16 闇の未来




 真っ暗な空の下、灰色の大地に立つ1匹のヨノワール。
彼の名はスペクター。
異世界で自らの目的を果たし、この地に戻ってきたポケモンだ。
「お待たせいたしました、ディアルガ様。
 少し苦労はしましたが、ようやく捕まえることができました」
スペクターは、闇の空間を目の前に話していた。

グルルルルルルルルルル……

何もないように見える空間に、巨大なポケモンの姿が浮かび上がる。
ディアルガと呼ばれるそのポケモンのうなりに対し、スペクターが再び話す。
「十分心得ております。歴史を変えようとする者は……消すのみ」

グルルルルルルルルルル……

再び、ディアルガがうなり声を発する。
「わかりました。必ず……」
その言葉を最後に、ヨノワールはこの場を去った。
そして、ディアルガの姿も見えなくなった。


 一方、その頃。
スペクターとディアルガが話していた所からは少し離れた場所に、レイとルナがいた。
「これは……閉じ込められたってわけか」
レイが言った通り、この部屋の入り口には鉄格子が張られている。
しかも、窓など全くない。
彼らにこの部屋を出る手段は無かった。
「レイ……私達、なんでここにいるのかな……」
2匹は、試しに記憶をたどってみる。
「ポケモン広場でヨノワール、いや、スペクターにいきなりつかまれたような」
「そのまま時空ホールに引き込まれて、次に気がついたらここにいた……」
そこから導かれる結論は。
「ということは……私達、未来に来ちゃったの!?」
レイは何も言わない。だがそれは肯定を意味する態度だった。
ルナの顔から、血の気が引いていく。
「そ、それじゃ、どうやって元の世界に帰れば……」
その言葉を受け、レイは考え始めた。
「元の世界の前に、まずはここから出る方法を考えなければ……」
しかし、答えは見つからない。

 そんな時だった。
「ウイイイーーーーッ!!!」
黒い体に、宝石の眼を持つポケモンが、4匹現れた。
その名はヤミラミ。
過去の世界で、カミルを時空ホールに放り込んだのがこのポケモンだった。
「おい、てっとり早くやるぞ」
「な……何を?」
ルナがそう言葉を発した時には、
2匹とも縄で縛りあげられていた。
さらに、目隠しまでつけられる。
「お、おい、これはどういうことだ!?」
「いいから歩け!」
レイは攻撃することも考えたが、ルナを巻き込んではどうしようもない。
抵抗する手段は無かった。

「着いたぞ」
そのヤミラミの台詞とともに、目隠しが外された。
しかし、辺りは真っ暗だった。いずれにせよ何も見えない。
おまけに、全く身動きが取れない。
それもそのはず、なぜか自分の体が縄で縛られているのだ。
見えるのは、同じように柱に縛り付けられ動けないルナだけだった。
レイは、試しに10まんボルトを使ってみた。
しかし、効果はない。
「どうやら、対策されているようだな」
その声の主は、レイでもルナでもなかった。
レイは声がした方を向いた。レイから見て、ちょうどルナの反対側だ。
「……!!?」
そこには、意外なポケモンがいたのだ!
「カミル!?」
2匹は揃って驚いた。
カミルもまた、身動きできない状態にされているようだった。
「お前達、ここがどこだか知っているのか?」
突然の質問。2匹とも、首を横に振った。
彼らを見て、カミルが答えを言う。
「ここは……処刑場だ」
……沈黙。
「ええーーーーーーーーーーーーっ!!!?」
突拍子もない答えに、大声を上げてしまった。
「ななな、なんで処刑場なんかに……」
「……どうやら、お出ましのようだな」
レイの言葉をカットしたカミルの鋭い目は、自分達が縛り付けられている柱の下を向いていた。

突然、周囲が明るくなる。
カミルの目線の先、そこにいるのは6匹のヤミラミ、
そして……スペクターだった。
「スペクター様、3匹を柱に縛り上げました」
ヤミラミの1匹が、そうスペクターに告げる。
「よろしい、これより3匹の処刑を執り行う」
その場にいる全員に聞こえるよう、スペクターが高らかに言った。
だが、やられる側としては黙っていられない。
「こ、これって一体どういうこと!?私達が何を……」
「ダメだ、何を言っても通じない!」
カミルが今度はルナの台詞を遮った。
そして、声を小さくして続けた。
「ここからは、あいつらに聞こえないように、小さな声で話せ」
続いて、カミルはいっそう強い口調で言う。
「もし、お前達も生き残りたかったら……オレに協力するんだ」
突然のことで、ルナは返答に詰まった。
だが、レイは即答する。
「わかった、いいだろう」
事実、他に手は無かった。
カミルは小さく頷くと、さらに質問を投げかける。
「教えてくれ、お前らは今何が使える?」
再び、レイが答えを返す。
「技ならあるが……」
「いや、もっと基本的なものがいい」
「それじゃ、普通に攻撃するのはどうだ?」
「それだ!それでいい!」
レイとカミルがこそこそ話しているのをよそに、
ヤミラミ達は処刑の準備を済ませていた。
「……始めろ」
抑揚なく、スペクターが言い放つ。
「ウイイイーーーーーーッ!!!」
その言葉に従い、ヤミラミの集団がレイ達に近づく。
ヤミラミ達は、両手の先に鋭い爪を光らせていた。
「ひえっ!」
ルナは恐怖のあまり固まっている。
「……よく聞いてくれ」
再び、カミルが小さな声で話しかける。
「ヤミラミ達は、みだれひっかきを無差別に繰り出す。
 しかしその時、攻撃が1つでもロープにヒットすれば……」
「その瞬間に攻撃して、脱出を狙えるというわけか」
カミルの台詞から、レイは自分達が取るべき行動を理解した。
しかし、恐怖感でいっぱいのルナが聞き返す。
「で、でも……もし、ロープに攻撃が当たらなかったら……?」
「その時は!オレ達はおしまいだっ!!」
この台詞だけは、スペクター達にも聞こえる声で発せられた。
そして!
「ウイイイーーーーーーッ!!!」
6匹のヤミラミが、一斉に襲い掛かる!
カミルが予測した通り、鋭い爪を振りかざす。
「うぐっ!」
「いたたた、痛いっ!!」
「た、耐えるんだ!チャンスが来るまで!」
数的には1対2、しかも絶え間なく体を切り刻まれる。
ロープが切れるより早くやられる、そんな不安さえ感じられた。
しかし、カミルを縛っていたロープが切れた。
「今だっ!!」
迷うことなく攻撃を繰り出す。
他のヤミラミ達の注意がゆるみ、攻撃の対象を外す。
それによって、レイとルナのロープにも亀裂が生じた。
「はあっ!」
2匹同時に、ヤミラミ達を弾き飛ばす。
さらにレイがすいへいぎりを放ち、飛びかかるヤミラミの集団をまとめて攻撃する。
「ぐわあっ!」
「な、何事だ!?」
またしても、カミルは一瞬を見逃さない。
「それっ!」
今度は、青い球を投げる。
その球からは光があふれ出た。
たちまち何も見えなくなった。
「ま、まぶしいっ!」
「うろたえるな!ただの光の球だ!すぐに元に戻る!!」
動揺するヤミラミ達を、スペクターが落ち着かせていた。

 光がおさまった時、目の前にいたはずのレイ、ルナ、カミルは
すでにその場からいなくなっていた。
「しまった!光の球のフラッシュだけ利用して、逃げたのか!
 逃がすな!行くぞ!!」
「ウイイイーーーーーーッ!!!」
スペクター達は、彼らの後ろにあった扉から出て行った。

 ところが……
少し経った後、処刑場の地面が盛り上がった。
そこから3匹のポケモンが出てきたのだ。
「つ、土が口の中に……」
ルナがむせ込んでいる。
レイ達はここから逃げ出したわけではなかった。
光の球を使うと同時に、カミルのあなをほるで隠れたのだ。
「とりあえずはしのいだが……ここは危険だ。逃げるぞ!」
カミルが駆け出していく。レイとルナは、迷う間もなく続いて行った。

 走りながら、ルナがカミルに問う。
「カミル、もしかしてここは未来なの?」
スピードを落とさぬまま、カミルが言葉を返す。
「そうだ、よくわかってるじゃないか」
予想していた答えだが、改めて突きつけられるとやはり厳しいものがあった。
カミルは走る先を向いたまま、さらに続ける。
「とにかく、今は逃げることだ!捕まったら元の世界も何もない!!」
息を切らしながら、レイとルナはカミルの後を追う。
そして、出口が見えてきた。

 処刑場の外に出たレイとルナは、我が目を疑った。
空は暗く、雲は動かず、風も吹かず、空中には岩が浮いている。
まるで、本当に時が止まっているかのようだった。
「こ、これは……」
レイは、言葉を絞り出す。
「そうだ。この未来世界では……星が停止しているんだ」
レイの言わんとすることを察したカミルが、先回りして答えた。
2匹は、もう言葉も出せなかった。
「そ、そんな……。
 だって、過去で私達はカミルを止めて、時の歯車を取り返したはず……
 なのに、どうして星が停止しているの?」
状況についていけないのは、ルナだけではなかった。
「それだけじゃない。あのスペクターの豹変は、一体どういうことなんだ?
 突然誰かに操られた?いや、それともあれが本性なのか?」
レイも頭を回転させているが、全く考えがまとまらない。
そんな2匹をよそに、カミルは周囲を警戒していた。
「お前らは、これからどうするんだ?」
突然、質問を投げかけられる。
少し考えて、レイが答えた。
「どうするって……過去に戻る以外に何も思いつかないかな。カミルは?」
同じ質問を、今度はカミルに返す。
「オレは再び過去へ行き、時の歯車を集める。星の停止を食い止めるために」
「えっ!?」
ルナが思わず声を上げる。驚くべき返答だったからだ。
「そ、そんな!?星の停止って、時の歯車を取ったから起こるんじゃなかったの!?」
「それなら1つ聞きたい!オレは過去で時の歯車を集めることに失敗したはずだ!
 では、なぜこの未来では星が停止しているのだ!?」
カミルの鋭い反論に、ルナは言葉に詰まった。
「そ、それは……」
代わって、レイが質問を返す。
「僕も1つ聞きたい。カミルの……時の歯車を集める、その理由を」
3匹とも、何も話すことのない時間が、少しだけ過ぎた。
レイとカミルは、互いの目を直視している。
やがて、カミルがその状況を断ち切って言った。
「わかった、いいだろう。だがここはまだ危険だ。ついて来い」
かくして、3匹はまたしばらく歩くこととなった。

 逃げていくうち、見つけた岩陰に3匹は隠れた。
「よし、ここなら見つけられにくいだろう」
一息ついて、カミルが話を始める。
「まず、星の停止が起きた原因から話そう。
 その原因は、お前達が住んでいる過去の世界で、時限の塔が壊されたからだ」
一息ついて、話がまだ続く。
「時限の塔が壊れたことが原因で、少しずつ時が壊れ始め、ついには星が停止した。
 そして、塔を守っていた伝説のポケモン……ディアルガは、その影響で暴走を始めた」
レイとルナは、カミルの話に聞き入っていた。
話はまだ終わらない。
「暴走したディアルガは、今や暗黒に支配された“闇のディアルガ”というべき存在になっているのだ。
 闇のディアルガは感情を失ったまま、歴史が変わるのを防ごうと働く。
 だからオレは狙われているのだ。星の停止を防ぐために、過去へ行ったオレは」
2匹は話に引っ掛かりを感じた。
カミルの目的が、星の停止を防ぐことにあるということが。
「それは……私達が聞いた話と逆じゃない!?」
「確かにそうだ。カミルは星を停止させるために未来から来たと、僕達は聞いている。
 そのことを話したのは……スペクターだったな」
レイの話から、カミルはスペクターが過去で何を話したか察した。
「冗談じゃない!オレが時の歯車を集めてたのは、星の停止を防ぐために必要だったからだ。
 時の歯車を時限の塔に納めさえすれば、壊れかけた時限の塔は元に戻り、止まっていた時間もまた動く」
カミルは、ここで話を1度区切った。
「その話が本当だとすれば、スペクターの話は真実ではなかったと……そういうことなのか?」
レイからの横槍に、カミルは反射的に反応した。
「当然だ。スペクターはこのオレを捕らえるべく、闇のディアルガが送り込んだ刺客だからな。
 歴史が変わることを防ぐために」
「そ……そんな……」
「オレの話は以上だ。お前らには信じられないだろうが……」
カミルの話に、ルナはすっかり考え込んでしまう。
「私達、これから一体どうすればいいの……?」
カミルは表情ひとつ変えずに、言葉を返す。
「何を信じていいかわからない時こそ、自分で考えることが必要だ。
 苦しい時だからこそ、気持ちを強く持て。そして、後はお前らで考えて行動してみろ」
ルナは、傍目にもわかるほど頭を悩ませている。

その一方で、レイは周囲を見回しながら頭を回転させていた。
どちらを向いても、全く動くことのない風景。
カミルの話に、時が止まった未来。そして、スペクターの豹変。
考えてみれば、正しいのはカミルの方かもしれない。
いや、しかしあまりにも突拍子のない話だ。
だけど、カミルかスペクターか、おそらく片方だけが真実を言っている。
問題なのは、どっちが正しいのか……
その時、ある考えが浮かんだ。
思い立った問いを、カミルに投げかけてみる。
「カミル……今の話が本当かどうか、過去に戻れば僕達にもわかるか?」
答えはすぐに返ってきた。
「ああ、すぐにでも証明してやる。
 もしオレの話が偽りだったなら、その時はオレを止めてくれてかまわない」
少し考えて、レイは次の質問をする。
「過去に行く方法、カミルは知ってるんだよな?1度行っているから」
またしても、カミルが即答する。
「もちろんだ。オレはすぐにでも、もう1度過去へ行く。
 お前らも、ついてきたければ来るがいい。オレはそろそろ行くぞ」
ここで、レイは視線をカミルからルナに移した。
まだ考え込んでいるようだった。
「レイ……どうするの?」
ルナからそう問われて、レイは思考をまとめようとする。
「正直言って、何が真実なのかは僕もわからない……
 だけど、確実に言えるのは、僕達は過去に戻らなければならないってことだ」
結論が出た。
「ここは、カミルについて行こう。過去に戻る方法を知っているようだし」
レイの決断に、思いつめていたルナの緊張がゆるんだように見えた。
「そうだよね。こんな時だからこそ、気持ちを強く持たなくちゃ。
 絶対に……過去へ帰ろうね!」
少しだけ、迷いが消えた。

 3匹は、森の入り口にたどり着いていた。
といっても、緑などかけらもない、暗闇に覆われた地なのだが。
「ここは黒の森。黒い霧がかかっていることから、そう呼ばれている。
 そして、森の奥にセレビィがいる。まずはそいつに会うぞ」
カミルが、これからの行動を言う。
「セレビィって?」
「伝説の時渡りポケモンであり、時間を超える力を使う。その力を借りて過去に行く」
ここで、カミルの表情が少し、なんとも言えないものに変わった。
「まあ、ちょっと変わったヤツではあるんだけど……」
レイとルナは、その表情の意味を図りかねた。
その一方、カミルが話を続ける。
「しかし、セレビィも歴史を変えることに協力している以上、闇のディアルガに狙われている。急ぐぞ」
こうして、3匹は森の中へ入っていく。

 しかし、物陰に隠れている者がいた。
「ウイィッ!」
1匹のヤミラミが、彼らの後をつけていった。

 黒の森を歩いていると、レイは不思議な感覚を感じていた。
――何か感じる。何か……
  そうだ。遠征の時にベースキャンプで感じた、あの感覚だ……。
「そういえば、お前らの名前をまだ聞いてなかったな」
突然の質問に、レイは少しだけびっくりした。
「っと、僕はレイ。今さらだけどよろしく」
「!!!」
「私はルナ……って、どうしたの?」
レイが名乗った時、カミルが大げさに驚いたのだ。
「レイ……まさか……」
しかし、本人には驚く理由がわからない。
「……いや、なんでもない」
話は、そこで途切れた。
だが……レイとルナは、過去にあった出来事を思い返す。
過去でスペクターと会った時も、レイが名を名乗ると激しく驚かれたことを。

 その話をしてから、レイは不思議な感覚が強くなってきたような気がしていた。
一応、ここでも野生のポケモンが襲ってくるのだが
そのほとんどはカミルが一撃で倒している。
実際、彼は強い。

 しばらく歩いたところで、カミルが足を止めた。
森の中には変わりないが、この場所は広場のようになっている。
「確か、前に出会ったのもこの辺だったな」
後ろからルナが問いかける。
「ここにセレビィがいるの?」
カミルは向きを変えないまま頷くと、大声を張り上げる。
「おーい!シルビア!オレだ、カミルだ!いるなら姿を現してくれ!」
声が辺りに響いて、消えていく。
その時、カミルの目の前の空間に光が集まるのが見えた。

 一瞬の後に、1匹の小さなポケモンが現れた。
「お久しぶりです、カミルさん」
開口一番、目の前のカミルとあいさつを交わす。
「ああ、久しぶりだな。シルビア」
レイとルナは、現れたポケモンが想像を絶することにびっくりしていた。
ピンク色で、とても愛らしい外見をしている。
そんな彼らを差し置いて、カミルは単刀直入に本題に入る。
「シルビア、また力を貸してくれ」
呆れ気味に返答が来る。
「わかってます。こうしてカミルさんがまた来たってことは、
過去の世界で失敗したから戻ってきたでしょ?」
あまりにもわかりやすく、図星を突かれた。カミルの表情が少し崩れた。
「うっ……」
「しっかりしてくださいね。こんな暗い世界で生きるの、わたしはもう嫌ですから」
話はどんどん進んでいく。
「悪いが急がなければならないんだ。ヤミラミに追われている」
その言葉にも、シルビアは全く動じることはない。
「ふふ、大丈夫ですよ!心配しないで。
 わたし、ヤミラミが来たってどうってことないですから」
そこまで言って、シルビアが真剣な目でカミルを見つめた。
「それに、もし星の停止を食い止めることができて、この暗黒の世界が変わるなら……
 わたしも命をかけて、カミルさんに協力します」
2匹の話はそこで区切られた。
「過去へ行くのは、この3匹ですか?」
3匹とは、カミル、レイ、ルナを指している。
「ああ、そうだ。早く時の回廊へ案内してくれ」
カミルがオウム返しのような速さで切り返した。
空中を飛ぶシルビアは、カミルの頭上を飛び越えてレイに近づいた。
「あら?この子は……」
「な、なんだ……?」
レイと目が合った。大きな瞳だ。
「いえ、まさかね……」
その反応は、先刻レイが名乗った時のカミルの反応にそっくりだった。
「どうかしたのか?」
「ううん、何でもないです」

 出発の前に、シルビアが森から癒しの力を引き出し、他の3匹に与えた。
本人達も忘れかけていたのだが、
処刑場でヤミラミ達につけられた傷が、まだ残っていたのだ。
「時が止まってるから、効果もいまひとつね。治るまでには時間が必要よ」
「いや、それでも十分だ。助かった。それじゃ、出発するぞ」
カミルが出発を告げる。
こうして、シルビアを加え4匹となったパーティーは
時の回廊に向けて歩いて(シルビアは飛んで)いく。

 歩きながら、シルビアは時の回廊についての話をした。
時空を超えることができる、秘密の道。そこを通れば、過去に戻れる――ということだった。
過去に帰れる――その時は、もうすぐそこまで近づいている。

 道中、シルビアは空中をひらりと飛ぶ。ルナの隣に移った。
レイとカミルが前を歩いている。
「ねえねえ、ちょっと内緒の話なんだけど……」
ルナにしか聞こえないような声で、シルビアが話を始める。
「カミルさんって実はすごくせっかちなの、知ってた?」
「ああ、そういえばそうかも」
シルビアの目線は、前を歩くカミルに向けられている。
「急ぐのはわかるんだけど、もうちょっとゆっくりしてくれた方が、わたしもうれしいんだけどなあ……」
大きな瞳が輝いている。
「できるだけ長い時間、一緒にいたいし……」
「……!!?」
ルナの顔に、驚きの表情が浮かんだ。
それを見て、シルビアは自分が発した言葉の意味を理解してしまったようだ。
もとからピンク色をしている彼女の顔が、さらに赤みを帯びる。
「あ……あっ!そういう意味じゃないからね!
 わたし特に何も思ってないからね!」
もはや言葉での否定など意味を成していない。表情が肯定しているのだ。
その真っ赤な顔が。
「シルビア、可愛い!」
言った時には、ルナはシルビアにくっついていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
シルビアの焦りが増幅された。
ルナからすれば、可愛くてしょうがない。
「そそ、そういうルナはどうなの?レイのこと気になってるんじゃないの!?」
苦し紛れの反撃だ。
ルナの頭の中に、過去の出来事が呼び起こされる。
死の淵から復活した直後、レイから告白された時のことを。
「え……?」
ルナは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「えーと、もしかしたらそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし……」
自分が聞く側であったとしても、理解できるだろう。こんな言葉は建前でしかない、と。
あまりにも下手すぎるごまかしだった。
目の前のシルビアは笑っている。
「うーん……もう言っちゃおうかな。他に誰も聞いてないみたいだし」
ルナは、小声で続けた。
「実はね……この前レイから告白されたの」
「えええっ!!?」
シルビアは声を抑えながら驚いた。
「それで、なんて答えたの?」
思い出す時間は必要なかった。
「え、そういえば私何も言えなかったかも……」
言いながら、つい下を向いてしまう。
再び顔が熱くなっていく。きっとすでに真っ赤になっているだろう。
またしてもシルビアの笑い声が聞こえてくる。
「好きなんでしょ?言っちゃいなよ!向こうから告ってきたんだし」
「う、うん……」
ますます顔が熱い。
けどシルビアの言う通りな気がする。
「おーい、どうした?」
遠くから、カミルの声が聞こえた。
見ると、前方を歩くレイとカミルから、結構な距離が開いていた。
「い、いけない!」
「行こっ!」
2匹は、急いで仲間に追いついた。

 それからも、4匹は歩き続けた。
処刑場から逃げ出して、ここまで逃げ続けている。
かなりの距離を歩いただろう。
レイは、久々に自分の体力の無さを感じていた。
襲ってくる野生ポケモンはほとんど現れず、
現れたとしても強い仲間が多いので
その意味では楽なのだが。

 長い道のりを超えて。
「あっ!見えてきました!あそこです!」
シルビアが先頭に進み出る。
行先に、通路の入り口のようなものが見える。
「あれが時の回廊だ。あそこを通ってオレは過去に行ったんだ」
早速、シルビアが回廊の封印を解き始める。
しかし。

「待てっ!そこまでだっ!」

 声の主は、一行の目の前に現れた。
もはやそれが誰なのかは、一瞬にして理解できた。スペクターだ。
「ウイイイーーーーーーーーッ!!!」
続いて、6匹のヤミラミも登場する。
「……そういうことか。オレ達をわざと泳がせていたんだな。
 シルビアもまとめて捕まえるために!」
「その通り」
カミル達が黒の森に入ったあたりから、
1匹のヤミラミがこっそり跡をつけていたのだ。
だが、当のシルビアは余裕の表情を崩さない。
「お前ら、ここは強行突破するぞ!」
スペクターの方を向いたまま、カミルが同行者達に言った。
「OK!」
「それしかないか!」
しかし、目の前のスペクターは不敵な笑みを浮かべている。
「カミルよ。ここに来たのは私とヤミラミ達だけだと思ったか?」
「なに!?」
瞬間、辺りが暗くなった。
それと同時に、不気味なほどの威圧感が一帯を包みこむ。

グオオオオオオオオォォォォーーーーッ!!!!

 暗闇の中に、巨大なポケモンが浮かび上がる。
「あ、あのポケモンは!?」
レイがカミルに問う。
「あれは……闇のディアルガだ……」
「あ……あれが……」
レイとルナは、闇のディアルガについての話を
先刻カミルから聞いていた。
「歴史が変わることを防ぐために働く、伝説のポケモン……」
ディアルガを見て、ルナが声を絞り出した。
その声が聞こえたのか、スペクターが言葉を放つ。
「そうだ。歴史を変えようとする者は消すのみ。
 愚かなるカミルとレイを、今ここに消し去ってくれる!!」
その言葉に、レイは驚かずにはいられなかった。
自分が“歴史を変えようとする者”と呼ばれたことに。
「それは一体どういう……」
「いや待て!オレの親友であるレイはポケモンじゃない!人間だ!!」
カミルがレイの言葉を区切って、スペクターに言い返す。
しかし、レイにとっての驚きは倍増した。
まさに……自分はもともと人間だったポケモンなのだから。
「ワハハハハハハハハハッ!!その通り!!そこにいるのはレイに間違いない!!」
スペクターが、高笑いを飛ばしている。
「そいつの正体は、確かにお前の親友である“人間だった”レイなのだよ!!」
「そ、そんなっ!?」
あまりにも衝撃的な事実だった。
レイ達4匹にとって、これで落ち着けという方が無理だと言えるくらいに。
「ディアルガ様が、私に与えた使命……
 それは、過去へ行ったお前らを消すことだった」
スペクターが語り始める。
「過去の世界で、私はレイと接触した。
 時空の叫びを持つ、かつて人間だったポケモンだというじゃないか。
 私は確信した。このポケモンこそ、私が追っていたレイだったのだ!」
誰ひとりとして、全く口をはさむ様子はない。
話が続いていく。
「ポケモンになった理由、そして記憶を失った理由は、私の知るところではない。
 だが、ラッキーだった。あとはカミルさえ何とかすればよかったのだ」
カミルは、何も言わない。
「僕がカミルの親友で、歴史を変えようとする人間だった……
 思い出せない。僕が人間だった時のことは、まだほとんど思い出せていない。だけど……」
レイは、カミルとスペクターを見て言った。
「この2匹が揃って同じことを言っているということは、
 多分……本当の話なんだろう」
話がつながった。カミルとスペクターの、真の目的。スペクターの豹変。
そして、今までの出来事が。全て。
ぽつぽつとつぶやくレイに対し、スペクターは勝ち誇っているかのように笑う。
「そうだ。これは本当の話だ。そして……ここでお前達を倒せば、全てが終わるのだ!
ワハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 これ以上、話すことは無かった。
スペクター達が、戦闘態勢に入る。
「消えるがよい!これがお前達の……最期だっ!!」
「ウイイイイイイイーーーーーーッ!!!」
スペクターと6匹のヤミラミが、じりじりと近づいてくる。
しかも、遠くを見れば未だに強烈な威圧感を放つディアルガがいる。
「くっ……ここまでか……」
「みんな、あきらめちゃダメだよ!!」
希望を失いかけているカミル、しかしその一方でルナはあきらめようとしない。
「だが、この状況をどうするというのだ!?」
「シルビア、時渡りで時の回廊に飛びこめる?」
シルビアは、首を横に振った。
「ディアルガがいるから難しいわ。時渡りを使っても、すぐに破られると思う」
しかし、それでも。
「ちょっとだけでも十分よ!何もしないままここでやられるよりは!!」
「……わかった。やるだけやってみるわ!」
シルビアが精神を集中させる。
それを見て、レイもまた力を集め始める。
と、その時!
「かかれえっ!!!」
「ウイイイイイイイーーーーーーッ!!!」
ヤミラミ達が襲いかかってきた!
レイがこうそくいどうを仲間達にかけ、
さらにシルビアがときわたりを発動する。
ヤミラミ達の攻撃が届くのと、レイ達がその場から消えたのが、ほぼ同時だった。
「ウイイィ……?」
一瞬にして対象が消滅したことで、ヤミラミ達は首をひねっている。
だが。

グオオオオオオオオォォォォーーーーーーッ!!!!

ディアルガの咆哮が響く!

レイ達は、一瞬にしてもとの空間に引きずり出された。
回廊の入り口が、すぐ目の前に見える。
「そこかっ!」
今度はスペクター自らが強襲!
「まだ間に合うわ!早くっ!!」
もはや迷っている時間はない。
「すまない!」
「ありがとう!」
レイ、ルナ、カミルの3匹は、全速力で時の回廊に飛び込んだ。
「必ず星の停止を……歴史を変えてね!!」
シルビアの声が、遠くから聞こえてきた。

 時渡りは成功し、3匹のポケモンが過去へ向かった。
そして、その時渡りを発動したシルビアも、テレポートでこの場を離れる。
残ったのは、スペクターと6匹のヤミラミ、そしてディアルガ。
「くっ……」
スペクターは、静かに舌打ちした――



Mission16。未来世界のストーリーをこの話にまとめました。
まともに書くとかなり長いので、一部省略した部分あり。
しかし……カミル×シルビア、もといジュプトル×セレビィは熱いですね・w・
作中でのルナのように、あの色違いセレビィに
くっつき(抱きつき)たくなったお姉様方は少なくないはず!

さて、エンディングまでは近くて遠いですね。
次回もどうぞお楽しみに!

2008.07.17 wrote
2008.08.21 updated



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