お茶の歳時記

お茶の歳時記

Feb 18, 2006
XML
カテゴリ: 子育ての事
「2人憎くない」と供述 明確な殺意と矛盾も(gooニュース)

昨日の滋賀県の園児殺害事件について、今日もちょっとだけ。
何も情報でないうちにいろいろ憶測で書いてはいけないのは解るのですが、ちょっと気になった事があるので。

さて、リンク先のニューストピックスでは、容疑者のコメントで「車に乗せる子を殺そうと思った」と「(刺した)2人が憎かったわけではない」との二つのコメントを矛盾があるものと書いている。
けど、単純に矛盾していると言い切るのはどうか。

以前ここに私が長期間に渡っていじめにあっていた事は書いたと思うけど、その間私がいじめをやる側にも行った事があるって事は、まだ書いていなかったと思う。

小学校高学年の頃ですが、家でも学校でもストレス溜まっていたのが原因だと今は思います。
ええ、ほんの短期間ですがいじめをやっていたんですよ。
勿論短期間でも理由があってもいじめはいけない事です。
しかし、ある理由から私はこの事が理屈で解っているのに未だに反省できていません。

それは、私が受けていたいじめに関しては「自分で何とかしろ」と先生に突き放されていたのに、私がやっていたいじめにかんしては、当の先生から注意を受けた事。
これにもいろいろ理由があったのですが(端的に言えば、私は先生の気に入るような性格じゃなかった。ついでに言えば、母は私の性格を恥に思っていた、それが私にはとても苦痛だった)、この事を理不尽におもう気持ちからなのか、今も自分が悪かったと心のそこから思うことができません。

因みに、私はいじめたいた子の事を憎く思った事は無いんですよ。
寧ろ好きでした。
じゃ、なんでいじめたいたか。

答えは、相手が自分より弱かったから。
要するに八つ当たりです。
ええ、理屈では最低だって解るの。

でもそれは、あくまで理屈で知っているのであって、いじめられた子の心情に寄り添ったものではありません。
自分こそずっといじめられていたのだから、誰よりもその嫌な気持ちは理解できるはずなのにね。

ここ読みに来る人に軽蔑されるの覚悟で書くのは、人間の良心って言うものは、過小評価しても過大評価してもいけない、って事を言いたいから。

いじめにあっていたって過去を打ち明けると、たいていの人は

「辛い目にあった人は、同じ事を他人にしない」

となぜか信じるのです。
そんなわけないでしょう。人間ってのは、自分が優しくしてもらえないと他人に優しくできない生き物なんですよ。

心に無いもの(優しさ)を、それが常識なんだから出せ!と言われてもね。
何が優しさなのか解らない人には、出しようがありません。

勿論、酷い目にあっても他人に優しくする人はいます。
でもそれは、別の場所から優しさを貰っているからなんですよ。

心の中に、以前貰った優しさがあるから人様にもお出しできるんです。

長くなっちゃったけど、まぁそんなわけで、殺意はあっても憎くないっていうのは、要は 当たれる相手が自分より弱かったら ・・・ミも蓋もない言い方をすればそうなんじゃないのかな、と。
憶測ですから、頼みますから鵜呑みにしないでください。

勿論、それが当たっていたとしても、だからって幼い子どもを刺されちゃたまったもんじゃありません。
それでは、どうすればそんな人間を作り出さずに済むのでしょうね?
そこを真面目に考えないと、ただ「怖い、犯人が憎い」だけでは何一つ変わりません。

容疑者の身近に彼女の本心をきっちり聞いて、気持ちを汲んであげられる人がいたのかどうか、それがすごく気がかりです。
言葉も上手く通じない、文化の違いすぎる異国の生活は、同じ国内で転勤による引越しを繰り返し、親の助けのない状態で3人の子どもを育てている私より過酷で、その分助けの手が必要だったはずです。その助けは本当に足りていたのか?

同時に、私はオンでもオフでも結構口がきつい方なので(優しい会話なんて親から貰えませんでしたよ)、それで相手をカチンとさせる事が多いのです。
自覚があるのに直せないのは私の努力不足なのですが、まぁとにかくそれで人様に必要以上に心理的な負担を与えていないか、今更ながらに怖くなります。
それが積もり積もったらどうなるか。

上手くは書けませんが、その事を昨日からずっと考えています。


そうそう、人間の一見矛盾した行動や狂気とも思える行動を、きちんと筋道立てて説明している書物も最近良く読みます。
こういうの読むと、益々自分と新聞に報じられる凶悪犯とを、一線を画して考える事が難しくなります。

かなり前に作家の藤本ひとみさんの書かれた 見知らぬ遊戯 歓びの娘 快楽の伏流
このサイコ・サスペンスのシリーズでは、猟奇殺人を主に扱っています。

面白いのは、 3篇ともその病巣は家族にある、という流れ である事。

読んでいて、家族の事で苦しむ期間の長かった私は、とても素直にその流れを受け入れていました。
ある意味世間から隔離されていて、例えば大人の言いつけやマナーを守らない子どもに暴力を振るうのは「体罰」としてなぜか合法になる、そんな一種独特の空間を見事に描いているな、と思うのです。
外でマナー守らない大人を殴れば傷害罪なのにね。
そんな家族の怖さを、私が出した例えの陳腐さなんてぶっ飛ばすぐらいの勢いで、しかも十分な説得力をもって書いているんですよ。

ちょっと回りくどい書き方になっちゃったけど、せめてこの日記を読んだ人だけにでも、世間の凶悪事件を、どうか自分と無縁のものとは捉えず、向き合って欲しいなと思わずにはいられません。

あ、以前も紹介した あなたの子どもを加害者にしないために もあわせてここに掲載します。
本当に、他人事ではないのですよ。

(まとまりの無い文章ですみません。
 この件に関しては本当に語りつくすことは無いくらいなのですがそれだけに大きく広がりすぎてまとめにくいのです)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Feb 18, 2006 11:14:42 PM
コメント(5) | コメントを書く
[子育ての事] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

AIBELL

AIBELL

Archives

Jun , 2026
May , 2026
Apr , 2026
Mar , 2026
Feb , 2026

Favorite Blog

訳あり三陸 おさし… New! きゃっくんさん

パン大スキ! yellowpanda55さん
BRIGHT EARTH tantanperu2さん
わくわく工作ブログ わくわくクラフトさん
まちままの絵本日記 まちまま♪さん
tomatoのひとりごと トマト65号さん

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: