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カナダ旅行記(回想)続きます
思い立ったのが1999年9月
「バイリンガルの人の脳の中には言語野が話せる言葉の数だけあってそれを作るには6歳が限界」
俗に言う臨界期のことを取り上げていました
そんな内容のテレビを見て、当時5歳半だった 息子をつれて海外に滞在しよう!と決心をしました(なんて単純)![]()
それまで、漠然と海外で滞在したいと思っていたものが、タイムリミット(息子が6歳になること)ができたことによって急に「行きたい」から「行かなくちゃ」に私の中で変わったのでした
それまで、行ったことのある海外の中で一番食事が合った
カナダにしようと思ったのでした
友達のいる国もありましたが、そこへ行ったら頼りすぎて自分も
友達との大切な人間関係もだめになるような気がして・・・
まず、旅行会社に電話をしました
「留学ですか。えっ?幼稚園児?そんなのどこもやっていないですよ」とけんもほろろ
インターネットで情報を調べてもさっぱりわからない・・・
そんな時、カナダに移民をしたばかりという方とネットで知り合い
子供の誕生日が一緒という偶然も手伝ってか、カナダの教育のことを教えてくださったりいろいろな手続きをする上での手紙などを訳してくださったおかげで少しづつ前進することになりました![]()
まず、日本で言うところの年長さんはすでに学齢期なのでスクールボード(日本の教育委員会)を通して申し込むことも初めて知りました
カナダ大使館にビザを取りに行ったら
「1年生じゃないからいらない」
前例がほとんどなかったため、カナダ大使館やスクールボードの方さえ手続きの方法を知らなかったのでした
試行錯誤の半年が過ぎ、2000年3月バンクーバーへ
最初に待ち受けていたのは・・・
日本では信じられない出来事でした![]()
4月のはじめ
バンクーバー市内のすべての学校が「ストライキ」をはじめたのでした
初めてスクールボードへ行った私に、担当者が「今日、校長とあわせる予定だったけど学校がストをやっていていつ始まるかわからない」
何度も聞き返してようやく理解したものの、なんと言っていいか・・・
英語のできない私はまったく言葉が出てきません
スクールボードの方も途方にくれ、「How Can I help you?!」
少しイライラと聞かれ、
でも、何も言えないのです
アパートを借りるまでの間滞在した、マンスリーホテルに戻って
途方にくれたことは言うまでもありません
今日のアメリカンコレクティブル
コットンヴィンテージプリント
ちょっと懐かしい感じです
恵まれない子ども達に、何か1つできること・・・
ドリームポットのお店
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