ダイスケ の 恋 |
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(その1)
「ダイスケの恋」 「お宅の犬はオシですか?」 我が家に貰われてきた当時、しばらくたっても近所の人たちにそう言われたほど、ダイスケは吠えない犬です。 たまに吠えられるのは、家のまわりをうろつく人です。 メーターの検針員や、家の裏に回って灯油タンクに給油する人などであり、玄関に真っ直ぐくるお客や配達員などには吠えません。 お隣は、ある会社の社長宅ですが、ある時泥棒が入ろうとしました。 その時は、ダイスケが、気が狂ったように吠えたそうです。(我が家は共働きで日中は留守でした) いつも吠えないダイスケが、すさまじく吠えているので、近所の人達が何かあったのかと、外に飛び出してきたそうです。 ガラスを1枚切っただけで、泥棒は慌てて逃げたのですが、後から駆けつけたセキュリティのガードマンやお巡りさん、近所の人に、ダイスケは大変褒めらました。 それほど、吠えない犬なんですが・・・。 ところが、この2~3日前から時々ウオ~ンと吠えることがあります。 何日か前に、キタキツネがこの街中にあらわれ、ダイスケのエサを取ったことがあるので、又か?と思って出て見ても、何もいません。 う~ん!やっぱり・・アレかな? きっと、どこからか、可愛い女の子の甘い香りがただようのでは・・・? 恋の季節になったようです。 きょう、夕方の散歩では、いつも寄るメス犬の「おいち」の家までグングン走り、引っ張られて私も息を切らして走りました。 雪道が滑るので、なかなか止まれません。 「おいち」は、血統正しい北海道犬(柴犬に似た体型でもっと大きい)です。 もう13歳、犬としては相当のうば櫻ですが、とても可愛い顔立ちで、このアネさんにダイスケは惚れているみたい。 織田信長の奥方である「お市の方」から名前を貰った「おいち」はプライドが高く、雑種の「ダイスケ」など相手にしてくれません。 いつもは、金網越しにダイスケが、クンクンよんでもツンと冷たい態度のことが多いけれど、この2~3日は違います。 特に今日は熱烈歓迎でした。 小屋から出てきて金網ごしにダイスケの鼻に鼻をつけ、どこか出られるところはないかと動き回ります。 ダイスケも入れるところはないかと、必死です。 2匹は鼻をつけたまま、鏡に向かって動くかのように同時に右往左往しています。 先日見たTVでは、「しゃべる犬」と紹介された犬が、ご飯というのに、「ゴアン!」と言っていましたが、「おいち」もそうで、人間がしゃべる様な声を出す犬です。 普段も「エウ!」「アゥ?」「アゥアゥェ~」と話し掛けてくる様子がとても人間の言葉っぽくて、つい返事をさせられてしまいます。 今日の「おいち」は、何とも切ない声で「ウフゥ~ン」「アハァ~ン~」「アウゥゥ~」「アゥ・・ゥゥ♪」と、フェロモンがムンムンの色っぽい声で、ダイスケに向かって、わめき始めました。 聞いているこっちが恥ずかしくなり、思わず辺りを見回したくらいです。 本当に、「オベントウ、持って習いに来たい」くらいの色っぽさです。私も少しは見習った方がいいかも・・・? 見ると、ダイスケは、力いっぱい小屋の金網に体当たりをして、金網がたわんでいます。 「こりゃ、まずい!」リードを引っ張ると、四ツ足のダイスケが踏ん張るので、二つ足の私は雪に足を取られて滑ります。 やっとのことで、ダイスケをオリから引き離し、公園へ向かいました。 しばらくは「おいち」の声が聞こえていて、ダイスケは後ろを振り返り、振り返り、歩きます。 帰りは、ずっと遠回りをし「おいち」の方角は避けました。 「ごめんね!ダイスケ!切ない思いをするだけだからね!」 (その2) 「恋の終わり」 ここ数日前から、ダイスケのお友達が小屋にいません。 お友達とは、前の日記「ダイスケの恋」に登場した、「お市の方」のおいちです。 しばらくは入れ違いに散歩に出かけているのかと思いましたが、何日も会えません。 老齢でしたから、病気にでもなって家の中に入れているのかしら? もしかして入院? それとも・・・・・? 会えない日が続き、だんだん嫌な予感がしてきました。 おいちを飼っているお宅は、昼間はお勤めなので、散歩で通りかかる時は不在のことが多いのです。 夜になって帰宅しているらしく灯りがついている時もありましたが、わざわざ玄関に入り、いちの事を尋ねる勇気もなく、不安なまま何日も過ぎました。 とうとうある日、犬小屋に掛けてあった錠が、ついにはずされていました。 「あ、おいちは死んだ!」そう思いました。 ダイスケは、相変わらず今日も会えない「おいち」の小屋のまわりをウロウロし、「クゥン」と鼻をならしています。 「ダイちゃん!おいちはもういないよ!行こうね!」とリードを引っ張ると、未練気に振り返り、振り返りしつつ歩き始める日々でした。 そして、今日、お家の方が帰ってくるのにちょうど行き合わせました。 聞くのが恐いと思いつつ、訊かずにはいられませんでした。 「いちは、もうトシで腎臓が悪かったの。お医者さんにも行っていたのだけど、急に具合が悪くなってね」 「とても苦しがってね、吐いて下血して・・どうにもならなかったの。」 「助けてくれ!たすけてくれぇ!って鳴いたのよ」 と、飼い主は涙ながらに語りました。 「おいち」は、人がしゃべるのとそっくりな鳴き方をする犬だから、きっと「助けてぇ」と、はっきり言ったのでしょう。それは良く分かります。 飼い主は、更に、「おいちが死んだら、その次の日に父親が倒れて入院したの。この犬小屋は父が建ててくれたもので、片付けようと思ったのだけれど、これを片付けてしまったら「いち」が父を連れて行ってしまいそうな気がして、そのままにしてあるの。」 そして、あまりにも辛かったので、もう二度と犬は飼わないと語りました。 犬にとって別れは理不尽なものです。 どんな理由があろうと、言い訳があろうと事情を理解することはできません。 どうしていなくなったのか、分からない事でしょう。 忘れられる長い月日が過ぎるまでは、ひたすら会える時を待っているのです。 捨て犬も同じ事ですね。(ダイスケも捨てられた犬でした) 立ち話をしている間も、戸を開けてあるおいちの小屋に入ろうと、ダイスケはグイグイ引っ張ります。大好きなおいちの匂いは、まだ残っているのね もう、ここは通らない。そう心に決めましたた。 ダイスケ、そうするからね。 (後記) この日記を書いてから、1年が過ぎました。 「おいち」の小屋はまだそのままに、戸口に錆びた鎖が下がっています。 たまにそこを通ると、ダイスケはやはり、小屋の金網に一応鼻をつけてクンクンしますが、すぐ諦めて戻ってきます。 1年たっても、まだ、「おいち」の匂いが残っているのでしょうか。 |