~4~






  午前中のテレビのリハーサルが押してしまって、
  昼休みの時間には間に合いそうになかった。

  別の日にすれば良かったかなと思いながら電話すると、
  彼女も忙しいみたいで、今日が一番出やすいらしい。
  こっちももうテンションあがってたから、
  結局、時間ができたら行くことにした。

  持ち時間は1時間半。

  リハーサルが始まる前から、
  持って行く紙袋をテーブルの上にスタンバイさせて、楽屋にダッシュで戻って
  そのまま掴んで飛び出した。

  のんびり歩いてくる4人の間をすり抜ける。

   「おぉ~~っ! どーしたどーした~?!」

  翔くんが笑いながら道をあけた。

   「遅刻厳禁だからなーーっ!!」

  ニノの声が遠くに聞こえた。


  公園の向かいの小さなオープンカフェは、すぐに見つかった。
  この前は夜だったから、公園のまわりも全く違う風景に見える。

  風が涼しくて気持ちよくって、外に面したテーブルについた。

  駅から少し離れてるせいか、人通りも少なくて、
  公園から出てくる親子連れや、遅い昼休みっぽいビジネスマンとか
  のんびりした気持ちで眺めるのは楽しかった。

  時間も忘れてぼ~っとしてると、不意に視界を遮られた。
  顔を上げると・・・、

   「お待たせしてごめんなさい・・・!」

  ・・・カワイイ・・・。

  風に髪がふわっとなびいて、遠慮がちに微笑んで・・・。

  ・・・あ~・・・、笑ったトコ初めて見た・・・。

  ついつい見とれてしまってたら、急に彼女は不安げな顔になった。

   「あの・・・、相葉さん・・・ですよね・・・?」
   「あっ!! はっ、はいっ!!」

  あわてて席を立ったもんだから、イスを思いっきり後ろに倒してしまった。
  スゴイ音に周りの視線が集中する。 ・・・かっこわる~~・・・。

  彼女が小走りに回りこんで、一緒にイスを元に戻した。

  イスを起こしながら向かい合うと、
  小さな淡いブルーの石のネックレスが揺れてる彼女の胸元に
  目がいってしまう。

  気付かれないうちに、なんとか視線をはずした・・・。

  ずっと電話だけで話してて、覚えてるのは
  暗い夜の公園での硬い表情の彼女だけだったから、
  今、目の前で微笑んでる彼女がすごく眩しくってドキドキした。

  お互いにやっと席に着いたところで、彼女が切り出した。

   「ごめんなさい、驚かせてしまって・・・。」
   「あ、いえ、ぼーっとしてたから・・・。」
   「今日は涼しくって、気持ちいいですよね・・・。」

  街路樹越しの青い空を、眩しそうに見上げてる。
  彼女がこっちを向いてない時だけ、その横顔をじっと見てしまう。
  こっちに向き直ると、あわてて空を見上げて、もっともらしくうなずいた。

   「・・・あの、ケガの方は、ホントに大丈夫ですか・・・?」
   「あ、はい! もうすっかり・・・あれ? どっちだったっけ?」

  テーブルの上に両手を広げて見せた。

  彼女は少し笑って、安心したような顔をした。 一呼吸おいて、

   「・・・あの、ごめんなさい、せっかく来ていただいたのに、
    あまりお時間取れないんです・・・。」
   「あ、いいえ、僕が遅れたから・・・。」

  用件だけで終わりってことだよな・・・。
  なんかもったいない事したかな・・・。
  もっとゆっくりできる日にすればよかった。

   「あ、じゃあ、これ・・・。」

  紙袋の中には、壊れたままの双眼鏡と、新しいものが入ってる。
  テーブルの上に、静かに置いた。

  彼女がゆっくり頭を下げて、紙袋を引き寄せる。
  そっと中を覗いて、不思議そうに首をかしげて訊いた。

   「あの・・・、これ・・・?」
   「・・・大事なものだから、代わりにならないのはわかってます・・・。
    でも、同じもの見つけたんで・・・、良かったら使って下さい・・・。」
   「えっ? 同じもの・・・?」

  彼女が紙袋から箱を取り出した。

   「!! はあっ?! なんだよ、それ!!」

  自分でもびっくりするくらい大声で叫んでしまった。
  彼女が目を丸くして固まってる。

  フツーじゃゼッタイ使いそうもない、虹色のギラギラした派手なリボンと、
  見覚えのあるケータイのストラップが付いていた。使い古しじゃんか・・・。

   「・・・えっ、・・・あの、これ・・・?」

  彼女が不安そうに訊いてきた。 ふと我に返って、

   「いや、あの~・・・、はい~~・・・。」

  ドッと疲れて、ため息混じりに返事をした。
  リボンに手を伸ばして、引き剥がしてポケットに突っ込んだ。

   「ちょっとこれは・・・、なかったことに・・・。
    中身だけ、見てください・・・。」

  あっけにとられたまま、彼女が箱を開けた。

   「・・・すご~い・・・、ホントだ~・・・。」

  丁寧な言葉を選んで話してた彼女が、初めて友達みたいにつぶやいた。
  なんか嬉しくなって、思わず顔がゆるむ・・・。

   「・・・もう昔のものなのに・・・。
    わざわざ探してくださったんですか・・・?」
   「修理できたらよかったんだけど・・・。
    別のものなんて、意味ないですよね・・・。」
   「そんな・・・、私が悪かったのに、巻き込んでしまって・・・。
    かえって申し訳ないです・・・。
    あの、お支払いしますから! これ以上迷惑かけられません・・・!」
   「迷惑だなんて、気持ちですから・・・。」
   「でも・・・。」
   「僕が勝手にやったことですから・・・!
    ホントに・・・、代わりにならないだろうけど、受け取ってください!」
   「・・・。」

  沈黙が流れる・・・。
  彼女が来る時にオーダーしたらしい、アイスティーがテーブルに置かれた。

  ちらっと彼女を見ると、口元をキュッと結んでグラスを見つめていた。
  店のざわめきも耳に入らなくなって、自分もキラキラ光るグラスを見ていた。

  ほんの数秒のはずなのに、すごくながい間、時間が止まったような、
  でも息苦しい時間ではなくて、穏やかな気持ちで彼女の返事を待っていた。

  カランと氷が揺れた。

  ゆっくり顔を上げると、彼女はまっすぐにこっちを見ていた。
  やさしく微笑んで・・・。
  ホッとして、こっちもつられて笑顔になってく。

   「・・・じゃあ・・・、遠慮なく・・・。」
   「はいっ!!」
   「ありがとうございます・・・。」

  なんか中学生みたいに照れながら、でも嬉しくって笑った。
  あまり目は合わせられなかったけど。

   「あの、お昼、まだなんですよね?」 彼女が訊いた。
   「あ、でももう行かないと。 時間ないんで。」  
   「そうですか・・・。 じゃあ、ちょっと待っててください!」

  彼女はテーブルのあいだを縫って、カウンターの方へ向かった。

  あ~、もう時間がない・・・。 用件は終わった。 もうサヨナラ・・・?

  俺のことを知らない、普通の暮らしをしてるひとと偶然出逢って、
  話しできるようになったけど・・・。 ステキなひとだったけど・・・。

  もうこれっきりになるのかな・・・。

  もう一度、会いたい。 また今度・・・。

  でもホントのこと、仕事のこと知ったら・・・?

  きっと引くよなあ・・・、こういうひとは・・・。

  けど、次に会ってどうするんだろう・・・。

  また会いたくなって、次の約束をして、いつまでもそんな繰り返しで・・・。

  俺はカメラアシスタントかなんかで・・・。

  そんなのが続くわけない。
  自分のこと、知らないひとと出逢うって、なんかけっこうキツイ・・・。

  気がつくと、彼女が戻ってきていた。 紙包みを持って立ってる。
  ゆっくり立ち上がると、彼女は微笑んで紙包みを差し出した。

   「これ、おなかいっぱいにはならないかもしれないけど、どうぞ・・・。」
   「えっ?」
   「ここのサンドイッチ、おいしいんですよ・・・!」
   「あ・・・、ありがとう、いただきます・・・!」

  素直にウレシイ。 こういう心配りがツボにはまってしまう・・・。

  やっぱり、これきりはイヤだと思った。
  このひとと、このまま会えなくなるなんて・・・。

  ハッキリ伝えよう・・・! 今しかない・・・! 

   「あの、相葉さん・・・?」
   「はいっ?!」

  出鼻をくじかれて、つんのめりそうになった。 心臓がバクバクしてる。

   「・・・よろしかったら、今度、お礼させていただけますか・・・?」
   「・・・はぁ~~・・・?」

  耳を疑った。 今度って・・・、また会えるってこと・・・?

   「双眼鏡のお礼、ぜひさせてください・・・。」 
   「・・・。」

  口を開けたまま、何も言えずにぼ~っとしてた。

   「お仕事、夜遅いんですよね・・・?」
   「あっ! いや、あの~・・・、不規則なんです。 早い時もあるし。」
   「じゃあ、8時ごろ・・・、お仕事終わられる時があったら・・・。」
   「はい・・・。」
   「前もって、ご連絡いただけますか?」
   「あ、はい・・・。」

  頭がぼ~っとして、返事しかできない・・・。

   「じゃあ、お願いします・・・。」
   「・・・わかりました・・・。 8時に・・・、空いたら・・・。」

  彼女は笑ってうなずいた。

   「今日は電車でいらしたんですか?」
   「いえ、車で・・・。」

  車じゃないけど、タクシーなんだけど・・・、それも車か・・・。
  まぁどーでもいいか・・・。

  もうホントにどーでもいいくらい、雲の上・・・。

   「それじゃあ・・・、ごめんなさい、ここで失礼します・・・。
    今日は本当にありがとうございました・・・!」
   「あ、はい・・・。」

  深々と頭を下げて、彼女は小走りにすぐ先の角を曲がって行った。

  最後まで、まともな会話ができなかったのが情けなかった。
  でも次の約束ができたことが信じられなくって、しばらくぼ~っと立ってた。

  メールのチャイムで我に返った。 ニノからだった。

   ~あと30分! 遅刻したら本番で一発ギャグ♪~

  なんで音符なんだよっ!!

  カフェを出ると、木漏れ日がチラチラ揺れて眩しかった。
  なんかワケもなくバク転したい気分になった。 もちろんワケありだけど。

  でも、イスを倒したり、大声で叫んだり、これ以上目立つことできないよね。

  バカなこと考えながら、走り出す。
  このままずっと走って帰れそうなくらい、足は軽かった。






  楽屋に戻ると、ニノがひとりでゲームをしていた。 こっちをチラッと見ると、

   「おっ、遅刻じゃなかった~!」 ふざけた口調で言った。
   「なんで遅刻すんだよっ!!」
   「カノジョと会ってたくせに~・・・。」

  ニヤニヤしてゲームを続けてる。

   「やっぱなぁ~~・・・。」

   「どうだった? ちゃんとキメた?」
   「おかげさまで! ハデなリボンありがとうございましたっ!!」

  こっちが言ったことを全くムシして、

   「へぇ~~っ?! どうキメたの?」

  ゲームの手を止めて、身を乗り出してきた。

   「えっ・・・、べつに~・・・、次に会うのを・・・キメた・・・。」
   「そーいうイミじゃないんですけどー!! で、次っていつよ?」
   「・・・いや、まだ決めてないし・・・。」 
   「あ~、それ、社交辞令じゃん!」
   「・・・そっか~?・・・そっかなぁ~・・・。」

  面白がってる。 でも改めてそんなコト言われると、不安になってくる。
  だって時間だって指定してたし・・・、具体的じゃん・・・。

   「あいばちゃ~~ん、こんどご飯つれてってぇ~~!」
   「そんな言い方しねーよっ!!」
   「じゃあどんな言い方だよっ!!!」

  逆ギレかよっ! 
  でも完全にニノのペースに持ってかれてる。 余計なことまでしゃべりそう。

   「名前だって、“さん”づけだしさぁ~・・・。 敬語うまいし・・・。」
   「相葉さん、お食事ご一緒させて頂いてよろしゅうございますか?って?」
   「そこまでじゃないけど、そんなカンジ・・・。」
   「はぁ~っ?! お見合いか~~っ?!」
   「うっせー!! 品の良さがわかんないかなあっ!!」

  頭で止めなきゃ止めなきゃって思いながら、ツラレてるよ・・・。

   「お嬢さまだったら、ますます社交辞令だなっ!」
   「なんで!!」 
   「住む世界が違うだろ? 歌って踊る俺らとはさぁ!
    そのへんわかってくれてんの?」
   「・・・。」

  反論できない・・・。 思わず固まってしまう・・・。

   「・・・えっ・・・? 知らないの? 彼女・・・。」

  まともに痛いところを突かれて、動揺をごまかせない。
  乱暴にイスを引いて座った。 ニノも静かになった。

   「・・・どーすんだよ・・・。 ヤバイんじゃないの?
    カノジョだろ? ・・・付き合ってんだろ?」
   「付き合ってない・・・。 ただの知り合いみたいなもん・・・。」
   「ただの知り合いで、あんなすっ飛んで行くかよっ・・・!」  
   「・・・行くんじゃねーの・・・?」

  落ち込みを隠せない。 言葉ではどうでもいいみたいに言ってみたけど。
  ニノが小さなため息をついて、またゲームを始めた。

  他の3人が次々と楽屋に戻ってきた。

   「お~っ、帰ってこれたか!!」

  翔くんが笑って肩をバンバン叩いた。

   「あっぶねーよなぁ~・・・!」

  マツジュンも笑ってる。

   「昼メシ、食ったの?」

  リーダーが真面目な顔で訊いてきた。

   「あっ・・・。」

  手に持ったままの紙包み・・・。
  なんか、胸が痛くて、すぐに食べられそうもなかった。

  ニノは変わらずゲームをしてる。 何もなかったかのように。

  さっきの話なんか、すっかり忘れてしまってるみたいだった・・・。


つづく    07,Dec.2004






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