第1章 空色の自転車


天使のピーチと空色の自転車



第1章 空色の自転車


「あたっ!!」

「あいたたた…ちょっと!これ何なのよ!え~っ!こんなもの、この前来たときからあった?何コレ!」
 ピーチは人目もはばからず絶叫していた。天気のよい平日の真っ昼間かから気持ちよくマンガを読みながらの空の散歩を楽しんでいたのに、邪魔したこの巨大な鉄塔に怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。

 人口1万人足らずの北海道の真ん中より東に寄った所にある河岸段丘の小さな町、ポップ町にも最近やっと携帯電話の中継アンテナがちらほらと建ち始めた。ピーチがたった今ぶつかった鉄塔も一週間前にできたばっかりのそんなアンテナのひとつであった。

「んーとにもう。擦りむいちゃったじゃない…普通この高さから落ちてきたら骨折したりするわよ…」

……折れていた……

「な…なんてこと……私の…私の翼……もう少しで空色にレベルアップするはずだった私の翼…………折れちゃったじゃない!!」

 えーと、今更なんですが、このピーチって女の子は人間ではありません。俗に言うところの天使ってヤツなんです。びっくりした?だから、空も飛べるし、翼も生えてるワケですな。ついでに言うと、空色にレベルアップって言うのは天使にも位ってのがあって、自分のこなした仕事の質や量によってそれがどんどん上がっていき、まぁ、出世していくという訳ですね。ちなみに、今のピーチのレベルは10段階の下から2番目。ピーチの200歳と言う歳から言えばこんな下のレベルなんてありえないってくらいの低いレベルなんですけどね。天使がどんな仕事をしているか?ですって?知りたい?えー…これ、言っちゃっていいのかな?…ここだけの話ですよ…天使の仕事って、キューピッドなんです。
…えっ?ご存知?これって有名なの?
 よく言う、恋のキューピッドってあるでしょ?恋の仲を取り持つやつ。あんなようなものです。ただちょっと違うのはキューピッドってのは恋の仲を取り持つのだけが仕事ではないんですね~。もっと大きい枠で、ひとの「想い」を届けるのがキューピッドの仕事なんです。いわゆる、想いの郵便配達って感じですね。

「オーッホホホホホホホッ…いい気味じゃな」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
「えっ!誰よ!ひとのこと笑ってるやつ!性格悪いよ!」
ピーチはあたりを見回したが人影はなかった。たしか、さっき見回したときも人影は確認できず、こんな格好悪い姿を誰にも見られていなかったことをちょっと幸運に感じていたはずだった。
「ワシじゃよ。神じゃ」
ポンと、目の前に現れたのはロングの白髪にサングラスと白髭、デニムの上下の今時珍しいファンキーなじーさんだった。
「あ、あなたが…神…様?」
ピーチは一見してタダモノではない出で立ちのその人物を見て言葉を詰まらせた。
「天罰じゃな。ワシがわざわざ手を下さんでもこういうことが起きるものなのじゃ」
「え~っ!?どうして?天罰?私、なんか悪いことした?」
ピーチには全く身に覚えのない台詞だった。もしかしたら、この老人ボケてて、誰かと勘違いしてるんじゃないの?なんて考えたりしていた。
「お前はキューピッドの仕事を何だと思ってる?人々の想いもロクに届けないで昼間からマンガを読みながら空の散歩?いいかげんにしなさい!」
 ピーチは空が好きだった。その色も好きだったし。なにより、風任せに空の散歩するのが好きだった。だから、自分が天使として生まれたことをこれ以上ない程の幸運だと思っていたし、それこそ天使の特権だと思っていた。だから正直、今更仕事がどうのと言われてもピンとこなかった。
「人間は元々不器用な生き物なんじゃ、想いを直接伝えることができる者など僅かしかおらん。だからこそお前たちキューピッドがいるのではないか?お前のせいでこの町の人々がいつもイザコザを起こしているのがわからないのか?」
 ピーチには正直言って町の人々のことなんてちっともわからなかった。人間なんて元々争いが好きなものだ。ほっといたら勝手に争いを始める。それが人間の本性だと思っていたからだった。
「わからないようじゃな」
神様はため息をついて、立ち去ろうとした。
「待って!神様!!」
ピーチはやっと状況がわかってきた。このまま神様を返してしまっては2度と空を飛ぶことができないであろうことが。ここはなんとか、神様を言いくるめて、翼を、あわよくば、あこがれの空色の翼をゲットできれば。なんて考えていた。
「なんじゃ?反論があるなら聞くぞ?」
「反論なんてありません。これからは真面目に仕事をしますんで、どうか…もう一度翼を下さい」
「ほほう。どうやらわかったようじゃな、ワシの言いたいことが…よし。では、これを届けてもらおうか」
 バサバサバサッ。どこからともなく大量の手紙が現れた。
「うわっ!すごい量。これを一人で…?」
「当たり前じゃ。それはもともとお前の担当分じゃ。その想いを届け終わるまでは翼をやる気はない!」

 ガーン。

 目の前が真っ暗になった。
 空も飛べないのにこんなに大量の想いを届けられる訳がない。
「あのぅ…足、怪我してるんですけど…歩いてですか?」
ピーチはさっき擦りむいたばかりの膝を見せて言った。
「そんなもの怪我のうちに入らん」
「そんなぁ~」
ピーチには目の前の人物が神などではなく、鬼や悪魔に見えた。
しかし神様は表情ひとつ変えずにこう言った。
「クビにしてもいいんだぞ」
天使がクビになるなんて聞いたこともない話だった。
しかも、最高権力者の神様を怒らせてのクビなんて、恐ろしくて想像もできなかった。
「やります!歩くなんて言わないで、走っていきます!」
「ムホホ…」
神様は小さく笑って言った。
「神の恵みじゃ」
 ポンッと、そこに現れたのは1台の赤い自転車であった。最新型とは言えないが、見た感じ新車だった。
「わぁ」
半分嬉しさと半分がっかりの混ざった声がピーチの口からもれた。
「これで頑張れ」
神様はそう言うと去ろうとしたが、ピーチが再びそれを引き止めた。
「待ってください」
「まだ何かあるのか?」
「赤色じゃなくって、空色の自転車にしてください」




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