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先日、川越市立図書館にて、ムスコ(2歳3ヶ月)のための本(絵本やトイレトレーニングの本)を借りました。
その時、ついでに立ち寄った文庫本コーナーで、「 シュリーマン旅行記清国・日本 」が目に留まりました。
ご存知の通り、シュリーマンは、少年の頃からの夢をあきらめず、トロイヤ遺跡を発掘した人物です。
ヨーロッパの常識、考え方では受入れられそうにない清国、日本のそれぞれの「文明」に大いに戸惑いながらも、細部にわたる観察により、両国を理解しようとしています。特に日本への賞賛は、清国に関する描写とは対照的で、勇気付けられるものです。
価値観をヨーロッパのキリスト教社会に置くべきか、世界の多様性を認めるべきか・・・
シュリーマンにとって、「文明」とは何かについて、自問しながらの旅だったのかもしれません。
本文からは、アヘン戦争やアロー戦争の結果、清国がどのような状況に陥っているかとか、当時のヨーロッパ人にとって日本が高い評価を受けていたこととかが、よくわかります。
本書に寄れば、日本での滞在中、シュリーマンは、江戸見物を実現させるため、コネクションを頼ったとのことです。
シュリーマンの江戸見物が実現したことによって、当時の江戸の街並み、人間模様、風俗などが本書に記録されました。 ついでに言うと、日本・欧米の金銀の交換比率の違いが悪用された通貨問題が、欧米の外交官らが利益を独占するものであり、商人は埒外だった(らしい)ことも書かれています。
そして、江戸見物を実現させたコネクションこそが、トーマス・グラバー。
グラバーは、シュリーマンにとっては、「若い友人」とのこと。
薩長同盟の締結、明治維新の影の立役者と言われるグラバーです。
が、偶然にjも、つい最近のNHK歴史ドキュメント「 歴史秘話ヒストリア 」で、グラバーとその息子富三郎が取り上げられていました。
「秘話」というよりは、どこか悲しい親子の物語でした。
また本書には、ほとんどの欧米の外交官が、彼らを襲おうとする攘夷派の浪士から逃れるため、江戸から立ち退いたことが書かれています。一方で、江戸には珍しい欧米人を見るため、公衆浴場から服も着ずに飛び出してくる、好奇心旺盛な庶民の姿も描かれています。
多くの日本人、欧米人が行き交った幕末の日本の風景を垣間見た気がしました。
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