2006年12月23日
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カテゴリ: 日記




 穢れ、淀んだ緑の肌。
 隆々と発達した筋肉は、しかし人のそれではなく、まるで爬虫類を思わせる。

 そしてその全身には、響鬼達『鬼』を思わせる意匠が盛り込まれていた。

 胸には見るだけで吐き気をもよおすような、歪で捻じくれた胸甲を纏い、手首と足首には、やはりとても正気とは思えない複雑怪奇な意匠の輪環を装着している。
 しかもご丁寧に、その腹部には五芒星が掘り込まれた丸い金属板が、響鬼達のバックルを模したように取り付けられているんのだ。

 ──何よりも響鬼が強い嫌悪を感じたのが


 響鬼達と同じく、隈取を模した文様が浮き彫りにされた、角の付いた仮面。


 ただしその文様は、まるで原始宗教のペインティングにも似て、原初の悪霊を思わせる醜悪さを醸し出していた。
 ただ響鬼達と異なっているのは、眼前の『モノ』達は口が開いており、そこから鋭い牙が見て取れた。その中でニチャリとした唾液と蛇のように真っ赤な舌が蠢(うごめ)いている。

 そして白く吐き出された呼気が、臭気と毒気が交じり合って清浄な空気を汚してゆく。


 ──そう


 今響鬼の眼前にいるのは、「マガツカミ」としての『鬼』
『悪鬼羅刹』と呼ぶに相応しい、昔語りに出てくる『鬼(モノ)』そのものだ。


 だが

 カンカンカン


 拍手のつもりなのだろうか。
 響鬼は両手の烈火を打ち鳴らして、前後で身構えている「モノ」に視線を走らせた。

「お前らの親玉も良くやるよなぁ。
 いや、研究熱心で大変結構。

 こっちにはいい迷惑だけどな。

 ただ、猿真似ってのは良くないな~。
 うん、良くない」

 そして烈火をクルリと手の中で一旋させると、腰を落としてギシリ……っと全身の筋肉に力を漲(みなぎ)らせて身構える。

 そしてその体から発せられる怒気が、冬の冷気をさえ陽炎のように歪ませていった。

「だから……見せてやるよ。
 鍛えた本物の『鬼』の力ってヤツを」






「きゃああああああ!!
 いやいやいやっ
 アッチ行きなさいっ シッシッ!!」

 その頃、『雷神』の中では日菜佳がパニックの真っ最中であった。
 まるで野良猫でも追い払うように、眼前の『ツチグモ』に手を振って見せるが、これで追い払えれば僥倖か奇跡のどちらかだろう。
 だが現実には奇跡が起こるどころか、鬼籍に入りそうな危険な状態だった。

 当然、『ツチグモ』はそんな日菜佳に構う様子はない。
 そんな知性なぞ、欠片も有りはしない。

 しゅぅううううう……

 そして奇怪な音を立てながら、ゆらり……と車内を覗き込んだのだった。


「この野郎畜生! ウチの母ちゃんと蔵王丸達から離れろコラァア!!」

『ツチグモ』の糸で大木に括り付けられていた轟鬼が吼える。
 そして丹田に意識を集中し、全身に気合を巡らせた。

「はぁぁぁぁぁあああああ!!」

 轟鬼の『氣』が雷となって全身を纏いはじめる。

 そして

 ビヂ…っ ビヂっ!

 その雷と剛力によって轟鬼を縛っていた『糸』が異臭を放ちながら焼き切れはじめた。

「んぉおおりゃ!」

 そしてついに、クモの呪縛は雷と共に爆散し、轟鬼の身体は自由を得て再び大地に降り立つ。
 ──が、肝心の武器『烈雷』がない。

「あ、あれ?」

 キョロキョロと周囲を見渡すが、弾き飛ばされた時に森の中にでも入り込んでしまったのか、影も形も見当たらなかった。

 しかしそうこうしている内にも、日菜佳たちが乗った愛車に『ツチグモ』がにじり寄っていく。

 探す間も、考えることさえ出来なかった。

「ええええいっ! こうなったらっ
 根っ性ぉおおおお!!」

 猪突猛進。
 轟鬼は徒手空拳のまま『ツチグモ』に挑みかかった。





 なにかがわたしのなかにはいってくる

 暗く、寒い闇の中から──


「?
 持田っ!」

 意識を失い、ぐったりとしたひとみを明日夢が揺さぶる。
 ひとみの額に冷たい汗が流れ、顔色がどんどん青くなっていく。

「……!? うっ…」

 だが、その明日夢もまた、得体の知れない悪寒に襲われていた。

 目の前が、映りの悪い画像のように瞬き、歪む。


「二人ともっ どうしたの?!」

 流石に二人の異変に気付いた香須実が、それぞれの肩を揺さぶった。

 ──なんだよ、これ

 明日夢は薄れていく意識を必死でつなぎとめ、『ツチグモ』と戦う轟鬼を振り返った。

 そこに、自分達を引き寄せる「何か」がいるような──

 確信に似た思いを抱きながら。





 手強い。

 響鬼は『鬼(モノ)』と化した『童子』と『姫』を相手に孤軍奮闘していた。

 その力は通常のそれを遥かに凌いでいる。

 二年前、『クグツ』さえ凌ぐ『童子』と『姫』と戦ったことがあるが、その力に勝るとも劣らない。

「バッタモンのクセに、しぶと過ぎるぞ
 お前ら」

 前後から
 上下から

 襲い掛かってくる『鬼』もどきの攻撃をかわしながら、響鬼は策を練っていた。

 戦力の分散は兵法の基本だ。相手が強力なら尚のこと。

 ならば──

 何を思ったか響鬼は動きを止め、すぅ……とその場に無防備な姿勢をとった。

『鬼』と化した『童子』と『姫』が、そんな響鬼を挟み撃ちにしようと、前と後ろに陣取った。


 これは賭けか。

 いいや、俺は出来る。
 俺ならできる

 ──そのために俺は『鍛えて』きたのだから。


 前後に敵の気配を感じながら、響鬼は『その瞬間』を待ち続けた。






 ウマソウ ナ ニンゲン

『ツチグモ』は、人間ならば舌なめずりしそうな歓喜をもって、鉄の箱の中身をのぞきこんでいた。

 女と子供。

 どちらも大好物だ。


 ──だが


 ──イナイ──

 何よりも優先させるべき『対象』がそこにはいなかった。

 食欲か

 役目か

『親』仕込まれた命令は優先させなければならない。

 だが目の前の馳走があるのを見て、本能に火がつこうとしていた。

 その時


「だぁあっ!!」

 横から激しい衝撃が遅いかかり、『ツチグモ』は横倒しに倒れて脚をじたばたさせた。

 轟鬼のとび蹴りが、『ツチグモ』に炸裂したのだ。

「おっしゃあ!
 日菜佳っ みんなっ!
 大丈夫ッスカ?!」

「お父ちゃん!」

「轟鬼さん」

「轟鬼君!」

「良かった、みんな無事で……っ!?」


 轟鬼の会話はそこで止まった。


 ドシュっ


「………え?」

 轟鬼は自分の横腹を貫いた、太い『脚』を呆然と見つめていた。

 ずるり……とその『脚』がひき抜かれ、傷口からじわりと

 そして激しく血が噴出した。

「お父ちゃん!!」

 思わず日菜佳が車から飛び降り、膝を折った轟鬼を抱きかかえる。

 そして、蔵王丸をみどりに預けたあきらまでも。

「轟鬼さんっ! 早く車に…っ!!

「ば、ばか……
 はやく…みんな…」

 逃げろと轟鬼が言おうとした時。


 しゅぁあああ


『ツチグモ』の顎(あぎと)が、三人に迫っていた──






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最終更新日  2006年12月24日 05時00分19秒
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