野山系の行政書士が書く楽天日記

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2006年04月19日
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 近鉄のホームグランドであった藤井寺球場は解体中だが、跡地には小学校と遣唐使に付随して大陸に渡った学徒 井真成の記念碑ができるとのことである。
 子どもたちが小さかった頃、夏になれば自転車で藤井寺球場に通ったものである。子どもたちの目的はもっぱら外野席下の通路で開かれている夜店。そこでは金魚すくいにヨーヨー、綿菓子などが軒を並べていた。
 もらった金魚を落として泣いたり、綿菓子の綿が食べる前にごっそり落ちてしまい、泣きべそかいては観客席の私のところにやってきたこともあった。
 天気のよい日は近くの大和川からヒバリなどがやってきたりする、のんびりのどかな球場、それが私の記憶に残っている藤井寺球場だ。
 晩年の近鉄バッファローズは眠れる獅子であり、暴れ出すととてつもない力を発揮する実におもしろい球団であった。
 藤井寺球場、大阪球場、日生球場はプロ野球だけでなく、長らく予選会場として使用を許されてきた高校球児にとってもまた懐かしい球場であった。
 小学生の頃、祖父に連れられ、大阪学院高校の左腕江夏豊の快速球を間近に見たのは日生球場だったし、ドカベン香川と牛島の浪商コンビを見たのは大阪球場、そして桑田や清原を見たのは藤井寺球場だった。
 老兵は死なずというが、確かにそうかもしれない。むしろ老兵というのは徐々に記憶の中で風化してゆくものなのかもしれない。





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最終更新日  2006年04月19日 08時50分10秒
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