ノワイユ・ノーム・ノアムの物語


Noyau Gnomes
BIG BIG BELLY

Story Taling : Watanabe Yatufusa


ノーム族のなかでも、ひときわ原種に近いとされているノワイユの仲間たちは、みな一様に獣のような容姿をしています。
顔は人間に近いのですが、口はくちばしのように尖り、耳はピンと立ち、大きなお腹に短い手足がついています。手足はその家系によって様々ですが、たいてい木登りが得意そうな長い爪を持っています。
その上体表は、五月の草原のように青々としているので、地域によっては失礼にも「トカゲの化け物」と呼ぶ地方まであります。
ノワイユの仲間たちは、他のノーム族の例に漏れず、みな勤勉で、沢山の知識を持っています。
平和を好み、種族間の抗争もこの百年のうちで数えるほどしかありません。
その理由だって、村の中で誰が一番背が高いかというほどのものですから、この地上で一番呑気な種族であると言っても過言ではありません。

そんなノワイユの“おっきなお腹”家の、ひとりっ子のノアムは、生まれつきとてもするどい爪の持ち主でした。
するどい上に、まるでタワシのように四方八方あちこちに伸びているので、触れるものすべてに傷をつけてしまうほどです。
そこでノアムのお母さんは、代々伝わるニレのツタ編みでノアムに赤い手袋を作ってくれました。その赤い手袋さえあれば、何の問題もありません。

しかし1年前のとても寒い冬にノアムのお母さんが死んでしまってからは、ノアムの爪はのび放題。あっと言う間にお母さんの作ってくれた手袋は破けてしまいました。
ノアムは、それを繕うにも、爪のせいで針一本持てません。なにしろ彼の鋭い爪にかかっては風船はおろか、コップを掴むことすらできないのですから。
顔を洗うためには、顔を傷だらけにすることを覚悟しなければなりませんし、食事をとるためには(両手が使えないので)、お皿に顔をつっこんで食べなくてはならず、ぼろぼろとこぼしながら食べることしか出来ません。
もちろん本を読むことも、勉強することも、働くこともできません。
しかしそんな彼の様子を、ノワイユの村では「不可抗力だからやむを得ない」という者もおりませんでした。
なぜなら、彼を認め、特別扱いしてしまうと、他の仲間たちもなにがしかの理由をつけて仕事や勉強の怠けぐせをつけてしまうからです。
ノーム族の名称は「学ぶ、理解する」を意味する“ギグノスコ”というギリシア語に由来し、その特徴は、宇宙の森羅万象について鋭い洞察力を持っていることと言われる通り、その洞察力・思考力は社会秩序においても発揮され、つまり一人の特例を出してしまってそこから社会全体への波及を恐れるよりは、その存在をあらかじめ否定してしまった方が得策であると考えたのです。
だから、ノアムは誰からも相手にしてもらえず、いつもひとりぼっちで過ごしておりました。
さしものノーム族も、その為に起こりうる悲劇まで予見することはできなかったのです。

ある日のことです。
そんなノアムを哀れに思ったノーム族のバルモンの医学博士が、ノアムをオフィスに呼び出しました。
バルモンの医学博士は、へんな匂いのするパイプをくゆらせながら
ノアムのひとりぼっちの解決策として、
「自分が求めているものの正体を突き止めることが一番の解決策だ」と言いました。
もちろん言われる迄もなく、ひとりぼっちの原因は、この手の爪にあります。みんなと同じような爪を求めることがかなわないなら、せめて穴の空いていない手袋を求めたい、とノアムは言いました。
しかしバルモンの医学博士は、まるでシェクスピア劇の役者がやるように大袈裟な見栄を切って、それは大きな間違いだと言い返しました。
「君が求めているものはそんなものじゃあない。それはただのキッカケにしか過ぎない。もっと本質的なものにスポットを当てなければ、根本的な解決には至らない」
と、それから一時間もの講議をはじめました。
しかし勉強はおろか、本すら読んでいないノアムにとって、専門用語まじりの講議はぜんぜん理解できません。
適当に話を流して聞いていると、「つまり」と本日三度目の「つまり」が飛び出しました。そろそろ結論に達したようです。
「つまり、君にとって必要なのは、シンパシー。つまり仲間なのだよ。私はそう論理的帰結をみた」
途中経過はさておき、仲間が必要だ、というのは同感です。ノアムは、バルモンの医学博士よろしく大きく頷きました。

しかしノアムに仲間を作るべきだは云え、忌わしい彼の爪のせいで、今さらながら彼の友達になろうという奇特な者はおりません。同じ部族でさえそうなのだから、到底他の部族にいるとは思えません。
バルモンの医学博士は、しばし考え、部屋を行ったり来たりしたかと思うと、不意に分厚い電話帳を取り出して、何件かの電話番号を拾い上げると、即座に電話をかけました。
「友達がいないのならば、作り上げればいい。それが私の論理的帰結だ」
そう云うと、今度はノアムを隣のビルへと誘い、研究開発途中であるという機械を見せました。それはノアムの二倍ほどの大きな箱で、上部からは赤や黄色のコードが無数に飛び出しています。いくつものメーターが、いろいろな数字をカウントしていますが、それがどんな意味を持っているのかは判りません。
「さぁこの中に入るがいい。そうすれば君の孤独はこの世から消滅する」
そんなコトを云われて、訳の判らない機械に入っていく者などおりません。
なんとか理由をつけて、逃げ出そうとしたものの、とうとう捕まって、
哀れノアムは、そのへんてこな機械の中に放り込まれてしまいました。
凄まじい光のラッシュ。ノアムの全身を、何本もの光が駆け抜けていきます。
もの凄い機械音とともに、バルモンの医学博士の高笑いが聞こえてきます。
ななんだかいいように実験材料にされているのか知らん…と懐疑の念が過ります。
また、果たしてこんな目にあってまで、自分は仲間が欲しいのだろうか…と、思ったりもしてしまいます。

数分後。光に目をやられたノアムが、目をしばたたかせて周囲を見ると、なんとそこには100匹ものノワイユがいるではありませんか。
しかも皆、“おっきなお腹”家の特徴。そして同じようにたわしのようにあちこちに伸びた爪をもっています。
みんなノアムです。
「このコピー製造機さえあれば大丈夫。今日は専用のインクが切れてしまったが、補充をすればまだまだ無限に増やせるぞ。これぞ私の…」
論理的帰結である、と得意満面に浮かべて言いました。

こうしてノアムは100匹もの仲間ができました。もう彼は、自分をひとりぼっちだとは思いません。
朝起きても、朝食をとっている時だって、彼はひとりではありません。日なたぼっこをしていても、何をしていても、隣には100匹もの仲間がいます。そりゃあ部屋が狭くなったり、10日分の食料があっという間に無くなってしまいますが、それでも彼はしあわせでした。
しあわせ?
果たしてそうだったのでしょうか?

確かに彼には100匹もの仲間がいます。
いままでとは違って道端の草花の話をしたり、夜空を見ながら世界の果ての話をしたりもできます。しかし、ノアムをはじめとした100匹の仲間は皆同じ悩みを抱えています。これは全然解決されていません。
確かにいままでひとりぼっちだったノアムの喜びは100倍にもなりました。しかし同時にノアムの悩みも100倍となり、ノアムの憂鬱をより深いものとしてしまいました。
その悩みは深く重く、ノアムの肩から頭すらのしかかり、たちまちノアムの家は深い哀しみの海へと沈んでしまいました。

その哀しみがそれはそれは大きな雲となってノアムの家からはみ出ると、
ノワイユの村をすっぽりと被い尽くすようにの空一面に広がっていきました。
途端にノワイユの村は薄暗く沈み、まるで明け切れぬ夜のような日々が続きました。
草花は元気を失い、陽気が取り柄のノワイユの仲間たちの顔から笑顔が消えました。
その上、雲は、まるでノアムと100匹の仲間の涙が溢れるよう大雨を降らしはじめました。
途端にノワイユの村は大洪水。
日溜まりの村と呼ばれていたノワイユの村には傘一本すらないので、あっと言う間にありとあらゆるものが押し流されてしまいました。
あまりの大惨事に、ノアムも100匹の仲間たちも、どうすることもできません。

しかしノアムは勇気を振り絞って、村一番の大木の上に登り、その大きな雲の一端を爪でつつきました。
すると、プヨッと音がして、少しだけ雲が動きました。
「これだ」とばかりに、ノアムは100人の仲間たちに10人10組の肩車をさせて、雲の一端を爪でつつきながら、西へ西へと向うよう言いつけました。
西の国ならばあたりは一面砂漠なので、どんなに大きな雨雲がやってきても、問題はありません。
ツンとつついてプヨッ。ツンとつついてプヨッ。
少しずつ、少しずつ、雲は西へと移動していきます。
同時に東の方からあたたかな日射しがこぼれてきました。
大成功です。ノアムは、このノワイユの村を救うことが出来たのです。

…村を救うことはできたのですが、その根本的な原因は、ノアムが引き起こた事に代わりはありません。
ノアムは、今回の大洪水の責任をとって、一ヶ月間牢屋に入れられることになってしまいました。

けれども、彼はもう哀しくはありません。
遠い西の国では、ノアムの100匹の仲間たちが、砂漠に雨雲を連れてきた勇士たちと称えられ、ノアムたちの村をつくることが認められたのです。
勿論生活しやすいように100もの手袋も保証してくれることが決まりました。
「どうだ?わしの論理的帰結は?」
隣の牢からバルモンの医学博士の声が聞こえてきます。
彼こそ元凶であるとも思えましたが、なるほど彼のおかげであると言える部分も多少はあるので、ノアムはたまに話し相手になったりもしています。
ほとんどは話を聞き流している状態ではありますが。

ノアムは、ここを出てから、西の国・ノアムの村へ行こうと、ひとり思います。
そこでもっともっといろんな話をしよう。
手袋の手で美味しいお茶を入れてもらおう。
牢屋の中は陽も当たらずに少し寒いくらいでしたが、それでもノアムは暖かい気持ちでいっぱいでした。

2006年2月2日


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