Potatos Diary

お腹の風穴・拘束衣

お腹の風穴・拘束衣
(どてっ腹に風穴が開いた)

  今日は父のお腹にペグを取り付ける日でした。施術してくれる先生は、若い女医さんですが、ベテランの先生ですし詳しい説明を受けていましたので、術後の経過に不安はあっても、先生の処置については信頼していました。
 病室に行くと、父は、朝からすでに軽い麻酔状態で、ぼんやりとしていて、応答もはっきりせず、「鼻の管を取ってもらうから、辛いけど頑張ってね」というと、一言「あい」と小さな声で応えただけでした。

 1時間ほどで、病室へ戻ってきた時は、大きな声で「いたぁ~い!」と繰り返し叫んでいて、顔色もよく元気です。
 点滴は2本下がっていましたが、鼻の管がないので、見た目は楽そうに見えます。
 痛み止めの注射をしてくれても、しばらくは「いたぁ~い!!」と怒鳴っていて、病棟中に聞こえるような元気な大声です。
「痛いんだねぇ~」というと、「うん!」とはっきりした返事なので、「あのね!鼻の管を取るために、お腹に管をつける手術をしたの。今、痛み止めを注射してくれたから、もう少ししたら、止まるからね」というと、叫ぶのを止めて「は~い!」と言います。
 更に、「お腹の管にしたから、上手くいったらお家に帰れるからね。しばらく辛いけど、頑張ろうね」というと、「うん」と言い、静かになりました。
 しばらくすると、又「いたぁ~い!」と叫ぶので、「お腹に、穴を開けたんだもの。痛いよね~。でもそのかわり、鼻の管はもうしなくていいんだよ」というと、今度は「そうか~」と言い、又静かになります。
 何度か、その繰り返しをしているうち、痛み止めが効いてきたのか静かになって、目を開けてじっとしています。
 少し楽になったようでほっとします。帰るときは、穏やかな顔になり、眠っていました。

 ペグの穴を開けること自体は簡単ですが、たまに胃と、腹壁の間に腸が入り込むことがあり、その場合は、腸が邪魔になり開けられないこともあるそうです。
 又、開けた穴のまわりに感染が起こってくることもあるので、2週間は用心していかなければと言う医師の話です。
 脳梗塞を再度起こさない予防のために、血液をサラサラにする薬を8年間飲んでいましたが、ここしばらくは、ペグをつける時の出血を抑える為に薬を中止していました。
 けれども、今日まだ少し血が止まりにくいとのことです。点滴にアドナという止血剤の名前が書いてあり、黄色く色が付いています。

 とりあえず、うまく穴は開きました。出血がおさまり、感染が起こらず、傷のまわりが綺麗に固まってくれば、予定通りです。
 そこまできて、初めてこれをやってよかった、と思えるのでしょう。それまでは、これで良かったのかどうかまだ不安が残っています。

 昔の元気な父なら「おう!どてっ腹に風穴があいたか!わっはっは~!」と、豪放磊落に笑うのでしょう。
 そういってくれる日がくるのを心から願っています。

(ここからは翌日の日記です)
 「骨までひっこ抜かれたよ」

 昨夜は痛んだのではないかと、父の様子を心配しつつ、病室に行ったら、意外におとなしく寝ています。
 良かった!と思い、声をかけると、とたんに、しかめっつらになって、「いた~い!」と言います。
 あらら、ひょっとして、甘えているの?

 決まった時間にしか、見回りをしていませんから、ナースコールを押せない父は、呼んでも来てくれない心細さに耐えていたのでしょう。
 人が側にきてくれた事でほっとしたのね。
 それからは、しきりに「痛い」と言い、だんだん、元気になって「いてぇい~!」と、ついに怒鳴り始めました。
 「痛いよね~!」と私が言うと、「うん」と言い、5分位は黙ります。でも又、「いってぇい~!」と大きな声で力強く・・・
 「イヤだった鼻の管を取るのに、代わりにお腹にクダを付けたからね、ごめんね。収まるまでしばらく痛いんだよ」と理由を言うと、10分くらいは「うん」と言い静かになるが、いくらも持ちません。ずっと、その繰り返しでした。

 「入院費を支払いに行ってくるからね」と、言って会計に行ってきた後、病室の前にきて様子を伺うと、起きているが静かにしています。
 そっと中に入り、椅子に座りました。(動きが静かだと父の目に私の姿は見えません)
 じっと座っていましたが、10分程たって「ただいま~」といってみると、急にしかめっつらになり、「いた~い!」と!!
 そうか!やっぱり甘えているのですね~。でも痛いのは本当でしょう。

 そのうち、昨日処置を施してくれた女医さんが回診にきました。処置の間病室を出て、ロビーで休んでいると、「いってぇ~~い!!」と、物凄い悲鳴が聞こえてきます。術後の傷口の処置をしているようです。

 「オトコのくせに、痛いとか、苦しいとか弱音を吐くぐらいなら、ちんちん取ってしまえ!」と、言う人で、昔、どんな苦しい手術でも、大怪我をした時も、「痛い」なんて一言も言わなかった父なのに、見事な悲鳴を上げるものだと、感慨に浸っていました。

 処置が終わって、病室に入っていくと、父は「痛い!引っこ抜いた~!」と言います。
 「お腹の傷口の消毒しただけだよ。クダが入っているから、何かが引っ張られたように痛かったんだよね~」と、私。
 すると、父は 「いや!骨まで引っこ抜かれた~ 」と言います。

 おや!こんな表現までできるようになっているのね!
 痛みで泣きそうな顔の父には申し訳ないけれど、逆に密かに私は嬉しくなりました。
 あとしばらくの辛抱。お父さん、頑張ってね。





(拘束衣は止めてくれ)

 昨日夜になってから、病院に行き、1階の階段の下まできたら「~~~~~!」と、誰かが怒鳴っている声が聞こえます。
 大きな病院ですが、夜は静かです。3階に入院している父の声だと言う事がすぐ分かりました。
 エレベーターまで行かず、慌てて階段を駆け上がります。だんだん大きく聴こえてくるのはやっぱり父の声。
 息を切らして病室まで行くと、「チャックはずせぇ~~!」と怒鳴っています。

 お腹を撫でるクセのある父は、お腹に手が入らないツナギの寝巻きが大嫌いです。しかし、これを着ていないと、腹巻の中に手をいれ、おなかのペグから出ているチューブを引き抜いてしまう危険があるのです。
 オムツをちぎったり捨てるのは別としても、ペグだけは引っこ抜かれては大変な事になります。
 痴呆の人が、排泄物などに手をかけないために、自分では開けられないように隠しファスナーの付いたツナギのパジャマ、父は今これを着ています。

 父に「ごめんね~!チャックの服は嫌いなの知っているけど・・」と言いかけると、「コーソクイはイヤだぁ~~!」と、怒鳴る。更に、「なんでオレがこんなもん、着なきゃならん~!」と怒りまくっています。

 実は、父は若い頃に刑務所に勤めていた事があります。
 今と昔は刑務所の実態は違うのかもしれませんが、刑務所の囚人の扱いは相当ひどかったらしいです。
 独学で刑法を勉強して、上級の資格を取ろうと頑張っていた父は、間もなく刑務所のあまりにも非人道的な現実に嫌気がさして、別の職を目指し辞めたそうです。
 どんな様子だったのか、父はあまり語りたがりませんでした。

 拘束衣というのは、暴れる囚人の自由を奪う服らしいです。
 父は、ツナギのパジャマをそう呼びました。
 我が家で、父が紙おむつを引き抜いたり、ちぎったりしてお布団を汚す事が続いたので、ツナギを着せたところ、怒り狂ってベッドの柵まで引き抜いて投げ捨てました。

 今までに何回か、ペグと流動食をつなぐチューブを引っ張った為、ペグは幸い抜けなかったけれど、管の接続部分がはずれて、体の上に流動食が降ってきてベッドの中が流動食浸しになった事がありました。
 看護婦さんが気付いてくれず、濡れた気持ち悪さにいつまでも困って騒ぎ続けた事の印象が強いと思ったので、少し落ち着いたところを見計らって説明してみましたた。
 「あのね、お水が一杯こぼれて、ベッドの中が水浸しになったことあったでしょう?」
「うん!ひどいめにあったなぁ~」・・・この前はお寺の和尚に水をかけられたと思い込んでいましたが・・・。
 「あれねぇ、お腹のクダに手が引っかかって、引っ張られたから、クダがちぎれてお腹に入る水をかぶったんだよ」
  「ほうかぁ~?」
 「クダが千切れてくれたから、水だらけになるだけで済んだけど、一つ間違ったら、お腹の皮が破れてしまうところだったんだよ~~」 
 「・・・・」父は無言。
 「そうしたらね~!又、麻酔かけて大手術しなくちゃならないの」
  「・・・」無言
 「鼻のクダが痛くていやだったでしょう?」
 「うん!」きっぱりと言います。
 「鼻のクダが可哀想だから、お腹のクダに先生がしてくれたのよ~!」
 「だからね~~、クダはお腹の皮を通って胃袋とつながっているから、引っこ抜いたらお腹の皮ごと破れちゃうからね」
  「そりゃたいへんだぁ~~」と、父。
 「引っ張ってお腹が破れたら困るから、間違っても手が掛からないように、チャックの服を着てもらったの。意地悪じゃないんだよ~」 
 「そうかぁ~~」と、落ち着いた声でやっと言ってくれました。
 「この前は、クダが切れてくれたから良かったけど、間違ったらハラの皮が破れるところだったんだよ~」と、念押しに脅かします。
 「ね!だから、間違って手が入ったら大変だから、お腹の皮がもう少し丈夫になるまで、チャックの服を辛抱して着てね~」
 父は黙っていましたが、しばらくして一言。
「初めから、そう言ってくれればええのに~。言ってくれんかったら、できる辛抱もできやせん!」
 これには、私も噴出しそうになりました。
 今まで、何度も言ったつもりでしたが・・・・・??
(注)ー後記ー
 でも、やっぱり翌日もその次の日もパジャマの事で怒っていて、同じ説明を繰り返しました。

 今日は、かぼちゃに加えて、大根を食べてみました。
 圧力鍋で、2時間煮たのでトロトロに柔らかく、潰しただけでペースト状ですが水気が多すぎるのでトロメリンで少々固めました。
 「大根だなぁ~うまいなぁ~!」と、父は喜びましたが、今日は「おかゆも食べたい」と言います。
 この分なら、食べられそうです。
 土鍋でゆっくり煮てあげようっと。
 うれしいなぁ~~。


 (注)ー後記ー
 残念ながら、翌日から熱が出て、食べる事は禁止されました。
 とても上手に食べていると思っていたのに、やはり僅かの誤嚥(気管に入る)があったようで、肺に炎症が出ました。
 1ヵ月後、熱が下がり、プリンから再開したのですが、どうしてもむせてしまい、危険なので食べる事は以後禁止されました。
 父が美味しいと言って食べられたのは、この日が最後でした。




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