♪ 艸や木や虫や小鳥にこころ寄せ心やすけき時をさまよふ
知らないというのは怖い事でもある。それは、無知や誤解が多くの軋轢を招くからだ。
だからこそ、自分が知っていることなど微々たるもので、知らない事だらけだということを自覚していたいと思う。
「犬や猫には感情が無い」と頭から否定する人がいる。また、植物にも感性があることは知られているのに、それだって信じようとしない。
「自分の目で見たものしか信じない」なんていう人がいたら、その人はあまりにも視野が狭いし、思考が浅いと言われても仕方がない。
身の周りに起こる殆どの事柄は、知識として知っているか知っていると思い込んでいるに過ぎない。実際に自分の目で確認したものなどほとんど無いに等しい。自分では確認しない、また出来ないものに囲まれて生きているといっても過言ではないでしょう。
知らないものを否定するというのでは、原始人と変わらない。知ろうとすることで自分を取り巻く世界は変わっていく。人の心が世界を創り上げているのだから・・・。
ここに書いてある、『「心」は交わりによって生まれてくる』という言葉は、とても示唆に富んでいると思う。心がないと思われているような相手でも、こちらの態度次第で心が生まれる様になるということ。
また、話し掛けるという事は、相手を観察することでもある。気づかなかった僅かな表情が見えるようになる。そして、その表情が変化し、反応を見せる様になれば、そこには心が生まれたということになるのだろう。
またその時、そういう風に思える心がこちら側にある、ということが重要になる。心とは、感じ取るものなのかも知れない。
私の座っている椅子の横で寝ころぶピピ
単独行動の習性を持ちコミュニケーション能力のあまりない猫でも、ちょっとした意思の疎通が出来るようになる。ピピには姿、顔を見る度に話しかけているので、彼も自分の方からも意思を伝えようとする意欲が増した気がする。
自分が犬ではなくて人間に近い生き物だと思っているペットの話はよく耳にする。甘えることを覚えて、自分の欲求ばかりを押し付けてくるのはこまるけど、通じ合える瞬間があるというのは楽しいことです。
異質なもの同士でも一方がが話し掛け続けることによって、何時しか通じ合えるようになる。ならば、人間同士ならずっと簡単なことのはず。それが出来ないのは、相手を知ろうとする意志が足りないからに他ならない。
◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題してスタートすることにしました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。
★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)
☆ 短歌集 「ミソヒトモジ症候群」 円居短歌会第四歌集2012年12月発行
● 「手軽で簡単絞り染め」
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