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「いつかはせねばならない・・・」と思っていたクローゼットの掃除を昨日しました。私は、クローゼットの掃除をすると、懐かしいものが出てくる度にノスタルジックな気持ちに浸ってしまって掃除はそっちのけになってしまい、気づくとゴハンの時間になって、出したものをそのまま戻すということの繰り返しが多いのですが、昨日は気合を入れてやりました!子供の頃の写真が出てきましたが、ちゃんと終わってから見ましたしばらく会っていない父との写真。私は子供のころの記憶は、あまり楽しいものではなかったのですが、そこに写っていたのは、公園に連れて行ってもらったり、動物園、遊園地などなど「そういえば、このときも怒られたなあ・・・」と思い出しながらも、色んなところに遊びに連れていってもらっていた。父は、私が幼稚園のおゆうぎかいで踊ると言ったら、すぐに一眼レフを買いに行ったそうです。一等さんのブログでもおっしゃっているように、未来の行動によって、今を一所懸命生きることで、過去に起こったこともいい思い出になります。私は愛されていたのだなあ・・・と。
2007.01.22
私は、出張の際にはいつもノートパソコンを持参するので、ホテルでLANケーブルを借ります。チェックインの際、私の前の人がLANケーブルを借りていました。フロントの方が持ってくるのが遅かったので、もうないのかなあ、と思ったのですが、無事にもってこられました。私の番になって、「LANケーブル貸してください」と言うと、フロントの方は、あからさまに困った顔をしています。そして、「少々お待ちください」と中へ・・・しばらく経って、手に持ってこられたケーブルを見て思わず笑ってしまいました。めっちゃ長いのです。余裕で20メートルはある・・・普通は長くても2メートルくらいなのですが、おかげで、無線LANのように部屋中どこでも持ち運びできるので、ラッキーでした☆
2007.01.21
今日、ある出版社から私宛に届いた小冊子です。読んで、とても感動したので、共有できたら。と思い、書いています。少し長くなりますので、お時間の許すときにお読みいただけたら幸いです。・。★・゜・。・。☆・゜・。・。★・゜・。・。☆・゜・。・。★・゜・。その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。ある日、少年の一年生からの記録が目に留まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自身を持ち始めていた。クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で一番すばらしい先生でした」それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生まで先生に担任してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた経験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。・。★・゜・。・。☆・゜・。・。★・゜・。・。☆・゜・。・。★・゜・。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
2007.01.15
昨日、商売繁盛の神様がいる「今宮戎」(大阪では「えべっさん」と言います)に会社のみんなで行ってきました!最終日の「のこりふく」をもらってきました~毎年、その年の当たり年の人が笹をもらって、福娘に縁起の良い飾りをつけてもらっています。今年は暖かく、人もそんなに多くなかったので、もみくちゃにならず、スムーズにたどり着けました。その周りの道には縁日がずら~っと出ているのですが、夜店って、いくつになってもワクワクします。あの雰囲気が、歩いているだけで笑顔にしてくれます。そして!!みんなの祈願が通じたのか、今朝、早速ホームページからのお問い合わせが!!しかも、わざわざ会社まで来て下さって、既存の事業で扱っている商品をご購入いただきました。嬉しい~!!
2007.01.12
今日も、朝早くから会長のところにたくさんの方に来ていただきました。昔一緒に働いていた方、民謡のお仲間、お客様・・・ありがとうございます。初めてお会いする方や、いつも、お会いしている方から、会長の色んなエピソードをお伺いして、笑ったり、驚いたり、じーんとしたり・・・会長の「人徳」だなあ、と感じています。「どう生きるか、どう生きていきたいか」改めて、「生きる」ということを考えさせていただいています。明日からも、心を込めて、感謝の気持ちを込めて、精一杯のおもてなしをしたいです。与えてもらえた一度限りの人生、思いっきり生きていきたいですね。いつも、ありがとうございます。
2007.01.10
新年初めてのブログ更新です・・・ごぶさたしております、かんがるーです! みなさん、お正月はゆっくりできましたでしょうか? 私は、会社の会長が12月31日の23時59分(あと1分で新年!)に亡くなって、1月2・3でお通夜、お葬式に行ってきました。 私は一度もお会いしたことはありませんが、ほとんどの先輩社員は会長と一緒に働いていたので、その当時の思い出話に花を咲かせていました。社長からこんなエピソードを聴きました・・・もう10年以上も前の話ですが、会長が元気なときは、1月2日に会長宅に社員を集めて食事会をしていたようです。 「またみんなでこの日に集まりたかったんだろうね」なんて話をしていました。 お正月ということもあり、会社関係者の方には連絡を控えさせていただいたので、今日から会社の会議室で簡単な祭壇をつくり、お焼香をしていただき、お別れ会をしています。 朝も早くから、遠方からもたくさんの方に来て頂いて、まるで会長の「生き様」みたいなものを見せてもらっているように感じます。この場をお借りして、御礼申し上げます本当にありがとうございます。感謝です・・・ ではでは、みなさま、本年もよろしくお願いいたします!!
2007.01.09
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