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Mar 15, 2005
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カテゴリ: カテゴリ未分類
――人間とはなんだろうか、などと
言わないようにしている。
――こころとはなんだろうか、と考えるとき
すこしだけ闇の扉がひらく
――わらってください、きょうという日が
あったから
――なきましょう、きのうという日は
もう、こないから
               みなわ ひとし
大人の身だしなみ

山また山を越え、
元の家に着いたのは、夜の帳がおりたころ、
午後7時をまわっていた。
うっそうとした樹木が
闇をいっそう暗くしている
広い境内をぬけると
左手に本堂らしき建物が
ほのみえてきた。
と、脇の住居らしい玄関先に
灯りをもったひとの影。

「元さーん」
はっきりした音声でそのひとが灯りを振った。
「義兄さん?」
元がひとり急に足早になって
そのひとに近づいた。

「お母さんが、ちょっと困ったことに
なってる。キミを待ってたんだ」
ささやくように、義兄の直人が言う。
直人は、後から歩いてきた喜一たちに向かい、
「遠路ありがとうございました。
お疲れになったでしょう」
と深々と頭をさげた。

本堂につづく長いほの暗い廊下を急ぎながら
元は、さっきの直人のことばを反芻していた。
「困ったことって、一体?」

本堂に入ると、
父が横たわる白い布団の横に
普段着の母が横坐りに脚をなげだし、
父の手をさするようにしている。
「母さん」
声をかけるが、振り向きもせず
ただうなづくばかりだ。
元は黙って父の枕元に坐り
白布をそっと開いた。
穏かになった父が眠っていた。

喜一たちは直人に
客間に案内された。
心地よく暖められた部屋には、
食事の用意がされていた。
「ごゆっくりなさってください」
直人が足早に去って行った。

「元さん、聞いて頂戴よ」
広い本堂にひびきわたるような声で
美奈が入ってきた。続いて美香、美弥。
元の異母姉三人だ。直人も追いついた。
「あなたのお母さんはね、どうやら
お父様の葬式をしないおつもりよ」
隣町の病院長夫人となっている長女の美弥が、
いつもの冷静な声と表情で
元を見据えた。
元が母の肩を軽くゆすりながら、
「母さん」とのぞきこむ。
文子は、初めて息子に気が付いたように
一瞬大きく目を見開き
ピクっと肩をふるわせた。
「お願いします。
せめて1週間、延ばしてください。
あとは、あなたたちのいいようにして、ネっ」
文子は居住まいをただすと、
三姉妹のほうに
懇願するような目を向けた。
「そんな非常識なこと、できませんよ。
文子さんわかって」
美弥がうんざりした口調で言う。
「姉さま、もういいわよ。
私たちで日取り決めちゃいましょう。
このひとに何を言ってもむだよ」
美奈があきれはてたように
立ち上がった。
「イヤだー」
文子が、子どものような悲鳴に近い声をあげるなり、
突っ伏して泣き出した。
「いい年して、気が違ったんじゃない」
見下ろすように美奈がつぶやいた。
「バカ」
直人の平手が美奈の頬に飛んだ。
「キミにはお義母さんの気持ちが
わからないのか。
ボクもさっきまで困った
としか思ってなかった。
仕事に差し支えちゃ困る、
ただそれだけを考えてた」
直人は、まだふくれっつらの
妻の頬をやさしくさすって話しかける。
「キミのオヤジさんが、いつだったか
話してくれたことをね、思い出した」
「どんな?」
「あなた、死んだらきっと亡くなった奥さん
に会いにいくわね。いいの、あんなきれいで
優しそうなひとだもの。でもね、それまでは、
私の大切なヒトでいてね。還暦を迎えようというのに、
真顔で言うんだ、ってオヤジさん、笑ってた」
「じゃ、今、ヤキモチ焼いてるの、あのひと。
お父様を独り占めしたいのかしら」
美香が、大きなお腹をさすりながらつぶやいた。
「お母様に? そうかもしれない。女だもの」
美奈が、目のふちを赤くして直人を見上げた。
「檀家のこともあるし、面倒はいろいろあるけれど。
いいわ。気の済むようにさせてあげましょうよ」
美弥が、さっぱりした表情をした。
そして、元に向かい
「お義母さんを頼むわね」
と言い残して姉妹が去って行った。

元は、背中で一部始終を傍観しながら、
疲労困憊して泣きじゃくる母を、
やっとのことで、父のそばに寝かせた
元が、直人のほうに近づいた。
「義兄さん」と、目で礼をする。
「これ内緒なんだけどね」
隅っこで直人が笑いをかみ殺すような
仕草をした。
「さっきのオヤジさんの話さ、
あれフィクション」
「エーっ」
直人がシーっと、指を口にもっていく。
「あの話、昨夜読み終わった推理小説
にあったんだよ。ちょっとアレンジしたけれどね」
直人がいたずらっぽく元に笑いかける。
「ボク、ちょっと感動したのに。チェッ」
「女って、情が深い分、やっかいなんだ。
一度パニクると、ヒステリーを起こして
自分じゃとめられなくなる。
理屈が通じないから。
外野が(渇を)を入れるまで
どうにもとまらない」
「へえ、そう」
「ボク、姉四人に苦しめられたからね」
「でも、助かった。
ありがとう」
「いやいや」
転職を繰り返し妻に頭の上がらないヒト
と、元はこの義兄をほんの少し軽んじる
ところがあったが、今や自分の不明を恥じていた。
いやはや、大人の男はつらいね。
元は、父にかけられた白い布を
またそーっとひらいた。
元の鼻筋を伝った涙が
父の顔にポタポタ落ちた。
                  楠田 レモン





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最終更新日  Mar 15, 2005 09:53:02 AM
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