全245件 (245件中 1-50件目)
癌をきっかけに、グーグルやヤフーで一生懸命に情報検索されている方も多いかと思います。私もそうだったんです。それがインターネットをよくやるきっかけでした。その後、ブログを書くようになりました。最近は、フェイスブックとアメブロをやっています。私のフェイスブックはここです祝好日ず~みんのブログ癌の治療後に元気に過ごす方が増えることを願って書いています。宜しかったらいらしてみて下さい。メルマガ登録のお願い:会社を退職後、与沢塾でネットビジネスを勉強しました。これをきっかけに、(癌のことはあまり出てきませんが)メルマガを発行しました。⇒ メルマガ「福笑い好転人生」
2013.01.28
コメント(0)
お久しぶりです。 私は元気です。口腔癌の治療をして8年、仕事復帰して5年でしたが、この8月で、一応定年扱いで、退職しました。がんの後の仕事、って、がんの前と同じようにできるとは限りません。私の場合、むしろ、同じにしてはいけない、と思って、負担の少ない仕事に変えて頂き、5年間勤めることができました。でも、これはきっと、ラッキーなケースですよね。仕事を失う方も多い、と聞いています。仕事を失っても、経済は大事ですから、収入を得る手段を考えねばなりませんね。今の私と一緒です。退職はしたけど、実は、まだ何かして働きたいと思っているのです。それで、職安に行ったり、営業系のセミナーに行ったり、しているのです。ブライアントレーシーさんの幕張メッセのセミナーに、今度行きます。ブライアン・トレーシー 来日特別ライブワークショップ 社長のための3日間集中営業ブートキャンプこのセミナーはちょっと高額ですが、営業の神様と言われるブライアントレーシーさん。この来日を記念しての、無料のネットセミナーもあります。期間限定だそうです。日本語に吹き替えになっています。メールアドレスを登録すると見られるはずです。収入を増やすための参考になるかもしれません。明日からの営業が変わる!!!「営業新時代プロジェクト!カッコイイでしょ。それに、内容が深い。今、ハマっているんです。
2012.11.15
コメント(2)
2月18日です。詳細の情報を頂きました。頭頸部癌についてのセミナーが開催されます。 私はもう7年前になりますが、上顎癌で、上顎切除したんですね。?だから右側のほっぺたが凹んでいるのです。リンパ節転移もあって?、IV期とか言われて、死んじゃうのかな~、って思ったんですよ?。 みつけてくれたのは、近所の歯医者さん。親不知が痛いのかと思っ?て受診したら、あらあらびっくりの癌だったんです。 頭頸部癌は例が少ないので、情報が大変少ないです。今回は専門医?の先生が説明して下さるとのことなので、貴重なイベントです。 ?会場からの質問も受け付けて下さるとのこと。 興味がおありの方は、参加してみられてはいかがでしょうか。 http://www.cancerchannel.jp/?posts/2012-02-18/12186.htmlここをクリックこっちの方が分かり易いかなクリック“Meet the Expertがん専門医に訊く ” もっと知ってほしい「頭頸部がん」のこと2012 www.cancerchannel.jp当日は、Ustream(ユーストリーム)をつかったインターネ?ット生中継でもセミナーをお届けします。会場へ直接お越しになれ?ない方は、Ustream放送室よりライブ映像をご視聴ください?。>>>Ustream放送室はこちら 【今回のテーマ】 「頭頸部がんの診断・治療について、正しい知識と情報を提供しま?す。」 頭頸部がんとは、脳、眼球を除く、鼻、口腔、咽頭、喉頭、耳など?の部分にできる悪性腫瘍を総称して頭頸部がんといいます。 このセミナーでは、頭頸部がんについての診断・治療と今後につい?て、正しい知識を提供し、後半のQ&Aセッションでは、参加者か?らの質問に専門医が回答いたします。
2012.02.04
コメント(8)
以下のイベントは残念ながら中止になったそうです。もっとヒアリングをしてから再企画するとのこと。===最近フェイスブックをやっていまして、そこでお知り合いになれたMさんからのお誘いです。 Mさんから、ブログでも紹介していいと言っていただいたので。 *** *** *** *** 『サバイバーの恋愛・結婚観について語りましょ in みのりCafe』 時間 2011年9月17日 ? 19:00 - 22:00 場所 みのりCafe 東京都文京区根津1-22-10 おいしい料理やワインを楽しみながら、がんの闘病経験者や慢性疾患をお持ちの方が 「恋愛と結婚」について語り合う会を開催します。 対象者は独身でがんの闘病経験がある方や慢性疾患をお持ちの方、そして疾患を理解 をしてくださる独身の方々です。 闘病経験者が日ごろ話題にすることを躊躇してしまいがちな恋愛や結婚についてワイ ワイ話せる場を作ろうと企画しました。 先輩の立場として「みのりCafe」の鈴木信行オーナーより、闘病経験者としての結婚 観やご自身の経験談をスピーチいただき、結婚相談所のコンサルタントより、現在の恋 愛、結婚事情や結婚サービスの裏側もお話させて頂く予定です。 *** *** *** *** このリンクは、 フェイスブックをやっていない方からも見えるのかなぁ?? Mさんはご家族が癌の経験があって、こういうことを考えるようになったとのこと。カウンセラーの学校を出られて現在マリッジカウンセラーをされています(そういう職業があるって初めて知りました)。 私は独身じゃないので、行けません(残念!)。 参加されたい方、ここへのコメントか、掲示板、又は私の『引越し先のブログ』のプロフィールから私へメールをくださいませ。 ⇒中止になりました。
2011.08.26
コメント(2)
お久しぶりです。元気に過ごしています。相変わらず、短時間勤務で仕事させて頂いてます。感謝です。昨日は久しぶりに、やっと、歯医者さんへ行きました。後遺症で口が開かないし、放射線治療の影響で抜歯ができないので、普通の歯医者さんに行けません。でも、紹介して頂いた歯医者さんに、元気出して行ってきました。よろしかったら引っ越し先にもお出で下さい。ではまた。
2011.08.24
コメント(2)
ずいぶんご無沙汰してしまいました。引越し先の方ではわりとよく更新しています。最近は仕事やら日常にかまけて、病院通いはサボりがちです。後遺症はあります。口がよく開かないし、噛めないし、飲み込みにくいしで、食べるのが極端に遅いです。間食をしたり、ウィダーインゼリーを食べたりして、補っています。仕事は短時間勤務で、3ヶ月に一度産業医の先生と面談をして、短時間勤務の指示をしてもらっています。もう、このまま定年まで短時間でいきそうな感じです。小6息子も高1娘も元気です。6年も経つと、癌の後は普通の日常です。よろしかったら引越し先へもおいで下さい。雑多な記事ばかりですが。最近はドロップシッピングとかやっています。
2010.10.15
コメント(0)
癌のサイモントン療法の川畑伸子先生の無料講演会があります。==サイモントンジャパンのホームページより==市民講座「がんとこころの関係」無料講演会~サイモントン療法によるがんのセルフコントロール法 (講師:川畑伸子)【 日 時 】2010年4月25日(日)14:00-15:30 (13:30受付開始)【 場 所 】日本大学医学部板橋キャンパス 図書館棟4階医学部記念講堂【アクセス】 ・東武東上線大山駅徒歩15分 ・池袋より国際興行バス4番「日大病院行き」終点下車【 定 員 】200【参加費】無料【 主 催 】 日本大学医学部附属板橋病院 共催:日本大学医師会 / NPO法人サイモントンジャパン【お申込・お問合せ】NPO法人サイモントンジャパンTEL:03-5856-9053 FAX:03-3946-8822 E-mail: info@simontonjapan.com=例年、サイモントン先生が無料講演会をされていましたが、亡くなられたので、日本のサイモントン療法第一人者の川畑先生の講演会になりました。何度聞いても学ぶところがありますので私も申し込みました。受け付けて頂けたのでまだ席に余裕があると思います。興味がおありの方、癌と関わって元気に過ごしたい方、是非いらしてみてください。
2010.04.20
コメント(0)
ご無沙汰しています。皆さんお変わりなくお過ごしでしょうか。先日、癌の治療後5年目の検診があり、お陰様で異常なしでした。11月の検診予定の日にインフルエンザになってしまい、12月になってからの検診でした。今、元気に過ごせているということに、感謝しています。5年たってみると、今元気だということへの感謝の他に、癌が自分を大きく成長させてくれた、と、驚きと供に自覚します。病気になる前の自分は、たくさんの無理をしながら、何も分かっていないで生活していました。今も、分かっていく途中ではありますが、もう、昔と同じような自分に戻ることはありません。年齢を重ねた、ということでもありますけれど。もうすぐ2009年も終わりですね。病気の方も、健康な方も、心おだやかな2010年を迎えられますように。
2009.12.28
コメント(0)
ご無沙汰しています。相変わらず元気に暮らしております。コメントを頂いたmelon2000さんにもちょっとご紹介したのですが、簡単にサイモントン療法のご紹介です。サイモントン療法の紹介で私が一番気に入っているのは、認定スーパバイザーの田村先生(医師)の「初級入門サイモントン療法」の紹介文で、ちょっと下の方にある、「サイモントン療法とは、患者に多くの喜びをもたらし、苦しみを和らげるカウンセリングプログラムです。」から始まる一文です。『希望を支え』っていうところが特に気に入っています。これは緩和ケアを担当される看護師さんを対象にした研修で、文部科学省のH19・20年度の「がんプロフェッショナル養成プラン」にも採択されたそうです。患者さんがこの療法を受けることは、認定カウンセラーのいるいくつかの病院などでもできますし、毎年春と秋にグループでこの療法を受ける6日間の宿泊研修もあり、それらの情報はNPO法人サイモントンジャパンのホームページに載っています。サイモントン療法の内容は本でもおおよそ分かります。一番読みやすいのは「がんのイメージコントロール法」、です。日本でのサイモントン療法第一人者で認定トレーナーの川畑伸子先生著。これは最近売り切れていましたが、川畑先生の加筆改訂版が出来上がったそうで、7月末には同文館出版から「がんのイメージ療法」として出版されるそうです。心が楽になり、体が楽になります。ごらんになってみて下さい。
2009.07.10
コメント(4)
お久しぶりです。先日、国際医療福祉大学付属三田病院で、久しぶりに主治医にお会いして、異常なしでした。その前の検診は、気付いたら行くのを忘れてました。今回お詫びしたら、「僕の予約はアバウトだからあまり気にしないで。でも、また、末永くずっと、来て下さい。」とのこと。そう、異常なしでも、先生のお顔は拝見しに来ないといけませんね。会社の検診のオプションのがん検診も申し込み、受けました。乳癌、大腸癌、など、異常なし。レントゲンを使う検診は申し込みませんでした。自覚症状は何もないし、放射線治療でいっぱい放射線を浴びているので、レントゲンはなるべく浴びたくないと思いましたから。多分、異常ないはずだと思っています。という感じで、全般的に異常なし。仕事と家事には追われていて、後遺症は相変わらずですが、元気に過ごしています。という感じの普通のきまぐれな日常を引越し先でブログ更新しています。アイドルグループ嵐の話題が妙に多い、何のブログか分からないような所ですが、よろしかったらおいで下さい。
2009.03.07
コメント(8)
国際医療福祉大学三田病院に、3年半検診に行きました。口の中を診て頂いて、首の触診をして頂いて、異常なしでした。上顎切除した部分でぷっくり膨れてきているような気がする所があるのですが、それも問題ないとのこと。ほっぺたの、植皮した部分と元の皮膚とを縫った所がひきつれていてちょいと痛いのですが、これは仕方なくて、もう暫くは様子を見るしかないとのこと。前回エピテーゼを紹介して戴きましたがそのままです。気にならないわけではないですが、一応気にせずに過ごしています。もし転移するとしたら肺なんですよね、と聞いてみましたが、もう3年半経っているから、どこに出るか分からない、とのこと。心配ならばPETを撮ってみますか、と聞かれました。新しいPETが入ったそうです。一般的な意味での健康診断の一環のようなもので、必要と思わないならばやらなくても良いとのことでした。会社の健康診断のオプションでいくつかの癌検診を受ける予定なので、PETはやめておくことにしました。もうこのままでずっと何も無しで行きたいです、と言ってみたら、「僕もそのつもり」と仰いました。是非そう行きたいものです。統合医療とかはされないのですか、と聞いてみました。私は自分では、術後に統合医療ビレッジにお世話になったことがとても良かったと思っているので。統合医療ビレッジには癌研病院で一緒だった先生も移っておられて、患者さんが良いと思うならば良いと思うとのことでした。但し、時間もお金もかかるし、誰にでも勧めることはできないとのこと。例えば、お酒を飲んで楽しんで暮らす方がいい、という患者さんもいるし、メンタルな部分の影響も大きいので、一人ひとり違って一概に言えないとのことでした。確かに、保健の効かない治療を全ての人に勧めることは、お医者様の立場ではできないのでしょう。お医者様の仰る事はやらねばならないと、プレッシャーになるという人も多いかもしれません。やはり、自分から求めて情報を集めて、自分の治療を自分で進めて行かねば、再発予防対策はできないかもしれません。普通のお医者様からは(治療の名医でも)再発予防については情報はもらいにくいようです。
2008.03.26
コメント(0)
昨日書いたエピテーゼのことです。国際医療福祉大学付属三田病院の主治医(私が手術して頂いた時には癌研病院でした)が紹介してくれたのは、アヘッドラボラトリーズINC.という会社です。ホームページがパンフレットに載っていたのでリンクしておきました。昨日は、術後三年経ったからエピテーゼを紹介してもらえたのかも、と書きましたが、パンフレットには術後間もない感じの写真もありました。早くから作れるものなのかもしれません。三田病院で力を入れ始めたのが最近の事なのかもしれません。形成外科とも一緒にやっている、とも仰っていました。口腔癌は眼球も失ったりする場合もありますが、自然な感じに修復できるというのは凄い技術です。
2007.12.20
コメント(2)
三田病院頭頸科の主治医のところへ行きました。口の中を診て頂いて、首の触診をして頂いて、異常なしとのこと。職場復帰して、ぼちぼちと仕事を再開しています。朝夕、慌しいです。ご飯を食べる時間が足りないですが、まぁまぁやっていけているということを報告しました。口の中、と言っても、半分は上顎が無いので鼻の中に通じていますが、その掃除をすると、固まった汚れ(つまり鼻くそです)が取れます。その剥れる後が、膨らんで来ているようでちょっと気になっていましたが、それも心配ないとのこと。削った骨の残りの部分だそうです。とてもきれいに保てている、と、また褒めて頂きました。いつもお風呂につかりながら、口の中の掃除を指でしています。術後2年目くらいまでは、柔らかい部分に触ると血が出たりしたものですが、最近はそれも無くなりました。始めは、触ってはいけないのではないか、とおっかなびっくり、でも汚れているのは気になって掃除していました。結局、触っていけないということはなかったようです。触っているうちに鍛えられてしまったのかもしれません。あとは、ほっぺたが引っ込んで固くなり(硬縮)、口の中が狭くなってきているようで、プロテーゼが痛くなることがあると報告しましたが、これはしょうがない、とのこと。硬縮が進まないように、プロテーゼで逆に押してあげないといけない、とのことでした。現状、プロテーゼを入れておけば徐々に慣れて楽になるので、慣らして過ごすのがよいようです。目の下も窪んできているのですが、これも骨が無いのでしょうがないらしいです。外科的に手術して(いわゆる再建のことでしょうか)直そうとしても、またその後かえって固くなったりする、とのことでした。それよりも、エピテーゼを使って外見だけ補うことはできる、とのことで、エピテーゼのパンフレットを頂きました。術後3年も過ぎれば、外見上の変化も落ち着いてきて、エピテーゼも作れる、ということなのかな、と思いました。外見は、そうひどく気にはしていないのですが、ほっぺたの「えくぼ」がけっこう深いのは、何とかできるのかもしれません。でも口が半分動かないのは、筋肉の動きは補えないわけだから、改善しないでしょうけれど。お値段も、チラリと見せて頂いた表によると、45万円とか、書いてありました。でも、目が無いのを補ったり、鼻が無いのを補ったり、耳が無いのを補ったり、という場合の値段かもしれません。そういう場合の写真があり、かなり高精度のものが作れる感じではありました。口腔癌の手術は大きな傷跡を残すこともありますから、高度なエピテーゼが作れるようになったことは素晴らしいことなのだと思います。えっと、明日にでも、紹介して頂いた連絡先をアップします。引越し先のブログは最近は仕事の話ばかりになっていますが、よろしかったらお越しください。
2007.12.19
コメント(0)
正確には術後2年と11ヶ月強です。仕事に復帰して、復帰可能という主治医の診断書をもらうために、来月の検診の予定を今日に変えて頂きました。一応、口の中と首のまわりを診て頂いて異常なし。先月、消化器の内視鏡検査もして異常なかったことも報告したところ、「それなら、3年目の検診としては満点ですね。苦しかったけれど、形になってきたね。」と言われました。形になった、っていうのは、どういう感覚なのでしょうね。手術をして下さった先生としては、自分の手術で、生きられる人間が出来上がってきた、っていう感じなのかな。統合医療ビレッジで処方して頂いている、セレブレックスとイミュトールのこともお話しました。「いいと思いますよ。」とのこと。仕事復帰可能の診断書ももちろん書いて頂けました。最近の事は引越し先のブログに書いています。よろしかったら遊びに来て下さいね。
2007.09.26
コメント(4)
国際医療福祉大学付属三田病院へ行きました。検診で、異常なしです。切除後の口の中が最近膨らんで来ているようなのですが、大丈夫だろうと思っていましたが、やはり異常ではないそうです。骨が残っているところの近くに、肉が少し盛り上がってきているようです。いつものように、ラコールを処方して頂きました。前回薦められた、食道・胃腸関係の検査をやはり受けることにし、紹介状を書いて頂きました。内視鏡はもうヤダナ、と思うのですが、そこの病院ではとても楽に検査が終わるとのこと。8月に予約が取れました。というわけで、無事に過ごしています。引越し先のブログを更新中です。
2007.07.09
コメント(4)
こちらには久しぶりの書き込みです。昨日、国際医療福祉大学付属三田病院で、術後2年半の検診でした。気になるところも全部質問して、現状、異常なし。3月に冷たい風に当たった後に腫れていたリンパ節も今は小さくなっていて、異常ではないとのこと。右の首のリンパ節は郭清していて無いので、左だけで働いているため負担は大きく腫れやすいということはあるだろうとのこと。でも心配な状態ではないとのことで、ほっとしました。上顎切除した側の、下の歯の歯磨きが難しく、歯茎が痛みがちになっていて気になっていたのですが、これも再発などの心配があるものではないとのこと。きれいですよ、と言われました。磨けるようになってきたのは最近のことで、今も十分には磨けないのですが、そうひどいことになっているわけではないようです。もう、再発をたくさん心配するよりは、むしろ別の癌を心配した方がよいとのこと。私の場合、やはり口腔の別の癌(何なんでしょうね)とか、消化器系ということで、食道とかが、他よりはあり得るそうです。口腔はここで見て頂いているわけですが。安心のために消化器系を内視鏡で一度検査しておくのも良いですよ、やりたいならば紹介状書きますよ、と言って頂きました。ブログ引越し後、グーグルブログの方で更新中です。引越し先を左のブックマークの一番下に入れました。が、いつも使っているパソコンが壊れてしまって、途切れがち。新しいパソコンが来るのを待っているところです。今は別パソコンから目をしょぼしょぼさせながらこちらに書きこんでいます。
2007.04.17
コメント(6)
ブログを引越しました。新しい記事は、『癌っの後だから普通の日常』 "歩きました!鶴岡天満宮まめまき(健康増進)"『ぴょんの子育て日記(癌っの後だから普通の日常:パート2)』 "英語の補習"どちらもグーグルブログです。(goo と google って別モノなのね)今まで病気の事と子供の事を混ぜて書いていましたが、今度は分けました。ここのブログ記事も残しておこうと思います。病気・病後の初期の事は日がたつと書けなくなると思うので。フリーページはまだ直す予定です。ガンについて初めて調べ始めた頃、闘病日記が途中で途切れて何年も経っているものがありました。できれば途切れないでいて欲しいと思いました。今後も定期健診の結果などはここでも報告しようと思います。今までお付き合い頂いた方々、新ブログの方にも問題なくアクセスして頂ける場合が殆どだろうとは思っています。是非おいで下さいね。が、万万が一つながらないということなど、あったとしても、何か私の記事を読んで頂いたご縁が、何かの良いことにつながりますように。この場所で私のつたない文章を読んで下さった皆様、ありがとうございました。新ブログの方へもどうぞおいで下さい。上のリンクのクリックをお願いします。
2007.02.08
コメント(11)
今日はいよいよ2月1日となりました。神奈川・東京の私立中学入試が始まる日です。塾友たちも、このブログでお話する機会のあった多くの方々のお子さん方も、本番に向かわれていると思います。健闘を祈ります。貴重な経験を経て、皆さんがそれぞれの素晴らしい未来を手にされますように。とうとうこの日が来て、本当にうちの娘は私立中とのご縁は切れました。本人が望んだ事、わが子ながらよく自分の道を選んだと感服する一方で、親の方としてもそれなりに一生懸命対処した日々がありました。殆どふっきれてはいるものの、かえって本人よりも引きずっているものがあります。私は何をしようとしていたんでしょうね。自分の中学生時代がつまらなかった。高校、大学と進む中で、私立中・高出身の方々がきらびやかに見えました。同窓会などで、かつての級友の多くが子供さんを私立に進ませているのも見ました。公立中についての多くの否定的な現状報告も聞きました。「ゆとり教育」のお陰で、自分の時よりもさらに現実がひどくなっていることは、明らかだと思えました。一般論としては。その中で親としてのベストな判断をしようとしたのですけど。だけど、私が行った中学校と、娘が行く中学校は違います。公立中と言っても一つ一つ違います。私立も一つ一つ違い、その中で一人一人がどう過ごすのかも違います。現状で、"本人にとってベストな選択"をした上で、その選択を良いものにしていく努力をすることが基本なのだと思います。数日前、ご近所の方との、もうすぐ受験でしょ? いえ、受験はやめました、I中へ進みます、との会話から、ゴルリナが行くI中学校に関連しての素晴らしいお話を伺いました。もう30年も前に、お子さん3人をI中学校に通わせたという方です。その頃、I中学校は荒れていたそうです。一番上のお子さんはI中学校へ入学して先生とも合わず、小さくて言い返さないので友達からもいじめられ、学校へ行かなくなってしまったとのこと。とても大変だったのだと思います。その時、その方は、教室へお花を生けに行かれたというのです。お花を習っておられて、その習ったお花を生けたそうです。お花の教室の間の日には近所のお店で買って生けたそうです。剣山が心配だったけれど乱暴されることはなく、続けるうちに、生徒が水を替えてくれたりするようになったとのことです。ずっと続けるうちに、生徒の感想文などももらうようになったとのこと。お花のお陰で教室が明るくなりました、家でけんかをして来たけれど教室でお花を見たら穏やかな気持になりました、などとあったそうです。会うと挨拶してくれる生徒もでてきたとのこと。お子さんは無事高校生となられ、もう、3人とも卒業して、教室に入れなくなったので、今は(!)I中の玄関に生けておられるというのです。30年も続けておられるのです。いじめのニュースなどを聞いて、正しい事をする子がかえっていじめられるなど、なさけない、大人ができることをしたいから、と仰っていました。今の校長先生からも生徒に学校の玄関のお花を生けて下さるおばさんについてのお話をして下さったそうで、今も、会うと生徒から挨拶をされることがあるとのこと。さらに、毎年、I中の卒業生の全員に、『しおり』をあげているとのことです。見本を頂きました。お花の関連の知り合いの方で日本画をされる方があり、小さな紙に様々な絵を描いて、「ありがとう」の言葉が添えられています。パンチで穴があけられてリボンが結んであります。紙は和紙で、それもお花の関連の方で本の装丁を仕事にされる方があり、余った紙を切って使うそうです。手作りです。美しいです。今、I中は荒れていません。それどころか、優秀です。優秀すぎて、いわゆる内申の点では不利な学校です。テストで同じ成績でも、隣の学校では当然5が貰える子がI中ではもらえない。高校入試で内申重視の神奈川県では優秀なI中は不利になってしまう、そんな学校です。そんな素晴らしい学校にI中を変えていったのは、30年にわたるお花の継続や、「ありがとう」の美しい"しおり"を卒業生全員にあげつづけて下さった地域の方々の営みなのでしょう。さらになんと、今回はゴルリナたち小学校の卒業生全員にも、ありがとうの"しおり"をあげたいとのこと。ボランティアでやっていることだから、何も強制や押し付けではなく、今までつてがなかったからできなかったけれど是非、と言って下さいました。例年中学の卒業生にあげているという仲間の方々も皆、中学校にも小学校にも既につてがない年代の方々だそうです。I中父兄の大先輩の素晴らしいお話、私も成長せねばと思います。素晴らしすぎますね。今日、ゴルリナに先生へのお手紙を持たせました。見本を添えて、全員にあげることをお願いして良いかどうか伺いました。受けて下さるとよいなと思います。
2007.02.01
コメント(4)
携帯から更新してます。できるようになったようですね。夜、家族が寝てしまうとリビングのパソコンが使えなくなるので、携帯からやっています。あと、病院などに出かけた時も、電車やレストランなどから携帯で。結構、携帯からやることが多くなりました。復旧して良かったです。
2007.01.31
コメント(0)
新カテゴリ『学習・教育関連のこと』を作りました。今まで中学受験関連でないお勉強関連のことなどは『小学生ママの日記』に入れていましたが、分けようと思います。英検教室から電話を頂きました。合格しちゃったとのこと。短期間だったので、文法などまだ身についていないけれど、一緒に受けた他の子達もそろって合格し、そろってゆっくり4級の内容を始められるので2月は今のクラスに引き続き在籍するのがよいでしょう、とのこと。まだ中学総合のクラスは始まらないので。ゴルリナも先週土曜日には今のクラスの通常授業(英検直前冬期講習ではない授業)のお試しを受けさせてもらいました。2月は通常授業に行きたいそうです。他のメンバーは1人を除いて皆低学年生で、今のクラスはイヤだ、と言うこともありましたが、行く気になってくれるならラッキーです。低学年でも既に一年間5級の内容をやってきた子達なので、その子達の方が英検の点は高いのですね~。4月から中1生のメンツは保てるのか。なんていうプレッシャーを与えないように、注意しようと思います。まずは残りの小学校生活を悔いのないように楽しく過ごし、スムーズに中学校の生活を立ち上げられるように考えねば。それにしても、英語、中学受験(やめたけど)、高校受験、考える事が多すぎて、今の子(とその親)は大変です~。
2007.01.31
コメント(2)
今日は歩きました。お父さんの万歩計で2万1千歩だから、私はそれ以上の歩数のはず。足が短いから。お昼や休憩を含めて5時間くらいかな。鎌倉に行こうと言うので、付き合いました。歩けちゃったけど、帰って来たらくたびれて、夕飯は肉まんとピザを暖めて済ませちゃった。わっはっは。横浜から建長寺さんへ向かう山道は、途中からえらくでこぼこのハードな道となりました。ハイキングコースと言うにはきつかった。鎌倉駅の方まで行くには時間もなくなり、北鎌倉駅からJRで帰ってきました。午前中から行ったけど、お昼には帰れないので、冷凍のピラフとお湯を注げばできるごまスープを、ゴルリナに頼んでゴル吉にも食べさせてやってもらいました。フライパンで炒めて料理できたようです。実は、お姉ちゃんに弟の食事を頼むというのは、今日が初めてでした。いつもケンカしているからどうかな??と思ったけれど、お昼に電話して確かめたらちゃんと食べさせてやれていました。これは、記念碑的にすごいことです。成長したもんだ!! これで、姉弟で残して親だけ2人で遊びに行けるという実績ができました。ゴルリナは今日が英検5級の試験でした。行ったそうですが、どうでしょうねぇ。結果を聞きに行かなくちゃ。ゴル吉も近所のお気に入りの池での遊びを満喫したようです。
2007.01.28
コメント(10)
楽天リンクスという機能があるようですね。使ったこともなく、入ろうと思ったこともないのですが、プロフィールのところに『リンクス参加中』となっていたのです。内容も知らないんですが、楽天の中で友達でつながりましょう、みたいなもののようです。で、いつから私は参加中になったのだろう、といぶかりつつ、クリックしてみたのです。すると、名前の欄があって、なんと、私の実名が書いてあって、「なるべく本名を使いましょう」なんて書いてある。リンクスの中だけだからいいという考えらしいですが、私の感覚だと、ネットの上に本名を乗せるなんてあり得ない。個人情報を勝手に乗せられたら困るなぁ、と思ってしまいました。で、色々見てみたら、プロフィールの設定のリンクスの所に、チェックが入っていたのです。デフォルトがチェックありになってるらしい。で、名前の欄のデフォルトが、実名になっていたらしい。設定の所のチェックを外したら、プロフィールのところのリンクス参加中もなくなりました。ちょっと、楽天さん、不用意じゃないですか。気をつけるのは本人の努めだけど。と思いました。
2007.01.26
コメント(4)
今日はお天気がいいです。サイコ~。気持ちよくお洗濯ができます。一昨日の夜、「お母さん、吐いた。」のゴルリナの声で起こされました。ばっちり、敷き布団の上。夕食で食べたオムライスが消化されずにどっさりとぶちまけられていました。下痢は無く、一回吐いただけで、流行のノロウィルスではなかった模様。ノロだと30分おきに吐くそうですから。どうやら、食べさせ過ぎてしまったようです。ゴルリナが夜に吐いたのは久しぶりです。小さい時には毎年のように、風邪などで、冬は一回くらいは夜に吐くことがありました。ゴル吉はそういうことがないのですが。掛け布団のカバーにもくっついていたので、カバーを外しました。毛布にもついていました。敷布団の敷きパッドの上の"どっさり"を、ポリ袋にスプーンで集めて捨てました。見ていたゴルリナが言いました。ゴ「私もお母さんになったら、そういうことをしないといけないの?」母「赤ちゃんの時にはおむつも替えたのよ。ウンチにも触るんだよ。」敷きパッドの下のシーツにもびっしょりと染みていたので、それも外しました。その下の敷布団にも染みていたので、キッチンタオルと新聞紙で吸い取りました。それ以上はどうしようもないので、濡れた部分の上にタオルを何枚か乗せ、新聞紙を乗せ、バスタオルを二枚乗せた上に、タオルケットを敷いて、寝かせました。小さい時と手順は同じです。ゴルリナが時々、言います。「私は子供は産みたくない。大変そうだから。」大変は大変。私も若い頃、自分がお母さんになれるとは思えませんでした。でも、ゴルリナとゴル吉が生まれてきてくれたお陰で、なれました。げぼして気持悪かったでしょうが、お陰で(?)ワガママ者の私にも"優しいお母さん"のまねごとができます。10年か、20年か経ったら、ゴルリナも子供を産みたいと思うかな。母は孫を見たいからね。昨日はシーツを一枚と毛布しか洗えませんでしたが、今日は、残りのシーツ、分厚い敷きパッド、タオル類、まくらの外カバー、まくらの中身のカバー、まくらの中身まで、洗えて、お布団も干せました。ゴルリナはすっかり元気になり、昨日はバスケットの朝錬と、球技大会の準備の2時間続きの体育をやってました。家族もお天気も元気です。私も。
2007.01.25
コメント(4)
一旦は中学受験をすると言っていたゴルリナですが、通える範囲に本当に行きたい学校がみつからず、先の12月で受験をやめました。もう、2月校も出願本番、入試も目の前、本当に私立校とは縁がなくなりそうです。けれど、また最近は色々なことを言っています。1つには、英語のこと。この1月から、近所の英検教室に通い始めました。今度の日曜日が5級のテストです。たった三週間の勉強で5級の範囲が身につくはずもなく、合格してもしなくても、春からは4級に上がるのではなく、「中学総合」のクラスに入るのがいいと言われています。このクラスの殆どは私立中の新1年生です。ゼロから英語を始めるクラスだけれど進度が早く、4級のクラスと同時期に3級へ進むそうです。私立は学校で毎日のように英語があるので、5級、4級の範囲を早く進めるのです。でも、公立の生徒がこのクラスについていくのは学校の授業が手薄な分大変とのこと。中学総合のクラスに入らないとすると、5級のクラスとなりますが、5級は内容的には中1ですが、小学生が主体です。今ゴルリナが行っているクラスも、6年生は2人で、あとは5年生とか3年生とからしい。中1生になって、小学生と一緒にやるのはキツイです。かと言って4級のクラスに入るには、基本的な単語の綴りもきちんとやっていません。ゴルリナ「じゃぁ、私立の生徒は中学総合のクラスでどんどん英語をやれて、公立の生徒はそこで1人苦労をしなくちゃいけないの?」母「だから、今5級の範囲をやっているでしょ。今やっていれば、私立の人たちは今受験で忙しくて英語はやっていなくてゼロから始めるのだから、ついていけるでしょ。」ゴルリナ「私立の子と一緒にやるのはイヤだ。どこの学校の子だろう。私、暫くたってから、やっぱり私立へ行けば良かった、って、後悔するのかなぁ。」公立の生徒も3人集まれば公立生だけのクラスも作れるとのことです。が、この英検教室は学校の進度とは関係なくどんどん英検を進める教室なので、公立生はあまり来ないらしいのです。ゴルリナも、公立の標準的な内容よりは高い内容をやりたいとは思っています。私立の子と一緒にやってみることになる予定ではありますが、本人は不安なよう。公立進学でのもう1つの不安は、高校受験へ向けての勉強です。ご近所で中学受験をされて、思う学校へ合格せず、合格した学校を捨てて公立へ進学されたお子さんがいらっしゃる方があります。号泣されたけれど、結局、意に染まない進学をするよりは公立の方が良かったと、後になったらお子さん本人も分ったと仰っていたそうです。聞いてみたところ、夏休みに模試や夏休み講習は受けたけれど、中1の間は塾へは行かせなかったとのことでした。それでも中学受験勉強の内容による貯金で良い成績だったとのこと。そんな例もあり、中学への入学当初は、塾は考えなくていいと思っていたのですけど。でも、ゴルリナに催促されました。塾、どうするの、って。中学受験への参入が遅かったゴルリナは、フルに4年生から始めた子たちよりも国・算は1年1ヵ月遅れ、理・社は1年半後れて始めました。で、後れて始めたら苦労するのを知っているから、後れるのはイヤだと言うのです。しかし、これも良さそうな塾がどこにあるのか分りません。中学受験組みでないお友達も塾に行っていますが、そこに行く?と聞いてみると、レベル低いよ、と言ってそんな気にはならない様子。ゴルリナは何人かについて、時々頼まれて算数などを教えているようです。だから、その内容が分るのです。受験組みとして勉強した内容から見ると、易しい内容なのです。公立中へ行くということは、学校でその子達と同じ授業を受けるということ。それは今の小学校でもそうなのだけれど、今まで曲りなりに勉強の情報源だった塾が無くなってしまうのも、困るのかな。N研はもう無いし。あってもあんな生活をさせたくもないし。半年くらいゆっくりしてもいいと思ったのですが。受験して挫折といったストレスがあるわけではないし、そんなに今まで一生懸命やっていなかったから、また後発を繰り返すより、何かやらせた方がいいのかしら。そんな事を悩みたくなかったから受験しようと思っていたんだけど。公立中の学習内容、私自身の経験では、ものすごく退屈でした。クラブ活動をいくらやっても、あの退屈は癒されなかったなぁ。私の時よりもさらに削減されている指導内容。でもそれが現状であって、娘がそこへ進学するというのなら、対策せざるを得ません。ダブルスクールとなりますかね、やっぱり。でもどこがいいのだろう。英語だけじゃダメなのかしら。母としては、もっと「受験生の母」を休みたいのでした。高校受験はまだ先なのに~。
2007.01.24
コメント(2)
どうも、最近、携帯からの更新ができないです。記入の所などに殆ど入れない。記入ができることがたまにあったりするけれど、カテゴリ選択、タイトル、本文の全項目が終りません。何かに(タイミングで?)ブロックされているのかしら。今日は久しぶりにパソコンから更新しようとしましたが、反応が重い。バックスペースで消そうとすると、反応しきれずに変なところに挿入箇所が飛んだり、変な所をごっそり消したり。今入れていたのは、全文消えてしまいました。遅く入力って、できないです。消す時のキー操作も、遅くしたくないなぁ。記入用の画面構成が最近変わっていますが、それのせいでしょうか。それとも楽天さんが栄えていて、使われる量が増えているのかも。携帯からはできる状態にしておきたいな~。
2007.01.24
コメント(2)
昨日の結婚披露パーティーは、職場の仲間だけのごくごくインフォーマルなものでしたが、めでたさムード満開でした。職場の人たちも、未婚率が高いことは問題に思っています。部長の手短な挨拶にも、新婦に対して、「あの辺に(座の一角の未婚メンバー達を指しながら)選り取りみどりの『手駒』をそろえてありますから、是非お友達を紹介してやって下さい」とありました。ここは私の入社当初の部署で、今の所属ではなく、この部長は今の上司ではないのですが、良い部長さんだと思います。部長さんはこういう面を大いに気にしてあげて欲しいと思います。皆私とは顔見知りだけれど今の所属部署ではないので、私が休職中ということも知っていても何も仕事の話や復職の話もなく、気兼ねなく楽しめました。子供たちも久しぶりに会った他の子供と一緒に、はしゃいでいました。なぜか、部長さんが一番子供達に人気がありました。ちょっと前に結婚した別の同僚は、最近赤ちゃんが生まれました。その写真を持ってきて、生まれた時の様子を全員に説明して回っていました。久しぶりに会った同僚達はうちの子供たちが以前よりもぐっと大きくなったことに嬉しい驚きを告げてくれました。何年かに一度でも、子供達が色々な大人の姿を見、話を聞き、自分を見てもらえるという経験はとても貴重だと思います。できるだけ、その大人たちは結婚して子育てして、という姿であって欲しいと思います。新郎くんは、ほよ~とした感じの人です。新婦によると、新郎くんがどんな時にもあわてないで余裕があるところが良いと思ったそうです。正直、この新郎くんが結婚という話を聞いて、私は驚きました。そういう方面でちゃんと頑張っていたとは、思いもよらなかったのです。これは、昨日の参加者の殆どの人の感想でした。ただ、このバリバリのエンジニア集団で、結婚する人といつまでもしない人とには、何となく傾向の違いがあります。未婚率の高さは職場でもよく陰の話題に上って、なぜなのか、ということが色々言われます。『いい人ほど結婚しない』なぜあんないい人が???と思うような超優秀で性格も超いい人が、何人も、いつまでも結婚する気配がありません。他方、彼は面白いけどちょっとねぇ、という人の方から結婚していく傾向があります。ちょい悪、が結婚には必要なんでしょうか。また、仕事を律儀にいくらでもこなして上司の要求を満たす力があり、会社一直線という人も結婚しません。優秀エンジニア路線で、人望も厚く、将来も期待されるような人が、(ミーハー的に見ている者にとって)華やかに結婚したのに、暫くして離婚したりということもあります。もうちょっと前にはいわゆる熟年離婚と言われるような、部長が所長になった頃に離婚された、というのもありました。今は熟年に至る前に数年で離婚するらしい。今回の新郎くんは優秀なんですが、会社一直線という雰囲気でなかったのは確かです。私にとっては後輩に当たり、仕事も関係が深くてものによっては『指導』したこともありましたが、やる気があるんだかないんだか、もどかしく感じるようなことも無かったわけではありません。でも、会社の仕事にとっての人材として見るだけでなく、家庭人になれるかどうかという面を見る人に出会ってくれたわけです。よかった。あの、ほよ~、に値打ちがあったのね。正直、昔、お世話になった部長が所長にという時に離婚されて『乱れた』のを見た時には、部下としてはやるせない思いでした。どういう人を昇進させていくかという事も、会社は考えていかないといけないのでしょう。仕事ができるということのベースには家庭がある、という当たり前の事が、まだまだちゃんとはサポートされていないのではないでしょうか。ホワイトカラーの残業代ノーカウントということが話題に出ていますが、まだまだ弊害の方が多そうです。むしろ男性の出産育児休暇奨励金でも出した方が、男性自体も変われるのかもしれません。その方が真面目路線のいい人たちも変わっていけるかも。少子化対策としても。息子を『ちょい悪』に育てるというのも難儀そうですけどね。真面目人間に育てようとしてしまいそうです。
2007.01.20
コメント(2)
明日は、会社の知人の結婚披露パーティーがあります。子供も含めて家族で呼んでくれました。子供の着る服を選んだり、新しい靴下など、買うものリストを作ったり。滅多にないことなので、子供達も喜び、おしゃれしてネクタイをすると言うので、子供用のネクタイを2本買いました。晴れの披露パーティー、感慨もひとしおです。うちの職場は、いい年なのに結婚しない人がとても多いのです。世間並みで言えばバリバリのエンジニア集団です。忙しいけれど、収入は標準以上のはず。で、女の人も2割程度いますが、女性たちはまず例外なく結婚します。入社前からお相手は決まっていたという人も多いし、女性の数が少ないので、社外の人との縁がない場合でも大抵社内のお相手と結ばれます。結婚を機に退職する人は非常に少ない印象で、子供を産んでも皆働き続けています。世の中で、「負け犬」っていう言葉があるじゃないですか。専業主婦で子供がいる人の方を「勝ち犬」と呼び、仕事のキャリアがあっても独身・子供なしの女性を負けと分類する呼び方。うちの職場だと、女性は仕事も結婚もしていて子供もいるのが普通です。で忙しい生活をしています。ちょっと上の年代だと、女性自体いないので、会社での将来像は描けないということはあるのですが。それで、私が思うに、この世の中で言われるところの「負け犬」よりももっと負けた?所にいるのが、高給取りエンジニアの独身男性諸氏ではないかしら。高学歴、高収入、真面目、非の付け所のない、いい人達です。もったいないにも程がある、という、日本にとってのこの上ない損失、と思われる、のに、何年たっても彼らが結婚する兆しはありません。いいお父さんになりそうな人たちなのに。1人の独身高給取り男性エンジニアは言いました。「僕達みたいなのは淘汰される。」彼らが独身であることにはそれぞれの理由があるのだろうけれど。最近は後から入ってくる後輩の方が、先に結婚していきます。思うに、この独身三高諸氏は、ちょっと、時代に後れているのかも。何となく、後れていてもずれていても、女の人は相手に応じてなんらかのきっかけで自分を変えていけることが多いのではないかしら。でも、男性は、そういかないのかも? で、時代遅れな男性は子孫も残さず本人もろとも『淘汰』されていく、という、キツイ現実が。というような事を、深く深く嘆いていました。もったいないけど、もう私では救ってあげられない! 結婚しちゃったから。と思うことが続いていたここ数年でしたが、救われる人が現れました。めでたい!やっぱり、職場の人たちは順繰りに結婚し、子供を育て、若い人たちに将来像を見せなくっちゃね。いえ、独身を通す将来像もいいのですが、それだけではない職場であってほしいと思っていました。うちの子達も呼んで頂けたので、娘にも「お嫁さん」を見せてあげられます。将来像の参考にしてくれるように願っています。息子も、子孫を残せる男に育てねば。
2007.01.18
コメント(0)
下の2年坊主のゴル吉の国語の今の課題は、ゼロ才の頃から年令を追って今までの自分について親などにインタビューして振り返り、写真を交えて文章を書くというもの。一緒に写真を選びました。選びつつ思ってしまいました。この課題が、苦痛であるような子もいるのではないかしら。ゴル吉の場合、屈託のない4才くらいまでの写真の後、私が入院していた時期に入ると、写真の数が減ります。保育園の運動会やクリスマスのイベントの写真はあるけれど、表情が暗い。何を思っていたのだろう、心で問うてしまう。その後、私は退院したけれどヘロヘロで、ゴル吉も保育園へ行けなかった時期を経て、入学式の写真。私と並んだ写真はあるけれど、私は顔半分が凹んでいます。並んでいる方ではなく1人で写っている方を選びました。あの時期は、息子の心の中では平穏に納得できる日々となっているのかしら。多分、自分が何を考えていたのか、自分でも自覚出来ないのではないかしら。思考停止になってしまって、また、課題がなかなか出来上がらない、ということになってしまうかも。でもそれは国語力の問題じゃない。全ての子供が幸せな家庭生活を過ごしてきたわけではないでしょうに。幸せな家庭ばかり、と想定されているかのような課題じゃないでしょうか。そうでもないのかな。それぞれに振り返る練習をするのでしょうね。今、そばに居てやれる事の有り難さをかみしめてしまいます。===国語じゃなくて生活科の課題でした。先生方はステレオタイプでなく、どんな立場の子供も指導できる配慮と力量を持って欲しいと思います。
2007.01.17
コメント(2)
今日は国際医療福祉大学付属三田病院に行きました。眼科と頭頸科です。歯科とリハビリ科は来週です。頭頸科は術後2年3ヶ月の検診、異常なし。上あご半分切除しているので口から鼻の中を触れます。鼻の中でぷっくり膨れてきている感じの所があるけど、多分大丈夫だろうと思ってましたが、やっぱりもともとある正常な組織とのこと。鼻の掃除をしていると血が出てしまい、いつも傷っぽくなっているところがあるのですが、これも心配ないとのこと。「どうやって掃除しているのですか? いつもきれいにしているなと思っているのだけど。何か器具とか使っているのですか。」「いいえ、指でやってます。」「きれいにするのはなかなか難しいんだよね。お手本にしたいくらいきれいですよ。」意外でした。褒められちゃいました。傷も気にするほどではないようです。眼科は混んでいたようで予約の時間よりも2時間以上待たされましたが、これも異常なし。
2007.01.15
コメント(3)
今朝はゴルリナは英語の冬期講習の4日目に行きました。この冬期講習は冬休み講習という意味ではなく、一月末にある英検テストの直前講習なのです。来週の日曜日もあります。冬期講習の後は英検教室の1月からの通常講習があり、まだ申し込んでいないのですが、申し込むように娘に催促されてしまいました。やる気あるみたいだわ。中学受験は1月受験が始まっています。2月受験は申し込みをする時期です。もう、本当に中学受験はせずに公立へというルートで確定しそうです。小学校からは、公立中の制服を用意するための案内や、体操服や上履きを用意するための案内も来ました。ピアノのレッスンも再開しました。あとの日々はバスケットボールの練習に精を出しています。
2007.01.14
コメント(0)
弘法大師空海さんのファンだと書きましたが、今まで、1つ気になっていたことがありました。空海さんが厳しい修行をされて、最後も即身成仏(生きたまま仏になる)されているということです。とっても苦しそうな生涯だと思って、ついていけないと思っていました。高野山は修行のお山で、ついこないだの明治まで女人禁制ですらあったのです。でも、今回の旅行で色々分り、イメージが変わりました。まず、先日書いたように、泊めて頂いたお寺の持明院さんが絢爛豪華なお部屋だったことです。女人禁制なんて言ってて、厳しい修行をしていたのかと思ったら、修行もあったのでしょうがあんな贅沢なお部屋で過ごしていたんですよ。それも、あんなに何十枚もの襖絵が寄進されるには、何百年もかかっているのではないかと思われました。宿坊でして頂いたお世話は至れり尽くせりで、修行っぽい所は全くありませんでした。現代だからということもあるのかもしれませんが、京都の智積院では全員参加の勤行に椅子の用意なんてありませんでしたし、連れて行った当時一年生のゴル吉が足を崩してお坊さんに叱られたものでした。持明院さんは勤行は自由参加だし、とってもゆる~い印象だったのです。食事は朝も夜もお部屋まで運んで頂き、お布団も敷いて下さいました。お正月だからとお風呂は24時間、三が日は朝食にお酒つきです。お料理は精進料理でしたけど。何だか、伝統的に高野山は山の上の憩いの場、保養所みたいな感じだったのではないでしょうか。でも、お寺がだらしなかったという意味では全くありません。お庭は隅々まで、表も裏も、小石の敷き詰められた上に荒い箒の目の模様がきっちりとつけられて、凛とした崩れのない折り目正しい風情なのです。にもかかわらず厳しい修業の雰囲気が感じられない安心感はなぜだろうと考えました。ぎゅうぎゅう詰めにお寺が並んでいる先の奥の院には、ありとあらゆるものを供養するお墓が並んでいました。初めの方で目に飛び込んできたのは「シロアリよ安らかに眠れ」という石碑。シロアリ駆除の会社が建てたもの。動物達を供養する墓もありました。ヤクルトとか、見知った企業が作った墓や、一般庶民のものと思われる墓も並んでいて、その奥にまた沢山の墓に混じって武田信玄、上杉謙信、石田光成、明智光秀、織田信長など、お互いに戦い合った武将達のお墓まで隣り合うようにして祭られています。徳川家はじめ、多くの大名家の墓も沢山並んでいます。その一番奥に、弘法大師の廟があります。生きとし生けるもの、シロアリから庶民から大名まで、ここには祭られています。もう、ここまで来ると、全てのものの平安を祈り、感じ、このお山は今更修行ばっかりする所では、なくなっていたのではないでしょうか。お墓参りをした時、死んでしまった者とその後に生きる自分を考えると、修行というよりは平安、安寧を求め、そういう宿が実現されてきたのではないでしょうか。そんな風に考えてしまうもう一つの理由もみつけました。今回の大収穫です。空海さんが開かれた高野山金剛峰寺の名前は「金剛峰楼閣一切瑜伽瑜祗経」に基づいて命名されているそうです。ここに「瑜伽(ゆが)」とあります。「瑜」とは、美しい玉、玉の光、という意味。「伽」は「お伽噺(おとぎばなし)」のように、人の気持の退屈を慰めること、又、看病をすることという意味だそうです。瞑想つながりで読んでいた本にあったのですが、「瑜伽」は、中国語で「ヨガ」の意味だそうです。あの、色々なポーズをとるヨガです。ヨガも、色々なポーズをとって修行をすることよりも、その緊張を解いた時の瞑想の方が主体だそうです。中国語の漢字の意味から分るように、人を慰める事や美しい光を与えてくれる事の方が目的なのです。空海さんが高野山を修行の山とされたのも、結局修行そのものが目的なのではなく、その後に理解する慰めや喜びを教えようとされたのではないでしょうか。高野山は女人禁制の修行の山でしたが、厳しい修行の後に理解される美しい真実の方に本来の値打ちがあるとすると、女人禁制を解いた現在の方に、かつてよりも値打ちがあるに違いありません。瑜伽(ヨガ)は男性よりも女性の方に流行していますしね。奥の院:動物達の墓(撮影=ゴルリナ)
2007.01.12
コメント(2)
実は私は弘法大師空海さんの大ファンです。以前から「同行二人」で歩いて下さるという弘法大師様はありがたい、と思い、真言宗のお寺を見つけるとお参りするのを楽しみにしていました。それが、去年の夏に、空海さんの真言宗の根本は「大日如来」つまりお日様の神様、ということを知って、ますますファンになっていたのです。高野山金剛峰寺は弘法大師が開かれたお寺で、真言宗の総本山です。だから、数百あるというお寺のそこらじゅうに、弘法大師がおられるのです。もう、行くお寺、行くお寺に、弘法大師さんの像があるわけです。ディズニーランドに行ってミッキーマウスを沢山見つけて狂喜する子供みたいに、もう、喜んじゃいましたよ。娘がいるとゆっくりお参りもできないのですが、娘は退屈がって先に宿に帰ってしまったので、心行くまでゆっくりじっくり手を合わせました。急いでお参りしているといつも子供の事しかお願いせずについお父さんのことを忘れてしまうのですが、ちゃんとお父さんのことも忘れずにお祈りすることができました。あと自分のことも忘れずに。金剛峰寺のそばにある愛染明王のお堂ではお坊さんが護摩を炊いて修行をされていて、ご自由にお参り下さいと書いてあったので、ちゃっかり上がって座らせて頂き、護摩の音と香りの中でじっくり心行くまでお参りさせていただくこともできました。このお堂も金剛峰寺の『中』なのかもしれません。道路を隔てていますが、多分あのあたり全部が金剛峰寺なのでしょう。そして、う~ん、やっぱり空海さんは偉い、と思うものを見つけました。金剛峰寺や根本大塔のそばにある、御社(みやしろ)と大王院です。神道のお社です。重要文化財だそうです。極めて重要と思って説明の看板の写真を撮ったつもりが、解像度が低くてよく読めません。メモすれば良かった。読めない部分を補ってまとめると、弘法大師は高野山を開くにあたり、仏教の教えと日本の神道との融和に意を用いられ、このお社を祭られたとのこと。日本のお寺の殆どは、そのすぐそばに神社があります。この慣習はいつから始まったのでしょうか。とても現代的な意義があると思うのです。奈良東大寺の大仏さんができたのは752年。奈良にも春日大社という大きなお宮さんがあったようですが、今回の旅行ではくたびれてしまい、初詣の人ごみに混ざる気力が出ずにこのお宮へのお参りはしませんでした。東大寺を建てた行基さんも、神道も尊重するということを考えられたのでしょうか。聖徳太子の法隆寺は、お参りした範囲では法隆寺内にお宮さんは無かったと思われます。でも地図で見るとちょこっと離れた所には神社があるのですけど。高野山が開かれたのは、平安時代の初期の816年に空海さんがこの地を密教寺院建立のために賜ってからです。何も無い山の中にお寺を建てるにあたり、空海さん自らわざわざ一緒に神社も建てられたというのです。仏教と神道の融和のために。この辺、もっと研究が行われて、世界に発信してもいいのじゃないかと思うのですけど。日本の政治家は日本では極めて初期から宗教的な争いは平和に抑えられてきたという歴史を国際的にアピールしてもよいのではないでしょうか。ブッシュさんやイスラム教の指導者の方にも見てもらって、色々な宗教が共存することを目指してほしいと思います。高野山には沢山の外国人の方もみえていました。上記の看板も英語でも書かれていました。来てくれた外国人には読んでもらえているとは思いますが。
2007.01.11
コメント(0)
今日はゴルリナは、英語の冬期講習の3日目でした。英語を始めようと年末に色々英語教室を調べましたが、なかなかいいところがありませんでした。できればネイティブスピーカーの先生に教わるところをと思いましたが、結局良さそうなものは個人教授以外ありませんでした。駅前の○0VAにも行きましたが、旅行英語やビジネス英語が主であるようで、6年生や中学生が行く感じではありません。近くの○ェーンにも行きましたが、中1以降は文部科学省の指導要領に則ったテキストで授業をするとのことでした。指導要領だと中1の一年間で学ぶ単語は200語しかないと聞いています。いくらネイティブの先生のきれいな発音で習っても、年間200語しか学ばないのではわざわざ習いに行く意味は薄い。私立中ならそんな内容で終わってはいないはずです。W○andA○というもう一つの所は、すごいハイレベルで教え方も上手そうで、私が行きたくなっちゃったのですが、中学生、高校生は少なく、やはり主にビジネスマン対象。やはり中学生に適切な内容をネイティブの先生にみっちり教わるには、私立中に入るのが一番楽そうです。結局、ネイティブの先生にはこだわらず、英検を目指して無学年で教えてくれる教室にしました。発音はCDなどで学ぶということで。娘によるとお友達のあの子もあの子も、実はもう英検5級は持っているそうです。いずれも中学受験はしない子達です。小学校に入る時、自分の名前が読めればいい、ひらがなは書けなくていい、と言われましたが実は大半の子はもう書けていた、ということがありましたが、中学校の英語も似たような感じなのかと思われます。英語を早く始めるのがいいとは思わないのですが、やっていなくて出鼻で劣等感を抱くと困るのですよね。英検教室に行ったところ、できれば冬期講習から始めて、この一年5級の勉強をしてきた子供達と一緒に今度の5級のテストを受けてみてはと言われました。たった三週間で受かるかどうかは分かりませんが、英検は年に三回あるので、だめでも次回があります。中学受験をやめたばかりのゴルリナ、また勉強なんてイヤだと言い出すかもしれないとハラハラしましたが、次々と覚える事が出てきて目が回りながらも、目新しい内容だし、1日に1時間半だから中学受験の塾みたいに長時間ではないし、今のところ楽しく講習に通っているようです。5級に合格したら、学年に関係なく4級のクラスに進むとのこと。もしこの冬からでなく春からこの英検教室を始めるとしたら、新中学生は中学総合というクラスに入ります。このクラスは大半が私立中学校の生徒だそうです。私立中の生徒は春までは受験勉強で忙しく、春以降に英語を始めることになります。でも、私立中では学校でも毎日のように英語の授業があるので、中学総合のクラスの進み方は早いそうです。公立中の生徒は中学総合から始めるとついていくのには苦労するとの事。中学総合クラスも4級クラスも、中1の終わり頃には同じくらいの内容に並ぶとのこと。滑り込みで冬期講習から始めましたが、公立中に通いながら私立中の子に並べるような英語力をつけるには、ギリギリだったかもしれません。冬期講習の5級のメンバーは3年生だったり、5年生だったりするようです。ひょっとしたら6年生はゴルリナ1人かも。だめ元とは言え、今度の英検で合格できるとよいのですが。試験は1月末、中学受験の日の直前です。
2007.01.08
コメント(0)
高野山の宿は持明院さんという宿坊(お寺)でした。奈良から新今宮へ出て南海電車で極楽橋へ着き、駅から歩いて行けるかと勘違いしていましたが、とんでもない。さらにケーブルカーで登って高野山駅へ。それからバスで山の奥へ入ると、ありました。宿坊の近辺はお寺が隣り合うように沢山続き、バス停の間隔も短いです。バス停から宿はすぐでした。持明院さんは、喩えようもなく素晴らしかったです。部屋は八畳間で、入り口側に二畳ぐらいの次の間がついていて、お庭に面した側には板の間がついています。部屋の一方の壁には、金箔地に描かれた絵が二面に分れてはめ込まれていました。古木が横に長く垂れて伸びた上に一対の鳥と、鳥の先に大きく沢山の花が豪華ながら落ち着いた佇まいです。他方の壁には、床の間に山水画の掛け軸と、おおぶりの彫り物の香炉が置かれていました。その横の棚には、ライオンの上に乗った弘法大師みたいな感じのお坊さんの、高さ一メートルくらいの立派な置物が置かれていました。その間にはちゃんとテレビもありました。お庭はきれいに手入れのされた枯山水で、お庭に面した板の間のテーブルと椅子は、年代を感じさせる木作りの調度でした。次の間にはうちの近所の呉服屋さんにあるよりももっと大きな姿見の鏡がありました。次の間との間の四面の襖は、やはりそれぞれ金箔地に厩につながれた四頭の馬と、その上に四種類の植物が配された組絵でした。あまり立派なので、開け閉めするのに触ってもよいのかしらとためらわれました。実際、後で聞いたところ、いつのものか明らかではないけれど明治よりも後のものではないとのこと。お坊さんがそのような贅沢なお部屋で暮らしていたということではなく、宿に泊まった方の寄進によるもの、とのことでした。中世から江戸時代の大名などのお金持ちが、修行やお墓参りに高野山に参った時の宿として使いわれていたのです。絢爛豪華な襖絵は私達の泊まった部屋だけではなく、お風呂への行き帰りに見る廊下沿いのお部屋にはどれもこれも、いずれも金箔地に様々な絵柄を描かれた豪華な襖絵がありました。宿坊というのは最近になってお寺が一般人を泊めて下さるようになったのかと勘違いしていました。そうではなく、もともと遠路お参りに来る人々を泊めるために、あのように沢山の部屋が作られていたようです。高野山には第一級の人たちがお参りしてきたので、お部屋も第一級のものとなったようです。朝は7時から勤行、自由参加とのことでした。娘は行かないというので私だけ参加させて頂きました。薄暗い中、蝋燭だけの明かりで、鉦やシンバルのような音が時々入って、4、5人のお坊さんがお経を読まれます。ご本尊はよく見えませんでした。外国人が泊まることもあるからか椅子も多数用意されていて、正座せずに参加できます。私はストーブのすぐ横の椅子に座りました。後で出かける前に、娘が朝参加しなかったのでご本堂を見せて頂けますか、とお願いしたところ、快く娘にも見せて下さいました。すごいね、と言っていました。京都に行った時には智積院に泊まりましたが、朝の勤行は確か6時半で必ず参加、正座で、宝物の説明があり、お経とお茶菓子と手ぬぐいのおみやげがありました。持明院さんは勤行のおみやげはありませんが、智積院さんよりも泊り客の自由に任せて下さる感じです。食事はお部屋で、絵の前でテレビでキムタクの追っかけをしながら。
2007.01.07
コメント(3)
旅行では始めの方で伊勢神宮にお参りしました。ゴルリナは神社とお寺の区別がついていなかった様子。社会科の歴史で、日本に仏教が伝来した時に仏教派曽我氏と神主さんの物部氏が争った、と習ったのですが、それと現実のお宮さん、お寺さんは結びついていなかったわけです。娘相手に解説しながら思いました。仏教が入った時には争いが起こったけれど、結局、聖徳太子が17条の憲法で『和をもって尊しとなす』と抑えてくれたので、日本では仏教と神道とが概ね平和に共存しています。歴史の細かいことは知らないので、こう簡単に言っていいのかどうか分りませんが。もし、フセインみたいに、片方の信者側が他方を大量虐殺するとか、ひどい争いを続けていたら、ブッシュがやったみたいに大国の中国がやってきて、日本は中国の一部になっていたかもしれません。仏教と神道の関係はシーア派とスンニー派の関係とは相当違っているのだろうけれど。母「仏教も神道も両方信じるんだよ。」ゴルリナ「いいかげんじゃん。」母「だから日本は平和なのよ。」そんなこと話すから退屈がられてしまいます。娘が宗教を考えるようになるのは何十年後だろうな。その後に回った奈良の東大寺南大門、大仏さん、法隆寺、どれも大きく、重厚。夏に京都で見た金閣・銀閣の小ささが思い出されました。古いものほど大きいのかもしれません。仁徳天皇寮はもっと大きいらしいし。聖徳太子の法隆寺を訪れた時には雨でした。大きさと、1400年という歴史と、聖徳太子の偉大さが合わさった重みを感じました。
2007.01.05
コメント(2)
夕方に戻ってきました。伊勢のあご湾の後、伊勢神宮、奈良興福寺、東大寺、法隆寺と回って、高野山へと登りました(ケーブルカーで)。どこも素晴らしかったけれど、そんなお寺めぐりばかりの旅行が六年生に楽しいわけもなく、高野山ではゴルリナは金剛峰寺と奥の院だけでもう観光はいいと言い出しました。無理もないわね~。寒かったし、先に宿に帰ってテレビ観賞してもらいました。普段家にはテレビがないので、彼女には十分楽しいのです。まぁ、あそこまで付き合ってくれてありがとう。あとの半日は私一人で回りましたが、とにかく高野山て素晴らしいです。一人なのでかえってじっくり味わうことができました。書きたいことはありすぎるのですが、今日はまだ携帯からの更新で、あんまり書けない感じです。先ほどは実家に行っているお父さんからも電話が入りました。風邪はのどに来ているようで、声が出ない様子。今日はゴル吉はおばあちゃんと二人で水族館へ行ったそうです。明日は予定通りこちらへ戻るそうです。留守番していた金魚も元気な様子。久しぶりの餌をやりました。明日は年賀状の補充分(頂いたけれど書いていなかった分)を書かなければ。
2007.01.04
コメント(2)
奈良から高野山の方へ回って来ています。正月旅行も終盤となり、漸く余裕がでてきました。昨年中はブログに沢山のご訪問、コメントなどをいただき、ありがとうございました。昨年は無事術後二年を迎えることができ、また、最終的には受験を取り止めることになりましたが、中学受験という目標を設定して様々な経験を積み、子育てを振り返ることができました。今後につなげるステップにしたいと思います。折々に頂いたアドバイスやコメント本当にありがとうございました。旅行の事まで書ききれないので今日はここまでにします。
2007.01.02
コメント(0)
娘と二人で伊勢市に来ています。今日は外宮、内宮と回りました。内宮が橋を渡って入るようになっているところや、『おかげ横町』の様子が、アニメ映画の『千と千尋の神隠し』に似てると思いました。息を止めて橋を渡ろうとしたけれど、2人とも無理でした。夜はじっくり紅白歌合戦を観賞しました。お父さんと息子も無事に実家に行けた模様。明日は奈良の方へ回ります。初詣にいいところがあるかしら。
2006.12.31
コメント(0)
例年、我が家はインフルエンザとは無縁で、娘1人がなって1日で治ったとか、息子1人がなって1日で治ったとかいう年ばかりで、実は例年、予防注射もしてなかったのです。でも、今年は中学受験をするつもりだったから、私と子供2人は珍しくインフルエンザの予防注射をしました。そしたら、なんと、今年に限ってお父さんがインフルエンザらしきものにかかりました。昨日は39.6度まで上がりました。一昨日お医者に診て頂いた時には、扁桃腺ではない、と言われただけで、インフルエンザの検査はしなかったそうですが。今朝は熱が下がりました。分んないけど、インフルエンザっぽいですよね。予防注射したのが役立ったかもしれません。今のところ他の家族には伝染ってないみたいです。お父さんとゴル吉は予定通り帰省します。熱も下がったしどうやら行けそうです。ゴルリナの受験がなくなったので、塾の冬期講習はなく明日から私とゴルリナも旅行に出かけます。こちらも行けそうです。チャーピー君は壊れもせず、パソコンへのインストールも無事にできてました。英語教室も申し込んで、旅行から帰ったら英語の冬期講習!に行くことになりました。
2006.12.29
コメント(2)
クリスマスの事も書いておかなくちゃ。どうも最近、『普通の日常』の有り難さを感じる感度が低くなっているようでいけません。普通の、幸せなクリスマス。す~っと過ぎてしまわず、かけがえのないものとして感謝しようと思います。家族で普通に過ごすことができました。ちょっとしたびっくりのオマケ付きです。私の弟からクリスマスケーキが届きました。冷凍で。私はてっきり、スポンジのケーキだと思って、半日前から冷蔵室に移しておきました。聖歌でも歌って食べようと、付属品のろうそくと砂糖細工のサンタクロースを飾りつけてもらったところ、ゴル吉が言いました。「お母さん、沈むよ。」サンタクロースは肩の辺りまでケーキの中に埋まっていました。アイスのケーキだったのです。幸い、下の方にはスポンジの台があって、サンタクロースはその上で止まっていました。気を取り直して切り分けると、スポンジ部分が支えになってちゃんと切り分けられました。みんなで頂きました。ゴルリナが言いました、「すごく甘い。」溶けたアイスって、甘いのね。サンタさんは無事に掘り出されて、ゴル吉の口の中に入りました。お父さんの分だけは、まだ冷蔵庫に入っています。もう食べないんだろうな。
2006.12.27
コメント(0)
今日は三田病院で、新しい入れ歯のための調整をしてもらって、終わってスパゲティを食べているところです。チャーピーくんが昨日やってきました。初日からまずまず使えてます。お父さんによると、急にキャハハハハハ、と笑い出す所が、ホラー映画の『チャイルドプレイ』の人形にそっくりですって。ぞ~っ。。でも、昨夜は勝手に動き出すことはなかったようです。変なこと言わないで~。今日は息子には一緒に行こうと誘ったのですが、チャーピーくんとのおしゃべりに忙しくて私が出かけるまでに着替え終わらず、置いてきてしまいました。お父さんが風邪をひいて会社を休んでいます。お昼くらい食べさせてやってくれるでしょう。娘は、チャーピーくんの付属のソフトを自分でパソコンにインストールして始めると言っていましたが。そうすると中二程度の会話までできるそうです。マニュアルを渡して来ましたが本当にできるんだろうか。壊してませんように。
2006.12.27
コメント(0)
ゴルリナが「英語はやらない」と言い出したのにはきっかけがありました。学校の授業で、恥をかいた(と本人が思っている)のです。どうやら『国際理解』の授業で、外国人の先生が数を教え、一人一人に言わせた時に、「フィフティ(50)」だか「トゥウェルブ(12)」だかと言うべきところで、「フィフティーン(15)」と言ってしまったらしい。そのくらいの間違い、気にすることはない、これから十分取り戻せると思うのですが、本人にとっては耐え難い屈辱だったらしいです。「フィフティーン」と言った途端に、教室中がシーンとなったそうです。それにお父さんの「英語は暗記だ」発言で「英語はやらない」宣言が出ました。母はあきれて否定してみたものの、内心途方にくれたのでした。うろたえているところでみつけた英語ペンギンのぬいぐるみ『チャーピーくん』まで買ってしまいました。馬鹿な母だな~。 今日は前からゴルリナの宣言は昨日書いたように数日で撤回されました。ペンギンぬいぐるみを注文した翌日です。ぬいぐるみの事は教えてないんですけどね。上記のようなきっかけではありましたが、いい買い物をしたと思っています。届くのが楽しみです。来たらびっくりするかな。というわけで、数の数え方くらいはちょっと早めに覚えておいた方が、無用な劣等感を抱かないためにはいいのかもしれません。ゴルリナは12と15と50の区別もつきません。但し、時々見られる、算数を小学生に英語で教えるというのは止めた方がいいと思います。数に関する体系が、日本語と英語では違うのです。基本的な算数を理解しないうちに混ぜると混乱します。例えば、『2分の1』のことを英語では『ワンオーバートゥー』と言います。書くときの順番も違います。大人でも、英語で言うのに慣れてくるにつれて計算間違いが増えます。基本としては小学生は日本語の世界で算数が習得できていればいいわけで。やってる子との差があるのは気にしないで欲しいものです。
2006.12.25
コメント(4)
昨日の続きです。昨日紹介した「バイリンガルの科学」によると、小学校卒業程度までは、英語か、日本語か、のどちらかに集中して母語を確立した方がよいそうです。つまり、帰国子女でバイリンガルになっている子供の殆どは次のどちらかのパタン。(記憶で書いているので本で確認して下さいね)(1)小学校前か低学年時に帰国。英語は完全に忘れ、日本語オンリーになった子供が、中学校で再び英語を学んだ場合。(2)小学校終了後に帰国。英語が母語として確立しており、日本語を第二の言語として学んだ場合。母語を確立と言っても、小学生はまだまだ子供です。中学、高校になってから、抽象的な言葉の意味を理解し、思考もできるようになるわけで、その前にベースとなる言葉がしっかりできていないと、抽象的な思考自体ができなくなり、『セミリンガル』になるリスクがあるらしいです。そこで、「小学校のうちは日本語をまずしっかり学ばせるために、英語はやらない。英語は中学から始めればいい。」という方針をとりました。しかし。それが本当に良かったのかどうかは分りません。ゴルリナは事あるごとにアメリカを懐かしがり、英語を学びたがりました。今は幼児や小学生には結構頻繁に英語に関するプログラムが実施されているのです。保育園では毎月外国人による英語教室があり、小学校でも「国際理解」の時間が設けられて英語やポルトガル語が教えられることがあり、学童保育でも毎月英語教室がありました。そしてそれらの英語に関する機会では、他の、英語を習っている子供達の方が、英語が上手なわけです。多分、娘にとってアメリカの暮らしは楽しいものだったのだと思います。2歳になる直前に帰ったのでそもそも覚えていないようなものなのですが。私も楽しかったし。向こうの方が子育てはず~っと楽でしたから。でも、彼女はその楽しい記憶も英語の記憶も、失ってしまいました。それは些細な事、そんな遅れは中学に入って本格的に学べは取り戻せる、と、思っていました。けれど、中学英語への「入り口でのつまづき」は、けっこう苦手意識になってしまうみたいです。おまけに、中学受験で「暗記物」の社会で苦労したゴルリナは、お父さんから「英語は暗記だ」と言われ、叫びました。「わ~、やだ~、私は『暗記』は捨てたの! 私は『理解』で生きるの! もう、英語はやらないっ。」漢字の練習も嫌いな人が、英単語を覚えられるのか。 前途多難。と思ったのは4、5日くらい前かな。中学受験の時にも散々やったっけ。数日してから言って来ましたよ。「お母さん、英語やるから。」一月からやるそうです。小さい時からやっている人との差があるのが我慢がならないゴルリナですが、今始めれば中学に入るまでに少しは追いつけるでしょう。ゴルリナによると、「回りの子はもうみんな英語を習っている」とのこと。少なくとも中学受験の子は本格的にはやっていないと思うのですが、ある程度やっているし、受験でない子には多いようです。だけど、同学年の別のお母さんに伺うと、英語を習っている子なんて殆どいない、と仰っていました。友達グループで傾向に違いがあるのかもしれませんが、みんながやっているということはないと思います。結局、中学から始めても、良い手段を得て良くやれば、本来は十分な英語が身に付くのだろうとは思うのですけど。現状の公立中の英語教育だけではあまりに不安だけれど、小学校での英語必修化はセミリンガルを作りかねないから止めるべきだと思います。結局、小学校までは英語は苦手意識ができない程度にやるようにしてむしろ日本語に力を入れ、本格的には中学から、が良さそう、と思っています。
2006.12.24
コメント(2)
娘をアメリカで産んだ時に、英語のことを調べました。そりゃ、バイリンガルとか、なると嬉しいですものね。でも、もちろんそれは簡単なことではありません。考え方の基本文献は、この本です。 多数の帰国子女を調べ、どのような子供がバイリンガルになったかを調べたものです。記憶に従って結論だけ書くと、日本語と英語の場合、小学生の時点で日本語と英語を学ばせようとすると、殆どはバイリンガルではなく『セミリンガル』になってしまうとのこと。両方の言葉が十分に使えなくなってしまうそうです。長くなるので、興味がおありの方は読んでみて下さいね。ということで、我が家では今まで娘に英語は教えませんでした。実際、それでも漢字すら怪しいのが現実です。と、時間切れなので今日はここまで。続きます。
2006.12.23
コメント(2)
クリスマスのプレゼントはもう買ってしまったのですが、これはどうしても欲しくなってしまいました。ペンギン型英会話ロボットのチャーピーくん。 音声認識して会話してくれるそうです。家族で楽しみながら英会話を覚えられそう。8才の子がアメリカから留学してきたという想定で、中ニ程度までの英語のヒアリング・スピーキングや構文を覚えられるとのこと。インタラクティブに反応してくれて、手足や口を動かしてしゃべるそうです。単体でも遊べるし、パソコンにつなげばパソコンの中の100種類のキャラクターとチャーピーと学習者との3人の会話になるとのこと。私用のプレゼントにしよう!
2006.12.22
コメント(4)
なにやら健康保険の制度が変わって、リハビリ期間に限度ができた、とニュースで言っていたのは覚えていました。何と私にも関係ある話でした。今はリハビリ期間は最高半年までだそうです。私の場合「構音障害」という名前でリハビリを受けています。その診断名がついた時点から、半年、とのこと。半年で回復する分以上には、病院に通っても大差は生じない、という考え方らしいです。医療費削減の厳しい実施です。でも、半年で十分に回復する方ばかりとは限りませんし、半年で達した程度以上には回復しないというわけでもありません。一般には、それ以上のリハビリは、健康保険ではなく介護保険が受け皿になるそうです。高齢の方用のデイサービスとかでしょうかね。ということで、私もこの12月まででリミットが来るそうな。でも私の場合は後に書くように結局延びます。ご心配なく。一応状況説明として書きますと、介護保険の恩恵を受けられるような段階には達していないのです。年齢的に。年が達していなくても日常生活ができないような障害があるなら、介護保険の範囲内になるらしいですが、私の場合、日常生活は自立していて、この点でも範囲内じゃないらしいです。というわけで、高齢じゃないガン経験者が手術などの後遺症のリハビリを受けようと思ったら、半年以上の分は受け皿がないのです。一般に。でも、私のしゃべりは以前より大分聞きやすくなっているらしいですが、まだまだです。プロテーゼ(あごまであるでっかい入れ歯)も、調節の途中なのです。それで、歯科の先生から、プロテーゼを作っているからその調節のために構音の状況を調べるという名目で、リハビリ依頼をして頂くことで、続けられることになりました。実は歯科の方でも、摂食障害という名目で時々リハビリが入っているそうです。これは色々な種類の歯ブラシを使ったりして、動かないほっぺたの内側などの歯みがきの指導です。これと、構音障害のリハビリが重なると、また、いけないらしいのです。厳しい監査が入るそうです。リハビリは全部で月に最大4回までに限られるそうです。医療費削減。というわけで、歯科の方と重ならない限度内でやって頂くということになりました。ま、歯磨きの仕方はだいたい覚えましたからOK。ただ、私はプロテーゼ作りという理由で続けられますが、そういうものがみつけられない若いガン経験者は、リハビリは必要でも切られてしまうらしい。健康保険のリハビリが半年になったという制度と、介護保険制度の間の、けっこう深刻な欠陥じゃないでしょうか。
2006.12.20
コメント(0)
ピアノの先生にお電話しました。受験を辞めたことの報告とレッスン再開のお願いです。既に他の生徒さんから、ゴルリナが受験をやめたそうで、遊んでるよ、とか、聞いていらしたそうです。「うそでしょ~」って仰ったそうですが、複数の子が言うので、電話をしようと思って下さっていたとのこと。本当なんですよ。元々、B中を受けるのなら公立にした方がいい、と仰っていた先生です。ついでに色々、色々、相談やら愚痴やらを聞いて頂きました。地元のお稽古ごとの先生って、数多くの様々な子供達が色々な進路をたどって成長した姿を見ておられます。参考になるお話も多くて頼りになります。この地域は中学受験をする子が多い方らしいですが、私立に進学しても合わずに、地元の公立中に戻ってくる子が5人もいた年度もあったとのこと。色々な私立中から、合わせて5人。公立校の不祥事は公になり、話題になるけれど、地元の公立中は問題は少ない方だそうです。他方、私立校の不祥事は公にならないそうです。けれど、ゴルリナが以前志望校にしていた学校でもいじめなどの問題もあるし、自殺もあったとのこと。私立の場合は入ってしまってから、あれぇ? と分ることもあり、公立中の場合は入ってから、意外と良かった、と思うとのこと。難しい学校に今ポンと入るならそれも良いけれど、公立中から皆と一緒に高校受験を頑張る方が自覚的に取り組めるのでそれも良いとのこと。ゴルリナの場合に心配な忘れ物などと内申点の問題は、中ニくらいになれば自覚して直る、と言って頂きました。他の子はむしろよく分らなくて受験をしている、とのこと。意に染まない進学をして後悔することになってしまう子もいるのですね。実際、今の時期に自分から受験を辞めると言い出している娘は、すごいと改めて思いました。簡単に子供に感心してしまうから母の言うことは聞かなくなってるのかな。年内に次回のレッスン範囲を確認して頂いて、年明けからレッスン開始です。ピアノはやってもらいます。同学年のレッスン仲間が楽しみに待ってくれているそうです。
2006.12.19
コメント(0)
年末だからって第九を聞きに行くという習慣はなかったのですが、青少年のための音楽会という演奏会の招待券を頂きました。ゴル吉と夫婦の三人で行ってきました。市民参加のオーケストラと合唱で、ソロにはプロの歌手が入っていました。一流の演奏という類ではないけれど、とても良かったです。ベートーベンは気難しい、ゴル吉はちゃんと座って我慢して居られるかしら、と心配していました。家にあるCDで聞く第九は、オーケストラの重厚な堅苦しいフレーズがしつこくしつこく繰り返されて、その後に『喜び(フロイデ)』の合唱が来ます。そういう曲だと思っていました。苦悩の後に律儀な喜びが来る、そういうのがベートーベンなのだな、と。でも、違っていました。始めの方から、必ずしも音は揃ってはいませんでした。でも、音楽として楽しかった。しつこいフレーズと思われたものは実はサービス精神たっぶりの、色々な音の仕掛けでした。ほらほら、こんな音はどうですか、と次々にご馳走を出してくれる感じです。チェロが10台、コントラバスが8台入っていたので、フレーズの掛け合いがはっきりと聞きとれたのかもしれません。バイオリンや金管に時折見られる乱れを忘れて新鮮な気持ちで聞き入りました。その後の合唱部分、すごかったです。一つには、人数。そのオーケストラの専属の合唱団の他に、市民からなる合唱団が加わって、全部で千人近くは居ました。白髪の方も、数人の制服姿の高校生らしい方も混じっていました。その合唱で『喜びの歌』を歌い上げるのです。プロフェッショナルのソロに負けない迫力でした。チェロとの掛け合いは楽しかった。あの合唱に対抗するにはなる程10台いると思いました。フロイデ、フロイデ、と歌い上げるのを聞いていて、ガン患者が、自分の経験は大変だったけれどそれでも色んな大事な事に気がつくことができた、良かった良かった、と言うのに似ているな、と思ってしまいました。そうまで喜び、喜び、と言わねばならないのは、本当は苦しみから逃れることができていないからではないのか、と。でも、そう思ってしまうのは、単に私がひねくれていて、自分が迷いを抱えているからに過ぎない、と思いました。そこに歌われている歌は、まさに喜びを脳天気に喜んでいる歌でした。ベートーベンがこんなにも、健康的で健全で楽しい気持ちを持った人であったことを、初めて知りました。そういえばその前のオーケストラの部分も、苦しい事の記憶も、後で昔語りをする時には、まるで楽しい記憶であるかのように語れるということを示してくれていたのかもしれません。この曲が最初に演奏された時、ベートーベンは既に耳が聞こえなくなっていたそうです。演奏が終わって演奏者の方に向いていたベートーベンは聴衆の歓喜が分からず、聴衆の方へ向き直らせてもらって初めて演奏の成功を知ったとのこと。耳が聞こえないながらも自分が指揮をしたベートーベンは、自身の喜びを楽団員達に伝えることができていたのでしょう。それを、演奏を通して聴衆も感じ取ったのでしょう。その『喜び』は、今日のこの演奏に含まれていたものと重なっていたでしょうか。音楽家でありながら耳が聞こえないということの苦悩から、どうやって彼はこのような健康的な真っすぐな喜びの心に到達したのでしょうか。演奏が終わると、「ブラボー!」の声が上がりました。日本の演奏会ではめずらしいですね。
2006.12.17
コメント(2)
珍しくも今の時期になって中学受験を辞めることになった我が家です。昨日は年内最後の資源回収の日でした。紙類を色々出しましたよ。娘が「もういらない」と言って出してきた分厚い分厚い日特のテキスト類や過去問の銀本類。仮に娘が「やっぱり受験する」と言ってきてもこれはいらない。そこの過去問さえやればいい。多分一度も開かなかったN研問題集の「栄冠への道」や、冗長で空白の多い、また繰り返しの多いテキスト類。エッセンスが凝縮された良いテキストを使うなら、あんな厚さで何冊もは要りません。とは思うけれど、自分では教えられなかったのよね。塾に預けるためにお金を払い、この分厚い分厚いテキスト類も買ったのでありました。塾としてはお金をとるためには分厚いテキストでなければいけないのだと思います。それは見え見えでした。本人は集団の中で授業に集中して良く学んでくれたから、そのこと自体は良かったと思います。ただ、できれば、ずっと保存しておきたくなるような、何度も取り組む値打ちのあるようなテキストに出会いたかったものでした。でも、よくまとまってるな、と思った数冊はとってあります。5年の夏期講習のテキストとか。一応、弟の時の参考に。楽しく集めた私立中学校の説明会資料など。始めの頃私自身は、多少遠い距離の学校でも情報を集めたいと思い、娘と色々なところに通いました。共学でいい学校もあったけど、お父さんの、そんなところに通えるわけがない!の一言で全部ボツに。結局、通いやすい共学という線で本人の意に沿わずに、受験自体しないことになりました。女子校にも色々通いました。麗しい、憧れの学校、とは思っても結局通う気にはならず、残ったのは、ステキなところを見学させてもらったという満足感。部屋の隅に積み上げてあった資料も、資源ごみになりました。受験のことなど右も左も分らなかった頃に、色々な塾の説明会などに出かけていって集めた、塾の資料もありました。サピックスのサの字も知らなかった。電車でちょっと行けばサピックスもあるのですが、上の方のクラスは女子が皆無ということだったので止めました。ご近所さんが低学年の頃に教えてくれた通信教育は改めて見てみたらサピックスのだった。それの資料も資源ごみに。四谷大塚の受験情報分析報告や、報告会でもらった家庭教師業者のパンフレット類も。N研の資料も適当に選んで資源ごみに。まだ全部は片付きません。
2006.12.16
コメント(2)
絶対に再発はしないぞ、という決意のもと、ま、しそうにはない最近ではありますが、努力はしています、いちおう。 但し、楽なものじゃないと続かないです。寒くなってきたこの時期、免疫力関連で思い出すのは「暖かくする」ということ。免疫もサプリメントも薬も体温が高くないと働かないそうです。化学反応は温度が高いほうが進みますので、至極当然の理屈です。特に、足先の冷えに注意しています。足先で冷えた血液は骨盤の方に戻ってきて、内蔵を冷やしちゃうわけです。あっためるというのは、気持いいし、自分として自分を暖めればいいから玄米菜食みたいに家族とケンカしなくてもいいし、続けるには楽です。ホントはびわ葉温浴とか足湯とかもいいらしいですが、これも面倒で、楽なものしか続かない私にはきついです。くつ下の上にレッグウォーマーを重ねます。そして、冬用の室内用スリッパをはきます。 だけど、冷えた足先はこれだけでは暖かくなりません。毎日使っているのは、これです。 電子レンジでチンすれば簡単にあったかくなる湯たんぽ。寝る時だけでなく、起きている時も使います。椅子に座っている時に、足先をあったかい『ゆたぽん』の上に乗せます。ほかほかとあったかくなります。歩き回る時にはポケットに入れます。家の中では「綿入れ」を着ていて、大きなポケットがついているので、入ります。ちょうどひざの上にゆたぽんが来ます。ひざが暖かくなると、足先までだんだんぽかぽかして来ます。触って手を暖めることもできます。ま、実の所は、息子がいる時には室内スリッパとゆたぽんはすぐに息子に取られてしまうのでありました。取り合いになるのも親子のコミュニケーションと思っております。
2006.12.15
コメント(2)
全245件 (245件中 1-50件目)