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畑をうつ。大きな畝をつくる。 生えている草を取る。小さな根もできるだけ取って、畝の脇に置く。 そうしてできたところに、大きく育ったズッキーニの苗を植える。 あ……石灰を少しまいて土壌バランスを整えるようにして。 しっかり育ってくれることを願う。 日中の日差しで、苗が少し弱ってきたいので、ジョロで水を与えると、夕方には元気になっていた。 強い。 そして夕方、風呂の水道が長年の使用で腐ってパッキンが外れた。 その影響で、水道のモーターの電気を抜いた。 それは、全部の水道が使えなくなるということ。 うちには水源がふたつあったが、その一つは、昨年枯れてしまったので、ない。 急遽、パッキンをホームセンターに行って買って取り換えようとした。 パッキンをネジで引っ付けようとすると、蛇口部分が腐っていて、うまくひっつかなかった。 蛇口ごとかえないといけない。 だかもうホームセンターは閉まる時間。 ということで、水道がない夜。 なんともなんとも。 水のありがたさを知る。
May 12, 2026
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今朝の夢は、なかなか面白い。 詳細は省くが、ポイントは、こう。 強く念じれば、瞬間移動もできる。 そりゃ、夢だから当たり前じゃろうと、思うかもしれない。 でも、夢を想いどうりに操るのも、なかなかできそうできない。だから悪夢にうなされる人だっている。 それで、この強く念じればというのは、すごいポイントだと思う。 ヒヤヒヤした世界から、安心の世界への移動。 その映像を強く描き続けてみたくなった。 さて、現実の世界は? ものすごい違和感を感じた。でも、その場におると慣れてくるもの。 この慣れは、いいものなのか? 引きずり戻されているのか? すこし判断に迷う。 だけど、どうしてか、気分は以前より数段いい。 なんなんだろう。 自分を低くすることに喜びを感じているところはある。入って来るものを逃さずに自分を通貨させる。 なんにもかわっていないようで、密かな変化が起きているのかもしれない。 そうだ。夢のように強く念じればいい。 挑戦だ!
May 11, 2026
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田植えのあいま、山菜の出荷に行った。 今日は、イベントを行っていて、すごい人。 見たこともないような人。町の人口より多いくらいの人が集まっているんじゃないかと思うほど。 そんな感じなので、ちょっとだけ、山菜も高くさしてもらいました。 その山菜。 もう、ワラビも終わりに近い。 ウドは、最盛期に入る気配。だけど、ウドってそこまで人気ない。あまり売れない。 もっと欲しいい人がおるモノかと思ったけども。 タケノコも、もう少し出るだろう。 タケノコは、けっこう売れた。あとは、竹の管理のために、残していくものを含めて管理を考えないといけないね。 山の幸に感謝。 ありがとう。
May 10, 2026
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朝、山から下りていくとき、6時の朝日を真正面からうける。 それが、強烈。 その強烈な朝日と、いま習い始めたインドの叡智が重なった。 眉間に光をイメージし、その光が頭の中心に移動するということをイメージしながら瞑想するというものなんだけど、それがリアルに体験できる感覚になった。 そして、そこからイメージが他のイメージと重なった。 数年前の自己観察で、自分はひとりで宇宙にいるというのを感じていた。ちょっと寂しかったりした。本当はそんなことないんだと思っても……思ってご先祖さまが、周囲を固め採られるとか、思ったけどリアル感が持てなかった(ご先祖、すいません)。 そのイメージが降りてきて、そうだ、この光を僕の宇宙に届けようと思った。 つまり、自分のみ腱から脳の中心に映った光は、その脳の中心一点から、僕の宇宙にあまねく広がるというイメージ。そうしたら、僕の背後がゴールドになっていくイメージが出てきた。 これはすげぇぞ。 それと同時に、お腹の感覚も気になった。 ちょっと前まで、お腹の丹田あたりには、泉があったんだけど、いま、どうしてだったかわすれたけど、ぶっ飛んだ。ぶっ飛んで、大きな大きな穴があいていた。宇宙とつながる穴だ。 その穴の事が気になりだした。 穴をふさぐわけではないけど、下腹を前に突き出すようにしたら、すごく気持ちいいことに気づいた。 どうしてかと自分のカラダを再確認すると、下腹を出すと横隔膜が下がる。それがいい感じなんだ。 ちょっと前に、杉本レンドウ先生が、人は丹田丹田いうけど、本当は横隔膜だ! と、言っておられたけど、その意味が分かった。 結果、光を感じながらゴールドで、下腹を突き出して横隔膜を下げていると、もの凄くいい。 そういうこと。 さてはて。これがどう成長するのか? 自分が愉しみになってきた。 ありがとうございます。
May 9, 2026
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つかみに行くという思考と、迎え入れるという思考。 働いているのは、つかみに行くというものだろうか。 だけど、どうも、自分に合わない。 ご縁を大切にして、決めていくというのがいい気がする。 ただし、ロジカルも必要なのは必要だ。 あいまいなあいまいな中で、いろんなものを決めていく。 その中で、筋を通すためには、ロジカルなものとか、譲れないものが必要となるのではないか。 だけど、それ一辺倒もどうか。 という感覚。 迎え入れたもの、というか、向こうから来たものを、大切に吟味する。 情というものがある。 ビジネスには、情は必要ないとも思う。しかし、そうはいってもと思う。 どこにバランスするかというか。 人間がやること、たいして違いはない。 たいして違いはないが、現場では大きな違いを産む。 やり方で人は変わる。 どんだけ変化できるものを内包し、どんだけ変化できないものを内包しているかという矛盾。 大した違いはないけど、ミクロのようなビジネスの世界では大きな違いを産む。 しかし、億の人がいるように、やり方も億の数あるのだろう。 億の人、億の数の中でなにを選ぶか。 ニッチを選ぶとしても、やり方は、なるべく多くの人を迎え入れるのがいい。 人もビジネスも同じか。 選択する形というか道は、表面的なもの、目に見ええるビジネスモデルのようなものと、その内面をマネジメントしている見えにくものの二つがあるのか。 その見えにくいものは、多くの人を迎え入れられるものが、いいのか。 いや、尖っていこうとすると、人を育てないといけない。 とすると、目に見えないものは、それこそ人を育てる道だとすると、奥深いモノでないといけない。 深淵に。
May 8, 2026
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朝あ、突っ掛けで歩いていて、ネジクギを踏み抜きかけた。 ちょうど、突っ掛けの裏でするような形になり、尖った先が真上を向いたんだろう。 踏み抜きかけたというのは、スンでのところで反射し、足に全体重を乗せんように身体を崩して助かった。 もう少し言うと、足裏に痛みを感じ、それを避けるために膝を抜くような感じで逃げたと言ったところ。 これ、足裏の感覚が鋭くないとできない。 これ、ここんと、ハダシで少し外を歩くようにしているんだけど、その成果といっていい。 ハダシで歩くと、足裏からの情報量がすごい。 それを全部、脳は処理しない。 足裏が処理している。 だから、今回もできた。 次もできるとは限らないけど。 五感を上げるうえでも、ハダシはいい気がする。 さっきも書いたように、すごい足裏に刺激がある。 砂利のところは、砂利の刺激。 そこから、草の生えた土に移ると、土の弾力と、草の露で足裏が濡れる。 ハダシは、歩き方も違う。やっぱり気を使うから。 踵着地なんてできない。忍び足のような恰好になる。上体を浮かすような浮き身のような感じでもあるかな。 ちょっと、めんどくさい時もあるけど、やっぱり、やっていていいんじゃないかな。 母親が踏み抜かんでよかったと思う。 感謝。
May 7, 2026
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野生が……自然界の勢いが凄まじい。 暦では、立夏をすぎたから、もう真っ盛り状態へ突入だ。 その中で、新たなバランスを見つけないといけないのだが、どうもおかしいぞ。 バランスが崩れかけているのがわかる。 でも、根本的には、波になればいいわけで、バランスを取ろうとしているということは、波じゃなく塊があるということ。 まぁしゃあないですね。 そうして、僕の場合は、欲が出てくる。それが寂しさだったり、過去だったり、いろいろと連れてきてくれる。 今日習ったのだと、それを否定してはダメだと。 確かにそうだ。 抱きしめてあげて そう言われた。 確かにそうだ。 まだ塊があって、バランスをとる必要がある僕。 そのおかげで、いろいろな感情を経験できている。 過不足なく、ありがとう。 まわりには、いろいろなつながりがあるよ。 過去にも感謝を向けよう。 可能性もある。 やりたい子も、できている。 自然界の勢いを感じよう。 しっかりと、感じよう。 ここにいること、感じる。 しっかりと進む。
May 6, 2026
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ワラビをとることを、「ワラビをこぐ」という。 「こぐ」というのが、とることなのだが、なんとなく音感的にも、「こぐ」はまさに納得できる。 そのこぐをしている時のこと。 スッと触れるだけで、簡単にこげる時と、そうならない場合がある。 その違いはなにか? 詳細は僕にもわからないが、僕が思うには、ポイントがある。 少し話はずれるが、今年習ったことの一つに、例えば椅子に座る場合、椅子が心地よいと感じるように座ることが、大切だと習った。 ちょっと意味不明かも知れないけど、感覚的にはわかる。 その座り方、座るポイントだと、お互い(椅子も僕も)疲れないばかりか、エネルギーが充電されるような座り方ということ。 それを目指せということなのだけど、これは椅子だけにとどまらず、すべての関係に当てはまる。 お箸だってそうだし、コップだってそう。 ということで、ワラビも気持ちよく採れるポイントあるということ。そこをピシッと毎回当てることができるようになると、いいな。そう思いながら、こいだ。 まぁ5~6割というところか。……これって高いようにも思うけど、ワラビのポイントは広いのかもしれないから……。 そうやって、朝の5時から山の入り口でワラビを採った。いやこいだ。 山の上では、鹿だろうか。鳴いていた。 ここは、共生の場だと、感じさせてもらえる瞬間。 人間だけじゃないと。
May 5, 2026
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山に戻る道。 少し入ったあたりで、霧が出ていた。 山に沿って伸びている。 山に上がっていくと、その霧の中へ。 そんなに濃い霧ではない。 そして、霧を抜けた。 その霧が、龍のように伸びていた。夕日も残っており、美しい。美しい。 止まる所があれば、見ていたかったけど、路肩に富めるのもどうかと。 山の道なので、クルマはめったに来ないだろうけど。遠慮してしまった。 こういうところが、まだまだなんだ。 やりたい事、思ったことが、できていない。 人さまの目線とかを気にしてしまう。 それともう一つ。 クルマを止める事自体に抵抗もある。 それは、流れに乗っているのに、降りるようなことができないということ。 流れに乗っているというのは、いいことだけど、そこに固定されてしまうのは、どうだろう。 まだまだ心を自由にできていない。 もっと緩もう。できるぞ。
May 4, 2026
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モミジの若木が道の両サイドにあり、歩道を覆いつくしてのびている。 若いモミジのミドリが、とても美しい空間 そうすごく美しい日本の芽吹きの時期を無事経過したことを象徴するような風景なんだけど、僕の心の奥底に、すこしだけ、怖さが芽生えていることに気づいた。 これはなんだろう? 変な空間? いや違う。 自然が怖いのだ。単純に。 それと、もう一つ、制御できなくなるかもっていう感覚もある。 たぶん、ここにある。 自己結合できていない部分。 でも、まだわからない。 だから、もう少しその道を通って感じてみたい。 自分のチカラを信じられてないのかもしれない。 自分の可能性とかを。 自分を低く見ている。 これもある。 そして能力を出せていない。ブレーキをかけているようなものだから。 恐怖などの感覚を外していく それが一番なのか。 それはそうずっと思っているけど、どうしても外れないのじゃないか。 だから、恐怖は進め! ってサインじゃとか考えてみた。それで少しは成果あったけど、根本的にはなにも変わっていないのか。 怖さを普通にするために、怪談みたいなのも聞きだしているけど、なんか逆にはまってしまって、本来の目的を忘却している感じで、ただ、おぉ! となっているだけだった。 でも、以前と違うのは、いま怖がっているって自己認識がある点。 落ち着かせることはできている。 この体験をとおしてのみ得られる何かがあるはずだ。 僕が選んだ道。 楽園への道だもの 自分を信じる。 ありがとう。
May 3, 2026
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田んぼの畔のところから、水が漏っていた。補修するために、約20mにわたって深さ1mの穴を掘ってプラスチック製の板を埋設した。 これで、水漏れは止まるじゃろうと、思っていた。 じゃがしかしだ。 いまでも、普通に水が漏っている。 どういうことじゃ ということじゃ。 だけど、高い所から低い所へ行くのが、水の性質。止まらなかったということ。 田んぼを掘っていて、わかったけど、その水が漏っているあたりは、かなり盛り土をしている。 正確に言うと、約40年前に圃場整備をしているが、その際、1m近く盛り土をしているようだ。 だから、1mくらい掘った時、昔の石組みが出てきた。 ということから想像すると、昔の水路がそのあたりを通っているんだと思う。 そして、そこから水が出ている。 ということは、田んぼとは関係ない水なのかもしれない。 ここで問題。 その漏れた水の処理がまた困っている。 普通の田んぼなら、まぁあんまり問題にならない……秋の田んぼを乾かす時は、問題かもしれないが。 そこは畑。 そこに簡易水路を掘っているが、これがまた傾斜がゆるくて、水がたまりがちで、その影響で畑自体が水を含んでしまうという問題を抱えている。 ここを、どうしたらいいかが、今の問題。 こうやって、書いてみて、少し問題が整理できた。 感謝。
May 2, 2026
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思考が、全体感を伴っていない。どうしてだろう。 常に、どこかが欠けている感覚。 これまで、全体感を感じ取ることは、だいたいできていたと思う。 それが、一昨年くらいからだろうか? なんかできていない。 特に今、目先の事にとらわれ過ぎていて、判断を下すための何かが、整理できていない。 これが実力といえば、そうだが、どうしてだと思ってしまう。 (でも、実力というのは、調子が悪い時の時が真の実力だと聞いたことがある事実……) なんか変に安心している自分がいるのかな。それが本気じゃないと言われれば、そうだと思う。 全部本気! というフレーズで生きているのに、それはどうしたこと? って感じ。 そこで、もう一歩、自己分析してみた。 たぶん、スマートにやろうとしている。泥臭くないやつ。 それは、自分を安全地帯に置いておこうという感覚。 これだ。 ある方にも、真剣じゃないと言われたことがあるが、同根だ。 本当に仕事にコミットしていないんだ。 いや、これは人生先般に言える事だろう。 自分のことなのに、どこか行動しようとすると、恥ずかしかったりしている。 もっともっと俯瞰も必要だとけど、集中すること。まわりが見えなくなるくらい。 それは僕の場合、「何のために」 というのが、いる。 理屈っぽい人間だから。 だからこそ、だ。 調和のとれた世界を創る 調和のとれた幸せな時空間を迎え入れる 調和のとれた楽園がここにある
April 30, 2026
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パパイヤの苗がほしいと思って、コメリへ。 パパイヤはなかった。 けども……ホワイトカリフラワーの6個苗が破格の100円で売っていた。 見切り品だ。 少し苗もちじけたようになっている。 だけど、こういう苗は強い、はずだ。 ということで、2ケースいただいた。 そのほか、ゴーヤ(白と青)、ナスなども頂いた。 着々と、夏野菜がそろってきている。 家に帰ると、母親の指示で、河原にフキを採りに行く。 大きく育っていた。去年、こんなだったっけ? って感じ。関東フキというやつだそうだ。 そして、田んぼも見ると、水が当たってなかった田も、やっと前面に水が当たってきた。 その田んぼに水が入るのを、邪魔? していたセリたちがいた。その邪魔していたセリを取って、食う。 なかなかシャキシャキして旨い。 なんか、田んぼに入る水をよくするために、抜いたセリを食べてしまうのって、一石二鳥みたいで、なんかいいというか、ありがたいというか、邪魔なものはないというか、そういう感じ。 ここで落ち着いて、夏野菜をしっかり育てるために、適当なことをしないように、自分自身を見張って楽しもう。 そう記すのも、これまでの自分は、なんとなくでやり始めて、制御できなくなって、適当なことをして、中途半端で終わることが多い。 去年であれば、トマト。苗を育てたけど、圃場に植えたら、そのままでほとんど枯れた。絶対にうまくそだてるという気が少なかった気がする。 ちゃんと、いこうね。 地球に感謝。
April 29, 2026
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見たくないものを見ないようにする 薄々そのことを意識して、嫌なものも見るようにしていた。そうつとめているから大丈夫。 なんて、思っていたのだろうか? 今年、どうにもうまくいかない田んぼがある。 水が漏れる、トラクターが埋まる、水が全体に届かない。 この、一つの田んぼでこんなこと起こる? という複数事象が起こった田んぼがある。 どうも、僕はそこを避けていた。 普通に対応しているつもりだったけど、無意識的に避けていた。 どうして水が当たらないのか? どうして水が漏れるのか? どうして埋まるのか? 全部避けていた。すくなくとも、嫌だと思っていた。 自然になおってくれとおもっていた。 なんか対応しないといけないのに、せずに。 人生は、先だしじゃんけんであり、かつ、僕らは、先人の先だしじゃんけんの上に生きている。 先人の先だしじゃんけんのおかげで、安泰を築けている。 そのことをもっと意識しないと。 そして、その先だしは、永遠には続かない。ということも。 世界にはたらきかけないといけない。 僕は僕で。 先人の先だしじゃんけんの続きをしないといけない。 出し続けるのだ。 それは愛。
April 28, 2026
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朝5時すぎ。 いつものように、竹やぶのはしにある墓に向かう。 そこで手を合わせるのが日課。 少し坂になっているので、下を向いて登っていくと、カサコソと音がする。 その方向……右斜め上を見上げると、茶色い丸い生き物が土の中の何かをあさっている。 一生懸命やっているのだろう。 僕が後方から近づいてきているのに、まったく気づいていない。 どうしようか? 少し迷った。 このまま近づいてもよかったけど、それなんだかとおもったのか? 「ぁあー」 と、声をだした。 一瞬、なにも起こらなかった。それだけ集中していたんだろう。 すごい集中力。そして、警戒心のなさ。 ややあって、振り返り、僕を認識した丸い茶色いものは、弾丸のように僕とは別の方に駆け下りていった。 丸々と太ったタヌキだ。 あんなに真ん丸なんだと思うくらいに真ん丸タヌキ。 どうりで、道にあちこちに小さな穴のようなものが開いているのが気になっていたが、彼(彼女)の仕業なのか。 朝めしの邪魔をして悪かったけど、僕も日課をしないといけないから。 そして僕のなかには、野生との仕切りがある。 確実にある。 同じ生き物として同党に扱うというレベルに自分がないことが、はっきりと分かった。 はてさて。 生き物とどう向き合うべきか。 そうだ。天井裏にも一匹おるんだった。 これも何とかしないといけん。 いろいろ、やることが多い。
April 27, 2026
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なんちゅうことじゃ そう嘆きたくなる。 一つは、田んぼの水漏れ対策としてなみ板を深さ1mくらいで20mくらい埋め込んだのだけど、そのなみ板の継ぎ目の部分から大量に水漏れする。 少しビニール服をを埋め込んで穴を塞ごうと思ったけど、まったく効果なし。 続けるしかないか。 そしてもう一つは、その同じ田んぼで、水の入り口部分が、じゅるじゅるにゆるくて、トラクターがはまること。 なんちゅうことでしょう。 同じ田んぼで…… どうしていいのかわからんなぁ。 とりあえず、そのはまる部分を避けて、農作業をしようと思う。 水漏れは、根気よくビニールを埋めていくしかないな。 こう見ると、田んぼというのは、適当に作られているようで、繊細なんじゃと思える。 作業には、細心の注意が必要だ。 こういう試練を頂いている。 人生が、先だしじゃんけんだとすると。 出せということだ。 というか、これまで、無条件でもらってきていた。 ご先祖が作り上げてきた田んぼで、普通にできてきた。 先にもらっていたモノを、お返ししていくことになるのかもしれない。 しっかしがんばろ そして、その繊細かつ精妙な田んぼシステムに気づくは、壊れた時。という悲しさ。 当たり前を教授していたら気づけない。 人は、力を入れる場所は限られている。 いま、多方面化しすぎていて、力が抜けてきている部分がある気がする。 田んぼと同じように・…… 何かが起きてもおかしくない気もする。 そうか、それは先人の方々の先だしじゃんけん効果が、薄らいできたということか。 またまた、出していかなけら意見ということだ。 あぐらをかいていてはいけませんね。
April 26, 2026
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トマトの苗が、すこししんどそうだ。 暑かったからか。 水はあるようだけど、どうしたんだろう。 ここまで順調だったけど、昨日まで順調に見えたけど。 がんばってほしい。 観察するしかない。 観察するしかない。 よく見て、考えよう。 考えて、試してみよう。 感覚も大事だけど、考えることも大事。 想像することは、もっと大事かもしれない。 それって、エネルギーを送ることで、祈りに近いメッセージになる気もする。 トマトのことを考えよう。 そこから、世界につながっていく思考。そうありたい。 世界をよくするためにも、自分が観察し、考え、感覚を大切にし、素晴らしい未来を想像し期待していく。それが世界をよくしていくんじゃないかな。
April 25, 2026
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春うらら。畑に来て観ておもう。 トウモロコシのタネを蒔いたところに、ブロッコリーの苗を植えてしまったと。 あるカラスの種族は、冬の間の食べ物を、秋のうちに隠しておくそうだ。その数は数千か所におよぶとか。そのすべてを、完ぺきに覚えているらしい。 そんな優秀な野生生物がいる傍ら。 僕は、数日前にタネを蒔いたことすら覚えられておらず、ブロッコリーを植えてしまう。 なんちゅうこっちゃ。 真剣さが足りないのか? いや。思考が散漫なんだ。 いろんなことを考えている。 成功していると言われる人ほど、ひとつの事に集中しているのじゃなかろうか。 今年の目標は、全部真剣に! なんだけど。 早くも暗雲だ。 だけども、だけども。 その散漫さのなかでこそ、高めていける何かもあるはずだ。 なにかに収れんしていくことになるかもしれない。 すすもう、進もう。
April 24, 2026
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夕方の閉店前の道の駅の直売所へ行ってみた。 すごい量のワラビが並んでいる。 一面が、茶色だ。 そこに、僕も、ワラビを持ってきた。 やれやれ。 ワラビの季節、真っ盛りだ。 タケノコも生えてきている。 去年と比べても早い。 GW前に出るなんて…… ウドも、出てきている。 感覚的にだが、山の季節が早くなっている気がする。 平地に近くなっている感覚。 その差が、どんどん狭まっている。 そのスピードたるや…… システム思考で考えると、何が起きているのだろうか? 長期スパンで見ると、地球は氷河期にいつ入ってもいいらしい時期だとか。 地震も増えている。 火山活動も活発だ。 地球が変化を望んでいるのか。 そうだ。 どんな変化が起こるのか? 受け入れる覚悟も必要なのかもしれない。
April 23, 2026
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自分は、どの道を通っているのだろうか? 生きている実感? ある。 だけど、彷徨っている。 目の前のことが、わかっていない。 学習しているのは、事実だけど、成果は先の先の先ように感じる。 だから、成果を求めていない。 ただやる。 そのことが、少し嬉しくもある。 方向感がわからない時。 それでも、生きていかねばならない。 それは、どっちに行ったがいいのか、わからないなかで、とりあえず、右に行こうとか、決定しているということ。 決定しているのは、だいたい昨日の続きの方向へだけど。 その決定しているってことを、意識してみたい。 昨日までの流れに乗っているということを。 その中枯れの中で、いい気分でいること。 不安も生まれるかも知れないけれど、それは方向感がわからないから仕方がない。 決めたのは、自分だと。 生きていくぞ。
April 22, 2026
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すごい勢いで、双葉が出てきてくれた。 それは、去年家で育ったズッキーニとカボチャ。 両方ごちゃまぜで、タネを蒔いたから、どっちがどっちがわからない。 似たようなものだ。 似たようなものの……人間って似たようなもののような気がする。 でも、本当は違うのか。 いろんな魂が、人間になっているのかもしれない。 ただ、本当は、というか成長していくと、ズッキーニとカボチャのように変化していくのかも。 いろんな種がごちゃまぜに入っている。 と、いっても、生き物ではあるし、共通点がある。 それぞれが、それぞれなのか。 みんな成長しているのか。 うちの双葉。もう少ししたら、違いが判るかもしれない。 そしてそして、自分でタネをとったものが、また芽をだしてくれるというのは、それはそれは嬉しいことだ。 ちょっと、雑に扱ってしまったけど、出てきてくれて嬉しい。 ほんとうにありりがトウ。 そう。 僕の弱点は、このちょっといい加減に、雑に扱うところ。 なんでだろう。少し複雑になったり、結果が先のことって、雑になる。 そこに向き合っていかなければね。 こうやって、結果が返ってきてくれると、いい。 わかる。 だけど人生は、先だしじゃんけん。 結果がわからないけど、きっと帰ってくると、未来に贈与するのが、人生だ。 そうだ、未来の僕に贈与する。 たとえ、それは、僕が受け取ることができなくても、別の誰かが受け取ることができるし。
April 21, 2026
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方向感がないとき、こういう時は、ほんとうはじっとしていないといけない。 あるいは、流れを作る。流れをさがす。 だが無理にのかっては問題を起こす。 しっかり、周囲を見極めてすすまないと。 だけど、もう一つ。 そのことがわかるのは、エントリーし続けた結果でもある。 コツコツ。 ベースとなる何かがあり、スパイスのように流れや方向感があるのかもしれない。 全ては地球での出来事だから、根っこをたどれば、同じだ。 なんでもかんでも。 いくぞ。
April 20, 2026
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朝5時に起きると、ワラビの袋詰め。 6時から朝ごはん。本当は、ご飯の前に山にいきたかったけど。。 そして山へ。 コシアブラ、もう少しかなとと思いながらも、収穫。 タラの芽は、小さいな。 そんな感じで、山を歩き回っていた。 朝日が、山の上に現れていて、うすい雲の向こうから僕らを照らしていた。 その輪郭を見ることができる太陽が、やさしい。 やさしい絵画を見ている感じ。 眉間を意識て少しだけ瞑想。いい感じ。 それから、ワラビをとり、戻って袋詰め。 昼ごはん食べてから、トラクターで耕耘。いい感じ。いい感じ。 草刈もちょっとだけ。 なんか充実の一日。 夜9時から、セミナーがあったけど、とても無理だった。 8時頃から熟睡。 めぐみに感謝。
April 19, 2026
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家への帰り道、ちょっとなやんだけど、直売所に寄ってみた。 ほぼ、商品は売れていた。すご。 そして、明日の朝、ワラビを持ってきてほしいって、注文を受けた。 おぉ すごい。 さっそく、山へ行き、ワラビをごっそり採ってきた。 ワラビをとるとき、なんか小さな、ありがたさがこみあげてきた。 ありがたさを、「ありがとう」って意識に変えて、採った。 袋いっぱい。 ほんとうにありがたい。 そしてそして 直売所に寄らないと、この注文はなかった。 なんか、いい感じになってきているんじゃないか。 ありがたい。
April 18, 2026
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なんだかんだ。 なんだかんだ。 なんだかんだ。 周囲に押しつぶされている。でも、生きている。 でも、生きている。 そういう状況など、そういうものだ。 僕の外も、内も、みたされているから。 押しつぶされているのは、僕の余分なものだ。 本当の自分、確信をみいだすために、いまがある。
April 17, 2026
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山に行きました。 歩いていると、大量の豆つぶのようなウンチ。まだ、新しい。やっとるな。鹿か。 山に行くのは、山菜が目当て。 ウンチを超えて、行く。 こっちの山は、まだ早い。なんて思いながら、歩いていた、ずぽっとはまった。水の流れで小さな穴が開いていたようだ。片足がはまった。 スマホを持っていたが、なんとか無事だった。よかった。 その穴も超えていく。 小さな峠を越えて、そっちの山へ行ってみる。 どういうわけか、そっちの山は、少し成長が早いようだ。 その、そっちの山へいくとき、遠くで鳴き声がした。 一度、二度、三度。 ここで最近、YouTubeで見ている森井さんのお話が思い出された。 それは、動物どうしは、種が違っても鳴き声で意思疎通ができているらしいこと。それなのに人間は、他の動物のコトバがわからないと。 ま、鳥のコトバを解明しようとしている人もいるけども。。 それで結局、意思疎通ができればいいわけで、それは、できんことはないわけで。 そういう感覚で、その鳴き声を感じてみた。 そしたら、「おまえ、こっちに来るな」というイメージが感じられた。 なるほど。 警告してくれているんだ。 その声を後ろにして歩き出す。 もう鳴き声はなかった。 それが正解だったか、どうか、わからないけど、聴く態度が重要だろう。 山の恵みに感謝。
April 16, 2026
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どんな状態でも、気分よくいること。 これに尽きる。 尽きるけど、できていない。周囲に影響される。 そこから脱却する。そのためには、もっと周囲にリスペクトを持つこと。 自分のいる場所に、リスペクトをもって、愛情を持つこと。 ここから、リスタート。 毎時、リスタート。 すげぇと思うこと。 時空を大切にすること。 僕のやること、すべて自動と他動のはざまにある。動かされることに、ちょっと嫌な感覚を持っている自分がいる。動かされよう。 そのためにも、もっと感覚的な動きをしてみよう。自分を解放する感じ。 豊穣を信じよう。 豊穣から行動しよう。 そうだ。そのとおり。豊穣から行動してみます。 ウム。若干胸の中央上あたりに違和感あり。このあたりを緩めることがポイントかもしれないね。
April 15, 2026
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ついに、ワラビの季節だ。 山の手前の休耕田にいくと、ワラビが生えていた。 おぉこないだは見落としていたみたいだ。 よくみると、あっちにもこっちにも、ある。 まだ短いものが多いので、根本から折る。 かるく袋がいっぱいになるほど、収穫。ありがたや。 それを小綺麗にゴミをとって、袋に入れて出荷。全部で6袋。 夕方確認すると、全部、売れていた。ありがたい。 これから、気合入れて、出しに行くかな。 里では、うちの庭の花桃が咲いてきた。うちのは、よそのより、ワンテンポ遅いな。 いいこです。同時じゃないのが。 その隣の石楠花が、まったく動いていないのが、ちょっと心配だ。 もうサツキとかが、咲き出そうとしているのに。 今年の春の花は、以前にもまして、せっかちに感じる。はやいものと遅いものが、同居している気もする。変な感じだ。
April 14, 2026
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稲のタネをまいて、一週間ほどたつ。 上にかけていたシートをとってみた。 いい感じに、芽が出ている。 シートでまっくらだったから、黄色をしているが、ところどころ、碧みがかってきている。 いい感じなんじゃないか。 まずは、発芽という大きな山を越えてくれた。よし。 次は、田植えまでの育苗管理だ。 しっかりと育苗できれば、田んぼに移植してからが違う。というか、苗箱で苗がしっかりそろってくれないと、田植えがうまくいかない。 これから、水を毎日かけて管理する。 しっかり育ってくれ。 さてはて、自分は? 悪い感じからは、脱出したかな。 でっかい恐怖が腹に穴をあけてくれた。(仮想空間です) その穴は、世界とつながっている感じで、光を胸に届けてくれるイメージを持っている。 中村天風師のいう絶対積極の境地に少し近づいた気がする
April 13, 2026
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山へ行きました。 山菜ないかなぁと思って。 ちょっとクマもおったらいけんので、鈴も付けて。 その鈴の音が、すごくいい。心地よく響いてくれる。 心地よくいるからだろうか? ふと足元みると、コゴミ、ゼンマイが見つかった。ほんの少しだけど。 タラの芽は、小ぶりなのを数個見つけた。 本命のコシアブラは、まだ早い。前回登ってきたときより、ほんの少しふくらみが大きくなった程度。 だいたい目星をつけてあるから、そんなにあっちこっち歩き回ることはないけども、あえて、すこしあっちこっち歩いてみた。 なんか、そうしたかったのかな。 そうしたから、1時間ちょっと山の中にいた。 こうやって暮らせたら、どんなに幸せじゃろうと思った。 宮沢賢治の山男の物語を思い出す。 贅沢はできないけども、幸せなんだろうな。 里は、桜が満開を過ぎたところ。 山に近い畑にブロッコリーの苗を植えていたら、風がきて桜の花びらが、舞い落ちてきた。 一瞬、何が起こったのか? 僕は、どこにいるんだろう? とあたりを見渡してしまった。 この世のモノじゃない素晴らしい世界に迷い込んだ感覚……最高のプレゼントだった。
April 12, 2026
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大量の恐怖が来た。 腹がジンジンする。 胸まで上がることはないようだけど。久しぶりだ。 そして、この状態に「なつかしい」と感じている。なんちゅうこっちゃ。 人間とは、不思議。 こんな嫌な感覚でも、懐かしさを感じる。 だけども、そんななつかしさに浸っているわけにはいかん。 腹を浄化するように念ずる。 はらって祓って、はらっていく。 それでも、根深い恐怖は、どんどん出てくる。 すごいなぁと思う。こんなにため込んでいたんだ。 すまん。 これから、大切にしていく。 胸を輝かせて、風を通し、光を当てていく。 真の柱を立てていく。 そのために…… いろいろな所から、3回聞いたことは、メッセージだと聞いた。 今回は、2回というか3回、丁寧にと聞いた。 最初は、YouTube。それから会社。もう一回YouTube。 向き合うためにも、丁寧に生きていかないと。 あぁそうだ、ちょっと前には、食べる時、43回噛めと言われていたっけ。 やっぱり丁寧だ。 やっていく。
April 11, 2026
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ハダシで生活している人の動画をみた。 甲野先生の教えを忠実に実践しておられるよう。 鍼灸師という職業柄からも、実践できそうな雰囲気ある。 でも、実際は、いろいろあるだろう。 だが確実にカラダには良いそうだ。 それで思い出す。 10代の頃。 2条植えの田植え機で、田植えをしていた頃のこと。 2条植え田植え機は、田植え機の後ろ人が歩きながら操作する仕様。 それで僕は、裸足でやっていた。 田んぼのぬめりとした土。その下に石があったりした時の感触。 さらに田んぼだけじゃなくて、あぜとか農道もハダシで歩いた。 その時の、足裏の刺激…… いまでも、思い出す。 あれはいい と。 いま、唯一 ハダシになっているのは、朝、数分間のプチ瞑想みたいなことを外でしている時。 つっかけを脱いでハダシで立っている。 よく考えたら、そこコンクリートの上じゃった。苔むしているけど。 ハダシだと大地のエネルギーだかを受け取れるとかなんとか聞いて、ハダシにしたのに…… ということで、そのプチ瞑想の場所に行くまでの間、100歩くらいだけど、そこをこれからハダシにしてみよう。 さてどうなるやら。
April 10, 2026
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自分自身として、見聞きしていることを、詳細に感じ取り、「Q」を探していくのが、小説のネタになる らしい。 「Q」というのは、身の回りに起こった出来事に対して「ひょっとして、こうなのか?」とか 「なんで、こうなる? こうする? そういう?」といった疑問を持つこと。 疑問を解決しなくていい。というかしてはいけない。 疑問のまま、持ち続けていくこと。その疑問が小説のネタになるらしい。 それを限りなく詳細に微細に行っていくのが、小説家の日常だと。 翻って、僕。 ものすごくスコープが荒い。 これまで、荒いのは、いいと思っていた。なぜか。ポイントをつかめるから。 ポイントをつかむためには、大きくざっくりと、物事をつかむことが大切。 だけど、ここに来て、その荒いスコープだけじゃダメだと言われている感じだ。 もっと微細なスコープを持つこと。 そう思った時。 ここ最近、胸の中を微細に感じ取ることをやっている事とつながった。 胸の中を微細に感じ取ることができれば、世の中をもっと微細なスコープで感じ取れるかもしれないと。 なんかつながってる感が出てきた。 つながっている感が出て、課題があるなりに、嬉しさもあったのだけど、その後…… その胸の下。 腹のところ、たぶん丹田だとおもう。 そこに僕は小さな泉があって、そこから愛が沸き上がっていて、その愛がいろいろな外部からの出来事と合わさって、欲になったり恐怖になったりと、感情になっていると思っていた。 だから、そういう変な感情が出てくると、微細に分解して愛に戻そうとしていた。 胸の中を微細に感じ取るというのも、その一環として、感情が起こる前に胸を微細に感じ取れればいいじゃんということで、始めたのだった。 しかし、その腹の丹田にある愛の泉に、今朝、ぽっこり大きな黒い穴が開いた。 そこから、ぐわ~っと、恐怖感情が飛び出してきた。 2度ほど。 この愛の泉は、二番底になっているみたいだ。 今はまた、元の愛の泉になってくれているけども…… 僕は、まだまだたくさんの恐怖を、奥底に抱えているってことが、わかった。 人間として、まだまだ、課題があるってこと。
April 9, 2026
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里の朝が、美しすぎる。 あちこちの桜が満開で、ずっとみていたい。 でも、そういうわけにもいかないのだが。 野良をする人は、こういう世界の中で仕事をされているわけで、だとすると、仕事をしながら、そこにいれるわけだ。そして、そういう人の仕事が、この美しさを作っている、維持しているといえる。 やはり、向き不向きがあるのだろう。 経済の中で、バリバリにやれる人。そういうことが楽しい人。 それと、自然を相手にする人。ただし、農業の世界だって、マーケティングだとか、そういうものが入ってきている。農業で経済する人もいる。 でも、そうじゃない人もいる。というか、バランスか。ここも。 数十年前の昭和の時代。 そこは、兼業農業の時代と言ってもいいと思う。 外で働くことで経済をし、農業をやっていた。農業も今よりゆとりがあったから、うまくやれば金になったはずだ。そこから、農業にコスト削減の波が来る。 経済に追い立てられて、農業というものは、少なくなっていった。 そうした中で、農業を経済で立て直そうとする人たちを中心に、経済的農業がちらほらと表れている。 そうして、昔ながらの農業は危機に瀕している。 僕は、何がしたいのだろう。 経済じゃない農業? そうなのだろうか……経済が成り立つけども、個性があるもの。 個性があるというか、にじみ出るような個性がいいのかも。 そうか。 農業という生き方について、まだまだ、明瞭にビジョンが描けていないんだ。 でも、やりたい事について、エネルギーは見ている気がする。 自分を見つめよう。 カラダを観察しよう。
April 8, 2026
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朝、もしやと山に行ってみた。 いたるところにイノシシの跡。ぬた場にしている感じ。ちょっと困るけど、それだけここがイノシシにとっていい場所なんだと思えば、まぁよしとしてもいいかと思う。 しかし、イノシシが土を掘っているので、水の道がおかしくなっている感じ。ちょっとそれは困る。 さて、山へ行ったのは、山菜がどうか思ってのこと。 もう、里ではモミジの葉が開いてきていたので、可能性ありとみて行ってみた。 ひとり、山を歩く。芽が出てきているものもある。 目当てのコシアブラは、もうちょっとか。新芽が3㎝くらいになっていた。 あと少しかな。 タラの芽もあった。タラの芽ももう少しだ。 その帰り道。 山に近い畑に植えていたロマネスコを収穫。 長かった。去年の6月頃にタネを蒔いたものだ。ほぼ1年かかった。それも、たくさんあったけど、やっと1個収穫。1個でも収穫できたからよかったかな。 そのロマネスコを直売所に持って行くと、すぐさま買ってもらえた。 感謝します。 今日もいいひです。
April 7, 2026
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夕方、立っていて、どうにもバランスがおかしい。 ここ一年ほど、運動が少ないということもある。 そして、朝、竹を切ったりした作業が、地味にカラダの負担になっている感じ。 このアンバランス……居心地が悪かった。 それでも、徐々にカラダ自体が修正してくれていた。 だけど、ほんまに立ち方が悪い。 前重心になる。 後ろ重心にすると、モモの表面筋肉に力が入ってしまう。バランスをどうにかしないと。 去年もそれなりに農作業していたと思うのだけど……これまでと違うのは、一日の歩く量が減っていること、月に一回でも10キロ近く走っていたが、それがなくなった事。 このあたりが影響しているのかなと思う。 草刈りとかしているのに。 しっかり作業します。
April 6, 2026
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うららかな日がてらし、桜の花も一気に咲き進んだ。 外にいると、汗がにじんできそう。 今日は、種まき。 苗箱150枚ほどにタネをまく。 土をかぶせたものを、ハウスに並べていく。 苗箱が重たく感じるのは、水分を含んでいるからか。それとも、2年ぶりにやる仕事で、身体が覚えてないだけか。 苗箱をハウスに並べて、新聞をかけて、その上から2種類のシートをかけて終了。 あとは、お任せ。 次に、トマトとレタス。これらは、ポットに蒔いた。 それから、畑というか休耕していた田んぼを耕し、畝を作って、チンゲン菜とパクチーのタネを蒔いた。 そして、最後は、ズッキーニとカボチャのタネを取り出した。 これらも、もう少ししたら蒔こう。 いよいよだ。 しっかり、動いて、出荷したい。 大地で生きるために、努力なき努力をやりたい。 ここの大地の美しさに磨きをかけ、生み出される産物を提供して、生きていきたい。
April 5, 2026
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出雲平野の向こうの日本海に沈む夕日。 上空には、分厚い雲がかかっているのに、水平線のあたりだけ、雲がないようで、水平線に沈む陽がえもいわれぬ神々しさを放っていた。 やっぱり、美しい。 その反対側の山では、桜が咲いている。 山の上の方にも、桜があるのは、いい感じ。 そんな間に居れる幸せ。 それを身体に充満させるために僕は、身体の中が小さな粒子でできていると感じることにしている。 小さな粒子だと感じると、なんかいい。 大きな塊の感情……喜びでも、悲しみでも、不安でも……それらを小さく小さくして粒子にすると、愛になる。 そういう身体だと、ジワジワと中心部分が幸せな愛の状態でいることができる。 たぶん、この状態で常にいることが、いいのだるうと覆う。どんなストレス状態だとしても。 いま、それを徹底的に学んでいる。いや実践している。 これができれば、より愛の人になれる。近づける。 そのためにも、ここで挫折するわけにはいかん。 といって、悲壮感じゃない。楽しんで楽しんでいくために。 すすんでいきます。
April 4, 2026
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やっぱりというか、そりゃそうだというか、会社員には向いていない。 それは、わかっていたが、なぜかできると思っていた。 だけど、社会に片足をおいておかないと、生きていけない。 どのように片足を置くかが問題なのか。 いま、全力でおいている。 どのように置くか。 自分は、愉しめないと。その愉しみとは、何か? いま、自分のカラダを微細に感じることをしている。 これができれば、いいのじゃないか。 自分にできることは、少ない。 時間も少ない。 手放す方向に向かっている。 すすめ、すすめ。
April 3, 2026
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春はいい。 穏やかな風が流れ、鳥の美しい囀りが聞こえる。 家の裏にある、咲かずの桜が咲いていた。梅の隣にあり、同じ色だったので、梅かと思っていた。 今朝、改めて見て、桜が咲いとることに、小さな喜び。 この桜、ここに植えられて、もう10年いや20年近くになると思う。というか僕が植えたんじゃないか? その後、まったく咲かなかった。葉が茂るだけ。でも、強い木で、強剪定にも耐えてきた。 僕が初めて咲いているのを発見したのは、一昨年じゃないか。ピンクというよりは、肌色に近い花が数輪咲いていたのを思い出す。 それと比べると、今年は、しっかり咲いているし、色は梅と間違うほどの白さ。 花も変化するか。 知り合いは、今年の桜は、なんだか怖いと言ってきた。 僕は街の桜を見ていないので、何ともだけど……咲かずの桜が咲くということは、何かあるのかもしれない。そしてよく考えたら、咲くのが早い。平野部はもう咲いているが、まだ山のは咲いていない。 うちの町も標高の低いところで、やっとチラホラと咲き出したところ。だからウチのまわりでは桜はまったく咲いていない。そんな早い時期に咲くとは…… 今年は、平穏と思いきや、そんなことはなかった。 どうなるかな? いいことがあると期待しよう。
April 2, 2026
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不安を感じる。 それは、腹にあることが多い。 その不安から行動すると、よくない。 その不安をじっと見つめるようにすると、分解され愛になる。 そうすると、胸がざわめく。 その胸をしっかり感じていると、落ち着いて、棲んだ泉のような状態になる。 でもまだ、もう少し、何かがうごめいている。 整理する。 不安を分解すると、愛になると書いた。 でも、この愛は、本当の愛ではない。エゴであり愛の形をした欲だ。 その欲が消えていくと、静寂が訪れる。 でも、なにかまだ、不足感のようなものがあり、油断したら、エゴが出てきそう。 すべてを安心して委ねられていないということかもしれない。 だからだろうか? 自分は何なんだ? とかいう思考がある。 これは、過去を引きずっているからかもしれない。 僕は、農業に集中したい。やるべきことに、集中したい。 いままだ、なにもできていない。これから始まる。 期待したい。 そのためにも、自分をどの位置に置き、スタートしていくか、大切な時なのかもしれない。 (でも、本当は、もうはじまっているんだけどね) 自分を見つめていきたい。
April 1, 2026
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膝の調子が悪い母親を、病院に連れて行った。 その道すがら、桜が咲く山に癒される。 いま、咲いているから、ソメイヨシノだろう。だとすると、誰かが植えたということ。 山のところどころに、桜が咲いている風情は、何とも言えない。 そして病院。 なんか、なんか、過去に戻ったような感覚があった。 医者の方が話をしてくれるが、どうにも、話の流れが速すぎでどうにも腹落ちしない。 そんな状態が、態度にでてしまう。愛でいられていないということ。 それでも、話は進む。なんとなく現実に近づいていく。 その手助けをしてもらったのが、看護師さん。 丁寧に話をしつつ、話を聴いてくださった。患者ひとりにこんなに時間をかけていただけるとは。 そして、検査のためのコーディネートというか、他の病院でする検査の日にちの調整までやってもらえた。ほんとうにありがたい。 風が出てきて、雨となった。 雨の桜もいいものだろう。
March 31, 2026
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ありがたいことじゃ。 野菜が、育つ。そして、売ってもらえる。 売れなかったら、どうしよう? なんて心配している向きもある。 でも、勝負と一緒で、エントリーせんことには、なにも起きない。 動くべし。動くべし。 あかるいひかりのような心持ちで。 いきるためというより、いかすため。 こんだけ、育ってくれたので、それを表に出す。 商品としてではなく、できたものとして。 商品にしないようにしたい。 だから無規格がいい。でも、そろっている感じ。 この微妙な世界を進みたい。 風に乗る 風に乗る。 まだ風は来ていない。だけど、じゅんびするというか、乗れるようにしないとね。 風が来たとき、おびえないように。 ゆだねる力も必要。 だけど、そては自分の中にあるもの。そてを表に出していくのでいい。 素直になるのと、すべて同義。 空の風と雲を見て、土の大地を整えたい。
March 30, 2026
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すごくいい日より 野も山も、動きだすように緑が出ている。 ツクシを出荷したら、すぐ売れた。 もう少し、出してもよかったか…… 自分でも食べてないので、料理してみた。 ほろ苦いとあったが、まったく無味無臭状態だった。味付けが濃すぎたのかな。 作り方は、chatGPTが教えてくれた。 まず、ハカマを取る。 軽く湯がいて、10分間水にさらす。 それを炒めて卵とじにする。 ツクシの量が少ないので、玉ねぎを入れたのだが、それが味に影響したのかもしれない。 それから、トマト・サンマルツァーノのタネをポットの蒔いた。 今年は、完ぺきに仕上げたい! ということで、ホームセンターで土を買ってきて、ポットに入れて蒔いた。頼んだ。頼んだ。 これから、次々とトマトのタネを蒔く。 トマトでがんばるぞ。 そうやって、自分と野のメッセージを送った。これ、続けたい。
March 29, 2026
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朝の8時。故あって、出雲大社の駐車場に行った。 そんな時間なのに、駐車場はほぼうまっている。すごい。 やっぱり、人が変わってきているように思う。いい方へ。 でも、経済の中でバリバリ生きている人もいる。 というか、そういう人が必要なのだ。 そういう人がいるから、ゆとりを持って生きれる土壌ができる。 ゆとりを持って生きている人がいるから、経済をやる人の相手方になる。 多様さがいい。 少し変わるが、いま、感じているのは、考えられない方向への力が働いていること。 ゆとりを持って生きたい人に対して、むりやり経済の中で働くよう仕向けていれば、人は考えられなくなるんじゃないか、ということ。 これまで、まだ過去の名残があって、画一的な経済の枠組みで誰もが生きていると思っている人が一定数いる。そういう人に引っ張られると、人は考えられなくなる気がした。 世の中は、バランスだ。 そして、学習の場だ。 いま、僕は学習し、どのような状態でも、エネルギーを出していくことを実践しようとしている。 これまで、出し惜しみというか、ぶつからないようにエネルギーを無意識に抑えていた自分がいた。そのことに気づいた。 いま、エネルギーに意識を向けて、どんな時でも出し続けることを定着させようとしている。 やるぞ。
March 28, 2026
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いきたい ほんとうに。 葉隠では、死ぬることをみつけたり といっているが、確かにそうかもしれない。 あの時代ですら、死ぬることを日常的に意識できなくなっていたんだ。 今なんて、もっと死から遠ざかっている。 ぼくの中から聞こえてきたのは、いきたい というメッセージ。 いま、まだいきていない、いかされていないという想いがあるのか。 社会に飼いならさている。 じゃなんか、するか? となれば、怖さが先立つ。なさけなさ。 だから、葉隠も難しいのだろう。 ただ、こうやって考えたことで、丹田が活性化したのか? すごくなんというか、光っているようなイメージにある。 この飢えのような感覚と、実際に、いきている喜びの感覚を、統合していきたい。 野生的にいきるということか。 すこし考えていきたい。
March 27, 2026
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経営というのは、人に動いてもらうことだと思う。 自分の経営としても、同じ。自分も動くが、人に動いてもらわないと。あるいは、人が動きやすいように自分が動くことが、自分も含めて経営かもしれない。 これは、横糸部分。 経糸としては、意図なり、進むべき進路となるだろう。 どちらにしても、自分も含め、人に動いてもらう、もらえることが大切。 自分が経営できているか? こないだも、母親と大喧嘩したところをみると、できていない。 そうか。自分が経営できてないんだ。 人にうごいてもらうためには、「よし、やろう」と決定してもらわないといけん。 その決定の素材を丁寧にお渡しすることが、できてないのかもしれない。 丁寧にお渡しするためには、人が決定するためのプロセスと基準を知らなくてはならない。 そこには、観察がいる。 そうか。 僕は、自分基準で生きている。 自分が基準で世界を創っている。だから摩擦がある。 世界に明け渡した時、何かが起こる。 もう少し、もう少し。 いやまだまだ。 自分を壊していく。 再生に向けてではなく、空になるため。 自分の世界を創ろうと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。 いや、作るのか。空という世界を。 なんでも入る世界。 この先を考える……考えるということは、まだまだかも知れない。
March 26, 2026
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しとしととした雨が一日、降り続いた。こんな優しい雨もあるだと思えた。 あいもかわらず、フキノトウを探していて、我が家の周辺には少ない! と感じていたが、視点を変えてみると、「あ! こんなところに!」という感じで、見つかるのが、いくつか。それらは、もう蕾ではなく完全に花が開いているので、出荷は出来ないけども。 だけど、ふと見ると……ツクシが出ている。あっちにも、こっちにも。 あらら。フキノトウばかりに注目して、他の事に目が向いてなかったみたい。 ツクシは、僕は食べたことあまりないけど、直売所で待ってくれている人がいるみたい。 がぜん、やる気が出てきた。 こういう細かいことでも、取り組みたい。 そして、直売所は、もう一つ、出荷できるところを教えてもらった。ありがたい。 ちょっと緊張するけど、出せるチャンスがあれば、だしてみたいな。 優しい雨の中、母親と喧嘩した。 どうやら農作業の順番が、気に入らんらしかった。これは困った。自分のやりたいように動きたいんだけど、どうにもルールベースなのは…… 子の事象を、改めて自分ベースで考えなおしてみると、自分の心が、適当に仕事していた。作務とは程遠い。ただ、やっているだけだった。 丁寧に生きる。これが生ききることなのだけど、丁寧になってなかったということか。 それにしても、どうして作務という考えが浮かばなかったんだろう。焦ってるわけではないけど、早くしようという気持ちがあったな。この「早くしよう」は、自分の課題。 早くしないと、認めてもらえないという何かを僕が、持っているのかもしれない。 優しい雨が屋根をたたく音を聞きながら、ごはんをひとりで43回、噛んで食べた。 けっか、いい。 何がいいか、言葉では伝えられないが、いい感覚がある。 続けてみたい。
March 25, 2026
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場違いな所にいるという感覚に陥ることがある。 呆然示寂の一歩手前で、かろうじて身体だけが動いているという状態。 ただ、それは、ほんの一瞬のことで、気を取り直してくるのだが、気づくとまた、その感覚に陥っているといった具合で、繰り返していくうちに、慣れていく。 この慣れがクセモノで、良くも悪くもある。 適応したという意味では、慣れてくればいい。だけど、大切なものを消し去っている可能背もある。 生きていくということは、選択の連続だし、変化は必要なんだろうけども……。 いや、違う。 社会に、社会自体に違和感を感じているというのが、僕の本当の感覚。 どうもおかしい。と思っている節がある。 それなのに、そのおかしいと思う社会に適合していく自分に、寂しさを感じていたのかもしれない。 そしていま、異世界にいる感覚がある。 異世界ってどういうことか? わからん。 なんか、そう思うだけ。 でも、人の暮らしがある。 やっぱり、世界はひとつじゃない。至る所にサイロができているように感じる。 自分というものを、しっかりとしておかないと、変なところに流れてしまいそうだ。 なにかに頼っている心を、なくせということか。 自然の中に魂を入れて、いく
March 24, 2026
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結局、何もなしえていないのに、なんだか、なし得ている感覚がいて、そのことに、自分自身で気づいていて、このままじゃマズいんじゃないか? と思っている。 この矛盾したような状態に、揺れている。 予祝的考えでいけば、なし得ている感覚でいるのは、いいこと。だけど、どうにも行動が小さく少ない。つまり、結局行動が伴わずに、次の妄想にいくだけになるのじゃないか。 そう現実的な自分が感じている。そこには焦りがある。ちゃんと結果を出そうという気持ち。 このままだと、破綻すると思う気持ち。 ビューティフルステートという概念を教えてもらった。 不安などがいっさいない状態のことのようだ。 というか、まず、こういった新しい概念に飛びつく。結局それらは、同じであるのに、なんだか新しいもに飛び乗ってしまっている。 結局、僕は精神世界の探求について、一つの事に集中して取り組むということが、できていないわけだ。 彷徨っている。 ひとりで行動しながら考えよう。いや考えなくていいのか。 気づくこと。自分の状態に。 そして、ほんわかとしたイメージしかない未来を、もっともっと明確にリアルに汗の匂いを嗅いでいるレベルで視覚化、言語化しないといけない。 それが足りていないだけかもしれない。 妄想するならリアルに! ということか。
March 23, 2026
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