れの中身を引きずりだして どこだどこだと探していたら、 母も2階に来て、自分の着物の引き出しを、がさ入れしだす。 別に今でなくてもいいのに、 横でブツブツ、 だいたいあんたがどんどん私の場所を占領していった、 だの、 文句をいいながら、 (ここで私は、 「何言ってるんだか。。 私が着付けでもして、着物箪笥を開け閉めしないと、ただの虫の巣屈だったものを」 と思って黙っている) あ、これおばあちゃんの昔のやなぁ~ だの、 わぁ、かぁさん、これ、よう着たわ~ だの。。 くっついてきて横でごちゃごちゃやってる。 たらたら汗かきながら、 私はなんとか目的のものは見つかり、 母は思っていたものを着物箪笥から祖母の形見の桐の箪笥に移し、 1時間強で切り上げる。 なんだかそれは、楽しい時間だったのでした。
2007年09月08日
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8/11(土)晩に塩尻入り。 8/12(日)御嶽山登山。 8/13(月)寝覚めの床はじめ木曽路プチぷらり →18時帰阪後、晩は大阪にて所用。 と短い旅でしたが、とてーーーも充実した素晴らしい旅でした ^^ 膝痛・腕焼け(半ば火傷・バカ~)も、少しはおさまり、 山からいいパワーもらったので、 盆休み後半、せっかくお昼間の休み、 大事に充実させていきたいな。 みなさんもどうぞ、お盆休みのある方もない方も、 ステキな夏をね。 ↓写真はすべて御嶽山より ●8~9合目の間。神の山だけにお地蔵さんや鳥居が多い。 ●9合目山小屋を見下ろす。 ●二の池。頂上間近、突然開ける視界に現れる。●三の池。これまた突然視界に入る瞬間、圧巻。
2007年08月14日
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7歳の去年、物心ついて初めて会った父親を前に 普段は困らせるほど食べることに執着がないくせに、 おかずも食べず必死になって白ご飯を口に入れては、 「おかわり!」と、何度もお茶碗を突き出す甥 と、 初めて娘に座薬を入れてもらわないといけなくなって、 「かっこわるいなぁ、かっこわるいなぁ」 と背中を丸めて目の前に寝転んだ父 と、 6年ぶりに会ったのに、 こちらが一言のイヤミをぶつける間も与えず、 ビール缶をひっきりなしに開けては、 自分と妹のグラスにつぎつぎ、熱く仕事を語り続ける兄 とまぁそんな土日。 あぁ疲れた(笑
2007年08月06日
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知らなかったとはいえ。 5人まで一度に送れるというので、 何も考えずにあいうえお順に5人ずつアドレスを送ったのですが。 今朝、A氏より 「●●さんに間違って変更受け取りメール送ってもた」 というメールを受け取ったので、●●さんって誰?と思ってたら。。 A氏と●●さんは全く面識がなく(●●はメアドの一部)、 接点は、昨日Noirが送った5人の中の2人ということ。。 そこではじめて、まとめて送った5人には 他の4人のアドレスがまともに見えていたことを知る。 ひぃ。 ごめんさーーーーい。 パソコンのメールのことを考えたら当たり前なんだけど、 何せ私は、昨日までツーカーのしかもEZWEBさえ使わない、 スカイメール・ユーザーだったんだもの。 メアド変更ってよく貰うけど、きっと登録ユーザに 一括送信できるんだろう、と普通に本気で思ってた位だし。 あわてて、送信履歴で、どういう5人をグループにしていたのか確認する。 ニアミス(何がニアミスなんかわからんが)はご法度。 汗(笑 でもこの2人、ステキな解決をしてくれました。 ●●氏、間違いメール受け取り後にすぐA氏に 「私は57歳のおっさんですが、お間違えですよね?」 とメール。 A氏、すぐに謝りメールを入れたらしく、 ●●氏に私からも謝りのメールを入れると、 「そうですか。気にしてません。丁寧に謝られて感じよかったです。 57歳のおっさんより」 と返ってきた。 お2人の大人な対処に感謝感謝。 そして、昨日メールした方々、 本当に本当に、申し訳ございませんでした m(__)m
2007年07月19日
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いや、私は感謝される側なんですけど。ついにツーカーを解約して、auに移行。ツーカーがサービス終了2008年3月末を発表した昨年末から、変えろ変えろ攻撃はすごかったのですが。事務手数料無料になり、4月~ほとんどのau機種がただになり、6月~1ケ月目の基本使用料も割引になり、、 そろそろ潮時。親の分も回収して、本日をもって長いツーカー時代にピリオドを打った。13年前といえば、1994年。その翌年の震災の後、携帯電話が急速に普及した。今から考えたら、グレー一色の分厚い携帯でもその前の高価で大きな自動車電話に比べれば俄然一般向けで、実家の電話権がほぼなかった私は、個人携帯を持てたことで、ホントに開放された。もちろん最初はメールなどできず、バイブもなく、平気で電車の中でぴこぴこと鳴らしていた。メールが2色ズリでできるようになり、折りたたみ式が主流になり、、ここくらいまではよかったが、カメラが使えるようになり、着メロなるものがはやり、WEBができるようになり、TVが、、おさいふケータイが、、iPodの代わりにも、、と、なると、いや、そこまではいいんですが、、という感じで、長いこと、シンプルでいたずらメールも来ないツーカーを愛用し続けていた。一生ツーカーでいいんだが、、と思いながらも、時代の波に勝てず、しぶしぶ変えてもらうと、、まぁなんと! 使いやすいこと!それにあのツーカーの選択肢のせまさとは比べ物にならないし(笑極めつけは、EZWEBも使わない、原始人間だった私は、なんと、電話番号の後ろに@sky.tkk.ne.jpと、超レトロなアドレスだったんですよねっ、ご存知のみなさん!(ツーカー同士とvodafoneとは、スカイメールで充分だったし)タイトルも入んないから、待ち合わせ勘違いしたりね~ちゅうわけで、執着してピーピー泣いてた子供が、あっという間に切り替わるみたいな。そんな感じ。
2007年07月18日
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緊張して楽しくてあっという間だった ^^;) ついにはじまった。長年の禁をやぶり、満を持して、「職業訓練給付金の上限がまた下がる」の言葉にフラリとなって、「英会話教室に通う」という日々が。5月末に本気で通う気もなく受けたレベル分けで、中級のビジネスがいいのでは、と促されて、その後、日程とクラス編成調整の末、たどりついた、私のクラスは今のとこ2人組。 相手は30代前半の忙しい男性、というので ものすごい神経質そうな語学オタクか 怖くてまじめそうなビジネスマンだったら イヤだなぁ。。と懸念していたら。 体育系で、昼間は作業着だからと平服で、 カラッとしてて、レベルもドビるほどすごくなくて、 ほ~ 面接の時のニュージィ人、S氏が1回目の講師だった。 無責任なフリースピーキングや、 会話のために捻出する週末の予定話も必要なく、 ロープレ、ストーリーテリング、などなど、 話すこと、創ること、考えること、 楽しくて楽しくて、、 さすが高いで有名なB校♪ 質問に答えるより質問を創る方がむずかしい、 という理論があるらしく、 写真と会話文を見ながら、質問を各5つずつ。 さっさとしないと1コマ40分はあっという間。 3人の年齢はいくつだと思う?と聞かれて、 ぉぉ~、、年の順はA,B,Cだけど、 女性の年齢を言うのは失礼なので、言わない。 ただ、こっちの彼は髪の後退具合(fall out だそうだ) からして、でも若く見えるので、、35くらいかな。 まぁ遺伝だろう。。 なんてとんでもない話をしたら、 お相手の体育系君も負けずに、 このセータは彼女に似合ってるけど、ちょっとデカイよ。 だの、ニュージィ先生も負けずに、 How are you? と欧米人に聞かれて返事するのも人によりけりで、 僕の姉はそんなの嫌いだから Terrific! と言うよ。とホントにTerrificな顔と声で言うのでおかしい。 英語ではBody language が60%、でも日本語では20%。 その差40%は言葉の丁寧さに。 つまり英語では言葉自体よりも言い方が優先。 日本は表現はほとんどフラットでしょ。 と言われれば納得するけど、 なんかガイジンにそういい切られると反論したくなるね(笑 だだーーっと駆け足の40分2コマ。 あ~ 楽しかった ^^ まだまだ緊張してるけれど。 このまま知的好奇心と楽しい時間が続きますように。 1年後、目標に到達できますように。ガハハと笑いながらがんばろう。
2007年07月09日
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昼休み、久々にカイピへ避難(笑 最近、 インドカレー(辛酸っぱいピクルスとチャイが最高) ベトナム料理(ワンプレートもしくわフォーに決まり) イタ飯(ピザの焼き釜を眺めながらカウンターでパスタ) と色々避難場所を開拓。時に店の人と軽口たたきつ、まったり。 切り替えはこれが一番。 昨日は健康診断のおまけで付いてた寿司屋で、 威勢のいいお店の人と喋ってるうちに コーヒーをごちそうになってしまった ^^ 今日も今日とて、入店するなりBGMは珍しくジョアン♪ ムケッカを頼んだ後、持参した本を読む気も失せ、 しばしジョアンに聴き入ってたら、うるっと・・・ いつも色んなブラジル音楽がかかっているけれど、 ボサノバなことは少なくて、めずらしいね、と言うと、 ママ、私の時は最近ジョアンよ~お昼はこの位がね、いいわ、と。 教授の話、憶えていてくれて、前の話の続き。お世話になったF女史、毎月カンタの日には出没して軽いサンバを歌ってみんなを喜ばせているらしいことを知る。今度こそそのうちカンタの日に出没するよ~ にこやかに手を振るママに送られて、午後の現実に戻る。 *** *** *** 小さな状況の変化が心を揺さぶる日、 いつもより多感に音楽に向かっていく自分に 半ばで気づき、驚く。 才を恵まれなかった人間は、 こうして、実生活の経験値を豊かにして、 体の隅々の細胞から絞りだせるようにと、 せめてそのような人生を、 与えられているのかもしれないな、 と、 そんなことを考えながら、 最後に選んだ歌を心の中で歌い続けていた夜道。 People, people who need people are the luckiest people in the world はじめて聴いた時がいつだったのか その時から心を射て離さない極上の曲。 やっと少しは歌えるようになって、 こんなに穏やかな気持ちでこの歌に向かえる この幸せ。 現実でも逃避でもない現実夢。 もっと ずっと 歌っていけますように と密やかに祈った2007年、雨の季節の蒸し暑い夜。
2007年06月19日
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お父さん、父の日、おめでとう~・・・と遠くから気持ちだけ叫んでおこう(笑きっと今頃、可愛い孫達と、今や無くてはならぬ生涯一の伴侶と一緒に、料理上手な義姉の愛情料理を囲んでいることでしょう ^^ *** *** ***ちょっと古い話になりましたが、旅行記&写真がぼちぼちと縦横に延びてってまーす。ここから→http://www.geocities.jp/noirworldwide/ ね~(たまには本館トップもヒットしてあげてー(笑))ま、ちょっとずつね。
2007年06月17日
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とりあえず。。http://www.geocities.jp/noirworldwide/LAS1.htmlhttp://www.geocities.jp/noirworldwide/LAS2.htmlカメレオンの写真はクリックしないようにね。リンクページ作る前で力尽きた(泣まだ本体とリンクしてません。またボチボチアップやらリンクやらします。。腰が痛くて痛くてもうダメ~このブログ時代になんと原始的なねぇ。。でも確実にログが残る安心感は否めないね ^^まぁアルバム代わり。あいかわらず字が多いけれど、お時間のある時にでも~
2007年05月20日
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何と言っても今回は懐かしの「伊丹から海外旅行」。20代最後のイギリス1人旅が最後だったと思う。。関空便がとれなかったのでたまたまなんだけど(成田発へ乗り継ぎ)、 何か嬉しいな。それと、A4の紙の束! 今やネットの恩恵で、メールで何でも送ってきて、 プリントアウトして持ってってね、なので、 航空券もホテルバウチャーもショーのチケットも 全部まだただの印刷されたA4用紙。。変なの。。 際になって晩はトラ入るわ、会社の方はややこしい仕事入るし、、先週今週バタバタで、おまけに机に張り付いていたので、腰痛がひどくなって、ついに今日はまっすぐ立つのが難しくなり、、何とか行く前に、と今日、整骨院にすべりこんでほぐしてもらい『やわらぎ骨盤ベルト』なるを頂いてきたので、少し安心。長時間のエコノミーに耐えられますよーに。カジノの椅子にも長時間・・・は座らんか(笑アリゾナでしっかりアースして帰って来ます ´~`*)みなさん良き休暇をね。 あ、休暇でない方は・・・がんばれ `▽´)φ
2007年05月02日
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http://2sons.gyao.jp/ おぉ~ よかった~~ ´O`)/ あぁいう音楽はセルタネージョって言うらしいですね。 来日したことまであったとは驚き @@) 少年時代のミロズマル役、ダブリオ・モレイラ君は 演技未経験の地元の少年だったようですが、 彼の腹の底、心の底、体中から天に伸びていくような 歌声にひたすら感激しました。 この映画はすご~い。 鼻じゅるで映画館出ました(笑 ブラジル映画、バンザイ♪ あぁ、そうそう。 ナビオ8階のTOHOプレックスの映画券あれば 7階のレストラン街が10%引きって知ってた?
2007年04月18日
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むろんワタクシではなく。マイ・ポル語フレンド、Kazumiさんの「イタリア遊学日記」(05年9月から06年8月)が、只今、にわか「ブラジル遊学日記」になっていますよ。3月半ばから1ケ月のホームステイ期間を終え、只今ブラジル国内周遊中~楽しい写真・素晴らしい風景がいっぱい。特にポル語関連で来られた方、どうぞ旅してみてください~
2007年04月16日
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今のところに住民票を移してはじめての選挙。先日入った選挙公報にみおぼえのある顔が。あの「船○太郎」氏。あっら~久しぶり~実は出身高校が一緒だったりする。ところで、10歳年下の子に「船○太郎って知ってる?」と聞いたら、???だった。。。 *** *** ***期末。 期初。 そんな季節。いろいろあり。 食・酒・言葉・思い・時間・始まり・人・暖・温・恩・音・湯気・結・遥か・家・庭・輪・和・・・自分の育てられるものを育てていこうと思う。
2007年04月08日
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ものすごくタイムリーな話題なんですが。 こんなもの↓がグランドキャニオンにできたと聞き、 え~どこに~!? と思いましたが。↓を見て、あぁ、そうだろうなぁ、、、という感じでした。。 http://bitsandpieces1.blogspot.com/2007/03/skywalk-officially-opens-next.html ここ↓を読めば納得されるかと。 http://www.lvtaizen.com/sight/html/gc_west.htm (「ラスベガス大全」より:タイトル「擬似グランドキャニオン」はここから拝借) これがあるのは、ウエストキャニオンの方で、 もしグランドキャニオン・スカイウオークとして売れば、違法っぽいと思います。 グランドキャニオンは国立公園なので、こういうものに許可を出すとは、ちょっと考えにくいです。 でも実際、おぉ、そうかキャニオンか、と、わかんなくて行く人も多くて、 それでもそれなりのすごさは味わえていいんでは、観光とはそういうもんでは、とも思います。 それと上の「ラスベガス大全」にも書いてありますが、 グランドキャニオンの「ウエストリム」は国立公園の西側を指し、 これは本当のグランドキャニオン国立公園です。 同じ言葉が、このグランドキャニオンウエストを指すことがあるので要注意です。 上の方のURLの下の方にある「More picture of the VIP opening」のリンクからもわかるように、この SkyWalk は完全にグランドキャニオンウエストですね。 リンク先↓ http://www.grandcanyonskywalk.com/Japanese/home.html (「家」:翻訳ソフトにありがちな迷訳(笑)) ・・・とここまで熱を入れて書いてしまったのは、 やっぱり私が18年前に見てきたものは、そんな安っぽい観光地じゃない!! という思いがあったからなので、ここははっきりさせておきたい。 グランドキャニオンウエストは、たぶん今は、 ラスベガスから本物のキャニオンよりは近く、 ラスベガス客の昼間のアトラクションとしてさまざまなツアーを生む、 まだ国の手の届かない今のうちや! 的、ドル箱。 インディアンとご飯を食べよう、とかあるんだよ。おいこら。 でも私個人的にはスカイウォークはやりすぎだと思います。 やりすぎに対しては、もしかして神の啓示があるかもしれません(怖 で、ここまで言っておきながら。 この5月に行くのは本来ベガスでゆっくりの予定だったので、 前もって了解した上で、おまけ的感覚で、 キャニオンまがいでもヘリに乗って谷を下れるのは圧巻かな、と、実はベガスからの「キャニオンウエスト」行きの短時間ツアーに乗ることにしたのですが(泣 【言い訳】 だって、、アンテロープとザイオンは行っておきたかったし、 それを一泊バスでくるとまわると、キャニオンに近づいとくには それしか時間なかったんだもん。。。ブツブツ。。。 本当は車でのんびりまわりたかったさ・・・ 【初公開!】18年前(いつの間に!)の「本物の」方のキャニオンの夕日。おまけ:同時期のレイクパウェル
2007年03月24日
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いまいちダウナーな週明け。どうやら週末に張り出されたらしい人事異動の話で昼休みはもちきりになるのはわかりきっていたので、考えただけで吐きそうな時間から逃げるように、てくてく歩いてカイピリーニャへ逃亡。心配になるほど空いているけど大丈夫、週末ともなれば、ブラジル音楽ファンが集い、cantaの日には、みんなが好きに歌うブラジル酒場なのだ。ぼんやりポル語歌に耳をかたむけながら、寒いのでムケッカ(鱈とエビのトマトとココナッツミルク煮)。干し鱈なんて、、、と前は思っていたけれど、これがだんだん舌になじんできて、今や郷愁すら憶えるようになった。ほぐしながらトマトココナナッツミルクをご飯にからめながらなんとも言えずほっこりする。特に人が少なかったので、チャンス!と思い、ずっと聞けなかったポル語のK教授のことを聞くと、4~5ケ月見てない、某カルチャー教室は終わったみたい、という。あぁ、とうとう。。去年の1月に申し込んだ応用クラスが人数足らずで閉講。その後どうなったか、気になっていたが。こっちに出てくる言い訳がなくなったってブツブツ言ってたけど、また中津の方でされるみたいですよ。とチラシをくれた。おぉ♪教授~もちろんサンパウロの超キュートな才女・F女史の名前もあった。ずっと書こうと思ってほったらかしていたメールを送った。教授のおかげで、束の間、充実の昼休み ^^そして、素朴な「おめでとう」を、シンプルな人たちから頂いて、静かに豊かに心が満たされていった、素朴でシンプルで静かで豊かな、○○回目の319、ミュージックの日。生を受けた大切な日。ありがと。
2007年03月19日
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照れつつカミングアウトすると。最近はこの方↓が増えた(笑http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/geinou/200703/graph/14_3/キャメロン~♪似てるらしい(大笑 そか~レッドカーペットか~ま、頭バーコードのチビデブ体型のおじ様をスティービー・ワンダーに似てる、と言った我が友の審美眼に平伏したこともあったくらいだから、「似てる」にも色々あるってことで。数年前は絶対、香西かおりだったんだけどなぁ。20代のもうちっとぽちゃっとしてる時は、洞口依子とか田中美佐子(これは言い過ぎ)とか~参考:10代は柏原よしえ(これはちと違うと思うがおおむね、1.目と目の間離れてる。2.顔全体が平べったいだいたいこれがポイントみたい ^^;)最近は3.首に青筋立ってるも加わってきました(泣さて、「ホリデイ」のプロモで来日中のキャメロンですが、最近「姉のいた夏、いない夏」(2001年)を観ました。ポルトガルの描写が美しくて、HDDから消せずにいますが、この中でキャメロンが妹と草むらでかくれんぼするシーンがあるんですが、その時のアップになる表情がすんごく可愛いです。目と目がほんとに離れてるなぁ~と笑えますが、姉妹で遊んだ平和な想い出という設定のせいもあり、無邪気でキュート。チャーリーズエンジェル位しか観たことなかったので、新手のキャメロンを楽しめましたよ。原題は『The Invisible Circus』。邦題とはかけ離れていますが、意味は映画をご覧あれ。ところで、来日会見で横に並ぶジュード・ロウ。渡辺謙さんに似てない?謙さんとNoirの2ショットに見える・・・わけないです、、、はい、すいません・・スゴスゴ・・・
2007年03月14日
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●ついに先週末より元の2階部屋に住人入る。 10ケ月も空きだったが、何となく自分の部屋が今も2つあるよな感覚もずっと。 いやいや、楽しい4年だったね、と週末、 外からベランダに干された洗濯物を眺めツかすかな感慨にふける。 Noir宅へお越しの皆様。 よって、元部屋のピンポンを今後は断じて押さぬよう。 ついでに、●現部屋の隣はフィリピーナ親子去りし後、すぐに売れたらしい。 2月あたりから来たのはどうやらフツーの夫婦・・と思いきや、 のっけから廊下にゴミ袋や傘立て、空の一升瓶、、こりゃないだろうと閉口していたが、 理事会(今年1年あたってしまった!がんばりま・・・せんが ^^;)の折に、 管理人に一言申したら、よくよく日にはのいてた上、 サランラップ持って(注:50mのやつだからちょっと上等) 「挨拶が遅くなりまして」と晩に夫婦でやってきた。ひぃ。ご近所とは波風立てず。
2007年03月13日
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小学生だった兄貴がヌンチャク振り回してたのと、 可愛いボク(今でもそんな感じらしくて、ったく)に 「ロードショー」「スクリーン」という二大映画雑誌を オヤジが毎々買い与えていたので、私にもナツカシさが染み付いた。 でも映画は初めて見た。 (たぶん"ボク"はオヤジと行ってたんだろうか) 「燃えよドラゴン」(1973) ストーリーはメチャメチャで、Leeの少林拳法(Leeが映画の中で「シャオリンケンポウ」と言ってた)のシーンを録るためだけに、ピンク映画顔負けに無理から持って行く、な感じ。 Leeのシーンだけは超かっこいぃ~ 表情もすごくいい~。 思わず狂喜してしまった ^^ 映画自体はLeeの生涯を語った「ブルースリー物語」の方が ずっとよかったな。 Lee役の人がかなりよかった。映画らしくできてるし。 早死にしたのは知ってたけど、 「燃えよ~」の公開3週間前に亡くなったとははじめて知った。 クダンの雑誌で映画のシーンをカットアウトした写真はよく見てたけど、 (わかる方へ:3本爪の血型とか、鏡の部屋とか) その画像がやっとつながった。 感激 ^^ - It is like a finger pointing away to the moon - - Don't think!! Feel(この「フィ~~」が長い)- -月を指さすようなもの。指先に全神経を集めること。 -考えずに感じる。 - My style? You can call it the art of fighting without fighting. -戦わずに戦う芸術。 Lee氏の教え。
2007年02月21日
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AM5時にまた目覚める。 でもあせることはない。3連休なのだ。 青く光る予約録画が終了しかかっていたので、 1本映画を見てたらすっかり朝。 英語音がだんだん耳についてきた ^^ もう病気(笑 でも今波に乗って一気に克服してしまおぅ。 さっさと目標点に到達して次に行きたい。 チョコパンと豆乳を持って窓際に立つ。 いい天気。 1年前の今頃はまだこの部屋には出会っていなかったな。 別のオープンテラス付きの最上階の部屋を、 チラシで見かけて、面白がって見に行った頃だ。 それがきっかけだった。 言わせる人に言わせれば、形容詞「(業界の)雲の上の人」の 「秘書という名のぱしり」もまだ無かった話。 去年4月から10ケ月。 「は?」と思うことしばしば。 何が飛んでくるかわからない。 けれども10ケ月経って、 「その方」と私は、どちらが驕りすぎも、へりくだりすぎもせず、 うまい具合にそれぞれの需要と供給を、 気持ちよいポイントにすり合わせてこれたと思う。 また、そうできたことに感謝。 この4月から2年計画で、長い間当本部の基幹だった機種から完全撤退する。 「もともとこれで食べてきたこともあり思いはありますが」 と10ケ月しかいない「その方」が述べたのは、 残り少ないそれに携わって来た人間への配慮だと思う。 よく決断してくれた。心からそう思う。 然る人が見ればたった10ケ月で解るくらいの有様だったのだ。 大きな事件もあった。それでも撤退を誰も決断しなかった。 見て見ぬふりにしか思えなかった。 最後までまじめに頑張っていた、遠い昔思いを寄せた人に、心からねぎらいと、次なる道が彼に開かれたことに祝福を。 さて、また別れと出会いと羽ばたきの季節がやってくる。 ※ Silver Lining: 雲の縁が裏から太陽に照らされて雲のラインに沿って光ること。
2007年02月10日
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第128回 TOEIC公開テスト 試験日 LISTENING READING TOTAL 2007/01/14 415 435 850 予想とおり、 (L)マイナス、(R)プラス、トータル上回り。 クスクス ^^ おもしろ~ もうちょぃいってみよぅ~ 人体実験みたいよん(笑 被験者: Noir ^^
2007年02月05日
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●フォレスト・ウィテカーが主演男優賞。 大好きな人。以前に「バード」でもノミネートされたらしいのですが、 今回の初受賞のインタビューを聞いて、すごくマジメで、 言葉につまりながらも真摯にモノを言い、奥さんも感涙していて、 ますます好きになった。 俳優として「経験を積みたいだけだ」という言葉がいい。 当たり前だけど経験を通して成長していく。 仕事とはそうありたいものです。 ●クリント・イーストウッドが外国語映画賞を受賞。 挨拶で舞台から渡辺謙を賞賛し、会場内、結構長い間、 アプローズを浴びる謙さん。かっこよくて何か感動した(笑 南果歩さんは若草色の訪問着でエスコート。 ●「バベル」が大賞(作品賞)。 菊池凛子さんは、ピンクのマリモがいくつかぶらさがった ソフトでキュートなドレス。 助演女優賞で名前が呼ばれた瞬間の反応が可愛かった。 「バベル」は最後に大賞も受賞したので、その時も アンジェリーナ・ジョリーの横で順にハグする姿が何度も映った。 メキシコ人である監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウ (これが言いにくそうなプレゼンテータがいた(笑))は、 リンコのリが激しく巻き舌。 我らが役所さまは「コイ・ヤクシォ(「ク」にアクセント)」。 ●ウォーレン・ベイティが特別賞(功労賞みたいなの。名前忘れた) 最初に、綺麗な人が、、見たことあるなぁ、、誰だっけ? と思ったら、アネット・ベニング! 久しぶりに見たけど、歳がいっても本当に可愛い!! この2人の「めぐりあい」はなかなか見れないんですが、 れっきとした往年の「めぐりあい」のリメークですが、 トム・ハンクス&メグ・ライアンの「めぐりあえたら」ほど 有名でない。この中のアネットは本当~~に綺麗です♪ 華美ではなく優しい顔。表情が可愛い。授賞式でも、 終始そんな感じ。好きだ~。 ご本人もTVと映画の両方でノミネートされていた。 トム・ハンクスがプレゼンテータで過去のプレイボーイぶりを 暴いたりと楽しく盛り上げ、出演映画のさわりも何本か流した後、 ご本尊登壇。 開口一番、 「これほどの妻がいながら謙遜するのも何だが・・ (It isn't easy being humble when you marry to Anette Bening.)」 と往年のプレイボーイ返上のぞっこんぶりを披露して会場からため息。 ジャック・ニコルソン、クリント・イーストウッドらに いったい君らは断れない性格なのか、私に見せ付けたいのか、 なんでそんなに働くんだ、私はアネット達家族と、 家で過ごしていると、君達のことがイヤでも聞こえて来るよ、 と面白おかしくコメントし、色んな人に賛辞を贈った後、 最後に、舞台正面に座るアネットに向かって、 「毎日ありがとう。君にとってずっと『将来有望な新人』でいたい。 (Thank you for our life together and for making me feel that I am always your most promising new comer.)」 -ウォーレン・ベイティは62年に新人賞を受賞- 美しさにも幸せぶりにも、本当にため息が出る。 ●その他 ・ジャック・ニコルソンの娘がミス・ゴールデングローブとかで、 ずっと壇上にいてアシストする役目として紹介された。 モデル&女優らしい。ちょっと恥ずかしそうで可愛らしい。 さぞや可愛がられて育ったんだろうなぁ。。 お尻の割れ目までわかるようなドレスは、なかなか着こなせません!! ・マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督。 発音は、「まーるんすこせぃじ」。はねなくて語尾は濁る。 ・TVの受賞者達は、ひとつ受賞するとみんなで喜んでいて、 ファミリーな感じ。壇上でもキャーキャーはしゃいで、 「すごい、こんなスターが目の前にいる!お母さんやったわ! ありがとうアメリカ!」 みたいで面白かった。 ・ナオミ・ワッツって、キーラ・ナイトレイに似てると思ったんですが。 (イニャリトウが言えなかったのはこの人だ(笑)) ・プリンスが渋滞で遅れたらしく、主題歌賞を発表された時に、 プレゼンテータが「じゃ、僕が」とかがんで、 マイクを見上げるように喋ったら会場からやんやの喝采。 後で本人が着いた時に紹介されて席の位置のまま起立したけれど、 プリンスって成りは派手だけど小さかったのねぇ。。。 ・レニー・ゼルウィガーは痩せて太ってを繰り返し過ぎたのは よくなかったんじゃないかな。なんか疲れて見えた。 ビアトリクス・ポッター役をやったらしい(「ミス・ポター」)。 見たいな。役のためなら痩せ&太りを調整できる超人、といえば ロバート・デニーロ。ハズレ映画が無い。 ・「プラダを着た悪魔」ってアン・ハサウェイの映画って 感じがするんですが(見てないんだけどね)。 メリル・ストリープが受賞。 ・ケビン・ベーコンの奥さんがTVの主演女優賞を受賞するんですが、、 ケビンがうるうるしてて、娘さんが横にいて、 怖い顔なのにハートウォームで素敵でした ^^*) ・外国語映画賞5作品の中に「硫黄島からの手紙」に並んで 「Volver」という映画が。数秒流れただけだけど、ファドだ と思う(Volver = turn, go back)。 ポルトガル映画かもかもかも~ やったね~ 見たい~ まぁこんくらいにしとくわ(笑 あ~楽しかった♪ おかげでせっかくの日曜、出遅れる。パーマ屋まだ間に合うかな(泣
2007年02月04日
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1.前日、深酒・睡眠不足厳禁。当該週は健康調整管理。 2.当日、コーヒーは出かける前に。 3.試験直前は脱水。のど飴持参にて糖分・喉の渇き調整。 4.必ず、HBの鉛筆! シャーペンでもいいや、と甘んじていると、リスニングで塗り遅れ。 学生の頃とは、体も気力も忍耐度が違うことを、謙虚に認めること ´~`)「 でも、負けてないのよ、あたしゃぁ~、という気力を、 黙って持ち続けて、無心で200問に集中し続けること。 以上、これまでの失敗より学んだ鉄則事項を厳守し、 本日めでたく、初全問回答達成する也 ^O^)/ リーディング時間配分↓↓こんな感じ(全75分) 100~140問(4択) 17分 141~152問(穴埋め)8分 153~180問(長文1文書) 30分 181~200問(長文2文書) 20分 ちなみに、対策1は数年前、初回の大失敗。 眠くて眠くて、英語はお経にしか聞こえず。 途中で、お願いだからコーヒー飲ませて~状態に。 530点と惨敗。 対策2と3は、去年の春の久々受験での失敗。 最近の私立大学は贅沢にできていて、それにあやかり、 優雅に学内のカフェでコーヒなど飲んだのが間違いのもと。 直前も、混むし・・とトイレに行かず、2時間後には膀胱破裂寸前に。。 終了後、なるべく刺激しない様、そぉ~っと手洗いに。 死ぬかと思った。。660点だったかな。。 対策4は前回、去年の11月の試験でやっと取り入れた。 UNIの上等の鉛筆とキャップをゲットして臨んだ。 こんな基本的なことを飛ばしていたとは、とやってみて実感した。 735→一気に810点に。 リスニングが450点と予想に反して高かったことが要因。 CBSのCDはこの試験の日に届いたので、 このアップの源はなんと、、「映画」!! 7月にケーブルTVに入ってから元をとるべく山ほど見てた 映画のおかげしか考えられない。 もちろん鉛筆もよかったのだろうけれど。 といっても、リーディングは10問も未解答だった前回より、 今回の方がガッシリ手ごたえあり、 気分よく帰って来て、公然と、また映画に没頭するなり。 AIをみてボロボロボロボロ。 こないだ、キューブリック監督の作品を不快と書いたけれど、 これはキューブリック監督が暖めていた構想をスピルバーグが 監督して仕上げたらしく。 スピルバーグだから絶対最後は平和裡に終わるはず、との期待どおり。 近未来はロボットに支配され、温暖化で埋没する人類だけれど、 2000年後の地球の生き物は、宇宙人のよう。 「未知との遭遇」は私にとって色んな意味で特別な映画だけれど、 あの宇宙船から出てくる手長で角のない円く柔和なイメージがスピルバーグのメッセージなんだなぁ。。 「ママだけは特別だから、ママだけは死なないかもしれない」 彼は海の底で、2000年の間、大好きなママに会える日を待ち続けた。デビッド演じるハーレイ・ジョエル・オスメント君に、大いなる賞賛を。 大切な大切な愛する人が、今日、今からはじまる1日だけ よみがえって自分の側にいてくれるとしたら、 あなたなら、どんな風に過ごしますか?
2007年01月14日
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2年半の間、ずっと気になっていた吹き出物の後、 ボールペン芯大の黒粒がポロリと落ちてなくなっていた。 元旦の朝、実家で化粧しつつ鏡を見て発見。狂喜。 それを見てた甥姪、唖然(笑 すごいなぁ、ちゃんと新陳代謝してるんやなぁ。 少々お歳は召しても(苦笑 そもそもほっとけば長くともひと月で落ちるようなものを その時は、ついつい気になりすぎて、いじくってしまい、 とんだ後が残ってしまったもの。 最近どんどん黒くてコロコロしてきたので、 いい加減落ちないかと、今度こそいじらないように耐えていたところ、、 年明けとともに落ちた、というのがスゴイ ^O^)/ そんなわけで正月から右のほっぺ、一箇所陥没。 こいつがどこまで隆起してきて、 違和感なくなるか、が今年の勝負ですな。 2007年のはじまりはじまり~
2007年01月06日
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振り返れば、なんだか毎月ドラマのあった、ホントに忙しくも充実の一年でした。お世話になった方々、何かズレてる私をいつもワイワイとぶっ飛ばしてくれる方々、言いたい放題の私のセリフがなければ今や物足りない方(謎、めぐりあわせすべてに感謝。 いつもありがと ^^来年も、ま、色々あるだろうけど、ホントのホントの自分の軸はブレないように、そのための栄養は貪欲に取り入れて、楽しんで気持ちよく風通しよく、現実に負けず、夢におぼれず。有楽町のシャネル様よりの、イリュミネーションのプレゼントをおすそ分けして、今年の御礼とさせて頂きます。 来年もよろしくお願いしまっす b^^)
2006年12月30日
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ちょっと報告。 密かに今年の目標だったTOEIC800点台を、 今年最後の11/26の試験で達成 ^〇^)/ たった今ネットで結果が出て、 ドキドキしながら見たので、 今心臓がバクバクいってる(笑 810点。 実はリーディングがえらい悪いので、 これからホントの実力をつけなくては。 とりあえずうれしい~~♪
2006年12月18日
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満を持して。もちろんDVD/ビデオ付き。 「朝早めにお願いします」とは言ったが、 設置して貰えることは聞いてなかったので、ありがたかったが、 「ピンポーン♪」の音で飛び起き、 「失礼しまーす」とあがろうとするマツヤ電器殿を 「ちょ、、ちょっと待って!」と制し、 笑われながら、大慌てで、部屋に散乱する物々を片した。 テープ入れた途端キュィーンと空回りする度合いが増し、 ついにご臨終願ったビデオは、10年半のお付き合いだった。 1人暮らし開始時に奔走して買い揃えた「イトシイモノタチ」が、 悲鳴を上げだす時期なのだなぁ。。シミジミ・・・ 実家ではビデオ権もチャンネル権もなかったし、 映画を観たいな、、という以外ほとんど興味も時間もなかったので、 このビデオは、それまで著しく不足していた「摂取」を補ってくれる、 「はじめての城」に必須の夢の箱といっても良い位だった。 ごくろうさん。ありがとう ´~`*) 今回のこれは、2011年7月まで5年、と最初から期限付き。 あいかわらず、ケーブルTVの映画は録りまくってるし、せいざい使い切ろう♪ *** *** *** この間発見のTSUTAYA梅田堂山店の地下は、大層お気に入った。 なんといっても視聴できるのはスバラシイ。 その場で、聴き入ってニンマリしてたり(笑 「ちょっと聴いてみたいが、聴いてすぐ、[あ、いいわ]と思うもの」 をその場で元に戻して、5枚1000円に乗じて、効率的に10枚レンタル。 ローソンのポイントと、 楽天の買い物ポイント-(一念発起というかとうとう観念して、CBS NEWSのリスニング強化CDを大枚はたいて買ったら、10倍ポイント中だった。耳強化祈念。)-を、ネットでT-ポイントに移行して、タダ~ ^O^)/ 前に丘マイラーと書いたけれど、 最近のポイントは、ホントにあなどれませんな。。 近々、私がはじめて持ったカードでありメインで使ってきた、 DC(大丸エクセル)カードを解約検討中。 DCさんには、生き残れる努力を試みてもらおう(笑 京阪族は何と行っても、今は、ekenetカードとPitapa(この間これを、 小倉智昭氏が「特ダネ」でパタリとかポタパだとか言ってた)。 阪神族は何と行っても、阪神エメラルドカード。 時代は移る。 移るもの。移すべきもの。移らないもの。移さないもの。 自分の根底がたゆまずとうとうと流れるべく、ということ。
2006年12月16日
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「YES NO 枕」の意味を考えたこともなかった自分を ちょっと可愛いじゃん、と思ったこと・・・? ^^;) *** *** *** 店は閉めるけれど、来年からデイケアーサービスで 作って欲しいと話を頂いている。 美味しくないとの苦情が多くて、もう今の業者は切るから、 という話をこんな年になって頂いて、有難いことや思い、 見に行ったら、キッチンがひどい所で、レンジも何にもない。 暖めるのだけは大きな機械がある。 せやから朝早う起きて家で作って、暖めるのはそこでやるようにすれば。 それで3時ぐらいには終われるように話できたらと思てる。 80歳かそこらの逝きかけた人らばっかりのとこやけど、 焼きたての魚やら、美味しいもん食べてもらおうと思て。 何も明日から年金生活に入るわけやないで。 今度は晩はあくから、晩は飲みに行こうかとかできるし。 17年。でもこの2年で350万の赤字、 という店を閉められるに至るまで、 いかにお客さんを大事にされてきたかは、 その、しっかりと自分の言葉で話されるご亭主(おやじさん)の姿から、 ちゃんと伝わってきた、素敵な晩でした。 妻の味と書いて、「妻味」という店の名前にも、 お互いのリスペクトと愛が篭っていて。 おいしーーーいお肉をたくさん頂きました。 こういう人生の先輩諸兄から、 目に見えないもの(お肉は別として(笑))を、 うんと分けていただくことの、うれしさ。
2006年12月10日
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ひっさしぶりに満員御礼の店内を見た(笑 ボーナス出た金曜日だもんねぇ。 ひっさしぶりに歌った「君の瞳に恋してる」は気持ちよくて、 帰りがけにピアノに向ってわざわざ「ありがとう!」と 声をかけてくれる人、こちらこそ「ありがとう」。 『恋のゆくえ』でこの歌を歌っていたのは、 女性の目からも美しいと思うお色気満開のミシェル・ハイファー。 Boys Town Gang のオリジナルはフェイドアウトなので、 エンディングは、実はこの映画から頂戴した♪ ミシェルがピアノの上に座ったり寝たりしながら艶やかに歌う Makin' Whoopee は、ドキドキもの。 真っ赤なドレスだけは、映画の彼女と一緒だったんだけどな。 *** *** *** いいことも悪いこともある。 いいことが続きすぎたときは、 ちょっと悪いことが来るぞ来るぞと構えるべし、 と思ってたら、きっちり悪いこともやってくる。 でもたぶん、概ね、良好。 それでよし。 多くを望むべからず。
2006年12月08日
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夜中に、車の少ない通りにて。 「踊らないか?」-You're gonna dance with me? 「いいわ。。。今?ここで?」-Sure... Now? Here? 「音楽がないわ」-We don't have any music. 「歌うよ」-I'm gonna make some. (寄り添い踊りながら、口で)バンバンババババン・・♪ (* この時点で見ている私は何の歌がわからなかった) 「歌下手ね」-You're a terrible singer. 「ああ」-I know. ~ BGM イン : I'll be seeing you♪ sung by Billie Holiday ~ (* ここではじめて何の歌かわかり、さっきの口歌の下手さが反作用して余計にゾクっとくる・・・) 「でもその歌好き」-But I like this song... 若い2人の恋のつぼみは静かに開く。。。 -君に読む物語(原題:A notebook)より- ※ この映画の最後のセリフが実は、"I'll be seeing you."(また会おう)という洒落たオチ付き。 *** *** *** 今年7月にケーブルTVを入れてもらってから、映画を録りまくって、まるで今までの不足を補うかのように、時間を惜しんで見ているのだけれど、 また素敵なシーンを発見してしまいましたよ。 音楽が入った瞬間に「うわ・・」と思わせてくれる使い方は本当に嬉しい。 歌えそうなら音源探し、楽譜探し、なければ起こし、 歌詞探し、なければネット検索でもし、、 そうしてレパートリーに加わる歌は、 映画のシーンごと、いつまでも憶えている。 [めぐり逢えたら(Sleepless in Seattle)]の In the wee small hours of the morning♪ [めぐりあい](ウォーレン・ベイティ&アネット・ベティング版)の I will♪ [ラブ・アクチュアリー](うーんXmasにはやっぱ見るべきだろうか(笑))の Both sides now♪ 先週、[愛の選択(Dying young)]で思わずビデオ(なのよ、まだ^^;))止めて巻き戻した、All the way♪はさっそく起こして始めてみた ^^ Kenny G のソプラノサックスにうっとり。 素敵な歌を見つける楽しみが、 ずっとずっと続きますように、と、 それは最大の願い。
2006年12月03日
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と書いて赤面(ギャ もとい。 ポルトガル映画が日本で公開されることは まずないので、これはよい機会、と行ってきた。 海遊館ホールにて「ヨーロッパ映画祭」。 「ポルトガルの映画にしては珍しく、 エンターテインメントに徹して作られた」 という紹介からしておかしい(笑 ポルトガルの映画は、ひたすら暗い!とても見られない。 という説を裏付けてくれたみたい。 どこまでもサウダーデなのか(笑 今回の「闇に走れ(Um Tiro no Escuro)」は、 ブラジルとポルトガルが舞台。 そもそもこの2国の関係は面白く、 イギリスとアメリかみたいに、 ポルトガル側が言語的には「こっちが本家」みたいな所があるんだけど、 国土の大きさからもわかるように、 ポルトガルにはブラジルのTVや本がたくさん出回っていて、 ブラジル語も受け入れ態勢ではあるけれど、 逆はないようなんですね。 で、この映画、頑張ってエンタメ志向で行こう! というのが少しぎごちなく伝わってきて、 それは例えば、持って行きたい位置が絶対あって、 そこへ行くためにはプロットが直角的だったり、 という感じがしたんですが。 でも楽しめました ^^ 少しいじわるを言うと、 本家のプライドあるポルトガルですが、 ワールドワイドな絵のためには、 やっぱブラジルを引っ張ってきちゃいましたか、 なんて感じました。 あ、もちろん! ポルトガルは、すごーーーく素敵な国ですよ♪ 後で、監督とのディスカッションがあり、 最近は平和なポルトガルも犯罪が増えてきて、 それも現実として映画に反映させた、 とのことでした。 で、私の耳は。 ポルトガル音はほぼ聞き取れず。 どうやらブラジル音に馴染みがあるようです。 Joaoのおかげもあったんでしょか ^^ ハリウッドでリメイクされるようです。 乞うご期待。
2006年11月25日
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ボジョレー・ヌーボ1本売ってきた(笑 ホストクラブとかみたいな、 ン十万円のブランデー1本ラッパ飲み、とかじゃないけど。 ま、店も売上が必要。 少しでも協力するのは当たり前の話。 それで、 葡萄も活き、 作られたワインも値打ちがあり、 作ったメーカーも喜び、 仕入れた店も売上あがり、 数字を課せられる店長も助かり、 飲んだお客さんも幸せになり、 リクエストした私もお相伴にあずかり、 いいことづくしだ ^^ 飲んだお客さんが、 1本のワインを、 買わされた、と感じず、 あぁ~楽しかったなぁ~、 と感じられるようにできればいいことだ。 唯一、 はぁ、しんど、明日の朝また辛いし。 なんてことに、体を張った私が陥るか、という点が残るけれど、 ま、 死ぬほどイヤな相手に、 「ボジョレーー飲みた~~い」 なんて言うのは、私には無理なので、 ダイジョーブ ^^ ふぅ。 おいしいよ。 今年のボジョレー。 行ったコトないけど、 フランス バ・ン・ザ・イ・・・ by オスカル
2006年11月16日
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ばあちゃん、10回目の命日。はたと、ここへ越してから写真を出してなかったことに気付く。さがしましたがな。いたいた ^^ ばぁちゃ~~ん、ごめんよぅ。今もいたら、こんなとこに1人で暮らしてもったいない!金の勘定しぃよ!8階! ひぃ~ いらんよぉ~ 結構。って言ったかな。それでも遠くの方の景色を見て、おぉ きれいやなぁって言ったかもしれないかな。ばぁちゃん、報告遅れてごめんね。こんなところに引越したよ。
2006年11月15日
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-いつもと違う曲がり角を曲がればそれで旅- 永六輔「一泊二食三千円」より 11/4 下北沢→丸の内→四ツ谷→新橋→有楽町(シネマ) 11/5 アメ横→上野→浅草→御徒町→有楽町(国際フォーラム) 11/9 阿佐ヶ谷→有楽町(フォーラム→日比谷帝劇→フォーラム) ●11/4(土) 13:05羽田着。 15:30にE嬢と会うまでプチ1人旅。 2年前の年末に行った築地にいと惚れたので、 生ものを食しに行こうかと思っていたが、 いや待て、夕刻には「アレ」が待っているのだと思い直し、 モノレールに乗りながら作戦変更。 浜松町から山手線に乗り渋谷へ。 渋谷?そうだ、ハチ公だ、と2階からのぞくがわからず、 ハチ公出口までわざわざ降りて行き、 雑踏にまみれて存在薄くなりつも、 記念写真の最古参の威厳を死守するハチ公を拝む。 その後、京王線に乗って、「行ってみたかった」下北沢へ。 本多劇場側へは時間なくて行けず。 駅前から続く乙な商店街を闊歩じる。 香里園駅前(駅北側)のゴタゴタ感と、嵐山の 神社とミーハー店・ブランド店の点在を凝縮した感じ。 天狗の神輿を奉ってある寺子屋神社で手を合わせ、 色鮮やかな石鹸屋「LUSH」で石鹸型のシャンプーを土産に購入。 難波や高槻にも店舗があるらしい。 大急ぎで来た道を引き返し、東京駅へ。 山手線のあの電光表示に軽く感動。後何分でどこに着くか、 今どこで何線に乗り換え可能か一目瞭然。 15:40頃、南口より丸ビルへ飛び込む。 座れる店を何とか探して、E嬢に17:00~の勤務までおつきあい頂き、尽きぬ話に花咲く(たぶん2,3年前の桃谷の韓国料理での逢瀬以来)。 中央線で四ツ谷へ。帰国子女の集まり、天下の上智大学を ありがたく拝み、連れを待つ間、コーヒーにしとけばいいのに、 Soup Stock TOKYO というスープ好きにはたまらん店で、 牡蠣好きにはたまらんメニュー「オイスター・ポタージュ」なるを見つけ、 戸外キャフェテリアにて小休止。 う。うまい。。 歩き回りと前日寝不足をスープに癒され、 へたっているところへ連れ登場。 ず~っと行きたかった日本のポルトガル料理店の金字塔(?)「マヌエル」へ。 国旗がある以外は目立たない出で立ちに反し、 店内はアズレージョがあちこちにほどこされ、 メニューにはポル各地方のワインが豊富、と充実のポルトガル色。 店の人がまた素晴らしく、料理もワインも、 聞けばきちんと説明してくれる。 ドーロ地方のワインを頼んだが、ポートワインではないのに、一般的な伊・仏・米のワインよりフルーティで甘め。 でもエグ味はきちんとあり、個性的でとーーても美味! バカリャウ(干し鱈)料理の美味しいものといえば、 これまでポルトガルでも大阪に初めてできたポル料理屋でも、 バカリャウコロッケしか当たっていないので、 ここではコロッケを避けて別のバカリャウ料理にトライ。 バカリャウとフライドポテトをからめ卵で軽く綴じた料理は、 ポテトが多い感じがしたが、おいしく、バカリャウは こういう少し軽めの料理が合うんかなぁ、、と感じた。 シーフードリゾット(arroz de marisco)が運ばれたきた 鍋の形が美しく、喜んで 「さて、このお料理で、このお店の真価が問われます」 とふざけて言ったら、店員さんが 「その通りです!」と言うので益々この店が好きになった。 もちろんおいしく頂いたが、どうしても日本ではあの、 「伊勢海老(もしくはオマール海老)」を半分に切ったあの形を このリゾットに投入するのは、金額的に折り合わないのか、 ここでも「大きめの有頭海老」に留まった。 なのでエビミソ味は望めず。 あれを食すにはやっぱり本国ポルトガルへ行かねばならんのだ。 それにしても又来たいと思えるポル料理店一人者の風格に大満足。 デザートまでは腹が届かず、 店を出て21:00過ぎのレイトショーの映画まで、 よくTVで酔っ払いオヤジへのインタビューに登場する新橋の高架下へ。 串カツセットを頼み、串カツ3本(「2度付けお断り」が東京にもあったとは!)と生ジョッキ一杯をひっかけ、有楽町へ戻る。 有楽町シネカノンにて「絶対映画館で観よ」と色んな人が押しておられた 「フラガール」を観る。レイトショーはガラ空き。 いやぁ、踊りたい(笑 デカくてドン臭いのも可愛いもんだと静ちゃんを見て思った。 湯島、連れ宅にて即眠。 ●11/5(日) 連れの着ているジャケットが、湯島の古着屋で100円だった というので、連れて行ってもらう。 鮮やかなオレンジ色に惚れたセーターを800円とは高いなぁ と思いながら購入。 20ン年ぶりにアメ横をブラブラ。鶴橋の青空版(笑 フルーツとたこ焼きを10倍くらいの大きさにした(中身はもんじゃ) ばくだん焼きやら買い食い。 そのままやはり20ン年ぶりに上野公園。 記憶の中と違い、丘公園になっていた。 丘を上る階段に年配の絵描きさんがいっぱいで壮観。 パンダまでは遠いというので断念。 たぶん20ン年前と同じようなルートをたどってるんだろう、浅草花屋敷遊園の入園料が記憶の中ではただ同然だったと思ったけれど。 雷門→浅草寺→花やしきの「ぐるりを一周」(笑)→六区。 六区は通天閣の豪華版(?)。ピンク映画と予想屋の群れ。 でも寄席があり下町文化の伝統も主張。 御徒町へ移動。何でも安いという多慶屋へ。 品揃えの中身、並べ方、支払いは現金のみ、と言い、 ここは船場さながら。 目の前の道も高速が上に通ってて中央大通りみたいだし。 ちょうど時間となりましたので、有楽町、国際フォーラムへ。 ジョアン2日目の模様はこちら 早く終わったので、のぞみの最終の予約を早め、 20:40ののぞみで帰阪。 ●11/9(木) 午前中出勤。15:10羽田着。 空港で「東京ばな奈 チーズうさぎ」の「クリームクッキー」 (最近の東京ばな奈は種類多すぎて、限定もあったりで 正式名称がわからない)を買い、この日は迷わず京急線で品川へ。 乗り継ぎ切符を買う時の発音が悪かったのか一瞬通じず、 「?・・・あぁ、阿佐ヶ谷(サにアクセント)ね」 と言われた(恥 ホントに時間なかったが、永先生の言う通り、 旅は目的地のみにあらず、行程をも含め旅。 幸いずっと地上路だったので、ずうっと車窓から外を眺めながら、 「行ってみたかった」阿佐ヶ谷へ。 駅到着手前から緑が豊かなのがわかり、降り立ったならば、 駅前のみごとなセコイヤの木。ここは信州かと思わせるような 高い高い木々のアーチに囲まれた並木道。美しい街。 前調べによると「うさぎやのどら焼き」が誰も口をそろえて 美味しいというので、それだけはしっかりと手に入れ、 中央線(快速)で一路東京駅へ。 阿佐ヶ谷滞在7分。でも来てよかった。 ドタドタと走って、連れ待つフォーラムへ。 年中牡蠣が食べられるという、2階のレバンテを予約済み。 さすが東京!NYに負けていない。 もちろん生牡蠣をじゅるっといかせて頂いた ^^ 「牡蠣の塩辛」をお土産にできる、というので食べてみたが、 ひたすら塩辛いだけで何を食べてるのかわからなかった。 コンサートまでまだ時間あり、帝劇ビル地下のブラジル・バールへ。 連れはブラジルビール(薄い)を、私はバチーダを飲みながら、 そこらへんに置いてあるポル語のフリー紙に目を通す。 250円のオイルサーディンを頼んだら、 普通の3倍位の大きさのがひとつ、皿に乗って出てきた。 前フリもしっかり準備した所でコンサートの望むべくフォーラムへ戻る。 ジョアン4日目最終日の模様はこちら終了後、バスの時間までゆとりあり、八重洲口でビアタイム。 この日は開演が19:00~だったため帰阪は23:20発の夜行バス。 といっても腰痛も応えるお年頃なので、JRバスの プレミアムドリーム号・4席しかないプレミアムシートで ちゃんと横になって。 ごっついガタイの、この席しか無理でしょう、という兄ちゃんがいて、 どうしようと思ったが、意外と静かで助かった。 疲れていてすぐに眠ってしまったが、起きて外を見たら 「豊橋」で、星がとーても綺麗に見えた。 ガタイに見つからないよう、そっとカーテンを開けて、 ジョアンを聴きながら、改めて眠りにつく。 A felicidade do pobre parece a grande ilusao do carnaval. A gente trabalha o ano inteiro por um momento de sonho. E tudo se acabar na quinta feira. 貧しいものにとっての幸せは、大きなカーニバルの幻影のよう。 私たちは1年中働く。夢の瞬間のために。 そしてすべては木曜日(*)に終わる。 ~ A felicidade より ~ さてっと。また、もりもり働くよん。 すべては夢のために。 * 本当は"Tudo se acabar na quarta feira" (すべては水曜日に終わる)。 リオのカーニバルは水曜に終わるんですね。
2006年11月13日
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もうね。ほんとに、磨ききった水晶の玉みたいなね。 石もパワーがあるけれど、それと同じ、パワースポットと化していましたよ。 国際フォーラムが。 私の中の良からぬモノが(笑 放たれて行きました。すっきり ^^ 開演前、これまでアナウンスは「アーティストの到着が・・」だったと思うけれど、この日は「ジョアン・ジルベルトの・・」になっていた。 よそよそしい「アーティスト」よりも暖かい。 英語でのアナウンスも5日はなかったと思う。 御大のホテルを出たアナウンスは5日と同じ位の時間。 けれどそれから開演の間は5日より長く、 息が上がるのを懸念して、少しゆっくり休んで貰ったのかと思う。 1時間少し遅れの20:03開演。 5日は出てくるたびに、歩きながら自分でも拍手をして出てきたのが可愛らしかったが、この日は落ち着き払ったようにクールに椅子まで向う。 1曲目、Nao vou pra casa(僕は家へは帰らない)。 5日に買ったパンフに、2003年の日本初演の1曲目で演奏された曲で、中原仁さんによると、その曲を聴いて「色々奇行が取りざたされているけれど、ちゃんと最後までやる。途中で帰ったりしない、と確信した」と書いてあったのを読んでいたので、「あ。」と思った。 と同時に、「最後の奇跡」なんて今回の公演が最初から言われているけれど、もしかしてジョアンは日本にこのまま留まるつもりなんじゃないか、このままゆっくり大好きな日本で暮らすつもりなんじゃないか、と勝手な想像が直感で浮かんだ。 Pra Que Discutir com Madame ?(マダムとの喧嘩は何のため?) 5日に聴けなかったジョアンの得意曲が聴けて嬉しい。 この曲を聴くたび、ポル語のK教授のマジメでズレキャラなお顔が浮かぶ。 Madame nao gosta que ninguem sambe. 否定語(ninguem = nobody)の否定(nao)は肯定にあらず、という、ポル語特有の否定辞の使い方の典型的なパターンとして引用されたのを思い出す。 この音楽へのいとおしさは、もうすっかり、直接、ポル語へのいとおしさとなった。 この歌、歌い終わってから、どうやら最後のコードを間違えたらしく、最後のフレーズをもう一度歌いなおした。 会場内笑い。この日はこんなハプニングが何回かあり、 それだけジョアンがリラックスして部屋にいるような感じ、 そばにいて、楽しみながら歌ってくれる、と感じられた。 A Felicidade、今日は早い段階でお目見え。5日ほどリフレインは長くない。 この後、嬉しい選曲。Este Seu Olhar。 今回の公演、最終日にして初めての演奏だと思う。 ジョアンが歌いだしたところで、音も立てず1人で小さく拍手。 その後、クッとこみあげ、じわ~とたまってきた涙は、 ツタツタと両目からあふれだす。 この曲もポル語がらみ。 疲れ果ててるはずの土曜の朝10:30~始まる初級クラスの1年間。 毎度クラクラしながらチャリで通い、朦朧としながら必死で目を開けていた授業。 あの夏、教授がポル語入門編として開講したボサノバ講座で取り上げた曲でもある。 その年の秋、初めてジョアンが日本へやって来たのも、何だか運命みたい。 あの夏の匂いすべてがつまっているような曲。 「まなざし」と邦題づけられているけれど、 私が自分でつけたのはポル語そのままの訳「君のこの瞳」。 「あの瞳」でなく「この瞳」。 だから、この歌の「君」は、今、目の前にいる人のことなんだと。 Disse Alguem(All of me) Disse Alguem♪と歌いだして、ん?と思ったのか、キーを上げて頭から歌いなおし。 ホントにくつろいでる。 Retrato em Branco e Preto(白と黒のポートレイト)は5日と同じく素晴らしい。 Sabma de uma nota so(ワンノードサンバ)も、5日はなかった曲で、嬉しい。 Caminhos Cruzados 、舞台後ろのスクリーンに映った雲を、照明が夕焼けみたいに赤く照らして、 その中で、静かに歌うジョアン、舞台全体が大きな額縁の絵のように美しかった。 O Pato はまたも乗り乗りで、ホントにアヒルが舞台上、 ジョアンの後ろを、列をなしてカルガモの行進みたいに歩いていくのが見えるようだった。ほんとに。 で、乗りすぎたのか、ここでめがねずり落ち事件(笑 O Pato------ と最後の方で言った後、なにやら言葉を言って、失速したように止まった(笑 その後、今回はじめてのプチ瞑想タイム。 ついに出たか、と思ったが、比較的すぐに再開。 ギターの上に両手を置いて、目をとじている姿はコンパクトで、 オペラグラスで見ると、とてーも可愛かった。 その後の Corcovado で最後の方、声が鼻につまるような感じがしたので、こみあげてきたのを我慢しているのかと思ったが、岩切さんのblogによると、「笑い声に聞こえた」とのこと。 はて、真実は? アンコール1回目、5日に世界初演と言われた曲は、しっかりこなれていて、私も”CHO!!” と合いの手を一緒にいれてみたりした(もちろん声は出さずに)。 退場時にはもう我慢できなくなり、スタンドする。 この時は前の方以外は立っている人はまばら。 戻ってきてアンコール2回目。 聴きたかった曲のうちのひとつ、Izaura。ヤッタ♪ 「三月の水」の元奥さんミウシャとのデュエットがすごく好きで、 デュエットのパートを歌ってみたり ^^ 前日のラストがイパネマだったので、イパネマを始めた時に、あーー終わっちゃう~と寂しさが。。 しかし、このイパネマはかなり長く、またメガネずり落ちで、右手で直す間、歌だけ残るというハプニングも。 メガネが落ちているとわからなかった私は、わざとやったのかと思ったのだけど。 会場総立ちの長い長いスタンディングオベイジョン。 ジョアンも、席と袖の中間で、少し長く立ち止まって拍手を浴びていた。 私はコードミスは恥ずかしいくらいわからないんだけれど(笑)、どの曲か忘れたけれど、たぶん最後のアンコールで明らかに間違いとわかる場面があって、ビックリした。 何となく、ジョアンはもう本当に最後にするつもりかもしれないと感じた。 だから間違ったというんではなくて、なんだろうなぁ。。スイッチ全開の集中の曲とすっかりくつろいだ自分をさらけだしてくれてる感じの波がなんだか。。。 いや、もちろんまだまだ歓迎するのは当然だけど。 ・・・なんてことを思っていたら、翌朝しっかり出ていた記事に唖然 @@) やったね、ジョアン♪ 御見それしました。 「Nao vou pra casa(僕は家へは帰らない)」どころか!(笑 生活が幸せなのが何より。 3回の来日に心から心から感謝。ありがとう、ジョアン。 ***** ***** ***** 以下、さらに長くなりますが、ブラジルのグロボ紙の記事&訳↓ 09/11/2006 - 11h46 João Gilberto descobre ter filha de dois anos com fãBebel Gilberto, 40, não é a única filha de João Gilberto, 75. É o que informa hoje o colunista Ancelmo Gois no jornal "O Globo". O músico teria descoberto há pouco tempo que é pai de uma menina de dois anos.A criança seria fruto de uma relação do cantor, compositor e violonista com uma fã do Rio de Janeiro. Procurados pela reportagem, representantes de Gilberto afirmaram que não comentariam o assunto.Baiano de Juazeiro, João Gilberto Prado Pereira de Oliveira nasceu em 10 de junho de 1931. Teve seu primeiro violão ainda adolescente, aos 14 anos, quando ouvia música brasileira e jazz.Com os compactos "Chega de Saudade" e "Desafinado", de 1958, registrou um estilo que se tornaria febre no Brasil: a bossa nova. Em 1964, gravou com o saxofonista americano Stan Getz (mais Tom Jobim e Astrud Gilberto) um disco que se tornaria um clássico. "Getz-Gilberto" vendeu mais de um milhão de cópias, impulsionado por "Garota de Ipanema".Conhecido pelo gênio difícil, o músico sempre se mostrou avesso a entrevistas e mantém um relacionamento distante com o público. Ficou famoso o episódio em que mostrou a língua e bradou a uma platéia impaciente a frase "Vaia de bêbado não vale", em 1999, na inauguração da casa de shows Credicard Hall, na zona sul paulistana.Gilberto, que morou por duas décadas nos Estados Unidos, atualmente vive em um apartamento no Leblon, zona sul do Rio. Bebel, fruto de seu casamento com Miúcha, vive em Nova York, onde nasceu. O artista é pai também de João Marcelo.ジョアン・ジルベルトが、ファンとの間に2歳の娘がいることが明らかに。 ベベウ・ジルベルト(40)は、ジョアン・ジルベルト(75)の一人娘ではない。コラムニスト、Ancelmo Goisが「グロボ」紙上で今日伝えた。ミュージシャンである彼は、2歳の女の子の父親であることを、これまでほとんど明らかにしてこなかった。 この子供は、一人の歌手であり作曲家でありギタリストと、リオ・デ・ジャネイロのファンの間にできた子供であった。 報告により伝えられるところによると、ジルベルト側の担当者は、この事に関してコメントはないと主張している。 ジュアゼイロのバイアーノ(バイーアの人)、ジョアン・ジルベルト・プラード・ペレイラ・ジ・オルベイラは、1931年6月10日生まれ。まだ青年期の14歳の時に最初のギターを持ち、その頃、ブラジル音楽やジャズを聞いていた。 1958年の「Chega de Saudade」と「Desafinado」で、ブラジルでの流行となる様式を確立した:ボサノバである。1964年、アメリカのサックス奏者、スタンゲッツ(及び、トム・ジョビンとアストラッド・ジルベルト)と、古典となるレコードを録音した。「ゲッツ/ジルベルト」は、「イパネマの娘」人気によって、100万枚以上を売上げた。 気性の難しいことで知られていて、彼はいつも、インタビューを避け、公の場と距離をおいていた。南サンパウロ地方のショー劇場、Credicard Hallの柿落としで、1999年、「酔っ払いのブーイングは値打ち無し」と、落ち着きのない1階席に向かって叫んだというエピソードで有名になった。 ジルベルトは、20年間アメリカに住んだが、現在は、リオの南部、Leblonのアパルタメントに住んでいる、ベベウは、ミウシャとの結婚で生まれた子で、彼女は生まれたNYに住んでいる。ジルベルトはジョアン・マルセロの父親でもある。
2006年11月11日
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