心の叫び~~モントレーの山奥から

心の叫び~~モントレーの山奥から

2011.04.04
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「さようなら、おおきに、ありがとう」     

 人間でないあなたに“あなた様”と様をつけずにはおられません。
「もう、あなた様は今月でこの世から消えてしまわれます。本当に長い間、おおきに、ありがとうございました。」人間との最後のお別れでしたら、こんな風に言えるかもしれません。でも、あなた様は人間ではありませんから、いい別れの言葉が浮かんできません。フリムン徳さんの気持ちをお察しください。

 あなた様は、フリムン徳さんの第2の人生の恩人でした。
フリムン徳さんの第2の人生を目覚めさせてくれました。59歳の働き盛りで病に倒れ、26年間も続けていた大工仕事ができなくなり、ベッドの上で人生をさ迷っていた頃、ある友人から薦められたあなた様を読み、癒され、励まされ、疲れたらアメリカ特有のただ白いペイント塗りの天井を頭の中が真っ白くなるほど見つめ、我が人生を嘆いていました。

 今は違います。元気になり、椅子に座って、四角い大きな窓から外の景色を眺めて、思案にふけっています。頭を掻きながら、毎日、文章の書き方の勉強に頑張っているのであります。そうです、フリムン徳さんはあなた様を読む立場から、あなた様に掲載してもらう文章を書く立場になったのです。読む人間から読まれる人間になりました。元酔っ払いの大工らしい言い方をすると、酒を飲んで酔っ払う人間から、酒を造る酒造元になったのであります。名前を付けるとすれば”フリムン酒造”です。

 フリムン徳さんが、初めてあなた様に掲載してもらったのは2003年10月号(342号)“特別寄稿「やればできる」上園田徳市”でした。力仕事の出来なくなった大工が、鉢巻を締めて、「力を使わず、人を使わず、金を使わず、頭を使って」我が家を建てた内容の文章だったと思います。あなた様は、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、文章の“ぶ”の字も知らなかった大工の文章を載せたことだと思っています。あれは文章でもない、漫画でもない、その中間の“漫文”だったと思います。フリムン徳さんには夢みたいな出来事でした。人間、還暦になってからでも花が咲くようです。人生諦めてはあきまへん。それこそ、生まれ故郷喜界島の百の台で逆立ちして、島中を見回したいほど、うれしいことでした。“この大工は家も建てれるが、文章も書ける”と鼻を高くして、友人知人に電話をしまくり、何度、嫁はんに怒られたことか。懐かしい思い出です。
あれから7年、あなた様はずーっとフリムン徳さんの“漫文”を掲載してくれました。あなた様に恥を欠かせないよう、頑張りました。文章を書くことは趣味ではない、仕事や、もう私には書くことしかないと心に強く、言い聞かせながら、頑張りました。文章を書けない時は頭を掻いて頑張ってきました。

 特に、文章の書き出しには注意しました。今は新聞、雑誌、チラシ広告、コンピューターなどの立派な文書の溢れた社会です。大工の私の書いた文章なんかに目が行くはずがありません。だから最初の1行2行で目を引く文章を書くのに努力しました。「何々をした、どこどこへ行った」から書き始めるのではなく、「何々をして最初に何を感じたか、どこどこへ行って何を感じたか」「そう感じて何をしたか」。7年経ってようやく、こんな書き出しもできるようになりました。

大工時代には経験しない努力もしました。
「何を伝えたいか、何を書きたいか」を肝に銘じながら、文章の中に山を作ったり、谷を作ったり、短い枝を書いたり、長い枝を書いたり、笑いを入れたり、泣きを入れたりして書く工夫もしています。疑問→答え→疑問→答えの順で文章を綴っていくと読みやすい文章になることも少しわかってきました。モノを注意深く観察して、正確に書くことも、それから、物事を深く、深く考えたら、いい考えが浮かぶことも解りかけてきました。

 文章の書き方の勉強を続けたお陰で、身体つきも変わりました。
特に腕と頭が変わりました。あの筋肉隆々だった大工の太い腕から筋肉がなくなり、他人の腕ではないかと疑うほど細い腕になりました。嫁はんと重たいのを一緒に運んでいる時、「どうして、こんな軽いのがもてないの」と言われると、”箸より重たいのは持てまへん”を感じます“ “俺はモノ書きの端くれになったのだ”と自分に言い聞かせているのであります。頭は黒い毛が白い毛になり、光りだしました。歳の所為もありますが、文章が書けないと頭を掻くからだと思います。禿げ頭の光りが増すと共に、脳が大きくなった感じもします。脳が大きくなった感じは酒を飲んで酔っ払い、気持ちが大きくなる、あの感じに似ているような気もします。人間の身体は使う部分は大きくなり、使わない部分は小さくなる、本当だと思います。

 7年間で、大工の徳さんの心身を変え、物書きの端くれにしてくれ、少しだけ有名にしてくれたあなた様はアメリカで数少ないの文芸月刊誌のあの誇り高き“TVファン誌”です。
もう一度、おおきに、ありがとうございました。 “さようなら、さようなら” 

今年はサンフランシスコの「日米タイムス」「北米毎日新聞」「ラジオ毎日」と3社が続けてなくなりました。寂しい限りです。もう、アメリカにはロスアンジェルスの羅府新報とシアトルの北米報知だけになりました。この不景気で、広告が取れなかったことと、日本語の活字を読む1世の日系人愛読者が老齢で少なくなったこと、日本語のテレビが増えたこと、コンピューター、携帯で日本とのやり取りが簡単になったことだと思います。サンフランシスコの日本語新聞、ラジオがなくなって、フリムン徳さんが困っているのは、サンフランシスコでの日系人の催し物、死亡広告がなくなったことです。日系新聞は昔、仏教徒が仲間の死亡を知らせるために始めた新聞と何かで読んだことがあります。もう日系人の死亡を知る方法もなくなりました。人間も猫に近くなりそうな気がします。今からの世の中、人間も猫のようにいつの間にかいなくなって、知らないうちに死んでいなくなる時代になりそうです。 人間の値打ちが下がり始めているようです。
         フリムン徳さん






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Last updated  2011.04.04 09:40:01
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Comments

うぬつっつ@ Re:「男の名前で生きていきます」(12/24) 久しぶりに徳さんが夢に出てきてブログ見…
フリムン徳さん@ Re:「男の名前で生きていきます」(12/24) 禿げ1723さん、おおきに、ありがとう…

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