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東京のハーフの集いに顔を出して思うことがある。
「東京って何事も簡単で、何事も薄い」
と。
今、僕は、名古屋でハーフの集まりを企画している。
この手の集まりなぞ、東京にはけっこうある。でも、それは絶対的な数がいるから、集まりやすいというのもある。そして、集まりやすいから、気軽になる。
ハーフ同士が集まれば心が落ち着く。でも、一方で取り残された感覚になる人がいる。
ハーフ同士で集まることが、一つの排他性を生み出す。特に英語は厄介だ。英語を使えるものは英語を楽しそうに使う。使えないものは、そっぽを向かれたままだ。
もちろん、長年の海外生活で英語と日本語がごちゃ混ぜになってしまう、というパターンはあるだろう。その場合に英語を織り交ぜるのは一向に構わない。なぜなら、それはコミュニケーションとしての会話だから。
でも、ハーフ同士で集まって、うれしさと言うか、安堵感も手伝って、遊び感覚で英語で話す人がいる。 こういった場合、話せない人への配慮はせずに、話がずんずん進んで、話せない人は孤立することが多い。
マイノリティが集まってマジョリティ化する、というのはハーフの世界でも同じだ・・・・・・というのは予測はできていたけれども、実際に目にすると、悲しいですね。
しかし、昨日の「じゅうにひとえ」のオフ会は楽しかったなあ・・・・・・。おいらの英語が飛び交っていたけど、そちらで話す方が楽だからってことが伝わってきたし。主催者のかぐやさんの人柄が伝わってきました。大きく集まるよりも、小さくこじんまりした方が良いね。
名古屋のハーフの集い、「ナゴミクス」も方向性としては、こじんまりで行きたいと思う。
なんか取り留めの無い文ですいません!
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