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ソウルは前日までの二日間はかなり暖かく、防寒対策をしっかりしていったので、かなり暑い状態でしたが、最終日はやっと肌寒い日となりました。最終日は、昌徳宮(チャンドックン)を見学する予定で、地下鉄で仁寺洞まで移動しました。ホテルの最寄り駅で結構な人の乗り降りがあったのは、近くに大学があるからみたいです。地下鉄には土曜日から乗ってたのですが、今日気づいたのは、棚に新聞がいっぱい置いてあるんですね。読んだ人が置いていって、他の人がまた読むのですけど、その量が半端じゃなかったです。あれじゃ、荷物が置くところがないぐらいに、びっしりと置かれてました。最終的に回収する人も大変じゃないかと思いました。地下鉄を降りて地上に上がったら、かなりの数の警察官がいて、ちょっとビックリ。近くに日本の文化院の建物があるらしく、竹島問題の影響か、警戒は厳重でした。さて、目的地の昌徳宮(チャンドックン)はガイドがつかないと入れないみたいで、日本語のガイドの時間が決まってて、その時間に間に合うようにと、ちょっと速いペースで歩いて行って、時間には間に合ったのですが、なんと、月曜日は定休日でした、じゃんじゃん。仕方がないので、写真を撮ったりしてから、昌慶宮のほうはあいているということで、タクシーで移動。昌慶宮に着いたときに、ウエディングドレスを着た人が立ってて、撮影をしてるので、月曜日に結婚式?と思ったのですが、韓国では結婚式の前に、写真撮影をしてアルバムを作るのだそうです。しかもかなり豪華で立派なアルバムだそうです。確かにこの後に、撮影をしているところに通りかかりましたが、プロのカメラマンと、アシスタント、スタイリスト?とスタッフも充実してた撮影隊でした。昌慶宮をゆっくり散策して歩きましたが、1000ウォンですから、100円でゆったりした中でウォーキングができる良い場所でした。その後、仁寺洞に戻り、骨董品や民芸品を見て、昼食を食べました。昼食はランチセットみたいな感じのものでしたが、美味しくいただきました。あまり辛くはなかった食事でした。その後、ホテルに戻って帰る準備をして、最後のショッピングをしようと思ってたのですが、フロントに行って部屋の番号を言ったら、鍵がないと言うではないですか、確かに朝、フロントに預けたよなぁと思いながら、ポケットの中を探しても、もちろん見つからないし、結局はマスターキーで開けてもらって、中には入れたのですが、今度は出ることができず、結局は帰り支度をして、しばらくゆっくりしてました。飛行機が18:40発の便でしたので、ホテルを15:30に出ることにしてました。リムジンバスに乗ったのが、15:50頃だったのですが、まぁ余裕だろうなと思って、空港に着くまで寝ていようと思ってたのですが、途中のホテルからかなりの人が乗り込んできて、椅子に座れずに地べたに座るぐらいになって、運転手の人となにやら話しこんでるというか、かなりの大声で話してて、起こされてしまいました。そのあたりからかなり渋滞してて、市内を抜けるのに時間がかかって、途中間に合うのかなぁと心配をしてましたが、一時間前について何とか間に合いました。帰りの便も月曜日だというのに満席状態でした。途中大きな揺れもなかったのですが、成田に近づいたあたりから天候が悪かったみたいで、少し揺れましたね。無事に成田に到着して解散した後に、駐車場に行ったら、結構強い雨が降っていて、もちろん傘を持ってなかったので、早く車に乗り込もうと、車を探したのですが、思ってたところになかったんですね。えぇ??と思いながら、考え付くところを探しまくったのですがなくて、3分ぐらい雨の中を探してて、とりあえず屋根のあるところに戻って考えようと思って、戻ろうとしたら見つかったんですね、不思議なものです。ソウルは近くて不思議な魅力のある街でした。ハングル語を少し勉強してから、もう一度行ってみたいです。
2005.03.28
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二日目の朝は電話で起こされました。目覚ましで一度は起きたのですが、そのまま寝てたみたいで^^;前の夜に飲みすぎ&食べすぎた為でしょうね、きっと。朝食のバイキングも美味しかったです、オムレツとクロワッサンがおススメです。朝食もおなか一杯食べて、シャワーを浴びて、ちょっと休憩。お部屋もアップグレードしてもらって、シャワーブースがある部屋だったので、結局はバスタブは使わなかったです。全体的に広々とした部屋で、一人で使うにはもったいないような部屋でした。この日の予定は、午前中は自由行動ということで、ロッテワールド組市内観光組カジノ組に別れて行動して、16:00にイーテモンの駅に集合ということになりました。私はもちろんカジノ組(といっても2人ですが)で、最寄の駅まで地下鉄で行って、そこからタクシーでカジノへ。ソウルの地下鉄は安いんですよね、初乗りが900ウォンで、1200ウォンもあれば、たいがいのところまで行けちゃいます。タクシーも初乗りが1600ウォンで、3000ウォン以内ですみますね。(1000ウォンがほぼ100円ですね、念のため)ウォーカーヒルカジノは、ホテルの地下にあって、外国人専用のカジノです。服装は普通のラフな格好でOKの、お手軽なカジノでした。カジノは約20年前にスペインのマドリードのカジノに行ったことがあるのですが、その時は異次元の世界という感じでした。今回のカジノはそのときとは比べるまでもなく、ゲームセンターみたいな感じでした、残念ながら。昼間ということもあり、それでも思ってたよりかは人がいて、しばらくは様子を眺めて、スロットを少しやりました。スロットで30000ウォンを使って、ルーレットをやろうと思い、しばらく様子を見てました。いろいろな人がいて面白かったですね。派手にかけてる人や、着々と増やしてる人、複数の台を掛け持ちでやっている人など。しばらく見てから、200000ウォン(2万円)を、2500ウォンのチップ80枚に替えて、いざ勝負。このルーレットは面白いというか、不思議というか、同じ数字が2回連続で出たり、数回おきに出たりしてました。しばらくやってて気づいたことは、チップの種類が、2500ウォン・10000ウォン・100000ウォン・1000000ウォンのチップがあるみたいです。私の隣で複数の台を掛け持ちしてた、見た感じは30歳前後の人は、100万ウォンのチップを20枚ぐらい持ってました。(それだけで、200万円ぐらいですからね、すごいです)ルーレットのほうは、途中もうなくなるかもというところまで行きましたが、何とか盛り返して、結局はトントンでした。まぁ、それなりの雰囲気を味わえて良かったかなぁと満足。帰りは最寄の駅までのシャトルバスで駅まで出て、地下鉄で集合場所へ。その後ショッピングをしてたのですが、偽者商品を堂々と「完璧な偽者」と言って販売してるんですからね、ある意味すごいです。どれだけ精巧にまねしてるのかを見るのも面白いです。その後、夕食を食べに焼肉屋さんへ。骨付きカルビが美味しかったですね。大満足の2日目でした。
2005.03.27
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26日から28日まで、2泊3日でソウルに行ってきました。ハングル語は全然話せないわ、読めないわ状態で行ったのですが^^;金曜日の夜は久しぶりに忙しかったのが影響したのか、家に帰ってすぐに睡魔が襲ってきて、目覚まし時計をセットせずに、そのまま寝てしまいました、あぶないあぶない。旅行に行くということがインプットされてたのか、自然に3;30頃に起きました。寝たのが、21:30ごろだから、6時間は寝てたみたいですね。起きたときに結構スッキリしてたので、そのまま起きようと思い、旅行の準備等をしてました。家を7時過ぎに出て、成田空港には、7:40頃に到着。第二ターミナルには、国内線で何回か行ったことがあるけど、第一ターミナルには始めて行きましたが、地方の空港みたいな感じでしたね。まずは、駐車場からして、第二とは全然違ってるし、料金が少し安いはずです。めちゃくちゃ久しぶりの海外旅行だったので、手続きとかが心配でしたが、無事に手続きも完了、結構簡単なんですね。他の人たちとは搭乗口で集合だったのですが、誰もいなかったので、2階にあるリクライニングシートを倒して、少し寝てました。大韓航空も初めて乗ったけど、結構快適でした。ちょっと怖いというイメージが完全に払拭しましたからね。行きの飛行時間は2時間30分、ちょうどゆったりして良い感じの時間でした。機内食は、中華丼のような、食事とパンでした。最初はミネラルウォーターから始まって、コーラ、機内食、コーヒーと全部いただきました。仁川空港は大きいハブ空港だと聞いてましたが、本当にでかいですね。ロビーも広々と綺麗でした。ソウルの道路は車線が多くて、広々としてましたね、快適でしたが、さすがに市内中心部に行くと渋滞が。道路の中央分離帯でなにかお菓子のようなものを売ってる人がいて、聞くと渋滞の時に買って食べるとか、おもしろいですね。ホテルは新羅ホテルでした、綺麗なホテルでしかもアップグレードで良いお部屋でした。チェックインをして、少し休憩してから、買い物に出かけました。ただついていっただけなので、どこに行ったのかは定かではないのですが、南大門市場に行ったと思います。雰囲気はアメ横をもっとごちゃごちゃさせた感じでした。「幻の時計がありますよ」とのこと、どんな時計やねんと思いながら通り過ぎましたが、すごいところですね。韓国に3日間しかいなかったですが、本物のブランド品は存在するんだろうかって思っちゃいました。一日目の夜は、ソウル郊外にある、今回の幹事さんの親戚が経営しているお店に行きました。全体的に美味しかったですが、特におススメは、「チジミ」ですかね。日本で食べるチジミとは違ってて、ふっくらと柔らかい感じで美味しかったです。日本で出てくるチジミは、韓国では違う名前だそうです。あとは、勧告ダック。鳥の身をほぐしたものや、味付けしたお野菜を、餃子の皮のようなもに包んで食べるのですが、これが美味しい!かなりの量を食べたような気がします。飲み物は「マッコリ」これがまた美味しくて、ちょっと飲みすぎました。本当はこの日の夜に、カジノに行く予定だったんですが、食べすぎ、飲みすぎで、次の日に行くことにしました。大満足のソウルの一日目でした。
2005.03.26
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今世紀最初の万博が開幕しましたね。大阪の万博が1970年、私が8歳になる年だったんですが、今でも覚えてるのは自分でも凄いと感じます。その当時は、今とは比較にならないほど、他の娯楽が少なかったこともありますしね。大阪の万博には、たしか2回行ったと記憶してます。家が近かった割には、あまり行ってませんね。1回目は田舎から親戚が出てきて、親族一同で行って、お祭り広場と太陽の塔に入りました。他には日本館にも入ったと思いますが、このときに一番驚いたのは、動く歩道ですね^^;今ではどこにでも当たり前にあるのですが、その当時は始めてのお披露目だったような気がします。ほとんどの人が歩かずに乗ってたような気がしますが、どうだったのでしょうか?2回目は、父親と二人で行って、その時には、ソ連館に入るのに炎天下の中、2時間~3時間並んでました。自分は途中で日陰のところに避難したり、ちょこまか歩き回ってたような気がしますが、父親はず~っと我慢強く並んでましたね、その当時は当たり前だと思ってましたが、ありがたいことでしたね。この時は、開門前に現地に着いて、開門と同時に押し合いながら、走って入場しようとして、その時に、持っていったバスケットが壊れたような気がして、結構ショックだったような思い出があります。やっとのことでソ連館に入って、父親から使用済みの切手が集まったものを買ってもらい、かなり満足して帰ってきたと思います。35年前のことが、ありありと思い出せるということは、かなりワクワクドキドキ体験だったと思いますね。今回の万博はどんな感じなんでしょうか?
2005.03.25
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今やっているシステム案件は、当初4月から本格稼動させないといけないという事で、いつもながらの納期ぎりぎりに追い込む体制に入ってきて、最後の週は泊り込みを覚悟してたのですが、今日担当者と打ち合わせをしたら、4月からの稼動は一部分でも良いような事になり、それだったら今のままのペースで大丈夫な感じでした。ラッキーというか、そんな事でもいいの?という感じですね。ということで、今週末は気兼ねなしに旅行を楽しめそうです。今回の件もそうなんですが、最近はどんなことになっても大丈夫と受け入れる覚悟ができてるというか、あたふたしなくなると、不思議なことに自分の思うように物事が進展していく感じです。「覚悟」と「責任」がキーワードです。
2005.03.24
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そろそろ予定の日程も過ぎて、アルバイトの休みの予定もすべて消化してしまったので、父方のお墓参りを済ませてフェリーで帰ろうと思い、親戚の叔父さんの家に行きましたが、ビックリ。なんと叔父さんが入院してるというじゃないですか、ぜんぜん知らずに行ったので、まずは入院先の病院に行きました。もう結構なお歳だったので心配してたのですが、意外と元気だったので少し安心。叔母さんが叔父さんに、自分が大阪からバイクで来たとか色々と説明をしてました。その話を聞いて、「それはすごいなぁ、まぁゆっくりしていきなさい」ということになり、すぐに帰るとは言い出しにくい状態になったのと、叔母さんがほかの親戚の人の家に連れて行ってくれたり、親戚の人が会いにきてくれたりということもあり、結局3泊することになってしまいました。まず最初に向った先は、指宿です。バイト先には、一緒に行ってた友達に電話して、もうしばらく休むように伝えてもらいました。滞在中は、毎日、叔父さんの入院先に顔を出してから、遊びに行ってました。叔父さんは、その後、一度は退院して良くなったみたいですが、翌年にお亡くなりになりました。そういう意味では、お会いできて良かったですね。滞在中に、佐多岬まで走っていきましたが、岬から見た海の色がすごく綺麗だったのを覚えています。滞在中に親戚の人から、お小遣いを貰って、一人ひとりはそんなにすごい金額ではなかったのですが、人数が多かったものですから、大阪を出るときに持っていた金額より多くなってました。バイトのこともあるし、早く大阪に帰らなければという思いと、お金も増えたし、もうしばらく旅行できるという思いが戦って、結局は九州一周をしようと決めて、親戚の家を出発しました。最初に向った先は、指宿でした。
2005.03.23
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宮崎の叔母さんの家に泊めてもらい、出かけにお小遣いも貰って、鹿児島の親戚の家に向いました。青島~日南海岸を下がっていき、途中、都井岬に寄って、野生の馬を見てきました。本当に放し飼いの馬がいて、道路とかにも出てくるんですね。日光のお猿さんの馬版みたいな感じです。天気もよく海岸線を走ってたということもあり、快適なツーリング日よりでした。まずは、母親のほうの親戚の家に行き、お墓参りを済ませました。(これで目的の半分は達成)この母方の田舎の家は、お墓に囲まれてるというか、そういうところなんです。子供のころはそれが怖くて、夜には外を歩けなかったです。道路から坂道をかなり登っていく途中に、お墓の集団があるというイメージだったのですが、昨年久しぶりに行ったときには、道路から少し入ってすぐのところにあったので、あれは子供の時に勝手に感じてたのかなぁとちょっと不思議な感じでした。
2005.03.22
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今週末(26日~28日)まで韓国に旅行に行くので、その打ち合わせを兼ねて集ったはずが、昼間からビールから始まって、最後はラム酒で締めました。打ち合わせのほうは、幹事の方にすっかりお任せモードになってしまいましたが^^;今回の旅行は、昨年の1月に受講したフォトリーディングの仲間で、韓国語が喋れる方がいたのがきっかけでした。実は受講中から秘かに韓国旅行に行けたら良いのにと思ってたので、思いがかなってラッキーな感じですね。海外旅行は2回目で、前回に行ったのが1986年だから、18年ぶり?まぁはじめていくようなもんですね。基本的には美味しいものを一杯食べて、お酒も飲んで、あとはゆっくりできれば良いかなぁと思ってます。昼間からシコタマ飲んだ後は、定例のBC研究会へ。今回が大井町の幹事さんのところでやる最後のBC研究会。販売員というかセールスとは、みたいな感じのワークで、今の自分にとっては非常に興味のある内容でした。この研究会は良い刺激があって楽しい場所です。今後は毎月とは行かないかもしれないけど、引き続きやりたいですね。2次会は送別会も兼ねての飲み会、当然ながら帰りそびれて、千葉からタクシーでした。
2005.03.21
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3月4日にインターネットで注文したDELLのPCが届きました。Dimension 8400Microsoft(R) Windows(R) XP Home Edition Service Pack 2 日本語版HTテクノロジ インテル(R) Pentium(R)4 プロセッサ 630 (2MB L2 キャッシュ、3GHz、800MHz FSB)1GB (2x512MB) デュアルチャネル DDR2-SDRAMメモリというスペックのPCと、デル W1900 19インチワイド液晶モニタ(TV機能付)のモニターを購入。購入後に、モニターが値下げになったみたいで、あちゃ~という感じでしたが、こればかりは、買いたいときが買い時ですからね、仕方がないです。それにしても、今までのPCのあの遅さはなんだったんだろうか!というぐらい早いです。インターネットも、今まではBフレッツにした割には、そんなに早くなくて、やっぱり田舎だからかなぁと思ってたのが、原因はPCの性能だったんですね、めちゃくちゃ快適です。これから、前のPCからデータをコピーしたりしなければ。それにしても、PCは安くなりなりましたね。今回のPCが、5台目です。富士通のFM7パナソニックのWOODYコンパックのプレサリオソニーのVAIO MX1FM7では、ゲームをやってましたね。特に「信長の野望」の最初のバージョンだったと思いますが、はまりました。このPCは実家の押入れの中にまだあると思います。WOODYの時に、初めてパソコン通信(ニフティ)を経験して、面白くて結構やってました。OSはWindows3.1、懐かしいですね。このPCは、友人に売却しました。プレサリオの時に、初めてインターネットを経験して、QUAKEという対戦型ゲームにはまり、回線もISDNにしました。OSはWindows95、ゲームの性能が飛躍的に良くなりましたね。このPCも、友人に売却しましたね。VAIO MX1では、やっぱりインターネットがメインですね。買ったときはスピードも速く感じてたのですが、ソフトの詰め込みすぎですかね。OSは、Windows98、そんなに変わったとは感じなかったですけど、良いPCです。まだしばらくはオーディオコンポとしても使えそうです。これだけストレスなく使えるようになったので、HP作りをはじめようかなぁと思ってます。
2005.03.20
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フォトリーダー仲間の、まほでしさん 主催の、マジックセミナーに行ってきました。マジックというのは、おもしろいですね。見るだけでも、面白いですが、自分で実際にやってみると、さらに、はまりますね。一連の流れの中で、どのように見せるか、自分の思うような反応を引き出すか、話術・顔の表情・全体の雰囲気・手の動き・表情の動きと、いろいろなものが、積み重なって、初めて、人を驚かせるマジックができるんですね。これから練習して、飲み会の余興の出し物をやるときに、活用させていただきます。マジックだけでなく、いろいろなヒントを貰えたセミナーでした。また5月にもやるみたいですので、ご興味もある方はいかがですか?
2005.03.19
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4月から会社の組織替えということで、自分も異動になりました。チラッと聞いただけですが、やることは今と変わらないとのことで、今まで各部に散らばってたシステム担当者をひとつ部に集めるということで、新たに「システム部」を作って、今度はかなりやる気みたいです。今までは、投資顧問部門と投信部門で担当者が別れてて、あまり仲が良くないというか、一緒に仕事をする雰囲気でなかったので、この際一堂に集めて全社的にやっていきたいということなんでしょう、きっと。今から3年半前ぐらいですかね、自分がその当時のメンバーから、はじき出される格好で、不本意ながら、投信部門のシステムを担当するようになったのは。との当時は会社の主流は、投資顧問部門だったので、自分のモチベーションも下がりまくってたんだけど、やってみると、やることが一杯あって、大変そうだけど、面白く仕事ができました。そうこうするうちに、投信部門が大きくなってきて、今ではほとんど互角になるんだから不思議ですよね。投信の知識なんか必要ないと思ってた3年半前と時勢が変わって、今では投信の知識がないとやっていけない感じになるんですからね。そういういきさつがあって、今までお互いに協力しなかったメンバーと、また同じ部になってどうなるのか、ある意味楽しみです。あの時に、はじき出されなければ、フォトリーディングも受講しなかっただろうし、コーチングの勉強をすることもなかったんだと思いますからね。まぁどうなることやら。
2005.03.18
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今日のお昼は恒例の「丸の内ランチ会」正確には、丸の内界隈でランチをする会なんですけど、今回は丸の内でした。この会は、平本さんのビジネスコーチングで知り合った中で、職場が丸の内・日本橋のメンバーで発足。その後メンバーが増えて、さらに楽しい会になりました。今回は発足メンバーの一人が、地元に戻ることになったので、オリジナルメンバーでは最後のランチ会になりました。皆さん、コーチ、しかも優秀なコーチばかりなので、居心地の良い時間を過ごさせていただきました。きっと、このメンバーがいなかったら、自分もコーチをやってなかったですね。このメンバーに感謝ですね、ありがとうございます。そういうことで、この日の昼休みは、2時間近くになりました。
2005.03.17
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国見YHでの楽しい夜の翌日、石仏とかも見たかったのですが、日程が予定よりたってたということもあり、国東半島の見物をせずに一路宮崎の親戚の家を目指して、ひたすら走ってました。たしか1日で300キロは走ったのではないでしょうか?さすがに若いとはいっても腰にきて、立ちながら運転したりと、楽しいというより、キツかったです。朝早く出たのに、着いたのは夜でしたからね。たぶんこの日が一番辛い日だろうなと思ってたのですが、この後にも試練が待ってたとは・・・^^;予定では、鹿児島に行って、お墓参りをして、また宮崎まで戻って、フェリーで帰る事になってたので、所持金もフェリー代金と少しになってたし。
2005.03.16
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楽天日記を始めたのが、2003年3月16日でした。早いもので2年がたったのですね、しかも続けてるしね。フォトリーディング講座の時に買っていったのが、小さな会社儲けのルールで、著者の栢野さんのメルマガに、楽天日記のことが書いてて、それを読んで始めたのがきっかけでした。最初頃は何を書いて良いのかわからなくて、苦肉の策として始めたのが。「今日の一冊」という書評。しばらくしてから、お金に関することや投資に関することを書いたり。楽しく続けられたのも、読んでくれてコメントを書いてくれた仲間の存在が大きいですね。ありがとうございます。2年間というのは短かったというか、充実してました。いろいろな面で変化があったんではないかと感じてます。書くだけ書いて、自分ではあまり読み返してないので、ちょっと読み返してみようかと思ってます。
2005.03.15
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さていよいよ九州上陸と意気込んで行ったのですが、原チャリは自動車道を走れないということで、遊歩道で行くことにしました。エレベーターで地下まで降りていき、地下道へ。地下道内はエンジンをかけずに押していくようにとの指示を受けました。最初は緩やかな下り道で、原チャリに乗ったまま下りきるところまで行き、他に人がいなかったので、エンジンをかけて走っちゃいました。結構長かったような記憶がありますが、普通の地下道といえばそれまでなのですが。最後もまた大きなエレベーターに乗って地上に出ました。この日の目的地は、このYHはペアレントさんが素敵な人しで、絶対行った方が良いというアドバイスをもらった、国東にある国見YH。この日は久しぶりに天気も良く気持ちよく走れました。夕方にYHに着いて、夕食を食べて、この日の宿泊客は2名だったのですが、夕食後にペアレントさんと一緒にカードゲームをやって結構盛り上がって楽しかった記憶があります。国東半島は素敵なところです、もう一度行ってみたい所です。そろそろ日程的にも金銭的にも苦しくなってきたのですが、どうなるんでしょうか?
2005.03.14
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スペクタクル・ミュージカル 十戒に行ってきました。会場に行ってみて結構良い席でビックリしました。事前にテレビ番組を見たりして想像はしてましたが、それ以上に迫力のあるミュージカルでした。コンサートを見てるような感覚になってしまってる時もあり、いろいろな楽しみ方ができました。ということで、内容云々というよりかは、ただ単に楽しんできた感じです。あとはちょっとリッチな気分を味わってきました。最終日だということもあるのでしょうか、カーテンコールの時に出演者の表情が、「やり遂げた」満足感一杯で、その表情を見てるだけで、なにか伝わってくるモノがあり感動しました。見たあとに感じたことは、自由な生き方をするためには、自由であれば自由であるほど責任を伴う必要がある、ということでした。でも、最後の曲「L’envie d’aimer」は平原綾香の方が良かったと思いましが、サントラCDも出ているみたいなので買うことにします。
2005.03.13
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滋賀のチャリンコ青年とも岩国YHでお別れして、そろそろピッチを上げようとは思ってたのですが、いろいろ情報をもらって、その中で、下関の火の山YHには絶対に行った方が良いという情報があり、下関の火の山YHに行くことにしました。前日の夜に行った錦帯橋にももう一度行って、渡りました。あとは壇ノ浦の古戦場あとに行ったりしました。火の山YHのうりは、なんといっても関門橋が綺麗に見えると言うことだと思います。このYHでも、オフシーズンならではなのか、バイクで来てる人が多かったですね。久しぶりにある程度の距離を走って、走ることを楽しんだ1日でした。さて明日はいよいよ。関門トンネルを通って、九州に上陸です。
2005.03.13
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予定では、広島から下関まで行くはずだったのですが、広島YHで出会った、チャリンコで日本一周中の人が、岩国に行くから一緒にどう?と誘われたので、それも良いかなぁと思い、現地集合でということで、広島の坂町YHを出発。広島から岩国なので時間的に余裕があったので、もう一度広島市内観光をした後に、宮島に行きました。厳島神社を参拝して、干潮時にあの大鳥居の所まで歩いて行ってきました。その時に消防車の新車だと思うのですが、お祓いを受けてたのが印象的でした。昼過ぎから天気が崩れてきて雨が降りそうだったので、夕方の4時頃に、岩国のYHに着いたような気がします。この日の宿泊客は6人でした。男性4人、女性が2人でした。富山の、自転車で日本一周中の人で、この時点で一年ちょっと経過してたので、九州のYH情報をいろいろ教えて貰いました。もう一人の男性は、バイクで九州一周旅行に行くという人でした。女性のお二人連れは普通の観光旅行中の方でした。夜には雨も上がったので、夕食後に全員で、錦帯橋を見に行きました。あとは自転車日本一周コンビのお話とか、いろいろな情報やお話しを聴けて楽しかった思い出があります。予定では大分まで行ってるはずが、いまだに岩国にいるとは、どうなることやら。
2005.03.12
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3日目は予定を変更して、宿泊客3人で広島観光に行きました。前日の決めたときに、ペアレントのおばさんに、どこか良いところがあるのか聴いて、それを参考にして行きました。最初に、江田島にある、旧海軍兵学校に行きました。坂町から呉に電車で行って、呉からフェリーで江田島に行きました。旧海軍兵学校を見学して、ビックリしたのが、【回天】というものの存在です。飛行機の特攻隊というのは知ってたのですが、人間魚雷の特攻隊というのは、この時に始めて知りました。特攻隊員の遺書も展示されていて、同年代の人が、お国のためにとは言いながら、こういうことをしなければならないとは、その当時の自分には理解できないことだらけでした。【回天】の復元模型も展示されていて、小さくて、本当にこんなんで、ぶつけれるのかなぁというようなモノでした。この日記を書いていて、もう一度行ってみようかなぁと思ってます。江田島から、フェリーで、広島港に行き、その後、広島城、原爆ドーム、平和記念公演等を見学して、バスで坂町のYHに帰ってきたら、当日の宿泊客は2人増えていました。東工大の大学院生と、大阪の大学生の、共に男性でした。たしかこの時には、ビートルズとかローリングストーンズの話で、盛り上がってたような気がします。やっぱり広島だったからでしょうか、戦争というモノを少し考えさせられた1日でした。
2005.03.11
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2日目も予定どおりの行動でした。倉敷から広島までですから、距離もそんなにないということで、午前中は倉敷観光で、錦鯉が確か町中の綺麗な小川で泳いでいたような記憶があるのですが。倉敷から広島に行く途中だったのか、初日に倉敷に入るときなのか、ちょっとあやふやなのですが、原付バイクで、なんと有料道路を走ってました。その道路はバイクは125CC以上じゃないと走れない道路だったみたいで、終点の料金所で、始めて気が付いて、なんとかごまかしました。この旅行での最初のハプニングでした。広島に入って、ちょこっと市内観光をしてから、広島坂町YHに着きました。この日の宿泊客は、なんと自分を入れて3名。一人は滋賀の自分と同じ年の男性で、彼は自転車で日本一周旅行中でした。前日倉敷のYHでお話ししていた、バイクで日本一周をしている人と知り合いだったみたいで、その話だけでも盛り上がりました。もう一人は、ひとつ年下の、同じ大阪の女性で、彼女は前日もこのYHに宿泊してたみたいで、その日の宿泊客は1人だったそうです。そういうのもあったのか、同じ関西人で同年代というのがあったのか、話は盛り上がって、翌日は3人で観光しに行くことになりました。このあたりから、だんだんと予定外の行動が増えてくるのですが、それはまた楽しいことでしたね。
2005.03.10
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さすがに初日は予定どおりの行動でした。朝の9時頃に家を出て、国道171号を西宮方面に向かって走って、国道2号線にぶつかって、その後はひたすら2号線を走りました。途中、姫路城を遠目に見たぐらいで、ほとんど寄り道せずに、倉敷ユースホステルに向かいました。夕方には到着して、夕食を食べて、あとは他の方とお喋りをしてました。ユースホステルというのは、宿泊客が全員強制参加で、みんなで集まって、歌を歌ったり、というような印象を持ってたのですが、シーズンオフというのもあったのか、ただお喋りをしたい人だけが、集まって話をしてました。ほとんどの人が年上で、会社を辞めてバイクで日本一周をしてる人や、ぶらりと気ままな旅行をしてる人や、色々な人がいました。自分が、原付バイクで鹿児島まで行くと話したら、結構オモシロがってくれて、それだったら、あそこのユースホステルが良いよとかの、情報をいろいろ貰って、生まれて初めてのユースホステル宿泊は楽しかったです。その後もいろいろなユースホステルの泊まり歩くようになったのも、この時の楽しい経験があったからかもしれないですね。しかも、次のYHで出会った人と、このYHで出会った人が、知り合いだったというご縁もあったし、おもしろいですね。
2005.03.09
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今日は暖かな1日でしたね、お昼休みに外に出て、暖かくて少しビックリですね。とまぁお昼休みまでは良かったのですが、今年は発病しないと思ってたのに、やっぱり花粉症の季節になったみたいです、例年に比べると遅めの発病なのですが。これからGW明けぐらいまで、ちょっと憂鬱な季節です。電車の中でも、くしゃみが、とまらず、目も取り外して洗いたくなるぐらい、痒くて。明日からは、マスクが手放せないですね。
2005.03.08
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今、幻魔大戦を読んでて、ふと自分自身の不思議な体験ってあったかなぁと考えて、最初に出てきたのが、今から23年前の夏の出来事でした。京都の日本海の海水浴場に友達4人で泳ぎに行ったのですが、着いた日は台風一過の良い天気だったのですが、その日は泳がずに海を見てたら、めちゃくちゃ浅瀬で、人が溺れかけてるような光景を見て、あんな浅瀬で何をやってるのかなぁ、ふざけてるのかと思って見てました。次の日も良いお天気で、普通に泳いでたのですが、昼の3時頃でしたかね、急に引き潮が早くなって、浮き輪で泳いでた子どもが海の方に引き込まれそうになって、その時自分はブイにつかまってて、無意識に流されてきた子どもの浮き輪に自分の腕を絡ませてました。最初は何が起こったのか全然理解してなくて、そんなに深いところではないのに、泳いで戻れそうにもなく、ただブイにつかまってましたね。結局、浜辺にいた人が異変に気づいて、助けに来るようになって、自分もなんとか自力で戻ることができました。最初で最後ですね、真剣に溺れるのではないかという恐怖感を味わったのは。自分が助けた子どもも、もちろん無事に親の元に帰っていったのですが、その親からお礼の言葉がないどころか、自分がその子どもを危険な目にあわせたんじゃないか、見たいな雰囲気で見られたことを今でも覚えてますね。もしかしたら、その体験が不思議なことかもしれないですね。そんな体験をしたときに、何故だか知らないけど、お墓参りに行ってないなぁと感じたんですね、ご先祖様に呼ばれたのかなぁと思って。今から考えれば、確かにご先祖様からのサインだったと思いますが、20歳になるかならないかの時に、そう感じたのは不思議でした。お墓は鹿児島なんですね、その当時では、今みたいに簡単に行ける状態ではなかったんですけど(金銭的な面でね)、これまた不思議というか、何を考えてるのかというか、それじゃ、バイクで行こうと思いついて、バイクといっても、スズキのRG50という原付バイクなんですけど。宿は、前から一度は泊まってみたかった、ユースホステルにしようと思い会員登録をしました。その当時は、アルバイトをしてたので、バイト先には、9日間のお休みをもらって出発したのが、昭和57年9月26日。(今で言うとフリーターですが、その当時はただの無職でした)当初の予定では、だいたいこんな感じでした。1日目 大阪の自宅 ~ 倉敷(岡山)2日目 倉敷 ~ 広島3日目 広島 ~ 下関4日目 下関 ~ 大分5日目 大分 ~ 宮崎(親戚の家)6日目 宮崎 ~ 鹿児島(親戚の家)7日目 お墓参りの後、宮崎へ行って、フェリーで大阪に帰る8日目 大阪に戻る さて実際はどうだったか、これから何回かに分けて、書いていきます。
2005.03.07
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日曜日の朝にやってる、「儲かりマンデー」で、コーチングについてやってましたね。コーチングが今年の流行語になる、とか。内容的には、こんなもんかいなぁというような、ちょっとお粗末な内容だと思いましたけどね。コーチング=スキル、みたいな感じがしたので。スキルというよりか、マインドだと思うんですが。個人がコーチを雇うのが当たり前になるのでしょうかね?自分のまわりには、コーチの方が多いので、当たり前だと思ってるのですが、確かに、会社の人達にとっては、コーチングってなに?という感じだと思います。世間一般もそんな感じなんでしょうね。どういう風にして、コーチングの良さを伝えていくか、今後の課題です。
2005.03.06
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今年に入ってから、DELLから送られてくるメールを見るたびに、そろそろ買おうかなぁと思って、見積もりまでしてたんですが、なかなか購入までにはいかなくて、まだ今のPCで良いかと思ってたんです。先日たけごんさんの楽天日記を見たら、もうすぐ64ビット版のOSが発売されると書いてあって、それなら今のバージョンを買おうかなぁと思ってたところに、またまたDELLからのメールで、前々から買おうと思ってたPCが、魅力的なスペック&価格で思わず買ってしまいました。まだ申し込んだだけなので、手元につくのにはまだ時間がかかりますが、楽しみです。最近は飛行機に乗り遅れたり、間に合ってもギリギリだったので、今日は早めに出て、羽田空港のラウンジでゆっくり本でも読もうと思ってます。そろそろ出かけなくては、では大阪に行って来ます。今回も13:00の便だったのですが、羽田に11:30には着けるような時間に家を出ました。そして、佐倉駅にも予定どおり着いて、9:40発の普通電車の千葉行きに乗れば、後はOKだったのですが。この電車、佐倉始発で、2番線ホームにいたんですね。自分が2番線ホームに行ったときに、ちょうど向かいの1番線に、銚子行きの普通電車が入ってきて、何を考えてたのか、いやぁ~何も考えてなかったんでしょうね?閉まりそうな感じがしたので、慌てて飛び乗って、電車が動き出したときに、反対方向に動いてる、と気づいたが当然もう遅くて^^;でも不思議とおかしさだけが感じられて、まぁしゃーないと次の駅で降りて、反対の電車がくるまで、20分ちょっと待ってました。でも、それでも今回は余裕で間に合ってのでOKでしたね。何ごとも余裕を持ってやれば、少々のことは大丈夫ということですね。
2005.03.05
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今朝は起きたときには雨だったのですが、それが出かける間際ぐらいから、雪に変わって、ちょっと心配だったのですが、大丈夫でした。4WD+スタッドレスなのですが、このタイヤは一年中つけて走って、もう4年目ですからね、かなりすり減ってます。さすがにそろそろ取り替えないといけないですね。会社に着いてからも、窓の外を見ると、雪が降ってるというか、泳いでる感じでしたね。風が強くて、雪が真横に飛んで行ってました。ガラスが曇ってよく見えなかったけど、とても都心とは思えないような光景でした。明日からの週末はどんな天気なんでしょうかね。明日から月曜日までは大阪に行きますので、飛行機が揺れないような天気だと良いのですが。
2005.03.04
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もう一年ぐらい前かもしれないですけど、急にこの本が読みたくなって、なぜだかわからないんですけどね、ネットで調べたら全巻購入できたので、全10巻購入しました。集英社文庫の、決定版 幻魔大戦なんですけど、一巻に2話収録ですから、全20話ですね。と買ったことで安心したみたいで、他にも読む本がいっぱいあったのもあるんですけど、今までほったらかしでした。で、これまた急に読もうと思って、やっと読み出しました。まだ一話目が終わって、2話目に入ったところですけど、考えさせられる本ですね。現代のバイブルというのもわかるような気がしますし、なんで今読みたくなったのかも、わかるような感じですね。ムロリンさんの書き込みを見て、思い出しました。そうそう、ムロリンさんから、幻魔大戦のお話を聴いたんです。その時のお話が潜在意識にしっかりインプットされてて、それである時、急に読みたくなったんですね。ムロリンさん、ありがとうございます。今週末は大阪への定期帰りですが、3冊ぐらいは読めるかもしれないです。しばらくは楽しい時間を過ごせそうです。楽しい時間といえば、平本相武さんの出版記念パーティーに行って来ました。大盛況のパーティーでした、知らないか方も一杯いたし。「コーチング・マジック」 PHP研究所帰りにチラッというか、パラパラとしか見てないんですが、二日間でやるセミナーのエッセンスがぎっしり入ってる感じですね。ビジネスコーチングセミナーに出た人には、なるほどそういうことかと納得できますね。セミナーに出ていない人も、この本を読んで、自己流でも実践した後に、セミナーに参加すれば良いかもしれないですね。
2005.03.03
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クリムゾン・コレクションのCDを3枚買いました。マントラ詠唱とハーブの音楽なんですが、これが心地良いんです。エンジェルボイスが良い感じで響いきます。しばらくはこの世界に浸りそうです。お奨めのCD情報でした。瞑想といえば、心を落ち着かす、安定させる、と思ってたのですが、今ここにいることを感じることなんですね。そういえば、最近はそういう風に感じれるようになりました。安定してるというより、退屈している自分に気づいただけなんですけどね。でも、その気づきは大きなことだったような感じですね。私のまわりの人も、いろいろな転機を迎えられてるみたいです。自分もある意味、今が転機なのかなぁと感じてます。
2005.03.02
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題名 きみに読む物語著者 ニコラス・スパークス訳 雨沢 泰出版社 アーティストハウス購入理由昼休みに丸善に行ったときに、オレンジ色の表紙が目に入って、手に取ってみたら、なんだか買わないと、という気になって購入。ポイントこの本を読んで、好きなことをやっぱりやろう、と思いましたね。本の帯に書いてある言葉 あなたは、ひとりの人をここまで愛することができますか?どうなんでしょうか?できると思わないとできないですからね。いろいろなことを感じさせてくれる、良い本でした。最後の最後に、訳者あとがきを読んで、この本が映画になってるというのを見て、まんてんムロリンさんが日記に書いてたのを思い出しました。そういうのがあって、この本を買ったのかもしれないですね。そろそろ人生の転換期を迎えるような予感がしてます。どういう形になっていくのか楽しみです。満足度 ☆☆☆今日は夜に、平本さんの瞑想会に行ってきました。平本さんとも久しぶりにお会いしたのですが、その他の参加者の人達とも、お久しぶりの方、始めての方と、楽しいひとときを過ごしました。体を動かす瞑想も良いですね、元気いっぱいになって帰ってきました。
2005.03.01
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