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きのう、えべっさんに行きました。すごくおいしものがいっぱいありました。ぼくは、バナナチョコのくろとピンクとイカ焼きとイチゴあめと大貝を食べました。すごくおいしかったです。その中で一番おいしかったのは大貝です。ぼくのは、運がよかって奥にいっぱいあってうれしかったです。
Jan 12, 2014
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お祖父ちゃんの遺言書お正月にお祖父ちゃんの家に行った。あまり入ったことのない2階の一番奥の部屋にお父さんと入った。その部屋には古いレコードと大きなステレオプレーヤー、旅行の時の写真があった。本棚の中にたくさんの古いノートを見つけた。お祖父ちゃんが1964年から毎日書いている日記だった。初めて見た。お祖父ちゃんは昔から体が弱く特に、自分の身をどうするか考えていたようだ。何十冊もの日記から遺言書が出てきた。内容は1.延命措置をとらないこと。2.利用できるすべての臓器は必要とする方々へあげる。3.残った肉体は医学生の解剖実習に献体すること。だった。僕は、お祖父ちゃんが死ぬのを待っているように感じた。少しさみしかった。そう言えば5年前に神戸大学医学部の献体に申し込んで当たったとよろこんでいたのを思い出した。献体は、登録者が亡くなると大学の医学部に遺体を提供して医大生が行う解剖実習に使われます。だいたい1年から2年で遺骨が返ってくるそうです。お祖父ちゃんは若いころたくさんの手術をしたため高校も1年みんなよりおおく行っています。闘病中にはげまされた病院の先生にあこがれ、自分んも将来は医者になりたいと思っていました。でも、経済的な理由や体のこともあり夢はかないませんでした。結局、お祖父ちゃんは高校の担任の先生進めるまま学校の先生になりました。そこでお祖母ちゃんと出会ったそうです。それから約35年先生の仕事をいっしょうけんめいがんばりました。しかし、若いころの医者になりたいと言う夢をわすれられずにいるようです。ぼくやおねちゃんに会うたびに「医者はいいぞ。」とすすめてきます。そういうことがあって医学部の学生に少しでも役にたてればと思い体を研究材料に使うことを思いついたのだろうとぼくは考えました。死んでまで体を切り刻まれるなんて残酷すぎて僕は少しいやだった。でも、将来の医学の発展のために少しでも・・・そんな気持ちもわかる気がします。ぼくは、お祖父ちゃんのように人の役にたってもらうのもいいなと思う。お父さんはどうするのだろうな・・・おせちを食べながら家族みんなで「生と死」について話するとは思わなかった。この1年、ケガや病気をしないで頑張ろうと思いました・・・・今年で77歳になるお祖父ちゃんはおまけの人生と言って毎日健康ですごしています。来月には45台目の新車が家にやってきます。むっちゃ元気やん‼
Jan 5, 2014
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