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ひびちゃん@ おいしそうね ソーメンチャンプルなんて、お塩とコショ…
2007.02.04
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カテゴリ: 旅・食

昭和36年に初版されたものに次女の〓生(こせい)さんが校正を加えられ1996年に復刊されたもので、清朝宮廷の食事や歴史、そして宮中料理160品あまりのレシピがまとめられている。
愛新覚羅浩さんは、料理に対して大変関心が深く、満州国の溥傑に嫁いだ頃から紫禁城に代々勤めてきた名人級の料理人に直々に宮廷料理を学びばれたそうだ。
いわゆるお妃教育として身につけられた教養ーー清朝の政事や料理の変遷、中国、清朝の秘史などーーや、宮中での生活体験を併せ持つ浩さんの記述は、視点が料理におかれているので、清朝や皇帝の生活についての叙述も大変わかりやすく、興味深い。妃としての「料理交流」を実践され、晩年まで手料理で客人をもてなすことを楽しまれたようである。
浩さんといえば、「流転の王妃」。著書『流転の王妃の昭和史』はドラマにもなったので記憶い新しい。
終戦後の混乱に巻き込まれ、幼い〓生(こせい)さんを抱えて家畜同然の扱いを受けながら1年4カ月もの間、中国大陸を流浪させられることになった。
浩さんが書き綴っていた料理や清朝についての記録は、その殆どを戦渦と流転の日々の中で失ってしまわれたが、日本に書き送った手紙や記憶を元に、この本をしたためられたということだ。

下関の中山神社の境内には愛新覚羅社があり、浩さん、溥傑さん、そして長女の慧生さんが祭られていると聞いていたので、この度行ってきた。

’87年、溥傑さんは、北京で亡くなった浩さんの分骨に来日され、中山神社を2度訪れている。
激動の時代、混乱の中で生き延びた物語はどれも壮絶だが、国を背負ったお二人のそれは、歴史の証人としての意義も一層深い。

鎮座祭の折、溥傑さんと言葉を交わしたある方から、その時のお話を伺ったおとがある。
溥傑さんは、とても穏やかで、知性溢れる素晴らしい方だったという。映画『ラストエンペラー』の感想を尋ねられると、こう答えられたらしい。
「映画は、素晴らしかったです。大変よくできていました。でも・・・、東洋人の心は(欧米人には)わかりません。」
否定のない寛容に包まれた口調だったという。
神社には溥傑さんの穏やかで理知的なお人柄がにじみでている字が刻まれている石柱がある。

決して遠くない歴史に思いを馳せるひとときであった。
中山神社は、日本海を背に南を向いているが、その敷地内にあるちいさな愛新覚羅社は、西北方、玄界灘のはるか彼方の中国大陸に向かって建てられている。





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Last updated  2007.02.16 12:15:06
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