
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
雨ふるふるさとははだしであるく 山頭火
昭和7年9月4日の句。
8月27日、山頭火は川棚での結庵がかなわず退去します。
行乞記より
八月廿七日 樹明居。
晴、残暑のきびしさ、退去のみじめさ。 百日の滞在が倦怠となつたゞけだ、生きることのむつかしさを今更のやうに教へられたゞけだ、世間といふものがどんなに意地悪いかを如実に見せつけられたゞけだつた、とにかく、事こゝに到つては万事休す、去る外ない。
けふはおわかれのへちまがぶらり(留別)
これは無論、私の作、次の句は玉泉老人から、
道芝もうなだれてゐる今朝の露
正さん(宿の次男坊)がいろ/\と心配してくれる(彼も酒好きの酒飲みだから)、私の立場なり心持なりが多少解るのだ、荷造りして駅まで持つて来てくれた、五十銭玉一つを煙草代として無理に握らせる、私としても川棚で好意を持つたのは彼と真道さんだけ。
午後二時四十七分、川棚温泉よ、左様なら!
川棚温泉のよいところも、わるいところも味はつた、川棚の人間が『狡猾な田舎者』であることも知つた。
山もよい、温泉もわるくないけれど、人間がいけない!
立つ鳥は跡を濁さないといふ、来た時よりも去る時がむつかしい(生れるよりも死ぬる方がむつかしいやうに)、幸にして、私は跡を濁さなかつたつもりだ、むしろ、来た時の濁りを澄ませて去つたやうだ。
T惣代を通して、地代として、金壱円だけ妙青寺へ寄附した(賃貸借地料としてはお互に困るから)。
・ふるさとちかい空から煤ふる(再録)
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この土のすゞしい風にうつりきて(小郡)
小郡へ着いたのが七時前、樹明居へは遠慮して安宿に泊る、呂竹さんに頼んで樹明兄に私の来訪を知らせて貰ふ、樹明兄さつそ来て下さる、いつしよに冬村居の青年会へ行く、雑談しばらく、それからとう/\樹明居の厄介になつた。
九月四日
雨、よう降りますね、風がないのは結構ですね。
午前は、樹明さん、敬治さん、冬村さんと四人連れで、其中庵の土地と家屋とを検分する、みんな喜ぶ、みんなの心がそのまゝ私の心に融け入る。……
午後はまた四人で飲む、そしてそれ/″\の方向へ別れた。
夕方から夕立がひどかつた、よかつた、痛快だつた。
さみしい葬式が通つた。
私はだん/\涙もろくなるやうだ(その癖、自分自身に対しては、より冷静になる)。
飯盒の飯はうまい、しかしこれは独身のうまさだ。
故郷へ一歩近づくことは、やがて死へ一歩近づくことであると思ふ。
――孤独、――入浴、――どしや降り、雷鳴、――そして発熱――倦怠。
私はあまりに貪つた、たとへば食べすぎた(川棚では一日五合の飯だつた)、飲みすぎた(先日の山口行はどうだ)、そして友情を浴びすぎてゐる。……
かういふ安易な、英語でいふ easy-going な生き方は百年が一年にも値しない。
あの其中庵主として、ほんとうの、枯淡な生活に入りたい、枯淡の底からこん/\として湧く真実を詠じたい。
いつも尿する木の実うれてきた
秋雨の枝をおろし道普請です
・雨ふるふるさとははだしであるく
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