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カテゴリ: 北海道の素敵な所
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小平町、国道232号線沿い

道の駅「おびら鰊番屋」の国道はさんで海側に建つ慰霊碑
「三船遭難慰霊の碑」。


樺太(からふと、今のサハリン)から終戦後、
引き上げてくる日本人(民間人)を満載した船が、日本海沖で
国籍不明の潜水艦に狙撃され、沈没した。
その慰霊碑。



終戦間際、突如ソビエト(今のロシア)は宣戦布告し北樺太から日本領だった南樺太に侵攻。 住民は命からがら徒歩で避難をはじめ、一路稚内に向かうため樺太南端の大泊港(今のコルサコフ)に向かう。
 女子供(おんなこども)だけの悲惨な逃避行だった。昼夜歩き通してようやく大泊に着いた住民は引揚船に乗り込むが、3隻の引揚船とも定員の数倍の避難民を乗せ これ以上乗せれば船が沈むというぎりぎりの所で出航した。
 乗船した人たちが数日後に潜水艦の攻撃にあうとは誰が予想したことか。。。


3隻の船を攻撃した潜水艦は長い間国籍不明とされていたが、旧ソ連が崩壊する過程でソ連軍の潜水艦であることが判明した。



【碑文】=============================

昭和20年8月15日 太平洋戦争終る
終戦後7日 昭和20年8月22日
早暁の海は波 穏やかにして 微風 甲板を渡る

この日、泰東丸 第二新興丸 小笠原丸の三船は
戦乱の樺太(サハリン)より

緊急引き揚げの老幼婦女子乗組員 5082名を乗せ

鬼鹿沖にかかりしが 突如 

旧ソ連軍の潜水艦による雷砲撃に遭い

瞬時にして沈没 或いは 大破し 1708名の尊き生命を奪わる

留別の地、樺太を脱し数刻 夢に描きし故山を目睫にして
この惨禍に遭う悲惨の極みなり

星霜ここに30年 我等同胞 慟哭の海に向かい
霊鎮まらんことを祈りつつこの碑を建つ

  昭和50年8月22日
  樺太引揚三船遭難慰霊碑建立合同委員会 =============



慟哭の海に向かい
霊 鎮まらんことを、祈る



雄冬、増毛、留萌
日本海の美しい海、その沖に、まだ沈んでる



今、
大学生の娘や、息子たちを連れてあちらこちら
美しい自然を見せ、美味しいモノを食べる
プッチ旅をしてるんだけど、


時々わたしは、


こういう重たいモノを見せ、そしてちょっぴり深い話をする

何より、本物を見せ、言葉で伝えることが
昭和を知ってる母の役目かな、なんて思ったりしてる。





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Last updated  2009/08/17 09:27:45 PM
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