2007年03月21日
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カテゴリ: 日記
 森の中に清冽なる笛の音が響き渡った。

 風よ
 旋風(かぜ)よ
 祓いたまえ 清めたまえ

 全ての邪悪を祓わんがため、その息吹きを以って──

「はっ!」

 青年を包み込んだ蒼く輝く旋風が裂け、その中から美しき異形の『モノ』が現れる。

 漆黒の身体に黄金の胸甲。
 蒼穹を思わせる鮮やかな蒼で隈取を描いた鬼の面。

 関東支部で最も若き鬼の一人。
 その名は──

「威吹鬼君…っ!」

 その姿に、恐怖を忘れて香須実は思わず涙した。

 その声に威吹鬼はうなずきを返すと、その右手を銃を持ち代えてツチグモにの顔面に青い光弾を雨と浴びせた。

 キシャアアアア!!

 肉を穿つ爆裂と共に、ツチグモの顔面から異臭を放つ体液が爆ぜて、周囲に降り注ぐ。

 不知火の上でのたうつツチグモに、威吹鬼は文字通り疾風の勢いで肉薄しつつ、更なる攻撃を加えていった。
 銃の上部にあるセレクターを切り替え、引き金を引く。
 重く響く銃撃音と共に、今度は赤い光弾がツチグモの肉を爆砕していった。

 ツチグモが痛みと自己防衛本能──恐怖でたじろぐ。威吹鬼はその隙を見逃さなかった。

「香須実さん、伏せて!」

 そう叫びながら不知火のボンネットを蹴って跳躍。
 鋭い垂直蹴りがツチグモのあごを捉え、あろう事かその巨躯を宙に浮かばせる。
 ある種冗談のような光景だが、彼ら『鬼』達の能力は人間のそれから大きく逸脱している。
 それに人類が数千年もの間磨き上げてきた戦闘技術が加わって、魔化魍のような怪異と五分以上に戦う事が出来るのだ。

 激しい轟音と共にツチグモの巨躯が仰向けになって山道に倒れ伏す。それでも長い足を激しく動かしてもがく様は醜悪極まりない。

 だが威吹鬼はまだ止めを刺さなかった。不知火のボンネットの上にふわりと着地し、白く砕けた硝子を払い除ける。そして両の手でつぶれた窓をメキメキと音を立てさせて広げていく。
 その中には、彼が幼い頃から慕っていた女性の姿があった。

「大丈夫ですか? 香須実さん」

「あ……ありがとう」

 所々小さな傷が見えるが、彼が愛した女性は奇跡的に無事だった。
 仮面に隠れて表情は見えないが、威吹鬼の口から安堵のため息がこぼれる。
 威吹鬼は香須実に手を伸ばし、その華奢な身体を不知火から引き上げた。

「良かった……」

「良くないわよ…っ!」

「え?」

「怖かったんだから……本当に」

 緊張と恐怖から開放された安堵からか、ポロポロと大粒の涙を流しながら、香須実は拗ねたように威吹鬼を睨みつける。
 気丈な性格で『鬼』達のサポーターを勤めているとは言っても、彼女もやはり魔化魍という怪異の前には無力な『人間』なのだ。
 その恐怖を想って、威吹鬼は思わず謝ってしまった。

「あ……どうもすみません」

 バツが悪そうに背を丸めて頭を掻く幼馴染の姿に、ようやく香須実の顔に笑顔が灯る。

 だが、戦いが終わったわけではない。

 足掻くツチグモの口がカッと開かれ、そこから放たれた『糸』が二人に襲い掛かる。
 しかし威吹鬼は咄嗟に香須実を背に庇うと、風を纏った手刀でその糸を見事に断ち切った。
 続いてベルトのバックルに取り付けられた円盤を外し、宙に投げる。そしてその円盤が落下してくる短い時間の中、流れるような動きで銃にマウスピースのようなパーツを取りつける。
 宙を舞った円盤が再び威吹鬼の手に戻ると、威吹鬼はそれを銃口にはめ込んだ。
 すると銃がトランペットのような楽器へと変形を果たす。

 威吹鬼はそれを構えると、ツチグモに向かってトランペットを吹き鳴らした。 
 トランペットの高らかな音が、清めの波動となってツチグモを襲う。すると、赤い光弾が命中した辺りで、何かが赤い輝き始めた。

 『鬼石』と呼ばれる霊石を弾丸として直接相手に叩き込み、トランペット型の音撃武器から放たれる清めの波動を受けて増幅。魔化魍を内部から『清め』、そして倒す。

『疾風一閃』

 それがこの技の名だ。

 トランペットの演奏が高みへ達するのと呼応するかのように、赤い輝きも増していく。
 そしてついに──

 キシャアアア!

 ツチグモの断末魔の叫びと共に、その体が風に飛ばされる木の葉のように爆散した。

「ふぅ…っ」

 安堵のため息。
 だが威吹鬼はそれっきり身じろぎもせず、ツチグモが存在していた場所に視線を注いでいる。
 幼馴染の態度に不審なものを感じ、香須実はツンツンと指先でその背中をつついた。

「威吹鬼君?」

「……あ、はい?」

「どうしたの、一体」

「いやちょっと……考え事していたもので──
 ところで他の皆は?」

「……あっ そうだっ! 明日夢君とひとみちゃんがっ」

 そう、確かツチグモに襲われた時に車内から飛び出して──

「多分この土手の下だと思うんだけど……」

 香須実が指し示した辺りに視線を送ると、果たして木の根元でひとみを庇うように抱いて気絶している明日夢の姿が見て取れた。

「明日夢君っ!」

 威吹鬼が巧みに足を動かし、斜面を駆け下りていく。もう安心だ。香須実は威吹鬼の後ろ姿を頼もしそうに見送った。

 だが

「?」

 駆け寄る威吹鬼の動きが突然止まった。それどころかゆっくりと銃──『烈風』を構え、その銃口を明日夢に向ける。

「ちょ? ちょっと、何しているのっ!」

 だが威吹鬼は答えなかった。 その代わりに銃口が火を吹き、明日夢が倒れている木の幹に青い光弾が打ち込まれる。

「……何者だ? 姿を見せろ」

「え?」

 驚く香須実と再び臨戦態勢に入った威吹鬼の前に、黒い影が木の後ろから姿現した。

 弦をあしらった襷(タスキ)の様な胸甲を纏い、まるでクモの巣を思わせる白い隈取が描かれた仮面。そして頭頂部に生えた巨大な一本の角(つの)

「と…轟鬼…君?」

「ふん……」

 その漆黒の『鬼』は嘲笑うかのように肩を揺らした。

 否

 いでたちこそ似ているが、全くの別人だった。何よりも、放つ気配が全く異なっている。
 夜の闇よりなお昏(くら)い、邪なその気配。

 威吹鬼の口から驚愕の声の漏れる。

「お前は……っ」

「久しぶりだなぁ、宗家のぼっちゃんよ。 随分とでかくなったモンだ」

 そう言いながら、その『鬼』は腰から二振りの小型な『弦』と思しき音撃武器を取り出し構えた。

「馬鹿な……何故お前が生きている。
 お前は兄さんに『祓われた』はずだ!

 答えろ、闇鬼(あんき)っ!!」

 だが、『闇鬼』と呼ばれたその『鬼』はそれに答えず、哄笑を上げて威吹鬼に向かって踊りかかった──





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最終更新日  2007年03月21日 22時33分44秒
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