hongming漫筆

hongming漫筆

PR

×

Comments

背番号のないエース0829 @ 松谷みよ子】(04/22) 「私のアンネ = フランク」に、上記の内…
hongming @ Re:ブルーレイが再生できない(11/30) 随分遅くなりましたが、やっと試しました…

Archives

2026.06

Keyword Search

▼キーワード検索

2006.06.17
XML
神隠しと日本人  角川ソフィア文庫。1998.7.25。

 第一章「事件としての神隠し」
 第二章「神隠しにみる約束事」
 第三章「さまざまな隠し神伝説」
 第四章「神隠しとしての異界訪問」
 第五章「神隠しとは何か」

 書き方に特徴がある。
 「幼い頃の私は、神隠しにあって日常世界の向こう側に行けた人びとをとてもうらやましく思った。」(p17)というように、「私」という主語で語られていくのかと思うと、そうではない。
 「そこで私たちが疑問に思うのは」(p28)というように、「私たち」が考察を進めていく。

 神隠しにあうのは人間である。子どもとは限らない。大人も神隠しにあう。
 そういった例を紹介するだけでなく、神隠しを行う側、「隠し神」にも目を向けているところで、「なるほど、研究者というのは違うものだ」と感心した。
 「鬼は天狗と「神隠しの犯人とされるべきはわれわれなのだ」と互いに主張しつつ勢力争いを繰り返しながら、あるある程度の役割分担をになうにいたったといえよう。」(p151)と言う。
 しかし、鬼や天狗がいるから神隠しが生まれたのではない。神隠しは、人間が、そういう怪異を必要としたので生まれたのである。それは第五章で述べられている。
 第四章で、浦島太郎の話をあげ、「村びとにとって、太郎の失踪《しっそう》は神隠し事件であったに違いない」(p181)という。
 神隠しとして解釈するのは、隠された者ではなく、残された者なのだ。
 また、場合によっては、神隠しだったことにしておいた方がいい場合もあるわけだ。
 ものを考えるとはこういうことか、という点でも勉強になった。


楽天ブログランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.06.17 11:04:23
コメント(0) | コメントを書く
[民俗学・社会風俗・地誌・歴史・博物学] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: