日々始まり

日々始まり

2017年10月07日
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コノハナサクヤ姫

【宜しくお願いします。十年一昔。ある出来事をきっかけにして、何かに軸足を置けば、結果は十年も経てば見えてきますね。方向を転換するのも、そのまま進むのも、否応なく考える出来事が起こるものです。出来事と出来事を繋ぎ、十年間の因果がはっきりする。その時に、終わりよければ、全てよしということでしょうね。】

ほほほ、例えて言えば、十年という区切りは、成人式を迎えるようなものよの。
子の時代を決別し、これより大人の時代を迎える宣言をするのじゃ。
きれいに決別すれば、もはや未練は残らぬ、延長はないということよの。

そのように迎えた前と後では景色も変わるよの。
関係が始まれば、出来事が出そろうまで、その関係を保ったままよの。
出そろうまでが因果の一つの括りじゃ。

揃った姿は、わずかな隙もないものよの、そこにきて因果は完成するのじゃ。
つまり因果は決まり、かかわった出来事は全て、その時のためにあった気づくであろうな。
そうして因果は消え、必然、一より始まるようになるのじゃ。

出そろわぬまま、別の出来事に進めば、一には戻らぬ。
因果は混ざり合い、終わりを見る楽しみに行き着かぬのは、寂しいものよの。

子の精神のまま大人になれば、因果に歪みを残す。
歪みが残れば、綺麗にそろいはせぬ、解いてやり直しじゃ。
手間がかかるが、やり直せる精神であれば、もとより決別もできたであろう。

無論、子が良くないと申しておるのではない、迎えるべき時は、心して迎えるものじゃ。
迎える時とは、進路を選ぶ時よの。避けて通れば歪みを生むのものじゃ。

今の世は、手間を避けたいばかりに、使い捨てるのも多い時代じゃ。
捨てた因果は思ってもおらぬ別の場所に姿を変え現れる。

時代の歪みに弾き飛ばされ、今の時代に舞い降りた魂は少なくはないよの。
ほほほ、終わりよければ全てよし、とは区切りの間にあるこの時代に言えること。
一つのこと、終わらなければ進めぬというであろう、終わらせることができるのは強みよの。

【ありがとうございます】






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Last updated  2017年10月07日 12時15分52秒


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