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29日の朝の出来事、前夜にタイマーを掛けて洗濯をした。小・中学生を送り出す前に2度目の洗濯をする為に、終わった洗濯物をカゴに移そうと洗濯機のふたを開けた・・・(T_T)長男やってくれました!前回はティッシュ、その前は釘、その前はカッター、その前はマスキングテープが洗濯機の中で洗われていたんです。うっかり確認していない私にも非があったと、今回はちゃんと作業ズボン(ニッカボッカ)のポケット辺りを握って確認したはずなのに・・・洗濯機の中には無数のLサイズのカッターの刃が散らばっていたのです。(T_T)カッターの刃は細長いプラスチックのケースに10枚入ったもので、ポケットに入れたままだったらしく、洗濯漕で回ったのでケースからバラバラに飛び出し、細かく砕けたり、そのままの状態で洗濯物の間から出てきました。まずは慎重に洗濯物を振りながら取り出し、手近に有った磁石でカッターの刃を取り出した。見た目にはもう全部拾えたようだったけど、洗濯層を空回りさせたら、どうやら回る部分の下に入り込んでいる様子。水を入れて、強で回してみると、思った通り無数のかけらが浮き上がってきた(T_T)回しては磁石で取り、回しては磁石で取り・・・朝から小1時間もかけて何とかかけらのほとんどを回収することが出来た。でも、よく見ると洗濯層のプラスチック部分に、欠けた刃が突き刺さっている(T_T)できる範囲で取り除いたけど、ほとんど埋まっている状態のモノは取れなかった。光の加減でよく解らなかったけど、洗濯漕の底の方が削られて、全体的にささくれ立った状態になっていた。知らずに2回目の洗濯物を放り込んで洗った・・・タオルはあっちこっちから糸がほつれて出てしまった。1回目の洗濯物を慎重に振りながら干していると、旦那の新しい肌着のお腹の部分や、私のタンクトップのあちこち、バスタオル、三男のノースリーブにカッターの刃で切れ込みが入っていた。(T_T)カゴに入れるときに良く振ったのに、干す時にもやっぱりカッターのかけらが何個か出てきた。今日は大丈夫だろうと思って、洗濯をしたら、旦那の新しいジャンバーの袖が引っかかって糸が一周引きつれていた(T_T)底がささくれ立った洗濯機で洗えば、衣類は当然の如く傷む。でも、現状で新しい洗濯機を買う余裕などどこにも無い(T_T)意を決して電気屋に電話をした。『洗濯漕だけって、部品としてありますか?』電気屋さん困惑!『メーカーに問い合わせてみます・・・』結果。『そうそう洗濯漕だけを替える人はいないので、取り寄せに時間がかかります。その上、メーカーの保守の人しかいじれないので、技術者派遣と部品で2万円はかかります。』・・・(T_T)仕方ない!一台買うよりもお手頃な値段だと思うしかない!早速、明日はメーカーさんが見に来ます。本体に異常が無いかチェックしてから、部品の注文をして取り替えとなるようです。こんな状態でも洗濯しないわけには行かない。コインランドリーと言う手も有るけれど、洗って脱水しただけの洗濯物を持ち帰る体力は無い!だって、8.5キロの洗濯機で毎日2回洗うんですもの(T_T)結局直るまで、ささくれ立った洗濯機で洗濯をするしかないのだ(>_<)今晩もタイマーをかけて目一杯の洗濯物を詰め込んだ、一番下にはとっても丈夫な長男の作業ズボンを入れてみた。(責任取れよ!)帰宅した旦那に『2万円だって(T_T)』と話したら、『仕事の道具を入れっぱなしで洗濯に出すなんておかしい!長男の給料から差っ引きだぁ~!!!!!』とわめいていた。それはかわいそうだけど、私も『分割で払わせてやる!』と思った。チェックしても見つけられなかったのだから、私の所為ばかりじゃないだろう!高い勉強料かもしれないわ。洗濯物干すのが怖いわ!明日は何が傷んでいるのかしら(T_T)つづく――――――
November 30, 2005
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今日は久々に学校の掃除当番(?)だった。PTA役員では私一人だったけれど、よく知ったお母さんと3人だったので、まずは学校の中の掃除の必要な場所を案内して回った。天井のキズ、壁のホコリ、いつ付いたのかさえ解らない(多分みかんをぶつけて飛び散った)汚れを説明して歩いた。一緒に回りながら『学校ってこんなに汚いの?毎日ここに通ってきているんだよね。』と改めて掃除の必要性を解ってもらえた。とりあえず、3年生の教室の壁を一時間掛けて掃除した。終わってからもらった感想は『回って歩いた時は人ごとだったけど、掃除してきれいになったらなんだか嬉しい。』と、主婦の性なんでしょうが達成感があったようです。区内で一番新しい学校とは言え、創立25周年にあたるのだから、痛みも有れば、汚れも有る。ましてや、すさんでいた時代(平成11・12・13年ごろ)に壊した校舎の所々のキズが、より一層校内を殺伐とさせている。昨日、役員Tちゃんからメールで『今日はPTA室の鍵が壊されていたのよ。モノはなくなっていないみたいだから、毎日PTAが来てウロついているのが面白くなくてやったんじゃないの?』と連絡があった。一緒に回っていたお母さんの一人は3年の保護者で、彼女曰く『学校推薦を希望したけど、“保留”って言われた子がいて、その腹いせにあたり散らして壊したらしいよ。』との事だった。素行が悪ければ、学校から推薦を受ける資格は無い。それでも、もう少しがんばれば何とか推薦域に達すると判断しての事だろうけれど、子供にとっては“生殺し”状態で、進む事もあきらめる事も出来ずにストレスがたまる事だろう。PTA室が3年の教室の前にあるので、保護者は出入りするし、うっとうしいのはわかる。でもね、そんな態度だから『推薦するにはちょっとねぇ・・・』と学校側も思うのだと気が付かないのよね。最近掃除に行っても、ほとんどの生徒が挨拶などしない。こちらから挨拶しても、素通りは当たり前・・・そう言えば先生の中にもそんなヤツ居たっけ。3年以上も学校に関わって通っていると、時期時期に子供たちの精神状態が空気を伝わってくるのが解る。殺気立っていたり、リラックスしていたりするけど、今年は春からずっと雰囲気が悪い。学校に言わせれば『家庭のしつけの問題』だし、家庭から言わせてもらえば『先生方の指導力不足』だ。お互いに責任転嫁していても埒があかないのにねぇ~(>_<)おかげで、子供は真中で放ったらかしになってる。やっと、学校と家庭が『手を携えて』なんて動き出しても、子供たちに浸透したしらけムードは払拭できないわ。今日の掃除で『学期末の大掃除の時に、来られる親がきて、一緒に掃除をしたほうがいいんじゃないかしら?』と言う話が出た。多分『来られる方はお願いします。』とプリントを出しても、たいした人数は集まらないだろう。『他力本願』で『責任転嫁』で『無責任』で『面倒臭がり』の親の何と多い事か(T_T)『我が子の為に!』と行動する親は少数。文句を言う前に行動する親は稀少(>_<)学校がもっとひっくり返るまで、この状態は続くんだろうなぁ~今日もとっても疲れました。つづく―――――――――
November 29, 2005
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今日は14時半から三男の個人面談があるので、何の予定も入れずに家に居られる。主婦業が本業なのだから、今日くらいは気合を入れないとね。かれこれ去年の大掃除からほとんど放ったらかしになっている(やる気は有るのに)台所周りの掃除とお風呂場のカビとりをする事にした。給湯器をMAXの60度に設定して、ガスレンジの五徳やらトップテーブルをはがしてシンクに漬け込み、お風呂場にカビキラーを振りまいての大仕事!9時スタートで掃除の合い間に個人面談に(行き帰り込みで30分くらい)行き、結局全部終わったのは16時だった。何しろ換気扇は羽まで外して漬け込んだけど、ドロドロ油汚れが落ちない(T_T)表やフィルター部分はそれなりに拭き掃除くらいはしていたけど、分解して洗うとなるとしっかり気合が要るのだ。換気扇のダクト部分の油汚れは、どうやっても落とせそうに無いので、友人宅からスチームタイプの洗浄機を借りるか、自費で買ってからやる事にした。お風呂場は見るからにきれいになったけど、カビキラーを振りまいた時に少し吸い込んだらしく、夕方に掛けて喘息様の咳がでた(>_<)そう言えばCMでは『ゴム手袋・ゴーグル・マスク』をしていたっけ・・・元々、手荒れがひどい方なので、お湯を使って洗い物をする時はゴム手袋は絶対につけるけど、分解した換気扇を組み立てる時に素手でやったので、結局その後洗剤のお湯に手を突っ込んで指先がヒリヒリする。それなりの満足感と、グッタリした疲労感・・・ふと振り返ったら、他にも掃除しなくちゃいけないところが一杯(T_T)明日は当番で中学校の掃除である。『よその掃除をするくらいならうちをきれいにしろ!』って言われるのは目に見えているので、予定を書き込むカレンダーには時間しか入れていない・・・今朝、登校途中の中学生に挨拶やら声かけをした。制服のブレザーの前を全開で、ポケットに両手を突っ込み背中を丸めて歩いている男子生徒(母は知り合いだけど、子供本人はそれを知らない)に『前を閉めたほうが寒くないのよ。みっともないからボタンをした方がいいわよ』とさりげなく言ってみた。にらみこそしなかった物の、その男子生徒は無表情に首を横に振った・・・声を掛けるって事は全く知らない人じゃないって事を解っていないのだね君は!よかろう、その態度、母にしっかり報告してやる!3年生にもなって、しかも今の時期にこんな調子なのだから本当に仕方が無い!1年女子の集団にも『おはようございます。』と声を掛けた。『・・・・・・』7~8人は居たであろう集団からは、首を微かに振った会釈が一人だけ返ってきた(>_<)散々学校で挨拶しているのに、外に出たらしないのか?私ゃ、知らないやつに挨拶する変なおばさんじゃぁ無いんだよ!本当に、どいつもコイツも親の顔が見てみたいもんだ!でもね、そんな子ばかりじゃないのよ。昨日の事、本屋の前で次男の同級生から挨拶された。『こんにちわ・・・誰だっけ?』思わず聞いた。だって、私服で長身、てっきり高校生だと思ったから『長男の友達にこんな子居たっけ????』と勘違いしたのだ。名前を来たら次男のクラスメイト『ごめんねぇ~!』と誤った。たまたま、今日学校の連絡網が流れてきた、次の家が留守だったので、その次が挨拶してくれた子の家。昨日のいきさつを話して『ちゃんと彼から挨拶してくれたのよ。とても良い子なので誉めておいてね。』と言っておいた。私にとっては恥ずかしい事だけど、気持ちの良い行いをしてくれたのだから、当然母にはご報告よね♪中学校も早く落ち着くといいなぁ~・・・つづく―――――――――
November 28, 2005
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久しぶりの日曜日、弟の所へも行かずに日がなゴロゴロとしていました。夕方14時を回ったところで旦那に起こされて『宅配便出して来いよ。』と言われた。毎日、午前中に出しに行こうとして行けなかったクリーニングもあるので、しっかり目の覚めた所で防寒して出発。コンビニの前で次男のクラスメイト4人に会った。一緒に1年生の女子も居た。軽く挨拶して、クリーニング屋へ。今度は元サッカー部の3年男子に会った。『進路は決まったかぁ~?』などとすっとぼけて話をした。ついでに駅前の本屋へ。昨日がんばっていた吹奏楽部の2年女子に会った。『昨日の演奏は素晴らしかったよぉ~!!!』と声を掛けると、嬉しそうに『ありがとうございます。』と返事が返ってきた。気持ちいいぞ♪本屋でも吹奏楽部の別の2年生に会った。『ヘタクソだけど、写真撮ったから、後で見せるね♪』と声を掛けたら『ありがとうございます。』って返事・・・とても良い子達だわ。写真はPCに取り込んだけど、レイアウトしないと写りが悪いのまで大きなサイズになってしまう。2時間掛けて、レイアウトやトリミングしたり、印刷したりした。それでも、A4サイズのフォトペーパーに10枚にもなった(>_<)個別に印刷してあげられそうも無いから、明日、吹奏楽部の顧問にあげよう!日曜日の昼間に出歩いてもほとんど子供と出会わない。夕方だったら結構会うのだと気が付いた。最近では17時を回ると外は真っ暗になる。事故・事件に巻き込まれないようにと、ちょっと心配になった。つづく――――――――――
November 27, 2005
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今日はうちの区で毎年開かれるコンサートに行った。HちゃんとIちゃんの娘が民舞を踊るのと、うちの中学校の吹奏楽部が演奏するので楽しみだった。今年で8回目、毎年1部では区内の小・中・高校クラブ活動している団体などが出演し、2部には(微妙な)歌手なんかが来て演奏やら歌を歌う。何年か前にはブレイク寸前の“夏川○み”さんが来て歌ったと言う。あいにくその年は用事があって、コンサートを見ることが出来なかった。その年から、なぜか“沖縄県出身”のアーティストが多数出演しているみたいだ。今年は“タンパロン”“下地 勇”と言う二組のアーティストが出演していた。ロビーではCDの先行予約や、販売をしていたみたいだ。子供たちの踊りや、演奏に感動しつつ『2部はどうする?』と一緒に行った友人と相談『ちょっと聞いて良さげだったら、最後まで聞こう』と言う事にした。1組目・・・微妙・・・声はきれいだけど、歌詞が聞き取りにくい、でもって、引き込まれなかった。2曲で終わったので、ちょっとほっとした。2組目・・・宮古島の方言で歌う・・・字幕スーパー付きで意味はわかるけど、音と言葉と意味がちゃんと重ねられなくて・・・眠くなった。でも、『おばあ』と言う曲は訴えかけるものがあり、思わず涙してしまった。この方、追っかけが付いて来てました・・・彼らはノリノリで驚いた!本当は途中で席を立ちたかったのだけど、なかなか目立つ位置に座っていたので、タイミングをつかめずに、結局最後の1曲が始まる寸前にホールを出た(>_<)・・・最後まで聞いてきても良かったのかしら?最近年の所為か、一生懸命がんばっているのを見ると涙が出る。涙腺が弱くなったのか、はたまた感受性が上がったのか・・・帰る途中で吹奏楽部の子に会った。『すんごく、良かったよ!』と感想を言わせてもらった。吹奏楽部は、このコンサートで三年生が引退する。毎日練習があり(当たり前)、毎週土曜日は弁当を持って朝から夕方まで練習している。次男のサッカーの練習試合で月に2~3回は、練習している吹奏楽部の音を聞いている(部活の保護者よりも練習を聞いている)私は、完成されたステージに感動したのでした。感涙!つづく――――――――
November 26, 2005
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昨日だか今日だか解らずに朝を迎え、おたおたしながら弁当を作った。残りご飯でお弁当を作るとあまり美味しくない。そこで、冷凍庫に保存してあった“舞茸ご飯の素”を解凍して混ぜご飯にしてつめた。味噌汁も一杯分残りがある。おかずは冷凍食品と玉子焼き・・・本当に手抜きだ(>_<)バタバタと旦那や子供たちを送り出したら、とっても疲れた。ぼんやりテレビを見ながら朝食を食べて・・・そのまま行き倒れ(T_T)電話の音で目が覚めたら12時を少し回ったところ(×_×)電話を切ってようやく目が覚めて、いざ洗濯物を干そうと思ったら、Tちゃんから『15時ぐらいからお買い物に行かない?』とお誘いが♪当然『行く!』と返事して、しっかり目が覚めた。西葛西にある大きなホームセンターへ車に乗ってGO!近く引越し予定のTちゃんは新調する、ガステーブルや、スチールラックの下見がしたかったようだった。自分が買うわけではないけど、たまに見て歩くのは楽しい。行ったついでにとばかりに、長男の工具やら洗剤を買って来た。もうすでに17時近かったけど、隣接するイトヨにも寄った。旦那と長男の洋服を買い、帰りに食品売場で夕飯の足しになるものをチョイス。帰宅の途についいたのは18時過ぎ・・・久しぶりにのんびりと買い物をして息抜きが出来た。お財布は痛いくらい空になったけど、必要な物を買ってきたのでOK(⌒∇⌒)/楽しかった♪家に着いたら、一家全員集合状態。出先から『ご飯炊いておいて』とメールしてあったので、私の顔をみるなり『腹減ったぁ~!何か買って来た?』だって(>_<)たいしたモノは買って来なかったけど、出かける前に作った“蓮のキンピラ”と残り物や冷蔵庫の漬け物でささやかな夕飯。やっぱり、みんな揃って食べるご飯は美味しい。息抜きも出来たし、欲しいもの(私のじゃないけど)も買ってこられたし、良い一日だった・・・半日だった・・・かな?つづく――――――――
November 25, 2005
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今日は中学校の用事も無ければ、弟の病院へも行か無い。でも、次男が期末テスト1日目で給食が無いし、小学校は“就学前健診”で4時間の早帰り(×_×)予約録画しておいたビデオを見ながら朝食をとり、洗濯物を干したら10時半だった。そこへ友人から電話が『ヘルプ!パソコンがおかしいのぉ~(>_<)』次男が帰ってくるまでならと、友人宅へ。先日、ウィルスバスターをバージョンアップしてあげたので、何か問題でもあったのかと思ったら、以外にも私が開いたら全然なんともない。12時でおいとまして帰宅。小学校の下校パトロールは当番で13時からの予定。次男が真っ直ぐ帰ってくれば、出かけるまでに30分あるから、一緒にお昼も食べられる・・・って思っていたのに!次男が帰宅したのは12時55分!あと5分じゃお弁当も買いに行けない。『パトロールが終わるまで、お昼ご飯待てる?』と聞けば『別にいいよ』『別に』じゃぁないだろう!とっとと帰って来いって!気温は低めだけど、日向は暖かくてパトロール日和だった。午後一杯遊べる子供たちは、自転車であっちへこっちへと繰り出してきていた。パトロールが終わって『お昼ご飯は何が食べたい?』とメールをしてみた。即座に『マック!三男もだって!』と返信が・・・ああそうだった。三男はこのあいだ、玄関のドアと二階のベランダの窓を開けっ放しで出かけたので“11月一杯外出禁止!”になっていたんだっけ。三人分のマクドナルド・・・お会計は2700円也(T_T)お昼ご飯を食べ終わって15時、職人の奥さんから電話があった。給料の支払い形態が変わる事への質問やら愚痴やら・・・解らない事を会計事務所に問い合わせしたりしていたら、16時を回ってしまい。郵便局から払込しようと思っていたのに出来なくなった。昨日不調だった長男が18時半に元気に帰宅した。慌てて買い物に行き、夕飯の仕度をする。旦那が帰って来無い・・・現場が遠いから20時くらいまでは仕方ないと思っていたけど、21時になっても22時になっても帰らない。そのうちに私は行き倒れてしまっていた。物音で気が付いたら午前1時、旦那は帰宅して入浴を済ませ、ご飯をよそっている。『お帰り』そう言ったのは覚えているけれど、意識が戻ったら行き倒れたまま4時半を回っていた!米もといでない!やばっ!長男の弁当!おそるおそる炊飯器を覗いたら、長男の弁当とおにぎりの分くらいならご飯がある。なんだか1日落ち着かなくて、家の事もろくに出来ないまま、昨日なのか今日なのかの境目もわからない。多分、寝ていたのだろうけど『ぐっすり寝た』と言う気分でもない(T_T)つづく―――――――
November 24, 2005
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今日は朝からドタバタと三男が参加する“ふれあい駅伝大会”に振り回されました。昨日のうちに『集合時間とか書いたプリントは無いのか?』と聞いたのに、『無い』と言う。『集合時間は?場所は?』と聞けば、『バス停に7時50分集合。』の答え。で、今朝になって『引率の担任と小学校前に集合してバス停まで歩く。』と言い出した。時間も7時40分だと言う。心配なので、学校の側までついて行った。校門の前についた三男・・・他に人影は見当たらず(>_<)そのまま私は戻って、もしもの時は会場まで自転車で連れてゆかなくちゃいけないので、朝ご飯をかき込んでいた。案の定ドアをあける音がして、下から『自転車でバス停まで行くね!』と叫ぶ声がした。母は用意周到(⌒_⌒)ちゃんと昨日のうちに、(バス停に近い)一緒に行く子の母と『自転車を置いて言っていいよ』と話をつけてあった。でも、三男はその子の家が何となくしかわからない。三男が出かけて直ぐにその母の携帯に電話を入れ、自転車を止めてもらう確認をし、バス停まで送っていった別の母に自転車を預かってもらう約束も取り付けた。しばらくして確認の電話を入れると『無事にバスに乗って行ったよ。』との事。ありがたい。祝日で休みの次男に洗濯物と生協を全面的に任せ、ママ友との約束の場所へ出発!会場についたのは走り出す15分前。辺りを見回して驚いたのは、小学生も一般も凄く人数が多い事!昨日の読み聞かせの時に担任から『結構、本格的に走っている子が出る大会なので、1番で走ってくるとか入賞はありません。参加する事に意義があります。』としっかり釘を刺されていた。その通りで、ちゃんとしたチームの、いかにも陸上選手らしい体格の良い小学生(中・高生に見える)とコーチらしき人々がたくさんいた。一人ずつ、中央からスタートして左右に250メートルずつある直線コースを行ったり来たりして1キロ走る。スタート地点がたすきの受け渡し地点で、ゴールでもある。3人一組のチームでなぜか三男はアンカーだった。スタート前には『うちのチームの練習ではこんな風にたすきは結ばないので辞めてください。』と大会関係者にくってかかるコーチらしき人がいたり、選手に『ジャンプして身体をほぐせ、足を叩いておけ!』と指示を出す人がいたり・・・『この人たちは本気なんだなぁ~』と、参加する事に意義があるチームの母は思うのでした。こんな駅伝大会があることを、今年初めて知ったくらいで、周りに聞いてみても『校長がスポーツに参加するのが好きなので去年くらいから参加し始めたらしいよ。』と言う程度の事しかわからなかった。そう言えば確かに、例年あった区の少年サッカー大会にも、去年から参加するようになった。校長は元々“剣道”をやっている方でスポーツ大好き。夏休みになると区内の小学5年生が行く“岩井臨海学校”には、毎年“サポート”として行ったきりになると聞いている。参加する事に異議のある駅伝大会は、やっぱり見るからに走りこんでいそうなチームが優勝した。うちの小学校の選手たちも、しっかり完走していたので、めでたしめでたし。大会会場は河川敷グランドだったので、天気にも恵まれて自転車で着いたときは温かかったけど、ちょっと風が吹いたら凄く寒かった。帰りに土手向こうの道を走ったら、そこは暖かい・・・やっぱり吹き抜ける川風は冷たいのだと感じた。三男にとっては良い思い出になったと思う。応援の母はお疲れだけどねぇ~あぁ、今日もお休みは無かったわ(T_T)つづく――――――
November 23, 2005
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今日は小学校へ読み聞かせに行った。担任が和室をとってくれたので、3人のお母さんでそれぞれチョイスした本を読んだ。私は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んだ。『知っている人は居ますか?』の問いに半数以上の子供たちが手を挙げた。思わず『みんなは凄いですねぇ。私がこの方の本を読んだのは中学生になってからです。』と言ってしまった。本当に、本とは縁の無い生活をしていた。私が子供の頃は夏休みには必ず『読書感想文』の宿題がでた。小学校6年間でその感想文のために6冊の本を借りた以外には図書カードに貸し出しの記録が無いくらい本を読まない子だった。私が本を読むようになったのは、19歳の時に病気をしてからだ。近所にコミックを買いに行く、行きつけの本屋があり、そこの親子と仲よくなった。今でも、昔住んでいた所へ行く時には必ず寄って、『面白い本は無い?』とお奨めを買ってくる。子供たちに読み聞かせをするようになってからは益々本を読むようになった。でも、随分と偏ったジャンルしか読まないので、相変わらず『名作』とは縁が薄い。朝から読み聞かせを一緒にやってくれたIちゃんとSさんと、一段落したらお茶をしようと別れた。郵便局や銀行を回り、ついでにスーパーで買い物をして帰宅。時間に追われて、干し終わらなかった洗濯物を干しながら、旦那の夕飯用に魚を煮付け、準備完了!Sさんと待ち合わせ、仲よしTちゃんも誘ってIちゃんの家へ。SさんとTちゃんは初顔合わせだったけど、和やかに『嫁・舅談義』など盛り上がった。Iちゃんが用意してくれたパスタでランチしながら、久しぶりに楽しい時間を過ごした。今日はもう一つ、弟の検査結果を聞きに行く約束があったので、いつもより早めにおいとまして駅に向かった。弟からの電話で『検査しても動脈瘤は見つからなかった。』と聞いていたので、心持ち安心して担当医の話を聞けた。『見つかっていないけれど、くも膜下出血した以上は無いと断言は出来ません。今後は退院して、定期的に検査をしてゆくしかないですね。』担当の脳外科医は、ちょっと寝ぼけたようなまったりした顔つきとは反対に、はっきりものを言う先生です。弟からは『倒れた日、血管が切れたと感じた後、もう死ぬんだなと思いました。6割くらいは退院したいと思うけれど、4割くらい不安がある。』との答え。担当医は『一度、一時帰宅で一晩くらい帰ってみてはどうですか?戻って来て、話をしましょう。』11月末には弟の仕事先の『新店舗開店』があり、それまでには退院して、ほんの少しでも顔を出したいと言う思いもあり、急遽明日、一時帰宅することになった。とは言っても、婚約者Yちゃんと住み始めたばかりだったマンションに帰るので、もう、私がする事は無い。担当医との話の後に、弟と2人で話す時間があった。Yちゃんが『O(弟)が死んだら、私もしのうと思っていた。』と言ったと初めて聞かされた。2001年に胸部大動脈瘤の手術をする時に初めて会ったYちゃん。2003年には肺炎で入院し、2004年には腹部大動脈瘤で手術、そして今回はくも膜下出血・・・彼女に会うのはいつも病院だ。華奢な体つきとは裏腹に、彼女のあふれる愛と根性には頭が下がる。とっくに愛想をつかされても仕方の無い弟なのに・・・毎年病気をしているので、なかなか結婚までたどり着かない2人。不安があって、結婚に踏み切れないのかもしれない。でも、今回の事で『俺も子供は嫌いじゃないし、欲しいと思う。子供でもいたら、あいつも一緒に死にたいなんて言わないのかもしれないけど、病気を抱えているからなぁ・・・』と弟。『子供が居たら、お前だって生きる張り合いがあるってモンだろう?』無責任な言い方かもしれないけれど、二人だけの不安な気持ちよりも、子供を持つ事で生きる気力が増すのはあることだと思う。私だって、今、旦那にもしもの事があっても、『子供を一人前にする』と言う事が第一だ。弟が倒れてから1ヶ月強、ほとんど後遺症も無くここまで回復してくれた。不安はあるだろうけれど、『あの時死んだと思うのなら、後の人生は儲け物、Yちゃん孝行でもしてがんばりなさい!』とハッパをかけて帰ってきた。早ければ、週末にも退院の運びとなる。ご心配頂いた皆様に感謝すると共に、しっかり生きろ弟!つづく―――――――
November 22, 2005
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予定には無いっていなかったけど、今日も中学校に掃除に行きました。先週の緊急保護者会で『来てもいいというなら来ます!』と口々にいい、掃除を拒否した保護者の皆さんで早々に学校を見に来たのは僅か3名ほど・・・うちの学年では2人ほどでした。いい訳めいた事を言っていたので『やっぱりねぇ~』と言うのが感想。今日の掃除はカビだらけの手洗い水飲み場を磨きました。クレンザーやら、パイプ用の強い洗剤を使っても、なかなか落ちません。『カビキラーでもかけないとねぇ』とは言っても、生徒が使用している時間にそんなモノは掛けられない(>_<)やるとすれば、早くても冬休みに入ってからと言う事になる。掃除をしていると『こんにちわ』とか『ご苦労様』と声がかかる。ほとんどが生徒からの声。今まで挨拶も出来なかった先生もようやく、ボソボソと『ご苦労様です。』と通りすがりに言って行くようになった。『上から何やら言われたのだろうか?』などと、穿った見方をしてしまう。だって、散々『先生でも挨拶の一つも出来ない方がいて、これで生徒に挨拶しろなんて言っても説得力無いのよねぇ~。』と何度も学校でぼやいてきたんですモノ!良い方向へ向かうのか?つづく――――――――――
November 21, 2005
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今日も弟の所へ面会に行きました。最近では会社関係の面会も多く、昼間はほとんど寝ている事は無いと言う。私が面会に行った時も、10分くらいして会社関係の方が面会に訪れ、私は早々に引き上げてきました。往復2時間弱かけて、ミネラルウォーターを2本届けて10分で帰宅・・・行かなくても良かったかしらなんて思ってしまう。15時半に家に帰り着き、遅めの昼食をとり、もはや体力の限界。もうどのくらい休みの無い日々が続いているだろう?16時くらいからお昼寝したつもりが、正気に戻ったら午前1時半・・・爆睡だった(T_T)旦那も子供も夕飯を食べたのかすら解らない事態(>_<)取り急ぎ、炊飯器を洗い米をといで、入浴して就寝。疲れているけど、やらなくちゃいけないことは山積みで、それを全部放ったらかしにしているから、明日からはもっと忙しくなる。体が複数欲しいと思う今日この頃だ(T_T)つづく――――――
November 20, 2005
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今日は昨日よりも幾分遅く9時半からの発表会に間に合うように仕度をしました。午後からPTA後期研修会があるので、研修会用の仕度もあり、カバンも2つ用意、今春の入学式以来(?)でしたが、化粧もしました。だって鏡を覗いたら、目の周りがくまでふちどりになってる(T_T)『タヌキかパンダか?』って感じなんだもの。てんやわんやの仕度の末、無事に小学校の体育館へ入ってみてびっくり!『なんじゃぁ~』前方のマット席(演技している学年の親用)から座席、果ては後ろの立ち見まで、満杯なのだ。ま、低学年の親ががんばって、じじばばまで来ているパターンだとこんな感じなのかもしれない。しかし、演目が進んでも全く人の減る気配は無い。それどころか、マット席の移動すらないのだ!結局、マット席が空かないので、座席から移動する人も無く、立ち見だけが益々混雑する。身長の低い私はほとんど見えない状態だった。さすがに自分の子のときは、マット席の脇まで行ってビデオ撮影させてもらった。マット席の最前列に、子連れの保護者がいて、自分の子供の学年じゃないから、連れてきた子を叱らないのよ!演技している側なんだから、もっと気を使え!終いにゃ、その幼児が演奏している前に飛び出す始末!その上、昨日も腹が立ったんだけど、学校が頼んでいる写真屋が当たり前のように、親がビデオを撮っている前に立って撮影する。思いやりの無い大人ばかりの集まりで、開いた口もふさがらなかったわ!全校演奏・全校合唱が最後でしたが、研修会に行く時間を考えて、見えないけれど、出口付近で聞いていました。本当に児童たちは素晴らしい音楽会を催してくれました。こみ上げる物を感じながら、体育館を後にしました。12時45分に待ち合わせがあったので、少しある時間で家に戻り、夕方までの研修会でお腹が鳴らないようにご飯をかき込んだ。時間どおりに研修会会場につけたけど、連日のビデオ撮影で体のあちこちがこわばって痛い、講演会の先生が女の方で、優しくお話になる・・・最前列、講演者から2メートルほどのところで居眠りしてしまった(>_<)書記としての仕事があるので、ノートを片手に下を向いて書きとめながら話を聞いていたので、まるで話し声が子守唄のように・・・気が付くと、ノートにはペンが走った線が入っている。内容も飛んでいる。慌てて目を上げると、講演者と目が合う・・・そんな状態であっという間に講演は終わった。(多分私だけ短いかも・・・)続いて第2部がある。画用紙に雑誌やチラシから色々な絵や写真を切り抜いて貼る『コラージュ』というのをやった。よく解らないけれど、アンケートも取られた。終了したのが16時半・・・本当に『お疲れぇ~』だった。つづく――――――――
November 19, 2005
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今日は三男の音楽発表会だった。と言っても、今日は『児童鑑賞日』で、児童たちが自分たちで鑑賞する為の発表会だった。たいてい両日見に行くのだけれど、今年は特に中学校のPTA後期研修会が明日の午後からあり、出発時間と発表会の終了時間の兼ね合いで、時間が押せば最後まで見られないので、今日も見に行ってきたのだ。どんな行事でも6年生にとっては『最後の行事』特に私にとっては10年目であり、末っ子の小学校最後の発表会で、思い入れは深い。朝方、登校前の三男に『何時から始まるの?』と聞いた。『1時間目からやるんだよ。』と言う言葉を信じ、1時間目が始まる8時45分には体育館に入っていよう8時半に家を出た。体育館に入ると、まだ2年生しかいなくて、椅子を持って座る位置を確認ているところ・・・保護者の姿など一人も無い体育館のパイプ椅子に座って、様子を見ることにした。2年生の先生に『こんにちわ』と挨拶したけれど、一瞥しただけで先生からの挨拶は無かった!私の座った椅子は、明日なら保護者席なのだけど、今日は児童が座る席だったらしく、校長が寄ってきて『おはようございます。本日の保護者席はあちらになりますので、移動をお願いします。』と言われた。そこまでに数人の先生がいたけれど、誰一人注意してくれるどころか、挨拶さえしなかった・・・『子供のしつけは家庭で!』などと言う先生自体が挨拶も出来ないのだと、改めて質の悪さを感じた。結局最後までいて、挨拶したのは三男の担任だけ・・・どうなっているのやら!子供たちの発表会は本当に一生懸命で素晴らしかった。高学年はテレがあるのか、どうしても視線をそらしたり、表情が硬かったりするけれど、1年生はそれはそれは一生懸命に音楽劇を演じている。出来は最高だった。三男が入学してからはほぼ毎年、児童鑑賞日と保護者鑑賞日の両日見に行っている。なぜなら、児童鑑賞日はお行儀が良いので、ビデオ撮影しても写真撮影しても、静かなのだ。保護者鑑賞日のマナーの悪さと来たら、久しぶりに会ったのだろうけど、自分の子供と関係ない演目の間中喋っていたり、乳幼児を連れてきて野放しだったり、泣かせ放題だったり、終いには携帯電話が鳴り出す始末。ビデオを撮っていても、当たり前に前を横切るし、撮っている目の前に立ってビデオを撮りだす親もいる。みんな自分の子供の映りの良い場所を探して早めに陣取るのに、後から着てその態度では親のケンカだって発生する。5年間そんな光景を目にしているので、ゆっくりと全学年を鑑賞する為に、わざわざ両日見に行くのだ。明日も見に行く予定だ。12時20分までに終わらなかったら、最後までは見られないけれど、今日の感動的な発表会でも充分に楽しませてもらった。・・・明日は久しぶりに化粧をして、研修会の準備もしてから出かけなくてはいけない9時半までに準備できるかなぁ~あんまり久しぶりで、化粧の仕方も忘れている今日この頃です(>_<)
November 18, 2005
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今日は久しぶりに電車に乗って、次男の病院に薬を取りに出かけた。弟の病院へ行くことを考えたら、4駅先の病院って、何て近いのだろう!バタバタと仕度をして10時半に家を出て、病院を済ませ、薬局に寄り、帰りがけに買い物まで済ませても12時半には家に帰り着いた!今日は中学校の臨時保護者会があるので、早めに夕飯の仕度をした。明日も音楽会に行き、その後、弟の検査結果を聞きに出かけるし、明後日も音楽会を見た後に、PTAの研修会に出かける。そんな時は大鍋に『豚汁』を作る。大根1本・にんじん3本・シメジジャンボパック2個・ゴボウ3本・こんにゃく大1枚・油揚げ4枚・冷凍サトイモ2袋・豚肉4パック・・・何人前だろう?一緒に保護者会に行く友人に、小さな鍋1杯分をおすそ分け。これで、これから3日間、ちょっと楽にご飯の仕度ができるのだ。夕方、PTAの副会長から『打ち合わせがあるので10分前に集合して下さい。』とメールが入った。相変わらず、仕事の段取りが遅くないかい?打ち合わせに行ったら『学年別会のときの司会をして下さい。』と言われた(T_T)メチャメチャ苦手なのに!体育館は冷蔵庫のように寒い!校長の通らない声での現状説明はなにやら、言い訳がましかった。質疑応答が始まって、PTAから提案した『掃除』に対しての異論が飛び出した。『自分たちが学ぶ学校を掃除するのは、生徒として当然のこと、なんで親がやるの?』ま、筋は通っているけど、親が監視に来ているような印象を持たせない為にも、大義名分は必要なのよ。そんな不穏な発言の主は、2年生の保護者だった(T_T)案の定、学年別会になったら、同じ人が同じ事を言い出す。司会の立場上、対決するわけにも行かないので、説明とお願いをするしかない。学校から『いつ来て頂いても結構です。』と言う発言があった。それに対して『今日、初めて知りました。』なんて、ふざけた親が居た。2年半以上も子供が通っていて、今までだって学校からは折に触れて『見に来てください。』と言われているじゃないか!ふたを開けてみたら、1・3学年は当番制で掃除をする事に落ち着いていた。2学年は強硬に反対する親に、乗っかるように『当番制で来るのは良いけど、掃除は違うと思う。』などと言い出す輩も出てきて、『この件は差し戻しとして、当番制で学校に入ることだけを決議します。』と言う事になった。会議中『掃除をしないということで、他の良い案があれば提案して頂ければありがたいのですが?』と振ってみたが、代替案は出て来無い!何もせずに、まず文句を言う親!お前は一体どうしたいんだ!具体的な方向性を示してみろ!表面上穏やかに会議を進め、一応終わらせた。校長室に報告に行き、胃まで痛くなってきた。帰り際、学年の先生から『本当に大変な司会をありがとうございました。』と深く頭を下げられた。思わず『親がこれだけまとまりが無いのだから、学年がまとまらなくても仕方ないです!』といきまいてしまった(>_<)外側で文句を言うやつこそ、真中でちゃんと考えて段取りしてみろ!隅っこつついて文句を言って、かき回すだけかき回した責任をとってみろ!PTA役員なんて、ほとんどボランティアで、何かあれば家庭を犠牲にしてでも、学校に関わらなければいけなくなる。最新の注意を払って方向性を決めても、大きな声でもっともらしい事を言う『言いっ放しのヤツ』をどうする事も出来ない。結局、大きな声につられて、面倒臭い事から逃げて、自分の意見らしく『長い物にまかれる親』の子供が集まっているのだから、今の学年の状況は仕方が無いのかもしれない。PTA役員にしても、今日のために煮詰めた話し合いなんてしていない。会長から『掃除でもして、学校に入ってくれ。』と言われて、実働部隊として入っているだけなのに、保護者会で説明しろと言われても、全学年に対して同じ説明ができるわけが無い!『できることならやりたくない』と言う本音を隠して、ウダウダと文句を言う親!どうしたいんだ?『子供たちに関わって、話をする機会が欲しい』なんて言ってるけど、そのために掃除をするのは嫌なんだろう?現状を考えたら、文句を言う前に行動するしかない所まで来ているという危機感がまるで無い。『もっとはやく、大変な状況だと知らせてくれればいいのに』だと?自分の子供と話をしていないのか?我が子の同級生の親に知り合いはいないのか?私なんて、他の学校の親からだって『お宅の中学校は大変な事になっているのね。』と断定的に言われているぞ?疲れた身体を引きずって、家に帰り着いたのは、23時少し前。そこから主婦業が始まるのだ。今日も行き倒れそうだ(T_T)つづく――――――――
November 17, 2005
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今日は生協のある水曜日なので、学校の当番も入れずに家に居ました。朝から友人と生協待ちをしていて、新聞のチラシに安売りの洗剤発見!Iちゃんが『生協が来たら、買出しに行こうよ。』と誘ってくれた。必要な物を買いたいので、是非にとお願いして、いざ買出しに出かける。小学校は13時半に終わるので、ランチもせずにお弁当を買って、Iちゃんの家でのんびり食べた。ほぼ1ヶ月ぶりにのんびりしたので、話も尽きない。Iちゃんの都合で17時に家に送り届けてもらった。すごく、久しぶりにのんびりしたはずなのに、体が辛い。本当なら、家で寝ていた方が良かったのかもしれない。気晴らしするにも体力が要るのね(T_T)夕飯もあるものをおかずに、味噌汁を作っただけで済ませた。食事が終わったら、当然の如く行き倒れ(T_T)寒くて目が覚めたら、午前2時40分だった。仕方ないので、片付けと米とぎだけして、早々に布団に潜り込んだ。明日は午前中から次男の病院へ行かなくちゃ!つづく――――――――
November 16, 2005
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今日も学校で掃除をしました。今日は次男の学年の教室がある階のもう一箇所のトイレでした。10時に家を出て、帰宅は15時過ぎ・・・あまりの汚れっぷりに、時間も忘れて掃除をしていたら、終わったのが14時半だった(>_<)水浸しになって掃除をするには、今日の気温はあまりにも低い。1度目のトイレ掃除のときは『長靴があるから大丈夫』って思って、ビショビショになって震えたので、2度目は水を被らないようにと注意した・・・出もやっぱりビショビショ!で、今日は上下のカッパと防水エプロン(業務用)を持っていった。PTA室で全部着替えて、準備OK♪気温が低くてもカッパを着ていると体温が逃げないので温かいし、もちろん水が降ってきてもヘッチャラさ!でも、凄い汚れ、女子トイレの個室のドアから壁に何かをぶちまけたような跡がある。スチールウールやらスポンジたわしを駆使して、目いっぱい力をこめてこすると、何とかこそげ落とせる。なんともならないのなら、諦めもするのだけど、何とかなるので必至にがんばった。その汚れは下へ行けば行くほど、こびりついていて、しかも体勢が悪くて落としにくい。ドア一枚きれいにするのに1時間はかかってしまった。学校の時間で言うと、2時間目の終わり頃に掃除を始めた。それからずっと掃除しつづけて(給食・昼休みの時間も)、終わったのは5時間目終了後だった。グッタリしてPTA室に戻る途中、三者面談期間で早帰りの3年生が下校していった。ゴム手袋をしていてもやっぱり水は冷たい。体中に力をいれて、特に手先足先に力を入れていたので、終了後は手の感覚が無く、足は痺れていた(>_<)せっかくきれいにしたトイレ、ちゃんときれいに使って欲しい物だと思っていたら、どうやら前に掃除した1年生の階のトイレに落書きがされていたとか・・・なんだか虚しくなるわ(T_T)ヘロヘログダグダの体が言う事を聞かない。キーボードを打つにも手が強張っている。あちこちの関節痛も出てきてしまった。明日は倒れていられるといいのに!つづく―――――――
November 15, 2005
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9月11日に『泣いている暇も無い(T_T)』と言うタイトルで書き込みしたのもまだ記憶に新しいのに、今回は『倒れている暇も無い(T_T)』と言う事になった。最近ずっと子供たちが『ネットゲーム』をしていた。私も毎日忙しくて、家を空けることも多いので『母が居ない時には使ってもいいよ』と子供たちにPCを開放していた。会社の大事なデータはCD-RWに書き込んであるから、子供たちがPC本体で遊ぶ分にはほとんど問題が無かったからだ。ところが!今日、必要なデータがあるので、見ようと思ってCDを開いたら・・・無い!!あの時復旧した今年の会計資料一式がどこにも無い!そう言えば、先週の木曜日に仕事中に時間があいて、子供がPCを使って、気が付いたらCD-RWを入れたまま電源を落とした事があった!あの時だ!あの時しか考えられない!!今日は旦那の仕事が遠い現場で、3時半に起きて炊飯をしなくてはいけなかった。でも、昨日疲れ果てて行き倒れ、気が付いたら午前1時半だったので、そこから片付け・入浴して布団に滑り込んだのが2時半・・・これで寝たら絶対寝過ごす!仕方ないのでそのまま、布団の中で時間を過ごしていた(眠れなかっただけ)いつものパターンで子供たちを送り出して、10時から中学校で掃除・・・これまたびしょ濡れでトイレ掃除。そのまま、PTA通信の印刷をし、自宅待機している役員さんのところへ行って、今日の報告をした。ついでにと、お茶をご馳走になって、学校の現状に付いての話が尽きなかった。おいとまして家に着いたのは17時半。旦那の帰りが遅かったので、20時を回ったところで、やっと夕食になる寸前。旦那に頼まれた仕事のデータだけ確認しようと思ったら、今年度分のデータが全く無い事に気が付いたのだ(T_T)午前1時半から19時間ほど起きている。今日は直ぐにも寝てしまおうと思っていたくらいなのだ。本当に倒れそうなくらい疲れているのだ!でも!倒れている暇も無い(T_T)事情を知った旦那が笑いながら言った『大変だなぁ~、何日徹夜したら元に戻せるんだ?』・・・徹夜できる状態じゃないっつうの!明日も10時から真剣勝負のトイレ掃除。夕べ寝ていない分を補うくらい寝なくちゃ、掃除どころじゃないじゃない!今週の今後の予定だけ見ても、(火)10時中学校、15時50分パトロール(水)10時生協、友人が来る(木)午前中次男の病院へ薬をとりに行く、19時中学校臨時保護者会(金)三男音楽発表会part1(土)三男音楽発表会part2、13時PTA後期研修会この予定で毎日起床が4時半なのだ!誰か私を助けてくれぇ~(T_T)会社のデータ復旧の期限は来月の給料日までだけど、9月、10月分の出納簿はもっと早く出さなくちゃいけない・・・本当に倒れている暇も無いくらい忙しくなってしまった(T_T)最近、皆さんの所を回るのもやっとだったのに、それすら出来なくなりそうだ。なんだか涙も出ないわ(>_<)つづく―――――――――
November 14, 2005
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久しぶりに弟の所へ行ってきた。病室が変わって、窓際のベッドに座っていた。先日母から電話があって『今まではおとうとからなんて、年に数回だったのに毎日のように電話が来るんだけど、さみしいのかしら?』なんて聞かれた。リハビリもかねて、廊下の端にある公衆電話まで歩く、暇なのでついでに電話をかけるらしい。婚約者のYちゃんは仕事中だし、仕事先にも掛けられない、だから、実家か私の所へ電話を掛けてくる・・・私だって忙しいのよ!そんなことを話しながら30分のつもりが2時間も長居をしてしまった。『昔の事は良く覚えているし、昔覚えた電話番号なんてちゃんと出てくるのに、近年付き合いのある人の名前や、出入りしていた店の名前が出て来無い』と言う。全く思い出せないのなら、その時期の部分の記憶障害だけど、どうにかひねり出せば出てくると言うから、心配は無い。倒れてから、かれこれ1ヶ月になる。こんなに順調に元気になってくれて、安心するばかりだ。まだまだ、筋力の方が心もとないと言いい、ペットボトルを持ち上げて見せた、右腕が震えていたので『手をグーパーして、少し運動してみれば?』とアドバイスしてきた。暇を解消して、筋力アップするのは何がいいのだろう?つづく――――――――
November 13, 2005
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今日は予定通りに、次男のサッカー部の練習&練習試合がありました。おきた時は小雨が降っていて、次男はダラダラと先生の電話を待っていた様子でしたが、家を出る時間になっても何の連絡も無いので、学校へと出かけました。このところの忙しさで、うっかりスポーツドリンクを買い忘れていたのと、せっかくの練習を見てみたいのとで10時半には家を出ました。チャリ爆走3分の学校です(笑)相手校が2校来ていて、何やらいつもよりもコーンやマーカーが校庭中にばら撒かれています。そう言えば、テレビのスポーツ番組で見る練習風景に似ているかも!『さすがだなぁ~』なんてぼんやり見ていたら、顧問が寄ってきた。『あのジャージの方がそうなんですよ。名刺頂いたんで見てください。』と名刺を見せてもらった。『えっ?・・・肩書きがすごくないですか?』思わずもれた言葉に『そうなんですよ。僕もびっくりしました。ここだけの話ですが、ジーコ監督ともお話する事が出来る方なんですよ。』詳しい事はかけませんが、とってもとっても凄い方でした。そんな凄い方の指導を受ける子供たち・・・『ひでとか、さんとすとか、たなかたつやとも話したことあるのかなぁ~』が、感想でした(T_T)親や先生方の方がありがたい指導を受けている事にワクワクしている感じ・・・午前中一杯指導して頂いて、帰ってゆかれました。なんでも、スタジアムでジェフ市川VSジュビロ磐田戦を見なくてはいけないので、帰られたとか・・・恐れ多い事です。そんな素晴らしい指導を受けた後に、練習試合がありました。対戦相手は区内のH中と、江戸川区のK中です。H中は2年生主体のAチーム(それしかいない)、K中は1年生ばかりのBチームが来ていました。ハーフなしの25分1本。まずはK中が相手です。普段から仲良しのうちのチーム、連携が上手く取れたので、大量4得点!H中には大量5失点(T_T)2本目はそうはさせまいとどのチームもしっかり戦っていました。K中との2本目はやっぱり4得点、それに1本目よりも形が出来ていた。H中との2本目は1得点2失点、相手がなめてかかって来たのと、こちらのチームの意地とでなかなか見ごたえがありました。今日の天気は朝は小雨、10時くらいから晴れて暖かかくなり、昼を回った頃から風が強く吹き始めました。当然、日が翳り始めた15時以降は寒くてたまりません。私を含めて5人の親が観戦にきていましたが、出されたパイプ椅子に張り付くように丸まってみていました。16時半に全試合終了。早々に帰りたかったけれど、終わりの掃除やら片付けをしない子供たちを注意したりして、先生に挨拶しに行ったら17時を回ってしまった。今日は凄い方に指導してもらったと言うのに、興奮した様子も無い子供たちに『あいつらは、今日の練習のありがたみがわかっていないわよね!』と先生と親は頷くのでした。他のお母さんたちが帰ってから、部活帰りの顔見知りの3年生女子生徒と話し込み、学校を出たのは次男よりも遅い17時半・・・身体は冷え冷え(T_T)そろそろ、カイロとベンチコートの季節です。つづく――――――――
November 12, 2005
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今日は予定通り10時に中学校に掃除に行きました。上からの指示で、次男の学年のトイレ掃除をしました。元々、あまりタイルの色がきれいでない床は、クレンザーをまいてデッキブラシでこすってもきれいになったか解らない・・・これじゃ、子供たちだって掃除のやり甲斐が無いだろう。トイレの手洗い場の水道栓や、ボウル部分をクレンザーでピカピカにし、壁を全面こすり洗いし、トイレの便器も洗剤をかけてしばらく置いてから磨いた。そりゃもう、ピカピカよ!振り返ってみれば、掃除用におかれているのは、デッキブラシ、ラバーの水切り、ほうき、トイレブラシ・・・洗剤が見当たらない!男子トイレ・女子トイレを掃除して、2時間半かかった(>_<)普段の掃除できれいにしろといっても、時間も僅かで洗剤も無いのだから限界がある。学校を出たのが13時過ぎだった。お腹もすいたし、長靴を履いていても、膝下やエプロンがびしょ濡れで寒かった。急いでかえって、食事をして、ホットカーペットに張り付いて温まった。16時から仮眠をとったら、17時を回って三男が帰宅するまで爆睡だった。慌てて夕食の仕度をして、18時50分、再び中学校へ運営委員会に出かけた。委員会自体はスムーズに終わったが、それから保護者が掃除に入るための体制作りの話し合いが行われ、結局終わってみれば22時!本当に疲れた(T_T)そのまま、友人2人とファミレスにGO。学校の情報交換から、現状の不満をぶちまけ合って、0時お開き。色々ありすぎて、脳みそも沸騰寸前って感じだ。明日は次男の練習試合。全国レベルのアンダー16・アンダー12を指導しているコーチが来てくれることになり、弱小チームなのに全国レベルの練習を体験できると言う。なんてラッキーな子供たちなんだろう。・・・本人たちはそのありがたみがわかるだろうか?明日の朝は雨予報。今日の0時を回って、ポツポツと降り出してきている。明日は、晴れますように!つづく――――――――
November 11, 2005
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うちの旦那は私よりも9歳年上、旦那には1歳年下の妹がいる。旦那の前では言え無いけれど、この妹はわがままだ。妹夫婦は恋愛結婚で、18歳をかしらに3人の息子がいる。義弟(妹の旦那)はこの妹(妻)をこよなく愛しており、独占欲が強く、妹を一人にはしておかないタイプの人だ。で、この妹は兄(うちの旦那)をこよなく愛しており、子供の事から、嫁ぎ先での愚痴までメールや電話でやり取りしている。ここで、不思議な三角関係が生まれ、義弟→妹→うちの旦那と言う図式が生まれる。もちろん、旦那は5人兄弟の中では、この妹を一番に可愛がり、仲よくしている。義弟はそれが面白くない、その上、何年かおきに旦那の実家に帰省すると、妹はすっ飛んで来るから、またまた義弟は臍を曲げて、終いには『変に仲がいいよね!』と嫌味を言う始末。私が結婚してから18年、この図式はゆるぎなく続いている。今日の私は、旦那が早々に3階に上がったのと、疲れに勝てずに夕方からノックダウンして夕飯も食べずに行き倒れていたのとで、夜になってから台所の目に付く汚れを落としていた。そこに電話が鳴った『もしもし、○○(実家方面の所在地)のSです。』妹の所の義弟である。この人は旦那よりも2歳ほど年上なので、私の事など眼中に無い物言いをする。今回の電話も、名前を告げたきり黙ったままなので、『ちょっとお待ちください。』と、すでに就寝消灯状態の旦那に受話器を渡した。こんな時間(21時過ぎ)に義弟から電話があるときは、妹がプチ家出した時と決まっている。(すでに連絡があっただけでも3回目)受話器を渡したら、私はカヤの外だから、台所に戻って汚れ落としの続きをやっていた。布団の中では話がしづらかったのか、旦那が降りて来た。『うん・・・うん・・・俺も携帯に電話してみるから、帰ってきたら連絡くれよ』・・・やっぱり家出ね・・・旦那が妹に携帯電話をかける。『出ないなぁ~・・・俺の番号だって解るだろうに・・・』一旦切って、再びかけている。『あ、電源切りやがった!』・・・おかわいそうに・・・『義弟が言うには、病院に行ったら先生が“鬱”だと言っていたらしい、でも義弟は“鬱”じゃないだろうと言っていた。』・・・訳の解らん事を言う・・・『鬱だったら、気を付けないと衝動的に自殺だってありうるんだよ。可愛そうに・・・』私の言葉に『そんな事言ったって・・・』と二の句が継げない旦那・・・『電話か、携帯が鳴るかも知れないからな。』と言い残して、上に上がっていったが、多分しばらくは心配で寝付けないのだろう。こんな時に限って電話が鳴る。母だ!(>_<)上の旦那に聞こえるように『なぁんだ、ばあちゃんかい!』と言ってみる。弟の事に始まって、ダラダラと愚痴を言い始める。聞いてくれる相手もいないのだから、付き合うしかないのだけど、いつでもキャッチホンが来れば解るように神経を使う。やっとの事で母の電話の相手が終わったら23時を回っていた・・・台所の汚れ落としが終わったら、早々に風呂に入って寝る予定だった私は、電話待ちをする為に結局いつものように遅寝になってしまった。現在日付も変わって、午前0時45分・・・未だに連絡は来無い!枕もとに子機でもおいて、そろそろ寝なくちゃねぇ~(×_×)明日はいつも通り4時半に起きて炊飯だし、10時からは中学校へ行かなくちゃいけないし、19時からは運営委員会があるって言うのに・・・週末まで体力が持つかしら?つづく――――――――
November 10, 2005
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会計事務所から担当者がやって来た。今日は水曜日なので、玉子の配送も来るし、生協も来る。でも、旦那が夕方から会議なので、担当者と三人で会うために旦那が決めたのだ。もちろん私が予定を立てるなら、会社の会計日前日の、しかも水曜日にはそんな予定は絶対に入れない!本日のメインは来年からの職人さんの給料形態に付いての話し合いと、上半期の“貸借対照表”から会社の業績をチェックする事だ。担当者曰く『昨年度の同時期よりも、わずかですが売上が上がっています。』と、にこやかだ。そりゃ、めでたいけど、冷静に分析すれば、長男が入社した事で、一人分の売上が上がって当然、だって“日給月給制”なんだもの!そいでもって11月は“消費税予定納税”の月である。17年から消費税は法改正で支払方法が変わった。簡単に言うと、うちの会社の場合、簡易課税だった前年度に比べて、次年度は3倍払わなくてはいけなくなった。も少し詳しく言うと、売上が前年の半分だったにもかかわらず、払った消費税額は前年の2倍だった(T_T)そこで“消費税予定納税”は昨年の半分をあらかじめ納める事になっているので、とんでもない金額の請求書がやってくることになる。お役所から言わせれば『消費税は“預かり”だから、払って当たり前!』なのだろうけど、今までだって経費を削減してもやっと我が家の給料をもらっていたのに、どこにも足りずに消費税の為に借金をすることになる。なぜうちの会社は、“預かり消費税”が消えるのか?それは、売上の80%~90%が職人の給料として支払われるからだと言う。そんな訳で、来年からの給料形態は見直す必要があるのだ。大手企業なら『業績不振により賃金カット』と言う事になるのだろうけど、こちらはそうは行かない。職人さんの家庭を守る為にも、会社と職人双方に良い対策が必要となる。方策は決まったけれど、職人さん達が納得してくれるかどうか・・・書面で通知するので、また一つ仕事が増えた(T_T)今月末までに“消費税予定納税”の金策もしなくてはいけない(T_T)先日届いた“払い込み用紙”に記載されている金額・・・ひゃくにじゅうまんえんでした。(T_T)倒れそうだけど、倒れてもいられない・・・今年は年を越せるかしら?つづく――――――
November 9, 2005
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今日は10時から中学校に入り、簡単な印刷をすませてから、『PTA清掃と、親の会修繕の為の事前調査』という名目で校舎中をくまなく見て歩いた。デジカメと紙バサミをもった二人連れが、ところ構わずに『ここ、それ、』とシャッターを切り、書き込みをする姿はやっぱり“非日常的”子供たちは素直なので『何をしているの?』とさらりと聞いてくる。『学校が汚いので、掃除をする為の調査よ。あんたたちは壊れてる所とか、汚い所知らない?』そうやって聞くと『火災報知器のランプのカバーが割れているよ』と答える子や、『壊れてる所?学校全部。』などと意味ありげに笑う子、『知らない』と興味を示さない子など様々だ。情け無いのは先生方。授業中も休み時間も構わずに校舎中を歩いているのだから、何をやっているのか気になるはず。管理職でさえ、私たちの行動は『学校に来る』事以外に知らされていないので、申し送りもされていない。にもかかわらず、挨拶しても無関心に素通りする教師、不審そうにチラ見する教師・・・結局『何をしているのですか?』と声を掛けてきたのは副校長と次男の学年の先生2人の合計3人だけ・・・関われば関わるほど失望する事ばかりだ。給食が始まるまで、校内にいたけれど、たった2時間強の間に事件に遭遇。ふざけてじゃれていて、男子生徒が失神したと、救急車が呼ばれた(>_
November 8, 2005
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先週末に弟が一般病棟に移った。救命センターは面会時間が昼に30分、夜に1時間と決まっていたので、昼だけ行っていたけど、一般だと平日15時~20時が面会時間だ。忙しなかったけど、案外12時半から30分の面会は私の都合にあっていたし、体力的にも夕方まで休みを入れる余裕があって家事をまわすのが楽だった。今日、初めて15時からの面会に行ってみた・・・病院を出たのが16時だったので、電車が込み合う時間に当たりそうになった。かろうじてサラリーマンの帰宅ラッシュには当たらなかったけど、学生の下校時間でそこそこ込んでいた。地元に戻って駐輪場についたときに17時のチャイムが鳴った。今日は19時から役員会なので、あたふたとスーパーに買い物に行き、休む暇無く動いた。元々『面倒臭い事は先にやる』タイプなので、午前中のんびりと家事をこなしてからのお出かけはあんまり好まない。役員会で会長から『学校に親が入るほど、まだ子供たちは崩壊してはいないけど、このままだったら間違い無く転げて行くので、PTAが先行で入ります。』と話があった。女性役員は文化祭の時に当番を割り振っている。私は明日だ。『監視していると感じれば子供たちが反発すると思うので、それは避けたいと思うのですが?』と会長に聞いてみた。『当然です。』ちょっと待ってくれ、この前例の副会長が言ったことは『しっかり子供たちを監視して!』だったぞ?結局、例の副会長は、会長の意図を汲まずに動いていたと言う事らしい!『先生方はどう思っているのですか?』とも聞いて見たら、驚く答えが返ってきた。『夏休み前から管理職には話してきたけれど、いよいよ動かないので、こちらサイドが管理職に申し入れて動き出す事にしました。先生方の意思は関係ありません。』会長・・・強気なのはいいけど、それってフライングじゃん?『先生方が甘い、ちゃんと指導が出来てない、その先生方を指導しきれない管理職に問題がある、学校経営の失敗だ。』おっしゃる事はごもっともですが、それって本当に見切り発車してもいいのかしら?来年の事に言及して、『おそらく校長は変わるでしょう。私も事情があって来年は会長を受けられません。もしかすると副校長も昇進して出てゆかれるかも知れません。現状では区教委からのテコ入れをするほどではないので、先生方もそんなに大幅には変わらないと思います。』え~っと・・・学校を束ねる頭とPTAを束ねる頭が一編に変わるって事よね?でもって、現状でアップアップしてる先生方で運営するって事でしょ?やりっぱなしかいっ!どいつもコイツも無責任で腹が立つ。ここでどうするかで来年の学校の良し悪しが決まる。このまま行けば、学校は崩壊の一途を辿るだろう。PTA役員なんて微力だわ(T_T)帰りがけに仲よしの役員Tちゃんと、お茶をしながら明日の動きについて作戦を立てた。『PTAで学校の清掃をするからと、あっちこっちをデジカメで撮って歩こう。そうしたら、親が学校に入ったときに、聞いていたなぁ~って子供たちが思えば儲け物よね。』『だいたい、学校が悪いとか、先生が悪いとか言ったところで、所詮は家庭での子供のしつけだよね。』『でも、自分の子供に、クラスのみんながしている事に反発してお前だけはやめなさいとは言え無い現状もわかるんだよねぇ~』果たしてこんな事で何とかなるのだろうか?夜、婚約者のYちゃんに『しばらくは面会に行けません。』とメールを打った。つづく――――――――
November 7, 2005
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今日も弟の面会に行きました。昨日の13時に、上階の病棟に移れることになったと聞いていたので、7階の一般病棟へ行きました。病棟での初めての面会なので、『7○○号室のOですが、面会宜しいですか?』とナースセンターに声を掛けてみたら、看護師が驚いたように『えっ?Oさん?』という。ナースセンターの目の前の病室の壁にも名札は無いが、3人の看護師がおたおたしていたら、別の病室から出てきた看護師が無言で指差した。(ちょっと態度が悪くない?)閉まったカーテンをめくると、弟がスヤスヤ(?)寝ていた。そっと入って、椅子に座って待ってみた。・・・・・ガクッ!危うく椅子から落ちそうになって目が覚めた。隣に座ったままうたた寝していたみたい(>_<)小1時間程病室にいたけど、弟が目覚めていたのは15分間くらいだった。なんでも、夕べ“排尿管”をはずしたあと、痛みと残尿感で10分おきにトイレに立ち、ほとんど眠れなかったとか・・・目覚めた途端に『トイレ』とむっくり起き上がった。点滴を歩行用のものにかけ替えてやると、自力でスタスタ歩き出した!えらく驚いた!つい4~5日前までは寝返りさえままならなかったのに、そこそこしっかりした足取りでトイレまで歩いているのだ。戻った弟に『お昼は食べたの?フルーツと水とプチチーズケーキとアイス持って来たよ。』と言うと、『どんなアイス?』『ハーゲンダッツのバニラ』『う~ん。食べたい気はするけど、ちょっと寒いから・・・』冷蔵庫にしまってやった物を、目の前に出して見せた。おもむろに“プチチーズケーキ”を食べ始めた。『お昼のおかゆもしょっぱくてマズかったの?』と聞いたら、『しょっぱくなかったけど、いつも通りマズがったよ。』と減らず口(>_<)『たくさんは食えないなぁ~』と自分のお腹をさすっている。『食べられないなら、アイスは溶けるから食べちゃうぞ。』と、話をしながらアイスを食べた。そこへ看護師が来て『検温と血圧測りますね。』アイスを持ったまま私はあっちへこっちへどいたりしてました。看護師が戻って行くと、弟はお眠モードで、『今日はずっと寝て過ごす・・・』なんて寝言のように言いながらベッドに潜り込んだ。『そんじゃ帰る。』なんだか行っても行かなくても良かったみたい・・・こんなに状態が良いと、もう一度“血管造影検査”が終われば退院させられそうだ。ほんの半月前は、生きているのかさえわからない仮死状態で眠っていたのに、今は歩いている弟。驚くやら、何とやら・・・このまま、何事も無く回復してくれる事を願うのみだ。つづく―――――――
November 6, 2005
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久々にPTAのお手伝いでした。中学校の文化祭です。朝の8時15分集合・・・子供の行事は集合時間が早い!(×_×)相変わらず、行き当たりばったりの頭なので、集まってから今日の割り振りをされて、結局合唱コンクールは自分の学年しか見られませんでした。校内展示も見逃したセクションがあり、なんだか損した気分。何のビジョンも無い『いいじゃん。てきとーにやれば』と言う、頭を持つと、下は動きがとれずに困る。しかも、相変わらず、何のビジョンも無いけれど自分の主導でやりたい様子・・・展示室の当番やら片付けやらで結局終わったのは15時半でした。久々に弟の面会に行かなかったのに、家の事は何も出来ず(T_T)今朝、出かけるときに、三男におにぎり二つをにぎり『洗濯物を干しておいてね。後は頼んだよ。』と留守番をさせた。帰宅したら、洗濯機から出してカゴに入れて渡したはずの洗濯物は朝のままの状態でシワシワになっていた(T_T)そのくせちゃっかりPCでゲーム三昧だったようだ!3兄弟・・・なぜか責任感があるのは次男だけ・・・文句を言うのは3人とも同じだけど、仕事を任せてちゃんとやるのは次男だけ・・・同じ様に育ててきたのに、この違いは何なんだろう?もちろん、洗濯物を干させたけど、この分では明日の朝までには乾かないだろう。しかも明日は徐々に雨模様らしい・・・夜になって弟の婚約者のYちゃんからメールが届く。今日、弟は差額ベッド代がかかるけれど、一般病棟に移れたとのこと。今までは排尿管をつけていたけど、介助すればトイレにも行けるようになったらしく、車椅子で病棟階なら散歩もできるようだ。今度の担当看護師さんたちが良い人たちである事を祈る。少なくとも、マズイ食事を食べられないようにする事だけは無い事を祈る。Yちゃんも安心したのか『今日はケンカをしました。』なんて書いてありました。それもまた幸せなことだと思います。来週からPTA役員が中学校に入ることになりました。子供たちの指導が、いよいよ先生方だけでは立ち行かない所まできているようです。副会長が『それとなく学校に保護者がいるようにする』なんて口先で言っていたけど、ビジョンは無いらしく、『行けば何とかなるでしょ!』などと無責任に言っていた。子供たちに『監視ではない』と言う為の大義名分を用意せずに、見切り発車するのは賛成できないけど、こちらの意見は無視されたので、仕方が無い。友人の娘と話をして、頭を変えるようなことが一杯聞けた・・・『ウザイ』『めんどい』『先生なんて人によって態度が違うからやってらんない。』先生方にしっかり聞かせてあげたいもんだわ!弟の面会を減らしても、今度は中学校へ通うことになりそうで、家を空ける日々は続きそうです。(T_T)つづく―――――――
November 5, 2005
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今日も弟のところへ行きました。明日は中学校の文化祭で前日準備もあり、1日バタバタと過ごしましたが、昨日のお昼寝が効いたのか思ったよりも元気に過ごせました。10月31日に弟の写真を撮りました。食事をしている姿を2枚ほど撮っただけでしたが、『大きく口を開けて!』の声におどけて見せる姿は、普段の弟からは考えにくい物でした。今日も食事姿を撮りましたが、『Yちゃんと顔を並べて笑って!』と声を書けたら、嫌そうな顔をして、笑いませんでした。・・・このふてぶてしい態度は、いつもの弟です。そりゃ、35歳の大の大人が病院のベッドでひょうきんにおどけたりはしないもんだ。前の撮影からすると格段に戻ってきていると実感しました。でもねぇ~・・・おどけるくらいの方が面倒は見やすかったのかしら?病院で出される食事に顔をしかめ、特に“おかゆ”は『まずくて食えない!』と言い張るので、Yちゃんが一口食べて確かめてみた。『うわっ!しょっぱい!』そう言えば、初日のおかゆの時に看護師さんが『塩分が足りていないので、食事に混ぜて食べさせてください。』と“塩”を持ってきた。薬のように袋に入った“塩”は1.5グラム~2グラムくらい有ったと思う。その日はほんの少し混ぜただけで、全部は摂取できなかった。その旨を伝えると、看護師さんが『点滴から取れるように調整します。』と言っていた。でも、どうも、あれ以来、おかゆに塩をぶっ掛けてからベッドに運んできていたらしいのだ!なんと言う横着!病院食というのはただでさえ美味しい物ではないのに、病人が吐き出したくなるような状態で出すとは何てことなの!今日の帰りがけに『おかゆがしょっぱくて食べられないと言うのですが、何とかなりませんか?』と聞いたら『塩分が足りないと身体に不都合が出るので、食べさせてください。』との返事!2週間も点滴だけで寝て過ごした弟の胃は多分小さくなっている。だから、食事も一編にたくさんはとれない。でも、食事をして体力をつけなくてはいけない。健康な人間ですら“しょっぱくて食べられないような物”を病人に出す神経が理解できない!11月に入って、救命センターの看護師の顔ぶれが変わってから、扱いが悪くなったと感じていた。だから、最初の時に『点滴で調節を』と言ってくれた看護師とは違う看護師が『食べさせろ』と言っているのだ。全く看護師教育がなっていない!白衣の天使ではなく、白衣をまとった大ばか者がいるのだと、改めて思った。救急救命センターは日夜忙しい、看護師さんが大変なのも解るけれど、病人から食欲を奪ってどうするんだよ!!!回復しつつある弟がまた、後退してしまうのではと心配になる。弟が『要らない』と言えば、さっさと片付けられてしまうようだし、これではいつまで経っても体力が戻らない。せめて面会の時には、食べられる物を差し入れしてやろうと思う。でも、あんまり手をかけると、またわがままになるんだろうなぁ~今日の差し入れのプリンをYちゃんに食べさせてもらっている弟を見ながら『どうしたもんか』と悩む姉なのでした・・・つづく――――――
November 4, 2005
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今日は町会毎に参加するロードレース大会がありました。三男が友達と走ると言うので、町会からではなく、小学校のチームからのエントリーでした。ロードレース大会が終了した後に、ふれあい親子運動会と言うのが引き続き開催されます。小学校からのエントリーでは、この運動会には参加できなかったのですが、友人Hちゃんが気を利かせて、3年前まで住んでいた町会にエントリーしておいてくれました。仲良しのK君と一緒に、綱引き・二人三脚・大縄跳びに参加したようです。Hちゃんは私の事情を知っているので、『全面的に預けてくれていいよ』と三男を朝から終わりまで預かってくれました。だから、三男を送り出し、面会の用意をしてから、1時間だけ応援に行きました。私が会場に着いた頃は、ちょうどロードレースが終了したところで、HちゃんやIちゃんから『もう少し早く来たら三男のゴールする姿が見れたのに、惜しかったね。結構速かったよ。』と言われた。残念。11時過ぎに弟の面会に行き、14時半くらいに戻りました。運動会も終盤で、三男は玉入れに参加していました。このところ、弟の騒ぎで三男は放ったらかしだったので、一昨日のディズニーランド行きや今日のイベント参加はありがたかった。友人たちに感謝です。いつもより早めに動き出し、遅めに家に戻ったので、17時くらいから昼寝モードに入ってしまいました。気がついたのは、旦那が帰宅して風呂も済ませて居間に上がってきた時(>_<)『また寝てるのかよ!』と怒鳴られて、18時45分に目が覚めたのでした。(T_T)出歩いて疲れているのは旦那の所為じゃないけど、思いやりの無い言葉しか飛んで来無いので、一日中気の休まる時間がありません。まだまだ、時間がかかりそうな弟のことにしても、旦那は悪態をつくだけで見舞う気もありません。なんだかなぁ~(>_<)つづく――――――
November 3, 2005
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今日も病院に行きました。病室に入ると、入口で2人の看護士が弟を指差しながら、ヒソヒソと話をしていました。私を見るなり、愛想笑いを浮かべた・・・ベッドの上の弟は昨日は手首だけをベッドの柵につながれていたのに、今日は体全体を固定されていました。食事を持ってきた看護士が『目覚める時に暴れたので、拘束させていただきました。』と言う。弟は攻撃的な状態で、手首を持ち上げながら私に『外せ!』と命令をする。ベッドに固定された状態を不満気に『こっちも外せ!』と言ったので、『それは外せないよ。だってそれを外したら、体がずり落ちちゃうじゃないの。』となだめてみた。『大丈夫だよ!』語調が荒い。『昨日の昼、私たちが帰るときにベッドから落ちそうになったから、落ちないように固定されているんだよ。』と嘘をついてみた。『食事だから、手だけ外すね。』と固定されていた手首を外し、『痛くない?』とさすってやった。弟の腕は、まるで筋肉を感じない。ふにゃふにゃとして、液体の入った風船のようだ。10日間もほとんど仮死状態で寝ていたので、体中の筋肉が退化している。麻酔の影響が大きいのだろうけど、意識ははっきりしたのに、感情のコントロールが出来ない。動けない事を認識せずに、無意識なのか点滴の管を抜こうとしたりして、特に寝起きは暴れると言う。1日中、時間の感覚もなく、動く事も出来ず、その上身体をベッドに固定されているのだから、苛立ちは募るだろう。抑えきれない感情が、悪夢となって暴れさせるのだろうか?それとも10日間も続けた麻酔の後遺症だろうか?食事を始める直前に“精神科医”がやって来て、2~3の質問をした。『今、何時だかわかりますか?』『よく眠れますか?』『ここはうるさくて眠りづらいですか?』弟の答えはどれも曖昧だけど、さらっと聞けば的は外れていない。最後に『眠りが足らないようなので、眠れるようにしてゆきますね。』と中途半端な言葉を残して、精神科医は立ち去った。昨日も今日も出された食事はほんの少し手をつける程度にしか食べていない。話し掛けながら、少しでもたくさん食べてくれるようにと口に運ぶが、直ぐに食べなくなってしまう。一度浮腫んでパンパンになった手は、今度はしなびているので、その手をさすりながら『ちゃんとご飯を食べないと、栄養が足りなくてシワシワになっちゃうよ。見てご覧』と言ってみた。自分の手に目を落として、つい先ほど来たYちゃんが口に運んでくれる食事をまた1口2口と食べた。『もういい!要らない!食いたきゃお前が食えよ!』と苛立ったので、食事を終わらせた。帰りしなに看護士に『手は外してあるのでお願いします。』と言って、救命センターを後にした。そんなやり取りがあり、夜になってYちゃんからメールが入った。『夜の面会に行きましたが、看護士が食事は済みました。寝ていますという。薬で眠らせたのですか?と聞いたら言葉を濁して立ち去った。また麻酔を使っているのだろうか?なんの説明もしてもらえなくて不安だ。』文面からは心配が伝わってくる。『昼間の精神科医が言っていた、眠れるようにする。ってことかもしれないね。でも、また麻酔なら嫌だね。』と返信してみた。今日は暴れると言うし、言動もおかしかった。『なんで俺が職場にいるのが解ったんだ?』と場所の認識も出来ていなかったし、『ここ2~3日、流れがおかしいんだよ!』とも言った。Yちゃんが『いずれにせよ、ちゃんと朝昼夜のある生活にしてやりたい。普通の病棟のベッドがあけば、多少のお金を払っても個室に入れてあげたい。』と言っていた。病棟の病室よりも、救命センターの方が看護士の目が行き届く、もう少し意識がしっかり戻るまでは私はセンターの方がよい様に思う。おかしなことを言う弟の面会に行くと、なんだか情け無いし、とっても疲れる。でも、病気が言わせていることだろうし、麻酔の後遺症かもしれない。せめて、今まで通りの明るい弟に戻って欲しい。もう少しがんばらなくちゃね。つづく―――――――
November 2, 2005
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今日はしっかりした口調で話をしてくれました。が、まだ、感情のコントロールが上手く行かない所為か“怒りっぽい”状態で不安定です。状況判断が自分勝手になっていて、自分につけられている点滴の管や排尿管を不快に思うと外してしまうようで、両手をベッドに拘束されていました。イライラした調子で、『生意気な看護婦がいて、一人で騒いで俺を縛り付けてるんだ。』『これを外せ』と私をにらむ始末。『救命センターの先生方が決めた事だから、看護婦さんに聞いてくるからね。』と言ったら、『お前だって“救命”ってついてるんだから大丈夫だよ。』私の胸についている、面会バッチを見てそう言った。『これはただの面会バッチだよ』と言っても、ちょっと困惑した顔になって何やらブツブツ言った。昼食が運ばれてきたので、ベッドの背を起こして、食べさせた。一口運ぶ毎に、顔をしかめて『マズイ。』と言う。『上の病棟に移ったら、もう少しマシな食事が出るよ。』と言うと、『上に言ったら、病室でこんなマズイモン食わない!外へ行く!』と言い張る。やっぱり、ちょっと状況が飲み込めていない様子だ。立つ事はおろか、自力でスプーンを口に運ぶ事さえままならない筋力なのに・・・私が食事を食べさせていると『Yは来ないのか?』と聞く。『仕事が片付いて、お昼休みになってから来るから、もう少ししてから来るよ。』その後も何度も同じ事を聞く。遠くの方で看護婦さんの『Oさん(弟)面会が来てます。』を言う声が聞こえた。今か今かと彼女が来るのを待ったが、なかなか入れてもらえない様子。私の所まで看護婦が『面会が来てますけど、入ってもらってもいいんですか?』と尋ねに来た。『婚約者のYちゃんです。お願いします。』と言ったのに、彼女は控え室で10分くらい待たされた挙句、入口でも『ご関係は?こちらに面会は初めてですか?』と止められたらしい。私よりも多く、毎日2回も来てくれているのに、なんで解らないのだろう。そう言えば、顔を知った看護婦が見当たらない。なんだか、今日は知らない看護婦ばかりだ。そんな状態でYちゃんは15分くらいしか面会できなかった。食事を食べさせて、歯磨きしてやって、起き上がろうともがく弟をなだめて寝かせて帰ってきた。・・・ベッドに拘束されても仕方ないかもねぇ~(>_<)万が一にもベッドから落ちて頭を打ったら大変な事になる!判断力は自己中心的だし、体の方はほとんど動かない、イライラが募る、攻撃的になる。7割くらいの復活ってところでしょうか?それでも幼い記憶に戻る事もなく話が出来たので、後は落ち着くのを待てばよいのだと感じました。安心感が増す毎に、私の体力が減って行くのを感じる。久しぶりに夕食後、居間で行き倒れてしまった(>_<)開校記念日で休みだった三男が生まれて初めて、友達と“ディズニーランド”へ行って来た。“ディズニーランドデビュー”はとても楽しかったらしく、20時半頃友人の母の車で帰って来たら、玄関を入ったところからずっと喋りっぱなし・・・ごめんね。母はそれを聞いてやる体力が残っていない。三男の声を子守唄に、そのまま意識が飛んだのでした(T_T)つづく――――――――
November 1, 2005
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