せんがく じ さかい こさん
泉岳寺
坂井虎山
さんがく くず うみ ひるが しょう しじゅうしちしん たましい
山嶽 崩すべし海 翻 えすべし。 消せず四十七臣の 魂。
ふんぜん まんち そうたい うるお ことごと こ こうじん りゅうてい あと
墳然 満地 草苔 湿 う。 尽 く 是れ行人 流涕 の痕。
詩文説明
山は崩れることはないと思われがちだが天変地異で崩れることもあり、また海も荒れに荒れ、どう変わるかもしれない。だが、四十七士の魂は永久に消滅する事がないのである。いま、この墓前にぬかずけば、地上一面に草や苔がしっとりと湿っている。これこそは墓詣にみえる人々が義士の為に流した涙の痕跡なのである。
東京泉岳寺 兵庫播磨 赤穂城(復元) 松の廊下跡 大石内蔵助
東映映画ポスター 浅野内匠頭 刃傷松の廊下 討入リ図2枚
これより 福岡市南区興宗寺(寺塚)
泉岳寺と同じ宗派で、赤穂四十七士墓
(墓石も同じ石質で大きさ、字の彫り方、並び方もすべて泉岳寺の通りに作ってあり,義士祭も12月14日に毎年行事が行われているそうです。
興宗寺境内に立ててある四十七士の掲示板です。
興宗寺山門。 境内写真2点 大石内蔵助・主税の墓 浅野内匠頭首洗いの石と血染めの石。
赤穂義士景仰霊域。 泉岳寺とまったく同じ並びの四十七義士の墓石。右は天野屋利兵衛墓
赤穂四十七士
(順不同)
赤数字は人数確認の為
名前の後数字は享年
1,
大石内蔵助 良雄45 2,
大石主税 良金16 3,
赤垣源蔵 重賢36 4,
磯貝十郎左衛門 正久25 5,
潮田又之丞 高教36 6,
大石瀬左衛門 信清27 7,
大高源吾 忠雄32 8,
岡島八十右衛門 常樹38 9,
岡野金右衛門包秀24 10,
奥田貞右衛門 行高28 11,
奥田孫大夫 重盛57 2,
小野寺幸右衛門 秀富29
13,
小野寺十内 秀和61 14,
貝賀弥左衛門 友信54 15,
片岡源五右衛門 高房37 16,
勝田新左衛門 武堯24 17,
茅野和助 常成37 18,
神崎与五郎則休38 19,
木村岡右衛門 貞行46 20,
倉橋伝助 武34
21,
菅谷半之丞 政利44 22,
杉野十平治 次房28 23,
竹林唯七 高重32 24,
近松勘六 行重34 25,
千馬三郎兵衛 光忠51 26,
寺坂吉右衛門 信行83(討ち入りの時は38)
27,
富森助右衛門 正因34 28,
中村勘助 正辰48 29,
間喜兵衛 光延69 30,
間十次郎 光興26 31,
間新六(郎)光風24 32,
速水藤左衛門光発40 33,
原惣右衛門 元辰56 34,
不破数右衛門 正種34 35,
堀部安兵衛武庸34 36,
堀部弥兵衛 金丸77 37,
前原伊助 宗房40 38,
間瀬久大夫正明63
39,
間瀬孫九郎正辰23 4
0
,
三村次郎左衛門 包常37 41,
村松喜兵衛 秀直62 42,
村松三太夫 高直27 43,
矢田五朗右衛門 助武29
44,
矢頭右衛門 七教兼18 45,
横川勘平 宗利37
46,
吉田沢右衛門 兼貞29 47,
吉田忠左衛門兼亮64