Crystaltone Room

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2010年10月21日
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武田さんが、よくお箏のことを話されるので私も、ピアノのことについて、よく考えるようになりました。


物心ついたころから、鍵盤楽器で即興で遊んでいた私。
うちではおもちゃのピアノで。
親戚のところに行くとオルガンで。
いつまでも、いつまででも弾いていたそうです。
それを見ていた母が、私にピアノを習わようとしました。
そして、うちにピアノがやってきました。

ピアノのレッスンは大変でした。決まったとおりに弾かなくてはならない。
それでも、おとなしく通ってはいましたが
家でしていた練習のほとんどが「あそびびき」でした。

ピアノの前に写真や絵を置いたり、自分で創った物語を歌ったり
よく耳にする音楽を「適当に」(母、談)弾くほうがずっと楽しかった。
それでよく叱られたものです。「この子は、ちゃんとした練習をしない」と・・・

15歳のとき、音楽を勉強したいと思いました。
音大を受けたい、と両親に話したら、学費がかかるから、やめてほしい・・・と。
それを説得して、一回だけなら、と受験の許可と協力を取り付けました。

本当は作曲科に行きたかったのですが、許されませんでした。
それは、レッスンが複数になり、支払う謝礼の額が多くなるからです。
ピアノ科なら一回だけなら受けていい、ということだったので
はじめてクラシックのピアノに、真剣に取り組むことになりました。
一日8時間~10時間くらいは練習したと思います。
肩や腕に、サロンパスやらアンメルツやらを塗りながら・・・

本当は入学してから、こっそり作曲科に転科しようと思っていたのです。
でも、先生との関係ができ、それは言いにくくなりました。
でも、ピアノも、勉強すること、いくらでもあるし。

私は、その頃には、即興演奏は、ほとんど封印していました。
大作曲家の曲を弾くことはいいことで、即興はそうではない、と
そう思うようになっていたので・・・
恥ずかしくて、人の前で弾くこともなくなりました。
作曲のレッスンで、生徒さんにヒントとして弾くくらい。


今、自分がこうやって演奏をしていることが、本当に不思議です。
これも、いろいろな出来事の、めぐり合わせなのですね。



ピアノは私の分身でしょうか。
分身というには、あまりにも広く大きい。

私はピアノに片思い。
愛しさと、諦めの混じった気持ちで、そう思っていましたが
今は、諦め・・・の部分が、変わりました。
何度も諦めようとしたけれど、結局できなかった私。
そして、今も音楽をやり続けている自分への希望とともに、変わったかもしれません。

ピアノは、私にとっては、外の世界との窓のようなものです。
思っていることを、言葉にするだけでは、誤解されることもあるけれど
音楽にするのであれば、そのまま想いを人に届けることができる。

ピアノは、私にとっては、光る海のようなものです。
限りない音と情感の中に、今できるものを持って飛び込んでいきます。
少しでも上手に泳げれば、それだけ、人に伝えられるものが増える。
少しでも伝えられるものが増えることが、私は嬉しいのです。





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最終更新日  2010年10月21日 15時11分09秒
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