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May 17, 2021
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コロナ禍といわれて、早や1年半ぐらいになりますか。

最初のころにライブバーやライブハウスで感染者が出て、それ以来「ライブ」という言葉に対する風評被害が強くて、客足がぐっと減り、そうこうしているうちに数カ月ライブができない状況になり、世の中が“配信”だらけになって、「コロナが明けたら」というのが合言葉みたいになって、客足は未だ戻らないけれども、それでも前向きにライブショウを続けてきたら、各所でお客様から心強い言葉をいただくことが多くなった。

「生演奏は一番いいね」「元気出た」「明日からまた頑張れる」「愉しくて免疫力上がる」「また来るから」…などなど。

ライブ音楽に触れて人生が救われた話もあった。ライブ鑑賞友だちとして支え合う仲間ができたという話も聞いた。ライブに来ている間は夢の世界にいるようで幸せだと言っていた。

音楽が人の生活に密着、というか入り込んで生活必需品、日用品として存在していることをはっきりと知った。

日用品ならば、もっともっと手の届くところにあっていいんじゃないか、そこにいけば手に入るモノでなきゃだめじゃないか、でもそこに夢があるなら非現実な時間、空間であることが大事なんじゃないか、と強く感じるようになった。

まるで、ほんのちょっとだけいつもと違うもの、贅沢品じゃないけど自分にとって誇らしげなモノ。“自分にごほうび”みたいな。。

だから、可能性が少しでもあるなら届け、伝えることをやめてはいけない、あきらめてはいけない。

ミュージシャンが止めてしまったら、その瞬間にその音楽は無くなり、それを生きるエネルギーとしている人々の心がダウンしてしまう。

音楽家は社会とつながっている。決して“趣味を楽しく好きにやる人”ではない。

それを楽しみにしている、待っている人がいるのならば、少なからず社会に影響を与えているのだ。

ミュージシャンの奏でる演奏はミュージシャンのものではない。それを体感する、欲する人のものとなる。遺せるのは“音”ではない。ともにあった時間・空間の瞬き、一期一会の幸福感だ。

“ステージ衣装”に身を包み、舞台人としての立ち居振る舞いをして、さらには、創り出す音楽だけは気取らずに腹を割り、心を尽くさなければならないことを、この事態のなかで気づかされている。



それが「役割」なんだ。





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Last updated  May 17, 2021 02:24:33 PM
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