おおさかじょう まつぐちげつじょう
大 阪 城
松口 月城
ほうこう きず ところ こ めいじょう いふう か ここ まんぺい たむろ
豊公 築く 処 之の名城 威風曾つて茲に万 兵 屯 す
ぎぜん ち ぬ てんしゅかく とうえい え ごと ごうじょう あき
巍然たる地を抜く 天守閣 倒影 絵の如く 濠 上に 明らかなり
「和歌」 「露と落ち露と消えにしわが身かな
難波のことも夢のまた夢」豊臣秀吉
(
辞世
)
えいゆう じぎょう しん いちむ とりん なん きん かいこ じょう
英雄の 事業 真に一夢 登臨 何ぞ 禁ぜん懐古の 情
詩文説明
豊臣秀吉の築いた名城大阪城には何万という軍兵が留まっている。天守閣は威厳を備え高く聳えその姿は、お濠上に逆さに影を投じて絵のように美しい。英雄の大事業も夢のようで懐古の情も禁じ得ない。

1、名城
大阪城 2、茲陣営には当時は何万という軍兵が集まっていた
3、天守閣は威風堂々凛と聳えその姿は美しく濠上に影を映している。
(画像は天守閣を反対にして倒影を作った合成
1、豊臣秀吉の事業は信長の楽市・楽座令を継承し、朱印貿易制度、貨幣鋳造、刀狩、
太閤検地などを行い死後安定の為「五奉行」「五大老」を設け集団指導体制の方向
を打ち出し、天下統一を図っていた。
(
写真は天下統一の意味で三保の松原富士山・日本国土・太閤秀吉を作成
)
2、天皇により豊国大明神の神号を与えられた。
(
京都伏見の豊国神社・唐門は国宝
)
3、松口月城記念館
作者 松口月城
( 1887
~1981)明治20年~昭和56年
名は栄太。号は月城。明治20年4月21日福岡市安徳村今光に藤又四郎の4男として生まれる。14歳の時、松口家の養子となる。
18
歳にして開業医師となり、世人を驚かせた秀才である。医業の傍ら漢詩を宮崎来城に学ぶ。漢詩や南画に秀で、我が国の吟詠漢詩界に尽くした至宝でもある。昭和49年春、その功績により文部大臣賞を受けた。享年 95
歳。
月城の偉業を偲び、
1994(
平成
6
年
) 「
松口月城記念館」
が福岡県筑紫郡那珂川町「ミリカローデン那珂川」に隣接建設された。