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面白いこと、楽しいこと、やりたいことが周りにありすぎて、体がいっぱいいっぱいになってきた。ざっと数えたら、メールマガジンやニュースレターへの寄稿が8種類、実働しているプロジェクトが7種類、重要だけど緊急じゃないプロジェクトや仕事が4種類・・・。うーむ、このままではいつか破綻する!そう思っていたら、先日お会いしたインターネットのカリスマプロデューサー粟飯原理咲(あいはらりさ)さんの記事が目に留まった。タスク管理の方法だ。以下引用。それまでの自分は、ひとつの作業をやっている時に、あれもやんなきゃ、これもやんなきゃと途中で思い出しちゃって、毎日が曖昧模糊としていたんです。まずは自分の目の前にあることを全部書き出すんです。仕事もプライベートも。誰に何時間会いたいとか、何時間寝たいとか、そういう細かいこともすべて書き出して、それぞれがいつ締め切りで、何時間かかって、その優先順位は何なのかというのをプロットしていくんですね。次に1週間のスケジュールを見ながら、この時間にはこの作業をやる、この30分にはこれをやるという風に、どんどんまとめていく。そうすると必然的にできないものがでてくるんです。じゃあ、それの優先順位は高いのか低いのか、他の人がやれるものかどうかを考えたり、1時間でやると設定したことを30分でやる方法はないかと、突き詰めて考える訓練を自分の中でしていきました。(中略)だから、時間がかかってもとにかく克服しなければ、好きなことはできないなと思いました。おかげで、タスク管理ができる前と後では寝る時間が倍くらいに増えると同時に、やれることももっと増えたんです。こ、これだっ!!!私に今必要なのはこれしかない!!そう思って、さっそく今日から実際にやってみることにしました。タスクの洗い出しに始まり、15分単位で何をするのか、を決めていきます。すると、あら不思議!今日はここまでやれば今週いっぱいは大丈夫ということがすっきりわかってなんだかとても気持ちいい。そして、作業をしている最中の集中力が飛躍的に伸びました。今日は日付が変わる前にベッドに入れそう ^^まとめ方や、タスクの組み方はまだまだこれからブラッシュアップしていく必要はあると思いますが、とにかくしばらくはこれでやってみようと思います!粟飯原さんも上司のもとで1年かけてマスターしたというのですから、あせらずじっくり自分の仕事の仕方を作っていきたいと思います。→粟飯原さんの記事はこちら
2004.04.30
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銀河鉄道の夜宮沢 賢治【こんな人にお勧め】とにかくすべての人に。【立ち読み書評】「立ち読み」なんてとても言えません。もう何度も何度も何度も何度も何度も何度も読んだ本。もしかしたら私が今まででイチバン何度も繰り返して読んだ本かもしれません。そして、何度読んでも必ず涙が溢れてしまうのはこのくだり。ジョバンニとカムパネルラがふたりきりになって、どこまでも一緒に行こうと励ましあう。そしてジョバンニが口にする言葉なのです。「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんて百ぺん灼いてもかまわない。けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」なぜ小学生の自分がこの言葉に涙を流せたのか、今思えばとても不思議です。でも、このくだりを読むたびに焼けつくような想いがこみ上げてきて泣かずにはいられなかった。自分はどうしたら「みんなのほんとうのさいわい」を見つけることができるんだろう?ああ、それさえわかったならば今すぐにでも、なんだってやるのに!でも、自分にはあまりに何もできないという現実に身を焼かれるような思いがしたのです。ほんとうに、不思議なくらい本の中のジョバンニと同じ気持ちだった。だからそのあまりのせつなさに涙がこぼれて止まらなかったのかもしれません。実は私はこの作品をバレエで踊ったことがあります。それも私がジョバンニ役であり、私の幼馴染がカムパネルラ。シーンのひとつひとつ、動きのひとつひとつ。あれほどに魂を込めて踊ることができたのは後にも先にもあれきりでした。宮沢賢治や彼の作品世界について書こうと思ったら、もうほんとうにいろいろな想いが溢れてきて、いっぱいいっぱい(笑)。銀河鉄道の夜以外にもお勧めの短編がたくさんあります。特に好きなのは、猫の事務所、黄色いトマト、そしてよだかの星。どれも、信じられないくらい透明で、切なくて、でもほんとうはとても静かな強さを秘めています。
2004.04.29
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昨日に引き続いてAPバンクのサイトから。「メッセージ」というセクションに飛ぶと、今回の人質事件にからんでさまざまなアーティストの方々が発信しています。以下、櫻井和寿のメッセージ。『作戦成功(サクセス)。それよりもっと大切なものがある。心に、世界に、そしてアメリカに伝えよう。』このMessageを入り口と考えると、賛同頂いた人の数だけ出口というか、可能性がある気がする。(中略)足並みをそろえる必要は感じていない。同じ入り口を通った人達と、共に考え、素敵な未来を"ソウゾウ"できればと思う。この「入り口は同じでも出口が違っていい」という考え方。非常に面白いと思いました。ひとつのシンボリックな事象やメッセージへの共感が個人として実際にどのような行動として発露していくのか、というのはそれぞれ異なります。そしてそのレベルで「同一性」を求めてしまうととても辛くなる。意見が食い違う。なぜか争いになってしまう。でも、出口は違っていいんだよ。とそう言ってもらえさえすればもっと肩の力を抜いていろいろな意見やメッセージを発信できるのではないでしょうか。また、逆に「入り口は違っても出口が同じ」という人もいるような気がします。それは、もともと意図して同じ出口を求めている人もいるでしょうし、たまたま落ち合った先が同じだったという場合もあるでしょう。入り口と出口。たくさんの入り口とたくさんの出口。そしてそれらの無限の組み合わせと可能性。
2004.04.28
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以下Yahooのエンターテイメントニュースより抜粋。ミュージシャンの坂本龍一と音楽プロデューサーの小林武史、人気グループ「Mr. Children」の櫻井和寿が、自然エネルギーや環境にかかわる事業を財政的に支援する「APバンク」を設立、5月1日から31日まで融資先を募集する。同バンクは昨年、法人登記し貸金業の登録をした。融資の申し込みはホームページを通じてだけ受け付ける。対象は民間非営利団体(NPO)や企業、個人。自然エネルギーや環境に関する事業に総額1億円を7月ごろ融資する予定。金利は固定で1%、融資期間は最長で10年。関連記事→http://www.asahi.com/national/update/0423/012.htmlこの試み自体は、面白いですね。ちょうどNPOに出資する金融NPOの話を耳にしていましたが、現状では個人の貸し金業扱いになっているというところもあるようです。今回きちんと法人格で融資できるようになっているというのは価値のあることなのかもしれません。しかし、当たり前ですが「融資」を受けるからには返済しなければなりません。単に運転資金として使い切ってしまうようでは融資は受けられない。つまり、前提として融資先は「事業型NPO」であり、なんらかの事業収入を得ていくモデルを確立した上でそれを実現させるための資金を調達するということですね。「社会的企業」型組織が一般化してきたことを感じます。さらに、「NPO融資」で検索したら、なんとあの武富士が・・・!!1日に武富士が発表したNPO法人への融資制度の名称は、「武富士ゆめプロジェクト」このプロジェクトを推進するために、同社は「武富士ゆめ基金」を設置する(NPOWeb記事より)。いやはや。それにしてもNPOは融資先としてはどうなのでしょうか。今後こうしたNPOに対する融資枠が拡大するにつれ、NPO側に「お金を借りる」ということに対する覚悟がどのくらいあるのか、その点が重要になってくるでしょう。
2004.04.27
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amber garretの会員会にて、津軽三味線と尺八のライブ演奏を聞いてきました。ぞくぞくしました。三味線も尺八も、あまりに鮮やかで。静かに広がる水面に水滴を落とす瞬間のような緊張感。ほとばしる音の波。研ぎ澄まされた感性が音の向こうで強い存在感を発します。いのちの力。生なましい、搾り出すような表現に触れて、なによりも剥き出しの「いのち」に触れたような気がしました。私たちが音楽や絵画や文章に触れて心を動かすのは、それがほんとうに「生きている」ことの表現であるときではないでしょうか。
2004.04.26
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リクルート・オールアバウトジャパンの「海外で働く」サイトのガイドとしてデビューいたしました!先年に国際派就職のサイトを作っているとき情報収集でふと訪れたオールアバウトのサイト。何の気なしにクリックしたガイド募集のページでな、な、な、なんと!「海外で働く」のガイド募集されているではありませんか!「これは、間違いなく私のために作られたポスト・・・!」そう思い込んでその日のうちに応募。無事に審査を通ってからサイトオープンの準備を進めてまいりました。リンクを集めたり、記事を書いたりと結構作業も発生しますが、国際的に活躍したい!と思うひとたちに夢と勇気を与えるようなガイドになりたいと思います。ガイドサイトはこちら→オールアバウト「海外で働く」
2004.04.25
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誰かにお会いしたときは、だいたいお名刺をいただきますね。普通は誰かとお名刺を交換させていただいた後、メールなどでさっそく連絡を入れるものでしょうか?それとも自分がこれは大事!と思ったご縁の方には最低限送ってく、とか。というのは、私はどんな人にもほぼ100%ご連絡を差し上げています。ピンと来た人にもそうでない人にもとにかくお送りします。その時にまずその人にこの世で出逢えたことに感謝をし、そしてその人のもとにたくさんの幸せが訪れたらいいなぁと願いながら。それが、それほど当たり前ではないかもしれないと思ったのは今日。たまたまたくさんの方とお会いしてお名刺を交換する機会があったのですが、帰宅後から次の日にかけてまったく机に座る時間がほとんどなく、いつもに比べて連絡が遅くなりました。すると。あらら?ほとんどだ~れも連絡くれないではないですかっ?!連絡とっておこうと思われる魅力がなかったのか、みなさんお忙しいのか。しかし、名刺交換しただけだと何かあったときにいきなり連絡、しづらくないですか?簡単でもお礼とご挨拶をお送りしておけば印象にも残って忘れないし、何かのときにさっと連絡をすることもできちゃいます。あと、逆に自分が何者なのか?ということを再度書いておくことで忘れないようにしてもらえる。ちなみに気をつけているのがメールのタイトル。これが目を引くものだと印象深くなります。今月は、『社長○日目のすこはるかより』とか(笑)。名刺交換の後のちょっとしたコミュニケーション。それがあると『活きた名刺』が手元にたくさん残るような気がします。
2004.04.24
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最近天気のよい日が続いていますね。こんな春の日差しと暖かな風を受けていると・・・『恋』がしたくなりませんかー?今日はなんだかムショウにそんな考えにとりつかれてしまいました。「オトナの恋」ではなく、中学生の頃の恋のイメージですよ、初々しいやつでなきゃいけません。「恋に落ちる」なんて本当に美しい言葉ですね。英語でも「Fall in Love」というまったく同じ表現であるというのは面白いなと思います。どちらの国でも人に恋をするときはまるですっぽりとはまり込んでしまう、とそういうことから来ているのでしょうか。
2004.04.23
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しばらく気になっていたこの言葉についに近づくことができました。アクション・ラーニングとは:グループで現実の問題に対処し、その解決策を立案・実施していく過程で生じる、実際の行動とそのリフレクション(内省)を通じて、個人、そしてグループ・組織の学習する力を養成するチーム学習法です。(GIALジャパンより)。もう少し簡単に書くと、アクションラーニングは、問題解決のプロセスの中で、個人のコミュニケーションスキルと、チーム構築を同時に行ってしまう!というそういう手法のようです。具体的には、質問を通してセッションが進みます。セッション内で、「質問をする」か「質問に答える」かどちらかしかできないというのがルール。いったいこんなことで会議になるのか?とそんな風に思いましたが、いよいよ興味は深まるばかり。また、コーチングと同じようにおそらくその効果やパワーを「言語化」することが非常に難しいのだろうと感覚的に思いました。そして、もしかしたら私の役割はそんな感覚を「文字」にして「表現」していくことなのかもしれない。
2004.04.22
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自分が今の自分の器よりどうやら大きなものに巻き込まれつつある。そんな風に感じて、いてもたってもいられなくなるときがあります。時代の大きなうねり、流れ。それに関わるたくさんの人々。私などの経験や考えなどはとても追いつかないような次元にたまたま身を置くとき、そして見上げる人たちがいったいどこを見ているのかその一部だけがかろうじて感じ取れる。そんなとき。今まで私はそんなときに、自分が「今」そのレベルにいなくちゃ!と思ったり、どうしたら高い次元にいる人たちに仲間だと認めてもらえるんだろう、とか。そんな風に考えていました。でも昨日。そうじゃないって。そういうことじゃないって。「感じ」ました。たとえ自分が追いつかないレベルの場にたまたま自分がいたとしたら。それはでもやはりその場に自分が導かれたのにはやっぱり意味があって。そして、今すべてがわかる必要も、周りの人に認められる必要もぜんぜんなくて。今の自分に求められているもの。流れの中に身を任せながら、それを鋭敏に感じ取れれば十分なんだ。そして自分ができると思ったとき、その瞬間に外に出していけばいいだけなんだ。そう感じました。そんなことを気づかせてくれる、気づくチャンスを与えてくれる人たちのそばに存在することができて、私はとても幸せです。
2004.04.21
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とあるセミナーで中・高校のときの同級生に再会。びっくりしました。(彼はとってもステキなウェブログサイトも作っています!)ちょうど先年の11月にあった同窓会でちらりと顔をあわせていたのですが、まさかこんなところで!ほんとに思い起こせば席が隣のときにおしゃべりしたり、筆談したり、はたまた漫画読んでたり、寝てたり・・・したことを懐かしく思いました。そして、お互い「変わってないよねぇ」なんて。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、人間の根本というものはあまり変わらないのかもしれません。と同時に、この10年くらいの間にとんでもないことがいろいろあったなぁ、たくさんの学びがあったなぁと思います。その軌跡を振り返ったとき。自分の成長のスピードは一瞬ごとに加速している。そんな風に感じました。思考の成長と人格の成長。そんな頭と心の成長は、年を追うごとに、月を追うごとに、そして日を追うごとにどんどん早くなってくる。それは。きっと自分が自分に対してどんどん欲張りになっている。そういうことではないかと思うのです。年を重ねれば、成長のスピードが遅くなるのは当たり前のように思えるけれど、私は10年後には、今の10倍のスピードで成長しつづけていたい。本気でそう思います。
2004.04.20
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なんと!!フェアトレードデーイベントのパネリストとして話をすることになりました☆「私でいいのか!?」と思うところもありますが、張り切ってやりたいと思います。関心のない人にいかに関心をもってもらうか?それをキーにして「振り向かせるフェアトレード」について語りたいと思います!全体としては、紛争や暴力にどうやって立ち向かっていくか、それをフェアトレードでできるんじゃないの?という仮説に基づいたパネルになります。私などよりはるかに経験も実績もある素敵なパネラーの方もたくさんおりますので、是非是非ご来場くださいませ~♪ちなみにMC役の土屋春代さんは、以前にも日記でご紹介したことがありますね。彼女はほんとうに本物の輝きがあります。□ 国際フェアトレードデーイベント――――――――――――――小さなことが世界を変える~今、フェアトレードに求められていること~今年もやってきました国際フェアトレードデー!世界的に暗い紛争のニュースが続いていますが、そんな紛争地での民族間の融和をもたらすフェアトレードの仕組み。その具体的な実例などを挙げながら、今後のフェアトレードの役割を考えるパネルディスカッションです。パネリストはパレスチナオリーブ皆川万葉、ジャストレード須子はるか、ネパリ・バザーロ丑久保完二。また、草木染めの商品を作るネパールの生産者である「マヌシ」の現場リーダーがフェアトレードの現場の様子、想いを語ります。MCは土屋春代(ネパリ・バザーロ代表)。実際にフェアトレードの現場にかかわるということがどういうことなのか?国際協力、紛争解決を貿易や人々の交流を通していかに実現させていくか?是非ご一緒に体感してください。残席も限られておりますので、お申し込みはお早めにお願いいたします(mailto:wftdyk@nbazaro.co.jp)。日 時:2004年5月9日(日)13:30~15:30場 所:地球市民かながわプラザ(JR本郷台駅より徒歩1分)地 図:http://www.k-i-a.or.jp/plaza/top_map.html参加費:500円(資料代として)定 員:70名主 催:ネパリ・バザーロ申 込:資料の用意などがありますので、事前にご連絡下さい問合せ・申込先:ネパリ・バザーロTEL:045-891-9939 FAX:045-893-8254E-mail:mailto:wftdyk@nbazaro.co.jphttp://www.yk.rim.or.jp/~ngo/―――――――――――――――――――――――――――――――
2004.04.19
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一番信じてもらいたい人に信じてもらえない。言葉がぜんぜん通じない。辛いなぁ。。。どうしたらわかってもらえるんだろう?自分が不安にならない方法はよくわかってる。でも、私にはまだ不安になっている人を安心させる方法がわからない。いつになったらわかるようになるのかなぁ。
2004.04.18
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もう最近諦めたのですが、でもあんまりにもひどい!!と思うので書こうと思います。それは。「すこさんって、30代だと思っていました!」と言われることです。他に、「僕より絶対年上だと思ってた」などのバリエーションもあります。思えば23歳のとき客先で、「え~~~!!23歳っ?!」と驚かれたことを皮切りに、年下に思われたことって・・・なっ、ないなぁ。いや、言いたいことはわかります。「落ち着いてるから」「しっかりしてるから」とか、ね。でもさー、26歳なのに31歳に思われちゃうってどうなのよ?!と思うわけですよぉ。そして、23歳のときには思わなかった、「年上に見られてイヤだなぁ」という気持ちになってしまう自分がイヤー!年に捉われたくはないのですが、それでもこれだけ毎日のように言われ続けるとちょっと凹みます。。。
2004.04.17
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「CSRグローバルフォーラム~企業価値創造をめざすCSR経営」というフォーラムに出席してきました。社団法人日本能率協会と経済人コー円卓会議日本委員会が主催で、日本、欧州、米国におけるCorporate Social Responsibility(CSR・企業の社会的責任)の考え方や「CSR経営」のためのマネジメントツール活用例が紹介されていました。「CSR」という言葉はだいぶ浸透し、大手企業を中心としてCSR部門の設置や担当役員の選任などCSRをとりまく環境はダイナミックに変化しています。しかしながら、企業を取り巻くあらゆる関係者、そしてその活動すべてに関わる幅広い概念であることから「CSRとは何か?」「具体的にどのように取り組めばよいのか」という疑問にストレートに答えられる人は少ないのが現状だと思います。また、CSRという言葉自体は欧米から導入されたものですが、その捉えられ方は、欧州、米国、日本でそれぞれあきらかに異なっています。それどころか、調べれば調べるほどさらに細かな国単位、地域単位、そして企業単位でも異なるのではないか、そう思われてくるのです。今回のフォーラムでは、そんな「CSRとは何か」「具体的にどのように具体化していけばよいのか」「経営との関係は」といった議論を日本、欧州、米国の三つの視点から展開したところが非常に素晴らしかったと思います。また、100億円規模の企業にとって「CSR経営」は、いままでになかった経営のフレームワークを提供してくれるという意味で素晴らしいという導入企業のコメントもありました。つまり、そもそも経営に関わるきちんとした枠組みができていないところに、「CSR」という軸で経営を見直すことで筋肉質の企業への変革がスムーズになったと。すでになんらかの経営のフレームワークをもった企業の頭を飛び越えて、中規模な企業が先端の経営体質を作ることが可能なのかもしれません。これは発見でした。また、よくCSRの議論に取り上げられる「コー円卓会議(※)」のメンバーが欧州、米国からもやってくるという非常にまれな機会だったと思います。今回のセミナーの内容報告を兼ねて、日本、欧州、米国の視点から考えた「CSR経営」についてレポートを書こうと思っています。ご興味のある方はこちらまでご連絡くださいませ!(※)コー円卓会議CSRの議論を始めるときに、必ず起点としてとりあげられるのがこのコー円卓会議(Caux Round Table、以下CRT)である。CRTは、1986年にオランダのフレデリック・フィリップス(元フィリップス社社長)とフランスのオリビエ・ジスカールデスタン(元INSEAD副理事長)が、日米欧間の経済・社会関係の発展、並びにその他の地域に対する共同の責任を果たしていくための基盤作りを目的としてスイスのコーに創設された。当時日本バッシングに代表されるような貿易摩擦の激化がグローバル経済の焦点になっていたことが時代の背景にある。創設以来、毎年コーに各国のビジネス・リーダーが集い、企業倫理や企業の社会的責任を中心に議論を重ねてきたコー円卓会議であるが、1994年には、企業の社会的責任を盛り込み、また経団連の企業行動憲章のモデルともなった「コー円卓会議・企業の行動指針」を策定するに至った。その「行動指針」は、初めて日米欧の民間企業の経営者が共同で策定したものである。
2004.04.16
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以前に一度お会いしていたけれど、そのときは「面白そうな人だなー」という印象にとどまっていた方と、今日改めてきちんとお話させていただきました。わずか2時間という間にものすごくディープな会話になってしまい、自分たち自身でも驚き、笑いが止まらなかったです。「そうそう、ちゃ~んと時が来たら出会ったりわかったりするようになってるんだよね」とか「愛と感謝です、この世の中は」とか宇宙の摂理っぽいことをつらつらと。最近ほんとうによく思うのは、こういう考え方をする人によくぶつかるなぁということ。これは偶然だろうか?いーや、偶然ではありません!今この時期にそういう人とたくさんたくさんお会いすることになったのには何かあるはず。そういう大事な大事なシグナルを見逃さないで生きることっても大事。それから、今日話していて初めて言語化されたことがひとつありました。それは、こういうこと。「よく、独立するなんて勇気があるね、怖くなかったの?と聞かれるけれど、そうじゃないんですよね。この事業が成功するか失敗するかは自分でもわからない。でもたとえば10年後にこの事業に対して自分が「どう感じているか」それはわかる。だから怖いとは思わないんです」あー、そっか!だから怖くないんだー!そう思いました。だって、後からどう感じるかわかっているんだもの。「生まれて初めての会社、サイコーだった!!」って思うことを知っているんだもの。
2004.04.15
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いつもお付き合いをさせていただいている、ある素晴らしいコーチの方とゆっくりお話する機会がありました。太陽みたいだ。そんな言葉をいただきました。自ら光を発し、そして周りを照らす。照らされた人が、自分もやるぞーって元気をもらえる。そんな存在だよねって。それから、「つるっとしてる球体みたい」とも。イガイガや、マイナスの意思や力が取り付こうと思ってもすべって取り付けない(笑)。そんな私であり続けてほしい。それは「望み」みたいな感覚だと。こんな風に、自分がどんな人間であるか、まっすぐに伝えられるというのは照れくさくて、「いやいやそんなことないですよー」と普通だったら思ってしまう。でも、この方と話をしているときは、「ああ、こうやって言ってくださることを自分で認めてあげていいんだな」って、そんな風に素直に思えて。そのままの自分を、ありのままの自分を。誰かにとって、自分もこういう存在になりたい。
2004.04.14
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創業祝いで向日葵の花をもらいました。そして、デザートのケーキにはろうそくと「おめでとう!すこ社長!」の文字が(笑)!こういうサプライズ、大好きです。ちなみにくれたのは、F社時代に一緒のチームで働いてくれていた後輩だったのですが、もしや私の教育の成果がこんなところに?!と思ってしまいました。別にIT技術に関してはたいしたことを教えた記憶はありませんが、こういうことならいっぱい心あたりがあります^^彼には今でも会うたびにいろんなことを伝えたくなります。自分がたくさんの先輩から伝えられてきたこと、その中でも自分の実体験として納得がいくレベルに達したこと。人から伝えてもらった大切な考え方や気づき。それは誰かに伝えることで初めて完結するような。そんな感じがしています。そんなわけで、彼に会うときは、毎回何か自分の中で消化してきたものがちゃんと伝えられるかなーと思うわけです。そこで、自分がまた試される。もちろん逆に彼から教えられることもたくさんあります。会社にいたときよりも、もっともっと厳しいレベルで、自分の伝えようとすることの精度や確度や本質度合なんかについて考えるようになりました。
2004.04.13
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「グリーン雇用」という言葉をご存知ですか?環境に関する仕事をイメージされる方が多いのではないでしょうか?そして、もちろんそれは間違いではありません。しかし、私は昨日「グリーン雇用」の後ろに広がる考え方と可能性に気がついてしまいました。それは、最近身の回りのあちこちで同時多発的に発生している「これからの働き方」に対する仮説や提言につながる考え方だということに。そんな気づきを与えてくださったのは、環境を軸にした人材派遣、人材紹介事業を営む株式会社グレイスの安井氏、小川氏です。グレイスは、1995年からグリーン雇用を推進し、実績をあげている企業として環境Gooなどでも紹介されています。グリーン雇用は、単に環境分析などに直接かかわる人を雇い入れることだけではない。確かに事業としてはそこを起点としているし、そのオンリーワンな強みを失うわけではない。しかしながら、これからは、「環境に直接かかわる人」だけでなく、「環境マインドを持った人」、さらには「やりがいと可能性を感じながら働く人」へとその枠は広がっていくのです。ああ、つながってしまった!!!そう思いました。最近の「働き方」に関する議論は偶然ではない、そう確信しました。なぜなら、その裏には、大きな社会や経済の流れ、人の意識の流れが脈々と続いているから。昔の終身雇用が崩壊して、会社に「就社」することが少なくなりました。また、同時に成果主義と呼ばれた手法も、「人」を見失う結果を招き、うまくいっていないところがほとんどでしょう。企業側の思惑としての、雇用体系の多様化によるコストダウン策は、同時に個人に「選択の幅」を与える結果になりました。しかしながら、「選択の幅」を与えられた個人が、「じゃあ自分が目指す働き方とはなんなのか?」「何を仕事にして生きたいのか?」という迷いをもちはじめ、明確な答えを出せぬままにいる。また、個人の人生の目的と組織の目的。それがいったいどういう関係にあるべきなのか、その点に関しては、双方が模索している状態のように感じます。しかし、そういった社会の流れや人の意識の変化を考えるときに、ふと心に浮かんだことがありました。それは。「こうあるべきだ」という語り口ではないだろう。ということなのです。「終身雇用であるべきだ」「成果主義に移行するべきだ」という今までのあるべき論ではない気がしています。そうではなくて、「どうなりたいの?」「どう感じたいの?」というイマジネーションや感性。そういった部分を大事にしていく方向になっているのではないか、と。これは、たまたま自分の身の回りで起こっていることなのかもしれない。でも、確実にそう考える人が少しずつ増えている気がしてなりません。
2004.04.12
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昨日の「自分の潜在能力を開放する」ということに関して、ふと思い出した本があります。それは、高校生のときに読んだ中島敦の「山月記」。この本に感銘を受けた方も多いと思うのですが、私がこれほどのショックを受けた本は初めてで、今でも鮮烈に記憶に残っています。ご存知のない方のためにあらすじを書きますと、こんな感じです。主人公の李徴は科挙の試験に受かるのですが、世俗的な大官につかえるよりは、詩歌で生計を立てる道を選びます。彼は優秀ではあるのですが、詩人としての芽は出ない。彼は自分が「特別な存在である」ことに対する固執を捨てきれず、やがて狂気に陥ります。この狂気が(なぜか)彼を虎に変え、友人との再会をきっかけにしばし人の心を取り戻して人生を回帰するのです。この中で高校生の私がショックを受けたのは、次のくだり。「己の珠に非ざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の球なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。」詩によって名を成そうと思いながら、進んで師についたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった李徴。かといって、自分が「特別である」という意識を持つことで、他の人たちと同列になることを受け入れられなかった。これは、「臆病な自尊心」と、「尊大な羞恥心」との所為である、と。彼は反省します。自分は、自分の持っていた僅かばかりの才能を空費してしまった。「人生は何事を為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短い」などと口にしながら、その実才能の不足を暴露するかもしれないという後ろ向きな危惧と、努力を厭う怠惰とが自分のすべてであったと。自分よりもはるかに乏しい才能でありながら、それを磨ききったために、堂々たる詩家となった者がいくらでもいるのだ、と気がつきます。これを読んで、とにかく「ああ、自分のことだ!!」とそのときどれだけ心を突かれたことでしょう。高校生という年代がもしかしたら自意識と自尊心の塊で、可能性に満ち溢れた年頃であったから余計に。しかし。今の今、ふと心によみがえった山月記ですが、当時の意識とレベルは違えど同じような気持ちが自分の心のどこかに棲んでいる。心の闇が確かに存在する。「自分は何かを為しえる存在である」という思い込みや希望。「ほんとうにそうだろうか」という懐疑。「自分を磨いた挙句、何者にもなりえなかったら・・・」という危惧。気を緩めると、簡単に危惧が希望を乗り越える。そんなとき。頼りになるのは、周りの大切な人たちなんだなって思います。李徴は、人に触れるのを恐れて、どんどん孤独になっていきます。己の才気と世の中の乖離に耐え切れなくなって、ついに発狂してしまう。でも、自分なら。そう、「ほんとうにそうだろうか?」という疑問に対して、「そうだよ、はるかならできるよ。信じてるよ」って、笑顔でそう言ってくれる人がいる。これって、すごいことかもしれない。自分を信じられなくなる瞬間が訪れるとき、自分を信じてくれる人を信じて乗り越えていける。大丈夫だ。
2004.04.11
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渋澤栄一氏の子孫にあたる渋澤健氏とお会いした。このたび発刊された「シブサワ・レター 日本再生への提言」という本の読書会でした。「シブサワ・レター」とは、渋澤健氏が、6年前から政治家や経済界など各回のトップリーダーに自分の意見を伝えるために書き始めた「手紙」であり、この本はその手紙を集めて出版したもの。アンリーシュジャパン!手綱を引きちぎり、今こそ解き放て!日本!過去は、変えられない、未来を定めるのは、今、とる行動である。そのために、個々が潜在能力を開放してほしい。そんなメッセージが込められた手紙です。金融のプロフェッショナルである渋澤さんですが、金融、政治、税制、組織と個人など内容は多岐に渡ります。難しいこともシンプルに、意見の要点とバックグラウンドをストレートに伝える文章に引き込まれます。***この本を読んで読書会に臨んだのですが、いきなり「みなさん、1円玉の大きさを書いてみてください」と言われ、驚きました。実際に書いて、比べてみると、かなり実物より小さい円になっていたことがわかりました。そこで彼がおっしゃったのは、「みんなだいたい実際の自分の器より少し小さく考えているけれど、若干大きめの勘違いを繰り返すことが進歩につながると思う」ということでした。ほんとうは自分の中にどれだけのものが詰まっているのだろう?私は、「かなり大きな勘違い」をして生きているほうだとは思っていたのですが、それすらもほんとうにそうだろうか?まだまだ大きな勘違いができるのかな?とそう思いました(ヤメテクレ、と言われそうですが)。***そしてもうひとつ。「へぇ~、とりあえず」というフレーズ。これは、何か面白いことを思いついたり、人から声をかけられたときに「へぇ~、面白そうだね、とりあえずやってみるか」と考えること。「へぇ~」って自分で思えたワクワクの種を大事にすること。そして、なにを始めるにせよ、完全に準備を整えて正式な形で取り組む必要はなくて、肩肘を張らずに「とりあえず」やってみればいい。このフレーズには、渋澤さんの自然体の魅力がたくさん詰まっているなぁと感じました。「しなやかさ」「軽やかさ」の魅力。***で、この辺りが私っぽいなと自分でも思うのですが、早速「へぇ~」と思った、「リーダーに手紙を送る」というその行為を「とりあえず」やってみよう!っと思いました。テーマの切り口としては、・企業の社会的責任・社会的責任投資・個人と組織の関係、組織において人が輝くために・企業と非営利組織の協働・企業のブランド価値、社会的価値・グローバルな視点からの日本企業・社会起業家、社会的企業、事業型NPOというのがぱっと頭に浮かびました。基本的にはもともと普段から自分が考えていることです。そして、このテーマで書いた手紙を、誰に送ろうかなと考え始め、是非一度お会いしたい!と思っている経営者や、政治家の方をリストにし始めました。世の中でリーダーと呼ばれている人たちがこの手紙をきっかけに上記のようなテーマに興味をもってくれるかもしれない。やばいっ。ワクワク度全開です!!!
2004.04.10
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やわらかい日差し。暖かい風。舞い散る桜吹雪。この季節を感じると、肌が体が思い出す感覚があります。毎年この風を感じるたびによみがえる鮮烈な思い出。今でもそれは、頭ではなく、体で覚えているのです。深く深く魂に刻み込まれてしまった記憶。それは。。。そう、春の柔道合宿。えっ?それがどうしたって?この風が呼び起こす春の合宿の記憶。それがこんなにも幸せな春の日と裏腹な背筋が凍るような体験と強烈に結びついていることが、いったい「アレ」を体験したこのない人にどう理解されようというのでしょう。でも、あえて書きたい。今だから書ける「アレ」のことを。高校のときに入っていた柔道部の合宿。別に強豪校というわけではなかったので、普段は厳しいながらも割合と淡々と練習を積み重ねていたのですが、この「合宿」だけは、まったくの異次元ワールド。3月にはいると、暖かくなる季節に伴って、部内の緊張感が静かに高まっていくのを感じます。先輩たちは戦々恐々。後輩たちは、なんとなくまだ遠足気分。そんな不穏な空気を伴ったまま、3月最後の1週間くらいで、千葉県の海沿いの町に5泊6日で合宿をしにでかけます。朝トレ→朝ごはん→うたた寝→午前練習→昼食→昼寝→午後練習→夕食→夜ミーティングというのが基本のパターン。これだけ聞くと、まぁそんなもんかと思われるでしょう。そうでしょう。が。しかしその内容は、みなさんの想像を200%超えている!!!と私には断言できる。合宿となると、いつもは顔を見せないさまざまなOB/OGの方々が代わる代わる訪れます。そして、当然現役は現役同士ではなく、OB/OGさまと乱取りなどをさせていただくわけです。そして。。。体の大きさにかかわらず、120キロはあろうかと思われるOBさまのお相手をすることになったりする。この場合、やはり恐ろしいのは寝技です。巨漢のOBさまに乗っかられ、肺を押さえつけられるとどうなるか・・・。絞め技で落とされそうになる寸前でいたぶられるとどうなるか・・・。はっきり言って、人間の声とは思えない声がでます。獣の声に似たその狂ったような音。耳をふさぎたくなるような、ありえない声が、いつもリーダーとして部を率いている主将の喉から搾り出される。無意識で、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りだす人。本気で道場の中を逃げ回る人。人としてのプライドが容赦なく削り落とされるその瞬間。身の毛のよだつような声を耳にしながら、その声を聞くだけでショックで恐怖で泣き出しそうになりながら、それがわが身でなかったことにどこかでほっとしている自分。人間としてのすべてが試される。甘えは通用しない。きれいごとは通用しない。本質でないことは通用しない。しかし、そんないわゆる「しごき」的な合宿にどんな意味があるのか?先生やOB/OGさまに言わせると、「自分の限界を知り、越え、押し広げる」ということに尽きる。私も、当時やっているときには、「なにが限界を広げるだっ!」と思っていました。そんなことのためにここまでやる合宿が正当化されていいものかと。しかし。今は、ちょっと違う感じ方をしています。というのも、あの合宿を乗り越えて以来、どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、どんなに大変な試練を目の前にしても。私はこういう風に自分に問いかけるようになりました。「今、この目の前の試練に立ち向かうのと、明日合宿に行くことになるのと、どちらかひとつ選び取れと言われたら?」と。私は、まず間違いなく目の前の試練を「喜んで」選択します。「限界を知り、越え、押し広げる」それは、辛いこと、悲しいこと、大変なこと、理不尽なこと、悔しいこと、そんな突然訪れる負のできごとに対しての耐久を高めることに他なりません。私は、いわゆる体育会系は大っ嫌いだったし、今でもスポ根にはまったく共感しないのですが、実体験としてこの経験が今の私の一部を形作ったことにはかなり感謝しています。そして、最後に合宿のもうひとつ大事な効用。それは、千葉から帰ってくると「この世界の美しさ、素晴らしさに涙が出るほど感動できる」ということ。桜の花の咲くのを見ては、暖かい風を感じては、「ああ、なんてこの世は美しいんだ!」とほんとうに心の底から思うのです。それは、もしかしたら深刻な病気から生還した人が感じる「再生感」と似ているかもしれない。この季節が巡ってくるたびに、この風を感じるたびに、ふと心によみがえる底知れない恐怖の感覚と再生感。私はきっと一生この感覚とともに生きていくのだろう。
2004.04.09
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負け犬の遠吠え(立ち読み書評)酒井 順子【こんな人にお勧め】「私って、負け犬(予備軍)かも・・・」と一瞬でも思ったことのある方へ。【Amazonより】嫁がず、産まず、この齢に。どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは「女の負け犬」なのです---著者。連載時から大反響の問題エッセイついに刊行。「負け犬にならないための10箇条・なってしまってからの10箇条」等全女性必読の書。【立ち読み書評】ああ、ついに買ってしまいました、「負け犬」本。昨年10月に発売されて以来、雑誌の見出しでも飛び交う「負け犬・勝ち犬」論。女性を二種類に分けてしまうなんてナンセンス、と思いつつ、その「言いたくても言えなかった事」を文章にしてしまった著者の勇気には感服。しかし、本の中にでてくる「負け犬」になる条件にあきらかに当てはまる自分に驚くやら呆れるやら・・・。「面白くて刺激的なことが好き」「やらなくて後悔するならやって後悔したい」などなど。このまま行けば、10年後は確実に負け犬?!ですね。あ、この本のとおりなら、ですが。「ケッコンかー。するときが来たらするさー」なんて思っていたら婚期を逃すわよ、ということらしい。気がつけばもう若くないのよ、ということらしい。そしてそんなことには負け犬になってから初めて気がつくのよ、ということらしい。なんだかよくわからないけど、「ケッコンでもするか」という気になってきました。我ながら自分が男ならこんな嫁は願い下げではありますが(笑)。それにしても、この本の著者を含め、バブル世代の人口とのジェネレーションギャップを最近とみに感じています。まわりの同世代の人間に聞いても、やはり会社でバブル世代との意識の差が埋められなくて苦労しているという話があったり。「人材の不良債権」なんて言葉も飛び出す始末。「自分の名前さえ書ければ」会社に入れた時代、若くしてお金があり余っていて、将来の不安もない。有頂天になって遊び呆けるのも当たり前だったのでしょう。自分がその環境にいたら、やっぱり同じように遊んだと思うし・・・。そして、この時代に黄金の20代を過ごした女性たちの一部が、今「負け犬」と呼ばれているというのは、なにか因果があるような気がしてならないのです。
2004.04.08
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六本木ヒルズの会員制クラブ「六本木ヒルズクラブ」というところに行って来ました。ビルの51階からは、東京タワーやレインボーブリッジがきれいに見えて、素敵です。「各界のインフルエンサー(influencer)たちと共に、知性と感性を刺激する文化的環境の場に参加できます」というのがコンセプトで、開かれたラウンジ、さまざまなテーマに彩られたお食事どころ、打ち合わせが可能なビジネススペースが並んでいます。また、会員同士が集まる年に一度の交流会や、講演会などのイベントもあるようです。いったい何人の会員がいらっしゃるのかは知りませんが、おそらく毎日我々庶民のあずかり知らぬところでさまざまな出会いや密談が生まれていることでしょう(笑)。さて、そろそろ気になってきましたよね?このクラブ会員になるにはいくらかかるか?思わず調べてしまったその驚愕のお値段!!!入会金 \1,050,000預託金 \500,000年会費 \189,000=========================初年度合計 \1,739,000えええええええ~~~~~~っっっ!!!と、思われた方、わたくしと同じ感覚ですね。文字通り「雲の上」です。近い将来、会員のお仲間入りできるくらいになりたいものですが。と、同時に、果たしてこの会員制クラブに支払うお金をもっと別のことに使えたら・・・。この数字を見て、ぱっとそう思いました。これだけのお金を払って、確かに素晴らしい出会いや、素敵な時間が過ごせるかもしれませんが、なんだか本当に必要なんだろうか?って思ってしまう。と、そこまで思いを巡らせたときに、これって、別に六本木ヒルズクラブの会員だけの話じゃないって思ったんです。たとえば、今の私の生活だって、世界の多くの人からみたら、信じられないほどの贅沢と無駄に彩られていることでしょう。私が「当たり前」と思っていることはぜんぜん当たり前なんかじゃない。どのレベルの贅沢が無駄で、どこまでは自分が幸せに生きるためのぎりぎり水準なのか。それは、人によって違うし、他人の生活を見て「それ、無駄遣いだからやめて寄付でもしなよ」と言う事はできないんだって思いました。それは、私くらいの生活水準の人でも、六本木ヒルズクラブの会員でもまったく同じ。まずそれを確認。けれども。そういう自分のお金の水準や価値観を基準に「おかしい」と言って責めるのではなく、「その人が少しでも自分のために使っているお金や時間を周りの人や、ほんとうに必要としている国の人や社会全体のために使いたい!是非使わせて!」と思うようになってもらうこと。それがやっぱり必要なんです。そのために。楽しさとか、うれしさとか、そういうポジティブなパワーが大事。
2004.04.07
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「いつか起業したいんです」「夢は自分で事業を起こすことです」「将来はビジネスを自分で始めようと思っています」こういう言葉、よく聞きます。それも、男性から「のみ」です。これはいったいどういうことなのでしょう?男女の差、という意味でいうと女性で起業される方というのは、「●●をやりたいと思って、そうしたら起業になっちゃった」とか「働く自由がほしくて、そしたら起業たどり着いちゃった」的な「できちゃった起業」が非常に多いように思います。男性の場合には、たとえば中学生のころから将来は社長になりたかった、とかサラリーマン生活に嫌気がさして独立を考える、なんていう人も結構いる。そしてそのうちほとんどの人は、「いつか起業したい病」なのです。起業したいけど今はビジネスアイディアが浮かばない。起業したいけど今は資金がない。起業したいけど今は成功する自信がない。だからいつか起業しよう、今じゃない「いつか」。こういう人たちは、まだまだ考え足りてないと思う。なぜなら、「起業したい」はその人がほんとうにしたいことの本質じゃないと思うから。起業して、お金をたくさん稼ぎたい。起業して、みんなから社会的に認められたい。起業して、人に使われることなく働きたい。起業して、世の中の人の役にたちたい。起業して、自分の好きなことだけをして生きたい。この後のフレーズのほうが実現させたいことであって、起業はその手段でしかない。これは、お金をたくさん稼ぎたいという気持ちや社会的に認められたい気持ちを否定しているのではありません。それは私だって同じ。でも、お金をたくさん稼ぐだけなら、社会的に認められるだけなら起業する必要はありません。株式に投資したって、本を書いたっていいわけです。起業して、事業を営むことで「しか」実現できないこと。それをどれだけ本気でやりたいと思っているのか。もしも、本気でやりたいと思っているのなら、それは男であろうと女であろうと、たぶんその人は起業します。そこに迷いはない。だから「いつか起業したい」というところでとどまっている人は、自分が「企業やNPOとして事業を起こさないと達成できないなにか」を目指しているのかどうか、そうであるならば、その「達成したい気持ち」はどれだけ強いのか、を見極める必要があるのではないでしょうか。企業として事業を営むことでしか実現できない(と少なくとも自分は信じられる)●●に本気で取り組みたい。そう心の底から思えたら。「起業すること」なんて、たぶんたいした問題じゃなくなる。
2004.04.06
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朝の9時に法務局から電話がかかってきました。法務局: ジャストレードさんですか?」すこ: は、はい(どきどき、な、なに??)」法務局: ああ、新宿法務局のものですが、先日提出された登記書類 の件です」すこ: ・・・(ええっ?な、なんか問題あったの?やっぱ自分で やったのがNG?)法務局: 定款の一部に、「公告はホームページで」というような記 述があるかと思うのですが、あれね、ダメなんですよー。 貸借対照表はそれでいいんですが、それ以外のお知らせな どはやはり官報や新聞に掲載としていただかないと。すこ: で、でも公証人の方に確認してもらって、印紙も貼って、 だからその定款をもって登記申請をしたんですが。。法務局: う~ん、でもこのままだとダメなんです、申し訳ないので すがこちらまで来ていただいて、定款を公証人のところで 修正してもらい、再度提出の必要があります。すこ: はぁ、わかりました(涙)ということで、法務局→公証人→法務局とめぐってきました。公証人役場では「あぁ、法務局から突っ返されたんだ。で、どこ?」「あら、珍しいとこ直されたわねー」みたいな感じで結構同じようなことがあるんだなと感じました。「公証」してくれたんじゃなかったのかー?!
2004.04.05
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親しい友人を中心に、近況報告も兼ねて、ふとしたタイミングでお便りメールをお送りしてします。ただの近況報告だとつまらないので、なるべく季節のテーマにあった、そしてそのメールを読んでいる瞬間だけでもゆったりとした気分に浸ってもらえるような、そんなお便りを心がけています。つい先日のテーマは桜。このお便りには、ずいぶんいろんな方から素敵な反応をいただいたので、原文をこちらに掲載したいと思います。今年も桜の季節がやってまいりました。日本の春の象徴とも言うべく桜。その梢いっぱいに一片の葉もなく、ただただピンク色の花に埋め尽くされている様子に他の草花にはない圧倒的な美しさと妖しさを感じとる方も少なくないでしょう。日本語にはそんな桜の咲きぶりをあらわすこんな素敵な言葉がありますね。咲き初め三分咲き五分咲き七分咲き満開散り初め落花盛んそして散り果て。どのステージの桜をもっとも美しいと感じるか、人によって差がでてくることと思います。私がいちばん好きなのは、咲き初め。はちきれんばかりに膨らんだつぼみと、おそるおそる花びらをのぞかせる花たち。「これからいったいどんなに素敵に咲くことだろう」そんな期待を抱かせてくれる。そして、散り初め。満開の花の中、はらはらと散りゆく花びらが視界の中に飛び込んでくる。「きれいだった?あなたに出会えて幸せでした」今にもそんな声が聞こえてきそうな風景。そんな桜の開花ステージは、同時に私たち人生のステージを思い起こさせてくれます。人生の希望に満ち溢れた「咲き初め」の時期、その才能を少しずつ発見していくプロセスである「三分咲き」から「七分咲き」にいたる時期、そして自らの能力と周りの環境に恵まれて最高のパフォーマンスで他を圧倒する「満開」の時期。さらに、後に続くものへの気遣いを感じさせる「散り初め」、そして自らの力を惜しげもなく後に残していく「落下盛ん」な時期。最後は自らの力や経験を出しつくし、伝えつくし、「散り果てる」ほんとうは「散り果て」の姿がいちばん美しいのかもしれない。美しく咲き誇る桜の花を眺めながら、ふと、そんな風に思いました。
2004.04.04
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「チャイナ★サロン」の第一回を開催しました!21名の中国や中国語に関心のある人が集まり、かなりホットに盛り上がりました。来ていただいた方は、まさに老若男女さまざまで、中国への関心は世代や性別を超えて生まれてきたなと感じました。告知の関係もあるのですが、大前研一さんの一新塾出身の方も多く、熱くて向上心が高く、非常に社交的な方が多かったのも印象的です。また、今現在お仕事で中国語を使われているという方もかなり多くいらっしゃいました。基本的には毎週土曜日、初級者と中・上級者向けに中国語を学び、中国文化に触れる機会を提供しようと思っています。昨日のディスカッションでだいぶとサロンの進め方も固まってきました。語学の勉強は継続的にやっていくにせよ、このサロンから文化や歴史的背景にも触れることができ、なにより中国人の方や中国に熱い方々との「濃い」関係を作っていければと思っています。今からでも仲間にいれて!という方はお気軽にご連絡ください。現在登録者は36名になりました!
2004.04.03
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ベンチャー、特に国際ビジネスを手がける企業に対するコンサルティングを行っているJCIという会社主催の「インベスター&エグゼクティブ・ネットワーク」という集まりに参加してきました。赤坂プリンス40階のカクテルラウンジということでちょっと構えていったのですが、実際には中小企業のオーナーが提携先や取引先を求めて集まっているという感じ。たぶん私が最年少、かつ女性率は5%未満でした。中小どころか零細に分類される自分の会社は棚においておいて、この集まりからビジネスを、というのには距離があるような気がします。最近別の起業家ネットワーク系の集まりなどに顔を出していても思うのですが、「ビジネスプランに意見を言ってもらう場がほしい」「提携先・販売先を見つけたい」「人脈を築きたい」という理由で出席されている方が結構多いんだなーと。私の感覚では、ああいう場で生まれた人脈は紹介に比べてかなり薄い。どうしてもお互いの商売のことが最初に来てしまうし、次につながらない。それでもああいう場所に行きたいと思ってしまうのには理由がある気がします。それは、たとえば私なんかが同業他社に近い会社の社長さんや業界のノウハウを持っていそうなキーパーソンに簡単な紹介を通して「お話をうかがわせていただけませんか?」と頼む。それが、26歳の女の子なのか、39歳の前職での経験をひっぱった男性であるのかでずいぶん対応も違うと思うのです。また、ビジネスプランや個別のアプローチに関しても、「いけてない」と忌憚なく言ってくださる方が非常に多いのですが、それも「私」にだから「言ってやるか」という部分も大きいのかも。若いこと。女であること。このふたつは、意識して利用していたわけではないけれど、自分の意図の外で間違いなく人間関係に影響する。私は、それを自分の強みのひとつとして認識しようと思う。
2004.04.02
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2004年4月1日。ジャストレード株式会社設立。本日新宿区の法務局に登記申請を出してまいりました。今日から同社の代表として、人生の新しいステージに挑戦いたします。ここまでたどり着くまでに、ほんとうに数え切れないくらいの人たちに支えられてきました。今どうやってその感謝の気持ちを伝えたらよいのかわからないほどにありがたく思っています。『ひとりひとりが他者や環境を自然に思いやる真心を持つ文化』を創造するために。まさにその目的のためにこれからの人生を生きたいと思います。いつか、今日のことを振り返って、「ああ、こんな風に理想に燃え、想いに突き動かされるように創業したんだっけ」と、そして「あのときの想いって、ずっと残っているよね」と。そういう風に思えるような企業を創造していきたいと思います。今日の日を一生忘れない。
2004.04.01
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