2007年09月06日
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カテゴリ: 日記
月が青い

少年はその月に向かって手をかざしてみる。
異形と化した 白く、そして赤黒い血に染まったその手を。

「なにやってんだ? お前」

背中越しに、少年の声が届いた。
彼に背中を預けた、同じく白銀の異形の姿に端麗な顔立ちの少年が、荒い息をつきながら彼に問うていた。

「いや……
 手が、届かないかな って」

「何に?」

「月に」

背中合わせに座り込み、互いに背を預けあっている少年二人は、そろって天空に冴え冴えと輝く月を仰いだ。

「……届かなかったな」

白銀の少年が鼻を鳴らして、僅かな苛立ちと労りを含んだ声で答える。

「うん
 届かなかった」

腕が疲労に耐えかねて、だらりと落ちた。

二人の周囲には、かつて異形の群れだったものの「残骸」が枯れ草のように重なり合っていた。
だがその「残骸」も今では異臭を放ちながら自然へと帰っていく。
ただ、怨嗟と死闘で傷つけられた木々と大地の他は。

数刻前までの修羅場がまるで幻であったかのように。
疲れて、麻痺した頭にはそれが現実として捉えきれず、自分が何をしていたのかさえおぼろげだった。

切り裂き 噛み付き 打ち砕き

そうやって必死に差し伸べた手から、またしても「彼女」はすり抜けて行き、月光の中に消えていったのだ。

ただ、喩えようもない虚無と徒労感が少年の心を縛り付けている。

「やっぱり、無理なのかな」

結局望まなかった力。
かつて選ばなかった道。

だが、その力は今は少年の意志と関係なくその身に宿り、否応無く精神と身体を蹂躙していった。
もはやこの力からは逃げられぬ。
そして少年は決意して、一つの目的の為に再びその道を歩み始めた。

もう引き返せない。
引き返すつもりも無い。

でも、その力をもってしても、救えない者がいる。

(持田……)

結局、少年の 明日夢の叫びも想いも、「彼女」にはとどかなかった。

結局彼女は
月光を背に、彼の前から姿を消した。

これで何度目だ。

鉛のように重い腕にわずかに力をこめる。
でも、情けないほどに力が入らなかった。
それが明日夢には悔しい。

「なら、止めろよ」

白銀の少年、京介は突き放すように言って明日夢の背に己が体重をかける。

「持田のことは俺たちに任せて、お前はお前の生き方に戻れ。
 お前は…『鬼』じゃないんだから
 それに──朝日は月には追いつけない。
 月が太陽を隠すことはあっても、な」

それは残酷な言い方だが、彼なりの心遣いだったのだろう。
このまま戦いに身を投じていけば、明日夢のもつ『輝き』が消えて『鬼』の暗黒面に侵されてしまうかもしれない。
そんな心配からでた言葉だった。

でも

「何もしないなんて、俺にはもう出来ない。
 鬼の力に怯えて、何もしないで、誰も助けられなくて
 そんな生き方は、もう出来ない
 たとえまがい物でも、今の俺は『鬼』なんだ」

「『力』だけは、な」

友の──京介のその言葉に、明日夢は唇をかみ締めた。
そんな事は分っている。
今の自分は戦う『力』は持っていても、戦う『術(すべ)』を知らない。

只ひたすらに がむしゃらに 
戦いという非日常に身をおいてきただけだ。
傷付いて痛みと恐怖に襲われながらも、それを怒りと幼馴染への想いに変えて。

その先に、どんな結末が待ち受けているのか。
考えるのが怖い。
怖いから、動く。
怖いから、理由が欲しい。

自分が自分でいられるように。

「安心しろよ。
 持田を助けたいのは俺も同じだ」

そんな明日夢をまるで励ますかのように、京介の口調が優しいものに変わった。

「俺だって、あいつのあんな姿はもう見たくない。
 ……それに──」

そこで京介の言葉が不意に途切れた。
なにか、言いたげな 歯切れの悪い口調。京介にしては珍しいことだ。

明日夢が「?」という表情で京介を振り返ろうとした時。

「おーおー。 また派手にやったなぁ、お前ら」

振り向いた明日夢の視線の先に、一人の男がいつの間にか無造作に歩み寄って来ていた。
こんな人気の無い、暗闇に包まれた山中を平然と来る人物と言えば──

「ヒビキさん!」

「よっ お疲れ」

いつもの敬礼を返して、ヒビキが穏やかな笑みを浮かべていた。
そして慌てて立ち上がろうとした二人の『弟子』を手で制して、「どっこいしょ」と言いながら二人の側に座り込む。

途端、表情がかすかに険しくなった。
それを見て、二人の表情が僅かに引きつる。

「……いや、あの──怒ってます?」

恐る恐る明日夢はヒビキに尋ねてみた。
『不用意にに動くな』と釘を刺されていたにも係わらず、二人は独断で飛び出していったのだ。
叱責を受けるのは当然のことだろう。

だがその問いに返ってきたのは。

「へ?」

意外、という表情で明日夢を見つめ返すヒビキの顔であった。

「なんで?」

そう問い返されて、二人は安堵と困惑が入り混じった奇妙な表情で思わず顔を合わせた。

──どうやら座った時に「どっこいしょ」なぞと言ってしまったことに、ちょっとした後悔をしてしまったらしい。

とは言えそれも無理も無い。
明日夢がさらわれたあの事件でヒビキは致命的な重症を負ってしまい、今は『鬼』になるのが困難な状態になってしまったのだ。
無論リハビリは続けているのだが──

「いや、ちょいとオヤジ臭くなったなぁとか思っちゃってさ」

そう言いながらヒビキは明るく笑ってみせ、穏やかな表情で月を見上げた。

「──月って、遠いよなぁ。
 あんなにはっきり見えてるのにさ」

自分達の会話を聞いていたのだろうか。
二人は目を合わせると、また夜空を見上げた。

「でもな、40年も前に人間はあそこまでいったんだぜ?」

「アポロ計画のことですよね? アメリカの……」

京介の補足に、ヒビキはうなずいてみせた。

「そう。
 人間って凄いよな。夢があって、それを実現しようと努力して、
 それを成功させてしまうんだから。
 でもさ、それって一人の人間の力だけじゃないんだよな。
 宇宙に行く人間と、人間を月に送るために大勢の人間ががんばって。
 そして、人間は月にいくことが出来た」

そう言って、ヒビキは明日夢に笑顔を向ける。

「人間は、一人で何かをやり遂げたり、生きていけるほど強くないんだよ。多分。
 自分が知らないところで、自分が気がつかないところで
 誰かの助けを受けて生きていくんだ。

 自分ががんばっているから、それを助けてくれる人が居る。

 がんばっている人間がいるから、自分もがんばってみようと思える。

 そうしたら、人間はどんなことだって出来るんだ。
 ──少なくとも、今の俺はそう思ってる。
 だから」

ヒビキは親指で後ろの森を指した。
すると森の奥の方から声が届いてくる。

「おおい! 明日夢ーっ!」

「京介君、居るのか?! 返事をしてくれ!」

「安達君、安達君ーっ!」

「生きてるなら返事しやがれ、クソガキ共!」

「怒らないから出て来~い」

な? という表情でヒビキは悪戯っぽく笑ってみせた。

「お前らが飛び出していったってんで、
 非番の連中や近くの連中総出で駆けつけてきたんだぜ?」

二人は唖然として森を見つめ続けた。
すると程なくして、見知った顔ぶれが次々と森の中から現れてくる。

「轟鬼さん 威吹鬼さん あきらさん……それに」

弾鬼が裁鬼が
「たちばな」の仲間達が二人とヒビキを見つけて
笑いながら、怒りながら
そして泣きながら
駆け寄ってくる。

「お前一人で背負い込むなよ、明日夢」

草と土を払いながらヒビキは立ち上がり、明日夢の肩を優しく叩く。

「連中と──俺たちと一緒なら、きっと、月に手が届く日が来るから」

「……はい」

明日夢も立ち上がって駆け寄ってくる仲間達にぺこりと頭をさげた。

そして、もう一度月を振り仰ぐ。

(そういえば、あの時もこんな月だった……)

明日夢は思い返していた。
自分が『鬼』となって仲間達に牙を剥いたあの夜のことを。

あれ以来、月夜を見るたびに明日夢にとって忌わしい思い出が蘇り、明日夢を苦しめた。

でも、今は 

(俺はきっと取り戻してみせる)

そう、自分は一人ではない。
その事に今まで気付けなかったけれど。


空が白みはじめ、太陽の光が暗い夜空を赤く染め始めていく。

その暁の光を背に、少年は仲間達に向けて歩みを進めた。








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最終更新日  2007年09月06日 21時14分24秒
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