日々始まり

日々始まり

2018年03月24日
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コノハナサクヤ姫


【宜しくお願いします。失敗し続けた後に成功があるという説明で、努力が語られますね。同じ失敗を何度も繰り返すのは、潜在意識にすり込まれている努力が正しいと信じているから、失敗も繰り返してしまう。陰陽は正しいと信じていますが、実は宇宙の法則でもなんでもないのかもしれません。陰陽があるから循環するとすれば、循環もないのかもしれません。もしくは循環は別の理由から起こるのかですね。】


ほほほ、努力と一言で申しても、数えきれぬほど、努力とされる行いはあろう。
努力は美しいとさえ言われ、成功の影に努力があると知るゆえ、皆、成功を称えるのじゃ。


精進という言葉があろう。修行は苦しいもの、苦しみも修行と思えば、耐えられもする。
が、泥にまみれるような、堪え忍ぶ生き方を美というのであれば、
美の土台は、泥土で固められた土台となろう。


美しさだけが際立つ化粧は、やがて剥がれるものよの。
剥がれた後、素顔を晒すこととなる。
きめ細かい真の素顔は、手入を怠らない普段の習慣が作りだすのじゃ。


長く続けていくには、己自身の作法を持つことじゃ。
無理なく続けられる手順を持てば、長く続けられような。


【心も、物事も、老化を防ぐには、努力ではなく、継続ですね。】


手っ取り早く、裏道を進もうとすれば、続けていくことはできぬ。
つまり裏道は、途切れ途切れの道、どこまでも続く道ではないのじゃ。


手軽さを避け、無理に表の道だけを進むことを努力とは言わぬ。
別の道はあろう、が、それは裏道ではない。
自身の心を偽るゆえ、裏道に変わる。心の表と裏よの。


心に表裏のある人間は、信用できぬと見られるものじゃ。
そのような勘は、よく働くであろう。
自身の心を偽らなければ、嘘か誠か、敏感に分かるものじゃ。


まあ、宇宙に陰陽があるかないか、どうでもよいことじゃ。
真理を追い求めるのであれば、裏を探すのではなく、表を極めることよの。
きめ細かさの中に真理はある。それこそ美というものじゃ。


心を偽るゆえ、努力は苦しくなろう、心を無視せぬことよの。
心の表と裏が入れ替わっておることに気づくことじゃ。
手入するのは苦しみではないであろう。むしろ楽しいものよの。


【ありがとうございます。】





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Last updated  2018年03月24日 15時09分54秒


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