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では坂本龍馬暗殺事件である近江屋事件ではいったい何があったのでしょうか?近江屋事件にこれまでの歴史的な背景をヒントとして焦点を当ててみますと、いろいろと霊視的に引っかかる部分がいくつかあります。その引っかかる部分と言うのはですが、まず大きな問題として坂本龍馬は北辰一刀流の免許皆伝の剣術の使い手であること、そして銃を持っていたのに何故、簡単に暗殺されてしまったかということです。説によりますと、龍馬の剣術はそれほど優れていなかったという説もありますが私の霊視的なイメージでは、剣術は人並み以上で、それでも手勢に無勢のイメージを持たれていたので、銃を持参しているイメージです。いつ襲われるかも知れない時世に、銃や剣を手元に置かないということは絶対になかったのではないかと思います。それでは龍馬に手を出してはいけないという幕府の指令が出たので、自分は絶対に狙われないという過信が龍馬にはあったのでしょうか?それも絶対にあり得ない事で、寺田屋事件で命からがら逃げ伸びて、重傷を負った龍馬がそんな過信を抱くものでしょうか?絶対にあり得ないことだと思います。では、何故に簡単に忍び寄る暗殺者に襲われてしまったのでしょうか?これは、坂本龍馬のお人柄にヒントがあることがイメージを通じて伝わって来ます。龍馬のイメージの中に、自分に頼って来る方を誰も差別なく平等に受け入れる姿勢が利用されているイメージです。ですから、十津川郷士を名乗って龍馬に会いたいと願い出た見ず知らずの方を簡単に自分の居る部屋まで通してしまっているイメージです。(これには多少、幕府の新撰組に対する坂本龍馬には手を出すなという指令があった事で 新撰組には襲われないという龍馬自身の安心感が、多少はあったイメージです。)ただし、銃は懐に、そして刀は左横に置いているイメージです。龍馬暗殺事件の定説とされています、元力士の山田藤吉は客を龍馬に会わせようとするが後から斬られた。このとき「ぎゃあ!!」と大声を上げた山田に対し、龍馬は「ほたえな!(土佐弁で「騒ぐな」の意)」と言い刺客に自分たちの居場所を教えてしまう。刺客は音もなく階段を駆け上がり、ふすまを開けて部屋に侵入した。とありますが、これは中岡慎太郎の証言に基ずく事件の真相内容なのでしょうか?これを中岡さんのイメージに聞いてみても、そんな証言はしていない事を即座に伝えて来ます。この元力士の山田がもし仮に後ろから斬られたとして、「ぎゃあ」という声を出しただけで、その場に倒れてしまい、その後は何も言わないということは在りうることなのでしょうか?単純に考えても、とてもおかしい話だと思います。龍馬がその当時近江屋に隠れて滞在している訳は、いつ自分が襲われるか解らなかったので、自分の身を守るためではなかったでしょうか?龍馬と一緒に生活を共にしていたはずの元力士の山田が、そんな龍馬の大事な事情を知らない訳がないと思います。もし仮に山田が後ろからいきなり斬られたとしたならば、ぎゃあと言った後に龍馬に対して、危険人物が侵入して来た事を教えるのが常識なのではないかと私は霊視的なイメージを通じてそう思います。そして、龍馬の「ほたえな」という言葉で龍馬の居場所が解り、刺客が音もなく階段を駆け上がりふすまを開けて部屋に侵入と言うのも、当時の家の作りなどを考えると、大の大人が3人も忍びよって行くのに対して、龍馬、中岡が気が付かない訳がないと思います。やはり近江屋事件の真相に深く入って行くためには、剣術の使い手であり銃を持っている龍馬さんが簡単に暗殺された訳は、龍馬さんのお人柄の部分に大きなヒントがあったことが私の霊視的なイメージで強く伝わってきます。では、この近江屋事件の定説となっている真相内容は誰が時世に伝えたのでしょうか?これがやはり坂本龍馬暗殺事件のカギとなるようです。(またまた長くなりましたが、やっとここまで書くことができました。私のように歴史に 詳しくない方も沢山おられると思いますので、みなさんが楽しめるように頑張って 書きたいと思いますので、よろしくお願いします。)ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.09.29
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さて、近江屋の2階では霊視的には何が起きたのでしょうか?中岡さんの伝えて来るイメージを中心に霊視的解説をして行きたいと思います。部屋の広さは大人5人が入るには狭くもなく、広くもなくのイメージですので8畳から10畳ぐらいあったのではないかと思います。龍馬はその部屋の入り口正面向かいの壁を背に坐っています。そして中岡は龍馬の右隣に座って居ます。その龍馬の向かって左に佐々木、そして真正面に桂、高橋と3人が坐っています。そして、龍馬に何かをいろいろと聞いているようです。たぶん、幕府関連の内容だと思います。そして、酒を交わしているイメージで、これは3人が持って来た酒だと思われます。(これははっきりは解りませんが、もしかしてその酒の中には体の動きを鈍くするような 薬が入っていたのかも知れません。)そして、30分位時間が経ってから、それまで2階の廊下で待機していたと思われる元力士の山田が、龍馬は安全であると判断して、カワヤにでも行こうとしたのか1階に下りているイメージです。その時に、近江屋の入り口を見張っていた3名の者を見つけ、危険人物だと思ったのかすぐに龍馬らに知らせるために2階に上がろうとした時に、後ろから背中を切られてしまっているイメージです。山田は突然の事でビックリして、「ぎゃあー」と大声をあげて、身の危険を龍馬らに知らせようとしましたが、龍馬は「ほたえな」と一括して、それでも1階が騒がしいので見に行こうとした時にいきなり、左横に居た佐々木が龍馬の首をめがけて斬りかかります。龍馬のイメージでは、左から黒い影が見えたので、とっさに頭を下げて交わそうとしたようです。しかし、佐々木の持っていた刀はたぶんですが、長くもなく短くもなく、中刀と言うのはあるかどうかは私には解りませんが、それほど長くはない刀で真横から斬りつけられたためさすがの龍馬でも交わせなかったようです。(酒の影響もあったかもです。)その佐々木の刀は龍馬の額にドンという衝撃があるくらいの勢いで当たったものと思います。龍馬はその衝撃でビックリして斬られた額を手で押さえた所に、向かいに座っていた桂がやはり中刀のような刀で胸を刺して居ます。龍馬はそれでも懐に入れていた銃を取り出そうとしますが、佐々木に背中を切られ倒れこんだイメージです。それを見ていた中岡はですが、1階が騒がしい時に1階を見に行こうとした時にいきなり龍馬が斬られたのを見て、すぐに助けようとしましたが、真正面に居た高橋に右わき腹あたりを短刀のようなもので刺されています。それでも、龍馬を助けなければいけないと、自分の刀を取ろうとしているところを何度も斬りつけらているイメージです。龍馬、中岡が立てなくなったのを見て、3人の刺客はその場所をすぐに離れています。龍馬はその刺客が去って間もなく、亡くなわれているイメージです。中岡の傷はたぶん致命傷に近かったと思われますが、気力なのか?酒に入っていた薬のせいで、体の反応が鈍かったせいなのか?真実はよくは解りませんがその後1日半ぐらいは生きていたイメージです。翌日に、前にも書きましたが、土佐藩士が中岡に事件のいきさつを聞きに来ており中岡は龍馬の襲われた事に対して詳しく話しているようですが、すべて新撰組の仕業という事に塗り替えられて、後に伝えられているイメージです。ここに土佐藩士が利用されただけかも知れませんが、土佐藩の情報をその後の計画のために利用されるような思惑があったと思われます。(龍馬の居場所や殺害状況などの情報など)(反幕にかかわる数名の実力者が中心となって、龍馬暗殺をその方々の思惑通り事が 進むように情報操作をしているイメージです。)龍馬が暗殺された後から急に明治維新に向け時代が動いたことからも、龍馬の存在の大きさや、龍馬暗殺は歴史的にも大事件だったと思われます。(中岡が伝えて来る犯人像は、近江屋事件以降に物事が優位に動いた人物が犯人に近し というイメージを伝えて来ます。)これが、私の霊視的なイメージでの近江屋事件の真相です。信憑性はまったくありませんので、信じる信じないは自分の自由としてくださいましたら幸いです。龍馬は最後にこう伝えてきます。もし私が好きなおなごの事を思い、あの場所で待って居なかったら、私も幕末の時代を乗り越えて時の人となっていたかも知れない。でもそんな事はどうでもいい。坂本龍馬という男はいつの時代でも未来を見続けられるから坂本龍馬であって自分の身をかえり見る姿は、におうとらん。何もない大地のど真ん中で、大の字に寝そべって、空を見たことはあるかいのう?日が昇ってまた日が沈む。そんな何もない大地をただひたすら気の向くままに歩き続けられる事が、「我が人生なり」坂本龍馬とはそげんか男たい。というイメージを伝えてきます。龍馬は、近江屋事件と言う自分の身が危険である事件のさなかでも、ずっとおりょうさんの事を考えていたのかも知れません。(本人のイメージはそう言っています。)龍馬が中岡に伝えているイメージである「しょうがないこと」というイメージにはそんな時代であること、そして、自分がそんな時代の状況下でも大好きな女性を思ってその場(近江屋)を離れられなかった事という2つのイメージが、実はあったのです。私はそんな坂本龍馬さんの奥行きが大好きです。土佐藩士、坂本龍馬さんは本当に素晴らしい人物だと思います。いろいろと解りにくい文面もあるかも知れませんが、本当に長々、坂本龍馬暗殺の真実について読んで下さいましてありがとうございました。ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.10.01
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過去の相談より坂本龍馬の暗殺の真相の謎について、霊視的にはどんなイメージになるのか質問がありましたので、相変わらず歴史には全く詳しくはなく信憑いせいもありませんが、坂本龍馬さんの事件についてゴル流に霊視してみたいと思います。まず、坂本龍馬さんが暗殺された近江屋事件についての記事より坂本龍馬暗殺(近江屋事件)慶長3年1967年龍馬はそれまで宿舎としていた寺田屋が幕府に目をつけられたので、11月3日に近江屋に移った。11月13日、伊東甲子太郎が尋ねてきて、新選組に狙われているので三条の土佐藩邸に移ったらどうかと勧めたが、龍馬は近江屋に留まった。11月15日、夕刻に中岡が近江屋を訪れ、三条制札事件について話し合う。夜になり客が近江屋を訪れ、十津川郷士を名乗って龍馬に会いたいと願い出た。元力士の山田藤吉は客を龍馬に会わせようとするが後から斬られた(1日後に死亡)。このとき「ぎゃあ!!」と大声を上げた山田に対し、龍馬は「ほたえな!(土佐弁で「騒ぐな」の意)」と言い刺客に自分たちの居場所を教えてしまう。刺客は音もなく階段を駆け上がり、ふすまを開けて部屋に侵入した。そして龍馬は額を斬られた(この他、浪士達が二人を斬る前に名刺を渡してから斬ったという説などいろいろな説がある)。龍馬は意識がもうろうとする中、中岡の正体がばれないように中岡のことを「石川、太刀はないか」と変名で呼んだという。その後龍馬は胸など数カ所を斬られついに絶命。中岡はまだ生きており助けを求めるが、2日後に吐き気を催した後に死亡した。なお、近江屋と土佐藩邸の位置関係は、河原町通りを隔てた真向かい(数メートル)であったが、暗殺当夜に土佐藩邸からは何の救援の手も差し伸べられなかった。→坂本龍馬さんと言えば、土佐藩脱藩後、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中・ 海援隊の結成薩長連合の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど、志士として活動して 司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の主人公とされて以来、国民的人気を誇っている方 ですよね。 何故、そのような方がその当時、動機や犯人がはっきりしない状況で殺害されてしまった のでしょうか? それには、いろいろな説があるようですが、その中から有力であろうという説を 3つほどあげてみました。1、新撰組隊士説 暗殺現場には2つの有力な証拠が残っていた。刀と下駄である。鞘は、元新撰組隊士、 のちに高台寺党の伊東甲子太郎(かしたろう)が新撰組のものと証言。下駄も新撰組が 出入りする料亭、瓢亭(ひさごてい)のものとされ当初新撰組犯人説が有力であった。 しかし、中岡は数十箇所を滅多斬りにされ、武器を持たない下僕も六箇所を 斬られている。新撰組ほどの剣客の猛者たちが乗り込んでいったにしては不手際が多い。 また坂本竜馬は北辰一刀流の免許皆伝の腕前、命がけの場所に犯人が下駄を履いて 乗り込むとは思えない。2、幕府見廻り隊士説 当時、京都には新撰組のほかに、もう一つ幕府に属する警察組織があった。 京都見廻り組である。明治2年戊辰戦争敗北の旧幕府軍のなかから龍馬暗殺の犯人と 称する人物が現れた。元見回り組隊士今井信郎である。今井は明治政府の取り調べに 対して、隊長佐々木唯三郎はじめ、見廻り組7人で襲撃したと供述。さらに明治44年 同じ元見回り組隊士渡辺篤も暗殺を告白。遺書の中に龍馬に斬りつけた様子を詳しく 書き残している。この2人の証言は刺客の人数、襲撃のメンバーの名前など様々に 食い違っているため疑問が残るが供述は具体的であるため今も有力となっている。3、薩摩藩説、黒幕は西郷隆盛か?大久保利通か?? この暗殺事件の背景には黒幕がいたと推測される事が多い。 その代表格は薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通らである。15代将軍徳川慶喜が 大政奉還を申し出たその日、薩長ら武力討伐派は朝廷から倒幕の密勅を得る事に成功する。 龍馬は当初、薩長と手を結び、倒幕運動を進めてきた。しかし、ここへ来て龍馬は幕府は 倒すものの徳川家は存続させる立場に転じたこととなる。あくまで徳川家討伐をめざす 薩長にとって龍馬は裏切り者、政敵として排除するべき人物となったのである。→この3個の説が霊視的にもその当時の状況に入っていけるイメージです。 歴史の全く詳しくない私はこのように、これを書かれた方の素晴らしいイメージ能力を 深海探索ソナーと同じイメージでその文面に霊視的な焦点を当て、その真相について 当時の残っているエネルギーを霊視死ながら、深く入って行く方法を取って居ます。 その大きな理由はですが、暗殺された坂本龍馬さんや中岡さんと霊界通信をしても 3次元的なエネルギーが関与して、当時の状況へ深く入って行く事は出来ないから なのです。 8月に織田信長の本能寺の変について霊視したときにも同じイメージだったのですが 歴史をそのまま物語るというよりも、その当時からの歴史的な人間の都合により、 歴史の記憶が真実とは違ったイメージに塗り替えられている事が多いようなのです。 ですから、この文面を書かれた方のような歴史にとても詳しく、当時の状況にイメージを しっかり把握している波動の高い文面から当時と繋がるイメージで、霊視的イメージで 入ることが、その真相の霊視に繋がるものと私はこの方法を取らせていただいています。 (信憑性はありませんが、信じる信じないは読んだ方が決めるでお願いします。) それでは、この文面よりその真相について霊視してみたいと思います。ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.09.23
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まず、1番の新撰組説について霊視してみたいと思います。1、新撰組説ですが、これはやはり全く違うイメージです。 新撰組のイメージに焦点を当ててみますと、もし新撰組が龍馬を暗殺するとしたなら もっと手勢を増やして、確実に行うイメージを伝えてきます。 その理由はですが、坂本龍馬は剣術の使い手なのと、銃を持っているからだそうです。 これには味方の損害も絶対に起こりうるので、もし暗殺を行うにもそれなりの理由と 念密な計画が必要だったようです。(新鮮組かどうかは解りませんが、過去に痛い思いをしているイメージがあります。) しかし、その当時、坂本龍馬の居場所を把握しているものや 龍馬を暗殺する理由は新撰組にはなかったようです。 これは、幕府側のからの意向もあったようで、新鮮組の坂本龍馬に関するイメージは ターゲット的な意味合いもなく、生かせておくようなイメージです。 (歴史的にも、大政奉還時に徳川慶喜に権限を残す事を提言したのが龍馬なので 幕府にとっては徳川存続のために政府の間に入ってくれる力強い交渉人的な意味合いが 強いようです。) そして、暗殺現場に残された、いかにもという新撰組に繋がる下駄と鞘(さや) といった証拠物件ですよね。 この事に対しては坂本龍馬さん本人のイメージで、その当時の頭のいい方々が捜査して その暗殺現場や暗殺現場に残された状況証拠、その当時の政治的な情勢、または龍馬の 行動のリスクを知っている方が推理したなら、簡単に犯人像に繋がる事を伝えてきます。 では、その事件後に状況検分はきちんと行われなかったのでしょうか? あくまでも私の霊視的なイメージではですが、簡単に事件後の状況検分が行われた イメージはありますが、あくまでも暗殺を企てた方の意向にそった状況検分だけに 終わっているイメージです。 そして、ここにエネルギー的にも大きなヒントが隠されているイメージです。 犯人を見つけ出すためにはやはり、事件後の早い段階での状況の把握と その動機に繋がる情報収集、そして、証言ですよね。 私は歴史には全く詳しくはありませんが、坂本龍馬さんが暗殺された事件についての 状況が詳しくされていないイメージをしきりに龍馬さんの盟友の中岡さんが伝えて 来るところに、その真相に繋がるキーワードがあるとイメージします。 このイメージをたどって行きますと、その当時の社会情勢において、 ある実力のある人物のイメージする未来にとって坂本龍馬の存在が邪魔だと 思っている方に繋がるイメージです。 そして、事件後の状況証拠を帳消しに出来て、明治政府になった時に そのまま優位になっている方が、坂本龍馬の暗殺の黒幕にいるイメージです。 中岡さんのイメージに入って行きますと、中岡さんは切られた後に1日半くらいは 意識があり人とも話せたイメージを伝えてきます。 そして、ある2人の方に事件に関する自分から見た情報を伝えたそうです。 (その場には3名の方が居たイメージです) しかし、その中岡さんが伝えた事件に関する情報のイメージと、中岡さんが 亡くなってから広められた事実は全く違っていたようです。 その事を上の者や世間に伝えたものが、黒幕実行犯に絡んでいるイメージを 伝えてきます。 その事に対して、坂本龍馬さんのエネルギーは「そんな時代、しょうがないこと」 とイメージを伝えて来ます。 そして、中岡さんのイメージは、真実を捻じ曲げられた事に対しての悲しさと その方を信じて未来に託したことに対する自分のはかなさに対して、挫折したまま時が 止まってしまっているイメージを伝えてきます。 中岡さんにとって、坂本龍馬を守れなかった無念は計り知れなかったようです。 (そのエネルギーは浄化しました。) 次に2番の幕府見廻り隊士説について霊視していきたいと思います。ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.09.24
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次に2番の幕府見廻り隊士説(京都見廻組)暗殺説に関してですが、京都見廻組の今井信郎自供による説があります。今井信郎は戊辰戦争が終結した明治3年2月、函館で降伏して逮捕される。この今井信郎がこの時突然、坂本龍馬・中岡慎太郎の暗殺を自供したらしいのです。「らしい」 というのも、当時この自供は公にされず、明治33年になって 「近畿評論」 という本で発表されたからです。その内容は、近江屋に向かったのは、京都見廻組組頭:佐々木只三郎と、今井信郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、土肥仲蔵、桜井大三郎の7名。ただし、その7名の当日の役割は、今井の証言の時期によって異なる。明治3年に供述した記録(口述書)によると、→佐々木只三郎は十津川の偽名刺を渡し、1階の階段下で待機。2階に 上がって暗殺を「実行」したのは、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之 助の3名。今井信郎、土肥仲蔵、桜井大三郎の3名は表口、裏口およ び住人脅迫の見張り役だった。というものです。ところが先に述べた明治33年の 「近畿評論」 によると、→今井信郎、渡辺吉太郎、桂隼之助の3名が2階に上がって斬った。 刀の鞘は渡辺吉太郎が置き忘れた。と変化および情報が追加されています。→まず、今井氏の説について霊視してみますと、かなり真実に近いイメージはありますが 一番問題なのは、明治3年に供述したものと、明治33年に「近畿評論」 という本での 発表の内容が変わっているところです。 もしも、今井氏が本当に事件の真相を知っているような主犯格であるなら、このような 異なった公表をするでしょうか? やはりここには今井氏の意図があるイメージです。 明治3年の供述では自分は2階に上がらなかったのに、30年後の本による公表では 自分が2階に上がって斬ったという実行犯になっています。 これは、明治初期と明治中期での社会情勢のイメージの違いがあり、明治初期の供述 の時と、明治中期の公表時の今井氏の立場と坂本龍馬の知名度に違いがるイメージです。 明治初期のほうが自分を守るイメージが強いようで、近江屋事件の真相は 知っているが、自分は見張りをしていただけで殺人は犯していないということを 強く主張しているイメージです。 坂本龍馬暗殺に関しては当時も注目度が高かったイメージですので、その真相を 知っているということを供述することで、自分の置かれた立場が少しでも良くなる 事を望んでいるイメージです。 そして、明治33年に発表した自分も2階に上がって斬ったという実行犯的な内容は その事件から30年以上も経っていて、自分が殺人を犯したという内容を世間に 公表しても恨みを買ったり罪は問われない事と、やはり自分の名前を歴史に残したい イメージが強くあります。 (はっきりは解りませんが、発表にお金をもらっているイメージもあります。) 次に渡辺一郎(篤)の遺言による説です。これは大正4年8月5日付の大阪朝日新聞11面に書かれた渡辺の遺言書というものでその記事では「佐々木只三郎が龍馬の首を切り落とした」 等、かなりの脚色がされていたことなどから、当時は全く信用されていないとのことでした。しかし、渡辺一郎の遺言によって明らかにされたこの内容、実は明治13年の原本と言うべき「摘書」が残っていることがわかり、にわかに注目されるようになった説です。その摘書の内容要約は次の通り。(1)襲撃したのは、佐々木只三郎の命により、佐々木、渡辺一郎、今井 信郎、世良俊郎の他2名の計6名(2)龍馬と側にいた2名(慎太郎と藤吉)を斬るが給仕の少年は助ける。(3)刀の鞘を忘れたのは世良俊郎。(4)暗殺の報酬として毎月15人扶持(7升5合)を拝する。人間の臨終間際に「事実を発表してほしい」といった内容に、こんな大胆な嘘は付けないだろうということから、現実なのかと思わせる説です。→この渡辺氏のイメージにも霊視的には真実とイメージされる部分があります。 それは、誰が龍馬を斬ったかがイメージされている事と、暗殺報酬が毎月支払われて いたという部分です。 これは、今回の霊視に関してのいくつかのキーワードに当たる部分で、坂本龍馬暗殺の 主犯格の人物の一人が、その坂本龍馬暗殺事件に関して後々まで、後悔の念を残して 居るからです。 その方は、 「なんとむごいことを。時代の流れでしたことではあるが、坂本、中岡両名が存命の 世なら、もっと違った世界になっていたものを」 と、自分の望んでいる武士の平和な世の中ではなくて、殺りく、醜い権力争いが混沌と する世界情勢を嘆き悲しんでいるイメージです。 その後悔の念が他言無用というイメージで、自分を慰めるために話した内容を 渡辺氏が聞いて、公表しているイメージです。 渡辺氏の公表の意図はですが、自分(京都見回り組)の足跡を歴史に残す(刻む)という イメージがそこにあるようです。 ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.09.25
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龍馬が暗殺された近江屋事件では、新撰組の所持品と思われる下駄と鞘(さや)という2つの有力な証拠が残されておりました。ここにも実は霊視的にはかなり引っかかりのあるマイナスのエネルギーが入っております。そのマイナスのエネルギーはですが、恨み、怨念のようなイメージで、これは当時の幕府側の指令の基に動いている新撰組に対する怒りのようなイメージです。では下駄と鞘は本当に暗殺現場に残されていたのでしょうか?その事に関しての霊的な反応はまったくないのです。暗殺された後に物的証拠として準備されているイメージなのです。どういうことかと言いますと、後日、新撰組のせいにするためだけに強引に準備されているイメージなのです。そして、ここで初めてその下駄と鞘に関するマイナスのエネルギーが浄化出来ました。それはやはり中岡慎太郎を中心とするその当時、時代の流れで犠牲になった平和の世の中を目標に活動されていた方々の願いのような浄化されないエネルギーです。そのエネルギーを浄化することでようやく、事件の真相について深く入れるイメージになるのです。では、近江屋事件では霊視的にはどんな事が起きたのかを書いてみたいと思います。あくまでも、信憑性はありませんが、信じる信じないは自分が決めるということでよろしくお願いします。(やっとここからが本番になります。)まず、十津川郷士と名乗る3名の方が龍馬に会いに来ています。この3名はやはり京都見廻り組の方々で、佐々木只三郎、高橋安次郎、桂隼之助のイメージです。そして、この方々とは別に4名が外に隠れていたか、待機していたかで後で、近江屋に来ていると思います。(すぐにではなく、10分後くらいのイメージです。)3名が玄関入り口で、そして1名が裏口を見張っているイメージです。龍馬は佐々木らを簡単に2階の部屋に通しているイメージです。何故、簡単に佐々木らを龍馬が2階に通してしまったかという理由はですが、龍馬の何でも受け入れる懐の広さのイメージと、佐々木が本当に十津川郷士と思わせるようなイメージであること、そして、龍馬がその時に一番気にかけていた問題についての相談を匂わす訪問であったのではないかと、中岡のイメージは伝えてきます。何故、秘密にしていた龍馬の居場所を佐々木らが解っていたかについても実は中岡のイメージが土佐藩というイメージを伝えてきます。このイメージをたどって行きますと、土佐藩の新撰組に対する報復のようなイメージと幕府を消滅させるようなイメージに繋がって行きます。私はその当時の歴史には詳しくはありませんが、土佐藩は幕府や新撰組をかなり恨んでいたか、革新のためには幕府や新撰組は不要なものと考えているイメージです。これは、大久保利通の倒幕のイメージと土佐藩の反幕のイメージが繋がり京都見廻り組の佐々木只三郎が尊敬していた人物とも同じイメージで繋がって居ます。中岡は土佐藩の方に三条制札事件の件で、龍馬の居場所を伝えていると思います。そして、その日も龍馬と中岡が三条制札事件の件で捕まっている土佐藩士の解放について話し合っている事を、土佐藩の方々は知っているイメージです。(三条制札事件とは、当時幕府が長州藩を朝廷の敵と書いた札を京都三条に立てて 居たのを、長州藩の8名の藩士が抜いたのを新撰組が捕まえようとして起きた事件) 中岡は元土佐藩士である龍馬がまさか土佐藩の方々に命を狙われる訳がないと思っているイメージです。ここに大きな問題があったことを中岡のイメージが伝えてきます。大久保利通は龍馬の幕府の存続での強引な大政奉還に対して。土佐藩は、それまで倒幕側だった龍馬が幕府側に立ったことの裏切り行為、そして、1日でも早くの新撰組打倒。これらの倒幕のための宣戦布告のようなイメージで龍馬暗殺があったようです。(それほど、自由人、坂本龍馬の存在は大きかったようです。)京都見廻り組の刺客に関しては、大久保利通中心の倒幕側がある藩に恨みを持っていた京都見廻り組の佐々木が尊敬する人物に、龍馬を倒す事がその藩の危機に繋がることを伝え、坂本龍馬暗殺を依頼しているイメージです。そこで、その指令を受けたのが組長だった佐々木只三郎だったのではないかとこのイメージを通じてそう思います。佐々木は龍馬に対しての恨みは全くなく、とても真面目で規律に厳しく部下にはとても優しいイメージの方です。ここに伝わって来ます佐々木の後悔の念を見ても、龍馬を手がけたことは後々に自分の意に反することになったのではないかと思います。龍馬は「佐々木は江戸の武士。しょうがないこと」というイメージを伝えてきますが、佐々木は「騙された」というイメージのみを伝えて来ることから、私はそう思います。本当に歴史に関する霊視は、いろいろなエネルギーが入っていて、なかなか前には進めないイメージです。こんな具合にゴル流ではありますが、龍馬暗殺に関する真相のクライマックスに入って行きたいと思います。(長々で申し訳ないです。)ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.09.30
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3月16日発売の芸文社 月刊誌 ゆがふる5月号に本間きよしの幸運の手のサイン特集となりました。ご興味のある方は是非、見てくださいね。【送料無料】ゆがふる 2012年 05月号 [雑誌]
2012.03.15
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コメント相談より、自閉症についての霊視的な相談がありましたのでその相談について霊視してみたいと思います。(自閉症に関する相談内容です。)「自閉症」という障害も社会性について生まれつきの脳の器質的障害のせいでなかなか獲得が難しいものなのですが、この障害は霊的にはどのようなものなのでしょう?医療従事者であるゴルさんには釈迦に説法かもしれませんが、自閉症の人たちというのは私たちが成長過程において当然のように獲得していく事柄に対するアプローチが非常に困難なのです。彼らは、健常者と呼ばれる人たちには想像もできないような世界を生きているようです。そして、身体障害や、ダウン症、脳性まひといった「一見して」わかる障害とは異なり、ぱっと見は特に障害を持っていないように見られますので、その生き辛さというものははかりしれないような気がいたします。軽い人も含めれば100人に1~2人と言われている障害ですが、数が多い割りには、一般の方々にどのような障害であるのかまだまだ認知もされておらず、それ故に本人も家族も苦しんでいる人が多数おられます。一体どうしてこのような障害が存在するのか、そしてこの障害を持った人たちがより自分らしく生きるにはどうすればいいのか、そして霊的にこの障害はどんな意味があるのか疑問はつきません。(自閉症とは)自閉症は、社会性や他者とのコミュニケーション能力の発達が遅滞する発達障害の一種。先天性の脳機能障害であるが、脳機能上の異常から認知障害の発症へといたる具体的なメカニズムについては未解明の部分が多い。時に、早期幼児自閉症、小児自閉症、あるいはカナー自閉症と呼ばれる(その症状は)母親や他人と視線を合わせようとしない。抱っこされたり、あやされたりしても喜ばなかったり、コミュニケーションが成立しない。同年代の子供に興味を示さず、他の子と一緒に遊ばない。決まった行動を儀式のように延々と繰り返したり、一つのことに没頭する。環境の変化を嫌い、普段と異なる場所へ行ったり、状況によってはパニックを起こすことがある。 独り言やオウム返しなど、言葉によるコミュニケーションが成立しないなど。日本では1000人に1~2人の割合で生じているが、どこまでを自閉症の範囲とするかによって発生率は大きく違う。男性と女性の比率は4:1程度と言われている→自閉症については原因も不明で、その家族にとってもとても難しい問題であると思います。 自閉症という病名に関しても世間での認識もなく、自閉症という名前からうつ病や ひきこもりなどと勘違いして自閉的な心を持った病と言うように、謝った認識をしている方も 多く居るようです。 近年は増加傾向にあり、自閉症の原因については、自閉症が世界的に認識されてきた事、 遺伝子による先天的な脳の病気、夫が高齢な場合、妊婦さんの心理的なもの、出産時の 陣痛促進剤使用や難産等で確率が高くなるなど、いろいろとその原因に関する 所説はあるようですが、その解明はまったくされていないのが現実のようです。 では霊界的にはこの自閉症という病気にはどんな意味があるのでしょうか? あくまでも私の霊視的なイメージで自閉症について霊視してみたいと思います。 まずはその霊視的なイメージからの原因についてですが、 大きな問題として先天的な遺伝子の問題がやはりあるようです。 これは男女比率が違うというイメージに焦点が当たりますので、高年齢にヒントがある 男性特有の何かが関与しているイメージです。 あくまでも霊視なので医学的な根拠はまったくないですが、ヘビースモーカー(ニコチン) アルコール多量飲酒時の妊娠や、特に高齢者特有の男性的な血管系脳細胞の硬化的な 因子を持った方に(年齢や性別を問わず)その霊視的な焦点があたる用です。 そして次に、出産時の物理的な問題があるイメージです。(無酸素など。) 次に 「一体どうしてこのような障害が存在するのか、そしてこの障害を持った人たちがより 自分らしく生きるにはどうすればいいのか、 そして霊的にこの障害はどんな意味があるのか?」 の相談について その相談についての私の霊的なイメージで自閉症という霊的なイメージに焦点を 当ててみますと 何を持っての病気?的なイメージが伝わって来ます。 どんな形であれこの世に生を受けてしまってた以上、人それぞれが生まれ持っている アレルギーなどと同じで、環境に対しての身体の表現的なイメージが伝わって来ます。 そして自閉症の子供たちに焦点を当ててみますと、本人は生まれ持っての自分自身なので しっかり受け止めているイメージですが、周りの環境がその同じ生を持った同一性に 自己目線の感情視線を入れているイメージです。 魂は完全体ですが、この世に存在する物理は不完全体で、大なり小なりの問題が生じるもの。 人間にとってはとても大きな問題であっても、魂にとってはこの世に生を受けた以上 課題として受け止めなければいけない、霊界の大きな意味がそこにあるようです。 不完全な人間が自分的視点でどう捉え改善しようと実行しても、物理的な感情が その答えを導きだしてくれることには繋がらないようです。 やはり不完全体の物理の世界で唯一完全体である魂で受けとめられる事がやはり 課題なのかもしれません。 人ではなく自分。 完全ではなく不完全。これがヒントであるイメージのようです。 不完全と思える自閉症と診断されている方々の魂レベルの波動は高く凄く純粋で 生に対して一生懸命前向きな完全に近い受け止めがあるようです。 障害を障害と捉えるのも、その障害を受け止めて今を生きて行くのもすべて 本人の気持ち一つにあるようです。 その本人の気持ちを前に。そんなイメージを霊界メッセージは伝えて来ます。 やはり人間界では大惨事でも、霊界では大きな意味がそこにあるようです。 どうこの課題多き人生を、自分の一つしかない魂レベルでどう受け止められるかが? 課題でもあるようです。 あくまでも私の自閉症に関する霊視的なイメージですが、何かヒントに繋がれば 幸いです。 読んでいただきまして、ありがとうございました。ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ここもついでにクリックをお願いします。
2010.09.10
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次に、子供の運命について考えてしまいました。ある有名な霊能者さんが言う子供が親を自分で選んで産まれてくるというのは本当なのかなって・。世の中には、幸せな子供もいますが、逆に虐待する親もいます。アフリカの様に貧困で病気蔓延な国に産まれるのも、自分の意志なのか・・宿命は決められないけど、実はあの世で自分が選んでいるのかそれとも自分が行った罪の償うため大変な環境を選ぶのか?それとも子は親を選べない?なんか、色々考えてしまいました・・。→子供が自分の親を選んで生まれて来ることについてですが このイメージに焦点を当ててみますと、人間界的(3次元)な人間的な 自己都合のイメージです。 人間の親の子供に対する本能的なイメージは、弱い子供を自然界や社会の 危険から守る。 そして、次の世代への子孫繁栄的な引き継ぎであると思います。 ですから、自然界の法則的な個々の動物それぞれの種を守る為にも、生まれてくる子供は 親が守りやすいように、どんな動物の子供を見ても凄く可愛いですよね。 子供はあなたを選んで生まれて来たんですよ。と言われた方が そんな可愛い子供たちに対してより一層の愛着がわきますし とてもプラスのイメージになれると思います。 そして、人間の発想的に考えらたら、自分を選んで生まれてくれたんだから そんな自分をしたって来てくれた子供を大切にしなくてはというイメージに 大半の方がなられると思います。 人間界的には、子供が親を選んで生まれて来てくれたという言葉は プラスのイメージで、とてもいい言葉であると思います。 ただ、霊界的なイメージに焦点を当ててみますと、弱い人間の心をサポートする 自己都合的な思想的なイメージのようです。 では、前世的な発想で前世の課題を背負って生まれて来たので、前世の波動が 高い魂は幸せな波動の高い親を。そして、前世の波動の低い魂は波動の低い地域 環境だったり、波動の低い親を選んでしまう?のではないかという事についてですが 霊界の法則(4次元界)は平等でシンプルで、今からの未来しかありません。 過去や肩書や物欲などのプラスマイナスにこだわるのは人間界(3次元界)なのです。 前世のプラスマイナスを次世に引き継ぐことというのは、霊界的な法則なのでしょうか? このイメージから見ても、子供が親を選んで生まれてくることはないイメージです。 では、生命として生まれてくる選択的な事について、霊界の法則的はいったいどんな システムになっているのでしょうか? その事に深く入ってみますと、 人間界的に子供としてとらえるから、狭い視点で見てしまうもの。 命として、魂の在り方としてみれば、ごく自然な霊界の発想となるもの。 何もない無の世界から、課題多き有の世界に次元の壁を乗り越えていく事に 大きな意味があり、その課題を乗り越えた所にプラスの世界である霊界がそこにある。 世の中には、幸せな子供もいますが、逆に虐待する親もいます。 アフリカの様に貧困で病気蔓延な国に産まれるのも、自分の意志なのか・・ 宿命は決められないけど、実はあの世で自分が選んでいるのか? それとも自分が行った罪の償うため大変な環境を選ぶのか? それとも子は親を選べない? という質問に対しての霊界から伝わって来るメッセージは、選ぶのは人間の都合。 そして、幸せや不幸を勝手に解釈して作り上げるのも人間の自己都合。 霊界はやはりとてもシンプルなようです。 人間にはいろいろな課題があり、その課題の大小は人間個々の霊界的な発想の イメージの実力で、どうにでもなるという事を伝えてきます。 たとえば、アフリカの貧困という言葉に対してですが、 では、心も貧困か?と返答が返ってきます。 心を貧困と見るのは、また、その方々が貧困と見るのは、誰から目線なのでしょうか? そして、自分が行った罪を償うため大変な環境を選ぶ? という霊能的に 言われている発想も、いかがなものでしょうか? これらのイメージって人間観そのものではないでしょうか? 霊界は平等で複雑なイメージはまったくありません。 子供が親を選ぶのではなくて、魂が人間界に行くのを霊界の法則で導かれるだけの ようです。 どこに行ったら魂が有利であるとか、損をするとかの発想はまったくないのです。 何もストレスもなくプラスのエネルギーだけの世界である霊界から、人間界に行く事 自体がストレスであり課題なのです。 その人間界の課題を大きくするのも、小さくするのも、 人間界という課題だらけの世界において、霊界イメージ(受け止めの心)を持てるか 持てないかに、その大きな差が生じて来る事をはっきりと伝えてきます。 霊界的には人間界の課題もまた平等であるようです。 人間界において凄く悲しい事でも、霊界の法則においては平等な課題であるようです。 ようは、人生において霊界的に平等に与えられた課題を重く受け入れるのも 軽く受け止めるのも自分次第である事と伝えてきます。 今回の相談メールで質問された、子供の運命についても霊界的にはとてもシンプルな イメージのようで、それを重くするのも、複雑に考えるのもやはり人間次第という 事のようです。 ブログランキング参加中(たくさんの方々に見てもらいたいです)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.07.31
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F1の浄化を気軽に約束してしまったおバカな私は、根本的なある重要な問題がある事に気づきました。私がF1の浄化で一番問題になった事はなのですが、なんてたって私がF1のファンではなかった事なのです。F1のファンでもない私は、F1についての知識も情報もない事がない事がいざ霊視浄化をしようとイメージに入った時に、何もイメージが浮かばないことからようやく気が付きました。どれくらい私がF1の事を知らないかと言いますと、F1選手で知っている選手は?と聞かれて出てくる名前が、セナとプロストという名前だけでした。セナが天才だったと言う事は知っていましたが、その時に友人の医師に言われるまでもう10年以上前にセナがレース中に事故で亡くなっていたことも忘れているくらいでした。友人の医師がセナの事故の説明をしだしたときにセナがかなりのスピードで直線を走っている時に、壁に激突しているイメージが浮かびました。私はセナが亡くなった事は知っていましたが、どのような形で亡くなったかはまったくわかりませんでした。私の友人は、セナの事故の原因はいろいろな説があって、今だに解明されていないんだよね。何か解る?と言われてすぐに伝わって来たイメージがありました。あくまでもイメージなのですが、ある人がセナのフロント部分をいじっているイメージが浮かび、そのイメージに入って行くと、「セナは強すぎる」「大国の意地」のようなイメージを伝えて来ました。私は当時のF1の事は良くは解りませんが、その友人の説明と照らし合わせて視ると、セナが強すぎてF1の本場のイメージが落ちてしまうので、フロント部分をいじって、マシーントラブルを導き出すイメージでした。まさか、セナが壁に激突して亡くなるまでは考えていなかったようです。相変わらず信憑性はありませんが、セナが天才だから、マシーンのトラブルがあったにも関わらず、スピードを出し過ぎてしまい大事故に繋がってしまったイメージを伝えてきます。そして、実は、セナは成仏していませんでした。次のレースをするのに、ピットで待機していたのです。私はセナのイメージに対して、あなたは事故で亡くなっているという事を伝えました。しかし、私は国の名誉、そして国の夢(貧しい人々のイメージです)を背負っているというのです。そして、セナの背後には家族の夢とイメージする先祖様が成仏出来ずにおりました。その先祖様の浄化をするとセナのイメージも自然に成仏していきました。(本当に信憑性はありませんので、信じる信じないは自己判断でお願いします。)セナの事は本当によく解らないですが、そのセナを浄化した時のイメージからですとセナはとても家族思いの優しいイメージの方で、強い意志を持たれている天才レーサーであったと私は思います。他のレーサーとのイメージの違いは高速での極限状態での反応がずば抜けているようなイメージです。英雄という言葉が、セナに向けられていて、セナはそれをしっかりと受け止めていたイメージです。(真の天才レーサーだったと思います。)そしてセナのイメージで、実はF1の霊視浄化について、F1の事を知らない私でもイメージに入る事ができるという事が良く理解できました。ブログランキング参加中(たくさんの方々に見てもらいたいです)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村ブログ村 スピリチュアル・精神世界
2009.06.22
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中学生が同じ同級生を集団で暴行し亡くなる事件がありました。その事件について霊視浄化しつつ、その事件から伝わって来ますイメージを書いてみたいと思います。(ニュース記事です)沖縄県警うるま署は20日、同県うるま市内の中学2年、米盛星斗(よねもり・ほしと)君(14)に暴行を加えて死なせたとして、同級生の男子生徒5人(いずれも14歳)を傷害致死容疑で逮捕、同級生の男子生徒3人(いずれも13歳)を傷害致死の非行内容で補導した。8人はいずれも容疑や非行内容を認めているという。容疑は、17日午後5~8時ごろ、うるま市具志川の空き地で、米盛君に殴るけるの暴行を加え、翌18日午前3時ごろ出血性ショックで死なせたとしている。同署は、長時間にわたって執拗(しつよう)に暴行を加えた動機について、8人から詳しく事情を聴いている。同署によると、8人のうち4人はぐったりした米盛君を数百メートル離れたスーパーまで運び、119番した。救急隊員が駆けつけた時には、米盛君は既に心肺停止状態だった。事件直後、4人は同署員に「プレハブ小屋の屋根の上で遊んでいたが、米盛君が1人で飛び降りた後、うずくまっていた。地面にあったブロックで背中を打ったと思う」と話していた。しかし、司法解剖の結果、死因は出血性ショックと判明。全身に殴られた跡があり、右腕には防御した時に付いたとみられる打撲痕もあったため、4人から事情聴取。1人が米盛君に暴行を加えたことをほのめかすようになり、新たに4人の関与も判明したという。119番した4人は「殴ったことを隠すために、口裏を合わせてうそをついた」と話しているという。また、逮捕された5人のうち1人は「すみませんでした」と米盛君への謝罪の思いを話しているという。8人は17日の放課後に、事件があった空き地に米盛君を呼び出していた。死亡した米盛君の母親は、沖縄県警を通して「非常にショックを受けた状態であり、コメントを求められても今はそれに受け答える心境にはなりません」とのコメントを文書で出した。米盛君が通っていた中学校の校長と教頭が21日学校で記者会見し、「米盛君と8人の関係から、いじめとして対応してきた」と述べ、学校としていじめを認識していたことを明らかにした。県警うるま署は、事件といじめ行為の関連性を調べている。校長によると、米盛君が2年生になってから7月頃までの間、米盛君の母親から8人との関係について複数回相談があった。校長らは「何らかの目に見えない力関係があったと考えている。ただ、文部科学省は、被害者本人からの訴えがなければいじめとしての報告義務を課しておらず、事件が発生するまで市教委に報告しなかった」と説明した。8人の生活態度に関しては、「よくグループで行動し、登校しなかったり、教諭の指導に従わなかったりして問題行動があった」と語った。校長は会見で、「力が至らなかったことを痛切に感じている」と語った。 県警が傷害致死容疑で逮捕した5人の加害少年が、米盛君を暴行した動機について「調子に乗っていたから」「生意気だった」などと供述していることが22日、県警への取材で分かった。→本当に悲しい事件ですね。 こんな事件が起こってしまった後から考える事は、何故大事になる前にもっと早く 大人が関与して対応できなかったのか?という疑問であると思います。 そして、何故に中学2年生という年齢で集団で暴行して、死を予測できなかったか? という事です。 私がちょうど中学生時代の頃は横浜銀バエやナメ猫など、ツッパリが流行った世代で、 先輩が後輩を放課後に呼び出してリンチするという事が多々あった時代です。 その当時の学生の流行りは制服が学ランだった事からも、長ラン、短ランが流行り ズボンはかなり太めのボンタンと呼ばれるズボンが主流で、その他の普通の制服の生徒は ダサいと言われている時代でした。 そして、タバコを吸って髪の毛をリーゼント、パンチパーマ、眉毛をカットするのが、 ツッパリの醍醐味だったような時代です。 そんな世代でしたので、ツッパリをポリシーとしている生徒は「生意気だ」と 先輩に呼び出しをくって殴られても、学校の先生や親に相談するのがダサいと誰もが 認識している時代でした。 そのため、先輩に暴行を受けても誰も文句を言わず、殴られて出来た顔の絆創膏あとを まるでツッパリの勲章と思っているかのように 「○○先輩に最近、ツッパッて居るだろうと言われてボコられたよ。」とヘラヘラ 笑いながら自慢げに話しているような同級生が居るような変な時代でした。 私はそんな同級生を見て、一方的にボコられて何が楽しくて自慢しているんだろう?と 不思議感満載でした。 私は中学からサッカー部でしたので、体育会系独特の伝統でもある 先輩は尊敬するものという認識がありましたので、流行りのツッパリは 最上級生になってからするものだと勝手に考えていました。 そのためか、先輩には可愛がられる事はあっても、制裁を加えられることは ありませんでした。 しかし、そんな安全パイなゴルさんもただ一度だけ、高校1年の時に 他の同級生と間違われて呼び出しをくらった時もありました。 校舎のはずれの階段まで来いというものなのです。 ゴルさんは意味も解らず行ってみると、そこには3年生の先輩が20人ぐらいは 居たでしょうか? みんな短ラン、ボンタン、パンチパーマ、眉毛半分の目つきの悪い先輩が ほとんどだったと思います。 私は思わず、「なんかヤバそう」とかなり緊張してしまい、 「なんで呼ばれた?もしかして、ヤキを入れられる?」と恐怖感で一杯で 固まってしまいました。 すると突然、その中の顔の全然知らない先輩が 「お前、最近いい気になっているんじゃないか?」 と眉毛が半分かけている凄い形相で、ゴルさんの胸ぐらを掴んで来たのです。 私はその当時は普通の学ラン、普通のズボンしか持っていなかったので 何のこと?と思い、その凄い形相の先輩に 「いい気になっていないですよ」と思わず言い返してしまいました。 するとその先輩は意味のわからない大声を上げて思いっきり殴りかかって来たのです。 ゴルさん大ピンチでした(汗)ブログランキング参加中(応援して下さる方はクリックしてくださいね)ここをクリックしてくださいねにほんブログ村
2009.11.22
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