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話がある、 といわれるとものすごい高確率でああ、やばい、なんかやっちゃたんだ、あれかな、これかな、怒られる…、どうしよう、こわい、やだな(傷つくのが、嫌だなのやだな)と思ってどきどきする自分がいる。もし自分が ちょっとどうなのよ? ということをやってしまったんだとしても、そのことをわかりもせず、気にもせずやってしまった自分にどうしようというよりは、相手の指摘を 単純に怒られる とか、 自分が傷つけられる ように思い、言われることそのものを避けたい自分の方が、まだまだ強い。こわがってどうなるということでもないだろうに。痛い指摘も私のためにしか起きないのに、避けてたらずっとそのままじゃん。そして自分が怖がらせるほどには、すごい話じゃなかったりする。
2007年06月25日
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素直にトイレに行きたい と言えたのはよかったんじゃないの。タイミング悪いとか アテンションだろうとかいろいろ思ってがまんさせて、なるべく気を遣わせない状態でトイレにいこう、スマートな人ぶろうとしちゃってきたけど。たかくくったりやせがまんしないために自分のために自分で言ったり、やったりするための一歩なんだと 信じたい。
2007年06月24日
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釣りをした。早く釣りたくてあせって、釣り糸をからませたり、からんだ挙げ句、一旦根元から切って取り直しをすることになったり、釣りより釣り糸をさわってる時間の方がよほど長かった。初心者なんだ?! 焦るな~と思っても気持ちははやる。釣り初心者の自分に、どこかでこんなことも知らないの、できないの と言っている自分が、いる。周りの人に笑われてる感じがする←もちろん、妄想。「ラインが繊細すぎるんだよ」釣り糸がからまってるこの状態はどういう意味なんだろうと思いながら釣り糸を通し直していたら、後ろを通っていった仲間の一人がそう言った。わけもわからないまま うん、 と答えていた。わかってないのに うん と言ってしまうのもどうなの と思うけれど…。ラインが繊細使っている釣り糸は細い。新しいこと始めるのも、自分に戻るのも、その細い繊細なラインをたどるようなことなのかも。今回の出張でどうやら わざとがさつにふるまっているらしい自分になんか変なことをしているな…と思っていた。私は大丈夫よ的なアピールとして、やっていた。仕事できないと思われるんじゃないかとか、女は違う、と排除されたらやだとかそんな理由で。無駄な自己防衛 だと思う。誰もそんなこと言わないし、思う人たちじゃないのに。そして自分でやってるのにも関わらず がさつな自分のとこに反応することを言われると やっぱり自分は繊細じゃないんだ とか。女じゃない とか思い、落ち込ませ、悲しくなり だめだめな評価をして。内心では繊細さのないがさつな自分も、女らしさのない自分も嫌だなあと はあ、とため息つく感じ。女らしい=繊細 とどこかで思っている。←なんでだか。自分の中で 私は女らしくない、と断定し女らしくないままいるようにさせようとするところとそれは嫌だとするところがあって揺れている。どうせ繊細じゃないわよ、ふん、などと開き直りたくない。気持ちのわかる私になりたい。せっかくなら女であることをよかったと思える私になりたい。かと言って、 女の人だから と気を遣わせてばかりの、一緒にいて疲れる人にはなりたくない。このへんの 違いというのが なあ。なんか くしゃくしゃと もじゃもじゃとからまっている感じ。
2007年06月24日
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仕事ができてなかったとは思わないけれども。その仕事を依頼されて行っただけなんだけど。自分の中では その仕事をその人から取り上げてしまったんじゃないかという気がしてならない。ほんとはその人がやりたかったはずなのに、ピンチヒッターみたいなお前が出てってやったからってお前の仕事でもなんでもないくせにいい気になるな、お前に何かできたみたいに思うな、人から取り上げといて 自分の仕事だみたいに言うな、と。なんていじきたないんだと。最初からお前なんかあてにされてなかったんだ。それなのに たまたま結果がよかったからって自分に何かできるみたいに勘違いしてんなよ と。人のものとっていい気になるな と。お前なんか お前なんか ともうへこませたくて仕方ない。お前の仕事じゃないだろ、いい気になるな とそればっか。つらい。これがあると ほんとにひるむ。人の花畑踏み荒らして気づいてないんじゃないの、私?とかやろうとした瞬間に自分をすくませていく。
2007年06月22日
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ほんとはほしいのにがまんさせる…でもほしいからじーっとそれをみる。そして与えてもらって嬉しい。お弁当のおかずをわけてもらって嬉しかったという話を聞きながらなんか嫌な感じ。わけてほしいならそう言えばいい んじゃないのかな。ほしいなという自分の気持ちを無視しないのは大事なんだろうけど…じーっと見るとこになーんか。言えばいいってことでもないけど、なんかなあ。人にしてもらうところの何かに反応してる…。もらってよかったね…とならないのはなんなんだろう。
2007年06月21日
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仕事の仲間とのんだ。本音で本気で一緒の時間をすごし、ひとつのものをつくってきた仲間。仕事を通じての仲間だけれど私がいつも自分に正直に本気で生きることができるならいろんな仲間ができるのかもしれない。楽しかった。ありがたかった。今日一緒にのんだ人たちだけではなく、たくさんの人の、たくさんのサポートがあってその仕事ができ、いまもこうしてつきあえる仲間がいる。私はすごく たくさんのサポートをうけている。いま私が思うよりも、きっともっと。ありがたい。なけてしまう。
2007年06月19日
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子供を産んだらいいのに。 いいお母さんになると思うよ。10年以上ぶりに再会した友達が言ってくれた。ショックを受けた。友人知人からときどき言われるたびに、猛烈に反応し、否定してきた言葉だった。夫と別れてから とんと聞かなくなり、そういう反応をしていたことも、その言葉によって反応することもどっかにいってたかのようになっていた。もうそんなことはない。私にはもう起きない、終わったことになっていた。前の夫と別れたと彼女に話したとき、これで子供が産めるようになったんだ と思ったと彼女は言った。言われて 涙が出た。私には 子供を産み育てるようなことはできない。そんな人間じゃないと ずっとずっと自分に言ってきた。他の誰より先に、私がずっと自分に言い続けてきた。私がいいお母さんなんかになれるわけない。その理由は、 あんな母に育てられたから…と。自分の許せないところを全部母のせいにして、おっかぶせてきた。自分は、母の育て方の失敗作、証明みたいに、していた。自分を、さらし者のようにしていた。母のせいで こんなになったって。自分のよくないところを全部ならべたてて、母のせいにし、自分のだめさ加減を数え上げ、だからだめ、子供なんて産めるわけない!!そんなだいそれたことと首をふった。こんな私が子供を産むなんて犯罪だ くらいの認識だった。母のせいじゃない。母のせいにしてきたのは、私だ。もし 母の育て方がつらかったなら、私が子供にそれをしなければいいだけなのに、私の中には どうせ 嫌だと言っても母と同じことをする、もっとひどいことをするに決まってる という思いがあって、そんなこと できないとなっていた。私が自分の自我のフィルターで、母が私にしてくれたことの 自分にとって嫌な面、つらい面ばかりに焦点をあててきたから 嫌だ、つらいと見えていただけでそうでない視点からみたら、違うことだったというのをこの2年、体験してきて…。母は母なりに精一杯私を育ててくれていま 本当になに不自由なく私が生きられる環境をあたえてくれている。こんな風に育ててもらって 私には子供を産む資格はないみたいに思うのは 大間違いだ。子供を産むという自分に自信がないのは、私の問題でそれを母のせいになんか、できない。むしろ、母のように子供を育てられるか と聞かれたら すごすぎて 私にはこんなすごいこと、できないよ とため息が出るくらい。いまは 前のようには 私には無理 というのは強くはない。ちゃんと育ててもらったんだという感じが、私の中にあるから…。そして、ずっと 私には子供なんて無理 ってなってた自分を思うと 苦しくて 涙が出る。すべての要素を否定に使う自分にそんなに否定しなくていいじゃん。 悲しいって。
2007年06月18日
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自分で書いたものをふと読み返していた。心の中にひかれた透明な厚い壁を超えていくことが。ただいま。 ぼくの現実(リアル)と現実にたちかえることが書かれていてなんだか どきどきした。書いた当時見えなかったことが。見えない中でも方向を探して進んできたことが自分として実感できて 泣けた。これは 私にしかわからないことだ。描きたかったのは 復讐(リベンジ)じゃなかった。書きたかったのは なぜそうなったのか、その理由を、本当のところを求める人の姿だった。ずっとずっと 復讐する人の姿を書きたいのかと、自分は、それを書きたいのかと責め、うたがってきたけれど違った…。書きたかったのは復讐じゃなかったんだ と ようやく自分に そうだな と思えた。復讐を描きたかったわけじゃないんだ。当たり前じゃん、そうだったじゃん、ということなんだけど口先だけでそう思ってるんじゃないかとずっとうたがっていた。だって自分は、ああでこうでって。自分の黒いところは、そういうときとめどなくあふれだしてくる。思いは、強いものとは言えなかったし。薄くて、何を言ってるのかという感じで。真実を求め、見つめる人の姿を描きたい。前に進む人の姿を描きたい。それだけだった。描きたいのは復讐じゃない。私は 復讐なんか、したくない。ここがずっっとひっかかっていた。私の中にも 善なれというところがあってそこが 復讐なんて 望むわけない。復讐なんていやだ というのが 本音だ。復讐なんかいやだ。復讐なんかしたくない。ロスで言った恨みをはらしたいなんてうそ というのは 本音だった。
2007年06月15日
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Kちゃんの隣の机で資料を読んでいた。見てはいないけれど、妙にkちゃんに意識がいくなと思っていた。そもそも隣の机で資料を読むなんておきないシチュエーション。ときどきため息が聞こえる。ふー、というため息。山のように積んだ資料を整理してるとき、一段落すると、私も ふー ってやる。でも、この ふー は 私の場合は、実は集中切れてます、という合図だったりする。気になるな、と思いつつ目の前の資料を読んでいた。読んでても意識いってるのはよくわかった。目が流れてしまうから。kちゃんは やたらため息つくような人じゃないからどうしたのかと思っていた。鼻をかむ音がときどき混じって 風邪ひいたなとわかった。音からするとまだそんなに悪くはないらしいけど、と思い、声をかけるのを、やめてしまった。風邪ひいた? 大丈夫?聞きたいのに、なぜか聞かない私。風邪なんだから大丈夫と答えてほしいわけではなく、具合はどうなのか知りたい、無理しないようにねと思っているのに。聞いたからってどうなるっていうの? って。私はべつに医者でも家族でもなんでもないでしょって。おせっかいやいていい気になるつもりなのかって。いいじゃん、それでも!!!(いや、いい気になるのはよくないけど)まず しゃべらせない のはよっぽどどうなの??口わらなきゃぼろがでないとでも、思ってるわけ??言ってみてわかることもあるのに、しゃべらなければ 自分の自我を見なくてもいい、みたいにしたいの?気になってるのに言わせない。頭が先回りして、聞いてどうなんの?って。そりゃないよ。 そりゃないよ。悲しいよ。自分以外に意識をとられているのかもしれないけれどさ、気になったものは気になってるんだよ。相手の状況にあわせて、いい人ぶるための都合のいい言葉を探し出すために、聞きたいだけなんじゃないの…心配なんかちょっともしてないんじゃない、とも思うけれど。気になったなら させればいいじゃん。させないからわからないんじゃん。
2007年06月15日
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気になると思ったらその瞬間を逃さず、ごちょごちょ考えず行動しないとな。ここのところそういうことに出くわす。自分は、こうしたいとはっきりしてるのにでもな、あーかな、こーかなと状況を考えてみたり周りの人の反応を勝手に想像して行動せずに、後になってああ、あの思った時にやっときゃよかった、言っときゃよかった と思う。これも後悔なんだろうけれど、そういうのばっかだと やっぱり自分を責めがちになっていくだろう。責めないために、後悔しないために気になったら行動。
2007年06月13日
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もうやめちゃったら? もうやでしょ?このささやきは、はあ??と 落ちてるときにやってくるけれど。その言葉、ごもっともと思ってもそんなに簡単に やめられない。やめたら うじゅうじゅした部分、そのまま残るの、なんとなくわかる。やめてよかったなんてさらっと思えないの、わかる。先のことなんかわかってもないけれど、これだけは妙に そうなると 感じる。いいかげん、やめる? って聞くのをやめようよ。やめないじゃん、そんなに簡単に。やめない気持ちは、前より強くなってる。
2007年06月12日
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仕事のお題をたずねたら「妄想です」と答えられた。以前までは 妄想をお題でいただくのは嫌だなあと思っていた。逃れたいばかり。どっちかというと目をそらしたい。ほんとのそこのそこではそれが自分にあるとは信じたくなかった。今は…きたきた…。嫌だというよりも、きたきた…。妄想 という状態から目をそらすのではなく、それが私にあるなら、それが起きるのはどういうことか、目をそらさずに知りたい。妄想と妄想でないところの境をしっかり確立したい。嫌だったら妄想しないのだから妄想することをよしとするところが私にある。私は本当にどうしたいのか。見極めたい。
2007年06月11日
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怒りを いくら人にぶつけてもおさまらない。増幅されるばかり。このことにもっともっともっと早く気づけていたらよかった。ぶつけられてた母は 友達は 周りの人はたまったもんじゃなかっただろう。ぶつけてぶつけてぶつけておさまらずわきたってぶつけてばかりいた。
2007年06月11日
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母が買ってくれた着物を絶対に着るもんか、と意地をはったのはなぜか、思い出した。着物好きの母が、近所の人の桐の箪笥をもらってくると言い出し、その時点で、壁という壁にはすべて箪笥がある状況だったので、私と祖母は、どこにいれるのか?と聞いたのだ。いいかげん狭い家に、もう箪笥なんかおかないで!というのが私の本音。でも、母の着物好きは知ってるから欲しい気持ちもわからないじゃないし。母は、桐の箪笥の半分の幅しかない、私の服の入っている小さな箪笥を捨てて、そのスペースに入れると言った。私は ショックだった。それでは入らないのは誰が見てもわかるのにできないことを平気で口にする母に、私が今まで信じてきた母というのは何だったんだろうと、いつも自分は正しいとか、親の言うことは間違っていない、私が常識だと言っていたのはなんだったのかと、こんな馬鹿なことを平気で言いだすことに、私は何を信じてきたのかとショックだった。自分の親なのに、ひょっとしてこの人、馬鹿じゃないのかな? とうたがってしまい、どう考えても 馬鹿だな という結論にしかならないことも、その子供である自分にも(衝撃的なほど馬鹿な自分に) ショックだった。頭をつかえ、頭邪魔になりゃネコにやれと(これまた 意味深なことなんだけれど)言ってた母とも思えない 馬鹿な発言だったから。そして、着物を入れる箪笥の方が私がいま着てる服を入れてる箪笥より、母の中では大事なんだ 私のことを大事大事というけれど、ほんとは自分が一番大事で、私のことは大事なふりじゃんと私の頭の中でさーっと(母は、そうは言ってないのに)、だってそういうことでしょ? とぱんぱんぱん!と理屈がくみあがり、怒りと悲しみでぶちきれていた。私の箪笥を捨てるって言うなら、その中の私の服はどこに入れるの? 母は黙っていた。隣にある工業用ミシンを捨ててよ。幅は同じじゃない。もう使ってないんだから。重いなら出すの手伝うから。桐の箪笥、買うなら入れる場所を作ってからにしてよ。母は黙っていた。どうなの? というとそうだね、と言っていた。約束してよ、お願いだから と私は言った。そしてある日、家に帰ると 工業ミシンも私の箪笥もそのままで桐の箪笥が道を塞ぐように狭い四畳半に入っていた。私はきれた。ふざけるな。自分勝手もいい加減にしてよ。母は私の箪笥は捨てなかったけれども、そのことよりも強引に桐の箪笥をもってきた行動に対して、お願いだからそんなことしないで、と言ったのに、ばつが悪いからって私のいないときにそういうことをしたことが、悔しくて 約束を破られた気がしてお母さんには家族なんか大事じゃないじゃない!私の言うことなんか、聞く気もないじゃない!!ってものすごい怒りになった。母は何事もなかったように平然としていた。桐の箪笥の場所をなんとかしてよと言ってもいつも そうだね と言ってやらなかった。母は私たちよりも着物を選んだと思った。それなら桐の箪笥に収まるものは、絶対に認めない、認めたくない。そっちがそうするなら、こうしてやる って。桐の箪笥に収めた着物や、後年 母が夢中になってた押し絵も私は 私には無関係。 母が勝手にやってること。私はそんなもの いらない、知らない、望んでない と嫌悪し、ことさら つーんとそっぽをむき、そっちを見るときには 無関係 とぱちぱち断ち切って意地を張ってきた。後年、母はミシンを捨てたいと言ったけれど、じゃ勝手にやれば? と返した。報復していた。あの時ミシンを捨てずに、勝手に桐の箪笥持ってきたじゃないって。こんな出しにくい状況にしといていまさら何言ってんの?ミシンを出すには桐の箪笥を動かさなければならない。そのために桐の箪笥に触れることも嫌だった。不本意すぎて、屈辱的だと思っていた。むかついていた。この桐の箪笥事件で、母を独裁政権の権化みたいに思い、それに対する自由解放運動のレジスタンスみたいになってた自分がいた。何のかんの言って、金をかせいでいるやつが正しく力があるから正しいって振る舞われているのはおかしい、みたいに思ってもいたけれども…。(これはこれでなんかありそうだけれど)もとは、 なんでわかってくれないの?!約束やぶんないでよ! 私のことが大事なら言うこと聞いてよ!!って悲しくて苦しくて腹が立って。自分の悲しみや、苦しさや腹立たしさをどうすることもできなくて、それを起こしたと思っていた母への報復として、腹いせで 意地で私は振り袖を着なかった。桐の箪笥がきたせいで とこれも長い間きっかけになった桐の箪笥までも憎み、嫌ってきたけれど。あのものすごい怒りも悲しみも苦しさも、私の内側から来ている。と、いうことは…。私は 何か約束、してるのか??
2007年06月11日
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実家整理の合間に在籍していた事務所の引っ越し整理を手伝うことになった。私だけが担当だった業務のものもあるので気になっていて、これまでをまとめて振り返り、いらないものを捨て、残すものを厳選していく作業が続いている。家でも 終了に近づいた仕事の整理が始まっている。こんな仕事もしたな、あんなこともやったな。笑顔になるものもあれば、しまった! と思いだし、今更ながらも対応するものもある。今更でも気づいた以上、やらないわけにいられない。ここで知らないふりをして、なかったことにしてしまっても、知らないふりをした自分という記憶が、どこかに残り続けるのも、これ以上できるのも嫌だ。整理したり 振り返ったり。うやむやにして直視せずにきたことにきちんとむきあっていく。それをちゃんとやりなさい、という機会をもらっている。
2007年06月09日
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きたきた…かもしれない。「相手のやることを自分の意のままにしたい」(ように見える)人にであった。一見友好的だけれども、蛇ににらまれる蛙の立場になったのでどーにもこーにも目からビーム出てるのわかってしまった…。目を見ながら負けじと対抗するのではない位置にいると目をそらしたくなる、ひきこまれそうで。ターゲットになってるのがわかり、それはなんとも うざったく居心地悪いことだった。ここのことは自分が一番わかってるといいたい感じのところ、あんたたちにわかるのか? と純粋に私たちを心配している以外の、相手を侮る気配のところ、ほんとは困ったなと思っているのに、相手を信じて本音で話すのではなく高圧的にふるまい、意のままにしようとするところ…。自分の意以外認めない…って。意なのか、我なのか、冷静になろうよと思う。自分の中にあるだけにエゴエゴな感じに 引く。本音で要点だけ話せばいいのに。えごえごなのは見えてる。(でも、見えてないと思うんだ…、なぜか)想いを感じてほしい、わかってほしい、その上でやってほしい というのはその通りなんだけど…。自分がこんなに大変(この言葉にもひっかかりがある)な思いをしてやったことがあんたたちにすぐわかるっていうの?といわれると かっちーんとくる。馬鹿にされた気がしてほんじゃ意地でもやったろうじゃないのさと(のせられてるのかな) なめんなよ、とむかっとくる。だって それをやるために来たのに、人のことも知らないくせにいきなり できるの? もないだろう。できない前提に立たれている感じがする。この馬鹿にされる感じ、知っている。ここで、これまでの私はみてろよ、とスイッチが入ってがんばってきたんだと思う。人に、認めさせようとしてきたんだと思う。人向きで。もしかして とても冷静に心配してくれてるのかもしれないが、いま反応している私が冷静にそこを聞けてるとも思えない。スイッチを入れる前のいま…。スイッチ入れなかったら??? どうなるんだろう。
2007年06月08日
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仕事で ぎょろぎょろした目の人にあった。ふだんは普通だけど 瞬間にぎょろっという感じになる。これをやってるよと言われていたんだなと思った。みられたとたん、見たとたんににぎょっとする。あっさりしたひとなのに、なぜか。ぎょろっとしてるのに、その場にいない感じ。私を見ても私を見てない感じがする。何となく 話す気がなくなる。ヤバイなと思うけれども。反応しているのだろうけど、この感じなんだろうととまどう。うすーい感じ。八つ当たりや偏見だけで反応してるのかと思ってたけどどうやらそうでもないらしい。
2007年06月08日
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むずむずしている 免許をとりたい!!! 仕事に支障ないならいますぐにでもとりたいくらいとりたい。やりたくてむずむずする。合宿免許が可能なところをみていたらいまの仕事の現場から1時間くらいのとこに1ヶ所あるのを発見。なんとかしたい。何とかなんないかな。いままであまり感じなかったけれど不便。不自由だ?。こうしたらいいな、ですぐやりたいのに免許1つないだけで時間も制限もかかる。動きたいときに動きたいのに。外側に資格をつけても…とかあるかもしれないけれどとってみなきゃわかんない。もう少し、自分を自由にさせたい。
2007年06月07日
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母がなくなったとき、近所のおばさんに お棺の中に着物を入れてやればよかったのにと言われた。そのことがひっかかっていた。確かにそうだと思ったから。がーんとして自分を責めていた。自分の楽ばっかり考えて、着物の好きだった母に一枚の着物をいれてやるようなあたたかみもない人間だと自分を責めていた。母の着物の喪服だけどうしても出てこないのであちこち探した。結局出てこなかったけれど…。紋が違うのであったらあったで私が困るだろうなと母は思い、作らなかったんだろうという感じがしてきた。母の着物はほとんど私が譲り受けることになった。これはこれできっと 私に託すのが母のおもいだったんじゃないかと今は思えてきている。あの時 お棺に入れる着物を探しに戻らなかった自分を責めていたけれどももしかしてそれは責めることでもなんでもなくてそんなことはしなくていいよ、あんたが着なさいという母の気遣いだったんじゃないだろうかと思うようになってきた。何でもねじまげて非常識に自分に都合良く解釈する自分を、嫌だと思ってきた。だから過剰に自分に厳しくして、普通だったらそうだなあと解釈するところも逆にとってきたんじゃないか。気持ちを楽にしようなんて逃げだ、と責め、自分をゆるさず 実際には自分の気持ちや感じるところからは逃げていた。あの時…無理してお棺にいれなくてもよかったんだ。そう思うと、ほっとする。なけてくる。肉体から離れるから…この世のあんたが使いなさいっておいていってくれたんだ。
2007年06月04日
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実家の押し入れの天袋におひなさまと一緒に日本人形が2体入れられていた。人形は苦手であるはずなのに、2体のうち、1体だけはどうしても持って帰ろうという気持ちになった。いっちゃなんだけど かわいい。照れくさい。 人形をかわいいという自分、あまりにいままでなかったし。(自分でも どうしよう、困った、 照れくさいな と思ってるときに もし誰かに 似合わない とか 笑われたら 私はとたんに素直なそういう部分を出すのを やめただろうな…と想像できる。 素の自分なのにあざ笑われた、小馬鹿にされたと 思って、悲しく、もうそういうところは 見せまい、そんな風に見るならもういいよ、 としてすねてきたんだと思う)小さい頃、かわいいなと思っていたこの日本人形をしまうんだというので残念に思っていたことを思い出した。実に30年ぶりくらいの再会。表に出したら日に焼けてしまうかと気にもなるけれど、箱から出したとき、なんだかほっとしたように見え、暗いところでさぞ息苦しかっただろうなと思ったらたまらなくて、もう表に出して家に飾ろうと決めた。いま、書いてて気づいた。なんで日本人形なのか。かわいいと思い、出してやりたいと思い、たまらない感じがしたのか…。そこに、自分を見ていたからだ。ジャガイモの皮をむいて白いところが出るときれい、嬉しいと思うようにパンのこごりが散らかったテーブルがきれいになるとすっきりしていいなと思うのと同じならば。そこに自分を見ているからだ。知り合いのおばさんが、おしゃべりをする子供の人形を持っていることに嫌だなと反応していたけれど、もしや、おばさんは人形によって自分を声を聞いていたんじゃないかとようやく そうだよな…と思えてきた。箱から出すのは 自分。冷血をやめて 箱の中から自分を出せる私になりたい。
2007年06月04日
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もう帰ってこなくていい と父に閉め出されたときのことをときどき思い出す。私のいま住んでいるとこにはまだ自分の家という感じがもてていないけれど。実家がなくなるというのはつらいし、さみしいし、悲しくもあるけれど、この体験も、絶対に意味がある。私が何かに気づくためにおきている。だから 冷血にならないでいま 感じていることを味わいつくしていこう。つらかったらつらいでいい。悲しかったら悲しいでいい。つらいからと 冷蔵庫に入れるのはやめよう。感じたら動けなくなると思って、感じることから逃げてきた。後で って冷蔵庫に入れてきた。もうやめよう。そんなことをしたって消えはしない。ただの場所ではない。あそこだったから体験できたこと、培われてきたことがあるはずなんだ。そこがなくなるからってすべてがなくなるわけじゃない。たくさん与えてもらったんだ。だからこんどは帰れる場所を、私が私につくっていこう。
2007年06月03日
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あと2回もすればある程度実家の整理は終わる。終わらせたいけど 終わらせたくない すがってたい。あんなに嫌っていた実家なのに。急にそういう気持ちになってきた。ありさえすれば何とかなるみたいに思うのは執着以外に、 ないだろう。自分の育った場所がなくなるのは今は正直、さみしい。そして、あの家がなくなったら私が大事なことを思い出す手がかりはもうなくなってしまうんじゃないだろうかと恐れている。さみしい。 なきたい。自分の育った家がなくなる、それも自分の手で終わらせようとしている…。いままでは片付けるのが精一杯で振り返る余裕はなかった。家がそのままあったからってどうなるわけじゃないのに頭ではわかるのに。それに団地なんだから、早く次の人にあけなきゃいけないのに。わかってるよ、わかってるよ、そんなこと。でもつらい。あそこに別の誰かが住むなんて なんだか変な感じだ。逃げ出しただけで、結局いままでの暮らしは実家があることを前提にしていた。そこがあるからと嫌いながらも安心していた部分がある。それがなくなる日は いつか という遠い先のことのようにしてきたけれどもうじきに現実になる。がんばりたい。すがらない私になれるようにここはがんばるしかない。泣いてもつらくてもいいからがんばりたい。
2007年06月02日
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友達の行動を聞いてて ああやってたやってたと感じることが多かった。知らない町を歩き、休憩時間に何かないか、とうろうろすることを私もやっていた。何かないか と探して 出会いがないかと探して。はっきりわからないけれど、 何かを探していた。旅先でも探していた。なんとなくでも 探していた。探している と明確に言えなくても何か 何かとしか言いようのなかったもの。しゅんとさみしいところを基本にして何かを探していた。彼女の行動に自分の行動が重なったときに私の中には しゅん、とする寂しい感じがあってこれをどうにかしたいともやもやしながら何かを探していたんだ と思い出されてきた。それはどこにいても 変わらなかった。旅先でも、家の近くでも 毎日の中でも。このもやもや寂しいのを解決するために人や風景や出会い を答えとしようとしてきたけれども。外のものは いつも与えられるわけではなくなければ寂しくなった。なんで一瞬なんだろうと 悲しかった。この景色が、この風景があればいい と思っても 納得させたかのような寂しさは残った。私は 探してなかったのじゃないかと思ってきたけれど。そうじゃなかったんじゃないか。探していたんだ。私なりに 私なりに。寂しさを手がかりにして探していたんだ。ずっと探していたんだ。人と比べることではなくて自分が ずっと探していたことを思い出すこと寂しかったから ずっと探していた。
2007年05月31日
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女 で生まれてきたのに、そこにはきっと意味があるのに女であることが苦手だ。私は ほれた相手に対してだけ女になるところがある。男に対して女であるところを装っている。それは素直な一人の女に戻っているからとは、なんか言いにくい。根本では、女であることが苦手だから。その原因を知りたい。女で生まれてきたなら せっかくならそれを楽しめるようになりたい。その方が、生きてて幸せなんじゃないか。いいかげん、女の自分を否定しているのがなんだか悲しくなってきた。しようとしなくても、男っぽくなるのが普通になってる自分はこのまま行ったら男女状態から抜けられなくなるんじゃないかとあせってきた。私にとって 女であるということは束縛 制限 であり、それを直視したくなかったり、束縛や制限を受けるなら意地でも変えたいと思ってきた。女のくせに 女だてらにと聞くとむっかーっとする。そういうことをいう相手に 世間に 意地でも 女でもできるんだ 差別するな 男も女も一緒だと証明したくなっていた。人向きになっていた…。意地になって 人を変えようとしてきた。男とも差がない と見せるのに 男ぶり女の人に対しては あんたたちみたいに大人しく 女ってこんなものって枠におさまるつもりはないから と男ぶって見せつけてきた…。なんだか 全然違うこと やってきちゃったんじゃないか。
2007年05月31日
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ともだちがいっていた。幸せになる人を見てるだけでいい。幸せになって そのおすそわけをちょうだい。最後は冗談で言ってたけれど…。自分も幸せになれるんだ というところからは、自分も幸せになりたいんだ というところからは自分をはずしている感じがした。私はこうだから と彼女はいうけれど。私はその言葉に、 自分のことがわかっているんだなすごいな とずっと思ってきたけれど、今回はもしかして 自分で自分を決めつけてない??と、もどかしかった。人の幸せを見ているだけで幸せ????そこに自分も幸せになりたい という思いは、ないのか?完全に、自分と人を分けたなら自分はこれでいい、 になるのか。私は幸せになりたいと思っても、どうしたら幸せになれるかわからずに生きてきた。なんで幸せになれないの? 私は不幸なの? とどうせ 願っても幸せなんて得られない と思ってきたところが私にはある。私は 幸せな人を見たとしたら どこかでいいなあ、私もそうなりたいなあ というきもちがうずっと動く。頭はそれを かなわぬ夢だと 叩くけれど。それでもうずいて 悲しくなり、怒り…。それがつらいからその人 「は」 幸せになれた。私 「は」 なれない。 関係ない。 とどこかで線を引くようにしてきた。そうして 感じないようにしないと つらかったから。人の幸せを見てるだけで幸せだというともだちは一体??自分が幸せになるのではなく、幸せな気分を味わいたいのか?気分になる、というのは私もよくやる。そうして、現実を変えない。幸せになりたい。自分が幸せになるための努力をしてこなかったからこそ幸せになってみたい。
2007年05月30日
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初めて就職した会社が最初にあった商店街へいくことになった。仕事先のスタジオが今回だけ変更になって、かわりのスタジオは星の数ほどあろうに、なぜかそこになった。これは何かあるだろう。最初の会社は現社長がたちあげ、社長、専務、社員は私。もう一人の人はアルバイトという形で始まった。特記仕様書があることも、それを読むこともまったく知らなかった ピヨピヨの頃。いきがりだけで、何かできるもん!とつっぱることだけで生きていた。若いことを理由にされるのが、嫌だった。いま思えば、 ほんっとになんっにも知らず、責任を思うこともなくやってた、ナメナメになめきった生き方してたな…とぞーっとする。(いまもかあ…)専務に叱られて身のおきどころがなく、社長に教えてくださいとすがっても「自分でやんなさい」と放りだされたように感じていたけれど社長も専務も 親のように がんこでへりくつをこねまくる私に接してくれたんだ。
2007年05月29日
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欲がないよく子供の頃から言われてきた言葉。ほんとにそうだろうか??? といまの私には言われると疑問だ。母の残してくれたお金の額で感謝できたりできなかったりする私の、一体どこを見て、 欲がない などと言うのか。私の言動は 欲がないふり じゃないのか?欲がない と言われるたびにそれは一体どういう状態をいうのか、さっぱりわからないが、自分のこの状態ではないだろうという妙な確信がある。実家にたくさんあった食器やラップや石鹸やその他 使えそうなものをよければどうぞと渡すのは、欲がないからではなくそのまま 捨ててしまうなんてあまりにもったいなく、うちに引き止めてしまったばかりにとあまりに申し訳なく、私が使うってためこんだところで使える量は知れているし、どこかで喜んでもらえたら少しは罪悪感が減るように思えるとかご近所からうけた温情に応えるにはあまりにもたりないけれどもせめてなんとかできないかというもがきの現れで。これは欲がない というのとは違うんじゃないか。ごまかし じゃないのかな。欲がない と言われるといや、絶対に(この、絶対に とか言ってるところがクセモノだ)そんなことないから と私の中で 反論がおきている。(これは 頭がそう言ってるのか??)欲がない と言われたときのぽっかーんとわからない感じ、へ??? これがそうなの??? と疑問に思うのは なんなんだろうか。
2007年05月29日
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父がいろんな友達と写っている写真を見ていると安心する。私は人目や見た目を気にするからかもしれないけどいろんな人と写っていても違和感なく、でも存在感があった。安心という感じの存在感。男友達と写っている写真も、女友達と写っている写真にも、違いがない。父は口を開けて笑っている写真はほとんどないけど口を閉じて写っている写真でもなんだか、嬉しそうに見えた。男くさくなく、性欲ばりばりでもなくかと言って 意外にも女々しい感じもなかった。父は小柄で痩せていて マッチョでも背が高いわけでもないけれど。なんだか いい感じに見える。父が家にいた頃、うちは人の集まる家だった。家に人がやってくるのが普通。うちで夜通し会議があるのも普通。父が無理して、人を引き止めるようにしてた感じはない。人にすがっていたようにも見えない。父は健康ではなかったし、遊び人だったんだろうけど。人と調和できる父はいい。私も 人にすがり、はりつき、ひっぱるのでなく人と調和、自分と調和できるようになりたい。
2007年05月29日
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母が作ってくれた振り袖に袖を通していた写真が出て来て、私の 自分を責め続けてきた17年近い 振り袖事件は 本当のところをとりもどしつつある。母の友達で、私もよく知っているおばさんに振り袖着てたよ! と報告の電話を入れた。おばさんいわくその写真、見たことがあるって言ったじゃないって。大事な写真だから送り返してねと母にいわれ、もちろんだと応えたという。母の死後、そのおばさんは「幸ちゃんは絶対にその振り袖きてるよ。 おばさん、写真見てるもの」って言ってくれていた。私はぜんぜんさっぱりわからず、そんなことないって言っていたけど。そして母は、私が友達の結婚式に 作ってもらった振り袖を着ようかな と言い出したとき、その気持ちが変わりませんようにと願ったと言っていたと 話してくれた。結婚式から帰った私が、振り袖の姿で母の前で手をついて「お母さん、ありがとう」と言ったと 母がおばさんに泣きながら電話で話したということも 聞いた。いまの私の中では、そんなことしたんだろうか? と? だけれども。それでも ほっとする思いがある。母に、ありがとうと伝えていたんだ と。私は、母への感謝がないと 自分に思ってきたから。その記憶をないことにしてしまっているのはなんとかしたい。でも… お母さんに ありがとう と言えた私でよかったと思う。そこを、取り戻していきたい。
2007年05月28日
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ふと 元夫と出会った時のことを思い返していた。部室が向かい合わせだったから…。友達がいて、その部室によく行ってたから…。その部室の方が、うちの部室より居心地よかったから…。うちの部室は、私には居心地悪かった。空手以外の皆の会話に入れない、フィットできない自分だった。合わせようとすると疲れてしまった。うわすべって無理がきていた。嫌われたくなくて会話に無理矢理参加。結果、疎まれていた。それが苦しくて、向かいの、友達のいる自由な雰囲気のある、楽な部室に 逃避していた。そこで元夫と出会った。避難所で出会ったようなものだ。私の基本姿勢が逃避だから、結ばれる関係はやはり逃避、避難所 の関係なんだよな、と納得。あちゃ?…という感じ。 あー…と、口あけちゃう。ほんと、逃避しまくり。逃げまくり。すがってばっかだ、私。よわっちい。 強くなんか、ないよ、ほんとに。
2007年05月28日
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実家には 母の残したものがたくさんある。もののない時代を経験している母だからいつか使う いつか必要になる うちにはある が口癖だった。ある、ということが喜びだったみたいだ。この言葉も 私が自分を取り戻すのにいつか使う いつか必要になる その手がかりがうちにはあるということなんだろうな…。私は母ほどものはとっておかないけれどもそのかわり、 かちんかちんに しこりのように未整理な感情や気持ちや、自分勝手な記憶にしてしまっている思いをたくさん残していると思う。気持ちや感じていることを冷凍保存するのはもうやめよう。それをその場で感じたら動けなくなってしまうから、何も出来なくなってしまってはいけない、とそれを恐れてつらいやら、悲しいやらを冷凍保存してきたけれども、その場その時で味わう方が、あとに残らないし、逃げずに味わえる自分の方が、心が強いのだと思う。きっと、それを味わうために、起きたんだ。冷凍保存したものは解凍して味わいつくして浄化していこう。
2007年05月28日
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実家で これは一体??? と想像もしなかった写真を見つけた。手術中の写真が10カットほど。父の手術を記録した写真なのかと思ったが、どうも、体格からして父とは思いがたかった。写真を撮った人は、きっと医者だと思う。オペ中の患部の写真や半分縫合しているときの写真もあるし、オペしてる時の処置風景もある。写真に生々しさから逃げない毅然とした感じがするので、きっとそうだろうと推測している。こんなん、医者でなければ撮るまい…と思っているけれど。なんだってこんな写真があるんだろう?今日あけた父の昔の写真の箱に入っていた。父はかなり写真を撮ってたようで、カメラの保証書や、父が撮影したらしい人物や母の写真もたくさんでてきた。でも…これは父が撮ったんじゃないと感じる。印象があまりに、違う。父はかつて結核で片方の肺をとっていると聞いている。写真の手術位置は、左の脇腹のようで肺との関係が私にはわからない。大事にしていた写真だと思う。それだけに、気になる。モノクロなのに 写真は私には生々しく見え、弱々しくも 吐きたい感じになった。(こういうことで、吐きたくなったりする自分を、私は女々しい、ヨワッチイみたいに、思っているらしい)一体、何を私に気づいてほしいんだろう。
2007年05月27日
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うつむかないで髪を洗うことを始めていた。今朝、ごちょごちょいろいろ考えていたらうつむいて髪を洗っていた。洗っている最中に、あれ? なんか変だな…見える景色が違うなと思い、下むいてる! と気づいた。シャワー浴びる直前に、うつむかないで髪を洗う…と意識したのに、たちまち頭で考える方にいき、やっていた。変だなとなる前に、(うつむいて髪を洗っていると)楽だなあ、よく洗えて気持ちがいい と思ってる自分がいた。そして、 変だな? となった。いままでなじんだ方に、いきたがる。楽だ ということになっているから。習慣になっていることこそ、変えていくのはほんとに意識しないとならない。黒いスーツのように 楽だからこそ。たった1つでいい。変えられたら。人の言葉を入れられたら。あきらめずに、ここからやろう。洗ってる最中に、自分で気づけた。その直前によぎった思いに気づけた。次は、頭でごちょごちょ考えてる ときにもっと早く気づけるようになろう。
2007年05月27日
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相手は私の都合を聞いているのに、まわりくどい言い方をして自分はいつがいい、と直言するのをさけようとする傾向がある。相手は○時以降、とすでに言ってるにも関わらず。で、相手の時間に合わせた風にしようとする。そっちの時間に合わせるよ、と言って。あとはすぱーんと何時がいい、と言えばいいだけなのに。相手に合わせる…と思ったとき、なんだか嫌だなと感じた。私は何でもかんでも へつらうように人に合わせ過ぎる。嫌わないで、避けないで。 そればっかになって相手に対して必死になって避けられたらやだ、嫌われたらやだ とすりよる。嫌わないで 避けないで が自分の声なら人にすりよるために合わせてるように見せかけることじゃない、私のすることは。べつに傍若無人に我が物顔にしようとしてるんでもない。相手はすでに条件を言ってる。私がどうしたいか、私のことを伝えればいいだけ。それだけ。まわりくどく さも 人に合わせることができているようにふるまうことはやめよう。私にも人にも 気持ちよくないことだ。
2007年05月27日
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大学時代の同級生と再会した!!いつも通っている獣医さんのところに彼女も通っていたのだ。うちのインコの兄弟は彼女のところで飼ってもらっている。その通院できていたのだけどまさかここで再会! となるとは。聞けば、昨日初めて携帯を買ったという。早速番号を交換した。嬉しい。彼女が、インコを大事にしていてくれたことが。こうして再会できたことが。その時にまで自分をとり戻しつつあるのなら嬉しい。なけた。
2007年05月26日
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寝袋を使うたびにふと思い出し気になっていることがある。元だんなは寝袋が好きだった。結婚時代はダブルベッドを使っていたので夫婦共用なのだけれど、そのベッドの上で自分は寝袋に入って嬉しそうに眠ることがわりとよくあった。隣には私が普通に掛け布団で寝ている。当時は 変な人だな、山好きもここまでくるとどうなの?と思い、なんだか拒絶されたような寂しさを感じていた。すぐ近くにいるのに、その領域に入ることができないというか、隣で寝てる、距離的に近いからと言って、ただそれだけじゃん…というか。マイワールドにはまっているようにも見えた。元だんなは、自分自身を好きだと言っていた。私は、自分を好きだと公言できる彼がうらやましかった。自分のやりたいことをやっていく彼をいいなと思った。お母さんと仲のいい彼を、いいなとうらやんでいた。自分がお母さんと仲良くできない(しない)のをお母さんのせいにしていちゃもんつけて、彼のお母さんみたいだったらよかったと比べてあら探しをして、私の中でどんどん「お母さんは嫌な人」を作っていった。(…ひどすぎる。なけてくる)寝袋の件は、ほんとにどうなの??? と思う。どう考えても、なんだか不自然な行動だと思う。何かを私に気づかせるために、それが起きてる。体験している。気になる。ほんとのところを知りたい。私には自分は正しい としておきたいところが多々あるからそういうフィルターからものをみて 彼のこの行動の真意がいまだにわからず、自分が正しいと主張したいためにリバイバルするのか。自分を大事にしていれば、人からどう見られようと関係なく楽しいんだというのを伝えようとしてくれているのか。私自身、寝袋で寝るのは実は嫌だと反応している。その時のことを思い出すからか? とも思うけれどああいうものの中に入るのが嫌らしい。みじめな感じがする。苦しい感じがする。どうしても出たい感じがする。チャックを上まであげる気にまったくならない。いつでもすぐ出られるようにしたくてたまらない。私の寝袋、外は赤い、中は黒い。スパイダーマン3の映画のように、私にも黒いスーツがはりついているから…寝袋の中に入るたび、それを感じているのか。寝袋は ものであるのに、必要があってできたものなのにそれに抵抗があるのは私の中に何かあるから だよな。
2007年05月25日
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自分はいまどんな感じか何のためにその行動をしているか感じること。動機に気づいていくこと。モニターすること。下をむかないこと。アテンションを得たり、自分はすごいと見せるためにものや人を利用しないこと。素直になること。意地をはらないこと。自我に負けないこと。逃げないこと。絶対にあきらめないこと。
2007年05月24日
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チンジャオロースを食べた。牛肉、好きだったはずなのになぜかおいしいとは思わなかった。どうにも変な味に感じて残した。昨晩は、肉食してみようと思ったのだけれど。意識的に肉食をやめていたけれどもよもやこんな変化があるとは。昨晩少し食べて変だと感じ、今朝改めて食べて、やっぱり違うなと確信。この味ならば無理に食べようという気にならない。肉のうまみというよりは妙なにおいと味。ちょっと驚いている。
2007年05月20日
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母の着物の半分を整理した。いまでも着物はぴんとこない私。私用に作ってくれた着物や浴衣も何着かある。母の着物で袖を通していないものもある。母が好きで着ていた、見覚えのある着物や帯もある。私に着物を持たせるつもりで、母はしっかり行李も用意していた。そういえば「着物は後で着たくなるんだから。その時はあんた、着れるからね」と言ってくれていた。着物を買っているとき、母はなんだか嬉しそうにしていた。先の先のことを思って、楽しみにしていたんだろうか。振り袖をきなかったのは、振り袖が嫌いだったからでは、ない。なんでわかってくれないの?! といういらだちと反発から それなら 振り袖きない! と意地になって私なりの報復行動をしていたんだろう。一度意地をはったら、途中でやめようにもやめにくくなって…ますます意地になったんだと 思う。なんだか つかれる、ばかなことをしていた。自分だって どっかでもうやめたいって思ってたのに…。
2007年05月19日
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実家の整理にいった。近所のおばさんたちが手伝ってくれた。何の見返りも求めずに、おばさんたちは手伝ってくれる。どう感謝していいのか、しても、したりない。親に感謝の気持ちを表したいなら、あなたが幸せになることだよと言われた。親は何も見返りは求めてない、ただ子供に幸せになってほしいだけだよと。きっと、そういう気持ちが愛なんだろうと思う。それは、どんな気持ちなのか、私は、まだわからないでいる。感謝の気持ちがわからなかったから言ってもらってほっとした反面、幸せになる とはどういうことなんだろう、私だけ幸せになっていいの? ととまどう。お母さんは幸せだったんだろうか。不幸だったんじゃないのか。私のせいで苦労をし、それなのに私はそっぽをむいていたから…つらいだけの人生だったんじゃないのか。私だけ、甘い汁をすい、幸せになる…。お母さんは 後悔しないように生きなさいと言ってくれていたけれど…。私だけ幸せになる??? そんな都合のいいことなんか あり得ないという、あるわけないだろうという、黒い厚い壁がそびえている。
2007年05月19日
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私のために と母がしてくれたことは私にはもったいないと思えてしかたない。人を恨み、自分を嫌う人間なら、ひどい扱いをされて当然なのに…と。与えてもらって感謝もできないならそういう扱いをされて当然なのに と。母を、立派だと感じるほど私は居心地悪くてつらい。親に比べてどうしようもないと。どうしようもなさを感じてしまうから。じゃあどうしたらよかったの? とメランコリックに泣きたくなる。私はそんなに悪い人間なの? と誰かに聞いて、そうじゃないよとかりそめにも言ってほしくなる。仕方ないとかなぐさめてもらいたくなる。私は悪くないと証明しようとしたくなる。悪いのに…それを認めたくなくて必死。こんなにいいお母さんに育ててもらったのにこの子は!親を恨んでるんだって。ああやだやだ、最低よね…と その言葉を浴びる方がお似合いみたいに頭は、思いたい。罰を受けてることに、したい。当然の報いを味わってることに、したい。いつまでも恨んでる自分の中にへたりこませていたい。ほんとは恨んでます、みたいな自分は嫌なのに。恨んでるなんて 嫌だ。逃げずに、なんとかしたい。
2007年05月18日
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自分の中にあるさみしさを外側でまぎらわそうとしたってまぎらわせない。人に求めても、物事に求めても、寂しいままの自分はそのままなんだから。つきあわされる方はいい迷惑だ。寂しさや悲しさやつらさを感じないための埋め草にされるんだから。人の善意を食い物にしている。そういうことはもう、やめたい。
2007年05月18日
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行動の多くは、現実逃避だったり自己逃避の手段。テレビを見たり、料理をしたり、こうやってブログを書いてみたり。人と話して、その時間をぐずぐず長引かせようとしてみたり、家に帰る前に用事を作ってみたり。どれもこれも逃避行動。滅入るくらい、やっている。
2007年05月17日
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元上司が体調をくずして入院した。入院中も仕事をしていたらしい。元同僚とその話をしていたら「確かに仕事はできるけどさ。自分より仕事って するなんてそんなに誰かにほめられたいのかな?」と一言。どきんとした。自分はどうなってもいい、仕事さえできてれば…。私もこれまでそうやって生きてきた。自分を失ったまま…。自我100%の私は、私をほめることはしない。何かすれば至らない点だけ引き出してそこを責める。よりよくする方ではなく、責めて悲しませ、無力、無気力にさせやっても仕方がないという回路にはめ、やらないようにする。やらないで口だけ人間の私をつくりあげていく。母は私をほめなかったけれど…。そのことで私は母にうらみつらみを持ってきたけれど、今は何となく 母にほめられたとしても拍子抜けで 結局納得できないんじゃないかという気がする。(まだ 予想にすぎないけれど)仕事よりも自分を選ぶことをいけないこと、身勝手なこと、無責任なことという気がまだ、する。 自分におきかえたとたん、そうなる。自分を優先している人を見て、「何それ! 身勝手じゃん! 信じらんない!」とむっとしていたのは私だってそうしたいのに…ずるい という 自分がままならないいらだちを相手にぶつけていただけなのか?
2007年05月16日
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自分を安全圏において他者批判をするそういうところに自分をずっとおいてきた。いわく、人のせい、他の何かのせい、自分は正しい…。口には出さなくても、そういう姿勢。どうやら逆の立場にたつことになる。批判にさらされる可能性大の場に立つことになる。逃げたかった。自分を、鈍化させてまで無意識にそうしてまで。でもだからこそあえてやる。私が見ようとしてこなかった側に入ってみる。そこでも私の中に貫きとおしたいものがあるのか、ないのか。あるならそれは何か。自我なのか。いままでふれたことのないもの、内側にもちながら避け続けてきたものはなんなのか。安全圏にいたら見なかった、避けてきたものをみよう。きっと私が見てこなかっただけにすぎない。自分の避ける方、おそれる方に何かがあると信じよう。逃げてる場合じゃない。確かめたい。
2007年05月15日
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数年ぶりにあった人の顔がわからなかった。相手は私を驚かせようと思っていたのに肝心の私はさっぱりわからなかった。このフレンドリーな人は誰だろう?どっかで会ってるかな?親しげな様子にひるんだ。(こんな私が誰かに歓迎される わけない、そんなことあるはずないと 即座に出て、用心、警戒のモードに 密かに入った)誰だっけ?? が渦をまいていた。で、本人に誰だっけ?というのはあまりに失礼だと思い(いやいや、知らないというかっちょわるい自分を見せたくなくて)、いそいで記憶をさぐりながら曖昧なノーリアクションを返した。自分の中ではその人を知っている前提がないので驚きようがなかった。その人だと思い出してからは「なんでここにいるの?」となったけど。前提が違うと反応も違ってくる。悲しいけれど 私は人を覚えてないのが露呈。自分にとって重要かどうかだけで いらないカテゴリーにいれた人は覚えてもいない。それとも、人の印象は変わるものだと見せてもらったのだろうか。彼女は人なつこくて私よりはるかにピュアに見える。私が自我を暴走させてとんでもないことをしませんように。壊したり、傷つけたりしませんように。自分の中で、めらっとゆらめく嫉妬という自我。負けるかと相手に向かう思い。そんなものさっさと捨てて 素直に自分を培うことに、自分にないならある人をみて学んで自分を育むことに、向かいたい。相手を ではなく 自分を。人になるのでなく もっと自分に向かわないと。嫉妬では 相手にあって自分にないとだだをこねているだけ。相手と比較して、今の ない自分をただ責めているだけ。ないのは つらい かなしい さみしい まずしい。自分を培う私に、なろう。
2007年05月15日
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仕事の打ち合わせ資料を読んだ。字面としては何が書いてあるかわかる。が、なんだかさっぱりぴんとこない。つるーっと抜けていく。抜けないようにしようと思うと単語の意味をいちいち考えてとまるとまる。なんだっけなー、えーと みたいな。アゲアゲのテンションにもならない。焦った。やばい。こんな状態、いままでにない。ばかになってる? やばくないか?ふぬけてんのもほどほどにしなよと思っても表面的には資料をふーんと眺めてる自分。内心では さっぱりな自分に密かに動揺している私。頭をフル稼働しないと資料一つ読めないのか。これまでにない状況に焦っているのは頭の観念なのか。記憶の底 という項目だけきゅっと目がいった。
2007年05月15日
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自分が自分の存在価値をわかっていない、わかろうとしない、知ろうとしないで自分の存在価値を、外に外に求めようとしてきたのではないか。人の役に立ちたい自分。ちょっとでもいいことをしたい自分。そうでもしなければ、生きていてもいい理由なんてなかった。自分で自分を責めるから。許しを乞うために、この世に生きてるならせめてそのくらいしなきゃ…と 自分がこの世に存在する理由がほしかった。存在意義がほしかった。こんな私でも生きていてもいいですか とかわいそうな自分に陥って人に自分の存在価値を認めてもらおうとしていた。やさしい人にすがって 惨めな自分で哀れを誘ってなんとしてでも ほしい言葉を引き出そうとしていた。でもどんなに言ってもらっても満たされないのは私が私の価値を、頑として否定しているから。私は私が救いようのないどうしようもない存在だと知っていると決めつけている。すべての出来事は 私がどうしようもない悪い存在だからだという証明にもっていくようにしている。これが私のこれまでの自虐の思考パターンだ。自分で自分をはめていく 自虐の思考パターンを崩壊させたい。
2007年05月14日
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ごめんなさい を素直に言うのは勇気がいる。言い訳をつけて自分のあやまちからそらそうとした。許してもらおうとすりよるような言い方をした。自分は悪くないと逃げようとした。自分のやったことをごまかすことに必死になる自分はあまりにもいやしい。もし人から許してもらったところでごまかした自分を自分は知っている。素直に 頭を下げられる私になりたい。素直に素直に。謙虚になりたい。
2007年05月11日
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自分で使っている言葉に反応している。傷つく 傷つけられるこれがとってもなんか。外からそうされている、という感じでなんか違う。例えば誇りを傷つけられた とか私の中では これがとても他の誰か、何かから された ことであるとなっていて、なんかそれがやっぱり違う。傷ついたと感じるのはその人自身だし、私自身なわけで。人から される ものじゃないはずだよなあ。私が私を傷つけることはあるとしても、人から される ことなんだろうか。 だからと言って、感じるのも反応するのも個人のものなんだからと何でも言っていいんだーというのもなんか ぶつけてる感じでどうかな、それ、と思うし。傷つく 傷つけられる 傷 にはなんか、あるんだろう。
2007年04月25日
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