15 盗賊ジュプトル




 前日に続いて、ポケモン広場には多くのポケモン達が集まった。
そしてこれまた前日と同じように、
集まったポケモン達の中心にはFLBのフレッドがいる。
だが、その表情はかげっていた。
「どうやら、集まったようだな」
揃ったところで、本題に入る。
「昨日、またしても時の歯車が盗まれた」
これで4度目。もはや、驚く声も出なかった。
フレッドが話を中断し、ギルドの面々がそれに代わる。
話をしたのは、デシベル、ヒーリン、デリックの3匹。
「皆、面目ない。ワシらがいながら、時の歯車を守れなかった」
珍しく、デシベルの声がうるさくなかった。
ヒーリンの顔にも、いつもの元気は無い。
だが、デリックだけは無表情だった。

そして、語られる。
彼らの目の前で時の歯車がジュプトルの手の中に落ちた、その顛末が。


 3匹が調査に乗り出したのは、北の砂漠。
その奥地に存在する流砂こそが、地下洞窟の入り口……
そして、地底湖への道だった。
この場所が地下深くであることを忘れてしまいそうな、広い湖がそこにあった。
「ここへ……ここへ、何しに来たっ!」
突然、どこからともなく声がした。
それと同時に、辺りが暗くなる。
「わ、私達は時の歯車を探しに……」
「近づくな!時の歯車に近づいてはならないっ!!」
ヒーリンの言葉を、その声は遮った。
「グ!」
デリックが、何かに気づく。
その目線には……小さな、赤いポケモンが浮いていた。
「私はエムリット!深き地底の湖で、時の歯車を守る者!」
開口一番、早口で敵意を向ける。
「時の歯車を脅かす者は、私が許さない!!」
言うが早いか、エムリットが強力な念波を放つ。

 それから、3匹はエムリットと激戦を繰り広げた。
エムリットはエスパー技の使い手で、特にデリックは慎重に戦わざるを得なかった。
戦いは、やがて数で勝るデシベル達が有利になっていく。
「うぐっ……でも、渡さない……時の歯車だけは……」
荒く息をしながらも、エムリットの戦意はまだ消えない。
「ユクシーから聞いてるんだよ……霧の湖で、時の歯車が盗まれたことを!」
「違いますわ!」
「それはワシらじゃねえ!!」
ヒーリンが、そしてデシベルが次々に反論する。
「じゃあ誰だというの!?」
「それは多分……オレのことじゃないかな」

……一陣の風に乗って、低い声が聞こえてきた。
声の主は、緑色で、身軽な印象を与える。そんなポケモンだった。
「お前か!ジュプトルは!」
「……そうだ」
ジュプトルは、至って冷静な表情だ。
「悪いが、時の歯車は頂くぞ」
その言葉は、先ほどとは違う方向から聞こえてきた。
目にもとまらぬ速度で、時の歯車に向かう!
「させな……っ!?」
立ちはだかったエムリットの体を、ジュプトルの刃が切りつけた。
その一撃で、エムリットは地面に倒れた。
「お前は先ほどの戦いで、すでに相当なダメージを負ったはずだ。無理をするな」
背を向けたまま、淡々と言葉が続いた。
「くっ……うおおおおおおおお!!」
デシベル、ヒーリン、デリックの3匹が、一斉に飛びかかる!
「……フッ」
3匹同時の奇襲にも、ジュプトルは表情1つ変えない。
そして。
「グエッ!?」
再び、いくつもの太刀筋が交差した。
デシベル達は、わけもわからぬまま次々と横倒れになる。
「そ、そんな……」
「お前達に恨みはない。勘弁してくれ」
もはや、ジュプトルを止める者は誰もいない。
時の歯車がその手に落ちるのに、時間はかからなかった。
「すまない……疑って……。ユクシーが言ってたのは、あのジュプトルだったんだね……」
エムリットが、かすれた声で言った。
「もうここには用は無い。じゃあな」
デシベル達の視界の端に、ジュプトルが走り去っていくのが見えた。
その手には、時の歯車があった。

 間もなく、湖の時が止まり始めるのだった。
デシベル達とエムリットは、必死で逃げ帰ってきた――


 以上が、報告の全てだった。
「申し訳ないですわ……時の歯車を守ることができなくて」
ヒーリンの顔は、地面の方を向いている。
彼らをはげます声が、いくつも響く。
「さて」
ここで、フレッドが話を再開する。
「問題なのは、次につながる手掛かりが無いことだが……」
その言葉に、手を上げたポケモンが1匹。ヨノワールだ。
「手がかりはあります」
集まった全てのポケモンが、ヨノワールに注目する。
そして、話が始まる。
「まず、これはある言い伝えにあったものなのですが……
 精神界を司る、3匹のポケモンがこの世界にいるという話です。
 それはユクシーとエムリット……そして、あと1匹」
その1匹……おそらく自分の知らないポケモンだと、レイは思った。
「アグノムというポケモンです。
そのアグノムもまた、時の歯車を守っているのではないかと思われます」
ヨノワールが続ける。
「他の2匹と同様に、アグノムがいるのもどこかの湖でしょう。
 しかし、ユクシーの湖は高台の上。エムリットは地底深く。
 おそらく、アグノムがいる湖もまた、常識を超えた場所にあるのでしょう」
集まったポケモン達は、考えを巡らせる。
が、誰も何も言いだすことはなく、時間が過ぎてゆく。
そこでフレッドが提案し、自由に情報を交換し合うこととなった。

 前日に探索された場所は、東の森や水晶の洞窟などだった。
暗夜の森は、ウィンズが調査に乗り出したが失敗している。
しかし、その場所も後に他の探検隊が調査したということが判明した。
と、突然大声が上がった。
「おい、ファス!我々の目的を忘れていたのか!?」
声の主はマルグだった。
いつものことだが、ただでさえ大きな声が3重に響くので非常にうるさく感じられる。
対するファスは、何も言えない様子だった。
「どうかしたのですか?」
そこに、ヨノワールが入る。
「ファスさん、その水晶は?」
「え、こ、これは水晶の洞窟で拾ってきたんでゲス。
 とてもきれいだったもので、つい……」
どうやら、マルグはこれが理由で大声を出したようだった。
「……ファスさん、その水晶を貸していただけますか?」
ヨノワールは、自分が思いついたことを話した。
それは、レイの持つ能力である、時空の叫びを使うことだった。

 レイは、ファスから水晶を受け取った。
それは青色に透き通る、見る者を魅了させる水晶だった。
その水晶が、レイの手に触れた時。
やはり、目まいが襲ってきた。
――き……来た……

 どこかの場所に、2匹のポケモンがいる。
1匹はジュプトル。もう1匹は、小さな青いポケモン。
後者はひどく傷ついている。
「もらっていくぞ。時の歯車を」
「ダメだ……あれを取っては……絶対に……」
何が起きたのかは、一目瞭然といってよかった。
そこで、映像は途切れた。

 レイは、時空の叫びによって見えた映像のことを言った。
誰もが、驚きを隠せなかった。
「な……なんだってぇーーーーーーっ!!?」
「ジュプトルが……見知らぬポケモンを倒して……
 時の歯車を、盗もうとしてただってぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!?」
特に、ノーテは一際激しく驚いていた。
しかし、ヨノワールは落ち着いた表情で話す。
「見知らぬポケモンと言いましたが……おそらく、アグノムではないでしょうか」
レイも、その考察については否定しない。
そこで、フレッドがあわてふためくポケモン達の中から進み出た。
「ところで、レイよ……その映像は過去のものか未来のものか……どちらなのだ?」
鋭い質問だ。
「それが、わからないんだ。今まで見た映像も、過去の場合と未来の場合があった」
レイがその質問に答えを返す。
「うむ……」
フレッドは考え込んだ。そして、デシベル達に対して言う。
「もう1つ、今度はお主らに問おう。エムリットは、アグノムの名を出していたか?」
「いいえ、ユクシーから聞いたと言っていて、アグノムの名は出していませんでしたわ」
その質問には、ヒーリンが答えた。
「そうか」
フレッドは、レオンとビリーの近くに戻って、そして高らかに言う。
「皆の者!話は聞いていたな!
 もう手遅れかもしれないが、しかしまだ間に合う可能性はある!
 その可能性に賭けて、水晶の洞窟へ行こうではな……」
「ぐう……」
フレッドは、突然言葉を止めた。
誰かが寝息を立てていることに気づいたのだ。
ポケモン達は、その寝息の主を探した。
「ぐうぐう……」
ギルドの親方であるフォリスだった。
昨日は突然うめき声を出していたと思えば、今日は居眠りである。
しかも、目を開けたまま寝ているではないか。
その様子を見たポケモン達の表情には、驚きとあきれが混在していた。
「親方様!親方様―――!!!」
ノーテが、出せる限りの大声でフォリスを起こそうとする。
顔に冷や汗をかきながら。
「……はっ……」
どうやら、起きたらしい。
「親方様、最初から説明しま……」
ノーテは、言いかけてやめた。いや、やめざるを得なかった。
突然、フォリスの目つきが鋭くなったのだ!
「みんなっ!ジュプトルを捕まえるよ!!」

「たあーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「おおーーーーーーーーーっ!!!」

集まったポケモン達が、一斉に声を上げた。
しかし、加わらなかったのが2匹だけいた。ノーテとフレッドである。
2匹とも、あまりの驚きに茫然自失していた。
ノーテは、フォリスの得意技に。
フレッドは、あっという間に場の主導権を奪い去られたことに。

 かくして、水晶の洞窟へ出向くこととなった。
文字通り、内部には水晶がきらめいている。
レイは、前にもこのような洞窟を探検したことを思い出していた。
遠征の時にギルドのポケモン達と行った、群青の洞窟である。

 しかし、そのレイは明らかに疲れた表情を見せていた。
それというのも、この洞窟にはゴローンやドンファンといった、
じめんタイプのポケモンが数多く現れるからである。
でんきタイプのポケモンにとって、じめんタイプは天敵といえるほどに苦手な相手。
おかげで、レイは得意技の10まんボルトを封じられた状態で戦っていたのだ。
「敵に回すと、こんなに厄介だったんだな……」
レイは、グレアに言った。
「こいつら、ただでさえ硬いからな。中途半端な攻撃は逆効果にすらなるぜ」
「倒そうと思えばすぐ倒せるんだけどね」
グレアとレイが話をしているところに、ロットが会話に加わる。
じめんタイプと相性のいいロットは、今日は大活躍していた。
レイと同じくでんきタイプのイオンもまた、ほうでんを封じられていたが
何食わぬ顔でマグネットボムやラスターカノンを連射している。
「これはしょうがないわ。私達でカバーしましょうか」
ルナがそう言った。結局のところ、こうする他ない。

 水晶の洞窟の奥に、巨大な水晶が置いてあった。
実は、それこそが新たなダンジョンの入り口だったのだ。
大水晶の道である。
ここでは、先ほどまで大苦戦させられたゴローンなどには出くわさなかった。
レイは温存していた気力を放出し、
水路から忍び寄るフローゼルの集団を蹴散らしていた。

 探索を続けるうち、一行は小部屋を見つけた。
中には、宝箱が1個。
しかし、罠が仕掛けてあることも考えられる。
こういう時は、飛びつきたい気持ちをいったん落ち着かせるのが探検家の心得。
罠を警戒しつつ近づき、グレアが箱を開ける。
1本の骨が入っていた。
「これは……」
グレアは、骨を手に取ってみる。
今使っているものよりも、太くて重い骨だった。
「あっ!」
ロットの声に、グレアが振り向く。
野生のタツベイが近づいてきたのだ。
「それっ!」
迷うことなく、グレアは骨を投げつける!
骨はタツベイの頭に命中し、大きな音が響いた。
そして、石頭のタツベイを一撃でノックアウトした。
「ほう……」
攻撃したグレア自身も、この攻撃の威力に目を見張った。
戻ってきた骨をキャッチする。
「コレハ、ふといホネ。コレデ殴レバ大キナダメージヲ与エラレル」
イオンが説明を加える。
聞きながら、グレアは何度か骨を振ってみた。
――重い。しかしその重さが、かえって腕にしっくり来る。
満足した表情を見せるが、次の瞬間に道の先を見据え、言った。
「待ってろよ、ジュプトル……」

 さらに先に進むと、やがて湖が見えてきた。
予想通り、ここにも湖があったのだ。
そして一行は、先を急ぐ。
彼らの推測が正しければ、ここにアグノムがいるということだから!

 その推測は的中していた。
湖の中央、島のような場所に、2匹のポケモンがいたのだ。
片方は、緑の身軽そうなポケモン。もう片方は、青く小さなポケモン。
ジュプトルとアグノムだと、一行は一目見ただけで判断した。
「もらっていくぞ。時の歯車を」
「ダメだ……あれを取っては……絶対に……」
レイが時空の叫びで見た光景が、ちょうど今ここに現実として起こっていた。
「行くしか、ないよね!」
ロットの言う通りだった。
湖の中央に、急行する。

 地響きが聞こえてきた。
それに呼応するかのように、湖からいくつもの水晶が伸びてゆく!
時の歯車を守るように。
「くっ……」
ジュプトルが舌打ちする。
「こうなることも考えて……ボクは仕掛けをしていたんだ。
 時の歯車は……絶対に渡さない……」
そう話すアグノムの、時の歯車を守るという意志はまだ生きていた。
「ならば、お前にとどめを刺してでも、時の歯車を手に入れる!」
ジュプトルの両腕の刃が、輝いていく。

 その時、骨が飛んできた。
グレアが投げつけたものだった。
ジュプトルは、それを横に動いてかわす。
次の瞬間には、ウィンズのメンバー達がジュプトルの後ろに回り込んでいた。
「そこまでだ!時の歯車は渡さん!」
先ほどの攻撃の主であるグレアが、骨をキャッチして力強く言った。
「お前達に用はない!そこを退け!!」
「断る!!」
今度は、レイが単刀直入に言い放つ。
「ならば……お前達から倒してやる!」
ジュプトルが、両腕を交差させる。
鋭い葉の刃が、緑色に輝いている。
「行くぞっ!!」

 信じられないほどの速度で、ジュプトルが間合いを詰める。
5匹は、それぞれに散って初撃をかわす。
ジュプトルは、両腕の刃で斬りかかる。
くさタイプの攻撃に弱い、ルナを標的に。
「くらえっ!!」
しかし、攻撃がルナの体を切り裂くことはなかった。
装備しているマッドバングルの効果で、ジュプトルのリーフブレードは無効化されたのだ。
「ちっ!」
レイが10まんボルトを、イオンがソニックブームを放つ。
上にジャンプして、ジュプトルはこれらの攻撃を回避する。
続いて、ジュプトルが辺りを動き回る。
走りながら、少しずつ攻撃を加えていくジュプトル。
あまりの速度に、防御すら間に合わず体力を削られていく。
グレアもロットも、高速で動きまわる相手についていくことができない。
だが、やられっぱなしというわけにはいかなかった。
「みんな、受け取れ!」
瞬間、ウィンズの5匹は体が軽くなる感覚を覚えた。
レイがこうそくいどうを発動し、仲間達に分け与えたのだ。
その時、グレアの目の前にジュプトルが迫っていた!
葉の刃が振り下ろされる。
「そこかっ!」
グレアは、骨でジュプトルのリーフブレードを受け止めた。
防御してもノーダメージというわけにはいかなかった。強撃だったのだ。
ふといホネでなければ受け切れなかっただろう。
だが、その時ジュプトルの動きが一瞬止まった。
「うりゃあっ!」
ふといホネで放ったつばめがえしが、ジュプトルに命中した。
「ぐっ!」
重い一撃に、ジュプトルがひるむ。
「覚悟っ!!」
他の4匹が、同時攻撃を仕掛ける!
が、ジュプトルは意外な行動に出た。
その場で穴を掘って、地中に潜ったのだ!
4匹の攻撃は、全て空振りに終わった。
「どこだ……どこにいる……?」
ジュプトルがどこにいるのか、レイ達にはわからない。
5匹それぞれが警戒を怠らない。
……物音が聞こえた。
「ルナ!危ないっ!!」
レイが警告した通り、ジュプトルはルナの足元から出てきた!
「きゃあっ!」
いきなりの不意打ちを、ルナはまともにくらってしまう。
その一撃で起き上がれなくなった。
「ルナ!」
レイはルナのもとに駆け寄ろうとした。だがそれはできなかった。
ジュプトルが、刃のみならず全身を輝かせている。
「……来る!」
ロットは危険を感じた。だが、逃げ場はない。
「悪いが!これで!終わりだ!!!」
台詞とともに、大きくジャンプする!
風が、集まっていく。
「リーフストーム!!!」
集束した木枯らしが、レイ達に襲いかかる!
「うわああああっ!!」
強烈な風圧が、空中から叩きつけるように発せられた。

 5匹とも、立ち上がる体力すら残っていなかった。
「なぜだ……なぜ、5対1で勝てないんだ……」
それでも、まだあきらめてはならない。
ジュプトルは、そんな意志を感じ取ったようだった。
「ならば、仕方ない……」
ジュプトルが、ルナに迫る!
ルナは動くことができないようだ。
――いけない!ルナがやられる!
しかし、レイにも動く体力はない。
「全ては時の歯車を取るためだ!許せっ!!」
「……!!」

「待てっ!!」

何者かが、ルナとジュプトルの間に割り込んだ。
ヨノワールだった。
「貴様……スペクターか!!」
「探したぞ!カミル!!」
2匹は、レイ達の知らない名前で互いを呼び合うと
ジュプトル――いや、カミルが距離を離した。
そして、嫌悪感たっぷりに言った。
「ずいぶんと、執念深いんだな」
「カミル!もう逃がさんぞ!」
カミルは、その鋭い眼でスペクターを見据えた。
しかし、次に言葉を発したのはスペクターだった。
「戦うのか、いいだろう。しかし、この私に勝てるのか?」
その言葉が終わった次の瞬間、2匹の攻撃が交錯する!

 しかし、カミルは突然その場からいなくなった。
スペクターのみが残っていた。
「おのれ……初めから戦うつもりなどなかったな!逃がすものか!!」
そして、スペクターも消える。

 ウィンズの5匹は、間もなくやってきた他の探検隊の面々に救助された。
同時に、アグノムも保護されていた。
広場のポケモン達に三度の召集がかかったのは、
水晶の湖での出来事から、一夜明けた朝のことだった。

 今回は、広場の中央にいるのはスペクターだった。
そして、彼を囲むポケモン達の中に、ユクシー、エムリット、アグノムの3匹がいた。
「皆さん、おはようございます」
軽いあいさつの後、スペクターが話を始める。
「昨日、水晶の湖にて、時の歯車を守ることができました」
その言葉に、広場が盛り上がる。
「しかし……ジュプトルは逃がしてしまいました」
ここまで話した後、レイが質問する。
「ヨノワール……いや、スペクターだっけか。ひとつ聞きたい。
 水晶の湖での話……どうやら、以前からジュプトルを、カミルを知っていたようだけど」
スペクターは、ひとつ頷いてから言った。
「はい。私にはそれを説明しなくてはなりません」
それから、スペクターの長い話が始まった。

「まず、レイさんの質問の答えから入りましょう。
 ……その通りです。私は、前からカミルを知っています」
その返答に、広場のポケモン達は一斉にどよめいた。
スペクターは、この話は信じられないことかもしれないが、紛れもない事実だ――
と、前置きして本題に移った。
「まず……カミルは未来からやってきたポケモンです」
一瞬、広場の時間が止まった。
そして。
「ええええええええええええーーーーーーっ!!!?」
またしても、驚きが広がった。
「未来世界でも、カミルはものすごい悪党で、指名手配されていました。
 そして未来からこの世界に逃げ込み……悪行を、星の停止を企てました」
星の停止。スペクターは、その言葉を意識的に重く話したようだった。
「時の歯車を取ると、その地域の時間も止まりますよね?
 それが続くと、最終的には星自体が止まるという、それが星の停止なのです」
「星が停止すると、どうなるんだ?」
ここで、質問が1つ投げかけられた。スペクターが答える。
言葉を重く響かせるように。
「星が停止した世界は……風も吹かず、昼も夜も来ない、季節すらも存在しない、まさに暗黒の世界。
 世界の破滅と言っても、言いすぎではありません」
またしても、観衆が仰天した。
しかし、ここで再び質問が飛んだ。
なぜ、スペクターはそこまで知っているのかと。
スペクターは、一瞬黙ってから口を開く。
「……お答えしましょう。それは……、私も、未来からやってきたポケモンだからです」
再び、時間が一瞬だけ止まった。
「な……」
「な……」
「なんだってえぇーーーーーーっ!!?」
今日何度目かの衝撃だった。
次々と明かされる真実の前に、驚かずにいられるポケモンが果たしてこの場にいたことか。
スペクターが、さらに話を続ける。
「私はカミルを捕まえるために、この世界にやってきました。
 この世界のことを、いろいろと調べた上で」
ここまで話したところで、3度目の質問が出る。
「……な、なんで黙ってたんだよ?」
質問を受けて、スペクターは頭を下げた。
「……すみません。そのことについては、私も心苦しかったのです。
 今まで隠していて、本当に申し訳ありません。ただ……」
スペクターは、まっすぐ前を向いてから続きを述べた。
「もし、いきなりそんなことを言ったとして、一体誰が信用してくれたでしょうか?」
「うぐっ……」
質問者は引き下がった。
「また、カミルに感づかれないように、このことは秘密にした方がよいと判断しました。
 名前のことも含めて」
再び、スペクターが頭を下げて言った。
「皆さんにはずっと黙ってて……本当に、申し訳ありませんでした」
一瞬、広場に沈黙が流れた。
しかし、スペクターを責めようとする者は誰もいなかった。

 話題は、ジュプトルを……いや、カミルを捕獲する段取りへと移り変わった。
「皆さん。水晶の湖に時の歯車がある以上、カミルは確実にそこへ来ます」
ユクシー、エムリット、アグノムの3匹が、ここで広場の中央に進み出た。
「時の歯車を手に入れるには、ボクを倒せばいいということはカミルも知っている。
 つまり、ボクを倒しに来るんじゃないかな」
まず、アグノムが自らの推論を言った。
「そこで、私達が水晶の湖へ行き、時の歯車を二度と奪われないように封印するという噂を流せば……」
「カミルはまた必ず現れるんじゃないかな?」
ユクシーとエムリットが、話を続けた。
「なるほど……」
スペクターは、この作戦を行うことに決めた。
3匹のポケモン達をおとりに、カミルを水晶の湖へとおびき寄せる作戦を。
そして。
「そして……カミルを捕獲するのは、私1匹でやらせてください」
この言葉には、さすがに広場ポケモン達も黙ってはいられなかった。
しかし、スペクターの意志は固い。
「あまり大勢で行くと、カミルに警戒されるでしょう。
 それに、ここは私の手で決着をつけたいのです」
強い決意を持つスペクターに、ポケモン達は決着を任せることに決まった。
最後には、誰もが反対することなく、話がまとまった。

 新しい報せが入ったのは、3日後のことだった。
スペクターが、カミルを捕獲することに成功したのだ。
四度の召集がかかった。

 すでに、広場には多くのポケモン達が集まっていた。
過去三度の召集の時より多いことが、明らかに見て取れた。
事件を解決した立役者のスペクターは、遅れて現れた。
2匹のヤミラミと、縛り上げたカミルを連れて。
「皆さん!この度、ようやくジュプトルを、カミルを捕まえることができました!
 これも皆さんの協力のおかげです!ありがとうございました!!」
集まったポケモン達は、盛大な拍手を送った。
「~~~!!」
一方、鋭い眼をしたカミルは、何かをしゃべろうとしていた。
だが口をふさがれているため、声にならなかった。
「しかし……同時に悲しいお知らせもあります」
スペクターは、集まったポケモン達を見回し、そして言った。
「私も、未来へ帰らねばなりません」
広場のポケモン達は、とても残念そうにしている。
ここを訪れてからの時間は短かったが、彼はポケモン達から信頼されていたのだ。
「ユクシーさん、エムリットさん、アグノムさん……後のことは、お任せしました」
「はい。取り返した時の歯車は、私達が元の場所に戻します」
スペクターの頼みを、ユクシー達が代表して引き受けた。
そして、広場の上空に時空ホールが開いた。
ヤミラミ達が、カミルを放り込む。
「では、そろそろ……」
別れの時が来た。
広場のポケモン達は、皆一様に別れを惜しんでいた。
スペクターは再び、集まったポケモン達を見回す。
そして、ある一点で目を止めた。
「そうだ。最後に……最後に、ぜひあいさつしたい方が……」
そう言うと、スペクターはウィンズの目の前に進み出る。
「……お別れ、か」
「本当に、ありがとうございました」
前にいたレイとルナが、それぞれスペクターと言葉を交わす。
「これで、お別れ……」
しかし。
スペクターが声色を変えて、言った。

「……それは、どうかな?」

レイ達は、スペクターが発した言葉の意味を理解できなかった。
いや、理解した時にはもう遅かった。
スペクターの両手が、レイとルナをつかんだ。
「別れるのはまだ早い!お前達も一緒に来るんだっ!!」
突然豹変したスペクターは、そのまま時空ホールに飛び込んだ。
その手でレイとルナを捕まえたまま。
「うわっ、な、なんだ!?」
「た、助け……」
3匹が入った直後、時空ホールは消えてなくなった。

後には、ロット、イオン、グレアが残された。
「な……なんだっていうの……?」
「ワカラナイ……」
「スペクター……お前は一体何者なんだ?」

 物語は、まだ終わっていなかった――



Mission15。ついにジュプトルが登場!
名前をどうするか、相当考えたのは秘密。
探検隊のChapter11後半~13を一気にまとめましたが、
所々カットしたのでそこまで長くはなかったような。

ふといホネはポケダンでは入手できないアイテムですが
カラカラにはこれしかないだろう、ということで。

しかし、次回も長くなりそうな予感。

2008.07.01 wrote
2008.08.08 updated



© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: