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今日は娘2人の中学校の体育祭でした。ついさっき終了。長女は数日前から憂鬱で、「嫌だ、嫌だ」とこぼしていた。どうやら100M走の選手が嫌なのだそうだ。小さな時から毎年リレーの選手に選ばれているのに、その度に嫌で仕方ないと言う。スポーツは得意な方で大好きなのですが、実は走ったり目立ったりが大嫌い。選手選考会の時に絶対にゆっくり走るんだ!と言っていたのに、先生に頼まれたそうで選手になってしまった。そのしわ寄せが私に来た。毎日、毎日、「嫌だ、嫌だ」と私に当たる。「なぜ人生に走る必要があるんだ!」「なぜ、私に決めたんだ!」そんな愚痴、私も聞きたくない。保育園時代の最後の運動会。年長組でアンカーだったときにゴールの目の前で転倒して2位になったことがトラウマなのだそうだ。正直、驚いた!そんな昔の事・・・・その後も毎年、リレーの選手になる度に憂鬱なのだそう。「長い人生のうちの ほんの数秒だよ、アッ言う間に終わってしまうんだから。」と言ったら、「その数秒で転倒して一生心に残ったら、こんな重い数秒は無いでしょう!」と言われてしまった・・・確かに・・・ごもっともか・・・・笑って話せるときがくるよ・・・と言おうと思ったけれど今日は止めておいた。で、今日の100M走は・・・・身体が随分と丸くなって、かなり重そうだったけれど、見事1位でした。「なんだ、心配することなかったじゃん!」と帰ったら言ってあげようか。イエイエ、こんな言葉をかけられるのも嫌な子なんです。何事も無かったかの様に振舞わなくては。
2009年05月31日
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父が亡くなってから11日経った。多くの人達から励ましや電話をいただいて、有難うございました。この場を借りてお礼申し上げます。私の生活も、5日前から私の生活も毎朝5時半に起きて一日がスタートする生活が戻ってきた。私は営業職なので、成績が給与に真っ直ぐ正直に跳ね返ってくる。実家に帰る前は、なかなか良いペースで仕事が進んでいたのですが、帰省で9日間中断してしまったので、戻ってからは今月の営業成績は半ば諦めていました。でも計算してみると、頑張れば何とかギリギリ自分の目標数字に届きそうだったので出勤初日から3日間かなり頑張って仕事しました。おかげで、何とかクリアできたのですが、その後が大変・・・疲れが一気に襲ってきて、身体が思うように動きません。歩くペースも、仕事ペースも亀の進み具合。しかも帰宅後3日目から3日間連続で太鼓の稽古がありました。子供達は相変わらず反抗一直線です。放送大学の勉強も全く出来ていなくて・・・来週はサテライトに一日缶詰になって勉強しなくちゃ!と思っています。でも、実家に一人残った母は後片付けや手続きなのでもっと大変だと思うと、私は弱音を吐いていられません。速く自分のペースに戻して、のんびりできる時間を作ろうと思います。
2009年05月30日
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18日午前0時50分父が亡くなった。突然だった。14日に酸素吸入をしたのを知らされたけれど、まだそれほど危機が迫っていた様子では無かったから。それから3日後に亡くなるなんて・・・・17日の午後に危篤の連絡を受けた。実家は遠いので、その日に行く飛行機は既に無くて翌日まで待つしか無かった。明日から休むかもしれない旨を急いで会社や子供の学校関係に連絡をして出発の準備を整え、翌朝を待っていた。けれど、その深夜に・・・「たった今、亡くなったよ。」と兄から連絡が入った。それから1週間、慌しく時間は過ぎた。400人余りの人が通夜と告別式に参列してくれた。私の田舎としては、かなりの人が駆けつけてくれたようだ。改めて父の仕事や知人関係の交友の広さを知った。初七日となった今朝は、元気だった頃の父が夢に出てきて目が覚めた。電話で仕事の話をしている父だった。慌しく終えた今日までは、ゆっくり実感する暇も無かった。今日、我が家に帰宅して・・・・少しずつ実感している。
2009年05月24日
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今日の出来事だはありませんが、GWが明けてから混雑を避けて行ってきました。 水族館大好きな私としては、嬉しいお出掛け で約3時間半でした。 ここ<アクアマリン福島>は3年前に出来た新しい水族館で、大変綺麗でした。 まず最初に感じたのが、働いている人の年齢層が高いと思ったこと。 都会のテーマパークはどこも社員やアルバイトは、若く子ばかりですからね。 でも、どことなくのんびりして、ゆったりして心地良かったです これは、館内でやっていた「マリンセンター裏側ツアー」に参加して知ったのですが、ボランティアの大変多く働いているそうです。 一日平均20人ほどが活躍していて、約220人もの人が登録しているそうですよ。 館内の裏側を案内してくれたのも、年配の女性でした。 小学生の子供達も数人参加していたのですが、子供の扱いも上手で好感持てました。 それに、この水族館は日本近郊のは社員が直接捕獲しに行っているそうなので、季節によっては水槽の中の魚が入れ替わるのだそうです。 巨大水槽に、かつおがたくさん泳いでいましたが、これも全部1本釣りしてきたそうですよ~いや~、羨ましい 私も是非連れて行って貰いたい 魚の漁に憧れます 何故直接取りに行くかというと、その魚が育っている環境や生態を知るためなのだそう。それが<環境水族館宣言>と名打っているこの水族館のテーマでもあるようです。 その為に、ボランティアの人も季節で変わるの勉強もするそうで、ボランティアと言えどもとても大変で、かつ やりがいのある仕事だと感じました。 ここは、サンマの飼育と研究を世界で唯一成功しているそうです。 生きたサンマを捕まえるのが難しいかったので、流れ藻に産み付けられた卵を採集してから飼育を始めたそうです。 世界で初の挑戦だけに、苦労が絶えなかったそうです 他にも、死んでしまった魚や他の生き物をホルマリン漬けにする部屋や、治療室、巨大な濾過装置など、多くの裏側を知ることが出来て、とっても楽しかったですよ~ 大満足 帰りは、小名浜だからやっぱり<お寿司>でしょうと言うことで 食べに行ったのですが・・・・ こちらは店の選択を間違えました・・・・ ちょっと残念でした・・・ 次回はちょっと近場の<江ノ島水族館>あたりに行ってみようかな。
2009年05月16日
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先日、実家の父が入院したことは、ここで書いた通り。ここ数年は数ヶ月に1回の割合で入退院を繰り返していた。 今日、様子はどうしたものか母に電話をしてみた。どうやら父は、いわゆる欝が少し入ってしまったようだ。 体調が悪いと医者に行っても、「もう、これ以上は処方する薬も有りません。自己管理をするしか方法はありませんよ」と何処の医者からも言われ「こんなに体調が悪いのに誰も相手にしてくれない」と思い込んでしまったようだ。 その思いが鬱となって現れてしまったようだ。 今日の午後から、急激な変化が有ったと言う。 先日の入院からわずか数日のうちに、ますます食欲も全く無くなり栄養は点滴から。 自分では何もしなくなり、そして立つことも出来なくなり益々やせ細ってガリガリだそうだ。 そして今日は、ベッドの側に置いてあるトイレに立つことさえ出来なくなり、自力での呼吸も大変になり、酸素吸入を始めたらしい。 母が話しかけると軽くうなずくものの、声を出して答える事も無くなった。 私は去年から、かなり弱ってきていた父を知っていたので、一度帰省しようしようとずっと思い続けていた。 でも簡単に帰省できる距離ではないし、子供達の忙しさ、私の忙しさなどもあって帰省を伸ばし伸ばしにしていた。 ただ、数日前に入院した時から、まさかこんなに急激に衰えるとは思っても居なかった。 この調子では、退院できるのか・・・ 看病する母も癌治療しながら生活しているので、人一倍疲れやすいのだ。 この先、両親共にちょっと心配の種になりそうです。
2009年05月14日
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仕事をしているとホントにいろんな事が起きてくる。 自分一人では対応できない問題も起きる。 問題から投げ出したくなる時も・・・ でも、仕事だからそうは出来ない。 そんな時、仲間にアドバイスを貰ったり、助けてもらったり。 心の底から仲間に支えられているのを実感する。 今日も帰り際に事件が発生! 直ぐに仲間からのアドバイスを貰って感謝、感謝。 いつも<人は自分一人では生きて行けない>と思っているけれど 今日は改めて実感。 まだ解決出来てはいないけれど、そんな仲間のためにも解決に向けて頑張らなくちゃね。
2009年05月11日
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サラリーマンの現役を引退して18年の実家の父自他共に仕事が出来ると思っていた現役時代毎日、若い部下を連れて飲み歩いたり、自宅に連れてきたり。一時は市長選挙に出ないか?との話もあった父。でもとにかく自分の子供には厳しかったので、私も兄弟もみんな父が大嫌いだった。自分達が大人になって、私と兄は父とも話せるようになったが、私の妹は未だに父には絶対会わない。公務員を引退してからも数年は元気にコンサルタントの仕事をしていた。日本中あちこち出張を繰り返していた。けれども体調を崩して仕事を完全に引退してからは、全く何もしない人間になってしまった。もともと家の事は一切しない人だった。なのに、現役時代の自慢話ばかりして、過去の栄光にすがっている感じだった。そして母に咎められると、文句ばかり言って母を困らせる。典型的な頑固親父だ。そんな父も病気になってしまったから大変!あちらこちらが痛い、辛いと言っては病院に行く。自分で健康に気を付けようとしない。食事制限をしなくちゃならないのに、全然しない(母に隠れて食べている) ↓ 胃を悪くする ↓病院から貰った薬が悪いと言って病院を変える ↓また暴食する ↓胃を悪くする ↓病院から貰った薬が悪いと言って病院を変える ↓また暴食するとうとう「処方できる薬は有りません」と全ての町医者から見放された。母が何度注意しても聞かないどころか、逆に「辛いのは俺なんだ!」と逆切れの毎日実家は北海道の片田舎なので結局、何度か入院したことのある札幌の病院にまで月に1回程、飛行機で通っていた?がその医者からも見放されたらしい。そうして「誰も理解してくれない」と思ったのか、軽いうつ病と拒食症になってしまったらしい。また入院しているらしい。日に日にやせ細っていて、自分で歩く気力、体力も無くなっているらしい。ひたすらベッドで寝ているらしい。私は、春休み、ゴールデンウィーク、共に帰省しようか迷っていたものの子供達の部活や、それぞれの習い事もあって帰省しなかった。このまま改善されなかったら、あの世からの呼び出しを待つだけになりかねない。孫の顔を見たら、少しは元気になるだろうか・・・・母は、私達に心配かけないようにと 今まで父が入院しても何も言ってきたことは無く、たまたま私が実家に健康を心配して電話をかけると、「今 入院しているの」と何度か教えてくれるだけだったのですが、今回はさすがに母から教えてくれました。母も昔、癌になり、今も薬は手放せない。それでも病気に負けまいと、いつも出来る範囲での趣味やスポーツや勉強をしている。そして、超わがままな父の面倒までみている。普通の人の半分の動きで生活をしなさい、と医者に言われているのに・・・時々、ダウンして半日寝ている時もある。そんな時も父は「食事は? 腹減った・・・」と言うだけらしい。母も父を同じ年齢つまり老人が老人を介護している。近いうちに、一度帰省してこようかな・・・・家族4人での帰省は、とっても痛い出費!でも、仕方ないね。また頑張って働かなくちゃ~~~!
2009年05月09日
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mixiのマイミクさんから教えてもらったの~面白いよ。興味もった方はやってみてね↓ ↓ ↓http://kakula.jp/homeSalon/
2009年05月06日
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近所のネパール料理の店でライブがあったので、子供と行ってきました。以前はこの店、インド料理店だったのですが、最近ネパール料理に変わっていたので先日一人でランチを食べに行ってきたのです。インド料理店の時のオーナーは、実はネパール人だったので、今回はネパール料理店に変えたのだな、と思っていたら新しいオーナーに変わっていました。このオーナーはネパール人。お会計の時に、私が「ミートゥサー(美味しかったです)」と言ったのがきっかけで少し話をすることになりました。オーナーが日本に来た1年半前に住んでいた町で、私がネパールの太鼓<マダル>を買ってきた事を話すと、今日のライブの時に持ってきて欲しいと言う事のなったのです。今日は、オーナーの奥さんとも結構話すことができたのですが、私はネパール語も殆ど忘れていて、ネパール語と英語と日本語のチャンポンでの会話それでも懐かしく思い出して、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。これを機会に、また少し勉強し直そうかな。楽しみがひとつ増えました~
2009年05月03日
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