・「さかさ星」は、貴志祐介が得意とする日常の裏側に潜む異様さを、連作短編の形式で積み上げていく作品だ。30代から40代のビジネスパーソンにとっては、単なる怪異譚ではなく、 合理的に見える世界がいかに脆く崩れるかを体感させる思考実験 として読むことができる。
・本書は「さかさ星」と呼ばれる奇妙な現象、あるいは存在を軸に、複数の物語が緩やかにつながっていく構成を取る。各短編では、一見すると平穏な日常が描かれるが、ふとした違和感が入り込み、その正体が徐々に露わになる。人間関係、記憶、認識――それぞれの領域において、現実がわずかに“反転”する瞬間が訪れる。やがてそれらの断片は、「さかさ星」という共通項によって接続され、世界そのものの前提が揺らぎ始める。
・あらすじとしては、個々の登場人物が不可解な出来事に遭遇し、その意味を理解しようとする過程が描かれるが、物語は明快な解決へとは収束しない。むしろ、理解しきれないまま残る余白こそが、読後の不穏さを増幅させる。貴志祐介の筆致は、説明を過剰に与えないことで、読者自身の認識を巻き込みながら、 「現実とは何か」という問いをじわりと侵食させる 。
・30代から40代の読者にとって本書が響くのは、この年代が、日々の意思決定を合理性と経験に基づいて行う一方で、 その前提が崩れたときの脆さ をどこかで理解しているからだろう。仕事でも人生でも、「正しい判断」を積み重ねているつもりでも、環境や前提が変われば、その正しさは容易に裏返る。本作で描かれる“さかさ”の感覚は、そのまま現実の不確実性のメタファーとして機能する。
・『さかさ星』の魅力は、恐怖を外部の怪物ではなく、 認識のズレそのものから立ち上げる点 にある。目に見える脅威ではなく、「何かがおかしい」という感覚が積み重なり、やがて逃れようのない不安へと変わる。その過程は静かでありながら、読者の思考に深く食い込む。現実と非現実の境界が曖昧になることで、物語は単なるフィクションを超えた感触を帯びる。
・読後に残るのは、明確な恐怖ではなく、 自分が信じている現実は本当に揺るがないものなのかという疑念 だ。30代から40代は、安定や再現性を求める一方で、それが幻想である可能性にも薄々気づいている年代でもある。『さかさ星』は、その気づきを言語化せず、感覚として体験させる。日常の裏側に潜む“反転”を覗き込ませることで、世界の見え方そのものをわずかに変えてしまう一冊だ。
さかさ星 [ 貴志 祐介 ]
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